こちらはサークル「がんかたうるふ」のうずみとみっしの二人組が、ラッキードッグ1とばさらのこばなしを黙々と投下する場所です。
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書き終えました。
次の「大暑の刻~終幕~」で終わりになります。
次の「大暑の刻~終幕~」で終わりになります。
*****
家康の元に佐助処刑の情報が伝わったのは、処刑から数日たった後のことだった。
三成とあの神社で別れた後、慶次に頼んで届けてもらった文が佐助の命を奪う原因となった。その事実に大きく打ちのめされ、喉がかれる程に嘆き。だが家康は止まることを許されてはいなかった。
三河では三成が本拠地とする大阪城に近すぎる。
それ故長く暮らした地を離れ、家康は自らの本拠地を東の方へ移すことを選んだ。三河では家康に協力を約束してくれた将たちと連携が取りにくいという理由もあったし、豊臣軍の残党とできるだけ距離を離したかったのだ。
家康が新しく本拠地として選んだ城は古く、堀すら持っていない。だが戦が起こらない世の中を作ると公言している家康が、わざわざ攻めにくい城に居を移すわけにはいかないのだ。
新しい環境、新しい生活。三成と再び出会うその時までに、家康にはやらなければならないことがたくさんある。だが常に頭に思い描くのは、遙か遠い地にいる三成のことだった。
凶王は裏切り者の死骸を虎に喰わせた。
人々が囁くそんな噂を、家康は当然信じる事ができない。
確かに三成は豊臣の敵に容赦することはなかったが、死者の尊厳を奪うような殺し方をすることは一度もなかったのだ。確かに各地から聞こえてくる凶王の仕業だという凶行は、以前の三成を知るものならば考えられない程残虐で。
秀吉の死を契機に彼が狂ったのだという噂と合わせると、通常なら信じざるを得ないのだが。
家康が最後に会った三成は狂っているようには見えなかったし、何より彼は佐助に懐いていた。人にあまり好意を抱かない三成が猿飛相手には素直に気持ちを伝え、大人しく世話を焼かれていたのだ。
あれだけ好いていた相手を残虐な手段で殺すことを三成はしない。
そう思っていたし、三成を今後も信じ続けたいが周りの人間はそれを許してはくれなかった。残虐極まりない凶王の圧政から西を救うという名目で軍を動かそう、そう家康に進言してくる人間も少し前には何人もいたのだ。
噂だけでは人を推し量ることはできない。そう家臣達には言い続けてきたが、あの神社での三成の様子は明らかにおかしかった。あの澄んだ魂は変わらなかったが、何かに惑っているような印象を受けたのも事実。
もし三成が変わってしまったのだとしたら、その理由は一つしかない。
三成の側にいつも控え、彼に何かを囁き続けている黒田官兵衛。あの男ならば三成の仕業という事にして様々な策を裏で練っている可能性が高い。
あの男さえいなければ。
次から次へと片付けなければならない難問が吹き出てくる中、家康の恨みは全て官兵衛へと向けられていた。
自分の浅慮が人の命を奪った。
豊臣方の人間に三成と二人で会いたい、和平を結びたい。そう書いた文を見つけられてしまえばこうなってしまうのはわかっていた。そんな状況の中三成にできた決断は、家康と戦場で相対するために佐助を殺すことだというのも理解している。
全てのやりきれない思いを自分一人で受け止めることができず、ただ官兵衛が悪いのだと彼に憎しみをぶつける。人々が争い合うことのない国を作ると決めたのに、一人の男への憎しみにとらわれていてどうする。そう自分を叱咤してもみるのだが、官兵衛への憎しみは深まるばかりだった。
慶次は佐助の処刑以後、一度も家康を訪問することはなかった。
大切な者が殺されるきっかけを作ったのは家康、そしてそれを届けたのは慶次。彼は家康を見る度に佐助と、そして彼の命を奪った自分の愚かさを思い出すだろう。
そして家康も思い出すのだ、三成のことを。
陰鬱な気持ちを抱え、それでも臣下たちに対しては曇りのない笑顔を向け。
内に抱える絶望に心をむしばまれ始めていた家康の元に届いたのは、豊臣軍の残党、いや石田軍からの正式な宣戦布告だった。
もう西国の石田軍に協力する将たちにはこの件について伝わっているのだろう。西へ行く商船は厳しく取り調べられ、時には荷を奪われ。軍を大阪城へと終結させ始めた各国の動きの鮮やかさには、徳川家の家臣達も感服せずにはいられなかった。
戦を行うのは稲刈りの後。
そう大谷と内密に決めていたからこそ家康は自分の周辺を固めることに力を尽くしてきたというのに、彼らはあっさりとそれを裏切ってきた。それだけではなく家康の送った文の内容を上手にねじ曲げ、自分たちの方が立場が上であるので降伏するというのなら受け入れるという勧告までしてきたのだ。
これが相手のやり方だとわかっていても、侮辱されれば人は激昂する。
徳川の家臣達だけではなく家康に力を貸してくれている武将たちまでが怒り狂い、この国はつかの間の平和を捨て近い将来行われる大戦へと動き出すこととなったのだ。
そして家康の前には、一人の客人がいる。
「随分と遅かったな」
「北條家からの客人が来ていたのでな、つい話し込んでしまった」
「あのジジイが先でオレは後回しかよ」
「普通は先に来た者の話を先に聞くものだ、お前もそうしているのだろう?」
独眼竜、と名前を呼ぶと傍らに兜を置いた鎧姿の青年が笑いで顔を歪めてみせる。
壮絶な戦いを経て家康に力を貸してくれることになった奥州の伊達政宗は、家康が本拠地を移してからこまめに様子を見に来てくれるようになった。
家康のやることなすこと全てが危なっかしい、見ていられない。そう言いながら色々と助言してくれる政宗の助言を受け入れる家康だったが、彼の三成に対する憎しみだけは受け入れることができなかった。
石田三成は自分が倒す、家康にも邪魔はさせない。
かつて三成に打ち倒されたことが、彼の心の大きな瑕になっている。それは家康にもわかるのだが、今の三成と政宗がぶつかり合えば確実にどちらかが死ぬことになるだろう。今家康の目の前にいる政宗は、かつての頂点だけを目指して駆け上がっていこうとした独眼竜ではない。天だけを見つめ続けるのではなく、大地に根付く者たちにも気を配り己の力を分け与える。
正直今の彼と本気で戦えば、家康ですら生き延びることは難しいだろう。
全身から王者としての強い覇気をみなぎらせながらも、人に対する気配りを忘れることがない。人は敗北から学ぶ生き物ではあるが、三成との戦いは美しい竜に更なる力を与えたようだ。
彼と三成がぶつかり合えば、確実にどちらかの命が失われる。
良き友人になりつつある政宗には死んで欲しくはないし、三成のことは言うまでもない。何があろうとも彼よりも先に戦場で三成を見つけなければ、改めてそう心に誓っていると政宗の顔から柔和さが一気に失われた。
代わりに芽生え始めたのは、怒りと緊張。
「今日アンタに会いに来たのは、それなりの理由がある。一つは石田の件、もう一つは真田幸村…………あの男についてだ」
「真田だと?」
「アンタの所に来る前に、甲斐に寄って真田に会ってきた」
「真田は無事なのか!」
「あの忍びの命一つで片付いたらしいな、石田の野郎は忍びを虎に喰わせて笑ってたと聞いたんだが……かなり複雑なことになっちまったようだな」
「どういうことだ?」
「あれはもう俺のRivalじゃねえ」
そう言い切った政宗は、竜がその手に抱くという宝玉のような瞳でこちらを睨み付けてきた。
人の心を覆い隠すもの全てを吹き飛ばすような力を持つ眼差しに圧倒されながら、家康は政宗の言葉の続きを待ち続けていた。彼は幸村のことを好敵手として認め、決着を付ける時を待ち望んでいたはずだ。
三成を倒し、幸村と決着を付ける。
それは伊達家の長としてではなく、政宗という個人の悲願だったというのに一体何があったというのか。
「何があったのか、教えてもらえぬだろうか」
「そのつもりでここに来たんだ。アンタに文句の一つも言ってやらんと、こっちの気持ちがおさまらないんだよ」
「真田は……儂を恨んでいたか?」
「そんなもんですまされてたんなら、まだ良かったんだがな……」
一瞬だけ見せた過去を懐かしむような表情は、幸村を思ってなのだろう。
城の改築を始めてしまったので、現在この城には城主である家康の部屋が存在しない。なので職人が入っていない部屋を毎日探しながら家康はここで寝起きをしているのだが。
毎日寝る場所が変わる生活も楽しいものだと思っていた家康は、始めて己の場所が欲しいと思った。
自分の為に用意された場所ではない、馴染んだ空気が流れていない空間。そこで重苦しい話を聞かなければならないことが、これほどの心細さを生むことになるとは。
日がたつごとに急速に暑さを増していく空気の中で寒々しさを感じていると、ゆっくりと言葉を選ぶようにしながら政宗の話は始まったのだった。
この国の歴史に刻まれるであろう大戦が始まろうとしている中、伊達政宗が訪問したのは敵である武田軍の本拠地であった。まだ意識を取り戻していない武田信玄の屋敷をそのまま使い、幸村は来るべき戦に備えているらしいがその動向を掴むことは手練れの忍びでも難しかった。佐助を失った後幸村は己の身辺を他の忍びで固め、屋敷の外へは滅多に出なくなったらしい。
あの外に出て体を動かすことを楽しんでいた幸村がそんなことになるとは。
佐助の死を知り政宗はすぐに彼の死を悼む文を送ったのだが、悲しみに沈んだ幸村は文を持たせた使者を門前払いしてしまった。こんな事が何度か続き、政宗は小十郎の反対を押し切り、数少ない供を連れて自ら赴くことを選んだ。このまま使者頼みにしていたら、政宗の思いは絶対に幸村に伝わりはしない。
だからこの混乱した情勢の中、ただ一人の好敵手の元へと政宗は赴いたのだった。
あの鮮やかな紅の戦装束の青年が戦場を駆け抜けることができたのは、あの軽口が過ぎる忍びのおかげ。政宗も彼には何度か世話になったことがあったが、あの気の回る忍びが日常生活では色々と問題を引き起こす幸村を陰で支えていたのは事実。
そんな存在を失った幸村にかけてやれる言葉があるのだろうか。
悩みながらも馬を走らせ、何度か訪れたことがある武田家の屋敷へたどり着いたのは太陽が中天へと上る頃であった。
大きく頑健な作りの門の前に立つ見張りに来訪を告げようとすると、彼らの顔色が一気に変わる。空よりも深い色合いの青い戦装束に、三日月の前立てをあしらった兜。おまけに腰にあわせて6本の刀を下げている人間なんて、この国広しといえども多分政宗だけだろう。顔色を変えて大声で敵の襲来について叫び出す兵を小突いて黙らせてやりたかったが、そんなことをしたらこの国を出るまで追われ続ける事になる。
戦の準備のために国に残してきた小十郎に叱られるのも嫌だったので兵たちの叫ぶがままに任せ、真田幸村への面会が目的で戦をしにきたわけではないこと、そして生前世話になった猿飛佐助を弔いたいということを大きな声で伝える。ついでに刀を腰から外し、後ろで待機していた部下に渡すと門の内側から聞こえてきた武具を打ち鳴らす音がようやく小さくなってきた。
兜も脱ぎ馬の背に乗せる頃になると、門の内側からこちらを伺っていた兵たちの顔には安堵が宿り始める。それと同時に政宗が感じたのは、自分へと向けられる共感のようなものだった。
佐助の死を悲しんでくれる人間がここにもいてくれた。
そう言いたげな兵たちの顔に、政宗は奇妙な違和感を覚える。人が死んだのだ、悲しむのは当たり前。だがここにいる兵たちは悲しみを表に出すことを許されず、無理矢理押し殺しているような印象を受けるのだ。
だからこそ、素直に死者を弔いたいと言ってきた敵の政宗に好意と共感を抱いている。
佐助の死はこの屋敷の人間の何かを変えてしまったのか、自分の部下たちから離れ門の方へ近づきながらそう考えていると。
「それ以上近づかないでいただきたい」
こちらを覗き見ていた兵たちが、その声に怯えるかのように身をすくめて顔に恐怖の表情を貼り付けている。飛び退るかのように避けていく兵たちの間から出てきた存在が誰なのかは声を聞いてわかったのだが、政宗の一つの瞳に映ったのは視界を鮮やかに彩るあの色ではなかったのだ。
「お久しぶりでござる、政宗殿」
「アンタも元気そう……って感じじゃなさそうだな」
「色々ありましたので」
短くそう答えると、幸村は手に持った槍を静かにこちらへと向けた。
声も、その涼やかな容姿も。政宗の知る幸村の姿と何も変わっていないというのに、彼を染める色合いが以前とは全く違ってしまっていたのだ。
彼を包むのは鮮やかな紅ではなく、闇を飲む程の漆黒。
黄金の縁飾りに彩られた黒い長羽織の裾を風に揺らし、手甲や具足までをも黒に染め。ただ一つ、髪を結う紐だけが様々な色合いをはらんで肩を撫でるように動いていた。
そして政宗でさえ羨ましいと思っていた彼の輝くような光を放っていた瞳に今満ちているのは、どろりと濁った果てのない絶望であった。
「…………おい…………アンタ……何があった!?」
「政宗殿の知っている通りかと」
「石田が殺して虎に喰わせたってことでいいのか」
「某はあの場におりました……そして石田殿が佐助をなぶり殺しにするところを…………」
「あの野郎……っ!」
握った拳で何かを殴りつけたいが、政宗の周囲にあるのは優しく吹き付けてくる風だけ。
屋敷の門まであと十数歩というところで足を止めた政宗の内に三成への憎悪が満ち始めた時、幸村は想像だにしなかったことを口にしたのだった。
「石田殿を憎むのはやめていただきたい」
「what!?」
「あの方は……石田殿は…………この手で佐助を討てと言われた某の代わりに佐助を討ってくださったのです」
「で、虎に喰わせたっていうのか? そんな馬鹿な話を信じるアンタが俺には信じられないがな」
「石田殿は優しいお方です」
誰かに吹き込まれた言葉だけを話す人形のように。
大切な存在を殺されたというのに三成への盲信に近い思いを口にする幸村に、政宗の背筋に寒気が走る。
迷い、苦しみ、そして本気でぶつかり。
真田幸村はそうやって様々な事を掴み取ってきたのだ。それが今はどうだ、自ら動くことを忘れ、虚ろな目に隠しきれない誰かへの憎悪を宿して。
それを成就するためだけに、幸村は生き続けている。
「あいつは死んだ、それも最悪な殺され方でな…………そこまでされて、まだ石田につきあうのか?」
「某にはやらねばならないことがあるのです」
淡々とした話し方、闇の色に塗られた槍を持つ手にも力がこもっていない。
だというのに何故、後ろから見守る兵たちの顔色が変わっていくのか。
「味方についたふりをして石田をだまし討ちってやつじゃないだろうな?」
「某の望みは…………佐助を騙し裏切らせようとした前田慶次と……徳川家康の首を取ること……それだけでございます」
「…………oh…………何考えてんだ……」
「佐助の死の原因を作ったというのに、のうのうと生きながらえるあの男たちを切り刻み……苦痛の限りを味あわせてから首を…………」
これが本当に真田幸村なのか。
誰であろうと殿とつけ尊敬していた幸村が人の名を呼び捨てにし。戦場で正々堂々と戦うことを良しとしていたというのに、切り刻んで苦痛を味あわせてやると口にする。
佐助の凄惨な死は、幸村の心から光を奪った。
きっと黒き戦装束は幸村なりの決意の証。
佐助の仇を討つために自らの心を磨り潰し、憎しみだけを成長させ。伸びゆく若木のような軽やかで人の心を惹きつける魂を、彼は自ら捨ててしまったのだ。
政宗が何よりも好ましいと思った物全てが、今の幸村からは失われている。
自ら内にある輝きを捨ててしまった幸村にもう用はない、そう言い放つことができる程情の薄い人間であればよかったのだろう。そのまま奥州へ戻り、戦の支度を始め。政宗が求めた好敵手ではなくなった幸村には構わず、石田三成との戦いに望めばいい。
だが政宗は真田幸村という人間に愛情に近い執着心を持っていた。
あの紅の輝きを受けながら彼と相争い、討ち倒すのは自分でなければならないのだ。
「…………アンタのRivalは俺だ」
「某の今の望みは、政宗殿と結着をつけることではございません」
「あいつが生きていたら、今のアンタをみてどう思うだろうな」
幸村を挑発するかのように、にやりと笑って肩をすくめ。
どう反応してくるかを待っていた政宗だったが、幸村は槍を構え直すことも口で言い返してくることもしようとはしなかった。かわりに様子が変わったのは、幸村を見守っていた兵たちだった。
言ってはならないことを言った。
そう言いたげに政宗を睨み付ける者がいれば、何かに怯えるように奥にある屋敷へと早足で戻っていく者もいる。一体今の言葉の何が彼らを慌てさせたのか、それを考えていた政宗の耳に届いたのは怨嗟でも嘆きでもない。
感情の全てを失った幸村の声であった。
「…………大谷殿は仰ったのだ…………あの二人の首を取ることこそ佐助への最高の供養だと。前田慶次の両手両足を切り飛ばし……徳川家康の腹を裂き…………血潮を泥へとぶちまけ………………そして…………」
敵方の兵を殺せるだけ殺してやる。
笑うわけでもない、嘆くわけでもない。
やらなければならない日課の一環でもあるかのように淡々と語ると、幸村は小さく頭を下げて政宗に背を向けた。
「stop!」
何が起こったのかわからず、慌てて異国の言葉で制止してみたのだが幸村の歩みは止まることがなかった。もう政宗に話事は全て話した、だからもう用はない。そう背中で語り、怯えた表情を向ける兵たちを一瞥することなく屋敷の中へ戻っていく幸村の後ろ姿に。
以前の彼を思い起こさせる物はもう何も存在していなかった。
敵だというのに政宗にすまなそうに頭を下げる兵たちもいる中、政宗の口から零れるのは道を失った好敵手への言葉。
「あの……馬鹿野郎が!」
幸村は未熟だったが、誰よりも強い存在だった。
己の欠点を素直に受け入れ、理想の自分になろうとただ邁進し続ける。時には自分が目指すものがわからなくなり道に迷うこともあったが、彼の真っ直ぐな心は全ての困難をはね除けてきたのだ。
信玄が病に倒れ、佐助を失い。
幸村が筆舌では尽くしがたい程の苦しみを味わったのはわかるが、そこから立ち直れない程彼は弱い男だっただろうか。身近な人間の死は確かに人の心を弱らせるが、時の流れはそれを癒してくれるはずなのだ。
一体幸村に何が起こったのか。
佐助の処刑の後に、誰も知らない何かがあった。
そう考えるしかない程の幸村の変貌ぶりに悲しみを感じはするが、今の政宗は幸村だけに構っていられないのだ。一人の武人として彼と結着を付けたいという気持ちを抱えたまま、奥州を治める存在として国の命運を決める決断をしなければならない。
それが国を背負うということなのだが、復讐に心を支配されている幸村はそれを忘れてしまったようだ。武田信玄は武人としての誇りだけではなく、国を治める者のあるべき姿を常に幸村に教え続けていたというのに。
「……………………sit……」
自分を心配して声を掛けてくる臣下たちの声を聞きながら、小さくそう呟く。
大切な者を全て失い、狂気の道を突き進んでいく幸村を哀れむのも突き放すのもは簡単。だが胸の中で燻っているのは、幸村に対する失望感ではなかった。
どれだけ変わってしまおうとも、政宗はあの輝きと熱さを覚えている。
全てを焼き尽くす熱さと人としての器の大きさ。
まだ出来上がりきってはいない未熟な大器ではあるが、彼の可能性に惹かれる人間はたくさんいたのだ。その中の一人である政宗の心に焼き付いた赤い輝きはまだ当分消えそうにないし、これから起こるであろう戦を終えた後も彼を忘れることはないだろう。
どのようなことがあっても。
「奥州に戻る前に…………家康の顔でも見ていくか」
風が髪を揺らし、毛先が頬をくすぐっていく。
くすぐったさに首を振ると、目があったのは門を守っている兵。見せてはいけないものを見せてしまった、そう言いたげに悲しげに頭を下げる彼らに手を振って別れを告げながら、自分の部下たちの方へと振り返ると。
「Aa?」
そこには想像だにしなかった光景が広がっていたのだった。
_____________________________________
ということで黒幸村降臨……カラーリングは赤い部分が黒くなって、他の部分が金色になったと思っていただければ。つまりほとんど真っ黒。
わかりづらいから誰か描いてw
というのは冗談ですけど、黒幸村はなんというか……書いていて辛い。
一応この章はその3で終わる予定、そしてとうとう最後になります。
BGM「鬼帝の剣」
三成とあの神社で別れた後、慶次に頼んで届けてもらった文が佐助の命を奪う原因となった。その事実に大きく打ちのめされ、喉がかれる程に嘆き。だが家康は止まることを許されてはいなかった。
三河では三成が本拠地とする大阪城に近すぎる。
それ故長く暮らした地を離れ、家康は自らの本拠地を東の方へ移すことを選んだ。三河では家康に協力を約束してくれた将たちと連携が取りにくいという理由もあったし、豊臣軍の残党とできるだけ距離を離したかったのだ。
家康が新しく本拠地として選んだ城は古く、堀すら持っていない。だが戦が起こらない世の中を作ると公言している家康が、わざわざ攻めにくい城に居を移すわけにはいかないのだ。
新しい環境、新しい生活。三成と再び出会うその時までに、家康にはやらなければならないことがたくさんある。だが常に頭に思い描くのは、遙か遠い地にいる三成のことだった。
凶王は裏切り者の死骸を虎に喰わせた。
人々が囁くそんな噂を、家康は当然信じる事ができない。
確かに三成は豊臣の敵に容赦することはなかったが、死者の尊厳を奪うような殺し方をすることは一度もなかったのだ。確かに各地から聞こえてくる凶王の仕業だという凶行は、以前の三成を知るものならば考えられない程残虐で。
秀吉の死を契機に彼が狂ったのだという噂と合わせると、通常なら信じざるを得ないのだが。
家康が最後に会った三成は狂っているようには見えなかったし、何より彼は佐助に懐いていた。人にあまり好意を抱かない三成が猿飛相手には素直に気持ちを伝え、大人しく世話を焼かれていたのだ。
あれだけ好いていた相手を残虐な手段で殺すことを三成はしない。
そう思っていたし、三成を今後も信じ続けたいが周りの人間はそれを許してはくれなかった。残虐極まりない凶王の圧政から西を救うという名目で軍を動かそう、そう家康に進言してくる人間も少し前には何人もいたのだ。
噂だけでは人を推し量ることはできない。そう家臣達には言い続けてきたが、あの神社での三成の様子は明らかにおかしかった。あの澄んだ魂は変わらなかったが、何かに惑っているような印象を受けたのも事実。
もし三成が変わってしまったのだとしたら、その理由は一つしかない。
三成の側にいつも控え、彼に何かを囁き続けている黒田官兵衛。あの男ならば三成の仕業という事にして様々な策を裏で練っている可能性が高い。
あの男さえいなければ。
次から次へと片付けなければならない難問が吹き出てくる中、家康の恨みは全て官兵衛へと向けられていた。
自分の浅慮が人の命を奪った。
豊臣方の人間に三成と二人で会いたい、和平を結びたい。そう書いた文を見つけられてしまえばこうなってしまうのはわかっていた。そんな状況の中三成にできた決断は、家康と戦場で相対するために佐助を殺すことだというのも理解している。
全てのやりきれない思いを自分一人で受け止めることができず、ただ官兵衛が悪いのだと彼に憎しみをぶつける。人々が争い合うことのない国を作ると決めたのに、一人の男への憎しみにとらわれていてどうする。そう自分を叱咤してもみるのだが、官兵衛への憎しみは深まるばかりだった。
慶次は佐助の処刑以後、一度も家康を訪問することはなかった。
大切な者が殺されるきっかけを作ったのは家康、そしてそれを届けたのは慶次。彼は家康を見る度に佐助と、そして彼の命を奪った自分の愚かさを思い出すだろう。
そして家康も思い出すのだ、三成のことを。
陰鬱な気持ちを抱え、それでも臣下たちに対しては曇りのない笑顔を向け。
内に抱える絶望に心をむしばまれ始めていた家康の元に届いたのは、豊臣軍の残党、いや石田軍からの正式な宣戦布告だった。
もう西国の石田軍に協力する将たちにはこの件について伝わっているのだろう。西へ行く商船は厳しく取り調べられ、時には荷を奪われ。軍を大阪城へと終結させ始めた各国の動きの鮮やかさには、徳川家の家臣達も感服せずにはいられなかった。
戦を行うのは稲刈りの後。
そう大谷と内密に決めていたからこそ家康は自分の周辺を固めることに力を尽くしてきたというのに、彼らはあっさりとそれを裏切ってきた。それだけではなく家康の送った文の内容を上手にねじ曲げ、自分たちの方が立場が上であるので降伏するというのなら受け入れるという勧告までしてきたのだ。
これが相手のやり方だとわかっていても、侮辱されれば人は激昂する。
徳川の家臣達だけではなく家康に力を貸してくれている武将たちまでが怒り狂い、この国はつかの間の平和を捨て近い将来行われる大戦へと動き出すこととなったのだ。
そして家康の前には、一人の客人がいる。
「随分と遅かったな」
「北條家からの客人が来ていたのでな、つい話し込んでしまった」
「あのジジイが先でオレは後回しかよ」
「普通は先に来た者の話を先に聞くものだ、お前もそうしているのだろう?」
独眼竜、と名前を呼ぶと傍らに兜を置いた鎧姿の青年が笑いで顔を歪めてみせる。
壮絶な戦いを経て家康に力を貸してくれることになった奥州の伊達政宗は、家康が本拠地を移してからこまめに様子を見に来てくれるようになった。
家康のやることなすこと全てが危なっかしい、見ていられない。そう言いながら色々と助言してくれる政宗の助言を受け入れる家康だったが、彼の三成に対する憎しみだけは受け入れることができなかった。
石田三成は自分が倒す、家康にも邪魔はさせない。
かつて三成に打ち倒されたことが、彼の心の大きな瑕になっている。それは家康にもわかるのだが、今の三成と政宗がぶつかり合えば確実にどちらかが死ぬことになるだろう。今家康の目の前にいる政宗は、かつての頂点だけを目指して駆け上がっていこうとした独眼竜ではない。天だけを見つめ続けるのではなく、大地に根付く者たちにも気を配り己の力を分け与える。
正直今の彼と本気で戦えば、家康ですら生き延びることは難しいだろう。
全身から王者としての強い覇気をみなぎらせながらも、人に対する気配りを忘れることがない。人は敗北から学ぶ生き物ではあるが、三成との戦いは美しい竜に更なる力を与えたようだ。
彼と三成がぶつかり合えば、確実にどちらかの命が失われる。
良き友人になりつつある政宗には死んで欲しくはないし、三成のことは言うまでもない。何があろうとも彼よりも先に戦場で三成を見つけなければ、改めてそう心に誓っていると政宗の顔から柔和さが一気に失われた。
代わりに芽生え始めたのは、怒りと緊張。
「今日アンタに会いに来たのは、それなりの理由がある。一つは石田の件、もう一つは真田幸村…………あの男についてだ」
「真田だと?」
「アンタの所に来る前に、甲斐に寄って真田に会ってきた」
「真田は無事なのか!」
「あの忍びの命一つで片付いたらしいな、石田の野郎は忍びを虎に喰わせて笑ってたと聞いたんだが……かなり複雑なことになっちまったようだな」
「どういうことだ?」
「あれはもう俺のRivalじゃねえ」
そう言い切った政宗は、竜がその手に抱くという宝玉のような瞳でこちらを睨み付けてきた。
人の心を覆い隠すもの全てを吹き飛ばすような力を持つ眼差しに圧倒されながら、家康は政宗の言葉の続きを待ち続けていた。彼は幸村のことを好敵手として認め、決着を付ける時を待ち望んでいたはずだ。
三成を倒し、幸村と決着を付ける。
それは伊達家の長としてではなく、政宗という個人の悲願だったというのに一体何があったというのか。
「何があったのか、教えてもらえぬだろうか」
「そのつもりでここに来たんだ。アンタに文句の一つも言ってやらんと、こっちの気持ちがおさまらないんだよ」
「真田は……儂を恨んでいたか?」
「そんなもんですまされてたんなら、まだ良かったんだがな……」
一瞬だけ見せた過去を懐かしむような表情は、幸村を思ってなのだろう。
城の改築を始めてしまったので、現在この城には城主である家康の部屋が存在しない。なので職人が入っていない部屋を毎日探しながら家康はここで寝起きをしているのだが。
毎日寝る場所が変わる生活も楽しいものだと思っていた家康は、始めて己の場所が欲しいと思った。
自分の為に用意された場所ではない、馴染んだ空気が流れていない空間。そこで重苦しい話を聞かなければならないことが、これほどの心細さを生むことになるとは。
日がたつごとに急速に暑さを増していく空気の中で寒々しさを感じていると、ゆっくりと言葉を選ぶようにしながら政宗の話は始まったのだった。
この国の歴史に刻まれるであろう大戦が始まろうとしている中、伊達政宗が訪問したのは敵である武田軍の本拠地であった。まだ意識を取り戻していない武田信玄の屋敷をそのまま使い、幸村は来るべき戦に備えているらしいがその動向を掴むことは手練れの忍びでも難しかった。佐助を失った後幸村は己の身辺を他の忍びで固め、屋敷の外へは滅多に出なくなったらしい。
あの外に出て体を動かすことを楽しんでいた幸村がそんなことになるとは。
佐助の死を知り政宗はすぐに彼の死を悼む文を送ったのだが、悲しみに沈んだ幸村は文を持たせた使者を門前払いしてしまった。こんな事が何度か続き、政宗は小十郎の反対を押し切り、数少ない供を連れて自ら赴くことを選んだ。このまま使者頼みにしていたら、政宗の思いは絶対に幸村に伝わりはしない。
だからこの混乱した情勢の中、ただ一人の好敵手の元へと政宗は赴いたのだった。
あの鮮やかな紅の戦装束の青年が戦場を駆け抜けることができたのは、あの軽口が過ぎる忍びのおかげ。政宗も彼には何度か世話になったことがあったが、あの気の回る忍びが日常生活では色々と問題を引き起こす幸村を陰で支えていたのは事実。
そんな存在を失った幸村にかけてやれる言葉があるのだろうか。
悩みながらも馬を走らせ、何度か訪れたことがある武田家の屋敷へたどり着いたのは太陽が中天へと上る頃であった。
大きく頑健な作りの門の前に立つ見張りに来訪を告げようとすると、彼らの顔色が一気に変わる。空よりも深い色合いの青い戦装束に、三日月の前立てをあしらった兜。おまけに腰にあわせて6本の刀を下げている人間なんて、この国広しといえども多分政宗だけだろう。顔色を変えて大声で敵の襲来について叫び出す兵を小突いて黙らせてやりたかったが、そんなことをしたらこの国を出るまで追われ続ける事になる。
戦の準備のために国に残してきた小十郎に叱られるのも嫌だったので兵たちの叫ぶがままに任せ、真田幸村への面会が目的で戦をしにきたわけではないこと、そして生前世話になった猿飛佐助を弔いたいということを大きな声で伝える。ついでに刀を腰から外し、後ろで待機していた部下に渡すと門の内側から聞こえてきた武具を打ち鳴らす音がようやく小さくなってきた。
兜も脱ぎ馬の背に乗せる頃になると、門の内側からこちらを伺っていた兵たちの顔には安堵が宿り始める。それと同時に政宗が感じたのは、自分へと向けられる共感のようなものだった。
佐助の死を悲しんでくれる人間がここにもいてくれた。
そう言いたげな兵たちの顔に、政宗は奇妙な違和感を覚える。人が死んだのだ、悲しむのは当たり前。だがここにいる兵たちは悲しみを表に出すことを許されず、無理矢理押し殺しているような印象を受けるのだ。
だからこそ、素直に死者を弔いたいと言ってきた敵の政宗に好意と共感を抱いている。
佐助の死はこの屋敷の人間の何かを変えてしまったのか、自分の部下たちから離れ門の方へ近づきながらそう考えていると。
「それ以上近づかないでいただきたい」
こちらを覗き見ていた兵たちが、その声に怯えるかのように身をすくめて顔に恐怖の表情を貼り付けている。飛び退るかのように避けていく兵たちの間から出てきた存在が誰なのかは声を聞いてわかったのだが、政宗の一つの瞳に映ったのは視界を鮮やかに彩るあの色ではなかったのだ。
「お久しぶりでござる、政宗殿」
「アンタも元気そう……って感じじゃなさそうだな」
「色々ありましたので」
短くそう答えると、幸村は手に持った槍を静かにこちらへと向けた。
声も、その涼やかな容姿も。政宗の知る幸村の姿と何も変わっていないというのに、彼を染める色合いが以前とは全く違ってしまっていたのだ。
彼を包むのは鮮やかな紅ではなく、闇を飲む程の漆黒。
黄金の縁飾りに彩られた黒い長羽織の裾を風に揺らし、手甲や具足までをも黒に染め。ただ一つ、髪を結う紐だけが様々な色合いをはらんで肩を撫でるように動いていた。
そして政宗でさえ羨ましいと思っていた彼の輝くような光を放っていた瞳に今満ちているのは、どろりと濁った果てのない絶望であった。
「…………おい…………アンタ……何があった!?」
「政宗殿の知っている通りかと」
「石田が殺して虎に喰わせたってことでいいのか」
「某はあの場におりました……そして石田殿が佐助をなぶり殺しにするところを…………」
「あの野郎……っ!」
握った拳で何かを殴りつけたいが、政宗の周囲にあるのは優しく吹き付けてくる風だけ。
屋敷の門まであと十数歩というところで足を止めた政宗の内に三成への憎悪が満ち始めた時、幸村は想像だにしなかったことを口にしたのだった。
「石田殿を憎むのはやめていただきたい」
「what!?」
「あの方は……石田殿は…………この手で佐助を討てと言われた某の代わりに佐助を討ってくださったのです」
「で、虎に喰わせたっていうのか? そんな馬鹿な話を信じるアンタが俺には信じられないがな」
「石田殿は優しいお方です」
誰かに吹き込まれた言葉だけを話す人形のように。
大切な存在を殺されたというのに三成への盲信に近い思いを口にする幸村に、政宗の背筋に寒気が走る。
迷い、苦しみ、そして本気でぶつかり。
真田幸村はそうやって様々な事を掴み取ってきたのだ。それが今はどうだ、自ら動くことを忘れ、虚ろな目に隠しきれない誰かへの憎悪を宿して。
それを成就するためだけに、幸村は生き続けている。
「あいつは死んだ、それも最悪な殺され方でな…………そこまでされて、まだ石田につきあうのか?」
「某にはやらねばならないことがあるのです」
淡々とした話し方、闇の色に塗られた槍を持つ手にも力がこもっていない。
だというのに何故、後ろから見守る兵たちの顔色が変わっていくのか。
「味方についたふりをして石田をだまし討ちってやつじゃないだろうな?」
「某の望みは…………佐助を騙し裏切らせようとした前田慶次と……徳川家康の首を取ること……それだけでございます」
「…………oh…………何考えてんだ……」
「佐助の死の原因を作ったというのに、のうのうと生きながらえるあの男たちを切り刻み……苦痛の限りを味あわせてから首を…………」
これが本当に真田幸村なのか。
誰であろうと殿とつけ尊敬していた幸村が人の名を呼び捨てにし。戦場で正々堂々と戦うことを良しとしていたというのに、切り刻んで苦痛を味あわせてやると口にする。
佐助の凄惨な死は、幸村の心から光を奪った。
きっと黒き戦装束は幸村なりの決意の証。
佐助の仇を討つために自らの心を磨り潰し、憎しみだけを成長させ。伸びゆく若木のような軽やかで人の心を惹きつける魂を、彼は自ら捨ててしまったのだ。
政宗が何よりも好ましいと思った物全てが、今の幸村からは失われている。
自ら内にある輝きを捨ててしまった幸村にもう用はない、そう言い放つことができる程情の薄い人間であればよかったのだろう。そのまま奥州へ戻り、戦の支度を始め。政宗が求めた好敵手ではなくなった幸村には構わず、石田三成との戦いに望めばいい。
だが政宗は真田幸村という人間に愛情に近い執着心を持っていた。
あの紅の輝きを受けながら彼と相争い、討ち倒すのは自分でなければならないのだ。
「…………アンタのRivalは俺だ」
「某の今の望みは、政宗殿と結着をつけることではございません」
「あいつが生きていたら、今のアンタをみてどう思うだろうな」
幸村を挑発するかのように、にやりと笑って肩をすくめ。
どう反応してくるかを待っていた政宗だったが、幸村は槍を構え直すことも口で言い返してくることもしようとはしなかった。かわりに様子が変わったのは、幸村を見守っていた兵たちだった。
言ってはならないことを言った。
そう言いたげに政宗を睨み付ける者がいれば、何かに怯えるように奥にある屋敷へと早足で戻っていく者もいる。一体今の言葉の何が彼らを慌てさせたのか、それを考えていた政宗の耳に届いたのは怨嗟でも嘆きでもない。
感情の全てを失った幸村の声であった。
「…………大谷殿は仰ったのだ…………あの二人の首を取ることこそ佐助への最高の供養だと。前田慶次の両手両足を切り飛ばし……徳川家康の腹を裂き…………血潮を泥へとぶちまけ………………そして…………」
敵方の兵を殺せるだけ殺してやる。
笑うわけでもない、嘆くわけでもない。
やらなければならない日課の一環でもあるかのように淡々と語ると、幸村は小さく頭を下げて政宗に背を向けた。
「stop!」
何が起こったのかわからず、慌てて異国の言葉で制止してみたのだが幸村の歩みは止まることがなかった。もう政宗に話事は全て話した、だからもう用はない。そう背中で語り、怯えた表情を向ける兵たちを一瞥することなく屋敷の中へ戻っていく幸村の後ろ姿に。
以前の彼を思い起こさせる物はもう何も存在していなかった。
敵だというのに政宗にすまなそうに頭を下げる兵たちもいる中、政宗の口から零れるのは道を失った好敵手への言葉。
「あの……馬鹿野郎が!」
幸村は未熟だったが、誰よりも強い存在だった。
己の欠点を素直に受け入れ、理想の自分になろうとただ邁進し続ける。時には自分が目指すものがわからなくなり道に迷うこともあったが、彼の真っ直ぐな心は全ての困難をはね除けてきたのだ。
信玄が病に倒れ、佐助を失い。
幸村が筆舌では尽くしがたい程の苦しみを味わったのはわかるが、そこから立ち直れない程彼は弱い男だっただろうか。身近な人間の死は確かに人の心を弱らせるが、時の流れはそれを癒してくれるはずなのだ。
一体幸村に何が起こったのか。
佐助の処刑の後に、誰も知らない何かがあった。
そう考えるしかない程の幸村の変貌ぶりに悲しみを感じはするが、今の政宗は幸村だけに構っていられないのだ。一人の武人として彼と結着を付けたいという気持ちを抱えたまま、奥州を治める存在として国の命運を決める決断をしなければならない。
それが国を背負うということなのだが、復讐に心を支配されている幸村はそれを忘れてしまったようだ。武田信玄は武人としての誇りだけではなく、国を治める者のあるべき姿を常に幸村に教え続けていたというのに。
「……………………sit……」
自分を心配して声を掛けてくる臣下たちの声を聞きながら、小さくそう呟く。
大切な者を全て失い、狂気の道を突き進んでいく幸村を哀れむのも突き放すのもは簡単。だが胸の中で燻っているのは、幸村に対する失望感ではなかった。
どれだけ変わってしまおうとも、政宗はあの輝きと熱さを覚えている。
全てを焼き尽くす熱さと人としての器の大きさ。
まだ出来上がりきってはいない未熟な大器ではあるが、彼の可能性に惹かれる人間はたくさんいたのだ。その中の一人である政宗の心に焼き付いた赤い輝きはまだ当分消えそうにないし、これから起こるであろう戦を終えた後も彼を忘れることはないだろう。
どのようなことがあっても。
「奥州に戻る前に…………家康の顔でも見ていくか」
風が髪を揺らし、毛先が頬をくすぐっていく。
くすぐったさに首を振ると、目があったのは門を守っている兵。見せてはいけないものを見せてしまった、そう言いたげに悲しげに頭を下げる彼らに手を振って別れを告げながら、自分の部下たちの方へと振り返ると。
「Aa?」
そこには想像だにしなかった光景が広がっていたのだった。
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ということで黒幸村降臨……カラーリングは赤い部分が黒くなって、他の部分が金色になったと思っていただければ。つまりほとんど真っ黒。
わかりづらいから誰か描いてw
というのは冗談ですけど、黒幸村はなんというか……書いていて辛い。
一応この章はその3で終わる予定、そしてとうとう最後になります。
BGM「鬼帝の剣」
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(現在2本 家三 チカナリです)
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基本は、愛想のかけらもない「ネット怖い~」の書き手が二人で色々書いている場所です。
書いている人
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・生真面目で堅物でムキムキな男性と一見そうじゃなくても根は真面目極まり ないキャラをこよなく愛している、がんかたうるふの片割れ。編み物とお菓子作りが趣味という、第三者曰く可愛らしい一面を持つ反面、パニクると踊ったり、オロオロしだして周囲は見ていて楽しいらしい。荒ぶる舞は、職場の名物だったりする……らしい。
イヴァンちゃんと片倉さんとシズちゃんとスカイハイさんと陛下を思いっきり愛している。好きなアニメは銀魂と最近はFate/zero。型月ファンというよりは元から虚淵ファンでうずみさんからオススメされまくった末にようやっと手を付けて完読した。ライダー組おいしいです。エクシリアではダントツで陛下が好き。陛下が使用可能になる完全版があるなら複数買いしても構わないとのたまう日々。バサラの好きキャラは片倉さん一強だったはずなのに最近はアニキも熱い。かっちり着込むキャラがすきだったはずなのにいきなり露出度が高いキャラを好きになったのは何故か悩む日々。二次元の向かう愛と同じぐらい甥っ子への愛を叫んでいる気がしてならない。
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