がんかたうるふ 「輪舞~偽~」 清明の刻~佐助~ その3 忍者ブログ
こちらはサークル「がんかたうるふ」のうずみとみっしの二人組が、ラッキードッグ1とばさらのこばなしを黙々と投下する場所です。
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ということでこの章は終了です。
通販のぷちばさ!が終了いたしました。
最後の在庫を吐き出したので、スパークには弐のみ持っていくことになりそうです。



 *****
 三成に面会を求めると、表情が強張ってはいたが彼は官兵衛を受け入れてくれた。
 幸村は未だ軟禁中で話ができなかったが、さすがの大谷も城主である三成を拘束することはできなかったのだろう。自室で一人、佇みながら何かを考えていた三成は官兵衛の顔を見るとすぐに部屋付きの小姓たちに退室と周囲の人払いを命じたのだった。
 現在の城主である三成が人払いをしてまで官兵衛と話すことがある。
 それが軍内部にどのような影響を与えるかを三成がわからぬわけがない。近い未来それがどのような影響を与えるかを知っていても、そうしなければいけないわけがあったのだ。いつもは官兵衛が気を利かせて部屋の外に誘ったり、ふいに姿を消す三成を捜す役割を自ら請け負って二人きりで話す機会を作っていた。しかし今日はそんな余裕もないと三成は判断し、官兵衛も彼にさせるがままにしていた。
 夜明けまでもう数刻しかない。
 官兵衛が佐助と面会するためにあらゆる手を尽くしていた間、三成も自分にできることを行っていたのだろう。以前より細くなった面差しには疲れの影が色濃く、目からは力が失せ始めていた。
 人払いを済ませ、官兵衛が鉄球を引きずりながら三成の向かいに足を崩して座り。
 話すことができる環境が整った瞬間に、三成はいつもよりも遙かに饒舌に語り始めた。
「刑部へは私から話をしてみたが……証拠が揃いすぎている」
「処刑は止められんってことか」
「あの宿には前田慶次がいた、それを刑部の配下の者が確認している。そして宿の主人も二人が会っていたことを証明することができるらしい」
「最初から手を回してやがったな…………あの野郎」
「多分その通りなのだろうな」
 ため息と共に、三成がそう言う。
 今まで彼は一度も大谷の悪行を認めたことはなかった。官兵衛よりも大谷との方が付き合いが長く深いのだ、急に接近してきた官兵衛よりも大谷を信じるのは当たり前。だからこそ官兵衛は三成の前では大谷について話すことはあまりなかったのだが。
 今は三成の方からその話をしてくるのだ。
「…………刑部は……明日にでも徳川家に宣戦を布告するつもりらしい」
「明日だと!?」
「今戦を始めてしまえば民が飢える……毛利も反対していたが、無理にでも押し切るつもりのようだな」
「毛利が反対だと? どういうつもりだ……?」
 毛利元就は大谷と共謀している。
 それが周囲の見解だったが、どうやら彼らも一枚岩ではないらしい。確かに毛利家にとっては戦が行われず、長宗我部家との一時的な和解も果たされている今が一番国力を充実させられる時期なのだろう。そんな安定した時期を捨ててまで、こちらに協力する義理はないということなのだろう。
 毛利の目的は、この国を引っかき回すことでも国土を広げることでもないのか。
 それを三成に聞くと、疲れていないとでも言うかのように背筋をしっかりと伸ばした三成は記憶をたどって大谷と毛利の会話内容を教えてくれたのだった。
「収穫なければ国が成り立たぬ……今軍を動かすのは暗君の証……毛利はそう言っていたが、刑部はこの時期に全てを終わらせてしまいたいと言っていた」
「この時期に……だと? それで毛利が納得するわけがないだろうが」
「その通りだ、毛利は我らが軍を動かしたとしても自分は動かさぬと言っていた。しかし刑部が約定について言い出すと、急に部屋を出て行ったのだ」
「あいつらの間で交わされた約定があるって事か」
 三成の言葉が確かならば、毛利はこちらに協力してくれる可能性がある。
 昔から自らの領土を守ること以外には関心が薄かったのだ、上手く話をすれば佐助を助ける手伝いをしてくれるかもしれない。
 これから毛利と言葉で戦ってくるか。
 そう決意した官兵衛を引きとどめたのは、三成の予想だにしなかった言葉であった。
「私が悪いのだな」
「………………………」
「私が刑部を止めなかった、だから猿飛は命を奪われかけている」
「半分以上は小生の責任だ……気にするな」
 最初は何も考えずに大谷の手先となって動いた。
 多分あの時天君の上の三成を見なければ、今もそのままだっただろう。自分の腕の枷さえとれれば、大谷程度どうにでもしてやるとあの時は高をくくっていたのだ。
 だが三成のあの時の空虚な瞳。
 それを自分への思いで埋めてみたと思ったところから官兵衛の戦いは始まった。
 三成には何も背負わせない、ただ彼が生きていてくれればいい。そう思っていたのが間違いだったかもしれない。
 その証拠に、今三成は大きく成長を遂げようとしていた。
「私は何をすればいい? 猿飛を救い、戦を遅らせること……それは私にしかできないはずだ」
「一つだけ、策がある」
「話せ」
「お前さんが覚悟を決めてんのなら、小生が止めるわけにはいかんな…………」
 官兵衛は今の三成のような目をした人間を今まで何人か見たことがある。
 全てを背負うという決意を秘めながらも、周囲に重苦しさや悲壮感を与えない。まだ頼もしさと呼べるまで成長してはいないが、三成の中に芽生えたそれは見た人間にある種の感銘を与えるものへと急速に変わり始めている。
 人の心を引き寄せ、自然と膝を折らせる力を持つ者。


 それを人は天下人の器と呼ぶのだ。


 半兵衞は三成の中の支配者としての器を見出し、秀吉は自分に近いものを持つ三成を愛おしんだ。だからこそ二人は三成に過分ともいえる地位や待遇を与え、時代の豊臣の柱とするために育ててきたのだ。
 最初から彼の中にあったそれを、埋もれさせていたのは大谷や官兵衛だったわけだ。
 三成ならば大谷がどのような思惑で動こうとも止められる、半兵衞は最初からそう考えていたに違いない。もしかしたら三成の力になる何かを遺しているのでは。
 今の今まで思いつきすらしなかったそれを、官兵衛の頭脳から引きずり出したのは三成の力。望みを叶えたい、そして全ての困難に立ち向かいたい。魂の源泉から湧き出ているような輝きを瞳に宿し、三成は官兵衛の言葉を待っている。
「ひどいことをさせちまうぞ…………真田はお前さんをもう友とは呼ばんかもしれんな」
「構わん……さっさと話せ、時間がないのだ」
「わかったよ、」
 短い時間でどれだけ成長しようが、根本的な部分は変わらない。
三成に対する愛おしさが心の内で更に増していくのを感じながら、官兵衛は目の前にいる自分の『君主』に行わなければならないことについて説明することにした。










 毛利と長宗我部には話をした。
 気楽に引き受けてくれた長宗我部と違い、毛利の態度は慎重そのもの。大谷と交わしているという約定が彼を縛っているのは明白なのだが、ここで無理矢理押しても相手の気持ちが冷めてしまうだけ。
 なのでただ一つだけ、全てが終わった後の後始末だけを頼み。
 官兵衛が佐助の処刑時刻までにやらなければならないことは終了した。唯一幸村に会えなかったことだけが気がかりだったし、せめて最後に幸村と三成を普通に話させてやりたかった。
 もう一度彼らが仲睦まじく語り合う姿を見たかったのは、きっと官兵衛なのだろう。
幸村と話している時だけ、三成の顔が童女のようなあどけない表情に彩られる。ふたりでいる時は、互いの体にのしかかる重圧を忘れられる。だからこそ一緒にいる時間をふたりは大切にしていたように、今となっては思われる。そしてそんな二人の姿は、官兵衛にとって安らぎだったのかもしれない。
 三成にとって大切な人間は、全て彼から離れていく。
 せめて自分だけはずっと側にいてやりたいと思うが、果たして三成は自分を大切な存在だと思っていてくれているのか。感謝していると言っていたのはこの間聞いたが、自分個人をどれだけ好いてくれているのかはわからなかった。聞いてみたいと思ったこともあるが、もし彼に拒絶されてしまえば官兵衛はしばらくの間立ち直ることができないだろう。
 迫る戦の前に、そんなことで時間を無駄にすることはできない。
 全てが終わった時、改めて三成に聞けばいいことだ。三成の心が不安定な時に尋ねたとしても、彼の心は更に大きく揺れるだけ。
 そう、三成はこれから友の従者を処刑することになるというのに。
「おい……ありゃ……真田か」
「そのようだな。しかし…………刑部の奴……なんてことをしやがる」
 大阪城の前庭は、三成と幸村が手合わせを行っていた場所だった。
 複雑な植え方をされている若葉が吹き始めている木々で作られた壁を抜ければ、そこはぽっかりと開けた空間。以前三成たちが散々抉った地面は補修されており、土が剥き出しになったそこには所狭しと人が詰め込まれていた。作られた小川のほとりにも、小さな橋の上にも。これから起こることを見届けようと、押し合いへし合いになりながらその時を待っているのだ。
 真ん中だけを綺麗に避けた形で。
 打ち合わせ通りまだこの場に現れていない三成を待ちながら、官兵衛は長宗我部元親と行動を共にしていた。客として滞在中に処刑が行われるという事態に驚くのは当然のことだが、事態を受け入れた後の彼は素早かった。
 官兵衛の頼みを受け入れ、部下に命じるのではなく自分で動き。
 大谷に動きを把握されないように細心の注意を払う。
 彼を卑怯な策を用いて味方に引き込み、彼を騙し続けているというのに長宗我部は官兵衛と三成のために力を尽くしてくれる。純粋に大谷が気に入らないというのもあるのだろうが、海の男の懐の深さに今は感謝しなければならないだろう。
 その長宗我部が指さした先、輿に乗りゆっくりと群衆へと近づいてくる大谷の横には、白装束を纏わされた幸村の姿があった。その手にはいつも彼の側にある槍、そして幸村の常に闊達な輝きを放っていた瞳は。
 生命の輝きを全て失い、空虚が満ちるのみ。
 そして大谷の先を行く兵たちに引きずられ人のいない空間に投げ出されたのは、血に染まった忍び装束を纏った佐助。明るい色合いの柔らかそうな髪には血と泥がこびりつき、生々しい傷口が切り裂かれた忍び装束から覗く。
 目をこらして見ると、わずかに肩が動いていることが確認出来るのでまだ生命の火は繋がっている。生きてさえいてくれれば、どんな手を使ってでも助けると誓ったのだ。
 だが昨日と同じく地面に突っ伏したまま動けないというのは、やはり手と足の腱を切られたと考えるべきなのだろう。そう思っていると、隣の長宗我部から安堵したような声。
「出血は多いが傷口は浅いな……あれならちゃんと手当すりゃ歩けるようになるだろうよ」
「そうか……」
「殺しちまう相手なら、派手に血を出させて周囲を怯えさせた方がいいってことだ。底意地の悪いことしやがる」
「刑部はそういう奴なんでな」
「面倒な男だ」
 強張った苦笑いと共に吐き出された言葉に、官兵衛も唇を歪めてみせる。
 人に押されながらなんとか一番前を確保したのは、こちらの策が動く前に刑部が佐助を処刑しようとした時に真っ先に止めるため。もう準備に入っている三成が遅れることはないだろうが、更に人が集まり始めているのだ。
 もしも間に合わなかったら、という可能性を考えていた方がいい。
 朝のまばゆい光の中、空にはうっすらと雲が流れる。これから行われる処刑の行方、そして大谷の横に立つ幸村の槍を持つ手が震えていることの誰もが気付く中。
 大谷のしゃがれた声が静まりかえった庭周辺へと響き渡った。
「この男は徳川と通じ、我らを陥れようとした…………よりにもよって我らに和解を勧める文を寄越そうとしてきたのだ…………太閤殿を討った男、徳川家康は」
 家康の名を呼ぶ時に必要以上にこもった力。
 そこに込められているものは秀吉を討った秀吉への憎しみ、この凄惨な宴を見守ることになった者たちはそう受け止めたのだろう。偉大なる君主であった秀吉への忠義と、それを討ちながらこちらに和平を求めてくる男への憎しみ。
 それらが渾然一体となり、動く事すら出来ない佐助へとぶつけられるのだ。
 自分に仕えてきた忠臣に向けられるどろどろとした負の感情を、幸村はどれだけ苦しみながら見つめているのだろう。だがそこで佐助を庇えば、それが全て幸村へと向けられる。そんなことで負ける幸村ではないはずだが、今彼の肩には甲斐一国が乗せられているのだ。
 迂闊な行動を取れば、甲斐が滅ぼされる。
 佐助を救い出したいのに救うことができない、更に言えば佐助の命を奪うのは幸村でなければならないのだ。部下の不始末は主が責任を持って戒めなければならない、この場合は自ら佐助の首をはねることで。
 それを大谷に言い含められたはずの幸村は、佐助を見ることすらできない。
 下を向いたまま、必死に唇を噛みしめ。何もすることができない自分を憎むことしかできず、この時間が早く終わることだけを祈る。
 槍を握りしめる手に必要以上に力がこもり、指は大きく震えるだけ。そんな中徳川家の非道について延々と語り続けていた大谷が、ふと目線を横にいる幸村へと向けた。
「真田幸村……ぬしの不出来な忍び……自らの手で片を付けるがよい」
「………………は……はい…………」
「いずれはぬしのことも裏切っていたであろうよ。その程度の忍びに、ぬしが余計な情けをかけることなどあるまい」
「……………………………」
 大谷の声に出を押されるかのように、幸村の足が一歩前へ出る。
 幸村にとっては臣下であり、兄のそうな存在であり。幼い頃より面倒を見てくれていた人間を自らの手によって殺さなければならない苦しみは、幸村の足を重くしてはいたが。
 甲斐を信玄より預かっている、その思いが勝ったのだろう。

 一歩、また一歩。

 痛めているわけでもないのに足を引きずり。

 嘆きを押し殺しながら、幸村は佐助の前に立った。

「…………………………」
 幸村が目の前にいるというのに、佐助は顔を上げようとはしなかった。
 顔を見せてしまえば幸村の決意が鈍ると判断したのか、指一つ動かすことなく顔を地面につけたまま。
 佐助は主人の刃を無言で待ち続ける。
「どうした真田? 裏切り者の忍びを切れぬとでも?」
 そんな幸村の葛藤をわかりながらからかっているのか、大谷はにやにやしながら幸村を見つめ続けている。そんな彼の様子を見つめ続けている群衆も、ほとんどが大谷の味方。あまりにもひどいと言いながら顔を背けている者もわずかながらに存在するが、彼らも大谷に目を付けられたくはないのだろう。群衆の中にわざと埋もれ、目立たないように振る舞っていた。
 幸村の槍の穂先は地面に触れたまま、持ち上げることもできないのか。
 持ち主の葛藤を移すかのように、地面の色を受けてその刃すら濁り始めているかのようであった。
「真田」
 何度となく大谷は呼びかけるが、幸村は動こうとしない。
 いや動けなかった。
 大切な人との約束を守るために、大切な人を殺さなければならない。まだ年若く、君主としての経験も浅い幸村がそれに耐えられるわけがない。
 そしてそれを行わなければ、大谷は様々な理由を付けて甲斐を滅ぼすだろう。
 どちらにしても大谷のいい方向に転がるのだ、彼にとってはこれは単なる楽しみ。衆目の前で幸村に佐助を殺させてもいい、できませんと幸村に言わせれば更なる不幸を招くことができるだろう。
 望まずに不幸を背終わられている官兵衛には、不幸を呼び寄せるために力を尽くす大谷の気持ちはわからない。
 ただ一つわかることがあるとすれば、不幸を喜ぶ人間などいないということ。
 自分が病という望まぬ不運に見舞われた故、彼は自分以外の人間も地獄へと追い込もうとしているのだろうが。彼にそんな事は間違っているということを教えるには、一体どうすればいいのか。
 人混みに押され、長宗我部と体を寄せ合うことになったことで不快感を感じながら官兵衛は事の次第を見守ることしかできない。幸村は佐助を見ることすらできず彼の前で立ち尽くし、白い袴の裾を風に揺らしながら嘆きを顔に出さぬようにするだけで精一杯。
 いつしか周囲の人々の声も絶え、聞こえるのは大谷の幸村を急かす声のみ。
 唯一赤い幸村の額に撒かれた布がはためく音と大谷の声が重なる中、それは唐突に起こった。


「私の断りもなく、貴様らは何をしているのだ」


 その声と共に、官兵衛の向かい側にある人の塊が急に割れる。
 慌てふためき、まるで何かを避けるように。目に怯えを宿しながら後ろへ下がっていく人たちが作り上げた道を、彼は悠然と。

 王者としての風格を全身から漂わせながら、ゆっくりこちらに近づいてきた。

 腰には簡素な刀、そして後ろには一番の従者である純白の虎が付き従い。

 周りの人間の様々な感情が入り交じった視線を全て受け止めても、彼はわずかも揺らぎはしない。

 その強い眼差し、そして隙を感じさせない立ち振る舞いの全てが。

 鋭い輝きを放つ闇の中の下弦の月のような鮮やかな美しさを作りあげる。

 彼の存在全てが、瞬時に人々の心を捕らえていく。その様を官兵衛は出来の悪い筋書きの芝居を見ているかのような気持ちで、見ることとなった。
 凶王に対する恐怖に支配されていた周りの人間の瞳が、美しき城主への畏敬の念へと変わっていく。今まで三成を畏れ、陰口をたたいていた人間までもが崇拝の対象として三成を崇めるようになる。
 昔の三成様だ、と官兵衛の後ろからそんな声が聞こえた。
 群衆の中に昔からの三成の部下が紛れ込んでいるのだろう。楽しげに、そして幸せそうに三成を褒め称えているのを聞きながら、官兵衛は何でもない風を装いながら三成に心の中で語りかける。
 彼の動き次第で、佐助の命が助かるかどうかが決まるのだ。
「刑部、これは何の騒ぎだ?」
「起きたか三成…………なに、裏切り者を裁くだけの事よ」
「この忍びが私を、そして豊臣を裏切ったというのだな」
「ぬしは察しが早い。太閤殿を討っておきながら、徳川めがこの忍びを通じてぬしに和平の手紙を渡そうとしていたのよ。当然主である真田が、この責任を取らねばならぬ……」
「そうか」
 つかつかと佐助と幸村の元へと歩み寄り、三成が次の瞬間に行ったことを見定めることができた人間はほんの一握りだろう。
 三成は何も言うことなく腰の刀に手を伸ばすと、

 電光石火の早業で、佐助の背を切り裂いたのだった。

 まだ彼の体にこれほどまでに血が残っていたのか、そう思う程に鮮やかな色合いの血しぶきが佐助の背から吹き上げる。
「石田殿! 何をなさるのですか!」
 峻烈なる居合いの技。
 官兵衛ですら三成が刀の柄に手をやったところまでしかわからなかったのだ。幸村も佐助の背を傷つけたのは三成だ、と言うことしか理解できていないはず。
 それでも自分の目の前で臣下を傷つけられたことに、状況も忘れて怒りを感じたのだろう。目に憎しみの炎を宿して睨み付けてくる幸村を無視し、三成は少し離れた場所にいる大谷へと話しかけた。
「刑部……私は裏切り者を好まない」
「それはわかっておるが、ここは真田にやらせねばならぬ。ぬしも徳川を他の者に討たれれば、許せぬであろう?」
「私の目の前に私を裏切ろうとした男がいる。この男も家康と同じだ! ならば……家康を討つ前にこの男の首を取り秀吉様に捧げるべきだろう。いや、それだけで駄目だ……それ以上の苦しみを与えてやらなければ」
「三成、徳川との戦はすぐに起こすことができる。この忍びの命は真田に与えてやるがよい」
「刑部、私に逆らうな。私は私を裏切った男を自分の手で切り裂いてやらなければ気が済まない…………この男の命、戦の前祝いとして私がもらう」
 次の一撃は、官兵衛ですら何が起こったのかわからぬ程の速度だった。

 血が吹き上げる。

 佐助の体が痙攣する。

 幸村の絶叫が耳に突き刺さる。

「もうやめてください! 佐助は、佐助はっ!!!」
「貴様の忍びの愚かさを呪うことだな」
 ここで三成を止めれば、この城の人間全体を敵に回すと幸村は理解していたのだろう。
 凶王の名を聞けば怯えていたはずのこの城の住人たちが、今は信奉の対象として三成に熱い眼差しを注いでいる。
 だから声は上げても動く事はしない。
 幸村の白い装束が飛んできた佐助の血潮によって染められていく。それを興味なさげに一度だけちらりと見つめると、三成は静かに自分の後ろで言葉を待ち続けている、しのへと幸村の心にとどめを刺す言葉を投げたのだった。
「しの……貴様の餌だ、存分に食らえ」
 その言葉と共に、佐助の喉に瞬時に距離を詰めた純白の獣の牙が食い込んだ。
 声なき幸村の叫び、そして今まで一度も声を上げなかった佐助が高い悲鳴を上げ。


 鈍い音と共に、甲斐の忍びは動きを止めた。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」
「興が冷めた……私はもう行くぞ。官兵衛、遠乗りに行くのでつきあえ」
「小生に? この手でどう遠乗りすりゃいいんだよ……」
「腕を断ち切られたいようだな」
「わかったよ、地獄だろうがなんだろうがどこでもつきあってやるさ」
「無駄口を叩くな」
 幸村の悲鳴が続く中、官兵衛は渋々といった風を装い鉄球をわざと大きな音を立てて引きずる。そして佐助の首を口の中に納めたまま、血の筋を作りながら主に付き従い去って行く、しのの尻尾を追い。
 官兵衛は幸村の嘆きと大谷の楽しげな笑い声を聞きながら、その場を後にすることとなった。












「あとは気力次第か……」
 かろうじて生命を繋いでいた佐助を、長宗我部が待機させておいてくれた直属の部下へと渡した。彼らはこのまま医師を待機させてある船で港から海へ出て、九州へと急ぐこととなる。そこには官兵衛の直属の部下たちが大勢いるし、島津翁への手紙も彼らに渡してある。
 大谷が佐助の生存を知ったとしても、九州で何かをしようとすれば島津翁の怒りに触れるだろう。命は繋げるだろうが、元のように動けるまでにはかなりの月日がかかるはず。でも生きてさえいれば、この戦が終わった後また幸村に会わせてやれる。
 全てが自分の采配通りに進み、佐助はなんとか死なずに大阪城を出ることができた。その事実を自分の中で何度も確認し、官兵衛はようやく安堵の息を吐く。
首を切らせることだけは避けなければいけないが、大勢の人間が見ている中で猿飛佐助を死なせなければならない。そのどちらをも叶える策はあれしかなかったわけだが、思いがけない形で今の時期の戦も止めることができたようだ。
 多分あの場で大谷は徳川との戦の開始を告げるつもりだった。だが大阪城の主として大谷に話しかけてきた三成がいなくなった場所で、開戦を告げることなどできなかったはず。念のため毛利には大谷がそれでも戦の話をしだしたときに、彼を軽くたしなめてもらえるように話をしてあったが。
 三成が立場を明らかにするだけで、ここまで全てが上手くいくとは思わなかった。
 彼の一挙手一投足が人々を魅了し、忠誠を誓わせる。そのような存在を差し置いて、勝手に戦の話を始められるわけがないのだ。
 今頃大谷は相当悔しがっているはずだが、そんなことはどうでもいい。
 あらかじめ、しのの口の中には獣の骨を入れ、佐助の首が折れて死んだような音を立てられるようにしてあった。
 あとは三成がしのにいつそれを噛み砕けばいいのか、それについて上手く教えられれば佐助の命は繋がる。わざと佐助の体を浅く切り裂き血液を多めに流させたのは、例え首が折れていなくてもこの出血ならすぐに死ぬだろうという認識を植え込むため。
 そして佐助の血まみれの衣類は無理矢理全身から剥がし、しのには悪いが口の端に少しだけ貼り付けておく。
 そうすればしのが佐助の遺骸を喰って処理したと人々は思い込む。
 官兵衛が組み立てた策は全て上手くいったのだが、相当三成は疲れたのだろう。目を覚まさなかった佐助と最後に交わすこともできず、幸村に真実を告げることも彼のためを思うと許されず。
 先程までの将としての輝きはどこへ行ったのか、佐助を引き渡した後言葉通りに官兵衛を引きつれかなり速度の遅い遠乗りに出かけた三成は。
「…………疲れた」
 という小さい言葉をようやく漏らした。
「お前さんはよくやった……最初からそうしてくれりゃあ、小生も楽できたんだがな」
「私が何をしたというのだ。貴様に言われたとおりに動いただけだ」
「…………ま、そんなところもお前さんらしいな」
 佐助を死なせるわけにはいかない、その思い故三成は動いたのだろう。
 誰かのために動き、誰かのために死にたいと望む。自分のためではなく人のためにしか本気になれない、三成のそんなところが愛おしいわけだが。
 一つだけ聞かなければならないことがある。
 すっかり馴染み始めている鉄球の重みを手に受けながら、持っているのは三成が乗っている馬の手綱。遠乗りというよりは散歩と言った風情の、のんびりと知った歩調で馬を歩かせる中。
 官兵衛は三成に
「三成……半兵衛の奴は、お前さんに何か遺してないのか? 手紙とか……そういうのを」
「半兵衞様が私に遺してくれた物だと? 特にはない、強いて言えばあの屋敷くらいのものか」
「屋敷って、半兵衞が死んだ場所か」
「あの屋敷は私が好きに使って良いと、半兵衞様はそう言い残された。しかし半兵衞様がお亡くなりになった部屋は使う気にならぬのでな……あそこだけは閉めきったままにしてある」
 半兵衞はきっと大谷を押さえる策を遺してある。
 三成の対象としての器を見せつけられた官兵衛は、そう確信していた。大谷に操られることを三成が望まなくなり、死者の策に縛られた現状から抜け出そうと考えた時。
 効力を発揮するような何か、それがきっとあるはず。
 ゆっくりと進み続ける馬に揺られ続ける三成の顔には、疲れと共に小さな達成感が刻み込まれている。幸村に佐助の生存を教えれば、素直な彼はそれを顔に出してしまうだろう。
 だから幸村はこれからもずっと三成を憎み続ける、友と呼ぶことはもう二度と無い。
 それでもこの戦が終わればまた二人を会わせることができる、自分はどうなっても彼らだけは。そう願い、自らの力でそれを叶えた三成をねぎらうように、そして彼への深い愛情を込め官兵衛は一つ提案してみることにした。

「三成…………半兵衞の部屋、調べてみないか?」

 と。







______________________________________

ようやく覚醒してくれた石田さん(プロットには覚醒石田と書いてある)。
ここでしばらく佐助は退場、そしてようやく次の章へ。
「立夏の刻~三成~」になります。

次の章、R-18なので未成年の方は閲覧をお控えください……



BGM「サヨナラノツバサ~the end of triangle」
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色々説明






拍手現在豊臣家転生パロ中学生編入ってます
(現在2本 家三 チカナリです)


注意事項
・フリーリンクじゃないです、基本的にはリンクはお断りしています
・ひっそりこっそりが信条なので、黙々と
・捏造、not公式のこばなしが多いので、スルー推奨


ラキドでは幹部全員を溺愛しておりますが、ベルナルドとイヴァンは特に偏愛。ばさらは家三とか奥州の愉快な仲間達と毛長がメインです。うずみさんが現在官三とか官佐にずっぽりとはまり中。
基本は、愛想のかけらもない「ネット怖い~」の書き手が二人で色々書いている場所です。


書いている人


みっし

・生真面目で堅物でムキムキな男性と一見そうじゃなくても根は真面目極まり ないキャラをこよなく愛している、がんかたうるふの片割れ。編み物とお菓子作りが趣味という、第三者曰く可愛らしい一面を持つ反面、パニクると踊ったり、オロオロしだして周囲は見ていて楽しいらしい。荒ぶる舞は、職場の名物だったりする……らしい。
イヴァンちゃんと片倉さんとシズちゃんとスカイハイさんと陛下を思いっきり愛している。好きなアニメは銀魂と最近はFate/zero。型月ファンというよりは元から虚淵ファンでうずみさんからオススメされまくった末にようやっと手を付けて完読した。ライダー組おいしいです。エクシリアではダントツで陛下が好き。陛下が使用可能になる完全版があるなら複数買いしても構わないとのたまう日々。バサラの好きキャラは片倉さん一強だったはずなのに最近はアニキも熱い。かっちり着込むキャラがすきだったはずなのにいきなり露出度が高いキャラを好きになったのは何故か悩む日々。二次元の向かう愛と同じぐらい甥っ子への愛を叫んでいる気がしてならない。



うずみ
・相方を愛しすぎている変な人。趣味は畑仕事に漬け物作り、好きな物は不幸属性の美人(男女問わず)。ばさらでは石田さんと黒田さんをこよなく愛していたり、赤い子めんこいにゃぁとたまに叫んでいる。

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ばさら垢できました
こんな二人で、ここを更新しております。

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