こちらはサークル「がんかたうるふ」のうずみとみっしの二人組が、ラッキードッグ1とばさらのこばなしを黙々と投下する場所です。
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書き終わりました。
それとアンケート終了しました。
最後の最後でなんか……とんでもないことに。
後日書き下ろしについては発表させていただきます。
それとアンケート終了しました。
最後の最後でなんか……とんでもないことに。
後日書き下ろしについては発表させていただきます。
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関ヶ原の空を支配していたのは、重く暗い色合いの雲であった。
奇襲されにくい平地に陣を定め、兵たちに休息用の天幕を張る作業を行わせ。石田軍と同盟した将たちは陣幕を張り急ごしらえで作った軍議の場で話し合いを続けていた。
九州の方では悪天候が続き、島津翁の軍が間に合わない公算が高くなってきたのでそれについての報告と、家康が東に居城を移したため東軍と呼ばれるようになり始めた徳川とその同盟軍の動向についての確認。三成の補佐役とした参加を許された官兵衛は、大谷と三成が進める話を彼の背を見つめながら聞き続けていた。
「島津の到着は早くとも二日後……当然島津軍の大筒も使えぬ事になる。大筒はいつ雨が降るかわからぬこの天候なので使わずとも構わんが…………」
「ここより西を任せるつもりが、叶わぬ事となったというわけだ。やれ、どのようにすればよいのか…………」
「そう言うということは、貴様の中にもう考えがあるということなのだろう? 我が今きになっているのは東軍の布陣よ」
「気を急くな毛利、話しには順序というものがあろう。とはいえ……他の者も気になっておるようなのでな、先に話すとしようか」
卓の上には大まかではあるがこの近辺の地形が描かれた地図。
そこに兵力をあらわす代わりに白い碁石を置きながら、大谷吉継は時折咳き込みながら状況の説明を始めた。呼吸に混じるざらざらとした雑音は彼の体が急速に弱っている証拠だが、誰もその件について触れようとはしない。
「この山の上に徳川軍……一万三千、両脇は伊達と上杉が固めておるわ。これが合わせて二万程……あとは前田家と雑賀集、そして最上と伊予河野の巫女姫の軍勢が主だったところかの」
「合わせて六万程か……よくここまで集めたものだ。だが運は我らには向いておらぬようだな」
自重するかの結おうに唇を歪める毛利の言葉に、卓を囲む諸将の顔が一気に曇っていく。
官兵衛の悪運が軍全体に伝染したとしか思えぬ程、こちらにとって悪い条件が重なり続けており、それが兵たちの士気を下げつつあるのが現状なのだ。きっかけ一つで兵たちが逃亡しかねない程の状況を生み出したのは自分の悪運なのでは、そう官兵衛が自分を責める程に三成の周辺では悪い出来事が続きすぎていた。
まずは島津の遅参。
本当ならば長宗我部や毛利に二日程遅れて到着するはずだったというのに、急に彼の国を襲った豪雨と大風が船の出航を大幅に遅らせてしまった。おまけに立花宗茂と大友軍は到着したことはしたのだが、わずか千程の兵士か連れてこず。なにかが国内であったのだろうが、大谷はにやにやと笑うだけで何も告げようとしない。
独自の情報網で調べた官兵衛が知ったのは、立花宗茂が若すぎる主君を殺して国を乗っ取ったという事実だった。
どれだけわがままな主君であろうとも、大友家の血筋に仕えていた臣下たちが混乱しないわけがない。おまけにあの国はザビー教に乗っ取られかけていたのだ、都合のいい君主を失った彼らが領地内で何をするかわからない。
しかしこの戦いに馳せ参じなければ、今度は自分たちが攻撃される。
だからこそ国に信頼できる部下を置き、反乱が起こった際に対応が行えるようにし。自分は数少ない兵を連れて、この戦いに参加するためにやってきたのだろう。
そういえば以前彼や島津翁も共に飲んだことがあったが、あの時彼と大谷はすぐに宴を辞していた記憶がある。
あの時から大谷は立花宗茂に囁き続けていたのだろう、ザビー教に支配された大友領を救いたくはないか、と。大谷らしいやり方だが、さすがにこうなるとは彼も読めなかったのだろう。わずかな兵と共に現れた立花宗茂を、大谷は愕然と見つめていたのだ。
どれだけ裏で暗躍しようとも、大谷には半兵衛をこえられない。
半兵衛の手紙を見つけ大阪城に戻った後、大谷に近しい人間の中に半兵衛の側仕えをしていた人間を発見し、官兵衛は彼らにある日伝えたのだ。お前さん方が三成に渡すはずだった手紙を先に見つけちまった、と。
見つけられたことには驚いていたようだが、彼らの答えは一つだった。三成の命があれば即座に動く、だが三成が躊躇うようであったら自分たちの判断で動く、と。官兵衛が何もしなくとも、大谷は気付かぬうちに追い詰められている。
その全てがこの戦をどのような結果に導くのか。
考えなければいけないことは山のようにあるが、官兵衛が一番気になっているのは大谷の後ろに控える暗い目をした青年のことであった。紅の戦装束を捨て、闇の色を身に纏い。どこであろうと連れてきていた紅丸も彼の側には存在しない。
黒き長羽織姿の幸村の目は、ただ卓の上にある地図に注がれている。
昔の三成との仲の良さを知っている人間には、それはかなり不気味なものに見えるだろう。一番の従者を三成に殺されたのだ、本来の幸村ならば真っ先に怒りをぶつけるはず。それすらせずに虚無の満ちた目で三成を視界に収めることすらしないというのは。
幸村の心はもう壊れてしまったのか。
三成に恨みをぶつけてきたのなら、そうしろと言ったのは自分だと幸村に告げるつもりであった。それでも納得せず三成に怒りをぶつけるのであれば、佐助が実は生きていると彼に教えるか。この大戦の最中に知ったとしても、幸村を処罰することはさすがにしないだろうと思っていたのだが。
ここまで堕ちてしまっていては、こちらの言葉も通じるかどうか。
時折気付かれぬように近くにいる幸村に目線を送っている三成の顔にも、悲しみと困惑の色。陣幕の外で主を待っているしのと紅丸を会わせてやりたかったのだろうが、それももう叶わないのかもしれない。
悲しみを瞳の内に押し込め、この戦の総大将として木造の椅子に悠然と腰掛ける三成の姿には風格すら漂いつつあるが。その彼の心の内を占めているのは敵に総大将への恋心だと知ったら、どうなることやら。
地図を囲みながら言葉を交わす諸将たち、彼らには悪いが官兵衛は三成と半足会って事前に彼らの布陣を決めてしまっていた。三成が家康の元へとたどり着けるように、そしてそれを妨害しそうな存在をできるだけ遠ざけるために。
稀代の軍師黒田官兵衛が全身全霊を込めて考えた、三成のために作り上げた布陣。
官兵衛に教えられていたそれを説明するために、しばしの間沈黙していた三成は地図上に指を伸ばし誰もが聞かずにはいられない力を秘めた声でゆっくりとそれを語り出す。
「ここを本陣とすることに意見がある者はいないようだな…………ならば刑部、貴様にここを任せる。私は家康の首を取るために、このまま奴の本陣まで行くのでな」
「三成……本陣とは大将のあるべき場所よ、それではここに本陣を置く意味がない」
「だが待っているだけでは私は家康にたどり着けぬ。上杉と伊達と共動し、奴らは我らの本陣を包囲してくるつもりだ。相手の両翼を打ち破ることはできなくもないが、それでは時間がかかる。この調子では明日の朝には雨が降る……向こうには雑賀集がいるのだ、こちらも大砲を使えなくなるが、奴らに火薬を使わせるよりはいいだろう」
「だが石田、上杉の北に位置する前田はどうする?」
「前田は動かぬ……そうだろう、刑部」
「動きたいとも思っておらぬだろうな……我らが直接戦わねばならぬのは徳川意外では軍神と独眼竜……あとは雑兵のみよ」
途端に毛利が嫌そうな顔をする。
大谷と彼は最初は協調して動いていたはずなのだが、田植えの直前に大谷が戦を始めようとしたことで毛利は相当に怒り狂ったらしい。それ以来大谷に積極的に協力することはなく、むしろ三成に協力的になったというか。官兵衛にも情報を流してくれるようになったので、かなり助かっていた。
大谷が普通に天下を目指しているのなら協力を続けたのだろうが、彼が考えているのはこの国全てを不幸に追いやることだけ。大谷の真実に気がついた毛利は、国のために距離を置くことを選んだのだろう。
大谷に話しかけてはいるが、目は三成を追い。
三成の望む方向へと話を進めてくれようとしているのがわかるので、官兵衛は安心して後ろからこの状況を見守っていた。
自分にできることはもうほとんど残っていない。
あとは戦端が開かれ、三成と家康が出会った瞬間に二人の間に入り。なんとしてでも二人に話をさせ、互いへの思いを理解させる。そうすれば三成は死を選ばないであろうし、彼を幸せにすることができる。
父か兄であれば良かった。
その三成の言葉は官兵衛の心に大きな影響を与えていた。
三成は自分の事を愛してくれたが、それは肉親に向ける情と同じもの。無理に家康を殺し、自分を愛させようとしても三成は自分だけを恋慕うことは一生ない。
ならば三成が誰よりも幸せになれるように。
そしてその側に一生いられるように。
我ながら子供っぽい方向へ方向転換したものだとは思うが、それが三成にとって一番の幸せなのだからしょうがない。惚れた相手に肉親だったら良かったのにといわれ、相手が別な男と結ばれるように努力している自分はつくづく運がない。
だがそれが自分なのだ。
どれだけ運が無かろうが、それを己の頭脳の力で乗り越えてきた。
だったら今回もそうすればいいだけのこと。
鉄球を付けられ動きを制限されようが、愛した相手に思われなかろうが。その全てをどうにかしてみよう、それが黒田官兵衛なのだから。
「では布陣に関してはこれでいいな。向こうがまだ布陣を終えていないのならば、先にこちらが終えればいいだけのこと。終え次第軍を動かす…………」
三成は話の終わりで、周囲に同意を求めなかった。
卓を囲む将の全てが三成の言葉に納得し、協力を惜しまないつもりでいる。それを理解しているからこそ、無言で立ち上がった三成は官兵衛についてくるように伝えその場を後にしたのだが。
一人、足りない人物がいる。
卓を囲んでいる人間には、佐助の件で大いに世話になった長宗我部元親がいないのだ。まさか佐助の生存が大谷に気付かれ、手助けをした彼に何か危害を加えるような真似をしたのでは。
後ろを振り返らずに先に行こうとする三成を声で止め、一番領地が近い毛利の元へ鉄球を引きずりながら行くと、毛利から返ってきた答えは意外なものであった。
ずっと自軍の天幕の中にこもり、何かを考えている。
この時にそのような行動を取ることの意味。
多分大谷が長宗我部を引き込むために官兵衛に行わせたことを知ってしまったのだろう。この期に及んで何故そのようなことにと思わないでもないが、いずれはわかってしまうことだったのだ。
それが少し早まっただけ。
今回の布陣には長宗我部の力が必要不可欠なのだ、自分は騙されたということを知ったであろう彼に協力してもらうには何をすればいいのか。毛利に礼を言い、官兵衛を待ってくれていた三成の方へと向かおうとした時。
毛利は、こちらに予想だにしなかった提案をしてきたのだった。
毛利元就が長宗我部軍の陣地を訪問したのは、官兵衛と話をしてすぐ後のことだった。
火を使うのは禁じられていないのだろう、食事の準備のために火をおこしたり糧食を運んだりと忙しく動いている長宗我部軍の兵たち中を、翡翠色の鎧姿の毛利は進んでいく。さすがに兜は被っていないが、ここはもう戦場なのだ。
自分の天幕に引きこもり苦悩し続ける将など、邪魔なだけ。
彼が何に苦しんでいるのかはわかっているが、もう彼は引き返すことなどできないのだ。どういう判断をするにせよ、それが長宗我部家の運命を大きく変える。そのことをわからぬわけがないというのに、何故あの男は動かないというのか。
毛利家を存続させ、安芸を守ることだけを考え生きてきた毛利には全くわからなかったが。
彼と何度か酒を酌み交わし、まだまだ子供の三成と幸村に説教を食らわし。もうすぐ国の命運を決める大戦が始まるというのに、彼らと優しい時間を何度となく過ごさせてもらい。
ほんの少しだけそれを失うのが惜しいと思ってしまった。
そう思ってしまったというだけで、毛利も長宗我部と同じなのだ。
戦場に立ちながらも、心の浮かぶのは思い出の数々。長宗我部も多分同じなのだろうが、彼のそれには絶望というもので彩られている。大谷吉継が長宗我部を陥れることを決め、黒田官兵衛が手を下し
そして毛利が彼らに長宗我部の使者が徳川家を訪問する道を教えた。
大谷吉継に最初そのように手を貸したのは事実。だが、徐々に彼の卑怯を通り越したやり方に嫌気がさし距離を置くようになった。
自分の領地のために策略を用い、相手を破滅させるならまだ許せる。しかし大谷はこの国全てを滅ぼそうとしているとしか思えないのだ。国を作る上で農民たちと畑は最重視すべきものだというのに、大谷は彼らに畑を耕す時間を与えず秋の実りすら気にしていない。最初は戦に急いているだけだと考えたのだが、大谷と話をしていく内に大谷の心に渦巻く怨嗟に気がついていった。
民や領土のことなど、大谷は塵芥と同じ扱いなのだ。
それならばまだ未熟ではあるが豊臣秀吉と竹中半兵衛の思いを受け継ごうとしているであろう三成に力を貸した方が良い。
三成が勝っても家康が勝ってもこの世は大きく変わる。
だが大谷に権力を渡してしまえば、彼はその全てをこの国を滅ぼすために使うだろう。安芸を守るためにもそれだけはさせてはいけない、そして長宗我部を参戦させなければこの戦はこちらの負けに終わる。
だからこそ長宗我部を気にする官兵衛から、彼を説得する役目を引き受けたわけだ。
近頃は長宗我部家と毛利家の間で小競り合いが無くなったからか、鎧を身につけたまま軽快に動く兵たちは毛利へと微笑みかけ頭を下げてくる。毛利来訪の目的がわかっているのか、中にはお願いしますと言ってくる者すらいた。
臣下からこれほどに慕われているというのに、何故動かない。
沸々とわき上がる怒りに身を任せることを良しとせず、あくまでも毛利家の当主として彼に接することを決め。分厚く重い布でできている天幕の入り口を強引に跳ね上げ、毛利は中へ入っていった。
「入るぞ」
一応口で断ってはみたが、返ってくるのは沈黙のみ。
空が雨雲に覆われてはいるが明るい外とは違い、そこに満ちているのは長宗我部の悲しみを飲み込んだかのような闇。灯りすら存在していなかったので入り口の布が屋根に乗るように置くと、ほんのわずかだが室内に光が差した。
剥き出しの土の上に放置された彼の戦装束と武器。
そして毛皮が敷かれた一番奥の部分で、彼は顔を上げることなく片膝をついてその場に座っていた。長い髪が目にかかり何を考えているのかを読み取ることはできないが、彼が事実を知ったのは間違いないだろう。
自分の臣下を殺したのが徳川ではなく豊臣だということを。
しかしそれを今知ったとしても、長宗我部は徳川方へ寝返ることなどできるわけがない。
彼と石田三成と親しい付き合いをしていることを、徳川方が知らないわけがないだろう。その状況で今更徳川方につきたいと長宗我部が言ったとしても、家康は信じたとしても他の者が信じるはずがない。
このまま石田方についていれば、自分の復讐は果たせなくなる。
だが徳川方に寝返ることもできない。
窮地としか言いようがない状況、動けなくなるのも当たり前だろう。彼の決断で兵が動き、愚かな命を下せばその全てを失うことになるのだ。
では彼は今どうすべきなのか、それは彼が決めること。
毛利が今しなければならないことは、彼に決断するだけの力を取り戻させることだ。このまま彼が迷いの中で止まってしまえば、彼はどちらの陣営からも敵とみなされる。
大きな二つの軸がこの国に生まれ、それが相争おうとしている。その時に例え動かぬとはいえもう一つの勢力が生まれてはならないのだ。
「無様なものよ」
「………………………」
「ここまで来てみたはいいが、大谷の言葉に踊らされていることを知ったという訳か。愚か者め……貴様がそこで嘆いていても、何も始まらぬわ」
「……………………………………」
「何を言われても言葉を返さぬか、ならば良いことを教えてやろう。
貴様が徳川に向けて送った使者、その通り道を大谷に伝えたのは我よ。
そして黒田が手を下した…………どうだ、少しは何かを話す気になったか?」
その言葉が長宗我部に与えた打撃はかなりのものだったらしい。
拳を床に叩きつけ、獲物の喉笛を狙う獣の様な目を毛利へと向け。ゆらりと立ち上がった彼は、そのまま毛利の方へと無言で歩み寄り。
そのまま毛利の首に、指を食い込ませてきた。
「この期に及んでまだ手加減か……」
「……黙れ」
「貴様にはこれを貸してやろう、今なら我の首をこれではねても不問としてやる」
「なんなんだよ……お前……」
首に食い込む指には、それほど力は入っていなかった。
しかし敵になるかもしれない男に命を握られているのは事実。おまけに鎧の内に隠してあるもしもの時に使う脇差しまで、彼に差し出しているのだ。
自分は食材のために彼に殺されたいのか、それとも別の何かなのか。
長宗我部が顔を上げた瞬間、彼の心に灯が灯ったように感じ小さな喜びを感じた。それが怒りという名の炎であっても、彼の目には海に浮かぶ炎のような輝きがあって欲しいのだ。
それに毛利は自分の命を道具として差し出したこの賭けに、十分勝算があるとみていた。
この男は自分の前に命を差し出す存在を怒りのままに殺せる程冷酷ではないし、ここで毛利を殺せばどうなるのかを判断するくらいはできる。豪快なだけの男だと思われがちだが、部下たちのためにはどの様な苦境であろうとも耐えるはずなのだ。
予想の通り、しばらく首に絡ませた指に力を込めようとしては力を抜き。
何度もそれを繰り返した後、長宗我部は荒い息を吐きながら毛利の首を解放したのだった。
「…………何故殺さなかった」
「聞かせろ、何故あいつらを……」
「簡単な事よ。大谷が望んでいたのは来るべき戦で後ろを取られぬ事。後ろから貴様に攻められ、正面から徳川を迎え撃つことになればさすがに苦戦するであろうからな。我とて戦の最中に貴様に攻められることだけは避けたかった……黒田は、わかるであろう?」
「あんな枷を付けられちゃ、逆らえるわけねえってことか」
「見た目は愚鈍だが、あの男はなかなかのものよ。あれが石田を奉じて大谷より実権を奪っていれば、このようなことにはならなかったであろうな」
「俺を…………嘲笑っていたという事か」
「黒田が貴様を笑うわけがなかろう。大谷は…………貴様の嘆きと徳川への憎しみを肴に酒を楽しんでいたようだがな」
「お前もあいつと……大谷と同じだ……」
毛利の首からは手を離したが、見下ろしてくる長宗我部の目にはまだ憎しみが宿り続けていた。
この目が自分に対する好意に満ち、微笑みかけてきたのが遙か昔に感じられる。何度となく彼とは戦ったというのに、こんな男だと知ったのは彼と大阪城で話をしてからだった。やることなすこと豪快なのに、妙なところで繊細で。無軌道に動いているように見えるのに、周囲に対する気配りを忘れない姿はいつしか毛利から彼に対する憎しみを奪っていった。
そしてその憎しみを、今長宗我部が背負うことになっている。
本来ならばここで形ばかりでも戦に参加し、長宗我部家を守ることを勧めなければならない。きっと官兵衛もそれを期待して毛利に長宗我部の説得を任せたのだろうから。
しかし毛利の口から出たのは、その期待を裏切るような言葉であった。
「我のことをどう思おうと構わぬ、貴様が我を殺したいというのならそうすればいいだけだ。勿論、我も簡単は貴様に首を取らせてやりはせぬがな」
「なんだと?」
「先程の軍議で、貴様が本陣の右翼に、我が左翼につくこととなった。大谷と我を討ちたければ…………その時が好機ではないのか?」
「おい、何を考えてやがる」
「戦場に立てぬ鬼など、意味がないと言っているだけ」
小さな笑い声をたてながら、手を伸ばして長宗我部の片目を覆う眼帯に指を滑らせる。
この目の奥に潜んでいるのは周囲の人を食らうかのような激情か、それとも友に向けた罪悪感か。どちらにしてももう戦は始まってしまう、その時長宗我部がどう動くのかを決めるのは彼自身なのだ。
見えぬ目の奥に、きっとその答えが眠っている。
この眼帯を外せば見えるだろうか。そんな子供じみたことを考えていると、あきれ果てたようなため息と共に長宗我部が毛利の手の上にそっと自分の手をのせた。
眼帯と彼の手に挟まれ、そこから伝わってきた熱がゆっくりと染みこんでいく。
「大したモンだよ、あんたは。そこまでして俺を担ぎ出したい訳か」
「貴様がいるといないでは、相手方の士気が大きく変わる。我の命と引き替えにこの戦に勝てるというのであれば、いくらでも差し出してやろう。我が倒れようと代わりの当主を据えればいいだけ、それで安芸が守られるのなら…………当然、貴様を返り討ちにして我が捨て駒になるのは避けるつもりではあるがな」
「つくづくもったいねえな……あんたが女だったら、この場で押し倒してやるんだが」
「なんだ貴様、女しか抱かぬのか」
「あ? 何言ってんだ!?」
「西海の鬼は男女問わずに欲望のまま貪り喰らうと聞いている」
各地の海で暴れていた長宗我部の悪行については、様々な噂を聞いている。
その一部を口にすると、先程までの怒りぶりはどこへやら、長宗我部は更に肩をがっくりと落とす。
「たまってなきゃ抱かねえよ」
「つまり抱くこともあるのだな……」
「あんたの考えがよくわかんねえが……ま、まあそうなるな」
女房に浮気がばれた亭主のように気まずそうに頭を掻いてから、長宗我部は一気に表情を引き締める。
「まだ時間はあるな」
「明日の朝であろうな、徳川方に動きがあるのは」
「なら…………もう少し、ここにいてくれや。お前には言ってやりたいことが山のようにあるんでな」
「我でよければいくらでも聞いてやる。酒と肴も、もちろんあるのだろうな?」
「用意させる」
そう言いながら自分の眼帯に触れていた毛利の手を下に下ろさせる。
まだその目には濁ったくらい感情が残っており、当然戦が始まった瞬間彼が何をし出すのかはわからないわけだが。天幕の中に用意されていた火種で灯籠を輝かせ、毛利が屋根の上にのせた扉代わりの厚い布を再び下に下ろした長宗我部は。
鬼と呼ばれるにふさわしい人の心をざわめかせる笑みのまま毛利の肩を抱き。
そしてそのまま天幕の奥へと導いていった。
________________________________________
ということで最終章ですが。
多分3~4回構成で終わるはずです。
まあこの章が終わったら終わったで……もう少しだけ続くんですがw
そして毛利さんがこの後鬼さんに喰われたかは、ご想像にお任せしますw
BGM「夜明け生まれ来る少女」
奇襲されにくい平地に陣を定め、兵たちに休息用の天幕を張る作業を行わせ。石田軍と同盟した将たちは陣幕を張り急ごしらえで作った軍議の場で話し合いを続けていた。
九州の方では悪天候が続き、島津翁の軍が間に合わない公算が高くなってきたのでそれについての報告と、家康が東に居城を移したため東軍と呼ばれるようになり始めた徳川とその同盟軍の動向についての確認。三成の補佐役とした参加を許された官兵衛は、大谷と三成が進める話を彼の背を見つめながら聞き続けていた。
「島津の到着は早くとも二日後……当然島津軍の大筒も使えぬ事になる。大筒はいつ雨が降るかわからぬこの天候なので使わずとも構わんが…………」
「ここより西を任せるつもりが、叶わぬ事となったというわけだ。やれ、どのようにすればよいのか…………」
「そう言うということは、貴様の中にもう考えがあるということなのだろう? 我が今きになっているのは東軍の布陣よ」
「気を急くな毛利、話しには順序というものがあろう。とはいえ……他の者も気になっておるようなのでな、先に話すとしようか」
卓の上には大まかではあるがこの近辺の地形が描かれた地図。
そこに兵力をあらわす代わりに白い碁石を置きながら、大谷吉継は時折咳き込みながら状況の説明を始めた。呼吸に混じるざらざらとした雑音は彼の体が急速に弱っている証拠だが、誰もその件について触れようとはしない。
「この山の上に徳川軍……一万三千、両脇は伊達と上杉が固めておるわ。これが合わせて二万程……あとは前田家と雑賀集、そして最上と伊予河野の巫女姫の軍勢が主だったところかの」
「合わせて六万程か……よくここまで集めたものだ。だが運は我らには向いておらぬようだな」
自重するかの結おうに唇を歪める毛利の言葉に、卓を囲む諸将の顔が一気に曇っていく。
官兵衛の悪運が軍全体に伝染したとしか思えぬ程、こちらにとって悪い条件が重なり続けており、それが兵たちの士気を下げつつあるのが現状なのだ。きっかけ一つで兵たちが逃亡しかねない程の状況を生み出したのは自分の悪運なのでは、そう官兵衛が自分を責める程に三成の周辺では悪い出来事が続きすぎていた。
まずは島津の遅参。
本当ならば長宗我部や毛利に二日程遅れて到着するはずだったというのに、急に彼の国を襲った豪雨と大風が船の出航を大幅に遅らせてしまった。おまけに立花宗茂と大友軍は到着したことはしたのだが、わずか千程の兵士か連れてこず。なにかが国内であったのだろうが、大谷はにやにやと笑うだけで何も告げようとしない。
独自の情報網で調べた官兵衛が知ったのは、立花宗茂が若すぎる主君を殺して国を乗っ取ったという事実だった。
どれだけわがままな主君であろうとも、大友家の血筋に仕えていた臣下たちが混乱しないわけがない。おまけにあの国はザビー教に乗っ取られかけていたのだ、都合のいい君主を失った彼らが領地内で何をするかわからない。
しかしこの戦いに馳せ参じなければ、今度は自分たちが攻撃される。
だからこそ国に信頼できる部下を置き、反乱が起こった際に対応が行えるようにし。自分は数少ない兵を連れて、この戦いに参加するためにやってきたのだろう。
そういえば以前彼や島津翁も共に飲んだことがあったが、あの時彼と大谷はすぐに宴を辞していた記憶がある。
あの時から大谷は立花宗茂に囁き続けていたのだろう、ザビー教に支配された大友領を救いたくはないか、と。大谷らしいやり方だが、さすがにこうなるとは彼も読めなかったのだろう。わずかな兵と共に現れた立花宗茂を、大谷は愕然と見つめていたのだ。
どれだけ裏で暗躍しようとも、大谷には半兵衛をこえられない。
半兵衛の手紙を見つけ大阪城に戻った後、大谷に近しい人間の中に半兵衛の側仕えをしていた人間を発見し、官兵衛は彼らにある日伝えたのだ。お前さん方が三成に渡すはずだった手紙を先に見つけちまった、と。
見つけられたことには驚いていたようだが、彼らの答えは一つだった。三成の命があれば即座に動く、だが三成が躊躇うようであったら自分たちの判断で動く、と。官兵衛が何もしなくとも、大谷は気付かぬうちに追い詰められている。
その全てがこの戦をどのような結果に導くのか。
考えなければいけないことは山のようにあるが、官兵衛が一番気になっているのは大谷の後ろに控える暗い目をした青年のことであった。紅の戦装束を捨て、闇の色を身に纏い。どこであろうと連れてきていた紅丸も彼の側には存在しない。
黒き長羽織姿の幸村の目は、ただ卓の上にある地図に注がれている。
昔の三成との仲の良さを知っている人間には、それはかなり不気味なものに見えるだろう。一番の従者を三成に殺されたのだ、本来の幸村ならば真っ先に怒りをぶつけるはず。それすらせずに虚無の満ちた目で三成を視界に収めることすらしないというのは。
幸村の心はもう壊れてしまったのか。
三成に恨みをぶつけてきたのなら、そうしろと言ったのは自分だと幸村に告げるつもりであった。それでも納得せず三成に怒りをぶつけるのであれば、佐助が実は生きていると彼に教えるか。この大戦の最中に知ったとしても、幸村を処罰することはさすがにしないだろうと思っていたのだが。
ここまで堕ちてしまっていては、こちらの言葉も通じるかどうか。
時折気付かれぬように近くにいる幸村に目線を送っている三成の顔にも、悲しみと困惑の色。陣幕の外で主を待っているしのと紅丸を会わせてやりたかったのだろうが、それももう叶わないのかもしれない。
悲しみを瞳の内に押し込め、この戦の総大将として木造の椅子に悠然と腰掛ける三成の姿には風格すら漂いつつあるが。その彼の心の内を占めているのは敵に総大将への恋心だと知ったら、どうなることやら。
地図を囲みながら言葉を交わす諸将たち、彼らには悪いが官兵衛は三成と半足会って事前に彼らの布陣を決めてしまっていた。三成が家康の元へとたどり着けるように、そしてそれを妨害しそうな存在をできるだけ遠ざけるために。
稀代の軍師黒田官兵衛が全身全霊を込めて考えた、三成のために作り上げた布陣。
官兵衛に教えられていたそれを説明するために、しばしの間沈黙していた三成は地図上に指を伸ばし誰もが聞かずにはいられない力を秘めた声でゆっくりとそれを語り出す。
「ここを本陣とすることに意見がある者はいないようだな…………ならば刑部、貴様にここを任せる。私は家康の首を取るために、このまま奴の本陣まで行くのでな」
「三成……本陣とは大将のあるべき場所よ、それではここに本陣を置く意味がない」
「だが待っているだけでは私は家康にたどり着けぬ。上杉と伊達と共動し、奴らは我らの本陣を包囲してくるつもりだ。相手の両翼を打ち破ることはできなくもないが、それでは時間がかかる。この調子では明日の朝には雨が降る……向こうには雑賀集がいるのだ、こちらも大砲を使えなくなるが、奴らに火薬を使わせるよりはいいだろう」
「だが石田、上杉の北に位置する前田はどうする?」
「前田は動かぬ……そうだろう、刑部」
「動きたいとも思っておらぬだろうな……我らが直接戦わねばならぬのは徳川意外では軍神と独眼竜……あとは雑兵のみよ」
途端に毛利が嫌そうな顔をする。
大谷と彼は最初は協調して動いていたはずなのだが、田植えの直前に大谷が戦を始めようとしたことで毛利は相当に怒り狂ったらしい。それ以来大谷に積極的に協力することはなく、むしろ三成に協力的になったというか。官兵衛にも情報を流してくれるようになったので、かなり助かっていた。
大谷が普通に天下を目指しているのなら協力を続けたのだろうが、彼が考えているのはこの国全てを不幸に追いやることだけ。大谷の真実に気がついた毛利は、国のために距離を置くことを選んだのだろう。
大谷に話しかけてはいるが、目は三成を追い。
三成の望む方向へと話を進めてくれようとしているのがわかるので、官兵衛は安心して後ろからこの状況を見守っていた。
自分にできることはもうほとんど残っていない。
あとは戦端が開かれ、三成と家康が出会った瞬間に二人の間に入り。なんとしてでも二人に話をさせ、互いへの思いを理解させる。そうすれば三成は死を選ばないであろうし、彼を幸せにすることができる。
父か兄であれば良かった。
その三成の言葉は官兵衛の心に大きな影響を与えていた。
三成は自分の事を愛してくれたが、それは肉親に向ける情と同じもの。無理に家康を殺し、自分を愛させようとしても三成は自分だけを恋慕うことは一生ない。
ならば三成が誰よりも幸せになれるように。
そしてその側に一生いられるように。
我ながら子供っぽい方向へ方向転換したものだとは思うが、それが三成にとって一番の幸せなのだからしょうがない。惚れた相手に肉親だったら良かったのにといわれ、相手が別な男と結ばれるように努力している自分はつくづく運がない。
だがそれが自分なのだ。
どれだけ運が無かろうが、それを己の頭脳の力で乗り越えてきた。
だったら今回もそうすればいいだけのこと。
鉄球を付けられ動きを制限されようが、愛した相手に思われなかろうが。その全てをどうにかしてみよう、それが黒田官兵衛なのだから。
「では布陣に関してはこれでいいな。向こうがまだ布陣を終えていないのならば、先にこちらが終えればいいだけのこと。終え次第軍を動かす…………」
三成は話の終わりで、周囲に同意を求めなかった。
卓を囲む将の全てが三成の言葉に納得し、協力を惜しまないつもりでいる。それを理解しているからこそ、無言で立ち上がった三成は官兵衛についてくるように伝えその場を後にしたのだが。
一人、足りない人物がいる。
卓を囲んでいる人間には、佐助の件で大いに世話になった長宗我部元親がいないのだ。まさか佐助の生存が大谷に気付かれ、手助けをした彼に何か危害を加えるような真似をしたのでは。
後ろを振り返らずに先に行こうとする三成を声で止め、一番領地が近い毛利の元へ鉄球を引きずりながら行くと、毛利から返ってきた答えは意外なものであった。
ずっと自軍の天幕の中にこもり、何かを考えている。
この時にそのような行動を取ることの意味。
多分大谷が長宗我部を引き込むために官兵衛に行わせたことを知ってしまったのだろう。この期に及んで何故そのようなことにと思わないでもないが、いずれはわかってしまうことだったのだ。
それが少し早まっただけ。
今回の布陣には長宗我部の力が必要不可欠なのだ、自分は騙されたということを知ったであろう彼に協力してもらうには何をすればいいのか。毛利に礼を言い、官兵衛を待ってくれていた三成の方へと向かおうとした時。
毛利は、こちらに予想だにしなかった提案をしてきたのだった。
毛利元就が長宗我部軍の陣地を訪問したのは、官兵衛と話をしてすぐ後のことだった。
火を使うのは禁じられていないのだろう、食事の準備のために火をおこしたり糧食を運んだりと忙しく動いている長宗我部軍の兵たち中を、翡翠色の鎧姿の毛利は進んでいく。さすがに兜は被っていないが、ここはもう戦場なのだ。
自分の天幕に引きこもり苦悩し続ける将など、邪魔なだけ。
彼が何に苦しんでいるのかはわかっているが、もう彼は引き返すことなどできないのだ。どういう判断をするにせよ、それが長宗我部家の運命を大きく変える。そのことをわからぬわけがないというのに、何故あの男は動かないというのか。
毛利家を存続させ、安芸を守ることだけを考え生きてきた毛利には全くわからなかったが。
彼と何度か酒を酌み交わし、まだまだ子供の三成と幸村に説教を食らわし。もうすぐ国の命運を決める大戦が始まるというのに、彼らと優しい時間を何度となく過ごさせてもらい。
ほんの少しだけそれを失うのが惜しいと思ってしまった。
そう思ってしまったというだけで、毛利も長宗我部と同じなのだ。
戦場に立ちながらも、心の浮かぶのは思い出の数々。長宗我部も多分同じなのだろうが、彼のそれには絶望というもので彩られている。大谷吉継が長宗我部を陥れることを決め、黒田官兵衛が手を下し
そして毛利が彼らに長宗我部の使者が徳川家を訪問する道を教えた。
大谷吉継に最初そのように手を貸したのは事実。だが、徐々に彼の卑怯を通り越したやり方に嫌気がさし距離を置くようになった。
自分の領地のために策略を用い、相手を破滅させるならまだ許せる。しかし大谷はこの国全てを滅ぼそうとしているとしか思えないのだ。国を作る上で農民たちと畑は最重視すべきものだというのに、大谷は彼らに畑を耕す時間を与えず秋の実りすら気にしていない。最初は戦に急いているだけだと考えたのだが、大谷と話をしていく内に大谷の心に渦巻く怨嗟に気がついていった。
民や領土のことなど、大谷は塵芥と同じ扱いなのだ。
それならばまだ未熟ではあるが豊臣秀吉と竹中半兵衛の思いを受け継ごうとしているであろう三成に力を貸した方が良い。
三成が勝っても家康が勝ってもこの世は大きく変わる。
だが大谷に権力を渡してしまえば、彼はその全てをこの国を滅ぼすために使うだろう。安芸を守るためにもそれだけはさせてはいけない、そして長宗我部を参戦させなければこの戦はこちらの負けに終わる。
だからこそ長宗我部を気にする官兵衛から、彼を説得する役目を引き受けたわけだ。
近頃は長宗我部家と毛利家の間で小競り合いが無くなったからか、鎧を身につけたまま軽快に動く兵たちは毛利へと微笑みかけ頭を下げてくる。毛利来訪の目的がわかっているのか、中にはお願いしますと言ってくる者すらいた。
臣下からこれほどに慕われているというのに、何故動かない。
沸々とわき上がる怒りに身を任せることを良しとせず、あくまでも毛利家の当主として彼に接することを決め。分厚く重い布でできている天幕の入り口を強引に跳ね上げ、毛利は中へ入っていった。
「入るぞ」
一応口で断ってはみたが、返ってくるのは沈黙のみ。
空が雨雲に覆われてはいるが明るい外とは違い、そこに満ちているのは長宗我部の悲しみを飲み込んだかのような闇。灯りすら存在していなかったので入り口の布が屋根に乗るように置くと、ほんのわずかだが室内に光が差した。
剥き出しの土の上に放置された彼の戦装束と武器。
そして毛皮が敷かれた一番奥の部分で、彼は顔を上げることなく片膝をついてその場に座っていた。長い髪が目にかかり何を考えているのかを読み取ることはできないが、彼が事実を知ったのは間違いないだろう。
自分の臣下を殺したのが徳川ではなく豊臣だということを。
しかしそれを今知ったとしても、長宗我部は徳川方へ寝返ることなどできるわけがない。
彼と石田三成と親しい付き合いをしていることを、徳川方が知らないわけがないだろう。その状況で今更徳川方につきたいと長宗我部が言ったとしても、家康は信じたとしても他の者が信じるはずがない。
このまま石田方についていれば、自分の復讐は果たせなくなる。
だが徳川方に寝返ることもできない。
窮地としか言いようがない状況、動けなくなるのも当たり前だろう。彼の決断で兵が動き、愚かな命を下せばその全てを失うことになるのだ。
では彼は今どうすべきなのか、それは彼が決めること。
毛利が今しなければならないことは、彼に決断するだけの力を取り戻させることだ。このまま彼が迷いの中で止まってしまえば、彼はどちらの陣営からも敵とみなされる。
大きな二つの軸がこの国に生まれ、それが相争おうとしている。その時に例え動かぬとはいえもう一つの勢力が生まれてはならないのだ。
「無様なものよ」
「………………………」
「ここまで来てみたはいいが、大谷の言葉に踊らされていることを知ったという訳か。愚か者め……貴様がそこで嘆いていても、何も始まらぬわ」
「……………………………………」
「何を言われても言葉を返さぬか、ならば良いことを教えてやろう。
貴様が徳川に向けて送った使者、その通り道を大谷に伝えたのは我よ。
そして黒田が手を下した…………どうだ、少しは何かを話す気になったか?」
その言葉が長宗我部に与えた打撃はかなりのものだったらしい。
拳を床に叩きつけ、獲物の喉笛を狙う獣の様な目を毛利へと向け。ゆらりと立ち上がった彼は、そのまま毛利の方へと無言で歩み寄り。
そのまま毛利の首に、指を食い込ませてきた。
「この期に及んでまだ手加減か……」
「……黙れ」
「貴様にはこれを貸してやろう、今なら我の首をこれではねても不問としてやる」
「なんなんだよ……お前……」
首に食い込む指には、それほど力は入っていなかった。
しかし敵になるかもしれない男に命を握られているのは事実。おまけに鎧の内に隠してあるもしもの時に使う脇差しまで、彼に差し出しているのだ。
自分は食材のために彼に殺されたいのか、それとも別の何かなのか。
長宗我部が顔を上げた瞬間、彼の心に灯が灯ったように感じ小さな喜びを感じた。それが怒りという名の炎であっても、彼の目には海に浮かぶ炎のような輝きがあって欲しいのだ。
それに毛利は自分の命を道具として差し出したこの賭けに、十分勝算があるとみていた。
この男は自分の前に命を差し出す存在を怒りのままに殺せる程冷酷ではないし、ここで毛利を殺せばどうなるのかを判断するくらいはできる。豪快なだけの男だと思われがちだが、部下たちのためにはどの様な苦境であろうとも耐えるはずなのだ。
予想の通り、しばらく首に絡ませた指に力を込めようとしては力を抜き。
何度もそれを繰り返した後、長宗我部は荒い息を吐きながら毛利の首を解放したのだった。
「…………何故殺さなかった」
「聞かせろ、何故あいつらを……」
「簡単な事よ。大谷が望んでいたのは来るべき戦で後ろを取られぬ事。後ろから貴様に攻められ、正面から徳川を迎え撃つことになればさすがに苦戦するであろうからな。我とて戦の最中に貴様に攻められることだけは避けたかった……黒田は、わかるであろう?」
「あんな枷を付けられちゃ、逆らえるわけねえってことか」
「見た目は愚鈍だが、あの男はなかなかのものよ。あれが石田を奉じて大谷より実権を奪っていれば、このようなことにはならなかったであろうな」
「俺を…………嘲笑っていたという事か」
「黒田が貴様を笑うわけがなかろう。大谷は…………貴様の嘆きと徳川への憎しみを肴に酒を楽しんでいたようだがな」
「お前もあいつと……大谷と同じだ……」
毛利の首からは手を離したが、見下ろしてくる長宗我部の目にはまだ憎しみが宿り続けていた。
この目が自分に対する好意に満ち、微笑みかけてきたのが遙か昔に感じられる。何度となく彼とは戦ったというのに、こんな男だと知ったのは彼と大阪城で話をしてからだった。やることなすこと豪快なのに、妙なところで繊細で。無軌道に動いているように見えるのに、周囲に対する気配りを忘れない姿はいつしか毛利から彼に対する憎しみを奪っていった。
そしてその憎しみを、今長宗我部が背負うことになっている。
本来ならばここで形ばかりでも戦に参加し、長宗我部家を守ることを勧めなければならない。きっと官兵衛もそれを期待して毛利に長宗我部の説得を任せたのだろうから。
しかし毛利の口から出たのは、その期待を裏切るような言葉であった。
「我のことをどう思おうと構わぬ、貴様が我を殺したいというのならそうすればいいだけだ。勿論、我も簡単は貴様に首を取らせてやりはせぬがな」
「なんだと?」
「先程の軍議で、貴様が本陣の右翼に、我が左翼につくこととなった。大谷と我を討ちたければ…………その時が好機ではないのか?」
「おい、何を考えてやがる」
「戦場に立てぬ鬼など、意味がないと言っているだけ」
小さな笑い声をたてながら、手を伸ばして長宗我部の片目を覆う眼帯に指を滑らせる。
この目の奥に潜んでいるのは周囲の人を食らうかのような激情か、それとも友に向けた罪悪感か。どちらにしてももう戦は始まってしまう、その時長宗我部がどう動くのかを決めるのは彼自身なのだ。
見えぬ目の奥に、きっとその答えが眠っている。
この眼帯を外せば見えるだろうか。そんな子供じみたことを考えていると、あきれ果てたようなため息と共に長宗我部が毛利の手の上にそっと自分の手をのせた。
眼帯と彼の手に挟まれ、そこから伝わってきた熱がゆっくりと染みこんでいく。
「大したモンだよ、あんたは。そこまでして俺を担ぎ出したい訳か」
「貴様がいるといないでは、相手方の士気が大きく変わる。我の命と引き替えにこの戦に勝てるというのであれば、いくらでも差し出してやろう。我が倒れようと代わりの当主を据えればいいだけ、それで安芸が守られるのなら…………当然、貴様を返り討ちにして我が捨て駒になるのは避けるつもりではあるがな」
「つくづくもったいねえな……あんたが女だったら、この場で押し倒してやるんだが」
「なんだ貴様、女しか抱かぬのか」
「あ? 何言ってんだ!?」
「西海の鬼は男女問わずに欲望のまま貪り喰らうと聞いている」
各地の海で暴れていた長宗我部の悪行については、様々な噂を聞いている。
その一部を口にすると、先程までの怒りぶりはどこへやら、長宗我部は更に肩をがっくりと落とす。
「たまってなきゃ抱かねえよ」
「つまり抱くこともあるのだな……」
「あんたの考えがよくわかんねえが……ま、まあそうなるな」
女房に浮気がばれた亭主のように気まずそうに頭を掻いてから、長宗我部は一気に表情を引き締める。
「まだ時間はあるな」
「明日の朝であろうな、徳川方に動きがあるのは」
「なら…………もう少し、ここにいてくれや。お前には言ってやりたいことが山のようにあるんでな」
「我でよければいくらでも聞いてやる。酒と肴も、もちろんあるのだろうな?」
「用意させる」
そう言いながら自分の眼帯に触れていた毛利の手を下に下ろさせる。
まだその目には濁ったくらい感情が残っており、当然戦が始まった瞬間彼が何をし出すのかはわからないわけだが。天幕の中に用意されていた火種で灯籠を輝かせ、毛利が屋根の上にのせた扉代わりの厚い布を再び下に下ろした長宗我部は。
鬼と呼ばれるにふさわしい人の心をざわめかせる笑みのまま毛利の肩を抱き。
そしてそのまま天幕の奥へと導いていった。
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ということで最終章ですが。
多分3~4回構成で終わるはずです。
まあこの章が終わったら終わったで……もう少しだけ続くんですがw
そして毛利さんがこの後鬼さんに喰われたかは、ご想像にお任せしますw
BGM「夜明け生まれ来る少女」
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色々説明
拍手現在豊臣家転生パロ中学生編入ってます
(現在2本 家三 チカナリです)
注意事項
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・捏造、not公式のこばなしが多いので、スルー推奨
ラキドでは幹部全員を溺愛しておりますが、ベルナルドとイヴァンは特に偏愛。ばさらは家三とか奥州の愉快な仲間達と毛長がメインです。うずみさんが現在官三とか官佐にずっぽりとはまり中。
基本は、愛想のかけらもない「ネット怖い~」の書き手が二人で色々書いている場所です。
書いている人
みっし
・生真面目で堅物でムキムキな男性と一見そうじゃなくても根は真面目極まり ないキャラをこよなく愛している、がんかたうるふの片割れ。編み物とお菓子作りが趣味という、第三者曰く可愛らしい一面を持つ反面、パニクると踊ったり、オロオロしだして周囲は見ていて楽しいらしい。荒ぶる舞は、職場の名物だったりする……らしい。
イヴァンちゃんと片倉さんとシズちゃんとスカイハイさんと陛下を思いっきり愛している。好きなアニメは銀魂と最近はFate/zero。型月ファンというよりは元から虚淵ファンでうずみさんからオススメされまくった末にようやっと手を付けて完読した。ライダー組おいしいです。エクシリアではダントツで陛下が好き。陛下が使用可能になる完全版があるなら複数買いしても構わないとのたまう日々。バサラの好きキャラは片倉さん一強だったはずなのに最近はアニキも熱い。かっちり着込むキャラがすきだったはずなのにいきなり露出度が高いキャラを好きになったのは何故か悩む日々。二次元の向かう愛と同じぐらい甥っ子への愛を叫んでいる気がしてならない。
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