がんかたうるふ 拍手まとめ 中学生編 その2 忍者ブログ
こちらはサークル「がんかたうるふ」のうずみとみっしの二人組が、ラッキードッグ1とばさらのこばなしを黙々と投下する場所です。
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「半兵衛様と秀吉様はどのように出会われたのですか?」


 夕食も済ませ、風呂も終わり。
 眠るまでの時間をリビングでゆったりとすごす。何かを話し合うこともあるし、本を読んだり一緒にTVを見ることもあるが、よほどのことがない限りは自分の部屋にこもらないようにする。
 家康がいなくなってから、半兵衛と三成の間にはそんな暗黙のルールができあがっていた。
 できる限り家では家康のことを口にしないようにしてはいたが、あれだけ賑やかだった存在が急に家の中からいなくなったのだ。三成は当然だが、半兵衛や秀吉も大きな喪失感を覚えていたのだ。
 賑やかだが決して耳障りの悪くない子供たちの笑い声。
 それがどれだけ大切な物だったかを、静かさに満ちた部屋の中にいると全身で実感させられる。三成との生活が寂しいわけではないが、子供とは思えないほど物静かで自分から口を開くことのない三成だけだと、会話に広がりが産まれないのも事実なのだ。家康がいたからこそ、三成は子供らしさを素直に出すことができた。そして今は失った物を埋めるために大人になることを急ごうとしているように見える。
 まだ、誰かに甘えていてもいいのに。
 そうして今日も三成はソファーの前に正座をして、大人しく本を読んでいる。小難しい本や教科書ではなくバイクのカタログなのが少々気になるが、きっと秀吉が買い与えた物なのだろう。危険なのだからあまり三成にそういうことを教えないようにしてもらわないと、と思いながら半兵衛も経済専門誌に目を通しながらソファーに体を預けている。
 出会い、というものをそんな時に聞かれたので、一瞬面食らってしまったのは事実。
 だが数日前から一気に口数が少なくなった三成は、相当考えてその質問をしてきたのだろう。冗談めかした口調ではなく、生真面目にきゅっと唇を引き結び。首だけこちらに向けるのではなく体ごと向き直り、じっとこちらを見つめてくるのだ。
 こんな目で見られて逃げられるわけがない。
「家康君に会えたから聞くのかな?」
「はい」
「そうか、でも君が考えているようないいものなんかじゃないんだよ」
「秀吉様もそう言っていました……だからこそそ半兵衛様に聞くといい、と」
「秀吉らしいね、本当に」
 家康に会った後の三成は、目の輝きを失ってしまっていた。
 完全に混乱しきった幸村からの電話に慌てて迎えに行くと、当の三成本人は平静を装おうとしていたが、その目に満ちていたのは困惑だけで。家康に会った、それだけは教えてくれたが、それ以上のことを三成は口にすることなく。ずっと何かを考え続けていたのだ、今までは。
 半兵衛の経験を聞くことで、自分も何かを得ることができる。
 そう判断したから聞いてきたのだろうが、誰かに聞いたことを元に自分で解決しようとするのではなく直接相談してくれればいいのに。妙な所で頑なに壁を作るのに、そのくせ自分たちのことを信頼しきっている。
 嬉しいが、少しだけ切なかった。
 この状況で彼の期待に応えないのも、親として間違っている気がするので半兵衛は手に持っていた雑誌を閉じ、わずかだが姿勢を正した。
「僕と秀吉があったのはね……僕がまだ大学生の頃か。その頃はもう司法試験も受かってたし、今の事務所でずっとバイトもしてたしね。その頃はまだ官兵衛君の助手だったっけ」
「…………………………え?」
「あんな見た目だし損ばかりしてるけどね……民事のややこしい訴訟扱わせたら、多分官兵衛君の右に出る人はいないんじゃないかな。その分受ける仕事も幅広いし、調べ物も多かったからあの頃の方が大変だったかも……」
「確かに、官兵衛の手伝いは大変です」
「君がちゃんと手伝ってくれることをわかってるから、任せてくれるんだよ? バイト代も上がったでしょ」
「3倍になりました」
 100円が300円になっても、あまり変わらないだろうに。
 それでも少しだけ表情を和らげた三成を見て、安堵の気持ちが胸に湧き上がってくる。
 同性同士で愛し合っていることにも、自分の家族が他と違う形態であることにも今まで一度も自分の意見を口にしなかった三成。物心つく前に父を失い、母親も死んでしまった三成には両親が愛し合っていたことを信じさせてくれる記憶が多分ない。そんな彼にとって最良の家族になれたかはわからないが、きっと他とは形が違おうとも自分たちは幸せな家族。
 三成はそう認識してくれている。
 だからこそ彼は、悩んだ時は遠回しではあるが悩みを解決するヒントを聞いてくるのだ。
 急速に大人になってきてはいるのだが、まだ情緒的には子供である三成にとって、自分の言葉が少しでも助けになればいいのだが。
「……所長の手伝いである訴訟の手伝いをしてね、全部片付いた日の帰り道だったんだけど……おかしな奴らに絡まれて、その時に助けてくれたのが秀吉だったんだ。でも最初は嫌いだったなあ、秀吉のこと」
「助けてくれたのに、嫌いだったのですか?」
「あの赤くてでっかいバイクに乗って、革のジャケット着て相手ぼこぼこにするし………おまけにいきなり惚れたから付き合ってくれって言い出したから、どこの金持ちの酔狂かと最初は思ったんだけどね」
 バイクにも衣類にも興味がなかったが、物の善し悪し位はわかる。
 金がなければ身につけられない高級な品々を身につけ、弱者を護るのが当然の具義務だとでも言わんばかりの態度に苛立ったし、できれば二度と関わりたくなどなかったのだ。
「秀吉様のバイクはかっこいいです!」
「三成君は駄目だからね、欲しいのは知ってるけど……危ないんだから」
「…………ヘルメットをしても駄目ですか?」
「二人分の心配は僕が嫌だから。まあ、あんなばかでかいバイクじゃなければまだ……ちょっと乗る位ならいいけど。高校合格したら、お祝いで買ってあげようか?」
「16歳からなので、その時に自分で買います」
「君はもう少し大人に甘えた方がいいよ、バイト三昧なのもいいけど……っと、秀吉の話だったっけ。まあそんなこんなで所長が豊臣の家の顧問弁護士だった縁もあって、それから結構会うことになるんだけど、会う度に思ったほど悪い人じゃないんだってわかったし、なによりマメだったしね……」
 会う度に小さな贈り物は欠かさず、食事の場をセッティングしてから誘うという念の入れぶり。
 普通なら数ヶ月待ちの一流店の予約を無駄にするのも悪いかなと一般庶民の視点で考えてしまい、つい受けてしまえば待っているのは優しい言葉と甘い時間。秀吉を拒めぬまま、いつのまにか正式な愛人となってしまい。
 気がついたら子供を引き取っていた。
「つまり、秀吉様の勢いに負けたのですね」
「はっきりとそう言われると、ちょっと切なくなるけどね……でも僕は今の生活も自分の人生も気に入ってるから、とくに秀吉を恨んだことはないけど」
「………秀吉様は、ずっと出会った頃と同じ秀吉様なのですか?」
 ごく普通の日常会話にとどめておきたかったはずの三成の口調が、少しだけ変化した。
 人は時間が経てば変わるものなのだ。それが周囲の人々にとっていい方向なのか悪い方向なのか、それとも誰も予想していない方へと変わったのか。それを判断するのは本人ではない、あくまでも他人なのだ。
 たくさんの人と出会い、人の中で揉まれ。
 三成も、そしてしばらく顔を見ていない家康も、周囲の自分を見る目を鏡として己を見直し成長していかなければいけない。
 きっと三成が望んでいた家康と、再会した家康は大きく違っていたのだろう。それを理解した上で半兵衛は言う。
「出会った頃と同じ、そんな都合の良い事なんてないんだよ。嫌なところばかり残って、好きなところは時間が経つと消えていくのが当たり前。秀吉なんで僕が何度言ってもバイク処分してくれないし、あのクソババア優先だし………」
「………………………………」
「でも僕は秀吉がずっと好きだよ、多分これからもね」
「わから………ないです」
 わかるわけがない、だから悩め。
 相変わらずバイク雑誌に指をおいてはいるが、うつむきがちの顔に悲しみを滲ませ視線を彷徨わせる三成の頭にそっと手を置く。
 まだ少女のように愛らしいが、きっとすぐに大人の男になってしまうだろう。
 何かを背負いそれ故に苦悩するのはまだ後でいい、それは己の重さを支えることができるようになった大人がやるべき事。彼が今やるべき言葉、自分の気持ちすら疑い信じられなくなり己を見失わないようすること。
 そして導くのは大人の仕事。
 そしてもう一つ。
「家康君は、元気だった」
「……はい、メールも来ています」
「そっか、良かったね」
「………………………」
 一瞬顔を歪めた後、三成は小さく頷く。
 そんな彼ににこやかな顔で笑みを返すと、まだ細い三成の首に冗談めかして抱きついてみせる。途端に困惑も悲しみも顔から消し、澄んだ笑い声をたてて体をねじって逃げ出そうとする三成を見ながら、半兵衛の頭の中では今後何をすべきか、そのためにどう動けばいいのかが急速に組みあげられていきつつあった。












 拳を思わせる無骨で堅そうなシュー生地の中には、甘くてなめらかなカスタードクリームがいっぱい詰まっている。口に入れた瞬間に広がる自然なバニラの香りと堅くてしっかりとした味わいの生地の噛み応えに、思わず顔が緩む。
「お館様が買ってきてくれたのです、是非皆で食べるようにと」
「美味しいです! 真田さんのおうちのご近所のお店なんですか?」
「バス停の側の店であろう……あの店は、ばばろあも良い」
「毛利……貴様どうしてそんなに詳しいのだ」
「お茶を持ってくれば良かったです……」
「校長の部屋からティーパックでもいただいてきましょうか?」
「あの男は緑茶派よ」
いつもの旧校舎に集まり、机と椅子を集めて座り。
 真ん中に置いたシュークリームの入った箱にそれぞれ手を伸ばしながら、それぞれ話し続けているのはいつもの面子。全員揃うのは久々な上に、今日は体育が2時間続きだったのとにかく空腹だったのだ。
 男子は延々とサッカー、女子はバレー。
 球技大会が近いのでその練習をしていたわけだが、微妙な年頃の子供たちは学校行事だけを気にしていればいいわけではないのだ。なんとなく見えてきた将来進みたいと思う道、好きな異性とどのように仲良くなるか。
 悩みは尽きないし、考えれば考えるほどわき上がってくるのが中学生。
 それでも皆学校生活を楽しんでいるし、櫻組の仲の良さは小学校の頃から。
 クラス替えがないので相手のいいところも悪いところも知り尽くしているし、それぞれの抱えている問題もわかっている。だからこそこの頃皆が三成に気を遣ってくれるので、妙にクラス内で居心地が悪かったわけだが。
 なんだか今日は逆に皆がおかしい。
無駄にはしゃいでいるように見えるというか、必死に会話を途切れさせないようにしているというか。三成は普通に美味しいものを食べて、友人たちと普通に話したかっただけだというのに。
 もしかして自分が気を遣わせているのか。
 自分が家康と再会したことは、幸村からあっという間に皆に伝わった。最初から幸村は皆に言うだろうと思っていたし、口止めもしていなかったのでそれはいい。しかしその場にいなかった毛利が、全ての事情を知り尽くしていたのは長宗我部から聞いたからなのだろうか。
 毛利に聞いてもはぐらかされるので聞かないことにしたが、一体自分の周辺で何が起こっているのやら。
「……真田」
「な、なんでございますでしょうでござるか!」
「日本語がおかしい。貴様……この頃様子がおかしいが、何があった?」
「……石田殿の様子がおかしいので、気を遣おうと思っているだけでございます。なかなか上手くいきませぬが」
「私が……おかしいだと?」
「おかしいですよ? ぼーっとしているのに周囲をすごく気にしていますし、それにいつもでしたら石田さんが最初にお茶が欲しいって言い出しますのに」
 はむっとクリームがはみ出さないように可愛らしくシュークリームにかぶりつくと、鶴姫がにこっと笑ってそう口にする。彼女も幸村も普段は空気を読まないのだが、誰かの異変には敏感なのだ。そして毛利は人の心の機微を読むことに書けては右に出る者がいない、ある意味面倒な中学生。
 彼等が三成の異変を察して、彼等なりにどうにかしたいと思ってしまうのは当然のことだろう。
「家康さんに会ったんですよね? そして家康さんは……なんだか変わってしまっていたって聞きましたけど……」
「随分と背が伸びておりました。最初徳川殿とわからなかったくらいです」
「そうなんですか……でも石田さんにはすぐわかったんですよね? 愛の力って素晴らしいです」
「……愛の力なんてものだとは思わない。あれが家康だったのは秀吉様も半兵衛様もわかることだ。だが……」
「だが、なんなのだ?」
 どう説明していいかわからず口ごもった三成に、毛利が間髪入れずに問うてくる。
「私は家康を……怖いと思ってしまったのだ。何故そんなことを思ったのかわからない……それに、何故家康が姫の家族と話していたのか……わからないことばかりだ」
「私、知ってますよ……お祖父様が家康さんと会っていた理由」
 表情を曇らせながらシュークリームを食べ続ける三成に、隣に座る鶴姫はなんでもないことのようにさらっと言ってきた。中学生になってその愛らしい容貌は周囲が見惚れるほどのものになったが、彼女の無邪気さは昔と全く変わらない。
 胸元のリボンを揺らしながら、澄んだ眼差しで自分の顔を見つめてくる男たち見返してくる。
「家康さんと私を婚約させたいって話だったそうですよ?」
「姫は家康殿とこ……婚約なさるのですか!? なんと破廉恥な!」
「お祖父様がお断りしてくれてます! それに私、家康さんみたいな方は好みじゃありません。もっと大人で……素敵な方じゃないとダメなんです!」
「姫……石田が知りたいのは何故徳川が姫との婚約を持ちかけてきたかということだ。石田を見よ、説明してやらねば泣き出すかもしれぬぞ」
「泣くわけがないだろう!」
 そう言いはしたが、思わず手の中にあったシュークリームを握りつぶしそうになってしまったのは事実。そして家康が自分以外の女性と結ばれる、そう思った瞬間に鼻の奥がつんと痛み始めたのも。
 どれだけ離れていても、長い時間が経過したとしても。
 自分はやはり家康のことを誰よりも好いているのだ。
 その事実を改めて思い知らされながら、三成はこちらを心配しているのかおろおろしている幸村にかなり強ばった笑みを向け。
 鶴姫の言葉の続きを待つ。
「えっとですね……家康さんのお家がじぎょうをかくちょうしたいんだそうです。それでお祖父様のおうちに協力して欲しかったそうなんですけど……お祖父様、徳川の家の人が大嫌いなんです」
「なにかあったのか?」
「若い頃お仕事で家康さんのお祖父様に色々嫌がらせをされたみたいです。私が石田さんとお友達になるのも最初は反対していましたから……すごく嫌いなんだと思いますよ?」
「前の代の軋轢は子供同士が婚姻することで水に流そうと言うことか。姫のところの爺が嫌いそうなやり方よ」
「そうなんです。しばらくの間はお祖父様に遊びに行く時は必ず行く先を言ってから行きなさいって言われましたし、家康さんや徳川のお家の方に会ったら逃げなさいって……」
 それはさすがに心配しすぎだろう。
 と、いい家の生まれなのに放任主義の親たちに育てられている男連中は思ったのだが、鶴姫は一応か弱い(ような気もする)女性である。そんな彼女と無理矢理話し合いの場を持ち、言質を取って婚約に同意させるような事をしかねないと彼女の家族は考えているのだろう。
 そういえばここ数日、必ず送り迎えに彼女の兄が来ていたことを三成は思い出す。
 家康の親戚たちは鶴姫と家康を結婚させたがっている、そして久しぶりにあった家康はどことなく変わってしまっていた。もしかしたら自分のことより鶴姫と結婚して、徳川の家を継ぐことの方が大事になってしまったのでは。
 自由に出歩くことを禁じられている鶴姫と、家康が自分を思ってくれなくなったのではと思い悩む三成。
 二人の口から同時に漏れ出でた重苦しいため息を打ち消すかのように、彼らしくない行儀の悪さで口の中にあるシュークリームを毛利は飲み込む。そして黒板の上にある時計と茜色に染まりつつある外の風景をちらりと見ると、今日の会の終わりを宣言した。
「そろそろ下校時刻よ……我は今晩忙しいのでな、先に帰らせてもらう。真田、石田と姫をちゃんと家まで送り届けよ」
「わかりました、ですが毛利殿は一緒に帰らぬのですか?」
「病院に寄らねばならないのでな……できれば行きたくはないのだが」
「誰か病気のお知り合いでもいるんですか?」
 机に立てかけるようにしておいてあった学生鞄を引き寄せ、毛利らしくない荒々しい動きで肩にかけると彼は幾分唇を尖らせながら立ち上がった。
 日頃は感情を顔に出そうとしない彼が、珍しく不快さを顔に出している。
 それに違和感を感じ毛利に理由を聞こうとした時、友人たちから向けられる視線に耐えられなくなったのか。毛利元就は何かを押さえ込んだような口調で、静かにその理由を口にした。
「母が入院したのだ……数日後には弟たちが生まれるらしい」
「それはめでたい! たち……ということは双子でございますか?」
「三つ子らしい。弟ができるのは喜ばしきことだが、将来のことを考えねばならなくなったのでな……気が重いのよ」
「将来?」
 訳がわからないと言わんばかりに、鶴姫は顎のあたりに手を当てている。
「我は前妻の子なので後ろ盾というものがない、母も兄も我が幼い時に死んでしまったのでな。今の母とも上手くやってはいたのだが、弟が生まれることが決まってから、母の実家が彼等に後を継がせよと言い出し初めてな……つまり我に毛利の家を継がせるなということだ。父はまだ悩んでいるようだが母の実家の影響力を考えれば、向こうの話を聞かぬ訳にはいかぬだろう。なので次代の継承も、財産も放棄すると病院で告げてこようと思っているのだ」
 面倒な話だ、と言ってはいるが毛利の顔は思ったよりもすっきりしている。
 跡継ぎというものの重さから解放されるからか、それとも改めて自分の人生について考えることへの興味が勝っているのか。どちらにしても病院に行って話し合いをするのは面倒だが、その後のことについては楽観視しているらしい。
 毛利にとって華道は大切な物。
 なのにどうしてそんなに軽々と捨てるという決断ができるのか。自分であれば、秀吉の期待を踏みにじってまでそんなことをしようとは思えないというのに。
 恐る恐るそれについて聞いてみた三成を待っていたのは、これ以上ないほどきっぱりとして毛利の答えだった。
「家を継がぬとも華道の道を進むことはできる」
「だが……」
「我が態度を決めねば家が割れる。それがわかっているというのに、まだ生まれておらぬとはいえ血肉を分けた兄弟と争えとでもいうのか?」
「…………………」
「大学までの学費と生活費は出してもらうつもりだ。家を出て行くことは考えてはいない……石田、そして真田も……どうして貴様らがそこまで落ち込む」
「も、毛利殿……某がお館様にお頼み致しますので、どうか某の家に……」
「我は家なき子になるわけではない!」
「そうですよ、毛利さんは姫のお義兄さんになるんですから!」
「あの阿呆と我を結婚させるつもりか!」
 毛利の話を聞いて落ち込んだことが馬鹿らしくなるほど、レベルの低い会話が目の前で繰り広げられている。しかしこんな他愛のないやりとりが、毛利の心を支えてくれているのだろう。嫌だが行かねばならないと言いたげだった顔には、さっさと厄介ごとを片付けて楽になってしまおうという気概が満ちあふれ始めていた。
 大人の都合、家の存続。
 そんなものを受け入れ、流れのままに従おうとしている毛利の姿に引っかかるものを覚えるが。誰にも相談することなく考え抜いて決めた毛利の決定に文句を言えるわけがないし、それを彼が許すわけがない。
 心配をかけている分だけ、彼の力になってやりたい。
 なのに自分にできることはなにもないのだ。
 毛利を元気づけようと友人たちは漫才じみた会話に終始しているが、三成は家康のことが気になってそれに参加することすらできない。そんな自分に嫌悪感を抱きつつ、三成は手の中で大きく形を変えつつあるシュークリームに無言でかぶりついく。
 先ほどまで幸せを体現したかのような甘さをもたらしてくれたそれは、微妙な生ぬるさと共に胃袋にこびりつきそうな重い甘さへと口の中で変貌していった。











「そうか、毛利は学校を休んだのか」
「はい……」
「あの一族は保守的な者が多い。話し合いが長引いているのだろうな」
「保守的だと話し合いが長引くのですか?」
 買い物かごに色つやがよく形のいい大根を選んで入れながら、三成は秀吉と並んで歩き続けていた。家からほんの少しだけ歩くが、このスーパーにはスパイスや輸入食料品の種類が多い。だからここには秀吉とよく買い物に来るし、店員も和服姿の巨漢の男性と大きめの学生服を着た少年が一緒に歩いていても気にすることはなかった。
 ちなみに半兵衛と一緒に来ると輸入菓子ばかりかごに入れるので、彼とは一緒に来ないようにしている。
 普段から買い物をしながら学校のことや友達のことを話してはいたのだが、今日は毛利の話題だけで時間が過ぎていく。昨日病院に行くと言って帰って行った毛利は連絡もなく学校を休み、担任が慌てて連絡を取ると家族が今日は休ませますといいすぐ電話を切ったらしい。
 爽やかさと熱血度が比例している担任はHRの時間に普通にそれを話し、休む時は必ず連絡をよこせと言ってきた。今の担任のそういう何も隠さないところを皆が好いていたが、毛利の家の一件は確実に全員の家に伝わっただろう。
 学校に毛利が来にくくなればいいのだがと少しだけ思ったが、逆に皆から心配された方が彼は学校に来るだろう。そういう毛利のある意味友人思いで、ある意味ひねくれた性格を担任として理解しているからこその対応と考えるべきか。
 だが自分が同じ状況になった時は、そっとしておいて欲しい。
 クラス全員の心が一つになった瞬間だったが、毛利の所に連絡することに関してはそれぞれ違った思いを持ったらしい。メールを送る者あり、家に直接行ってみると言って帰っていった者あり。
 そして三成は何もしないことに決めた。
 連絡を取っても毛利自身が困るだろうと思ったし、なによりもどうしていいかわからなかったのだ。自分も秀吉に見捨てられたら同じ事になるのではないか、そう思ってしまっている三成には毛利にかけてやる言葉など思いつくわけがない。
 毛利と自分を重ねて悩み、家康のことを考える時間が少し減ったが、結局三成の悩みが多いことにかわりはなかった。
「長男が後を継ぐべきと考える人間と将来の利益を考えれば長男でなくてもよいと考える人間がいる……だからこそ親族の争いは起こるのだ。毛利の後妻の実家は資産家だと聞いている、生まれた子に後を継がせた方がいいと考える者が出てくるのもおかしな話ではないだろう」
「ですが毛利は後を継がないと」
「後妻が言わせていると誰かが言い出せばどうなる? 金と権力が絡めば、人はどれだけでも醜くなれるのだ」
「…………………………」
 カートを押しながら、秀吉と共に歩き続ける。
 毛利家とは茶室の飾り付けに使う花を作ってもらうことがあり、かなり親密な関係であるらしい。それ故三成が知らぬ情報を秀吉は知っているのだろう、不快さをわずかに顔に滲ませながらそっと三成の背に手を触れさせる。
 そうすれば世の中の悪意から三成を守れると信じているかのように。
「心配することはない、一両日中に落ち着くところに落ち着くはずだ」
「そうならばいいのですが」
「財産など放棄した方がいいと我は思っているのでな」
「でもそれでは毛利は家なき子になってしまいます」
 真剣にそう言い返すと、秀吉は豪快な笑い声をあげながら豆腐を手に取った。次々と同じ銘柄の豆腐をかごに入れていくのはきっと、今日の夕食の材料にするからだろう。半兵衛が揚げ出し豆腐を食べたいと数日前に言っていたので、きっと今日は熱々の揚げ出し豆腐が帰ってきた半兵衛を出迎えてくれるはず。
 三成も揚げ出し豆腐は好きだが、今の秀吉の言葉は許せない。
「秀吉様は毛利に家を出て行けというのですか?」
 口を尖らせてそう言うと、軽く手を振りながら秀吉が違うと言うことを伝えてきた
「そうではない、あれほどの才を親族の諍いで潰すのは勿体ないと我は思っている」
「才ですか?」
「跡継ぎのいない華道の家であれば、養子として迎え入れたいと思うであろうな。だから我は毛利の今後については何も心配しておらぬ。むしろあの家の今後が……気になるところか。突出した才というのは同じ家に続けて現れるものではない、それを理解している者があの家にいるのかどうか……」
 秀吉らしくないどことなく気弱に感じる物言いに、三成は秀吉が毛利とその家族の今後を心底案じてくれていることに気がつく。長年付き合いのある家族が壊れ始めているのだ、気にならないわけがない。
秀吉と三成の横を通り過ぎる買い物客は秀吉の姿に驚き、そして横を歩く三成を見て二人が親子だと思う。
 だが血は繋がっていても実の親子ではないし、三成は豊臣の跡継ぎとして未来を嘱望されている身。同じ境遇であった毛利のことを必要以上に気にしていることに、秀吉も気がついていたのだろう。
「三成……我はお前に我が子であれと望むが、無理に後を継がせる気はない」
「秀吉様……」
「己の信じるがままに生きよ、その先に家を継ぐことがあるのならば我は嬉しいがそれを強要するつもりはない」
 家を継いで欲しいが、三成の幸せの邪魔となるのなら継がずとも構わない。
 暗にそう言ってくる秀吉は、自分の事を心底愛してくれている。毛利には跡継ぎでなくなろうとも愛してくれる家族がいないのだとしたら、それはどれだけ悲しいことだろうか。
自分がその立場になったら、どうすればいいのだろう。
 カートに手をかけ、足のつま先を見ながら歩いていると三成の心境を察したのか秀吉は無言のまま様々な物をカートに入れていく。普段は贅沢だから特別な時だけ。そう言ってなかなか食べさせてくれない外国産の美味しいクッキーがいくつかかごの中に入った時、三成は秀吉の顔をようやく見上げたのだった。
「今日は特別な日だ……そうであろう?」
「あ、ありがとうございます!」
 慈愛に満ちた目で自分を見つめてくれる秀頼に感謝と共に頭を下げると、視界の端に自分の物でも秀吉の物でもない細く白い手。それが当然のようにかごの中に入り、和菓子を山のように積み重ねていく。
 どこの子供の悪戯なのか。
 この頃はスーパーでの人間関係もなかなかうるさいので、悪戯をする子供とはいえすぐに一喝することはできない。なのでどこの子かを確認しようとそちらに目を向けようとしたのだが。
「毛利か……今ちょうどお前の話をしていたところだ」
「先程から携帯が鳴り止まぬのは石田、貴様のせいか? 返信するなと言われたので放置してあるが……身が細る思いとはこれの事よ」
「友に何かあれば心配するのは当たり前のこと、それがわからぬわけでもあるまい。しかし今日はどうしたというのだ、家にいなくてもよいのか?」
「抜け出してきた、今宵は貴様の家に泊めてもらう。竹中と我はメル友というものなのでな、竹中にはもう連絡した……好きなだけ泊まっていけとのことだ」
「………………半兵衛様が?」
 横をいればいつの間にか毛利がいた、それには驚いた。
 おまけに彼の背には体に不似合いな巨大なリュックが背負われているし、家から来たはずなのに何故か学生服を着ている。三成はもうどこから驚けばいいのかわからなくなっており、何度も秀吉と毛利の間で目線を動かすことしかできないのだが。
 どうやら秀吉は全てを見通していたらしい。
「我もお前に話があったのでな、好都合だ」
「話だと?」
「お前を養子として迎え入れたいと申し出ている『家』が数軒ある。どれも豊臣とは縁が深い家系……同じく縁深い毛利家との仲立ちに入って欲しいと頼まれれば我は断れぬ」
「…………話だけは聞こう、だが我だけでは結論は出せぬ」
「そうであろうな」
 三成の目には毛利は何も悩んでいないように見えた。
 さばさばとした口調も、彼をよく知らない人間には無表情に見える顔も。いつもの毛利と変わらないのに、彼は今家族という名の今まで味方であったはずの相手と戦っているのだ。
 もし半兵衛や秀吉が三成を家から追い出そうとしていたら、生きることすら放棄したくなるほど悲しい。
 なのにどうして毛利は悲しむ様子を見せずに、全てを受け入れ続けているのか。
「どうした石田?」
「……よくわからない」
「そうか、我も実際わかってはいないのだ。大伯母様が今は誰かの家に泊めてもらえと言ったので、貴様の家を思いついただけだ」
「そう……か」
 慣れ親しんでいる長宗我部の家ではなく、自分の家を選んだのはどうしてなのか。
 それを毛利に聞いてみたかったが、いつの間にか移動して自分と毛利の間に入った秀吉の顔を見てやめることにした。まるで何かを警戒するかのように、時折周囲に鋭い目線を走らせる秀吉は何かが起こることを知っている。
 ならばここで無駄な時間は使わない方がいいだろう。
「今日の夕食は湯豆腐らしいが……構わないか?」
「今晩だけ泊めてもらえればよい。食事の文句などつけられるわけがなかろう」
「ならば帰ろう、秀吉様の湯豆腐は美味しいのだ」
 無言で首を縦に振った毛利と共にカートを押し、三成はレジへと寄り道することなく進むことにした。早く帰って半兵衛の顔を見たい、そして自分を何があろうと守ってくれる場所で安らぎたい。
 毛利に出会えたことは嬉しかったが、何故かそんなことを考えてしまっていた。














「三成は落ち着いたか?」
「最後まで湯豆腐と揚げ出しがごちゃ混ぜになってたから……まだ落ち着いてないんじゃないかな。毛利君の方は逆に落ち着きすぎてて気持ち悪いくらいだったけど」
「何も感じていないわけではない、むしろ感じないようにしているのであろうな」
「親も親だよね、子供に気を遣わせるなんて……」
「子供は道具ではない。それがわからぬのなら、いずれその報いを受けることになるのだろう」
 珍しく断定的にそう言った秀吉は、先の細いヤカンを持ってコーヒーを煎れ続けている。自分が煎れると苦いだけの泥水のような物ができあがるのだが、三成や秀吉が同じ道具と豆を使うと優しい匂いと味の格調高い飲み物になる。人には得手不得手があるのは知っているが、自分はこんなに美味しいコーヒーを毎日飲める幸せ者だ。
 だが一度くらいは自分の手で美味しいコーヒーを煎れてみたいわけで。
「ねえ秀吉、僕もそれやってみてもいい?」
「我はお前にしてやれることがあまりないのでな……これは我の仕事とさせてくれ」
 いつものようにやんわりと断られ、落ち込みをテーブルの上の菓子鉢の手を突っ込むことで紛らわす。今日は秀吉の土産のマロングラッセが山のように積まれていたのだが、いつの間にか半分以下になってしまっていた。小食な三成と毛利がそんなに食べるわけがないので、きっと明日友人たちに持って行くために自室に持ち帰ったのだろう。
 自室で食べて部屋を菓子の包み紙や食べかすで汚さないのが三成の偉いところ。
秀吉を見て育っているから礼儀正しいいい子に育っていると半兵衛は自負しているのだが、秀吉に言わせれば事実は全く逆とのこと。朝は遅いし、ろくに料理すら作れないし、家事は三成に任せっぱなしなのに。
 一体自分の何を見て三成が育ったというのか。
 綺麗な包み紙を剥きながら膝に乗せたクッションに膝を置いていると、目の前に薄手のコーヒーカップが差し出された。
「熱いうちに飲むといい」
「ありがとう……じゃあ、そろそろお互いの『宿題』の答え合わせでもしてみようか」
「そうだな、あまりにも一度に事が起こりすぎている」
 当たり前のように隣に座ってきた秀吉に体を寄せ、半兵衛はそっとカップに唇を寄せた。急に触れさせると火傷をしてしまうので、まずは匂いをそっと楽しむ。
「豆変えた? いつもと匂いが違うよ」
「貰い物だ」
「いつものもいいけど、これも好きだな……で、僕はどこから話せばいいのかな?」
「先日頼んだ徳川家の件を聞きたい」
「そこからがいいかもね。僕というか……所長が調べてくれたことだけどね」
 三成と家康が再会したという話を聞き、秀吉は半兵衛に徳川本家について調べて欲しいと依頼してきた。本来弁護士がするような仕事ではないが、半兵衛は彼の家の顧問弁護士であるのと同時に彼の『本妻』なのだ。
 『夫』の願いを叶えるのは当たり前のこと。
「家康君だけどね、徳川の本家でかなり締め付けられてきたみたいだよ。交友関係も全部チェックされて、携帯のメールも全部調べられて。ついでに常に護衛という名の見張り付きで、忠勝さんにも会えなかったんだって」
「子供の育つ環境ではないな」
「三成君が送っていた手紙もすぐ処分されてたみたいで……偶然その処分現場を見ちゃった家康君が、勢いでぶん殴っちゃった……と。身長も180近くまでおっきくなったみたいだし、向こうに行ってからボクシング始めたそうだから、相手はすぐに病院送りな上に後遺症残るみたいだよ。おまけにそれから家庭内暴力の真似事も初めちゃったみたいで、一族の爺様がたがすっかり怯えちゃって……で、こっちに戻ってきたと」
「家康がそのようなことを行うとは……」
「僕も信じられなかったけど、所長が忠勝さんから聞いてくれた話だから事実だと思う。学校では学業優秀で有名だったみたいだけど、いつでもどこでも護衛がついてるような子に友達なんてできないよね」
「常に孤独……か」
 コーヒーカップを手に持ちながら、秀吉は悲しげに呟く。
 数年間とはいえ自らの子として育ててきた少年が、孤独故に心を歪めていっている。心優しい秀吉にとってそれはショッキングな事実だったようだが、半兵衛はこれからもっと秀吉を悲しませることを口にしなくてはならない。
 秀吉はコーヒーを口に含み、飲み込んでから落ち着くために吐息を一つ。
 それを目で確認してから、半兵衛は本来なら伝えたくない事実を伝えることにした。
「鶴姫ちゃんとの婚約を受け入れればこちらに戻ってもいいっていうのが、家康君と爺様方が交わした約束みたい」
「それは……」
「戻るためならどんな手でも使う、それが今の家康君の選択だったみたいだね。たとえそれが三成君の心を傷つけることだってわかっていても」
「愚かな、何を考えている」
「家康君の気持ちはわからないでもない。でも僕は家康君と三成君をもう会わせるべきじゃないと思う……三成君が泣くのがわかってるのに、そんなことできるわけがないよ」
 家康は今でも三成のことを世界の誰よりも愛しているのだろう。
 だからその友人である鶴姫との婚約を受け入れてまで、こちらに戻ってくることを選んだ。まだ三成は鶴姫と家康の婚約が、どちらも意に沿わぬものであると思っているのだろうが。

 家康が鶴姫との婚約を自ら受け入れた事実のみを知ってしまったら。

 彼への思いを捨て切れていない三成は、どれだけ嘆き悲しむだろうか。
親としてはそんなことはさせたくないし、三成が家康との距離を昔のように縮めていけば徳川本家の人間に何をされるかわからない。大谷は三成を守るために全力を尽くすだろうが、病弱な彼に余計な心配をかけたくはないのだ。
家康にまだ情は残っている、戻ってきて欲しいとも思う。
 だがそれ以上に半兵衛は、今の家族を守ることを考えなければならない。大切な三成を傷つけないためだけではなく、今の穏やかな生活を守るために。
 そして秀吉も同じ事を考えていたらしい。
「三成には我から話そう……家康ではなく、徳川家ともう関わらせることはできぬ」
 苦い顔をしながらであったがそう言い切った秀吉に、半兵衛は小さな違和感を感じる。
 徳川家と関わらせない、秀吉がそこまで言い出すには今半兵衛が言った理由では少し弱いのだ。自分で過保護気味だと自覚している半兵衛と違い、秀吉は三成が本当に困った時以外は手助けしようとしない。自分で困難を乗り越えてこそ逞しい男に育つ、そう考えている秀吉は通常なら三成に選択させるはずなのに。
 どうして自ら三成に家康に会うなと伝えようとする。
「…………今回の毛利家の後継者争い、徳川家が関わっているらしい」
「え? それ、どういう……」
「徳川に近しい者が後を継げば、花や花器の買い入れは徳川系列の会社からになる……それが目的だろう。毛利の後妻は徳川家の遠縁の者、子に後を継がせたいという母としての思いを徳川家が上手く煽ったようだな」
「じゃあ毛利君は……どうなるわけ?」
「毛利家以外は喜んでいるようだ。我の元へ養子縁組の仲介に入って欲しいと言ってくる者が後を絶たぬ。あの才を無為に捨てようとしている毛利家を愚かと笑う者がほとんどだな。だが毛利は……受け入れぬであろう」
「だよね、あの子意固地だし……」
 秀吉の腕にしがみつきながら、思うのは二階で眠る不器用すぎる子供たちのこと。
三成は鶴姫との婚約を了承した家康を許せないだろうし、毛利は家を愛するからこそ養子縁組など受け入れないだろう。
 そしてあの天賦の才を持つ少年は、神から与えられた能力を無駄に枯らしていくのだ。
 毛利の生ける花は花器の上で生けられることを喜んでいた。理論で花を配置していくのではなく、花が生けられたいと思う場所に花を導いていく。
 風流を介さない半兵衛ですらそう思うのだ。見る人間が見れば、毛利家の所行は愚かすぎて笑いがこみ上げるものとなってしまうのだろう。
 三成といい毛利といい、どうしてそんなに苦しまなければならないのか。
「我の『宿題』はこの程度だな……他に数点気になることがあるが、それは刑部に任せてある」
「大谷君に?」
「あちらはあちらで苦労しているようだが、我が出ることもあるまい」
「官兵衛君がいるしね……僕、官兵衛君だけは怒らせたくないなあ……絶対に所長より怖いよ」
「それは同感だ」
 ずっと体を触れあわせているが、話が重苦しいので互いにその気にはならなかった。
 睦言の代わりに重ね合い続けるのは三成たちを案ずる言葉で、ぬくもりを素肌を擦れ合わせて分かち合う代わりに行うのはコーヒーをすすること。
 愛している相手だからこそ、一緒に悩むことができる。
 それはある意味幸せなことなのだけど、できれば秀吉とは一緒に悩むのではなく幸せだけを共有していきたいものだ。そんな事を思いながら、三成に家康とのことを話す時のことを考え。
 頭を抱えて叫びたくなる衝動を必死に押さえ込む半兵衛だった。














10

 毛利元就の兄は、幼くして急な病で世を去った。
 元就が泣いたのはその時が最後、体の弱い跡継ぎを生んだと息子の亡骸の納められた棺の側で責められ続ける母を庇い泣き叫んだ元就に返ってきた冷笑。そして、この子も母の弱さを受け継いでいるのなら、もう何人か子を作っておくべきだと親族に言われた父がそれに頷き返した時。


 元就は泣くことを諦めた。


 自分も家を存続させるための駒にすぎず、必要がなくなれば新しい駒にすげ替えられるだけの存在に過ぎない。それに気がつかされてから、元就は全てを受け入れることにした。兄の死で心も体も病み衰えた母が死んだ時も泣かず、親族が連れてきた新しい母とも普通に付き合い。
 優しい友たちと優しく流れる時間を過ごしていきながら、ある意味待ち焦がれていたと言ってもいい。

 自分が毛利家の跡取りではなくなる日を。

 母の血を継いでいるから体が弱い、どうせすぐに死んでしまう。
 そう言われ続けていた自分に、そのまま後を継がせるわけがないのはわかっていた。いずれは新しい母の子に後を継がせる話が出て、自分は単なるスペアに戻るだけ。
 兄が生きていた頃そう扱われていたように。
花は好きだが別に後を継がなくとも花に関わり続けることはできる。実際昨夜泊めてもらった三成の父からは、養子縁組の誘いがいくつかの家から来ていることを聞かされている。
 家に帰れば新しい家族に嫉妬することになるだろう。
 だが次期当主の『スペア』として存在しなければいけないのだ。
 悩み迷った末に小さな決断を下した元就はその日も学校を休み、母と兄に報告するためにその場所へ足を向けた。本家の墓に入れてもらうことすらできなかった彼等は、母の実家の菩提寺の小さな墓でいつも元就を待っていてくれる。
 そしてそんな自分の行動を見透かしている男も、いつも同じ場所で待っているのだ。いつもは派手なライダースーツで、そして今日は何故か見た目に似合わぬスーツ姿で。
「よう、奇遇だな」
「貴様の奇遇というのは待ち伏せのことをいうのか」
「俺にもあんたの母親に報告したいことがあった……それだけだ」
「貴様が我の母に何を伝えるというのだ」
 元就よりも先に来て、彼は墓の周囲の草をむしったり墓を洗ってくれたりと忙しく動いている。全てを見透かされているようで最初は怒鳴りつけていた元就だったが、この頃は彼の行動を受け入れることにしていた。
 気落ちした時、家の中での孤独に耐えられなくなった時。
 何があろうとも彼だけは側にいてくれる、そして彼の家族は自分を暖かく受け入れてくれた。家族に愛されていないかわいそうな子供ではなく、新しい家族の一員としてかわいがってくれるあの家は好きだ。
 そして愛おしんでくれるこの男のことはもっと。
「で、貴様は何を報告しに来たのだ?」
「あんたのことと……それから家康のことだな」
「何故石田の兄のことを報告するのだ?」
「色々事情があるって事だ。それよりも……決まったのか?」
「尼子の家に行くことにした」
 こちらを気遣うように聞いてくる男に、元就は学生服姿のまま用意してきた乾いた布で墓を拭いてやりながら答えてやる。先に水をかけてくれていたので、墓は日の光を浴びてきらきらと輝いていたが濡れたままでは埃がついて逆に汚れてしまう。
 大切な母と兄の墓なのだ、汚れる可能性は少しでも減らしておきたい。
「尼子!?」
「晴久は気に食わぬが、あの家ならば養子の話もないであろうからな。尼子の婆も嫌いではない……母の名付け親である以上、子の我が成人するまで預かると言ってきたのはあの女だけだ」
「やめとけって……毎日喧嘩するだけだぜ?」
「もう我も晴久も子供ではない、あちらはもう働いている上に一人暮らしを始めたのでそうそう会うこともあるまい」
「あんたが住むって聞いたら戻ってくるに決まってるだろうが……」
 母の名付け親であり後見人であった尼子家の女当主は、昔から元就を実の子よりもかわいがってくれていた。このツンデレなところがたまらないとか、かっこつけることばかり一人前の息子はつまらないだの色々言っていたが。今回秀吉を通じて真っ先に元就の身を預かりたいと告げてきたのは彼女だった。
 養子として迎え入れるのではなく、成人するまで預かりたい。
 規模は小さいが世界的には有名な種苗会社を営んでいる彼女の元にいれば、花と触れあう機会はいくらでも作れる。それに商魂たくましい尼子家は、きっと自分に色々と仕事をさせる気なのだろう。
 決して与えられるだけでなく、こちらからも返せるものがある。
 そういう形であれば、うまれる弟たちにかかりきりになってしまう義母に心配をかけずに家を出て行くことができるだろう。元就が家を出て行けば親族の争いも終わるだろうし、何より父と義母が苦しまずにすむのだ。
 尼子家の長男で、昔から元就いじめを趣味をしていた晴久と顔を合わせる機会が増えるのは問題だが、互いに大人になったのだからそこまでもめることもないはず。
 元就はそう考えていたが、墓の周辺の砂利を整え直してくれている男は気が気ではないらしい。
「うちの親父とお袋も心配してんだよ……一度顔出してやってくれ」
「それはわかっている。貴様の両親と……姫には伝えておかねばと思っていた」
「ならいいんだけどよ……別にうちに来てもいいんだぜ? 尼子の奴のところよりうちの方がいいと思うんだけどよ……」
「我は揉め事の種を増やす気はない」
「先に声かけときゃよかったな……」
 がっくりと肩を落とす男の姿が面白くて、ぽんと肩を叩いてやる。
 すると返ってきたのは苦笑いの類ではなく、真剣な、こちらを案ずるような眼差しだった。
「辛く……ないのか?」
「辛くないわけがなかろう。だが我は泣けぬのだ……出て行くことが毛利家にとって最良の選択……家の道具でしかない我は悲しむことなど許されてはおらぬ」
「結局あんたは家に縛られんのか……何度でも同じ事を繰り返すのか……?」
「それ以外の生き方を我は知らぬ」
 三成のようにあらゆる選択肢を目の前に示してくれる親ならば良かった。
 何度もそう思いはしたが、元就の親は家を繋ぐための道具として子を扱った。母を愛していたはずなのに葬式の席で持ちかけられた再婚話を断ることなく、次の子を作ることにも積極的だったらしい。
 もうあの家の自分の居場所はない、いればいるだけ肩身が狭くなるだけ。
 毛利の家に縛られることはない、もう逃げてしまいなさい。そう言って親戚の言い争いの最中に元就を逃がしてくれた一部の優しい親戚たちは、元就の選択を喜んでくれるだろうか。
 家から逃れるのではなく少しだけ距離を置いて、緩やかに縛られ続ける事になる今の状況を。
「ま、そこらへんは最初から諦めてたけどよ……改めてあんたの口から聞くのは少しばかり辛いな」
「学校は変えぬ、我の暮らしは変わらぬはずだ。住む家が変わるだけだ」
「すぐ引っ越すのか?」
「できるだけ早く……な。尼子の婆は身一つで来いと言っているので、今日の夕には邪魔するつもりだ」
「…………土曜日は空いてるか?」
「土曜日だと?」
 悲しげに笑ってはいるが、男の目からは輝きは失せていない。
 日の光を受けた海面のようにきらきらと輝く眼差しをこちらに向けたまま、男はごそごそと上着のポケットを探るとわずかな風に揺れる何枚かの紙をこちらに向けて差し出してきた。
「ジジイがくれたんでな……一緒に行こうぜ」
「土曜日に行くだと? カップルと家族連れの巣窟の日ではないか」
「……家康に声をかけてある、石田にはお前さんから声をかけてくれ。ま、ダブルデートってやつだ」
「徳川に連絡したのか?」
「確かめたいことがある……協力してくれ。石田のためにも……うちの馬鹿のためにもな……はっきりさせなきゃならねえことがある」
「貴様、何を考えている…………?」
 長宗我部、と。
 この日始めて彼の名を呼び、元就は疑惑を込めて彼を半ば睨み付けた。
 先日一方的に電話を切ったと言っていた。彼の性格上、家康とはしばらく関わり合いにならないことを選択すると思っていたのに。
 一体何を考え、何を確かめようとしているのか。
「我を慰めようとか……そういう目的ではないのだな」
「それも少しはあるが、あんたがこれくらいのことで潰れちまうような弱い奴じゃないのは俺が一番知ってるしな。できることがあるとすりゃ、さっさと卒業して稼げる身分になって……あんたを迎えに行くことくらいだ」
 同性ですら見惚れそうな、鮮やかな男の色香を滲ませる笑み。
 大学に入学してから様々なことを経験したのだろう。更に人としての魅力を増し、夢に向かって突き進んでいく彼の姿は見ていて心地よい。
 それこそ、ずっと寄り添っていたいと思うほどに。
 だがそこで素直に甘えられないのが、ある意味元就の欠点。
「我は貴様に養われる気はない、貴様とは常に対等よ」
「それでこそ俺の毛利だ……ってことで、石田への連絡よろしくな」
「我はまだ行くとは言っておらぬ!」
「嫌いじゃ……ないよな?」
「だ、誰があんな子供だましの遊び場など……」
「石田につきあってやってくれよ……あいつは素直に喜ぶだろうからな」
 にやりと笑ってそう言ってきた長宗我部の眼帯を強く引っ張ってやりながら、元就は思う。
 これから大きく自分の周辺は変わっていくだろう。
 だがこの男だけは変わらないだろうし、ずっと自分の側にいて自分を守ってくれる。思った以上に悲しみが湧いてこないのも、泣く気にすらならないのもきっと。

 この男がいてくれるから。

 始めてあった時からこの男には奇妙な親しみを持っていたのだが、もしかしたら彼とは自分が覚えていないくらい幼い頃に会っていたのかもしれない。
 もしかしたら前世と呼べるほど前に。
 そんな荒唐無稽な考えを心の奥底に押し込めると、元就は長宗我部の眼帯を持った手を離し。彼と並んで母と兄へと、静かに手を合わせたのだった。






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尼子さんの「弟ができたうひゃっほい!」とか「弟ができたから実家に戻るよ!」とかを書きたいと思ったけど、需要がない件についてw 
個人的にはこれで毛利さんの人生が少し進んだのでほっとした次第。次は幸村だなあ……

12月中は拍手とかんべえさまといっしょを進める予定です~
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色々説明






拍手現在豊臣家転生パロ中学生編入ってます
(現在2本 家三 チカナリです)


注意事項
・フリーリンクじゃないです、基本的にはリンクはお断りしています
・ひっそりこっそりが信条なので、黙々と
・捏造、not公式のこばなしが多いので、スルー推奨


ラキドでは幹部全員を溺愛しておりますが、ベルナルドとイヴァンは特に偏愛。ばさらは家三とか奥州の愉快な仲間達と毛長がメインです。うずみさんが現在官三とか官佐にずっぽりとはまり中。
基本は、愛想のかけらもない「ネット怖い~」の書き手が二人で色々書いている場所です。


書いている人


みっし

・生真面目で堅物でムキムキな男性と一見そうじゃなくても根は真面目極まり ないキャラをこよなく愛している、がんかたうるふの片割れ。編み物とお菓子作りが趣味という、第三者曰く可愛らしい一面を持つ反面、パニクると踊ったり、オロオロしだして周囲は見ていて楽しいらしい。荒ぶる舞は、職場の名物だったりする……らしい。
イヴァンちゃんと片倉さんとシズちゃんとスカイハイさんと陛下を思いっきり愛している。好きなアニメは銀魂と最近はFate/zero。型月ファンというよりは元から虚淵ファンでうずみさんからオススメされまくった末にようやっと手を付けて完読した。ライダー組おいしいです。エクシリアではダントツで陛下が好き。陛下が使用可能になる完全版があるなら複数買いしても構わないとのたまう日々。バサラの好きキャラは片倉さん一強だったはずなのに最近はアニキも熱い。かっちり着込むキャラがすきだったはずなのにいきなり露出度が高いキャラを好きになったのは何故か悩む日々。二次元の向かう愛と同じぐらい甥っ子への愛を叫んでいる気がしてならない。



うずみ
・相方を愛しすぎている変な人。趣味は畑仕事に漬け物作り、好きな物は不幸属性の美人(男女問わず)。ばさらでは石田さんと黒田さんをこよなく愛していたり、赤い子めんこいにゃぁとたまに叫んでいる。

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