こちらはサークル「がんかたうるふ」のうずみとみっしの二人組が、ラッキードッグ1とばさらのこばなしを黙々と投下する場所です。
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書き終わりました。
次でこの章は終わり、そして次が最終章です。
次でこの章は終わり、そして次が最終章です。
*****
「で、これがそうなのか……」
「慣れてみりゃ、なかなかcuteな奴だ」
「その『きゅーと』というのがよくわからぬが……」
政宗が可愛いと言いたいらしいのはよくわかった。
政宗が語ってくれた幸村の話は、様々な出来事によって精神的に疲弊しきっていた家康を更に打ちのめすには十分すぎる程のものであった。佐助を失ったことで、幸村はその心を闇へと堕とした。
武人としては戦いを好んでいたが、殺意をもって戦いに臨む男ではなかった。
そんな彼を歪めてしまった原因が家康にあることを政宗は知っている。だというのに彼は家康を責めることなく、城の外へ出ることを提案してきたのだった。
平野に建てられた堀すらない粗末な城ではあるが、一応形だけの簡単に乗り越えられそうな程の塀に囲まれている。粗末な金属すら使われていない門扉へと何気ない日常会話を交わしながら歩いて行くと、門の外で白いものがちらりと動いた。人にしては背が低すぎるし、なにより動き方が違う。
一体何なのかと思い、先を歩いていた政宗を追い越してそれに近づいていった家康が見たのは。
一見純白に見える程、縞の薄い巨大な虎であった。
さすがにこれには驚いた家康だったが、吠えたててくるわけでもなくぱたぱたと短めの尾を揺らしこちらに歩み寄ってくる姿を見て一瞬強張った顔を即座に緩めた。後を追って近づいてきた政宗はもうすっかりこの虎に慣れてしまったらしい。
即座に駆け寄り体を擦りつけてきた赤い首輪を付けた虎の頭を撫でてやりながら、家康に向けて微笑んでくる。
「真田幸村の奴が飼っていたらしい、名前は紅丸っていうらしいが……senceがなさすぎだ」
「飼っていた?」
何故彼は過去形でそう言うのか。
おまけに甲斐にいる幸村に付き従っている虎を、何故政宗が連れてきているのか。聞くことにわずかの恐怖を感じ、息を詰めたまま政宗の言葉を待つ。
自分の行った好意の結果を見せつけられている、そんな気がしたのだ。
「屋敷から追い出されたらしい…………あいつにな」
「何故……」
「こいつを見ると死んじまった忍びを思い出すんだろうってあの屋敷の人間たちは言ってただな…………今のあいつの心の中をperfectに理解できる奴は誰もいないだろうさ。連れてきたのは俺の自己満足にすぎない、それはわかってるんだがな……こいつの間抜け面を見たらどうも…………な」
「確かに可愛らしい顔をしているな」
三成の側にいた虎のことを覚えているが、毛並みはよく似ているがあれはもう少し精悍な顔をしていたような覚えがある。三成の保護者を自認しているかのように、優しげな眼差しで三成を見守っていた虎の事を記憶から引き出すと同時に思い出すのは三成のこと。
あの時三成は見守ってくれる存在に安堵して、安らかな眠りの中にあった。
紅丸という名前のこの虎もきっと主と楽しい時を過ごしていたのだろうに、それを家康が奪ったことになる。
政宗に体を擦りつけ嬉しそうに鼻を鳴らす紅丸の方へ一歩歩み寄り、家康は静かに声を掛けた。
「儂のせいだな…………お前の主をああしてしまった。許せとは言わん、儂に恨みをぶつけたければぶつければいい」
「こいつはそんなこと考えちゃいないさ、まだガキみたいなんでな……遊んでくれなくなった馬鹿にまた遊んで欲しいくらいだろうよ」
「それも儂か……」
そっと手を伸ばすと、紅丸は家康の意図がわかったのか自ら頭を寄せてきた。
白い毛皮に包まれているそれを優しく撫でてやっていると、背に触れていた政宗がとんでもない提案をしてくる。
「こいつに悪いと思ってるなら、あんたが面倒を見てくれ」
「儂が!? 儂は獣など育てたことはないぞ」
「俺だって同じだ。餌は勝手に取ってくるし、人には噛みつかない用に躾けられてる…………きっとあの忍びが教えたんだろうがな」
少しだけ政宗の声に恨みがましげな響きが混ざるが、それを相殺する悪戯っ子のような笑顔。
政宗にとって幸村は自分の武将としての飢えを満たしてくれる存在であり、かけがえのない相手だったはず。そんな存在が変わってしまったことに対して、家康に文句の一つでも言いたいだろうに。
彼は決してそれを口にしようとはしなかった。
紅丸を押しつけてくるのはきっとぶつけたい思いの代わり。赤い首輪を見て幸村を思い出せ、何があろうとも忘れるな。
そして政宗の怒りも、忘れることを許さない。
口には出さず、政宗はそう伝えてくる。
「………………わかった、では儂が預かるとしよう。紅丸、今日からはここがお前の家になるが構わないか?」
「わかったみたいだぜ」
ぺろりと家康の手を舐め、尻尾を振り出した紅丸。
その姿を見て安心したのか、政宗は紅丸を家康の方へ軽く押すと白い毛皮から体を離した。今度からは家康に可愛がってもらえとでも言いたげに最後にぽんと柔らかな毛皮を優しく叩くと、純白に見える獣は政宗に感謝するかのように顔を上げて小さな声で啼いたのだった。
甲斐からここまでの道中で政宗は紅丸に惜しげもなく愛情を注いでいたのだろう。
それをわずかな仕草からも見て取ることができ、竜とまで称される男の意外な一面を見ることができた家康はこんな状況だというのに思わず顔を緩めてしまう。
「…………なんだよ?」
「いや、独眼竜もなかなかに可愛らしいところがあるものだなと思ってな」
「六爪の餌食になりたいようだな…………」
「儂は正直に言っただけだ」
「あんたは正直すぎて気持ち悪い……ま、それを承知で組んだんだ、少しのことは我慢してやるさ。この戦が終われば、次はあんたと俺の勝負だ……その首、誰にも取られるんじゃねえぞ」
「当たり前だ」
隙を見せれば喉笛に食いついてくる。
普通に話をしていても肌がひりつくような気をぶつけてくるのは彼だけ。殺意ではない、敵意でもない。自分が更に上に登るためには、目の前にいる『獲物』を倒さなければならない。
それがわかっているだけなのだ。
表面上はにこやかに笑っていても、その内側では鋭い爪を研ぎ続けている。その爪を己の欲を満たすためだけに使うのならば家康は彼を認めはしないが、政宗は守るべき奥州の民によりよい暮らしをさせるために力を振るうのだ。
だからこそ政宗は強く美しい。
強き力と強いが脆い不安定な心を持つ三成とは質の違う美に、家康は会う度に力づけられる。彼のような決して揺らぐことのない存在がいてくれるからこそ、家康は弱音を吐かず、笑い続ける事ができるのだ。
この戦を無事に終えられた時には、彼とは拳と武器ではなく話し合いでの結着を。
三成を救い、政宗と話をし、民が幸せに暮らすことのできる国を作る。近づいてくる戦に高ぶる心と、自分は本当に成し遂げることができるのかという不安。
それらを内に秘めながら政宗と軽口混じりの言葉を交わし、徐々に家康の側に近づき始めてきた紅丸を観察していると。
それは唐突に聞こえてきた。
「…………客か?」
「いや、今日はお前以外の来訪の先触れは来ていないのだが…………」
「敵襲って訳でもなさそうだな、あんなマヌケな音を立てて奇襲しに来る馬鹿がいるわけがない」
「そうだな…………近くの農民たちが迷い込んできたのだろうか」
ごとんごとんと車輪が回る音と、それと合わさる馬の、のんきな足音。
遠くに馬車のような物が見え始めているのだが、農民にしては馬車の周りにいる人間が多いような。
そして馬車が異様に豪華な上に、無駄に可愛らしい装飾を施されている気が。
目を凝らして馬車をじっと見つめると、あきらかに農民たちが使う馬車ではない。天蓋つきな上に、赤や桃色の飾りに覆われているだけで誰の物だかわかったような気がしたのだが。
誰の馬車だかわかったらしい政宗の行動は素早かった。
「用事を思い出した、俺はすぐに帰らせてもらう」
「ど、独眼竜!?」
「あいつは苦手なんだよ…………とにかく、そいつのことは任せたからな」
口早にそう言うと、政宗はきびすを返して門の内側に戻ろうとする。
家康も徐々に近づいてきた馬車に刻み込まれている家紋を確認し、相手が誰なのかわかったのだが、家康の城はここなので逃げることができない。おまけに馬車を囲んでいる兵たちの持っている物が槍や刀ではなく鉄砲というのが。
最悪としかいいようがない。
おまけに見覚えのある小柄な影が、馬車の横から身を乗り出してこちらに向けて叫んでいる。
「いえやすさ~ん、まさむねさ~ん! わたし、あそびにきちゃいました~!」
ぶんぶんと手を振り、そちらに集中しすぎて何度も馬車から落ちかけているのを中から伸びた手に支えられている。
戦の前で忙しいのに、何故あんな遠くからわざわざやってきたのか。それに独眼竜ともう少し話したかったのに、彼はこの調子だとさっさと帰り支度を整えて帰ってしまうだろう。
凄まじい勢いで同盟している軍を大阪城へ集結させ始めている三成たちとは違い、家康たちはそれぞれの事情がありなかなか集まることができない。一斉に進軍を始める旨の約束は取り付けてあるが、どこまで進軍の勢いを合わせられることか。
問題が山積みだというのに、また難題がやってきた。
そう思いながらも城主としては逃げるわけにもいかず、家康は政宗の服の裾をむんずと掴みながら賑やかすぎる可愛らしい訪問者がここに来るのをため息をつきながら待つことにしたのだった。
六爪を出す勢いで本気で拒否した政宗は、凄まじい勢いで帰り支度を整え奥州へと戻っていった。すぐに軍の最終確認を行い、こちらの動きに呼応する形で進軍を始めるという頼もしい言葉を残してくれたのは嬉しいのだが。
できればこの状況から助けて欲しかった。
「それで……何の用なのだ?」
蛇に睨まれた蛙の如し。
慌てて用意した部屋に客人を迎え入れたまでは良かったのだが、人質になっているか戦場にいるかの生活しかしたことがなかった家康にとってこの状況は拷問でしかなかった。
目の前には妙齢の美女が二人。
女性特有の華やかな雰囲気で室内を満たし、顔を寄せ合い仲良くしているのはいいのだが。
「家康さんに話をしなければならなないことができたので、すぐに家康さんの所へ行かなくちゃって思ったんですけど、じいやたちが外に出してくれなくって……そうしたらねえさまが一緒に行ってくれるって事になったんです!」
「我らもお前に話があったのでな」
「ねえさまと一緒なので、ここまでとても楽しかったんですよ!」
綺麗に切りそろえられた髪を揺らしながら、伊予河野の巫女姫は身を乗り出す勢いで一生懸命こちらに経緯を説明してくれる。万人が見とれるであろう愛らしい顔立ちに、少女らしい華奢な体型。
これでもう少し口数が少なく淑やかであれば、もう少し話しやすいのだが
物静かで凜とした、だが確固とした信念を持った美丈夫に本気で恋している家康の好みとは真逆。なので全く興味は湧かないのだが、家臣達は愛らしく諸国に名声を響かせる姫君との婚姻を望んでいるらしい。
何度も二人きりで話す機会を設けられ、その度に彼女からは他の男への恋心を語られる。
そういう理由で家康は彼女、鶴姫をおもいっきり苦手としていたのだが、今日はもう一人強敵がついてきているのだ。
「…………孫一、儂はお前の力を借りることにしたが、まだ儂は軍を動かすつもりはない」
「そう言うと思っていたのでな、一つ面白い情報を仕入れてきた……当然、買うな?」
「情報だと?」
「石田軍はもういつでも出兵できる状況だ、大阪城にこもる気はないようだな。大筒などを運ぶ準備に余念がない」
「儂の所までは来られないだろうからな、野戦のつもりか」
「我らはどこであろうと雇い主の望むがままに動く、どうすべきかを決めたのならば我らに伝えることだな」
貴重な情報を仕入れてきてくれた鶴姫よりも遙かに長身で肌もあらわな美女、雑賀孫一に家康は頭を下げた。
女だてらに雑賀集の頭領をやっているのだ、腕っ節だけでなくその頭脳にも目を見張るものがあるのだが。家康が石田軍のどんな情報を必要としているかを理解し、その部分だけを簡潔に説明できる彼女を敵に回すのは正直恐ろしい。
味方にできて良かった。
本気でそう思っていると、鶴姫が孫一の服の裾を引っ張っているのが目についた。
「ねえさま、どうして大筒を運ぶと野戦になるんですか?」
「大筒は重い物だ、運ぶにしてもなかなかに手間がかかる。そしてこの城は大阪城からかなり遠く離れている…………つまり大阪城を出る支度をしているということは、向こうはこちらに攻め込まずに野戦を行うつもりだということだ」
「そうなんですか! ねえさまも家康さんもすごいですね!」
「……姫も一軍を預かる身なのだ、これくらいは考えられるようにならねばな」
「はい!」
戦場では険しい顔立ちをしている孫一が、鶴姫が側にいると表情を和ませる。
女の子らしく膝頭を合わせ、両足を投げ出して座っている鶴姫を優しい眼差しで見つめている孫一だったが、家康に向ける目線は常と変わらず厳しい。
「ありがとう孫一、良いことを教えてもらった」
「我らの報酬に上乗せさせてもらうぞ」
「それくらいのことならいくらでも受け入れよう。それにしても野戦となるか……」
「城攻めになるよりはましと思わねばな。大阪城は攻め難い城だ、それに比べてこの城は……なんだあの障子紙よりも薄い門は」
「でもこのお城、家康さんと同じでとても暖かい場所です。ここにいるとすごく落ちつくっていうか……お庭もすごく素敵ですね」
「そうだな、確かにここの庭は狭いが居心地がいい」
「こんな場所を宵闇の羽の方と歩けたら……」
ご執心の忍びの名前を口にし、目を潤ませて自分の世界の没入しかけている鶴姫を止めたのは、苦笑まじりの孫一の声だった。
「我らの用は終わった。姫もこの男に用があるのではなかったのか?」
「そうでした! 私家康さんのことが見えたんです! だから伝えなきゃって思って……」
「儂のこと? 戦の結果が見えたのか?」
「いえ、そうではないです。私が見えたのは家康さんの今後のことだけです」
家康の今後のことなのに、戦の結果ではない。
この戦の総大将である家康の未来には、戦の結果が必ず絡んでこなければならないはずなのに。神の声を聞き、天候を知り未来を見定めるという少女は、一体何を見たのだろうか。
それを聞こうとした瞬間、背筋を正し足も綺麗に揃え直した鶴姫が厳かに口を開き始めた。
「家康さんは…………長くて遠い旅に出ます。それは終わりがない、とても悲しい旅です」
「それは儂が死ぬと言うことか?」
「生きるとか死ぬとかではないんです、選んでしまえば二度と引き返すことができない旅です。家康さんは何も失いません、むしろ多くの物を手に入れるんだと思います。でも……私は…………」
それが良いことだとは思えないんです。
静かにそう言いきった鶴姫は、大きく息を吐いて肩を落とす。
彼女の神と通じる能力は、家康と話している間にも使われ続けていたのだろうか。まるで誰かに妨害されているかのように、口を開く度に消耗していく鶴姫を気遣うように孫一が体を近づける。
支えようと伸びてきた孫一の手を笑顔で断った鶴姫は、顔を上げ再度家康と目線を合わせてきた。彼女は何かを知り、必死にそれを家康に伝えようとしてくれている。
今目の前にいるのは年頃の可愛らしい姫君ではなく、神に仕える巫女。
「詳しいことは全く見えないんです、いつもは欠片みたいにぱらぱらっと落ちてくる感じなんですけど……でも私にはわかります、家康さんと家康さんの周りにあるものが変わりつつあるのを」
「………………………」
「多分家康さんはこれから大きな選択をしなきゃいけないんだと思います、だけど苦しい方を選ばないでください。私は家康さんが好きです、大事なお友達だと思っています。だから家康さんが苦しむことになるのはイヤなんです!」
「鶴姫……」
「それと政宗さんにもお話ししたかったんですけど…………帰っちゃったんですね」
「独眼竜にも何かあるのか?」
「……手を差し伸べてはいけません」
厳かに、ただそれだけを言った鶴姫は疲れ切ってしまったのかそのまま体をぐらりと大きくよろめかせた。
「姫!」
慌てて体を抱き止めた孫一に心配ないと言いたげに笑ってみせ、鶴姫は更に言葉を続ける。
「私……今まで見えても何もできなかったんです。昔遠くでお友達が死んでしまったことがあったんですけど、私……大変なことが起こるって教えてあげられなくて。だから今度なにかが見えたら友達がどこにいても教えてあげに行こうって。この戦が終わって、みんなが仲良くできるようになったら……私、いつでもどこでも困っている人に何かを教えてあげられるようになると思うんです。家康さんなら、そんな国を作ってくれますよね?」
「ああ、約束する」
「よかった、やっぱり家康さんは優しいです」
疲れのにじむ満面の笑顔のまま、鶴姫はくたりと全身の力を抜く。
指先からも力が抜け、孫一に体の全ての重みをかけながら。鶴姫は孫一と家康の顔を交互に見ながら、小さな笑い声を漏らした。
「鶴姫、大丈夫か!」
「……えへ……大事なことを教えすぎちゃいました。本当はこんなことしちゃだめなんですけどね……」
「過度な予言は体に負担を掛けると言われているだろう」
「お友達の一大事です、ここでばば~んと頑張らないと。でも……今日はちょっと疲れました……こんなに疲れたの……初めてなんですよ?」
息も絶え絶えといった様子だが、鶴姫の顔は満足げに輝いている。
大好きな人たちに伝えなければならないことを伝えることができた。ずっと籠の鳥のように閉じ込められ溺愛されながら育った少女にとって、誰かの役に立ったという事実はどんな報償よりも尊い物なのだろう。
そしてそれを抱きしめるかのように腕の中に納めている孫一の顔も、妹のように思っている姫への愛情に満ちあふれており。家康はなんとなくだが、孫一が自分に雇われることを選んだ理由がわかったような気がした。
そんな二人の深い絆を感慨深げに見つめていると、小さな声で鶴姫が言う。
「家康さん……選ばないでくださいね」
「何を選ぶのかはわからぬが、心配するな。儂は選んだりはせぬ」
「よかったぁ」
囁くような力の抜けた声で最後にそう言うと、鶴姫は安心したかのように目を閉じた。
彼女のそんな姿を見慣れているのだろう、丁重に畳の上に横たえると孫一はそっと彼女の頭に触れる。
まるで褒めてやるかのように。
「姫が理由があってどこかに行きたいと言い出したのは初めてだ。こんな情勢なので皆が反対したが、姫は何があろうと意見を変えることはなかった……これも初めてのことだ」
「そうなのか」
「姫の本気の予言は外れたことがない、気をつけることだな」
最後にそれだけ言い、雑賀孫一は襖を指さし家康にこの部屋から出て行けと訴える。
これから鶴姫を介抱するというのに、男の家康がいるのはまずいということなのだろう。女の、それも孫一の怖さは身をもって理解しているので素直に言うことに従って家康は部屋から出る事にした。
選んではならない。
手を差し伸べてはいけない。
一体その言葉が何を指し示しているのかはわからないが、注意するに越したことはないだろう。急いで政宗にも連絡してやらねば、そう思いながらゆっくりと文を書ける部屋を物色し始めた家康だったが。
脳裏に浮かぶのは、近い将来会うことができるであろう愛しい人の姿だけだった。
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鶴姫大好きですが、使いにくい……敵になるとあんだけめんどいのにw
BGM「輝く空の静寂には」
「慣れてみりゃ、なかなかcuteな奴だ」
「その『きゅーと』というのがよくわからぬが……」
政宗が可愛いと言いたいらしいのはよくわかった。
政宗が語ってくれた幸村の話は、様々な出来事によって精神的に疲弊しきっていた家康を更に打ちのめすには十分すぎる程のものであった。佐助を失ったことで、幸村はその心を闇へと堕とした。
武人としては戦いを好んでいたが、殺意をもって戦いに臨む男ではなかった。
そんな彼を歪めてしまった原因が家康にあることを政宗は知っている。だというのに彼は家康を責めることなく、城の外へ出ることを提案してきたのだった。
平野に建てられた堀すらない粗末な城ではあるが、一応形だけの簡単に乗り越えられそうな程の塀に囲まれている。粗末な金属すら使われていない門扉へと何気ない日常会話を交わしながら歩いて行くと、門の外で白いものがちらりと動いた。人にしては背が低すぎるし、なにより動き方が違う。
一体何なのかと思い、先を歩いていた政宗を追い越してそれに近づいていった家康が見たのは。
一見純白に見える程、縞の薄い巨大な虎であった。
さすがにこれには驚いた家康だったが、吠えたててくるわけでもなくぱたぱたと短めの尾を揺らしこちらに歩み寄ってくる姿を見て一瞬強張った顔を即座に緩めた。後を追って近づいてきた政宗はもうすっかりこの虎に慣れてしまったらしい。
即座に駆け寄り体を擦りつけてきた赤い首輪を付けた虎の頭を撫でてやりながら、家康に向けて微笑んでくる。
「真田幸村の奴が飼っていたらしい、名前は紅丸っていうらしいが……senceがなさすぎだ」
「飼っていた?」
何故彼は過去形でそう言うのか。
おまけに甲斐にいる幸村に付き従っている虎を、何故政宗が連れてきているのか。聞くことにわずかの恐怖を感じ、息を詰めたまま政宗の言葉を待つ。
自分の行った好意の結果を見せつけられている、そんな気がしたのだ。
「屋敷から追い出されたらしい…………あいつにな」
「何故……」
「こいつを見ると死んじまった忍びを思い出すんだろうってあの屋敷の人間たちは言ってただな…………今のあいつの心の中をperfectに理解できる奴は誰もいないだろうさ。連れてきたのは俺の自己満足にすぎない、それはわかってるんだがな……こいつの間抜け面を見たらどうも…………な」
「確かに可愛らしい顔をしているな」
三成の側にいた虎のことを覚えているが、毛並みはよく似ているがあれはもう少し精悍な顔をしていたような覚えがある。三成の保護者を自認しているかのように、優しげな眼差しで三成を見守っていた虎の事を記憶から引き出すと同時に思い出すのは三成のこと。
あの時三成は見守ってくれる存在に安堵して、安らかな眠りの中にあった。
紅丸という名前のこの虎もきっと主と楽しい時を過ごしていたのだろうに、それを家康が奪ったことになる。
政宗に体を擦りつけ嬉しそうに鼻を鳴らす紅丸の方へ一歩歩み寄り、家康は静かに声を掛けた。
「儂のせいだな…………お前の主をああしてしまった。許せとは言わん、儂に恨みをぶつけたければぶつければいい」
「こいつはそんなこと考えちゃいないさ、まだガキみたいなんでな……遊んでくれなくなった馬鹿にまた遊んで欲しいくらいだろうよ」
「それも儂か……」
そっと手を伸ばすと、紅丸は家康の意図がわかったのか自ら頭を寄せてきた。
白い毛皮に包まれているそれを優しく撫でてやっていると、背に触れていた政宗がとんでもない提案をしてくる。
「こいつに悪いと思ってるなら、あんたが面倒を見てくれ」
「儂が!? 儂は獣など育てたことはないぞ」
「俺だって同じだ。餌は勝手に取ってくるし、人には噛みつかない用に躾けられてる…………きっとあの忍びが教えたんだろうがな」
少しだけ政宗の声に恨みがましげな響きが混ざるが、それを相殺する悪戯っ子のような笑顔。
政宗にとって幸村は自分の武将としての飢えを満たしてくれる存在であり、かけがえのない相手だったはず。そんな存在が変わってしまったことに対して、家康に文句の一つでも言いたいだろうに。
彼は決してそれを口にしようとはしなかった。
紅丸を押しつけてくるのはきっとぶつけたい思いの代わり。赤い首輪を見て幸村を思い出せ、何があろうとも忘れるな。
そして政宗の怒りも、忘れることを許さない。
口には出さず、政宗はそう伝えてくる。
「………………わかった、では儂が預かるとしよう。紅丸、今日からはここがお前の家になるが構わないか?」
「わかったみたいだぜ」
ぺろりと家康の手を舐め、尻尾を振り出した紅丸。
その姿を見て安心したのか、政宗は紅丸を家康の方へ軽く押すと白い毛皮から体を離した。今度からは家康に可愛がってもらえとでも言いたげに最後にぽんと柔らかな毛皮を優しく叩くと、純白に見える獣は政宗に感謝するかのように顔を上げて小さな声で啼いたのだった。
甲斐からここまでの道中で政宗は紅丸に惜しげもなく愛情を注いでいたのだろう。
それをわずかな仕草からも見て取ることができ、竜とまで称される男の意外な一面を見ることができた家康はこんな状況だというのに思わず顔を緩めてしまう。
「…………なんだよ?」
「いや、独眼竜もなかなかに可愛らしいところがあるものだなと思ってな」
「六爪の餌食になりたいようだな…………」
「儂は正直に言っただけだ」
「あんたは正直すぎて気持ち悪い……ま、それを承知で組んだんだ、少しのことは我慢してやるさ。この戦が終われば、次はあんたと俺の勝負だ……その首、誰にも取られるんじゃねえぞ」
「当たり前だ」
隙を見せれば喉笛に食いついてくる。
普通に話をしていても肌がひりつくような気をぶつけてくるのは彼だけ。殺意ではない、敵意でもない。自分が更に上に登るためには、目の前にいる『獲物』を倒さなければならない。
それがわかっているだけなのだ。
表面上はにこやかに笑っていても、その内側では鋭い爪を研ぎ続けている。その爪を己の欲を満たすためだけに使うのならば家康は彼を認めはしないが、政宗は守るべき奥州の民によりよい暮らしをさせるために力を振るうのだ。
だからこそ政宗は強く美しい。
強き力と強いが脆い不安定な心を持つ三成とは質の違う美に、家康は会う度に力づけられる。彼のような決して揺らぐことのない存在がいてくれるからこそ、家康は弱音を吐かず、笑い続ける事ができるのだ。
この戦を無事に終えられた時には、彼とは拳と武器ではなく話し合いでの結着を。
三成を救い、政宗と話をし、民が幸せに暮らすことのできる国を作る。近づいてくる戦に高ぶる心と、自分は本当に成し遂げることができるのかという不安。
それらを内に秘めながら政宗と軽口混じりの言葉を交わし、徐々に家康の側に近づき始めてきた紅丸を観察していると。
それは唐突に聞こえてきた。
「…………客か?」
「いや、今日はお前以外の来訪の先触れは来ていないのだが…………」
「敵襲って訳でもなさそうだな、あんなマヌケな音を立てて奇襲しに来る馬鹿がいるわけがない」
「そうだな…………近くの農民たちが迷い込んできたのだろうか」
ごとんごとんと車輪が回る音と、それと合わさる馬の、のんきな足音。
遠くに馬車のような物が見え始めているのだが、農民にしては馬車の周りにいる人間が多いような。
そして馬車が異様に豪華な上に、無駄に可愛らしい装飾を施されている気が。
目を凝らして馬車をじっと見つめると、あきらかに農民たちが使う馬車ではない。天蓋つきな上に、赤や桃色の飾りに覆われているだけで誰の物だかわかったような気がしたのだが。
誰の馬車だかわかったらしい政宗の行動は素早かった。
「用事を思い出した、俺はすぐに帰らせてもらう」
「ど、独眼竜!?」
「あいつは苦手なんだよ…………とにかく、そいつのことは任せたからな」
口早にそう言うと、政宗はきびすを返して門の内側に戻ろうとする。
家康も徐々に近づいてきた馬車に刻み込まれている家紋を確認し、相手が誰なのかわかったのだが、家康の城はここなので逃げることができない。おまけに馬車を囲んでいる兵たちの持っている物が槍や刀ではなく鉄砲というのが。
最悪としかいいようがない。
おまけに見覚えのある小柄な影が、馬車の横から身を乗り出してこちらに向けて叫んでいる。
「いえやすさ~ん、まさむねさ~ん! わたし、あそびにきちゃいました~!」
ぶんぶんと手を振り、そちらに集中しすぎて何度も馬車から落ちかけているのを中から伸びた手に支えられている。
戦の前で忙しいのに、何故あんな遠くからわざわざやってきたのか。それに独眼竜ともう少し話したかったのに、彼はこの調子だとさっさと帰り支度を整えて帰ってしまうだろう。
凄まじい勢いで同盟している軍を大阪城へ集結させ始めている三成たちとは違い、家康たちはそれぞれの事情がありなかなか集まることができない。一斉に進軍を始める旨の約束は取り付けてあるが、どこまで進軍の勢いを合わせられることか。
問題が山積みだというのに、また難題がやってきた。
そう思いながらも城主としては逃げるわけにもいかず、家康は政宗の服の裾をむんずと掴みながら賑やかすぎる可愛らしい訪問者がここに来るのをため息をつきながら待つことにしたのだった。
六爪を出す勢いで本気で拒否した政宗は、凄まじい勢いで帰り支度を整え奥州へと戻っていった。すぐに軍の最終確認を行い、こちらの動きに呼応する形で進軍を始めるという頼もしい言葉を残してくれたのは嬉しいのだが。
できればこの状況から助けて欲しかった。
「それで……何の用なのだ?」
蛇に睨まれた蛙の如し。
慌てて用意した部屋に客人を迎え入れたまでは良かったのだが、人質になっているか戦場にいるかの生活しかしたことがなかった家康にとってこの状況は拷問でしかなかった。
目の前には妙齢の美女が二人。
女性特有の華やかな雰囲気で室内を満たし、顔を寄せ合い仲良くしているのはいいのだが。
「家康さんに話をしなければならなないことができたので、すぐに家康さんの所へ行かなくちゃって思ったんですけど、じいやたちが外に出してくれなくって……そうしたらねえさまが一緒に行ってくれるって事になったんです!」
「我らもお前に話があったのでな」
「ねえさまと一緒なので、ここまでとても楽しかったんですよ!」
綺麗に切りそろえられた髪を揺らしながら、伊予河野の巫女姫は身を乗り出す勢いで一生懸命こちらに経緯を説明してくれる。万人が見とれるであろう愛らしい顔立ちに、少女らしい華奢な体型。
これでもう少し口数が少なく淑やかであれば、もう少し話しやすいのだが
物静かで凜とした、だが確固とした信念を持った美丈夫に本気で恋している家康の好みとは真逆。なので全く興味は湧かないのだが、家臣達は愛らしく諸国に名声を響かせる姫君との婚姻を望んでいるらしい。
何度も二人きりで話す機会を設けられ、その度に彼女からは他の男への恋心を語られる。
そういう理由で家康は彼女、鶴姫をおもいっきり苦手としていたのだが、今日はもう一人強敵がついてきているのだ。
「…………孫一、儂はお前の力を借りることにしたが、まだ儂は軍を動かすつもりはない」
「そう言うと思っていたのでな、一つ面白い情報を仕入れてきた……当然、買うな?」
「情報だと?」
「石田軍はもういつでも出兵できる状況だ、大阪城にこもる気はないようだな。大筒などを運ぶ準備に余念がない」
「儂の所までは来られないだろうからな、野戦のつもりか」
「我らはどこであろうと雇い主の望むがままに動く、どうすべきかを決めたのならば我らに伝えることだな」
貴重な情報を仕入れてきてくれた鶴姫よりも遙かに長身で肌もあらわな美女、雑賀孫一に家康は頭を下げた。
女だてらに雑賀集の頭領をやっているのだ、腕っ節だけでなくその頭脳にも目を見張るものがあるのだが。家康が石田軍のどんな情報を必要としているかを理解し、その部分だけを簡潔に説明できる彼女を敵に回すのは正直恐ろしい。
味方にできて良かった。
本気でそう思っていると、鶴姫が孫一の服の裾を引っ張っているのが目についた。
「ねえさま、どうして大筒を運ぶと野戦になるんですか?」
「大筒は重い物だ、運ぶにしてもなかなかに手間がかかる。そしてこの城は大阪城からかなり遠く離れている…………つまり大阪城を出る支度をしているということは、向こうはこちらに攻め込まずに野戦を行うつもりだということだ」
「そうなんですか! ねえさまも家康さんもすごいですね!」
「……姫も一軍を預かる身なのだ、これくらいは考えられるようにならねばな」
「はい!」
戦場では険しい顔立ちをしている孫一が、鶴姫が側にいると表情を和ませる。
女の子らしく膝頭を合わせ、両足を投げ出して座っている鶴姫を優しい眼差しで見つめている孫一だったが、家康に向ける目線は常と変わらず厳しい。
「ありがとう孫一、良いことを教えてもらった」
「我らの報酬に上乗せさせてもらうぞ」
「それくらいのことならいくらでも受け入れよう。それにしても野戦となるか……」
「城攻めになるよりはましと思わねばな。大阪城は攻め難い城だ、それに比べてこの城は……なんだあの障子紙よりも薄い門は」
「でもこのお城、家康さんと同じでとても暖かい場所です。ここにいるとすごく落ちつくっていうか……お庭もすごく素敵ですね」
「そうだな、確かにここの庭は狭いが居心地がいい」
「こんな場所を宵闇の羽の方と歩けたら……」
ご執心の忍びの名前を口にし、目を潤ませて自分の世界の没入しかけている鶴姫を止めたのは、苦笑まじりの孫一の声だった。
「我らの用は終わった。姫もこの男に用があるのではなかったのか?」
「そうでした! 私家康さんのことが見えたんです! だから伝えなきゃって思って……」
「儂のこと? 戦の結果が見えたのか?」
「いえ、そうではないです。私が見えたのは家康さんの今後のことだけです」
家康の今後のことなのに、戦の結果ではない。
この戦の総大将である家康の未来には、戦の結果が必ず絡んでこなければならないはずなのに。神の声を聞き、天候を知り未来を見定めるという少女は、一体何を見たのだろうか。
それを聞こうとした瞬間、背筋を正し足も綺麗に揃え直した鶴姫が厳かに口を開き始めた。
「家康さんは…………長くて遠い旅に出ます。それは終わりがない、とても悲しい旅です」
「それは儂が死ぬと言うことか?」
「生きるとか死ぬとかではないんです、選んでしまえば二度と引き返すことができない旅です。家康さんは何も失いません、むしろ多くの物を手に入れるんだと思います。でも……私は…………」
それが良いことだとは思えないんです。
静かにそう言いきった鶴姫は、大きく息を吐いて肩を落とす。
彼女の神と通じる能力は、家康と話している間にも使われ続けていたのだろうか。まるで誰かに妨害されているかのように、口を開く度に消耗していく鶴姫を気遣うように孫一が体を近づける。
支えようと伸びてきた孫一の手を笑顔で断った鶴姫は、顔を上げ再度家康と目線を合わせてきた。彼女は何かを知り、必死にそれを家康に伝えようとしてくれている。
今目の前にいるのは年頃の可愛らしい姫君ではなく、神に仕える巫女。
「詳しいことは全く見えないんです、いつもは欠片みたいにぱらぱらっと落ちてくる感じなんですけど……でも私にはわかります、家康さんと家康さんの周りにあるものが変わりつつあるのを」
「………………………」
「多分家康さんはこれから大きな選択をしなきゃいけないんだと思います、だけど苦しい方を選ばないでください。私は家康さんが好きです、大事なお友達だと思っています。だから家康さんが苦しむことになるのはイヤなんです!」
「鶴姫……」
「それと政宗さんにもお話ししたかったんですけど…………帰っちゃったんですね」
「独眼竜にも何かあるのか?」
「……手を差し伸べてはいけません」
厳かに、ただそれだけを言った鶴姫は疲れ切ってしまったのかそのまま体をぐらりと大きくよろめかせた。
「姫!」
慌てて体を抱き止めた孫一に心配ないと言いたげに笑ってみせ、鶴姫は更に言葉を続ける。
「私……今まで見えても何もできなかったんです。昔遠くでお友達が死んでしまったことがあったんですけど、私……大変なことが起こるって教えてあげられなくて。だから今度なにかが見えたら友達がどこにいても教えてあげに行こうって。この戦が終わって、みんなが仲良くできるようになったら……私、いつでもどこでも困っている人に何かを教えてあげられるようになると思うんです。家康さんなら、そんな国を作ってくれますよね?」
「ああ、約束する」
「よかった、やっぱり家康さんは優しいです」
疲れのにじむ満面の笑顔のまま、鶴姫はくたりと全身の力を抜く。
指先からも力が抜け、孫一に体の全ての重みをかけながら。鶴姫は孫一と家康の顔を交互に見ながら、小さな笑い声を漏らした。
「鶴姫、大丈夫か!」
「……えへ……大事なことを教えすぎちゃいました。本当はこんなことしちゃだめなんですけどね……」
「過度な予言は体に負担を掛けると言われているだろう」
「お友達の一大事です、ここでばば~んと頑張らないと。でも……今日はちょっと疲れました……こんなに疲れたの……初めてなんですよ?」
息も絶え絶えといった様子だが、鶴姫の顔は満足げに輝いている。
大好きな人たちに伝えなければならないことを伝えることができた。ずっと籠の鳥のように閉じ込められ溺愛されながら育った少女にとって、誰かの役に立ったという事実はどんな報償よりも尊い物なのだろう。
そしてそれを抱きしめるかのように腕の中に納めている孫一の顔も、妹のように思っている姫への愛情に満ちあふれており。家康はなんとなくだが、孫一が自分に雇われることを選んだ理由がわかったような気がした。
そんな二人の深い絆を感慨深げに見つめていると、小さな声で鶴姫が言う。
「家康さん……選ばないでくださいね」
「何を選ぶのかはわからぬが、心配するな。儂は選んだりはせぬ」
「よかったぁ」
囁くような力の抜けた声で最後にそう言うと、鶴姫は安心したかのように目を閉じた。
彼女のそんな姿を見慣れているのだろう、丁重に畳の上に横たえると孫一はそっと彼女の頭に触れる。
まるで褒めてやるかのように。
「姫が理由があってどこかに行きたいと言い出したのは初めてだ。こんな情勢なので皆が反対したが、姫は何があろうと意見を変えることはなかった……これも初めてのことだ」
「そうなのか」
「姫の本気の予言は外れたことがない、気をつけることだな」
最後にそれだけ言い、雑賀孫一は襖を指さし家康にこの部屋から出て行けと訴える。
これから鶴姫を介抱するというのに、男の家康がいるのはまずいということなのだろう。女の、それも孫一の怖さは身をもって理解しているので素直に言うことに従って家康は部屋から出る事にした。
選んではならない。
手を差し伸べてはいけない。
一体その言葉が何を指し示しているのかはわからないが、注意するに越したことはないだろう。急いで政宗にも連絡してやらねば、そう思いながらゆっくりと文を書ける部屋を物色し始めた家康だったが。
脳裏に浮かぶのは、近い将来会うことができるであろう愛しい人の姿だけだった。
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鶴姫大好きですが、使いにくい……敵になるとあんだけめんどいのにw
BGM「輝く空の静寂には」
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(現在2本 家三 チカナリです)
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ラキドでは幹部全員を溺愛しておりますが、ベルナルドとイヴァンは特に偏愛。ばさらは家三とか奥州の愉快な仲間達と毛長がメインです。うずみさんが現在官三とか官佐にずっぽりとはまり中。
基本は、愛想のかけらもない「ネット怖い~」の書き手が二人で色々書いている場所です。
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みっし
・生真面目で堅物でムキムキな男性と一見そうじゃなくても根は真面目極まり ないキャラをこよなく愛している、がんかたうるふの片割れ。編み物とお菓子作りが趣味という、第三者曰く可愛らしい一面を持つ反面、パニクると踊ったり、オロオロしだして周囲は見ていて楽しいらしい。荒ぶる舞は、職場の名物だったりする……らしい。
イヴァンちゃんと片倉さんとシズちゃんとスカイハイさんと陛下を思いっきり愛している。好きなアニメは銀魂と最近はFate/zero。型月ファンというよりは元から虚淵ファンでうずみさんからオススメされまくった末にようやっと手を付けて完読した。ライダー組おいしいです。エクシリアではダントツで陛下が好き。陛下が使用可能になる完全版があるなら複数買いしても構わないとのたまう日々。バサラの好きキャラは片倉さん一強だったはずなのに最近はアニキも熱い。かっちり着込むキャラがすきだったはずなのにいきなり露出度が高いキャラを好きになったのは何故か悩む日々。二次元の向かう愛と同じぐらい甥っ子への愛を叫んでいる気がしてならない。
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