こちらはサークル「がんかたうるふ」のうずみとみっしの二人組が、ラッキードッグ1とばさらのこばなしを黙々と投下する場所です。
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
数日間実家に行っておりました。
とりあえず書き上げたので再アップ。
とりあえず書き上げたので再アップ。
*****
あの神社での家康の再会から、三成は一見生気を取り戻したように見えた。
家康と会ったことで何かが吹っ切れたのだろう。大谷はそう言って喜んでいたが、官兵衛にはそれが三成の終わりの始まりにしか見えなかった。
家康に会い、彼の気持ちを確認し。
三成は己の決心を更に固めた。だからこそ近づきつつある自らの死を素直に受け入れ、後悔がないように日々を過ごしているのだ。しのをいつも側に侍らせ、三成を案じてやってくる客人たちに言葉少なではあるが応対し。
徐々に進められていく戦の準備の指揮を執りながら、移りゆく季節の輝きを楽しむ。
兵糧の確認をしながら時折眼を細めて空を見上げる三成、そんな彼に寄り添いながら官兵衛が思うのはただ一つだった。
家康が官兵衛の言葉を受け入れていれば、このようなことにはならなかったというのに。
長宗我部や前田家のことなど、官兵衛が大谷に協力して成した策が多すぎる。それ故家康に説明できなかったのが、信を得られなかった理由の一つ。だが家康の全てを包み隠さずに話せば、彼は官兵衛の言葉を聞く気にすらならなかっただろう。
その場で官兵衛を打ち倒し、三成をその腕に抱いて去っていたはず。
この国の未来と三成の命を守るためには、大谷を家康に討たせなければならなかった。その後に悪逆非道を行っていたのは三成ではなく大谷であったという真実を突きつければ、三成は一生神仏の元に幽閉される程度で済んだはず。
官兵衛の命と引き替えに三成が助かるのならそれでもいい。
それだけの覚悟を持って望んだ場だというのに、望んだ成果を得ることができなかった。それはひとえに官兵衛の責任であり、三成を救う機会を失ったということだ。
だから官兵衛は考える。
ごろりと畳に横たわり、昼寝をしているように装って。三成の私室に集っている客人たちとの会話に耳を傾け。
周囲の人間に心を開きつつある三成の変化に喜びながら、小さく笑い声を漏らした。都合のいいことに大谷は数日留守にすると言って城を空けている。彼がいないからこそのんびりと横になり、三成の様子を見つめていることができるのだ。
「貴様ら……この程度のことがわからぬのか!」
「崖を登って弓兵を倒せばいいのではないのですか?」
「秀吉様ならこの程度の崖など敵ではない!」
「全ての捨て駒たちが崖を登れると思うな。貴様らのような阿呆どもに使われる捨て駒が哀れよの」
「豊臣の兵の精強さを知らぬのか? 崖程度の障害、簡単に乗り越えてくれるわ!」
「乗り越えられぬから崖なのだ、馬鹿め」
部屋の隅には官兵衛と同じく昼寝をしている風を装って、騒いでいる三成たちを観察している長宗我部元親。そして官兵衛と元親の視線が交わる場所では、幸村と三成が毛利元就のありがたくもうっとおしい説教を受け続けていた。
「崖の上から矢が降り注いでくるのだ、どれだけ優秀な捨て駒がいたとしても登り続ける事ができるわけがなかろう。上から油を流せば、登れなくなるというのに……貴様たちの浅慮に兵も嘆くであろうな」
「油を上から流し、火をかければ登れなくなるか……」
「ほう、それには気がついたか。頭に詰まっているのは糠や藁ではなかったようだな」
「そ、そのような非道な行い! それでは兵が燃えてしまいます!」
「戦に情は不要。それがわからぬようでは、貴様に甲斐を背負うことはできぬな」
「………………………」
毛利の手には白黒の碁石が握られている。
この碁石を使って戦術講座を行っていたのだが、生徒たちのあまりの飲み込みの悪さに忍耐の限界が訪れたらしい。陣を模して並べていた碁石を指でつまみ上げながら、三成たちに荒げた声をぶつける。
「さあ答えてみよ。崖の上には千の弓兵、道は一本……道を外れれば伏兵が待ち構えておる。一兵も失わずにこの状況から脱する方法、わからぬという言葉は許さぬぞ」
「お館様が伏兵を倒せばいいのです!」
「貴様は阿呆か!」
「だが上から矢が降り注いでくるというのに、兵を失わぬ方法などあるわけないだろう」
「あるから聞いておるのだ」
碁石を弄びながら、毛利は極上の笑顔を出来の悪い生徒たちに向けてくる。
勿論官兵衛にはすぐわかったし、早く教えてやった方が三成たちがこれ以上怒られないことも理解していたが。官兵衛が起きているのをわかっているのか、毛利はこちらに釘を刺すかのように時折きつい目線で睨み付けてくる。
簡単に教えてしまっては、彼らの成長に繋がらない。
そういうことなのだろうが、馴れ合いはしたくないと言い続けていたあの毛利がここまで三成たちを気遣ってくれるとは。長宗我部家との間で期限付きの停戦条約が結ばれたと聞いていたが、それが毛利の心境を大きく変えたのだろうか。
三成を気遣ってくれる人間が増えるのはありがたい。
畳に体を横たえごろごろと寝転がっている長宗我部も、事あるごとに三成に食べさせる魚を送ってくれるのだ。彼らの中で三成が庇護しなければならない対象になっているというのはわかるが、三成の中でそれは当惑を呼ぶものでしかないのだろう。
案じてくれる人が増える程に、三成はそれを受け止められなくなる。
幸村は対等の友人として上手につきあえているが、年の離れた経験豊かな将たちに構われるのは慣れていないのだ。口元に力を込め毛利に提示された難題について考え込んでいるらしいが、この問題は意地が悪すぎる。
毛利に後でねちねちと嫌みを言われてもいいので助け船を出してやろうか。そう決断し起き上がろうとすると、毛利の後ろから伸びた手。
「意地が悪いことすんなよ」
「長宗我部……貴様は黙っておれ」
「こんなもん簡単だろうが。伏兵も弓も避けて通りゃいいだけだろうが」
「避ける……のでございますか?」
「相手がこちらの通り道だと思っているところに兵を集中させてくれてるんだ、ありがたいと思えよ。最初からここ以外の道を通って、本陣めがけて突っ走りゃこっちの勝ちだ」
「だが毛利は道は一本だと……」
「ここを通り抜けようとすりゃ、確かに『道は一本』だろうな」
毛利の背を抱くような姿勢で碁石を軽やかに動かし、元親はにかっと笑ってみせる。
確かに正解ではあるし、官兵衛も同じ答えを言うつもりだったのだが。目を見開いて感心している三成たちはいいとして、毛利の怒りは相当な物だった。
「こやつらに考えさせねば意味がないではないか!」
「考えすぎて頭から煙吹いたらどうするんだ?」
「………………」
じと目で元親を睨み付ける毛利ではあったが、不毛なのは理解していたらしい。
幸村は基本的にこういう知略を覚える気がないし、三成は気性が真っ直ぐすぎてこういうことを考えるのには向いていない。そういうところが似ているので気が合うのかもしれない二人は、しきりに感心しながら碁石を弄んで遊んでいる始末。
「そのような考え方がありましたか! 毛利殿の知略の冴え……味方についていただいて良かったと、この幸村は思いまする!」
「それにしてもこの碁石、綺麗に磨いてあるものだ」
「お館様も碁を嗜んでおられました……某も何度かお相手させていただきましたが、才能がないと笑われまして……」
「私も半兵衞様に碁はやめた方がいいと言われた」
真剣な顔で毛利の講釈ではなく碁について語り出した若者二人に、ついに毛利の怒りが爆発した。
元親はもう慣れているのかさっと毛利から離れ、官兵衛も耳を塞ぎたかったがそれができないので毛利に背を向けるようにして寝返りを打つ。
次の瞬間背に当たってきたのは、西国に毛利ありと謳われた歴戦の将の怒号であった。
「貴様ら…………そんなことでは大戦を乗り切れぬではないか! 石田! 貴様大将だというのに、そのような態度でどうする!」
「……考えていないわけではない……」
「貴様もそうだ。捨て駒としては理想的だが……将となるには最低の男よ!」
びしっと指を突きつけられ、幸村の顔が困惑と悲しみに染まっていく。
「…………某もそれはわかっているのです…………ですが、どうも上手くいかず…………佐助にまで、まだ大将と呼ぶにはふさわしくないとからかわれる始末」
「貴様の所の忍びは団子作り以外にも使えるようだな。よく貴様のことを理解しているものだ」
「毛利殿や長宗我部殿のような立派な君主になりたいと願いましても、某はまだ力不足でございます。お館様が動けぬ今、某は甲斐を支えることができず……皆に迷惑をかけてばかりで」
肩を落とし深く重い息を吐く幸村を、誰も慰めることができなかった。
国を背負う者には、それ相応の覚悟が必要。幸村が今まで怠惰に過ごしていたわけではないことはわかっているが、周囲に温かく見守られてきた彼がいきなり一国を背負うことになるというのは。
重すぎるのだ、まだ未熟な青年には。
それは三成も同じであったが、彼には大谷や官兵衛がいる。それに実際に政に関わり戦の準備から行ってきている三成は、国をどう動かすかということをしっかりと理解していた。
旧豊臣軍の象徴として、三成は立派に役目を果たしている。
だからこそ彼を連れて逃げることができず、それで官兵衛は苦労することになっているのだが。いきなり甲斐を背負わされた幸村の苦悩は、官兵衛のそれと同じくらいなのかもしれない。
ここで優しい言葉をかけてやるべきか。
寝返りを打ち幸村の様子を確認しながら声をかける機会を探していると、先に幸村の名を呼んだのは三成だった。
「貴様にも頼れる相手はいるのだろう? だったら頼ればいいではないか」
「ですが某は無能すぎて……石田殿のようには上手くいきませぬ」
「私は刑部に頼ってばかりだ。今は官兵衛もいる……口うるさいが、あれは私のことを案じてくれているのだ」
三成は官兵衛が本当に寝ていると思っているのだろう。
今まで口にすることのなかった思いをさらりと口にし、その唇にわずかに笑みを浮かべてみせる。
それは官兵衛が望んだ幸福を体現しているような笑みではなかったが。
三成のために駆けずり回り、彼を救おうと力を尽くしてきた官兵衛をねぎらうには十分なものであった。これで三成が生き延びようと思ってくれれば、そして天寿を全うしてくれれば。
ついでに自分の事を愛おしんでくれるようになればいいのにと、自分の欲望に忠実な願いをしている間も、三成の言葉は続いていた。
「貴様も誰かに力を貸してもらえ。あの忍び……猿飛もいるのだろう?」
「はい。佐助がいなければ、某は……」
「それを言ってみることだな」
口下手なのが三成の欠点だが、今日は上手く話せた方だろう。
手に取った碁石を摺り合わせたり指の間に挟んだりしながら、順序だって三成に自分の思いを伝えようとする。その三成の努力を瀬戸内の両将もわかってくれたらしい。
時折どう言っていいのかわからず口ごもる三成の言葉を受け取り、思いを代弁してくれる。
「私は甲斐の者をよく知らぬのだが……悪い者ばかりではないのだろう」
「甲斐の奴らは忠臣揃いなんだろ? なら上手くアンタを盛り上げてくれるはずだ。素直にできないことを言ってみりゃいいだろ?」
「捨て駒がおらねば国は動かぬ。貴様がしなければならぬのは、国の行き先を決めることだけよ。それができれば、文句を言う者がでてくるわけがない。よく考えてみよ、貴様はこの城の軍勢との有利な同盟を締結したのだ。それを行った貴様を、捨て駒たちが見限るわけがない」
「…………ありがとうございます」
か細い幸村の声には、深い感謝の感情が込められていた。
同じ民と家臣を背負う立場の者だからこそ、幸村へ向ける言葉は暖かい。ずっと誰にも言わずに悩んでいたのであろう幸村の悩み。どれだけ近しい関係であろうとも臣下である佐助に言えなかったそれを吐き出したことで、その目には純粋無垢な輝きが戻り始めていた。
「そういえば団子……ではなかった、貴様の忍びはどうしたのだ?」
「佐助でございますか? 佐助でしたら急な用ができたといって、ここ数日姿を消しております」
「貴様の忍びの団子と握り飯は絶品よ、早く連れ戻すがいい」
「毛利殿は食いしん坊なのでございますな」
「き、貴様……言うに事欠いて我を食いしん坊呼ばわりとは!」
「ちょっと待て、落ち付けって!」
毛利の後ろにいた元親が、慌てて毛利を羽交い締めにする。
そうしなければ図星を突かれた毛利が幸村に何をし出すかわからない。咄嗟にそう判断した元親の動きは見事だったし、もめ事が起こりそうだと感づいて幸村から距離を取った三成の動きも素早かった。
そんな子供同士のじゃれあいのような光景を見ながら官兵衛は考える。
佐助は幸村に行き先を伝えずにどこへ行ったのだろうか。幸村は佐助のことを信頼しきっているので、追求はしなかったのだろうが。
主君に目的を伝えずに消える忍びがどこにいるというのだ。
何か自分の与り知らぬところで面倒なことが始まっているのでは。
あらゆる情報を思考の材料として用い、分析してはいるが。戦と謀略は根本的に質が違うのだ。戦は情報を集め精査すればこちらが有利になるが、謀はそう上手くはいかない。
その策に関わる人間の心を読み切り、その上で慎重に仕掛けていかなくてはいけない。
官兵衛は戦を動かすのは好きだが、謀略戦はどちらかといえば苦手なのだ。ましてや今回のように、大谷のような読めない行動をする相手がいる場合。
策略なんてあっという間に崩れ去る。
姿を消している佐助と、今は城にいない大谷。
奇妙な符号に背筋に走った寒気を押さえ込み、官兵衛は無言で唇を噛む。そしてその後に行ったのは。
佐助が馬鹿な行動を起こさないように、祈ることだけだった。
「この頃はすっかり暖かくなりましたな」
布団を敷いてもらったのはいいが少し距離が空いていたので、話をしやすいように寄せようと言い出したのは幸村。さすがに人が二人眠れる程の距離が空いていては話がしにくいと判断したのは三成。
そんな理由でずるずると布団を引っ張り、寝やすい位置に移動させ。
ようやく二人並んで横たわった時には、灯籠の油が切れかけ火の勢いが弱まり始めていた。
「明日は遠駆けに行きませぬか? 長宗我部殿もお誘いして」
「軍議は明日の夕刻からだったな……刑部もその頃には帰ってくると言っていた」
「では朝から遠駆けに行き、夕刻から軍議ですな」
「勝手に決めるな。長宗我部は今頃毛利と飲んでいる頃だ、明日は寝込んでいるかもしれん」
「お二人の酒量は凄まじいですからな……」
「うわばみなのだ、奴らは」
ほのかな灯りすら消えかけている部屋の中、顔を見合わせると産まれるのは笑い声。
以前はこうやって笑うことにすら重い罪悪感を抱いていた。半兵衞は病で死に、秀吉は家康に命を奪われ。生きてものを食べることすら罪深く、笑うことなど考えられない。
その苦しみから官兵衛は自分を救ってくれようとした。
自分の事のように三成が負わされた定めを悲しみ、家康に会わせてくれたのはあの実直な男。自分も鎖に繋がれているというのに、形無き故人の策略に絡め取られている三成のために身を砕き。今も家康に討たれて全てを終わらせようとしている三成を救う方法を考え続けているのだろう。
家康との再会、それは三成と官兵衛の二人の考え方を大きく変えた。
以前官兵衛とした賭は、彼の勝ちに終わった。三成は官兵衛の言葉の通り生きることを選ばなければならない、だがそんなことができるわけがないのは官兵衛もわかっているはず。
家康と言葉を交わし。
彼に肩を抱かれ。
官兵衛との賭の内容が頭を回っていた三成は、家康に微笑みかけることすらできなかったが。自分が息災で幸せであることを願ってくれた家康に対して感じたのは、果てのない罪の重みだった。
生を願われても、生き続けることはできない。
そして大恩ある君主を殺して悔いていない、そう言いきる男への思いを捨てきれないでいる。
大谷吉継は何があろうとも家康を殺し、天下を三成に与えようとするだろう。病を得てから人が変わったように戦を好むようになったが、三成は昔の大谷を知っている。半兵衞に師事し学び続けてきた大谷は、戦の重さを知っているはずなのだ。
その彼が無駄な戦を行おうとするわけがない。
国全てを巻き込んだ戦の果てには、半兵衞が望んだ平和がある。そして事切れる寸前の秀吉も、それを望んでいたのだ。
そして三成はわかっていた。
自分を生かそうと様々な人間が奔走してくれているが、敵方の大将を生したまま戦が終わればその後大きな遺恨が産まれる。官兵衛は大谷を三成の代わりにするつもりらしいが、共を犠牲にして生き延びる気など当然無い。
家康が自分の生存を望んでくれるのは嬉しい。
だが君主を失った三成にできることは、この国を更に良き国にしていきたいという思いを次の者に受け継がせることだけだった。秀吉と半兵衞の思いと、家康の望み。その両方を叶えるためには、豊臣の残党をまとめる自分の死が必要。
だからこそ三成はできる限り笑うようにした。
死した後自分の顔を誰かが思い出してくれる時、その顔が悲しみに彩られているのは相手に悪い。たとえは自分の横でとりとめのない話を続ける幸村のように、三成と友でいたいと言ってくれる相手もいるのだ。
せめて彼らと、官兵衛だけには心配をかけたくない。
あまり笑うのは得意ではないし身近な人間以外と話すのも苦手なのだが、客が来る度に話す機会を増やすようにしていた。
そうすれば大谷や官兵衛が安心してくれる、そう思っていたのだが。
「ところで石田殿……徳川殿とのお話は……」
「……会えただけで十分だ」
「某でしたら、会うだけでは満足できませぬ。己が魂をぶつけ合わせ……今度こそ政宗殿と決着を付けるのです」
「伊達……政宗だったか、その……貴様の好敵手というのは」
「石田殿に一度お会いしていると政宗殿は言っておりましたが」
「戦場で斬った者のことなど覚えていない」
そう断言した三成の声に重なるのは、幸村の笑い声。
「石田殿らしいですな」
「貴様は覚えているのか?」
「一対一で戦わせていただいた方のことは……忘れようにも忘れられませぬ。彼らの思いを魂に刻みこむことこそ武人の在り方、お館様は某にそうお教えくださいました」
最後に大きく揺らめいた炎は、静かに熱を失っていった。
壁に映っていたほのかな輝きが消え失せかけた時、三成の目に入ったのは先程まで幸村の髪をまとめていた紐であった。男の物とは思えぬ程鮮やかな色合いが織り込んであり、失われていく暖かみのある光を受けそれは見ている人間の視界を優しく彩っていた。
そんな三成の視線に気がついたのだろう、気恥ずかしそうな幸村の声。
「これは佐助の物なのでござるよ。付けられない事情があるので代わりに付けて欲しいと」
「奇妙な願いだな」
「ですが某は佐助に頼られたことがほとんどありませぬ……嬉しくなってしまいまして二つ返事で引き受けてしまいました。無くしても困りますし、できるだけ身につけるようにしているのですが」
幸村との付き合いがそこまで長くない三成でも、幸村がその時どんな言動をしたのかがありありとわかってしまう。
日頃迷惑をかけ続けている相手が自分に願い事をしてきたのだ。きっと幸村は佐助が当惑する程に大喜びして、嬉々としてあの紐を受け取ったのだろう。
楽しげに自分と佐助について語り続ける幸村が心底羨ましい。
昔は心が赴くままに言葉を紡ぐことができた。怒りを感じれば容赦なく相手に殴りかかっていたし、少しは落ちつきなさいと半兵衞によく怒られていたのだ。
今もそれは変わっていないが、一番大切な思いを口にすることができない。秀吉への忠誠を時に越える家康への思い、そして彼の命を奪いたくないという心からの叫び。
そのどちらをも叫ぶことができないのだ、今の三成は。
大谷が何かの思惑を持って三成を利用しているらしいということは、官兵衛の発言の端々から理解する事ができる。だが今三成と大谷が仲違いしているように周囲に見えてしまえば、豊臣軍の残党は大きく揺れることだろう。
鉄の規律によって動いている、それが崩れた時の恐ろしさを三成は知っている。
官兵衛が自分を何とか戦から遠ざけようとしてくれることも、命をかけて三成を救おうとしてくれることもありがたい。
だが、三成が逃げれば家康は望みを叶えることができないのだ。
離散した豊臣軍の残党を一つ一つ叩き潰しても、周囲は彼を天下人とは認めない。天下を家康が望んでおり、彼がが望む物だからこそ殉じようとしている三成にとって。
己の身など塵や芥と同じ存在であった。
だから兄弟のように慕ってくれる幸村に対しても、好意を態度に出して感謝することができない。彼が自分を気遣い心労を和らげようとしてくれても、頭にあるのは自分はもうすぐ死ぬのだという思いだけ。
死者に礼を言われて喜ぶ人間がいるわけがない。
とりとめない幸村の言葉を聞きながら、三成は心の奥底で幸村に詫びる。そうしなければ心の奥底が濁っていくような気がしたし、布団に入ったからといってすぐに眠れはしないのだ。
以前のように夜毎というわけではないが、黒い悪夢は時折三成に襲いかかる。
どろどろとした黒い蛇のような物が見たことのない男の生首をぶら下げていることもあったし、四肢を引きちぎって弄ぶ光景も見た。そのどれもが他軍の兵を殺すことを躊躇しことのなかった三成すら追い込む程の生々しさを持っており、正直夜眠るのは嫌だったのだ。
いっそのこと、幸村が眠ったら外に出て剣でも振るっていようか。
それとも官兵衛をたたき起こして夜語りの相手をさせるか。
「……眠れないのですか?」
そんな三成の思いを察したのか、幸村が声を掛けてくる。
「少し……な」
「それは奇遇ですな、某もなかなか寝付けぬようでして」
「喋り続けていれば、眠くもならぬだろうな」
「どうでしょう、長宗我部殿と毛利殿の酒宴に顔を出すというのは」
「追い出されるに決まっている」
「確かに毛利殿はそうなさるかもしれませんが……長宗我部殿でしたら」
真っ暗な中、幸村が勢いよく体を起こす。
この青年はいつもこうなのだ、思いつきで行動して後で痛い目を見て。この後あの蟒蛇並に酒を愛する男たちの宴に混ざれば、朝まで寝かせてもらえなくなるというのに。
彼の全てが人の心を惹きつける。
以前官兵衛が三成には大将としての器がないと言ったことがあったが、幸村を見ているとそれがわかる。周りの人間を巻き込んで行動し、どのような結果であろうと憎まれることがない。
それが軍を率いる者に一番必要な資質なのだ。
「あの酒妖怪どもに潰されてもいいのか?」
「石田殿と一緒でしたら、どこでも楽しいかと」
「そういうものなのか……貴様の考えはよくわからん」
口ではぶつくさと文句を言ってはいるが、体は素直に起き上がる。
暗闇の中なので互いの表情はわからないがきっと。
「酒が好きなのは一緒ですな……」
「私から見れば貴様も蟒蛇だ」
「これは手厳しい」
これ以上ない笑顔を向け合っているのだろう。
結局この後酒が大好きな若者二人は瀬戸内の酒妖怪たちの宴に押しかけ、飲むだけ飲んでその場で潰れることになるのだが。
夜眠ることにわずかに恐怖を抱いていた三成は、この夜がきっかけで夢への怯えをわずかに薄れさせることができたのだった。
________________________________________________________________________________
ということでもうちょっとだけ続きます。
BGM「終末のフラクタル」
家康と会ったことで何かが吹っ切れたのだろう。大谷はそう言って喜んでいたが、官兵衛にはそれが三成の終わりの始まりにしか見えなかった。
家康に会い、彼の気持ちを確認し。
三成は己の決心を更に固めた。だからこそ近づきつつある自らの死を素直に受け入れ、後悔がないように日々を過ごしているのだ。しのをいつも側に侍らせ、三成を案じてやってくる客人たちに言葉少なではあるが応対し。
徐々に進められていく戦の準備の指揮を執りながら、移りゆく季節の輝きを楽しむ。
兵糧の確認をしながら時折眼を細めて空を見上げる三成、そんな彼に寄り添いながら官兵衛が思うのはただ一つだった。
家康が官兵衛の言葉を受け入れていれば、このようなことにはならなかったというのに。
長宗我部や前田家のことなど、官兵衛が大谷に協力して成した策が多すぎる。それ故家康に説明できなかったのが、信を得られなかった理由の一つ。だが家康の全てを包み隠さずに話せば、彼は官兵衛の言葉を聞く気にすらならなかっただろう。
その場で官兵衛を打ち倒し、三成をその腕に抱いて去っていたはず。
この国の未来と三成の命を守るためには、大谷を家康に討たせなければならなかった。その後に悪逆非道を行っていたのは三成ではなく大谷であったという真実を突きつければ、三成は一生神仏の元に幽閉される程度で済んだはず。
官兵衛の命と引き替えに三成が助かるのならそれでもいい。
それだけの覚悟を持って望んだ場だというのに、望んだ成果を得ることができなかった。それはひとえに官兵衛の責任であり、三成を救う機会を失ったということだ。
だから官兵衛は考える。
ごろりと畳に横たわり、昼寝をしているように装って。三成の私室に集っている客人たちとの会話に耳を傾け。
周囲の人間に心を開きつつある三成の変化に喜びながら、小さく笑い声を漏らした。都合のいいことに大谷は数日留守にすると言って城を空けている。彼がいないからこそのんびりと横になり、三成の様子を見つめていることができるのだ。
「貴様ら……この程度のことがわからぬのか!」
「崖を登って弓兵を倒せばいいのではないのですか?」
「秀吉様ならこの程度の崖など敵ではない!」
「全ての捨て駒たちが崖を登れると思うな。貴様らのような阿呆どもに使われる捨て駒が哀れよの」
「豊臣の兵の精強さを知らぬのか? 崖程度の障害、簡単に乗り越えてくれるわ!」
「乗り越えられぬから崖なのだ、馬鹿め」
部屋の隅には官兵衛と同じく昼寝をしている風を装って、騒いでいる三成たちを観察している長宗我部元親。そして官兵衛と元親の視線が交わる場所では、幸村と三成が毛利元就のありがたくもうっとおしい説教を受け続けていた。
「崖の上から矢が降り注いでくるのだ、どれだけ優秀な捨て駒がいたとしても登り続ける事ができるわけがなかろう。上から油を流せば、登れなくなるというのに……貴様たちの浅慮に兵も嘆くであろうな」
「油を上から流し、火をかければ登れなくなるか……」
「ほう、それには気がついたか。頭に詰まっているのは糠や藁ではなかったようだな」
「そ、そのような非道な行い! それでは兵が燃えてしまいます!」
「戦に情は不要。それがわからぬようでは、貴様に甲斐を背負うことはできぬな」
「………………………」
毛利の手には白黒の碁石が握られている。
この碁石を使って戦術講座を行っていたのだが、生徒たちのあまりの飲み込みの悪さに忍耐の限界が訪れたらしい。陣を模して並べていた碁石を指でつまみ上げながら、三成たちに荒げた声をぶつける。
「さあ答えてみよ。崖の上には千の弓兵、道は一本……道を外れれば伏兵が待ち構えておる。一兵も失わずにこの状況から脱する方法、わからぬという言葉は許さぬぞ」
「お館様が伏兵を倒せばいいのです!」
「貴様は阿呆か!」
「だが上から矢が降り注いでくるというのに、兵を失わぬ方法などあるわけないだろう」
「あるから聞いておるのだ」
碁石を弄びながら、毛利は極上の笑顔を出来の悪い生徒たちに向けてくる。
勿論官兵衛にはすぐわかったし、早く教えてやった方が三成たちがこれ以上怒られないことも理解していたが。官兵衛が起きているのをわかっているのか、毛利はこちらに釘を刺すかのように時折きつい目線で睨み付けてくる。
簡単に教えてしまっては、彼らの成長に繋がらない。
そういうことなのだろうが、馴れ合いはしたくないと言い続けていたあの毛利がここまで三成たちを気遣ってくれるとは。長宗我部家との間で期限付きの停戦条約が結ばれたと聞いていたが、それが毛利の心境を大きく変えたのだろうか。
三成を気遣ってくれる人間が増えるのはありがたい。
畳に体を横たえごろごろと寝転がっている長宗我部も、事あるごとに三成に食べさせる魚を送ってくれるのだ。彼らの中で三成が庇護しなければならない対象になっているというのはわかるが、三成の中でそれは当惑を呼ぶものでしかないのだろう。
案じてくれる人が増える程に、三成はそれを受け止められなくなる。
幸村は対等の友人として上手につきあえているが、年の離れた経験豊かな将たちに構われるのは慣れていないのだ。口元に力を込め毛利に提示された難題について考え込んでいるらしいが、この問題は意地が悪すぎる。
毛利に後でねちねちと嫌みを言われてもいいので助け船を出してやろうか。そう決断し起き上がろうとすると、毛利の後ろから伸びた手。
「意地が悪いことすんなよ」
「長宗我部……貴様は黙っておれ」
「こんなもん簡単だろうが。伏兵も弓も避けて通りゃいいだけだろうが」
「避ける……のでございますか?」
「相手がこちらの通り道だと思っているところに兵を集中させてくれてるんだ、ありがたいと思えよ。最初からここ以外の道を通って、本陣めがけて突っ走りゃこっちの勝ちだ」
「だが毛利は道は一本だと……」
「ここを通り抜けようとすりゃ、確かに『道は一本』だろうな」
毛利の背を抱くような姿勢で碁石を軽やかに動かし、元親はにかっと笑ってみせる。
確かに正解ではあるし、官兵衛も同じ答えを言うつもりだったのだが。目を見開いて感心している三成たちはいいとして、毛利の怒りは相当な物だった。
「こやつらに考えさせねば意味がないではないか!」
「考えすぎて頭から煙吹いたらどうするんだ?」
「………………」
じと目で元親を睨み付ける毛利ではあったが、不毛なのは理解していたらしい。
幸村は基本的にこういう知略を覚える気がないし、三成は気性が真っ直ぐすぎてこういうことを考えるのには向いていない。そういうところが似ているので気が合うのかもしれない二人は、しきりに感心しながら碁石を弄んで遊んでいる始末。
「そのような考え方がありましたか! 毛利殿の知略の冴え……味方についていただいて良かったと、この幸村は思いまする!」
「それにしてもこの碁石、綺麗に磨いてあるものだ」
「お館様も碁を嗜んでおられました……某も何度かお相手させていただきましたが、才能がないと笑われまして……」
「私も半兵衞様に碁はやめた方がいいと言われた」
真剣な顔で毛利の講釈ではなく碁について語り出した若者二人に、ついに毛利の怒りが爆発した。
元親はもう慣れているのかさっと毛利から離れ、官兵衛も耳を塞ぎたかったがそれができないので毛利に背を向けるようにして寝返りを打つ。
次の瞬間背に当たってきたのは、西国に毛利ありと謳われた歴戦の将の怒号であった。
「貴様ら…………そんなことでは大戦を乗り切れぬではないか! 石田! 貴様大将だというのに、そのような態度でどうする!」
「……考えていないわけではない……」
「貴様もそうだ。捨て駒としては理想的だが……将となるには最低の男よ!」
びしっと指を突きつけられ、幸村の顔が困惑と悲しみに染まっていく。
「…………某もそれはわかっているのです…………ですが、どうも上手くいかず…………佐助にまで、まだ大将と呼ぶにはふさわしくないとからかわれる始末」
「貴様の所の忍びは団子作り以外にも使えるようだな。よく貴様のことを理解しているものだ」
「毛利殿や長宗我部殿のような立派な君主になりたいと願いましても、某はまだ力不足でございます。お館様が動けぬ今、某は甲斐を支えることができず……皆に迷惑をかけてばかりで」
肩を落とし深く重い息を吐く幸村を、誰も慰めることができなかった。
国を背負う者には、それ相応の覚悟が必要。幸村が今まで怠惰に過ごしていたわけではないことはわかっているが、周囲に温かく見守られてきた彼がいきなり一国を背負うことになるというのは。
重すぎるのだ、まだ未熟な青年には。
それは三成も同じであったが、彼には大谷や官兵衛がいる。それに実際に政に関わり戦の準備から行ってきている三成は、国をどう動かすかということをしっかりと理解していた。
旧豊臣軍の象徴として、三成は立派に役目を果たしている。
だからこそ彼を連れて逃げることができず、それで官兵衛は苦労することになっているのだが。いきなり甲斐を背負わされた幸村の苦悩は、官兵衛のそれと同じくらいなのかもしれない。
ここで優しい言葉をかけてやるべきか。
寝返りを打ち幸村の様子を確認しながら声をかける機会を探していると、先に幸村の名を呼んだのは三成だった。
「貴様にも頼れる相手はいるのだろう? だったら頼ればいいではないか」
「ですが某は無能すぎて……石田殿のようには上手くいきませぬ」
「私は刑部に頼ってばかりだ。今は官兵衛もいる……口うるさいが、あれは私のことを案じてくれているのだ」
三成は官兵衛が本当に寝ていると思っているのだろう。
今まで口にすることのなかった思いをさらりと口にし、その唇にわずかに笑みを浮かべてみせる。
それは官兵衛が望んだ幸福を体現しているような笑みではなかったが。
三成のために駆けずり回り、彼を救おうと力を尽くしてきた官兵衛をねぎらうには十分なものであった。これで三成が生き延びようと思ってくれれば、そして天寿を全うしてくれれば。
ついでに自分の事を愛おしんでくれるようになればいいのにと、自分の欲望に忠実な願いをしている間も、三成の言葉は続いていた。
「貴様も誰かに力を貸してもらえ。あの忍び……猿飛もいるのだろう?」
「はい。佐助がいなければ、某は……」
「それを言ってみることだな」
口下手なのが三成の欠点だが、今日は上手く話せた方だろう。
手に取った碁石を摺り合わせたり指の間に挟んだりしながら、順序だって三成に自分の思いを伝えようとする。その三成の努力を瀬戸内の両将もわかってくれたらしい。
時折どう言っていいのかわからず口ごもる三成の言葉を受け取り、思いを代弁してくれる。
「私は甲斐の者をよく知らぬのだが……悪い者ばかりではないのだろう」
「甲斐の奴らは忠臣揃いなんだろ? なら上手くアンタを盛り上げてくれるはずだ。素直にできないことを言ってみりゃいいだろ?」
「捨て駒がおらねば国は動かぬ。貴様がしなければならぬのは、国の行き先を決めることだけよ。それができれば、文句を言う者がでてくるわけがない。よく考えてみよ、貴様はこの城の軍勢との有利な同盟を締結したのだ。それを行った貴様を、捨て駒たちが見限るわけがない」
「…………ありがとうございます」
か細い幸村の声には、深い感謝の感情が込められていた。
同じ民と家臣を背負う立場の者だからこそ、幸村へ向ける言葉は暖かい。ずっと誰にも言わずに悩んでいたのであろう幸村の悩み。どれだけ近しい関係であろうとも臣下である佐助に言えなかったそれを吐き出したことで、その目には純粋無垢な輝きが戻り始めていた。
「そういえば団子……ではなかった、貴様の忍びはどうしたのだ?」
「佐助でございますか? 佐助でしたら急な用ができたといって、ここ数日姿を消しております」
「貴様の忍びの団子と握り飯は絶品よ、早く連れ戻すがいい」
「毛利殿は食いしん坊なのでございますな」
「き、貴様……言うに事欠いて我を食いしん坊呼ばわりとは!」
「ちょっと待て、落ち付けって!」
毛利の後ろにいた元親が、慌てて毛利を羽交い締めにする。
そうしなければ図星を突かれた毛利が幸村に何をし出すかわからない。咄嗟にそう判断した元親の動きは見事だったし、もめ事が起こりそうだと感づいて幸村から距離を取った三成の動きも素早かった。
そんな子供同士のじゃれあいのような光景を見ながら官兵衛は考える。
佐助は幸村に行き先を伝えずにどこへ行ったのだろうか。幸村は佐助のことを信頼しきっているので、追求はしなかったのだろうが。
主君に目的を伝えずに消える忍びがどこにいるというのだ。
何か自分の与り知らぬところで面倒なことが始まっているのでは。
あらゆる情報を思考の材料として用い、分析してはいるが。戦と謀略は根本的に質が違うのだ。戦は情報を集め精査すればこちらが有利になるが、謀はそう上手くはいかない。
その策に関わる人間の心を読み切り、その上で慎重に仕掛けていかなくてはいけない。
官兵衛は戦を動かすのは好きだが、謀略戦はどちらかといえば苦手なのだ。ましてや今回のように、大谷のような読めない行動をする相手がいる場合。
策略なんてあっという間に崩れ去る。
姿を消している佐助と、今は城にいない大谷。
奇妙な符号に背筋に走った寒気を押さえ込み、官兵衛は無言で唇を噛む。そしてその後に行ったのは。
佐助が馬鹿な行動を起こさないように、祈ることだけだった。
「この頃はすっかり暖かくなりましたな」
布団を敷いてもらったのはいいが少し距離が空いていたので、話をしやすいように寄せようと言い出したのは幸村。さすがに人が二人眠れる程の距離が空いていては話がしにくいと判断したのは三成。
そんな理由でずるずると布団を引っ張り、寝やすい位置に移動させ。
ようやく二人並んで横たわった時には、灯籠の油が切れかけ火の勢いが弱まり始めていた。
「明日は遠駆けに行きませぬか? 長宗我部殿もお誘いして」
「軍議は明日の夕刻からだったな……刑部もその頃には帰ってくると言っていた」
「では朝から遠駆けに行き、夕刻から軍議ですな」
「勝手に決めるな。長宗我部は今頃毛利と飲んでいる頃だ、明日は寝込んでいるかもしれん」
「お二人の酒量は凄まじいですからな……」
「うわばみなのだ、奴らは」
ほのかな灯りすら消えかけている部屋の中、顔を見合わせると産まれるのは笑い声。
以前はこうやって笑うことにすら重い罪悪感を抱いていた。半兵衞は病で死に、秀吉は家康に命を奪われ。生きてものを食べることすら罪深く、笑うことなど考えられない。
その苦しみから官兵衛は自分を救ってくれようとした。
自分の事のように三成が負わされた定めを悲しみ、家康に会わせてくれたのはあの実直な男。自分も鎖に繋がれているというのに、形無き故人の策略に絡め取られている三成のために身を砕き。今も家康に討たれて全てを終わらせようとしている三成を救う方法を考え続けているのだろう。
家康との再会、それは三成と官兵衛の二人の考え方を大きく変えた。
以前官兵衛とした賭は、彼の勝ちに終わった。三成は官兵衛の言葉の通り生きることを選ばなければならない、だがそんなことができるわけがないのは官兵衛もわかっているはず。
家康と言葉を交わし。
彼に肩を抱かれ。
官兵衛との賭の内容が頭を回っていた三成は、家康に微笑みかけることすらできなかったが。自分が息災で幸せであることを願ってくれた家康に対して感じたのは、果てのない罪の重みだった。
生を願われても、生き続けることはできない。
そして大恩ある君主を殺して悔いていない、そう言いきる男への思いを捨てきれないでいる。
大谷吉継は何があろうとも家康を殺し、天下を三成に与えようとするだろう。病を得てから人が変わったように戦を好むようになったが、三成は昔の大谷を知っている。半兵衞に師事し学び続けてきた大谷は、戦の重さを知っているはずなのだ。
その彼が無駄な戦を行おうとするわけがない。
国全てを巻き込んだ戦の果てには、半兵衞が望んだ平和がある。そして事切れる寸前の秀吉も、それを望んでいたのだ。
そして三成はわかっていた。
自分を生かそうと様々な人間が奔走してくれているが、敵方の大将を生したまま戦が終わればその後大きな遺恨が産まれる。官兵衛は大谷を三成の代わりにするつもりらしいが、共を犠牲にして生き延びる気など当然無い。
家康が自分の生存を望んでくれるのは嬉しい。
だが君主を失った三成にできることは、この国を更に良き国にしていきたいという思いを次の者に受け継がせることだけだった。秀吉と半兵衞の思いと、家康の望み。その両方を叶えるためには、豊臣の残党をまとめる自分の死が必要。
だからこそ三成はできる限り笑うようにした。
死した後自分の顔を誰かが思い出してくれる時、その顔が悲しみに彩られているのは相手に悪い。たとえは自分の横でとりとめのない話を続ける幸村のように、三成と友でいたいと言ってくれる相手もいるのだ。
せめて彼らと、官兵衛だけには心配をかけたくない。
あまり笑うのは得意ではないし身近な人間以外と話すのも苦手なのだが、客が来る度に話す機会を増やすようにしていた。
そうすれば大谷や官兵衛が安心してくれる、そう思っていたのだが。
「ところで石田殿……徳川殿とのお話は……」
「……会えただけで十分だ」
「某でしたら、会うだけでは満足できませぬ。己が魂をぶつけ合わせ……今度こそ政宗殿と決着を付けるのです」
「伊達……政宗だったか、その……貴様の好敵手というのは」
「石田殿に一度お会いしていると政宗殿は言っておりましたが」
「戦場で斬った者のことなど覚えていない」
そう断言した三成の声に重なるのは、幸村の笑い声。
「石田殿らしいですな」
「貴様は覚えているのか?」
「一対一で戦わせていただいた方のことは……忘れようにも忘れられませぬ。彼らの思いを魂に刻みこむことこそ武人の在り方、お館様は某にそうお教えくださいました」
最後に大きく揺らめいた炎は、静かに熱を失っていった。
壁に映っていたほのかな輝きが消え失せかけた時、三成の目に入ったのは先程まで幸村の髪をまとめていた紐であった。男の物とは思えぬ程鮮やかな色合いが織り込んであり、失われていく暖かみのある光を受けそれは見ている人間の視界を優しく彩っていた。
そんな三成の視線に気がついたのだろう、気恥ずかしそうな幸村の声。
「これは佐助の物なのでござるよ。付けられない事情があるので代わりに付けて欲しいと」
「奇妙な願いだな」
「ですが某は佐助に頼られたことがほとんどありませぬ……嬉しくなってしまいまして二つ返事で引き受けてしまいました。無くしても困りますし、できるだけ身につけるようにしているのですが」
幸村との付き合いがそこまで長くない三成でも、幸村がその時どんな言動をしたのかがありありとわかってしまう。
日頃迷惑をかけ続けている相手が自分に願い事をしてきたのだ。きっと幸村は佐助が当惑する程に大喜びして、嬉々としてあの紐を受け取ったのだろう。
楽しげに自分と佐助について語り続ける幸村が心底羨ましい。
昔は心が赴くままに言葉を紡ぐことができた。怒りを感じれば容赦なく相手に殴りかかっていたし、少しは落ちつきなさいと半兵衞によく怒られていたのだ。
今もそれは変わっていないが、一番大切な思いを口にすることができない。秀吉への忠誠を時に越える家康への思い、そして彼の命を奪いたくないという心からの叫び。
そのどちらをも叫ぶことができないのだ、今の三成は。
大谷が何かの思惑を持って三成を利用しているらしいということは、官兵衛の発言の端々から理解する事ができる。だが今三成と大谷が仲違いしているように周囲に見えてしまえば、豊臣軍の残党は大きく揺れることだろう。
鉄の規律によって動いている、それが崩れた時の恐ろしさを三成は知っている。
官兵衛が自分を何とか戦から遠ざけようとしてくれることも、命をかけて三成を救おうとしてくれることもありがたい。
だが、三成が逃げれば家康は望みを叶えることができないのだ。
離散した豊臣軍の残党を一つ一つ叩き潰しても、周囲は彼を天下人とは認めない。天下を家康が望んでおり、彼がが望む物だからこそ殉じようとしている三成にとって。
己の身など塵や芥と同じ存在であった。
だから兄弟のように慕ってくれる幸村に対しても、好意を態度に出して感謝することができない。彼が自分を気遣い心労を和らげようとしてくれても、頭にあるのは自分はもうすぐ死ぬのだという思いだけ。
死者に礼を言われて喜ぶ人間がいるわけがない。
とりとめない幸村の言葉を聞きながら、三成は心の奥底で幸村に詫びる。そうしなければ心の奥底が濁っていくような気がしたし、布団に入ったからといってすぐに眠れはしないのだ。
以前のように夜毎というわけではないが、黒い悪夢は時折三成に襲いかかる。
どろどろとした黒い蛇のような物が見たことのない男の生首をぶら下げていることもあったし、四肢を引きちぎって弄ぶ光景も見た。そのどれもが他軍の兵を殺すことを躊躇しことのなかった三成すら追い込む程の生々しさを持っており、正直夜眠るのは嫌だったのだ。
いっそのこと、幸村が眠ったら外に出て剣でも振るっていようか。
それとも官兵衛をたたき起こして夜語りの相手をさせるか。
「……眠れないのですか?」
そんな三成の思いを察したのか、幸村が声を掛けてくる。
「少し……な」
「それは奇遇ですな、某もなかなか寝付けぬようでして」
「喋り続けていれば、眠くもならぬだろうな」
「どうでしょう、長宗我部殿と毛利殿の酒宴に顔を出すというのは」
「追い出されるに決まっている」
「確かに毛利殿はそうなさるかもしれませんが……長宗我部殿でしたら」
真っ暗な中、幸村が勢いよく体を起こす。
この青年はいつもこうなのだ、思いつきで行動して後で痛い目を見て。この後あの蟒蛇並に酒を愛する男たちの宴に混ざれば、朝まで寝かせてもらえなくなるというのに。
彼の全てが人の心を惹きつける。
以前官兵衛が三成には大将としての器がないと言ったことがあったが、幸村を見ているとそれがわかる。周りの人間を巻き込んで行動し、どのような結果であろうと憎まれることがない。
それが軍を率いる者に一番必要な資質なのだ。
「あの酒妖怪どもに潰されてもいいのか?」
「石田殿と一緒でしたら、どこでも楽しいかと」
「そういうものなのか……貴様の考えはよくわからん」
口ではぶつくさと文句を言ってはいるが、体は素直に起き上がる。
暗闇の中なので互いの表情はわからないがきっと。
「酒が好きなのは一緒ですな……」
「私から見れば貴様も蟒蛇だ」
「これは手厳しい」
これ以上ない笑顔を向け合っているのだろう。
結局この後酒が大好きな若者二人は瀬戸内の酒妖怪たちの宴に押しかけ、飲むだけ飲んでその場で潰れることになるのだが。
夜眠ることにわずかに恐怖を抱いていた三成は、この夜がきっかけで夢への怯えをわずかに薄れさせることができたのだった。
________________________________________________________________________________
ということでもうちょっとだけ続きます。
BGM「終末のフラクタル」
PR
色々説明
拍手現在豊臣家転生パロ中学生編入ってます
(現在2本 家三 チカナリです)
注意事項
・フリーリンクじゃないです、基本的にはリンクはお断りしています
・ひっそりこっそりが信条なので、黙々と
・捏造、not公式のこばなしが多いので、スルー推奨
ラキドでは幹部全員を溺愛しておりますが、ベルナルドとイヴァンは特に偏愛。ばさらは家三とか奥州の愉快な仲間達と毛長がメインです。うずみさんが現在官三とか官佐にずっぽりとはまり中。
基本は、愛想のかけらもない「ネット怖い~」の書き手が二人で色々書いている場所です。
書いている人
みっし
・生真面目で堅物でムキムキな男性と一見そうじゃなくても根は真面目極まり ないキャラをこよなく愛している、がんかたうるふの片割れ。編み物とお菓子作りが趣味という、第三者曰く可愛らしい一面を持つ反面、パニクると踊ったり、オロオロしだして周囲は見ていて楽しいらしい。荒ぶる舞は、職場の名物だったりする……らしい。
イヴァンちゃんと片倉さんとシズちゃんとスカイハイさんと陛下を思いっきり愛している。好きなアニメは銀魂と最近はFate/zero。型月ファンというよりは元から虚淵ファンでうずみさんからオススメされまくった末にようやっと手を付けて完読した。ライダー組おいしいです。エクシリアではダントツで陛下が好き。陛下が使用可能になる完全版があるなら複数買いしても構わないとのたまう日々。バサラの好きキャラは片倉さん一強だったはずなのに最近はアニキも熱い。かっちり着込むキャラがすきだったはずなのにいきなり露出度が高いキャラを好きになったのは何故か悩む日々。二次元の向かう愛と同じぐらい甥っ子への愛を叫んでいる気がしてならない。
@3missiy3をフォロー
うずみ
・相方を愛しすぎている変な人。趣味は畑仕事に漬け物作り、好きな物は不幸属性の美人(男女問わず)。ばさらでは石田さんと黒田さんをこよなく愛していたり、赤い子めんこいにゃぁとたまに叫んでいる。ついったのフォローは下 のアイコンから。
@uzumi1250をフォロー
ばさら垢できました
こんな二人で、ここを更新しております。
ツイッターは基本鍵をかけていますが、フォロー申請してくださったらフォローさせていただきます。
カテゴリー
カウンター