こちらはサークル「がんかたうるふ」のうずみとみっしの二人組が、ラッキードッグ1とばさらのこばなしを黙々と投下する場所です。
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中学生編の1~5です。
ようやく続きかけたので、こっちにまとめておきます。
ようやく続きかけたので、こっちにまとめておきます。
*****
1
最初に運べた卵は一度に一つ。
だが以前よりかなり大きくなった手は、一度に多くの卵を運べるようになった。
半兵衛と自分の分で卵は三つ。
サラダ油を入れて熱したフライパンに半分に切ったハムを敷き詰め、そこに冷蔵庫から持ってきた卵を落とすと、じゅうっという音と共に卵が一気に広がり始める。手早く残りの卵を割り入れ、ガスの火を中火に落としてから蓋をすればあとはできあがるのを待つだけ。じゃれついてくる紀之介にも食事を用意し、三成の朝食作りは続く。
片手で卵を割りながら、もう片手には味付け用の胡椒の瓶。
体はあまり大きくならないが、しなやかで長い指を持つ手はピアノ向きだと友人達に言われるようになった。胡椒を振り入れてからフライパンに蓋をし、黄身がちょうどいい具合に固まるまで置いておく。
ハムエッグが焼き上がるのを待つ間に、先にオーブンに入れてあるパンの焼け具合も覗いて確認する。綺麗な色合いに焼き上がったパンをオーブンから取り出し、先日秀吉と一緒に作った柚子のジャムと黒スグリの入ったヨーグルトを食卓に置いた。紀之介用に用意した、肉と野菜をごった煮にした物も休日朝だから作ってやれる物。台所の隅で冷え切ったそれにかぶりつきはじめた紀之介を笑顔で見つめながら、三成は他の物を冷蔵庫から取り出し始めた。
パンにつけるバターと、そして蜂蜜など。
昨日寝る前に作っておいたカリフラワーと豆のサラダも、味が馴染んだ頃だろう。
エプロンで手を拭きつつ時計を確認すれば、そろそろ朝食を食べ始めなければいけない時刻。自分が設定した時間だというのに、その当人が遅れてしまっては話にならない。
先に食べ始め、置き手紙でも残していくべきか。
そんな事を考えていると、まだ眠いのかふらふらとした足取りで父とも母とも言える人物がのろのろとこちらに近づいてきた。
当然パジャマ姿のままで。
「おはよう三成君…………今何時?」
「おはようございます、半兵衛様。もうすぐ九時半ですが、もう少し寝ていた方が……」
「後で少し昼寝するよ。せっかくの休みなのに、三成君と一緒にご飯を食べられないのは寂しいからね」
顔は洗ったらしいがまだ眠気が残っているらしく。ぐしゃぐしゃの髪の毛を放置したまま、眠気を飛ばすためか何度も首を振っている。昨夜は仕事で帰りが遅かったのだ、もう少し寝ていてもいいと三成は思っているのだが半兵衛は必ず三成と一緒に朝食を取ろうとする。
それが嬉しくもあり、心配でもあり。
だが休日はずっと家でごろごろしているので、疲れもちゃんととれている。だからその面でだけは安心であった。昔は疲れていても三成に色々な物を見せようとあちこち連れて行ってくれたものだが、三成が大きくなって自分のつきあいを優先するようになって半兵衛はいい意味でも悪い意味でもぐうたらな親になった。
子供の世界を尊重してくれる、そして自分の体を大事にしてくれる。
単に年を取ったからだという意見もあるが、半兵衛で年を取ったというのなら秀吉はどうなるのだろう。常に精力的に動きまわっている彼を見ていると、老いが人を衰えさせるなんていうのは嘘だとわかる。
年を取ると人は成熟していくのだ、いい方向に。
そんな事を言うとまだ30代の入り口に入ったばかりの半兵衛に怒られるので言わないが。無理をすることがステータスだと思っていた20代の半兵衛よりも、今の適度に力の抜けた半兵衛の方が好ましい。
「三成君新聞は~?」
「日経ですか、ニューズウイークですか?」
「日経」
短くそう言い、三成が差し出した新聞を受け取ってから食卓の端に置く。食事を摂りながら新聞を読むなんて行儀の悪いことを、当然半兵衛がするわけがなかった。
いただきます、という言葉が心地よく三成の耳に届く。
周囲の人間を魅了するような艶やかな笑みを三成に向けながら、半兵衛は優雅にパンを手にとりジャムを塗り始める。並べられた手間暇かけて作られた朝食を満足げに眺め、食事を摂りはじめようとする半兵衛の真向かいに座り三成も小さくいただきますと言ってから食事を開始した。
「今日は道場?」
「いえ、師範が外出するそうなので明日顔を出します。今日は旧校舎に行ってから夕方はバイトの方に」
「別にバイトなんてしなくてもお小遣い位出してあげるのに……ってわけにもいかないよね」
「自分の借金ですので、自分で返します」
「本当に大丈夫? 僕が言うのも何だけど、あの店……ほら、ねえ?」
「………………客層に問題はありますが、可愛がっていただいておりますので」
数年前のクリスマスに、友人である大谷吉継に対して負ってしまった多額の借金。
大谷は返さなくてもいいと言ってくれているのだが、八桁に届きそうな金額を返さないというのはどうも寝覚めが悪い。そういう事情もあり、秀吉の口利きで週末の空いている時間帯だけとある店でアルバイトをさせてもらっているのだが。
秀吉の知り合いの店、というのを甘く見ていた三成が悪かったのか。
借金は思ったより早めに返せそうなのだが、別な問題が三成を困らせ始めていた。それに関してはもう諦めているというか、ある意味悟りを開きつつあるが。
なるようになるしかない、それが三成の出した結論だった。
時給はいい、客はチップをくれる、おまけにまかない飯の美味さは折り紙付き。そんな好待遇の職場を逃すほど、三成は贅沢な人間ではなかった。
「そういうことですので、今日は夕食はいりませんので。それから、秀吉様と食べに来るのもやめて下さい」
「三成君の働く姿を見ていると癒されるんだけど」
「お断りします」
短くそう言いきると、三成はヨーグルトを口に運んだ。
カシスとヨーグルトの酸味が調和し、それに上にかけた蜂蜜の甘さが混じり合い絶妙な味わいになっている。これを作って冷蔵庫に置いていってくれた秀吉に感謝しながら、三成はしばらくの間食事に没頭することにした。
あまり量が食べられないのは昔から変わらないのだが、食べないと背が伸びないのはわかっているのだ。着実に背が伸びている友人達に負けるのはいやだし、何より家康に再会したときに大きくなった自分を見せてやりたい。
連絡自体を禁止されているのだろうと秀吉は教えてくれたが、あの藤の木の下で最後に姿を見てから数年。
声も聞けず、姿を見ることすらできない中で徐々に何かが薄れ始めているのがわかる。もう会えないのではないのか、会えないのなら彼を信じなくてもいいのでは。そんな内側からの囁きに、浸食され始めている家康への思い。
信じたい自分が、一番信じられない。
ちょっとでも暇な時間ができるとそんな事を考えてしまうので、できるだけ予定を詰め込む。そして家康と再会したときに、彼に誇れる自分でいたい。
借金を負った状態で、再会などするものか。
「ところで三成君、今日バイトに入るって所長に連絡してもいい?」
「何で買収されたのかは知りませんが……そんな事をしたら家出しますので」
「………………………冗談だってば」
では今の間は何なのだ。
そう聞き返したかったが、時間が勿体ないのでやめることにした。
やりたいことも、やらなければならないことも山程あるのだ。立ち止まらず、どんな時でもわずかでもいいから前へ。
そして笑顔で家康に会えるように。
三成にとって人生の転換期になる一日は、そんな感じで始まったのだった。
2
中等部に進学して大きく変わったのは、仲間内での『たまり場』ができたことだった。
それぞれにやるべき事があり、前のように放課後になると自然と誰かの家で遊ぶということができなくなった今、誰からともなくそこに集まるようになったのはある意味自然な流れだった。
元は普通に教室として使われていた空間だったので、壁の端には山のように古びた机が積み重ねられ、黒板の上の古めかしい木製の時計は動かなくなって久しいのだが。足をのせるとぎいぎいと鳴り出す床も、経年劣化でわずかに曇って見える大きな窓ガラスも、三成達にとってはもうすっかり馴染んでしまった空間。
一番日当たりのいい所に寝そべってまどろんでいる紀之介の横に椅子を出して座り、ぼーっと待ち合わせの相手を待っていると、元気いっぱいの足音と共に今日は来ないはずの人間が現れた。
「石田殿、いらしていたのですか。紀之介も、久しぶりでござるな」
「今日は出稽古ではなかったのか?」
「いえ、今日はお館様に急用ができたとのことで、一日暇になってしまいました。ですので、ここの掃除でもと思いまして。石田殿も掃除ですか?」
「ここを綺麗にしておくのが条件だからな」
「二人で協力すれば、早く終わりますな」
出会った頃と全く変わらぬ人なつっこい笑みを浮かべた幸村は、隅にある金属製のロッカーから手早く箒とちり取りを取りだし、無造作に三成へと放り投げてくる。それを片手で受け取り立ち上がった三成も、休日だというのに学生服姿の自分と彼に苦笑いを浮かべつつ、無言で彼の掃除を手伝い始めた。
小等部と中等部の間にある、旧校舎兼物置。
ここを最初にたまり場にしようと言い出したのは、今日はお花の稽古があるということで事前から不参加を表明していた彼らの大事なお姫様だった。仲良しグループの中で唯一の女性ということもあり、暴走し出すと止まらない彼女を止めることは、基本的には不可能だった。
結局無断で使うのは良くないという結論に達し、掃除を定期的に行いきちんと管理をするという約束を校長と交わし使わせてもらうことになった。
「毛利殿はどうなさったのですか? 約束の刻限に遅れる方では………まさか事故にでも巻き込まれたのでは」
「毛利が遅れる時は、あの半裸の変態絡みだ」
「長曾我部殿ですか……確かに半裸で変態でございますな」
「毛利もよくあんな男とつきあえるものだ、気持ち悪い」
「ですが長曾我部殿はすいーつが美味しいお店をよくご存じです。先日連れて行ってくださったお店のクリーム蜜豆の美味しいことといったら」
「真田、涎が出ている」
三成の指摘で片方の手で涎を拭いながら、幸村は器用に箒を使い続けていた。
昔は三成の方が背が高かったというのに、今ではほんのわずかだけ幸村の方が大きくなっていた。毛利は我は晩成型よと言い全く気にしていないようなのだが、このところぐんぐんと背が伸び始めた鶴姫にすらいつか抜かされてしまうのではないかと、この頃三成は気が気ではないのだ。
死んだ母も背が高かった記憶があるので、伸びないとは思っていないが。
それでも早く大きくなりたいのだ、色々な理由から。
「毛利を釣るためとはいえ、あの男も良くあれだけ店を開拓できるものだ」
「ですが石田殿もご相伴にあずかっているではないですか。先日連れてっていただいたパーラーの抹茶モンブランプリンパフェをそれはもう美味しそうに……」
「あ、あれは確かに美味かった、それは認める」
「毛利殿に好かれたい一心であそこまでできるというのも素晴らしいと某は思いますが。我らもそのおこぼれに預かっているのですから、寂しいのは我慢いたしましょう」
「誰が寂しいと言った」
「毛利殿がこの頃遊んでくれないので、寂しかったのではないのですか?」
「………寂しくないわけではないのだが……………貴様に言われるほど寂しいわけでも……」
確かに寂しいといえば寂しい気もするのだ。
鶴姫は稽古事に終われるようになり、幸村は学校では部活に入らず道場で日々汗を流している。毛利は家業の手伝いで更に忙しくなっているし、三成だって秀吉とのお茶の稽古に道場通い、そしてアルバイトと時間のやりくりが大変な状況。
だがここにくれば必ず誰かの痕跡がある。
部屋の隅には鶴姫がわざと忘れていったのであろう分厚い漫画雑誌が山になっているし、毛利はここを本置き場か何かと勘違いしているのか図書室で借りた本を時折置いていっている。三成も家に帰るのが面倒なときは朝ここに寄って道着を置いてから教室へ行くのだ。
自分たちで管理している場所だからこそ、そういうことができる。
合鍵も用務員以外では持っているのは自分たちだけ。それは自分たちを信頼してくれた校長の思いの証であり、大人達が生きてきた時間よりはすかに少ないがそれなり以上の友情を育んできた自分たちの繋がりの形なのだ。
それの証拠に、しょっちゅう物を落とす幸村だが、これだけはなくしたことがない。
日の光を浴びながら心地よさそうに床の上で寝こける紀之介を時折撫でてやりながら、幸村は丁寧に教室を掃除していく。
「某も寂しいですが、石田殿が一番寂しいのだから……と毛利殿は時折言っておられます」
「あのお節介焼きが………」
「長曾我部殿は時折家康殿と連絡を取っておられるようですが」
「私の話を口に出すと、家康が怒られるらしい。メールも監視されているようなのでな」
「厳しいご家庭……などというものではありませんな」
それでは虐待ではないですか。
伸びつつある体に不似合いなふくれっ面で箒を振り回す幸村に埃が立つと声をかけ、三成は動かしていた手と箒を止めた。
家康。
名古屋にある徳川の本家にいることはわかっている。
そして厳しい監視の目の中で、自分への連絡とる事も、誰かに伝えてもらうことすらできないことも知っている。自分が友人や家族の愛情に囲まれている時も、家康は一人嘆き悲しんでいるかもしれない。
そう考えると胸の中に暗い物がたまっていく気がするのだが。
「今度皆で一緒に家康殿に会いに行きましょう。お館様にお願いしてお名前を使わせていただければ、無下に追い払われることもないかと。姫のお父上やお爺様は徳川殿のご家族嫌っておられるようですので……多分無理でしょうが」
「そうだな」
会いに行っても会わせてもらえなかった、何度も送っている手紙もきっと家康の手には渡っていないだろう。
それでもこうやって考えてくれる友がいる、それは三成にとってかけがえのない財産なのだと秀吉は常日頃言っていた。三成が動いたが故に生まれた人との絆、それを決して手放すな、とも。
「……………真田、店に行く前に使いを頼まれていてな」
「はい」
「和三盆糖5kgだ、重いので手伝ってもらえるか?」
「某でよろしければ」
「今日のまかない菓子は団子だそうだ……」
「ぜ、是非お手伝いを!」
途端に眼がキラキラと輝きだした幸村を見て、少しだけ心が軽くなる。
5kg程度の砂糖を持てないわけがないが、バイト先の主人は食欲旺盛で元気いっぱいの幸村をいたく気に入っている。連れて行けば山盛りの団子とお茶で、彼は賓客の如くもてなされるだろう。
毛利が出発までに間に合えば、今日は彼も一緒に連れて行こうか。
決して消えることのない喪失の痛みと、その傷口を必死に塞ごうとしてくれる友の気持ちをありがたく感じながら。
三成は笑いとも嘆きともつかない、小さな息を吐いた。
3
三成のバイト先は、居酒屋以上高級料亭未満と店主自らが言っているおかしな料亭だった。
歴史のある建物、政財界の大物が商談に使うだけの品格。それら全てを兼ね備えているというのに、近所の老人の米寿の祝いの場としても使われる。美味しい料理をいつもと違う場所で食べたい。そんな思いには必ず答えるという店主の方針を、従業員達はちゃんと理解しており、三成も昔からこの店に食べに来るのが大好きだった。
まさか裏側がこんなに大変だったとは。
戦場のように荒々しい怒号が飛び交う板場の間を目まぐるしく動きながら、三成は店主の妻がわざわざ作ってくれた前掛けで手を拭きながら軽く従業員用の着物を手で整えた。
「椿の間の片付けにいってきます!」
「だったらその前にこれを橘の間に持っていって! 島津様がいらっしゃるから」
「わかりました」
闊達で気さくな店主の妻にお盆に載せた大きな焼酎の瓶を渡されると、三成は重すぎるそれをよたよたしながら運び始めた。普通の瓶なら普通に運べるのだが、陶器製の上に三成の頭よりも大きい丸っこいそれは重すぎる。
橘の間にこれを運んで、それが終わったら先程客が帰っていった椿の間の片付け。
板場の更に奥にある洗い場では、暇だという理由と菓子で手懐けられた幸村が悲鳴を上げながら皿洗いを行っている。三成も基本的には皿洗いや片付け以外の仕事はしていないのだが、橘の間にいるのは鶴姫の祖父だということもあり頼まれたのだろう。
たまに三成の様子を見に秀吉や半兵衛が食べに来たり、何故かカメラ片手に刑部が来たり。松永に至っては先日ビデオカメラ片手に来店したので、店主に泣きついて帰ってもらっている始末。
夜遅くまで働かせられることはないし、バイト代もそれなり以上にはもらっている。もし学校に見つかったとしても、知り合いの店の手伝いを礼法の勉強も手伝わせてもらっているということないなっているので、叱られることもないだろう。
「お願いね、三成君……慶次がちゃんとうちの店を手伝ってくれれば犬千代様も楽になると思うのだけど……」
「………前田には前田の店がありますし…………」
「あんな喫茶店よりも、代々続くこちらの店の方が大切です! 大体慶次は和菓子の勉強をしたいと言っていたはずなのに、戻ってきたらあんなおかしなお店を……」
いや、喫茶店じゃなくてカフェ。
そう訂正してやりたかったが、そんな事をしていたらいつまでたっても橘の間に行くことができないので、三成は無言で頭を下げて時折よろめきながらも賑やかすぎる板場から立ち去ることにした。幸村のことさら大きな悲鳴が聞こえたような気がしたが、あえて聞かなかったことにする。
前掛けにつけてくれた大きくて古めかしい鈴が、三成の動きに合わせてたてる澄んだ音。
中に入っている玉が陶器製で大きいらしく、かなり大きい音を立てるそれを三成はとても気に入っていたが、音が大きくてどこにいてもわかってしまうのが難点。まるで双子のように連なった二つの鈴は三成がさぼろうものなら、音を止めることでそれを瞬時に周囲に伝えるのだが。生憎根が真面目すぎる三成には、少しでも楽をしようという考え自体が存在しなかった。
お世辞も言えないし、愛想も悪い。客商売には正直向いていないと自分でもわかっているが、店の人間も客も三成に優しくしてくれる。嫌になるほど忙しいし、時には酔っ払いに文句をつけられもするが、三成はこのアルバイトだけはできるだけ続けていこうと決めていた。
ここに出入りすることで知り合えた人間も大勢いるのだ、その繋がりを捨てたくもない。
大きく鈴を鳴らしながら、酒瓶を落とさぬようにゆっくり廊下を歩く。誰かと知り合えることも、鈴を鳴らすことも、三成にとってはもう日常の一部。
欠けてしまったものがそれで埋まらないのはわかっているが、手に入れることができる新しい物を捨てる気もない。
豪快な声で何かを話している島津翁の声と鈴音が混ざり合い始めることで椿の間が近くなっていることを知り、三成は改めで背筋をただし酒瓶がお盆の中央にちゃんと置かれているかを目で確認した。
いつも九州からこちらに出てくるとこの店に寄り、散々飲み食いして帰っている鶴姫の祖父。
時には店主に内緒で小遣いをくれる彼のことは好もしく感じているのだが、今日の彼の声にはいつもの朗らかさが全く感じられない。何かに憤っているような、怒りを無理矢理抑え込もうとしているかのような、深い熱を秘めた話し方に三成の手と足が同時に動きを止めた。
この状況でこの部屋に入っていいのか。
本来なら腰をかがめた後お盆を膝の上に置き、声をかけてから部屋に入るべき場面なのだが。橘の間のすぐ側に来てみてわかったが、島津翁は確実に怒っている。何か重要な話をしていると思われるこのタイミングで部屋に入っていいのか。
気づかれぬように息を潜めながら考えるが、こうやってここにいること自体が客のプライバシーを盗み聞きしているのと同じだと言うことに気がつき、そのまま背筋を再度正して部屋に入ることにした。
「そんな話を受け入れる気はなかとね……勘違いするのもいい加減に………おお、三成どん」
「………お久しぶりです」
「酒を持ってきてくれたか。この芋焼酎の旨さときたら……三成どんもおおきゅうなったらオイと酒を酌み交わそうや」
「は、はい」
失礼します、と小さく声をかけ入った室内に満ちていたのは気まずいを通り越してぎすぎすとした空気だった。大きな卓を挟んで島津の逆側にいる数人の男性は島津の怒気にすっかり体を縮こまらせているし、彼らの側の料理にはほとんど手をつけられず刺身などは表面が乾き始めている。
島津の側にある皿はほとんどが空になっている、それはある意味救いだった。
大好物になりつつある巨大な鰈の煮付けが全く箸がつけられずに残っているのを見ながら、三成は島津翁の前に焼酎が満たされた瓶を置いた。そしてそのまま頭を下げ、客に背を見せぬようにゆっくりと後ろへと下がっていく。
豊かな白髭をたたえたこの老人は、三成には笑いかけるが眼前にいる大人達は厳しい視線で睨み付けたまま。三成が持ってきた焼酎の蓋を開き、手酌でコップになみなみと注ぐと、一気に飲み干してから憎々しげにこう口にした。
「だからオイは徳川の人間は好かん」
徳川、という単語に自然と三成の体が小さく強ばる。
島津翁の徳川家嫌いは昔からだった。徳川家に縁があるという理由で、鶴姫と三成が遊ぶことを反対していた時期もあったのだ。今は三成が徳川家と縁が切れたことを知っているので可愛がってくれるが、家康と会っていたらとんでもないことになっていただろう。
本家の御曹司なのだから、彼は。
もしかしたら今島津翁に気圧されている彼らに聞けば家康の居場所を知ることができるかもしれない。そんな考えがわずかに頭をかすめるが、彼らにいきなり家康のことを問うても、この状況では話すこともできないだろう。
彼らがこの店から出るときに、さりげなく聞いてみれば。
お盆を持っていない方の手をぎゅっと握りしめ、唇を噛みしめ。ゆっくりと頭を下げて部屋を後にしようとしたとき、背になにか硬い物が当たった。
当たりと触れてきた物の暖かさ方から考えると、多分人の体。
だが一応従業員の立場なので蹴飛ばされても文句を言うことはできない、もし店の外であればおもいっきり罵ってやるものを。
苛立ちを押し隠しながら頭を下げ、そのまま顔を上げずに横を通り過ぎようとした時。
「三成……………?」
昔とは違う低い、だが優しさを失っていない声。
すっかり大きくなり、三成より頭一つ分大きくなってしまった体。
そして何があろうとも変わらない、三成だけを見つめてくれる暖かい瞳。
どれだけ見た目が変わろうとも、間違え訳がない。
「……い……え…………やす…………」
「大きくなったな、三成は」
伸びた体をブレザーに包み、驚きのあまり硬直している三成を心配するかのように。
昔と変わらぬ動きで家康は、三成の頭を優しく撫でてくれた。
4
島津翁も徳川の大人達も苦い顔をしていた。
まるで三成と家康が会うことが罪だとでも言わんばかりに島津は家康から離れるように言ってきたし、それより柔らかい口調ではあったが徳川の人間も家康に三成から離れるように言った。
だがせっかく会うことが出来たのだ。
何があろうとも家康を離したくはない。あとで店主達に怒られ、もしかしたらもうこの店で働けなくなるかもしれない。それでも三成は大人達の声を振り切って、家康の手を掴んだ。
以前よりずっと大きく暖かい手が、無言で三成の手を包み込む。
「行くぞ家康!」
「三成………」
「今日は私がおごってやる、バイト代もあるのだ」
「ここでバイトしていたのか……元親に聞いておけばよかったな」
「あの脱衣変態は、そんなことも言っていないのか。次にあったら言っておかねばならないな」
「元親を責めるな。儂が聞かなかったのが悪い……まあ、よほど上手く聞かないと答えられないのだがな」
諦め混じりの笑い声が、長年の家康の孤独を伝えてくる。
ずっと彼は一人だったのだ。三成のように家族や友人達と当たり前だが暖かい日常を謳歌していたわけではなく、常に見張られながら孤独な時を過ごしていたそんな彼に何を言ってやればいいのか、彼と元通り暮らすためには何をすればいいのか。
わからぬまま手だけは離さぬように強く握りしめていると、惑いと怒りを口々に吐き出す大人達へ、家康が静かな目線を向けた。三成を庇うかのように肩を抱き寄せ、手だけでなく体も自分の方へと引き寄せると、そのまま集まる目線を者ともせず堂々と口を開き始めた。
「三成と少し話してきたい………島津殿、構わぬだろうか」
「それをオイに聞くか。徳川の総領息子は、こやつらに比べれば多少はましなようじゃの。少なくとも脳みそには藁灰以外の物が詰まっとる」
「今の状況では最高の褒め言葉と受け取っておこう。儂は今でも三成を『家族』だと思っている、それだけは信じて欲しい」
「わかっちょる……だが次はない」
島津と家康の間に、暗黙の了解のような物が存在する。
その事に気がつきはした三成だったが。その言葉を最後として話を打ち切り、三成の背を押すようにして部屋から遠ざかり始めた家康の無言の圧力という名のものに負けた形で、そのままその場所を後にすることになった。
跡継ぎが、敵対、という単語が聞こえてきたが。
それを三成には聞かせたくない、そうとでも言いたげに。
家康の指が愛おしむように三成の耳をくすぐってきた。
「三成~! 儂は嬉しい! 相変わらずふにふにで愛らしいな!」
「私は今仕事中だ! 抱きつくな!」
「久しぶりに会ったのにその態度はないだろう……」
「仕事は仕事だ」
皿の底にたまった汁などを一つの大皿に集め、形が似かよった皿を一カ所に集めていく。先に積み重ねてしまうと他の皿を運んでいる間に崩れてしまっていることがあるので、順に運んでいくのだ。
ここの客は相当行儀がいい客だったらしく、卓の端に皿を集めておいてくれているので助かっているが、隙を見せると抱きつこうとしてくる家康がどうにも邪魔であった。
これを終わらせて、早く休憩をもらいたいのに。
このままではサボっているとみなされて、さらなる仕事を頼まれる可能性が高い。
「別に貴様と話をしたくないわけでは……ない。これを片付けるのが私の仕事だ」
「儂も手伝う」
「駄目だ。これは私が頼まれた仕事なのだ!」
「三成は全く変わらぬな……」
「貴様も変わってない」
見た目は大きく変わった。
背は一気に伸びて半兵衛よりも高くなっているし、体に全体的に厚みが増した感じがある。しなやかな筋肉がその体を覆っている証であることを、秀吉と一緒に風呂に入ることが多い三成はちゃんとわかっているのだが。
なんというか、妙に気恥ずかしい。
昔は家康に抱きつかれても家の中であれば恥ずかしいとは思わなかった。むしろスキンシップ過多な家康を好んですらいたのだが。
秀吉ほどではないが、大きな男に全力で抱きつかれている姿は……なんというか道徳的にまずい気がする。着物を着て前掛けをしていると時折少女と間違えられる三成が、もう少し背が伸びればいかがわしい光景にはならないのだろうが……
これは少し距離を置くべきか。
鈴の音と皿を重ねる音を綺麗に調和させながら三成は思考を巡らせる。会えたことは嬉しい、こうやって会話する時間を持てることも。だが離れていた間の家康については知らないに等しいのだ。長曾我部は『元気だ』とか『無事っぽい』という言葉しか言わないし、かなりの頻度で送ったいた手紙もきっと家康には届いていないのだろう。
だから三成はまずこの言葉を言う。
「家康……私は元気だ。秀吉様も半兵衛様も……毛利も真田も……とにかくみんな元気だ。貴様が帰ってくるのを待っていた」
「…………そうか」
「一番待っていたのは私だ。何度手紙を送っても返事一つよこさない……のは、ま、まあしょうがないことにしてやる。だから………」
もう、離れない?
これからずっと側にいてくれる?
いなかった時間のことを問いたいが、口から出てくるのは哀願の言葉だけ。
今感じている満たされた手いるからこその充足感は、彼がいなくなった瞬間大きな悲しみへと繋がる。ようやく手が届く位置へ来てくれたのに、また彼は本家へ帰ってしまうのだろうか。
そんなことになってしまったら、自分は今後どうしていけばいいのだろう。
「……三成、携帯電話は持っているか?」
「一応持っているが……って、貴様………私の言いたいことがわかっているのか!?」
「わかっているから聞いているのだ。儂は一応こちらへ戻ってくることができたのだがな、まだ三成と共に暮らすことはできん」
「……………そう…………か…………」
「だが電話番号を教えあえば、連絡はできるだろう? こちらは向こうほど監視が厳しくないのでな、なんとかなる」
「貴様が怒られることになるのではないのか?」
「心配はいらん。儂を怒れる人間はもう………いや、こちらにはいないのでな。それに儂は約束を守らねばならない」
腰を下ろしたまま皿の片付けを続ける三成の視界が、急に陰った。
後ろにいて三成に抱きつく隙を狙っていたはずの家康がいつの間にか隣に移動し、そして隣に腰を下ろしたのだ。
「三成は己の仕事は自分一人でやりたいという……ならば儂も儂の仕事をするだけだ。三成を嫁にもらうという約束を守るための仕事をな」
「私がいつ貴様の嫁になると言った!」
「だが儂は必ず三成を迎えに来る。それが儂の決めた儂の仕事だ」
きっぱりとそう言いきり、家康は手を三成に向けて伸ばしてくる。
家康の手はいつも温かくて優しくて。三成を傷つける真似をしたことなど一度もなかったし、きっと今後もそれはないだろう。
だというのに。
「…………………………」
「どうした、三成?」
「いや、なんでもない………」
はずなのに、天井の蛍光灯の光を受け、陰影が刻まれた家康の顔を一瞬怖いと感じてしまった。
昔と変わらぬ穏やかな笑顔だというのに、
何故寒気を感じたのだろう。
背筋を駆け上がっていく震えを押さえ込みながら、三成は繊細な動きをする指先がそっと自分の髪を梳き始めるのを下を向いて唇を噛みしめながら受けいれたのだった。
5
毛利元就を起こしたのは、枕の下から響く鈍い振動だった。
うっすらと目を開け首を何度か振ってから、首を持ち上げると自分の頭を支えていた枕の下に手を差し込み震え続ける携帯をのろのろと取り出す。それを耳元にあて、聞き慣れてはいるがいつもよりかなり興奮している友人の言葉に適当な相づちを打っている内に、眠気に支配されていた思考がようやくクリアになり始める。
「そうか………今日は石田についていてやるがいい。家には……そうだな、貴様から電話をして迎えに来てもらうことだな。通常ならばそこまでする必要はないが………あれはそう感じたということを、我は良いことだとは思っておらぬ。それにしても真田、何故貴様がそこに………何? 団子のせパフェに釣られただと!? 何故割れを呼ばな……そうか、それならばよい。我はさすがに今日は行けぬが、明日には顔を出すのでな」
頼んだ、その言葉を最後に通話を終わらせ一つ小さくい苦をつく。
すっかり見慣れてしまった天井と独特の匂いがする部屋。学生の私室とは思えない、何に使うかわからない機会の山とそれが生み出す金属と油の入り交じった匂い。最初にこの部屋に来た時はまず換気をしたものだが、今ではすっかり慣れてしまってベッドの上で寝普通に眠れるようになってしまった。
部屋の照明をつけていないので薄暗いのだが、一番奥の机の上にあるライトだけが煌々と輝いており、机の前に座る青年の作業を手助けしている。
もそもそとベッドの上で動き始めた元就に、振り返ることのない背中が語りかけてきた。
「せっかく寝こけてたのに、起こされちまったな。真田のヤツか?」
「我は寝こけてなどおらぬわ………真田が、奇妙なことを言ってきた」
「奇妙なこと? 団子でも食い過ぎたか?」
「石田が徳川に会ったらしい、だがあれは徳川ではなかった……とな。真田の言葉はどうもよくわからぬのだが……石田の様子がおかしいそうでな。とりあえず家の者に迎えに来させるように伝えておいた」
「会っちまったか……厄介なことになんなきゃいいがな」
「貴様は徳川と連絡を取っているのだったな。いくつか貴様に聞きたいことがある」
「そうだな……話さなきゃいけねえか……」
椅子ごとくるりと振り返った元親は、そのまま足を組み直して元親の方へと向き直った。
大学生になり、交友関係も広がったというのにこの男は元就との関係を変えようとはしない。気がついたら側にいて、いつの間にか互いの家を行き来する関係になって。今では彼の家に泊まってベッドの上で惰眠を楽しむことすらできるようになっていた。
人など、大嫌いだったというのに。
自分のことなどわかってくれなくてもいい、自分だって他人を理解したくないから。そういうスタンスで生きるはずだった元就の計画をいきなり崩してくれたのが三成や幸村だったのならば、誰かと一緒に生きてもいいと思わせてくれたのが元親だった。
相変わらず人間の醜さを受け入れる気は無いが。
友人をのことを案じ、彼らのためになる行動を取る。そういう行動を取ることができるほどには、元就も大人になっていた。
「で、貴様は何を隠している? 石田に徳川について話す時も、貴様は徳川の現状について話しはしたが、徳川が何を思い何をしているのかを細かく話そうとはしなかったな」
「俺は細かい話は苦手なんでな……家康がこっちに戻ってくることになった理由だけ話す」
「戻って来ただと!? 何故それを、言わなかった!」
「言っちゃいけねえ、俺はそう判断したんだよ。アイツ……家康なんだがよ………本家の使用人半殺しにして、家から追い出された。笑ってたそうだぜ、その時」
「っ!!」
元就も家康のことはよく覚えている。
人なつっこいというか、無駄に周囲に気を遣って明るくしているというか。優しいのに中々本音を見せないので元就はあまり進んで付き合うことはなかったが、三成にとって自慢の兄だったのは彼の言動の端々から見て取ることができた。
あの表情が少し乏しい友人は、誰が見てもわかるほどに家康を慕っていたのだ。
気むずかしいわけではないが、人付き合いをあまり好まない三成がそこまで慕っていた家康が、そんなことをできるわけがない。
そう思いはするのだが。
「相手はまだ病院だとよ。石田のヤツが送っていた手紙をそいつが処分していたのを家康が見ちまったらしいが………いくらなんでもやりすぎだ」
「我でもそう思うが、徳川に何があったというのだ?」
「本家での暮らしがどんなもんだったのか俺は家康の話でしかわからねえが、あの家康がそこまでになっちまうほど……だったんじゃねえのか? さすがの俺も、これで石田の元へ戻れるって笑いながら電話をしてきたんでな、もうてめえにはつきあいきれねえって電話を切っちまった………」
「貴様にしては随分気の短いことだな」
冗談めかしてクスッと笑ってやったのだが、元親の顔は苦々しげにしかめられたまま。
「あの家康の笑い声がな、まだ耳から離れねえ。本家の奴らも家康を押さえ込んでおくのはもう不可能だと思ったんだろうよ。どうせアイツが成人したら、今は一族で管理してる親父さんの財産はあいつのモンだ。機嫌を損ねるよりは好きにさせた方がいいってわかったんだろうさ」
「自分たちも殺される、そう思ったのだろうな。だがこれからも貴様と家康のつきあいは続くのだろう? どうするつもりだ?」
徳川の家と元親の家は家康の父親が没するまでは親しくつきあっていたらしい。
今後も家康が徳川家を告ぎ、元親も父と同じく祖父の事業を付き合うことになるのならば、当然社会人としてのつきあいが待っているはずなのだが。
はたしてこの直情気質な男が、普通に付き合っていける物やら。
まだ布団の中に残っている下半身に、寒いわけでもないのに布団を巻き付け直す。何故だかわからないが、今そうしなければならない。
そう、思ったのだ。
「俺はジジイの会社は継がねえ。ジジイの持ってる会社には入れてもらうつもりだがよ」
「工大出の社長でも良いと我は思うのだがな。それにあの会社を貴様が継がねば困るだろうに」
「困りゃしないさ、俺は外孫だ。もし継がなかったとしても、鶴の字の婿が継ぐだろうよ」
「……………………………」
小さな違和感だったが、それは更に元就の背筋を冷やしていく。
確か元親の従姉妹達は全て女性で、男は彼一人。おまけに元親の祖父には娘しかおらず、全て外に嫁に出て行ってしまっているのだ。
後を継ぐことができるのは元親か、従姉妹達の婿の誰かと言う事になる。
「…………長曾我部、貴様の言い方が間違っているのか、我が余計なことを考えているのかわからぬが……」
「なんだ?」
ニヤニヤとした元親の顔、そしてこの段階で彼はようやく椅子から腰を上げ自分の物であるベッドに静かに腰を沈めた。少し距離が近くなったことでこの意味不明の寒気も消えるかと思ったが、それは消えることなく。
微妙に明るい部屋の中、どことなく切なげに聞こえる元親の笑い声。
「ジジイなんだがな………息子がいたんだよ。俺のお袋のすぐ下の弟」
「息子と言うことは、貴様の叔父ということになるのか。だがそれがなにを………っ!」
「いるんだよ、ジジイの内孫ってやつがな。年上女にたぶらかされて二人で駆け落ちした挙げ句、二人ともあっさり病気で死んじまったらしいが………まだ生きてるんだよ」
「だから貴様は好きなことをしている訳か」
「ジジイもわかってんだよ、俺にはこっちをやらせた方がいいってな。向こうの家も跡継ぎがいない状態だから、将来的には取り合いになるんだろうけどよ。ジジイはまだ何も話すつもりはないみてえだな」
寒気が最高潮に達した瞬間、いつの間にか側に来ていた元親が優しく肩を抱いてくれた。そのまま強く引き寄せられるが、いつものように怒鳴りつける気にはならない。
両親を失った子供。
跡取りとして望まれている。
まだ何も話していない。
その全ての要素を兼ね備えており、元親の祖父……島津翁に気に入られている人間を、元就は一人しか知らない。
「石田が……貴様の従兄弟ということか?」
「DNA鑑定の結果も出てる。髪の毛とへその緒なんで、完全な結果にはならなかったけどよ、98%以上の確率でジジイの孫だとよ」
「石田から髪の毛を盗んだのは貴様か」
「あのジジイに脅されて、俺が逆らえると思うか? まあジジイも石田に継がせるかどうかはまだ悩んでるみてえだしな、俺としてはあのままでいさせてやりたい。だけどな、ジジイの徳川嫌いは有名だ、今後何があろうとも家康とはつきあわせええだろうよ」
「………ロミオとジュリエットのようだな、この時代に馬鹿馬鹿しい」
「俺だったらあんな目つきの悪いジュリエットはいらねえんだがな。もっとこう……口も根性も悪いが、友だち思いの花が似合うジュリエットが……」
「勝手に一人で囀っておれ」
と言ってはみたものの、元親のぬくもりは離しがたく。
べたべたとくっつきながら話しかけてくる元親の言葉を半分聞き流しながら、元就はきっと家人が迎えに来て家路についているであろう友人のことを考える。
彼がいたから友人と呼べる存在ができた。
彼のおかげで元親にも出会えた。
だが、元就は彼に大好きな存在を与えてやることはできないのだ。本人が知らぬ間に大人達によって作られてしまった、家康と三成の仲を阻む壁。
一体どうやって切り崩せばいいのやら。
冷たくなってきた手も布団の中に押し込み、抱きついてくる元親に身を任せながら。自分の幸せを喜ぶのと同時に、友人の前途に待ち受ける闇を思い。
元就は元親の胸に頭を擦り寄せながら、重いため息をついた。
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ということで、みんな少しだけ大人になりましたとさ。
中学生編は、ある意味毛利編なので……この後から彼とちょかべのひとがメインになっていく予定です。ここで毛利の問題を終わらせておかないと、高校生編が大変なことになるのでw
ということで、久方ぶりに拍手更新もしたので色々続いていきます、と。
最初に運べた卵は一度に一つ。
だが以前よりかなり大きくなった手は、一度に多くの卵を運べるようになった。
半兵衛と自分の分で卵は三つ。
サラダ油を入れて熱したフライパンに半分に切ったハムを敷き詰め、そこに冷蔵庫から持ってきた卵を落とすと、じゅうっという音と共に卵が一気に広がり始める。手早く残りの卵を割り入れ、ガスの火を中火に落としてから蓋をすればあとはできあがるのを待つだけ。じゃれついてくる紀之介にも食事を用意し、三成の朝食作りは続く。
片手で卵を割りながら、もう片手には味付け用の胡椒の瓶。
体はあまり大きくならないが、しなやかで長い指を持つ手はピアノ向きだと友人達に言われるようになった。胡椒を振り入れてからフライパンに蓋をし、黄身がちょうどいい具合に固まるまで置いておく。
ハムエッグが焼き上がるのを待つ間に、先にオーブンに入れてあるパンの焼け具合も覗いて確認する。綺麗な色合いに焼き上がったパンをオーブンから取り出し、先日秀吉と一緒に作った柚子のジャムと黒スグリの入ったヨーグルトを食卓に置いた。紀之介用に用意した、肉と野菜をごった煮にした物も休日朝だから作ってやれる物。台所の隅で冷え切ったそれにかぶりつきはじめた紀之介を笑顔で見つめながら、三成は他の物を冷蔵庫から取り出し始めた。
パンにつけるバターと、そして蜂蜜など。
昨日寝る前に作っておいたカリフラワーと豆のサラダも、味が馴染んだ頃だろう。
エプロンで手を拭きつつ時計を確認すれば、そろそろ朝食を食べ始めなければいけない時刻。自分が設定した時間だというのに、その当人が遅れてしまっては話にならない。
先に食べ始め、置き手紙でも残していくべきか。
そんな事を考えていると、まだ眠いのかふらふらとした足取りで父とも母とも言える人物がのろのろとこちらに近づいてきた。
当然パジャマ姿のままで。
「おはよう三成君…………今何時?」
「おはようございます、半兵衛様。もうすぐ九時半ですが、もう少し寝ていた方が……」
「後で少し昼寝するよ。せっかくの休みなのに、三成君と一緒にご飯を食べられないのは寂しいからね」
顔は洗ったらしいがまだ眠気が残っているらしく。ぐしゃぐしゃの髪の毛を放置したまま、眠気を飛ばすためか何度も首を振っている。昨夜は仕事で帰りが遅かったのだ、もう少し寝ていてもいいと三成は思っているのだが半兵衛は必ず三成と一緒に朝食を取ろうとする。
それが嬉しくもあり、心配でもあり。
だが休日はずっと家でごろごろしているので、疲れもちゃんととれている。だからその面でだけは安心であった。昔は疲れていても三成に色々な物を見せようとあちこち連れて行ってくれたものだが、三成が大きくなって自分のつきあいを優先するようになって半兵衛はいい意味でも悪い意味でもぐうたらな親になった。
子供の世界を尊重してくれる、そして自分の体を大事にしてくれる。
単に年を取ったからだという意見もあるが、半兵衛で年を取ったというのなら秀吉はどうなるのだろう。常に精力的に動きまわっている彼を見ていると、老いが人を衰えさせるなんていうのは嘘だとわかる。
年を取ると人は成熟していくのだ、いい方向に。
そんな事を言うとまだ30代の入り口に入ったばかりの半兵衛に怒られるので言わないが。無理をすることがステータスだと思っていた20代の半兵衛よりも、今の適度に力の抜けた半兵衛の方が好ましい。
「三成君新聞は~?」
「日経ですか、ニューズウイークですか?」
「日経」
短くそう言い、三成が差し出した新聞を受け取ってから食卓の端に置く。食事を摂りながら新聞を読むなんて行儀の悪いことを、当然半兵衛がするわけがなかった。
いただきます、という言葉が心地よく三成の耳に届く。
周囲の人間を魅了するような艶やかな笑みを三成に向けながら、半兵衛は優雅にパンを手にとりジャムを塗り始める。並べられた手間暇かけて作られた朝食を満足げに眺め、食事を摂りはじめようとする半兵衛の真向かいに座り三成も小さくいただきますと言ってから食事を開始した。
「今日は道場?」
「いえ、師範が外出するそうなので明日顔を出します。今日は旧校舎に行ってから夕方はバイトの方に」
「別にバイトなんてしなくてもお小遣い位出してあげるのに……ってわけにもいかないよね」
「自分の借金ですので、自分で返します」
「本当に大丈夫? 僕が言うのも何だけど、あの店……ほら、ねえ?」
「………………客層に問題はありますが、可愛がっていただいておりますので」
数年前のクリスマスに、友人である大谷吉継に対して負ってしまった多額の借金。
大谷は返さなくてもいいと言ってくれているのだが、八桁に届きそうな金額を返さないというのはどうも寝覚めが悪い。そういう事情もあり、秀吉の口利きで週末の空いている時間帯だけとある店でアルバイトをさせてもらっているのだが。
秀吉の知り合いの店、というのを甘く見ていた三成が悪かったのか。
借金は思ったより早めに返せそうなのだが、別な問題が三成を困らせ始めていた。それに関してはもう諦めているというか、ある意味悟りを開きつつあるが。
なるようになるしかない、それが三成の出した結論だった。
時給はいい、客はチップをくれる、おまけにまかない飯の美味さは折り紙付き。そんな好待遇の職場を逃すほど、三成は贅沢な人間ではなかった。
「そういうことですので、今日は夕食はいりませんので。それから、秀吉様と食べに来るのもやめて下さい」
「三成君の働く姿を見ていると癒されるんだけど」
「お断りします」
短くそう言いきると、三成はヨーグルトを口に運んだ。
カシスとヨーグルトの酸味が調和し、それに上にかけた蜂蜜の甘さが混じり合い絶妙な味わいになっている。これを作って冷蔵庫に置いていってくれた秀吉に感謝しながら、三成はしばらくの間食事に没頭することにした。
あまり量が食べられないのは昔から変わらないのだが、食べないと背が伸びないのはわかっているのだ。着実に背が伸びている友人達に負けるのはいやだし、何より家康に再会したときに大きくなった自分を見せてやりたい。
連絡自体を禁止されているのだろうと秀吉は教えてくれたが、あの藤の木の下で最後に姿を見てから数年。
声も聞けず、姿を見ることすらできない中で徐々に何かが薄れ始めているのがわかる。もう会えないのではないのか、会えないのなら彼を信じなくてもいいのでは。そんな内側からの囁きに、浸食され始めている家康への思い。
信じたい自分が、一番信じられない。
ちょっとでも暇な時間ができるとそんな事を考えてしまうので、できるだけ予定を詰め込む。そして家康と再会したときに、彼に誇れる自分でいたい。
借金を負った状態で、再会などするものか。
「ところで三成君、今日バイトに入るって所長に連絡してもいい?」
「何で買収されたのかは知りませんが……そんな事をしたら家出しますので」
「………………………冗談だってば」
では今の間は何なのだ。
そう聞き返したかったが、時間が勿体ないのでやめることにした。
やりたいことも、やらなければならないことも山程あるのだ。立ち止まらず、どんな時でもわずかでもいいから前へ。
そして笑顔で家康に会えるように。
三成にとって人生の転換期になる一日は、そんな感じで始まったのだった。
2
中等部に進学して大きく変わったのは、仲間内での『たまり場』ができたことだった。
それぞれにやるべき事があり、前のように放課後になると自然と誰かの家で遊ぶということができなくなった今、誰からともなくそこに集まるようになったのはある意味自然な流れだった。
元は普通に教室として使われていた空間だったので、壁の端には山のように古びた机が積み重ねられ、黒板の上の古めかしい木製の時計は動かなくなって久しいのだが。足をのせるとぎいぎいと鳴り出す床も、経年劣化でわずかに曇って見える大きな窓ガラスも、三成達にとってはもうすっかり馴染んでしまった空間。
一番日当たりのいい所に寝そべってまどろんでいる紀之介の横に椅子を出して座り、ぼーっと待ち合わせの相手を待っていると、元気いっぱいの足音と共に今日は来ないはずの人間が現れた。
「石田殿、いらしていたのですか。紀之介も、久しぶりでござるな」
「今日は出稽古ではなかったのか?」
「いえ、今日はお館様に急用ができたとのことで、一日暇になってしまいました。ですので、ここの掃除でもと思いまして。石田殿も掃除ですか?」
「ここを綺麗にしておくのが条件だからな」
「二人で協力すれば、早く終わりますな」
出会った頃と全く変わらぬ人なつっこい笑みを浮かべた幸村は、隅にある金属製のロッカーから手早く箒とちり取りを取りだし、無造作に三成へと放り投げてくる。それを片手で受け取り立ち上がった三成も、休日だというのに学生服姿の自分と彼に苦笑いを浮かべつつ、無言で彼の掃除を手伝い始めた。
小等部と中等部の間にある、旧校舎兼物置。
ここを最初にたまり場にしようと言い出したのは、今日はお花の稽古があるということで事前から不参加を表明していた彼らの大事なお姫様だった。仲良しグループの中で唯一の女性ということもあり、暴走し出すと止まらない彼女を止めることは、基本的には不可能だった。
結局無断で使うのは良くないという結論に達し、掃除を定期的に行いきちんと管理をするという約束を校長と交わし使わせてもらうことになった。
「毛利殿はどうなさったのですか? 約束の刻限に遅れる方では………まさか事故にでも巻き込まれたのでは」
「毛利が遅れる時は、あの半裸の変態絡みだ」
「長曾我部殿ですか……確かに半裸で変態でございますな」
「毛利もよくあんな男とつきあえるものだ、気持ち悪い」
「ですが長曾我部殿はすいーつが美味しいお店をよくご存じです。先日連れて行ってくださったお店のクリーム蜜豆の美味しいことといったら」
「真田、涎が出ている」
三成の指摘で片方の手で涎を拭いながら、幸村は器用に箒を使い続けていた。
昔は三成の方が背が高かったというのに、今ではほんのわずかだけ幸村の方が大きくなっていた。毛利は我は晩成型よと言い全く気にしていないようなのだが、このところぐんぐんと背が伸び始めた鶴姫にすらいつか抜かされてしまうのではないかと、この頃三成は気が気ではないのだ。
死んだ母も背が高かった記憶があるので、伸びないとは思っていないが。
それでも早く大きくなりたいのだ、色々な理由から。
「毛利を釣るためとはいえ、あの男も良くあれだけ店を開拓できるものだ」
「ですが石田殿もご相伴にあずかっているではないですか。先日連れてっていただいたパーラーの抹茶モンブランプリンパフェをそれはもう美味しそうに……」
「あ、あれは確かに美味かった、それは認める」
「毛利殿に好かれたい一心であそこまでできるというのも素晴らしいと某は思いますが。我らもそのおこぼれに預かっているのですから、寂しいのは我慢いたしましょう」
「誰が寂しいと言った」
「毛利殿がこの頃遊んでくれないので、寂しかったのではないのですか?」
「………寂しくないわけではないのだが……………貴様に言われるほど寂しいわけでも……」
確かに寂しいといえば寂しい気もするのだ。
鶴姫は稽古事に終われるようになり、幸村は学校では部活に入らず道場で日々汗を流している。毛利は家業の手伝いで更に忙しくなっているし、三成だって秀吉とのお茶の稽古に道場通い、そしてアルバイトと時間のやりくりが大変な状況。
だがここにくれば必ず誰かの痕跡がある。
部屋の隅には鶴姫がわざと忘れていったのであろう分厚い漫画雑誌が山になっているし、毛利はここを本置き場か何かと勘違いしているのか図書室で借りた本を時折置いていっている。三成も家に帰るのが面倒なときは朝ここに寄って道着を置いてから教室へ行くのだ。
自分たちで管理している場所だからこそ、そういうことができる。
合鍵も用務員以外では持っているのは自分たちだけ。それは自分たちを信頼してくれた校長の思いの証であり、大人達が生きてきた時間よりはすかに少ないがそれなり以上の友情を育んできた自分たちの繋がりの形なのだ。
それの証拠に、しょっちゅう物を落とす幸村だが、これだけはなくしたことがない。
日の光を浴びながら心地よさそうに床の上で寝こける紀之介を時折撫でてやりながら、幸村は丁寧に教室を掃除していく。
「某も寂しいですが、石田殿が一番寂しいのだから……と毛利殿は時折言っておられます」
「あのお節介焼きが………」
「長曾我部殿は時折家康殿と連絡を取っておられるようですが」
「私の話を口に出すと、家康が怒られるらしい。メールも監視されているようなのでな」
「厳しいご家庭……などというものではありませんな」
それでは虐待ではないですか。
伸びつつある体に不似合いなふくれっ面で箒を振り回す幸村に埃が立つと声をかけ、三成は動かしていた手と箒を止めた。
家康。
名古屋にある徳川の本家にいることはわかっている。
そして厳しい監視の目の中で、自分への連絡とる事も、誰かに伝えてもらうことすらできないことも知っている。自分が友人や家族の愛情に囲まれている時も、家康は一人嘆き悲しんでいるかもしれない。
そう考えると胸の中に暗い物がたまっていく気がするのだが。
「今度皆で一緒に家康殿に会いに行きましょう。お館様にお願いしてお名前を使わせていただければ、無下に追い払われることもないかと。姫のお父上やお爺様は徳川殿のご家族嫌っておられるようですので……多分無理でしょうが」
「そうだな」
会いに行っても会わせてもらえなかった、何度も送っている手紙もきっと家康の手には渡っていないだろう。
それでもこうやって考えてくれる友がいる、それは三成にとってかけがえのない財産なのだと秀吉は常日頃言っていた。三成が動いたが故に生まれた人との絆、それを決して手放すな、とも。
「……………真田、店に行く前に使いを頼まれていてな」
「はい」
「和三盆糖5kgだ、重いので手伝ってもらえるか?」
「某でよろしければ」
「今日のまかない菓子は団子だそうだ……」
「ぜ、是非お手伝いを!」
途端に眼がキラキラと輝きだした幸村を見て、少しだけ心が軽くなる。
5kg程度の砂糖を持てないわけがないが、バイト先の主人は食欲旺盛で元気いっぱいの幸村をいたく気に入っている。連れて行けば山盛りの団子とお茶で、彼は賓客の如くもてなされるだろう。
毛利が出発までに間に合えば、今日は彼も一緒に連れて行こうか。
決して消えることのない喪失の痛みと、その傷口を必死に塞ごうとしてくれる友の気持ちをありがたく感じながら。
三成は笑いとも嘆きともつかない、小さな息を吐いた。
3
三成のバイト先は、居酒屋以上高級料亭未満と店主自らが言っているおかしな料亭だった。
歴史のある建物、政財界の大物が商談に使うだけの品格。それら全てを兼ね備えているというのに、近所の老人の米寿の祝いの場としても使われる。美味しい料理をいつもと違う場所で食べたい。そんな思いには必ず答えるという店主の方針を、従業員達はちゃんと理解しており、三成も昔からこの店に食べに来るのが大好きだった。
まさか裏側がこんなに大変だったとは。
戦場のように荒々しい怒号が飛び交う板場の間を目まぐるしく動きながら、三成は店主の妻がわざわざ作ってくれた前掛けで手を拭きながら軽く従業員用の着物を手で整えた。
「椿の間の片付けにいってきます!」
「だったらその前にこれを橘の間に持っていって! 島津様がいらっしゃるから」
「わかりました」
闊達で気さくな店主の妻にお盆に載せた大きな焼酎の瓶を渡されると、三成は重すぎるそれをよたよたしながら運び始めた。普通の瓶なら普通に運べるのだが、陶器製の上に三成の頭よりも大きい丸っこいそれは重すぎる。
橘の間にこれを運んで、それが終わったら先程客が帰っていった椿の間の片付け。
板場の更に奥にある洗い場では、暇だという理由と菓子で手懐けられた幸村が悲鳴を上げながら皿洗いを行っている。三成も基本的には皿洗いや片付け以外の仕事はしていないのだが、橘の間にいるのは鶴姫の祖父だということもあり頼まれたのだろう。
たまに三成の様子を見に秀吉や半兵衛が食べに来たり、何故かカメラ片手に刑部が来たり。松永に至っては先日ビデオカメラ片手に来店したので、店主に泣きついて帰ってもらっている始末。
夜遅くまで働かせられることはないし、バイト代もそれなり以上にはもらっている。もし学校に見つかったとしても、知り合いの店の手伝いを礼法の勉強も手伝わせてもらっているということないなっているので、叱られることもないだろう。
「お願いね、三成君……慶次がちゃんとうちの店を手伝ってくれれば犬千代様も楽になると思うのだけど……」
「………前田には前田の店がありますし…………」
「あんな喫茶店よりも、代々続くこちらの店の方が大切です! 大体慶次は和菓子の勉強をしたいと言っていたはずなのに、戻ってきたらあんなおかしなお店を……」
いや、喫茶店じゃなくてカフェ。
そう訂正してやりたかったが、そんな事をしていたらいつまでたっても橘の間に行くことができないので、三成は無言で頭を下げて時折よろめきながらも賑やかすぎる板場から立ち去ることにした。幸村のことさら大きな悲鳴が聞こえたような気がしたが、あえて聞かなかったことにする。
前掛けにつけてくれた大きくて古めかしい鈴が、三成の動きに合わせてたてる澄んだ音。
中に入っている玉が陶器製で大きいらしく、かなり大きい音を立てるそれを三成はとても気に入っていたが、音が大きくてどこにいてもわかってしまうのが難点。まるで双子のように連なった二つの鈴は三成がさぼろうものなら、音を止めることでそれを瞬時に周囲に伝えるのだが。生憎根が真面目すぎる三成には、少しでも楽をしようという考え自体が存在しなかった。
お世辞も言えないし、愛想も悪い。客商売には正直向いていないと自分でもわかっているが、店の人間も客も三成に優しくしてくれる。嫌になるほど忙しいし、時には酔っ払いに文句をつけられもするが、三成はこのアルバイトだけはできるだけ続けていこうと決めていた。
ここに出入りすることで知り合えた人間も大勢いるのだ、その繋がりを捨てたくもない。
大きく鈴を鳴らしながら、酒瓶を落とさぬようにゆっくり廊下を歩く。誰かと知り合えることも、鈴を鳴らすことも、三成にとってはもう日常の一部。
欠けてしまったものがそれで埋まらないのはわかっているが、手に入れることができる新しい物を捨てる気もない。
豪快な声で何かを話している島津翁の声と鈴音が混ざり合い始めることで椿の間が近くなっていることを知り、三成は改めで背筋をただし酒瓶がお盆の中央にちゃんと置かれているかを目で確認した。
いつも九州からこちらに出てくるとこの店に寄り、散々飲み食いして帰っている鶴姫の祖父。
時には店主に内緒で小遣いをくれる彼のことは好もしく感じているのだが、今日の彼の声にはいつもの朗らかさが全く感じられない。何かに憤っているような、怒りを無理矢理抑え込もうとしているかのような、深い熱を秘めた話し方に三成の手と足が同時に動きを止めた。
この状況でこの部屋に入っていいのか。
本来なら腰をかがめた後お盆を膝の上に置き、声をかけてから部屋に入るべき場面なのだが。橘の間のすぐ側に来てみてわかったが、島津翁は確実に怒っている。何か重要な話をしていると思われるこのタイミングで部屋に入っていいのか。
気づかれぬように息を潜めながら考えるが、こうやってここにいること自体が客のプライバシーを盗み聞きしているのと同じだと言うことに気がつき、そのまま背筋を再度正して部屋に入ることにした。
「そんな話を受け入れる気はなかとね……勘違いするのもいい加減に………おお、三成どん」
「………お久しぶりです」
「酒を持ってきてくれたか。この芋焼酎の旨さときたら……三成どんもおおきゅうなったらオイと酒を酌み交わそうや」
「は、はい」
失礼します、と小さく声をかけ入った室内に満ちていたのは気まずいを通り越してぎすぎすとした空気だった。大きな卓を挟んで島津の逆側にいる数人の男性は島津の怒気にすっかり体を縮こまらせているし、彼らの側の料理にはほとんど手をつけられず刺身などは表面が乾き始めている。
島津の側にある皿はほとんどが空になっている、それはある意味救いだった。
大好物になりつつある巨大な鰈の煮付けが全く箸がつけられずに残っているのを見ながら、三成は島津翁の前に焼酎が満たされた瓶を置いた。そしてそのまま頭を下げ、客に背を見せぬようにゆっくりと後ろへと下がっていく。
豊かな白髭をたたえたこの老人は、三成には笑いかけるが眼前にいる大人達は厳しい視線で睨み付けたまま。三成が持ってきた焼酎の蓋を開き、手酌でコップになみなみと注ぐと、一気に飲み干してから憎々しげにこう口にした。
「だからオイは徳川の人間は好かん」
徳川、という単語に自然と三成の体が小さく強ばる。
島津翁の徳川家嫌いは昔からだった。徳川家に縁があるという理由で、鶴姫と三成が遊ぶことを反対していた時期もあったのだ。今は三成が徳川家と縁が切れたことを知っているので可愛がってくれるが、家康と会っていたらとんでもないことになっていただろう。
本家の御曹司なのだから、彼は。
もしかしたら今島津翁に気圧されている彼らに聞けば家康の居場所を知ることができるかもしれない。そんな考えがわずかに頭をかすめるが、彼らにいきなり家康のことを問うても、この状況では話すこともできないだろう。
彼らがこの店から出るときに、さりげなく聞いてみれば。
お盆を持っていない方の手をぎゅっと握りしめ、唇を噛みしめ。ゆっくりと頭を下げて部屋を後にしようとしたとき、背になにか硬い物が当たった。
当たりと触れてきた物の暖かさ方から考えると、多分人の体。
だが一応従業員の立場なので蹴飛ばされても文句を言うことはできない、もし店の外であればおもいっきり罵ってやるものを。
苛立ちを押し隠しながら頭を下げ、そのまま顔を上げずに横を通り過ぎようとした時。
「三成……………?」
昔とは違う低い、だが優しさを失っていない声。
すっかり大きくなり、三成より頭一つ分大きくなってしまった体。
そして何があろうとも変わらない、三成だけを見つめてくれる暖かい瞳。
どれだけ見た目が変わろうとも、間違え訳がない。
「……い……え…………やす…………」
「大きくなったな、三成は」
伸びた体をブレザーに包み、驚きのあまり硬直している三成を心配するかのように。
昔と変わらぬ動きで家康は、三成の頭を優しく撫でてくれた。
4
島津翁も徳川の大人達も苦い顔をしていた。
まるで三成と家康が会うことが罪だとでも言わんばかりに島津は家康から離れるように言ってきたし、それより柔らかい口調ではあったが徳川の人間も家康に三成から離れるように言った。
だがせっかく会うことが出来たのだ。
何があろうとも家康を離したくはない。あとで店主達に怒られ、もしかしたらもうこの店で働けなくなるかもしれない。それでも三成は大人達の声を振り切って、家康の手を掴んだ。
以前よりずっと大きく暖かい手が、無言で三成の手を包み込む。
「行くぞ家康!」
「三成………」
「今日は私がおごってやる、バイト代もあるのだ」
「ここでバイトしていたのか……元親に聞いておけばよかったな」
「あの脱衣変態は、そんなことも言っていないのか。次にあったら言っておかねばならないな」
「元親を責めるな。儂が聞かなかったのが悪い……まあ、よほど上手く聞かないと答えられないのだがな」
諦め混じりの笑い声が、長年の家康の孤独を伝えてくる。
ずっと彼は一人だったのだ。三成のように家族や友人達と当たり前だが暖かい日常を謳歌していたわけではなく、常に見張られながら孤独な時を過ごしていたそんな彼に何を言ってやればいいのか、彼と元通り暮らすためには何をすればいいのか。
わからぬまま手だけは離さぬように強く握りしめていると、惑いと怒りを口々に吐き出す大人達へ、家康が静かな目線を向けた。三成を庇うかのように肩を抱き寄せ、手だけでなく体も自分の方へと引き寄せると、そのまま集まる目線を者ともせず堂々と口を開き始めた。
「三成と少し話してきたい………島津殿、構わぬだろうか」
「それをオイに聞くか。徳川の総領息子は、こやつらに比べれば多少はましなようじゃの。少なくとも脳みそには藁灰以外の物が詰まっとる」
「今の状況では最高の褒め言葉と受け取っておこう。儂は今でも三成を『家族』だと思っている、それだけは信じて欲しい」
「わかっちょる……だが次はない」
島津と家康の間に、暗黙の了解のような物が存在する。
その事に気がつきはした三成だったが。その言葉を最後として話を打ち切り、三成の背を押すようにして部屋から遠ざかり始めた家康の無言の圧力という名のものに負けた形で、そのままその場所を後にすることになった。
跡継ぎが、敵対、という単語が聞こえてきたが。
それを三成には聞かせたくない、そうとでも言いたげに。
家康の指が愛おしむように三成の耳をくすぐってきた。
「三成~! 儂は嬉しい! 相変わらずふにふにで愛らしいな!」
「私は今仕事中だ! 抱きつくな!」
「久しぶりに会ったのにその態度はないだろう……」
「仕事は仕事だ」
皿の底にたまった汁などを一つの大皿に集め、形が似かよった皿を一カ所に集めていく。先に積み重ねてしまうと他の皿を運んでいる間に崩れてしまっていることがあるので、順に運んでいくのだ。
ここの客は相当行儀がいい客だったらしく、卓の端に皿を集めておいてくれているので助かっているが、隙を見せると抱きつこうとしてくる家康がどうにも邪魔であった。
これを終わらせて、早く休憩をもらいたいのに。
このままではサボっているとみなされて、さらなる仕事を頼まれる可能性が高い。
「別に貴様と話をしたくないわけでは……ない。これを片付けるのが私の仕事だ」
「儂も手伝う」
「駄目だ。これは私が頼まれた仕事なのだ!」
「三成は全く変わらぬな……」
「貴様も変わってない」
見た目は大きく変わった。
背は一気に伸びて半兵衛よりも高くなっているし、体に全体的に厚みが増した感じがある。しなやかな筋肉がその体を覆っている証であることを、秀吉と一緒に風呂に入ることが多い三成はちゃんとわかっているのだが。
なんというか、妙に気恥ずかしい。
昔は家康に抱きつかれても家の中であれば恥ずかしいとは思わなかった。むしろスキンシップ過多な家康を好んですらいたのだが。
秀吉ほどではないが、大きな男に全力で抱きつかれている姿は……なんというか道徳的にまずい気がする。着物を着て前掛けをしていると時折少女と間違えられる三成が、もう少し背が伸びればいかがわしい光景にはならないのだろうが……
これは少し距離を置くべきか。
鈴の音と皿を重ねる音を綺麗に調和させながら三成は思考を巡らせる。会えたことは嬉しい、こうやって会話する時間を持てることも。だが離れていた間の家康については知らないに等しいのだ。長曾我部は『元気だ』とか『無事っぽい』という言葉しか言わないし、かなりの頻度で送ったいた手紙もきっと家康には届いていないのだろう。
だから三成はまずこの言葉を言う。
「家康……私は元気だ。秀吉様も半兵衛様も……毛利も真田も……とにかくみんな元気だ。貴様が帰ってくるのを待っていた」
「…………そうか」
「一番待っていたのは私だ。何度手紙を送っても返事一つよこさない……のは、ま、まあしょうがないことにしてやる。だから………」
もう、離れない?
これからずっと側にいてくれる?
いなかった時間のことを問いたいが、口から出てくるのは哀願の言葉だけ。
今感じている満たされた手いるからこその充足感は、彼がいなくなった瞬間大きな悲しみへと繋がる。ようやく手が届く位置へ来てくれたのに、また彼は本家へ帰ってしまうのだろうか。
そんなことになってしまったら、自分は今後どうしていけばいいのだろう。
「……三成、携帯電話は持っているか?」
「一応持っているが……って、貴様………私の言いたいことがわかっているのか!?」
「わかっているから聞いているのだ。儂は一応こちらへ戻ってくることができたのだがな、まだ三成と共に暮らすことはできん」
「……………そう…………か…………」
「だが電話番号を教えあえば、連絡はできるだろう? こちらは向こうほど監視が厳しくないのでな、なんとかなる」
「貴様が怒られることになるのではないのか?」
「心配はいらん。儂を怒れる人間はもう………いや、こちらにはいないのでな。それに儂は約束を守らねばならない」
腰を下ろしたまま皿の片付けを続ける三成の視界が、急に陰った。
後ろにいて三成に抱きつく隙を狙っていたはずの家康がいつの間にか隣に移動し、そして隣に腰を下ろしたのだ。
「三成は己の仕事は自分一人でやりたいという……ならば儂も儂の仕事をするだけだ。三成を嫁にもらうという約束を守るための仕事をな」
「私がいつ貴様の嫁になると言った!」
「だが儂は必ず三成を迎えに来る。それが儂の決めた儂の仕事だ」
きっぱりとそう言いきり、家康は手を三成に向けて伸ばしてくる。
家康の手はいつも温かくて優しくて。三成を傷つける真似をしたことなど一度もなかったし、きっと今後もそれはないだろう。
だというのに。
「…………………………」
「どうした、三成?」
「いや、なんでもない………」
はずなのに、天井の蛍光灯の光を受け、陰影が刻まれた家康の顔を一瞬怖いと感じてしまった。
昔と変わらぬ穏やかな笑顔だというのに、
何故寒気を感じたのだろう。
背筋を駆け上がっていく震えを押さえ込みながら、三成は繊細な動きをする指先がそっと自分の髪を梳き始めるのを下を向いて唇を噛みしめながら受けいれたのだった。
5
毛利元就を起こしたのは、枕の下から響く鈍い振動だった。
うっすらと目を開け首を何度か振ってから、首を持ち上げると自分の頭を支えていた枕の下に手を差し込み震え続ける携帯をのろのろと取り出す。それを耳元にあて、聞き慣れてはいるがいつもよりかなり興奮している友人の言葉に適当な相づちを打っている内に、眠気に支配されていた思考がようやくクリアになり始める。
「そうか………今日は石田についていてやるがいい。家には……そうだな、貴様から電話をして迎えに来てもらうことだな。通常ならばそこまでする必要はないが………あれはそう感じたということを、我は良いことだとは思っておらぬ。それにしても真田、何故貴様がそこに………何? 団子のせパフェに釣られただと!? 何故割れを呼ばな……そうか、それならばよい。我はさすがに今日は行けぬが、明日には顔を出すのでな」
頼んだ、その言葉を最後に通話を終わらせ一つ小さくい苦をつく。
すっかり見慣れてしまった天井と独特の匂いがする部屋。学生の私室とは思えない、何に使うかわからない機会の山とそれが生み出す金属と油の入り交じった匂い。最初にこの部屋に来た時はまず換気をしたものだが、今ではすっかり慣れてしまってベッドの上で寝普通に眠れるようになってしまった。
部屋の照明をつけていないので薄暗いのだが、一番奥の机の上にあるライトだけが煌々と輝いており、机の前に座る青年の作業を手助けしている。
もそもそとベッドの上で動き始めた元就に、振り返ることのない背中が語りかけてきた。
「せっかく寝こけてたのに、起こされちまったな。真田のヤツか?」
「我は寝こけてなどおらぬわ………真田が、奇妙なことを言ってきた」
「奇妙なこと? 団子でも食い過ぎたか?」
「石田が徳川に会ったらしい、だがあれは徳川ではなかった……とな。真田の言葉はどうもよくわからぬのだが……石田の様子がおかしいそうでな。とりあえず家の者に迎えに来させるように伝えておいた」
「会っちまったか……厄介なことになんなきゃいいがな」
「貴様は徳川と連絡を取っているのだったな。いくつか貴様に聞きたいことがある」
「そうだな……話さなきゃいけねえか……」
椅子ごとくるりと振り返った元親は、そのまま足を組み直して元親の方へと向き直った。
大学生になり、交友関係も広がったというのにこの男は元就との関係を変えようとはしない。気がついたら側にいて、いつの間にか互いの家を行き来する関係になって。今では彼の家に泊まってベッドの上で惰眠を楽しむことすらできるようになっていた。
人など、大嫌いだったというのに。
自分のことなどわかってくれなくてもいい、自分だって他人を理解したくないから。そういうスタンスで生きるはずだった元就の計画をいきなり崩してくれたのが三成や幸村だったのならば、誰かと一緒に生きてもいいと思わせてくれたのが元親だった。
相変わらず人間の醜さを受け入れる気は無いが。
友人をのことを案じ、彼らのためになる行動を取る。そういう行動を取ることができるほどには、元就も大人になっていた。
「で、貴様は何を隠している? 石田に徳川について話す時も、貴様は徳川の現状について話しはしたが、徳川が何を思い何をしているのかを細かく話そうとはしなかったな」
「俺は細かい話は苦手なんでな……家康がこっちに戻ってくることになった理由だけ話す」
「戻って来ただと!? 何故それを、言わなかった!」
「言っちゃいけねえ、俺はそう判断したんだよ。アイツ……家康なんだがよ………本家の使用人半殺しにして、家から追い出された。笑ってたそうだぜ、その時」
「っ!!」
元就も家康のことはよく覚えている。
人なつっこいというか、無駄に周囲に気を遣って明るくしているというか。優しいのに中々本音を見せないので元就はあまり進んで付き合うことはなかったが、三成にとって自慢の兄だったのは彼の言動の端々から見て取ることができた。
あの表情が少し乏しい友人は、誰が見てもわかるほどに家康を慕っていたのだ。
気むずかしいわけではないが、人付き合いをあまり好まない三成がそこまで慕っていた家康が、そんなことをできるわけがない。
そう思いはするのだが。
「相手はまだ病院だとよ。石田のヤツが送っていた手紙をそいつが処分していたのを家康が見ちまったらしいが………いくらなんでもやりすぎだ」
「我でもそう思うが、徳川に何があったというのだ?」
「本家での暮らしがどんなもんだったのか俺は家康の話でしかわからねえが、あの家康がそこまでになっちまうほど……だったんじゃねえのか? さすがの俺も、これで石田の元へ戻れるって笑いながら電話をしてきたんでな、もうてめえにはつきあいきれねえって電話を切っちまった………」
「貴様にしては随分気の短いことだな」
冗談めかしてクスッと笑ってやったのだが、元親の顔は苦々しげにしかめられたまま。
「あの家康の笑い声がな、まだ耳から離れねえ。本家の奴らも家康を押さえ込んでおくのはもう不可能だと思ったんだろうよ。どうせアイツが成人したら、今は一族で管理してる親父さんの財産はあいつのモンだ。機嫌を損ねるよりは好きにさせた方がいいってわかったんだろうさ」
「自分たちも殺される、そう思ったのだろうな。だがこれからも貴様と家康のつきあいは続くのだろう? どうするつもりだ?」
徳川の家と元親の家は家康の父親が没するまでは親しくつきあっていたらしい。
今後も家康が徳川家を告ぎ、元親も父と同じく祖父の事業を付き合うことになるのならば、当然社会人としてのつきあいが待っているはずなのだが。
はたしてこの直情気質な男が、普通に付き合っていける物やら。
まだ布団の中に残っている下半身に、寒いわけでもないのに布団を巻き付け直す。何故だかわからないが、今そうしなければならない。
そう、思ったのだ。
「俺はジジイの会社は継がねえ。ジジイの持ってる会社には入れてもらうつもりだがよ」
「工大出の社長でも良いと我は思うのだがな。それにあの会社を貴様が継がねば困るだろうに」
「困りゃしないさ、俺は外孫だ。もし継がなかったとしても、鶴の字の婿が継ぐだろうよ」
「……………………………」
小さな違和感だったが、それは更に元就の背筋を冷やしていく。
確か元親の従姉妹達は全て女性で、男は彼一人。おまけに元親の祖父には娘しかおらず、全て外に嫁に出て行ってしまっているのだ。
後を継ぐことができるのは元親か、従姉妹達の婿の誰かと言う事になる。
「…………長曾我部、貴様の言い方が間違っているのか、我が余計なことを考えているのかわからぬが……」
「なんだ?」
ニヤニヤとした元親の顔、そしてこの段階で彼はようやく椅子から腰を上げ自分の物であるベッドに静かに腰を沈めた。少し距離が近くなったことでこの意味不明の寒気も消えるかと思ったが、それは消えることなく。
微妙に明るい部屋の中、どことなく切なげに聞こえる元親の笑い声。
「ジジイなんだがな………息子がいたんだよ。俺のお袋のすぐ下の弟」
「息子と言うことは、貴様の叔父ということになるのか。だがそれがなにを………っ!」
「いるんだよ、ジジイの内孫ってやつがな。年上女にたぶらかされて二人で駆け落ちした挙げ句、二人ともあっさり病気で死んじまったらしいが………まだ生きてるんだよ」
「だから貴様は好きなことをしている訳か」
「ジジイもわかってんだよ、俺にはこっちをやらせた方がいいってな。向こうの家も跡継ぎがいない状態だから、将来的には取り合いになるんだろうけどよ。ジジイはまだ何も話すつもりはないみてえだな」
寒気が最高潮に達した瞬間、いつの間にか側に来ていた元親が優しく肩を抱いてくれた。そのまま強く引き寄せられるが、いつものように怒鳴りつける気にはならない。
両親を失った子供。
跡取りとして望まれている。
まだ何も話していない。
その全ての要素を兼ね備えており、元親の祖父……島津翁に気に入られている人間を、元就は一人しか知らない。
「石田が……貴様の従兄弟ということか?」
「DNA鑑定の結果も出てる。髪の毛とへその緒なんで、完全な結果にはならなかったけどよ、98%以上の確率でジジイの孫だとよ」
「石田から髪の毛を盗んだのは貴様か」
「あのジジイに脅されて、俺が逆らえると思うか? まあジジイも石田に継がせるかどうかはまだ悩んでるみてえだしな、俺としてはあのままでいさせてやりたい。だけどな、ジジイの徳川嫌いは有名だ、今後何があろうとも家康とはつきあわせええだろうよ」
「………ロミオとジュリエットのようだな、この時代に馬鹿馬鹿しい」
「俺だったらあんな目つきの悪いジュリエットはいらねえんだがな。もっとこう……口も根性も悪いが、友だち思いの花が似合うジュリエットが……」
「勝手に一人で囀っておれ」
と言ってはみたものの、元親のぬくもりは離しがたく。
べたべたとくっつきながら話しかけてくる元親の言葉を半分聞き流しながら、元就はきっと家人が迎えに来て家路についているであろう友人のことを考える。
彼がいたから友人と呼べる存在ができた。
彼のおかげで元親にも出会えた。
だが、元就は彼に大好きな存在を与えてやることはできないのだ。本人が知らぬ間に大人達によって作られてしまった、家康と三成の仲を阻む壁。
一体どうやって切り崩せばいいのやら。
冷たくなってきた手も布団の中に押し込み、抱きついてくる元親に身を任せながら。自分の幸せを喜ぶのと同時に、友人の前途に待ち受ける闇を思い。
元就は元親の胸に頭を擦り寄せながら、重いため息をついた。
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ということで、みんな少しだけ大人になりましたとさ。
中学生編は、ある意味毛利編なので……この後から彼とちょかべのひとがメインになっていく予定です。ここで毛利の問題を終わらせておかないと、高校生編が大変なことになるのでw
ということで、久方ぶりに拍手更新もしたので色々続いていきます、と。
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色々説明
拍手現在豊臣家転生パロ中学生編入ってます
(現在2本 家三 チカナリです)
注意事項
・フリーリンクじゃないです、基本的にはリンクはお断りしています
・ひっそりこっそりが信条なので、黙々と
・捏造、not公式のこばなしが多いので、スルー推奨
ラキドでは幹部全員を溺愛しておりますが、ベルナルドとイヴァンは特に偏愛。ばさらは家三とか奥州の愉快な仲間達と毛長がメインです。うずみさんが現在官三とか官佐にずっぽりとはまり中。
基本は、愛想のかけらもない「ネット怖い~」の書き手が二人で色々書いている場所です。
書いている人
みっし
・生真面目で堅物でムキムキな男性と一見そうじゃなくても根は真面目極まり ないキャラをこよなく愛している、がんかたうるふの片割れ。編み物とお菓子作りが趣味という、第三者曰く可愛らしい一面を持つ反面、パニクると踊ったり、オロオロしだして周囲は見ていて楽しいらしい。荒ぶる舞は、職場の名物だったりする……らしい。
イヴァンちゃんと片倉さんとシズちゃんとスカイハイさんと陛下を思いっきり愛している。好きなアニメは銀魂と最近はFate/zero。型月ファンというよりは元から虚淵ファンでうずみさんからオススメされまくった末にようやっと手を付けて完読した。ライダー組おいしいです。エクシリアではダントツで陛下が好き。陛下が使用可能になる完全版があるなら複数買いしても構わないとのたまう日々。バサラの好きキャラは片倉さん一強だったはずなのに最近はアニキも熱い。かっちり着込むキャラがすきだったはずなのにいきなり露出度が高いキャラを好きになったのは何故か悩む日々。二次元の向かう愛と同じぐらい甥っ子への愛を叫んでいる気がしてならない。
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・相方を愛しすぎている変な人。趣味は畑仕事に漬け物作り、好きな物は不幸属性の美人(男女問わず)。ばさらでは石田さんと黒田さんをこよなく愛していたり、赤い子めんこいにゃぁとたまに叫んでいる。ついったのフォローは下 のアイコンから。
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