こちらはサークル「がんかたうるふ」のうずみとみっしの二人組が、ラッキードッグ1とばさらのこばなしを黙々と投下する場所です。
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ということで、うずみです。
みっしさんではありません、うずみです。
前からやるよやるよと言っていた、親三連載ようやく開始です。
とりあえず七章で完結予定、だらだらのんびりと続けていく予定です。
もう一度書きますが親三です、三親ではないですよ。
それでもよろしいという方はどうぞ。
(書いた人 うずみ)
*****
『ともえうた』
壱章
「わだつみの」 壱
壱章
「わだつみの」 壱
戦無き世が長曾我部元親に与えたのは、平穏ではなく果てのない闇であった。
元親の身体の重みを受けると、屋敷の床は音を立てて軋む。
それはこの建物が老朽化したということであり、元親が己の本拠地として利用しているここが一度も敵襲によって破壊されたことがないことの証でもあった。長曾我部家の現当主である元親が生まれる前に建設され、今でも元親をアニキと慕う近臣や数少ない身内の者たちの住まいとして機能している屋敷の玄関。
沓を固定する紐を締め、外に出ようとしていた元親の動きを止めたのは父の代から仕えてくれている老臣の厳しさが込められた言葉であった。
「元親様、どちらへ?」
「明日には毛利の所にでなきゃならねえからな、あいつをひろって船の支度をしてくる」
「またそのような格好で……」
「こっちの方が気楽なんだよ、動きやすいしな」
「ですが領主たるお方がいつまでも戦装束で出歩いていることが徳川に知られれば……」
「俺の気性を家康はわかってる、お前が心配してるようなことはねえよ」
「それはわかっておりますが、この頃の徳川家の動きは……」
小言なんだか忠告なんだか。
頭に白い物が近頃一気に増えてきた細身の老人、彼に向けて肩越しに手を振って話を止めようとするが一度話し始めた男の口は止まろうとはしなかった。
「非戦だの不殺だの言っておりますが、徳川のやり口は卑怯そのもの。兵を出して民を殺さぬだけ……魔王よりも汚らしい手を……」
「あいつは俺のダチだ、それ以上は言うな」
「元親様が家康殿の友人であるから我らはお目こぼしを受けているだけ。他国は大変な有様だと聞き及んでおります」
「……争いのない国のため……あいつはその願いを叶えるために少しばかし焦ってるだけだ、俺はそう信じてる。毛利の所にもその話をしに行く……だから心配するな」
言葉の間に吐いた息に小さな悲しみを滲ませ。
しかしそれを決して周囲に見せないようにして、元親は沓の紐を一気に締め終えた。いつもよりもかなり雑になってしまったが、走り回ったりしなければ歩くのに支障はないだろう。
それを確かめるために立ち上がると、沈み始めた日が生む光が元親の目を軽く細めさせる。
なおも続く置いた男の声を振り切るように足を前に進めると、事前に馬番に頼んでおいた年老いた鹿毛が屋敷を出てすぐの木に繋がれていた。
足は遅いし長時間走るとすぐ息が切れてしまう年老いた馬だが、重い荷物を載せても耐えてくれるので荷物を載せての近距離の移動では重宝していた。昔はこの馬に乗って碇槍を背負って四国中を駆け回ったものだが、その頃の雄壮さを優しい目をした馬はもう失ってしまっていた。
時間は流れ、元親は多くの物を失い、そして得た。
昔は元親を探す時の目印とも言われていた碇槍、あの重い鉄塊持ち歩く必要はもう無い。他国の将たちから命を狙われることがないので、常に護衛を付ける必要もなくなった。
自分の領内を自由気ままに動き、思うがままに過ごすことができる生活を元親は喜びと友に享受していた。しかし荒れ狂う波を船と共に越え、雲が過ぎ去り開けた空を見た時のような生の実感を伴った喜びが今の暮らしには存在しないのだ。
戦は荒らしに狂う海のように元親を翻弄し、試練を与えた。
宿敵である安芸の毛利元就と何度も殺し合い、自国を守るために犠牲を払い続け。ようやく得ることができた平和を、元親はどことなく空虚な物だと感じてしまっている。
何が足りない?
自分は何を求めている?
幾度自問自答しても答えは出ず、かわりに元親の心を浸食していくのは全てを壊してしまいたいという黒い欲求であった。また戦乱の世に戻ることができたら、己の才覚で全てを守る機会を与えられたら。今度こそ失敗せずに、四国だけでなくこの近隣の海を全て手に入れるというのに。
友である家康がが平和を望み動いているというのに、そんなことを考えてしまっている。そんな自分に嫌気がさして家康に会いに行かなくなってから、もう数年が経過してしまっていた。四国に家康を招くことができない事情もあり、自然と彼と疎遠になってしまっていたが元親はあの闊達で素直な友人のことを片時も忘れたことはない。
自分の魂を半分分けてもいい、そう思うほどに今でも彼を大切に思っているのだ。
だから家康を批判する言葉が部下たちから出れば即座に否定するし、遣いが伝えてくる徳川家の決定に異を唱えたこともない。元親の態度を遣いを通じて家康も知っているのか、四国は他の領地ほど強い締め付けを受けてはいなかった。
それをありがたいと感じるべきか、それとも。
一瞬だけ家康に対する罵倒に近い言葉が脳裏をよぎったが、無理矢理打ち消して無理矢理足を大きく動かした。風に合わせて小さく揺れる手綱を手に取り一気に馬の背に己の身体を乗せると、元親の意図をに察しれくれたのだろう。かなりのんびりとした動きではあったが小さな嘶きと共に馬の足が動き出した。
「じゃ、ちょっと出てくるぜ。留守は頼んだ!」
「わかりやした、アニキ!」
「明日の準備頼むな」
「へい!」
「元親様……!」
「話はまた後でな……日が沈むまでには帰ってくる」
嗄れ始めている老いた声が追ってくるがそれは無視して、元親は海に面した崖の上に聳え立つ屋敷を後にした。
鮮やかな濃い色の夕の光が辺りを染め、空は少しずつ夜の闇を迎え入れ始めている。うっすらと空に流れる雲を何度か目をやりながら、元親が目指すのは崖の下にある砂浜であった。
潮風を受けても決して弱ることのない松が建ち並び、白くきめの細かい砂に満ちたその場所ではこの時間になると子供たちが遊ぶ姿を見ることができる。昼の間は大人たちに混ざって畑作業を行う彼らは、日が沈むまでの短い時間しか遊ぶ事を許されていないのだ。
大谷吉継の謀略によって、四国の一部は壊滅的な打撃を受けている。
この地域はほとんど被害を受けていないが、それでも日々の生活の糧を手に入れるには畑を耕さねばならないのだ。元親も製作した農作業用のからくりを貸し出したりして農民たちを助けてはいるが、細かい作業には人手が必要。
近場の農民の子供たちには時折読み書きや算術を教え、見所のある子供は登用する。そんな元親の策は少しずつ実を結び始めてはいるが、まだ欲しい物はたくさんあるのだ。
四国の未来を背負ってくれる有能な人材。
新たなるからくりを作るための物資。
民を飢えさせないための備蓄できる食料。
昔は他国から奪うことでそれを賄っていたが、もうそれは許されない。己の持つ領土の中で、己を慕う民たちを守らなければならないのだ。
胸の内に広がっていくどす黒い闇に身を任せ、自ら争いを引き起こすような真似をしてはならない。
そう自分に言い聞かせ、片腕であり守り刀のような存在もいてくれる。だから今のままで、ずっとこの緩やかな日々に浸りながら幸せに。
長曾我部元親は生きていくつもりだったのだ。
「……お……いたな」
馬をゆるりと走らせ、なだらかな坂を下って浜へと到達した。
砂浜を走らせると足を痛めてしまうので、土と砂が混ざり合い柔らかくなってきたところで馬を止める。堅くごわついた感触の鬣を指先で撫でてやり、近くにあった松の木に繋ぐと元親は光を受けて白さを失っている砂浜へゆっくりと歩き出す。
僅かな突起物すら存在しない平坦な砂浜の真ん中に、元親が探している人間はいた。
「こんなところで何やってんだ?」
「……長曾我部か、どうしたのだ?」
「明日出立だからな、船の様子を見に行くんだよ。ついでだからお前も誘おうと思ってな……って、お前……何背負ってるんだよ……」
「すずだが」
「いや、そうじゃなくてよ……お前が何で平太の妹を背負ってるんだよ」
「岩場に貝を捕りに行くと言ったのでな、すずを海に落としそうだったので私が預かった」
「そういうことか……」
元親とよく似た色合いの髪、そして僅かに低い背丈。
数年前に彼を拾った時は視線だけで人を殺せそうな程殺気に満ちていたが、今の彼は無駄に長く伸びた前髪を風に任せるがまま。背に負ぶい紐で手足をぱたぱたと動かす赤子を背負い、淡い藤色の袴の裾を脚絆でまとめ上げ。
赤子の大きなその動きに負けて時折身体を傾けながら、彼は目元をほころばせながら元親へ微笑みかけてくる。
凶王。
昔は彼のことをそう呼ぶ人間がいた。
だが今の彼は周囲が認める元親の懐刀であり、時折心の闇を制しきることができなくなる元親にとってなくてはならない存在であった。
誰よりも愛おしく、誰よりも自分を理解してくれる。
そんな相手の名を愛おしさを込めて呼びながら、元親は手を伸ばして彼の手を掴み取った。海風に長い間吹かれていたからか、手はいつもよりずっと冷たかったが。
彼は、石田三成は必ず自分の手をそっと握り返してくれる。
元親は彼のそんなところを好ましく思うのと同時に、彼への思いを再確認する。
「なあ石田……本当に毛利の所に行ってもいいのか?」
「私が行かねばあの男は機嫌を損ねるだろう」
「確かにそうだけどよ……」
「あれらに会うのは少々どころではなく苦痛だが、可愛らしいところもある。そう思えば耐えられるというものだ」
「…………悪い」
両手を合わせて頭を下げると、彼の呼気に笑いが含まれる。
「冗談だ、気にするな」
「俺……すげえ気にしてたんだけどな……」
「苦痛なのは事実だ。しかし私がここ以外で大手を振って歩けるのは安芸領内だけ……遠出をすることに喜びは感じている」
「そうだったな」
「私は……『石田三成』という男は、死んだ者として扱われているのだろう? ならば死者は死者らしく慎ましやかに過ごさなければならないのだがな」
「……い、石田……あのな……」
率直すぎる三成の物言いに思わず言葉を詰まらせてしまう。
三成は気にせずに放った言葉だったが、それは元親の心に残ったふさがりかけた傷口を一気に開く力を持っていた。
四国壊滅の首謀者である大谷吉継を討った元親はそのまま宿敵である毛利との最後の決戦に臨み、三成は残された軍をまとめ家康に挑み。
そして一度死んだ。
長曾我部軍との戦いで大きく数を減らした石田軍が無謀にも徳川軍に挑んだ。
その一報を聞き、全てが片付いた後に貴様のものになると言った三成を案じて慌てて決戦の場に駆けつけた元親が見たのは荒れ果てた大地とそこに横たわる三成の遺骸。
いや、遺骸であったものと言った方がいいのか。
身体は冷たくなっていたがかろうじて息を繋いでいた三成を連れ、慌てて戦場であった場所から離脱し。船の上での必死の手当が功を奏してようやく目を覚ました三成だったが、彼は全てを失ってしまっていた。
『石田三成』という男の人生の記憶の全てを。
それでも生きるための必要最低限の常識は覚えていたし、豊臣軍時代に蓄えた圧倒的な戦と領地運営のための知識は全て彼の内に残っていた。その今までの経験に基づいた施政者としての能力に助けられ、四国は凄まじい速度での復興をなしえることができた。
しかしこの事実を徳川家に知られてしまえば、三成の命だけでなく四国自体が危なくなる。
石田三成が生きていることを知れば、間違いなく追っ手が差し向けられる。それだけではなく、これを好機と見て四国を元親から奪おうとする可能性もあるのだ。
確かに家康がこの国を治めるようになってから、戦はなくなった。
だがかわりに家康が天下人として行ったのは、天下分け目の戦の際に自分に力を貸さなかった者から土地を奪うことであった。その地を知り尽くした領主を引きずり下ろし、かわりに自分の臣下に治めさせる。徳川家の治世を盤石のものにするためなのはわかるが、合理性のみを優先すれば当然歪みが出てきてしまう。
自らの治める地を知らぬ新しい領主は、わからぬがままに国を治め、そして傾けていく。
そうなった土地は多くの餓死者を出し、他の領地へ逃げようとする流民を多く出すことになる。自分たちがそういう結果を生んだというのに、徳川家は流民を禁止し民を無理矢理生まれた土地に戻そうとするのだ。
これではこの国が壊れてしまう。
自分たちの領土だけではなくこの国を守るために家康を説得し、彼の政をよりよい方向に導く。毛利とその話をするために明日安芸へと向けて出航するつもりだったのだが、三成にこんなことを言われてしまったら元親はどうしていいかわからなくなってしまう。
記憶を失う前の自分が復讐の名の下に何を行い、人々を苦しめたかを三成は知ってしまっているのだ。
今の彼は石田三成の名と心を持っているが、凶王と呼ばれた存在ではない。ぶっきらぼうで感情があまり感じられない話し方をするが、元親をよく気遣い補佐をしてくれる優しくも心強い男なのだ。
「長曾我部、沓の紐が緩んでいる。これでは砂が入る」
そう、こんな細やかなことにも気がついてくれるくらいに。
周囲の人間に言わせれば元親の事だけは本当によく細かく気がつくらしいのだが、当の本人にその自覚はあまりない。石田はよく気がつくし、何でも手伝ってくれるし、おまけにいつも自分の事を案じてくれる。
生涯の伴侶としてこれ以上の相手がいるわけがない。
性別が男なのが唯一にして最大の難点だが、元親は自分に子がいても後を継がせる気はなかった。四国を滅亡させそうになった男の子供が、何もなかったかのようにこの地を手に入れるのはおかしい。
継ぐべき才覚と平和を心の底から望むことができる相手が見つかれば、その相手に領主の座など渡して三成と共に旅に出た方がいい。今はそんな相手を見つけられないからこうしているだけであって、元親は基本的には自由を愛する海の男。
四国という枠に閉じ込められる生活が窮屈なのは事実だった。
「お前を拾ってすぐに船の様子を見に行くつもりだったんでな……まさかお前がそんなもの背負ってるなんて、普通は思わねえだろうが」
「そうか、それはすまなかったな」
全くすまないと思っていないあっさりとした口調で三成はそう言い返してくる。
そうしている間にも背に背負っている赤子は、三成の襟足の髪を掴んだり脇腹の辺りを蹴飛ばしたりと元気に動き続けていた。この状態の三成を連れて行けば、元親は平太の妹を三成ごと誘拐した男としてしばらくの間子供たちに罵られ続けることだろう。
時折彼らに読み書きや算術を教えているので、三成は子供たちには先生として慕われている。彼が自分以外の誰かに愛され、交友の輪を広げていくのは望ましいことであったが罵られるのは本意ではない。
なのでもう少し待とうかと考えていると、ふと三成が身体を屈める。
「石田?」
「歩きづらいだろう、直してやる」
急に身体が下に落ちたからか、すずという名の赤子は不満げな声を上げながら手を振り回して三成の肩あたりを叩き始めたる。そんなすずを宥めるために元親は手を伸ばしてふわふわとした髪の毛を撫でてやるが、彼女の機嫌はそれでは直らなかったらしい。
手早く元親の沓を押さえ込む紐を直していた三成の背で、大きな声を上げて泣き叫び始める。どれだけ剛胆な男でも、目の前で赤子に泣かれるとどうしていいかわからなくなるもの。
「すずを泣かせたな」
「ち、違う! 俺はこいつをどうにかしてやろうと思ってな……」
「泣かせたのは事実だ。謝罪は平太たちにするのだな……そろそろ戻ってくるようだ」
金切り声を上げて身を捩るすずの声でよくわからなかったが、耳のいい三成は気がついていたらしい。風に乗って聞こえてくるのはたくさんの子供たちの声と、彼らが持っている皮の袋の中の物が立てる堅い音。
そうやら今日は大漁だったらしい。
「おい、もとちかがすずを泣かせてるぞ!」
「わるいやつだな、やっつけろ~!」
「きょうもおにたいじだ!」
口々にそう言いながら元親に向かって、あちこちに継ぎの当てられた着物を着た子供たちが突っ込んでくる。
「おい石田、助けろ!」
「無理だ。諦めて素直に謝罪するのだな」
「こいつら、謝っても聞かねえだろうが!」
そう言っている間にも、夕日で赤く染まった白砂を蹴立てて走ってくる子供たちの一団は元親に突進という名の体当たりを食らわせてきた。
「ど~ん!」
「え~い!」
「おにたいじ!」
一人や二人ならいいが、さすがにそれ以上になると元親も耐えられなくなる。
柔らかい砂の上に背中から落ちることになったが、咄嗟に子供たちを自分の胸の中に引き寄せ砂の上に落ちぬようにすることができた。これも子供たちにとっては遊びの一環、なので三成も止める事はないがこの子たちに怪我をさせるわけにはいかないのだ。
ちゃんと子供たちを庇った元親に、しゃがんだままで事の推移を見守っていた三成も満足したのだろう。
「平太が戻ってきた……貴様について行くとするか」
隠しきれない元親への尊敬と思慕を言葉の端に滲ませ、首をひねってもう泣き止んでいたすずの方へと顔を向ける。
記憶を持っていなくとも、彼は素直に感情を表現する。
砂浜に寝転び子供たちとじゃれ合いながらそのことを改めて理解し、元親はその言葉を小さく口にした。
今まで何度も、心の中だけでなく実際に口にした大切な言葉を。
「……好きだぜ、石田」
途端に自分たちの方が石田先生が好きだと口々に子供たちに叫ばれ、耳を塞ぎながら首を振っていた元親だったが。
三成が首筋までも赤く染めて、顔を見せないように背けていたことだけは見逃さなかった。
東照権現とまで呼ばれるようになった男、徳川家康がこの国を統一したのは数年前のことだった。
この国全てを巻き込む多くの死者を生み出した戦は終わったが、後に残ったのは荒れ果てた田畑と疲弊しきった民たちだった。生き延びた国主たちは揃いも揃って国の立て直しに追われ、それと同時に新しい国作りを進める徳川家が提示してくる無理難題にも対処しなければならない。
荒れた田畑に手を入れ直し、貿易に力を入れ。
兵が失われた事によって街道に潜む夜盗すら取り締まれなくなったので、元親自らが街道の警備を請けおったこともあった。自分をアニキと慕う熱い忠誠心と高い能力を持ち備えた部下たちを多く失ったことは大きな痛手、しかし元親は必死に働き続けた。
寝食を忘れて動き回る元親を三成が支え、自己主張はしないが確実に復興を進めていく彼の姿に長曾我部家の重臣たちが信頼を寄せるようになったのはあっという間のこと。元来海の男は細かいことを気にしないもの、記憶を失った三成の素直さと真面目さは厳ついが人情に厚い男たちの心を捕らえたのだ。
たとえ彼が天下を治める徳川に弓引いた男でも、今は長曾我部家を支える仲間。
表だって周囲を引っ張る元親と、影で細かい仕事を片付ける三成。
二人が国を動かす両輪として働いたことで、四国の復興は各地の領主たちの目を引く程の速度で進むことになった。
四国はどうしてあそこまで早く復興できたのだ?
周囲の国の者たちがそう影で言い交わしていることは知っていた。元親は上に立つ者として必要な能力は持っているが、それ以外の欠点も抱え込んでいる。からくりの建造に己の持つ財を無尽蔵につぎ込むし、一時の勢いに任せて無謀な行動を行うのもいつものこと。国政に絡む金勘定は基本的に苦手、元親はそういう男。
そんな元親がたったの数年で、荒廃しきった四国を立ち直らせた。
各国の者たちが自分の国にもその手段を使えないかと四国の視察を希望していたが、元親はそれを全て断っている。一つの国から人を受け入れれば、全ての国に対応しなければならなくなる。今の四国の状況ではそれだけ多くの客人を迎え入れることは無理なので、また次の機会にして欲しい。
何度もそうやって断っているが、元親が他国の人間の来訪を拒む理由は別にあった。
「お前……本当にその歌好きだな」
大きく窓を開け放った寝所には、丸く満ちた月からの光が注ぎ込み続けている。
その中央でごろりと褥の上に横たわっている元親は、少し離れた場所で窓に向かって正座をしている三成に聞こえるように大きな声で話しかけた。
こうやって月を見ている三成の口からは、常に優しい旋律の歌が流れ続けている。だからこそ自分の存在に気がついてもらうのに苦労するのだが、元親はこの一時をこよなく愛していた。
純白の夜着に包まれた三成の伸びた背筋が、声が紡がれる度に小さく動く。
きいろいたちばなころりとおちた
おててですくってかえりましょ
たくさんならべてことりをよんで
いとしいあのこにささげましょ
あのこわらえばおひさまたかく
おつきさますくってかえりまししょ
わらうあのこがなかないように
ひかるたからをあげましょう
子守歌としてはかなり物騒な歌詞、童の遊び歌にするには明るさが足りない。
三成の身体を包む月の光のような暖かさを持ちながら、歌う三成の声は冷徹というか感情がこもっていないというか。教えられた言葉を教えられた音階で歌っている、そんな印象を聞く度に受けてしまう。
消えてしまった三成の記憶、しかしこの歌だけは彼の中に残り続けていた。
誰が三成に教えたのか、そして何故これだけを覚えていたのか。当然三成が知るわけはないし、元親には知る術はない。
わかることはといえば、この歌を三成が歌うのは今日のように月が満ち雲に隠されていない夜が多いということだけ。時折近所に住む子供の守りの際に歌っていたりするが、それも一人の時が多い。
つまりこの歌をこんなに近くで聴くことができるのは元親だけなのだ。
「おい石田、そろそろ寝ないのか?」
「もう少し今宵の月を見ていたいところだが、明日は早いのだったな」
「日が昇る前に出りゃあ、次の日の朝には安芸に着くだろうから。毛利も嫁さんがまた寝込んじまったらしいんで、精のつく物でも届けてやるか」
「あの奥方殿には常日頃世話になっている、何か考えなければならないな」
「あんな気のいい女が、なんであのしかめっ面野郎の嫁やってんだか」
「貴様が私を選んだのと同じだ、蓼食う虫も好き好きということだろう」
顔を僅かにしかめながら立ち上がり、元親の横たわる褥に三成は近づいてくる。
四国の領主とあろう者が寝所に妻を侍らせず、かわりに抱いて眠るのは男。普通ならば臣下たちに忠言という名目で諫められるが、四国はどうもおかしいというか。アニキが愛しているのであれば男だろうが獣だろうが受け入れる、それが家臣たちの方針なのだ一度も問題になったことはなかった。
逆に三成が恐縮する程に、元親の愛する野郎どもたちは『アニキの大切な人』を尊重し守ろうとしている。
誰かに大切に思われているからこそ、自分の精一杯の力で周囲の人間に同じ物を返そうとする。記憶を失う前、まだ覇王豊臣秀吉が生きていた頃の石田三成もそういう人間だったらしい。
直情すぎて周囲に誤解を与えるが、根は素直で真の意味で人を愛することを知っている。
昔家康がそう言っていたことを元親は覚えている。熱を帯びた言葉で何度も語る家康に男に惚れるなよと言い、以前の自分は顔を真っ赤にした彼に怒られていた。
だがそう言っていた元親が三成に心を奪われてしまっているのだ、自分と寝所を共にする三成を見て家康は何を思うだろう。
元親はしょうがないなと笑うか、それとも……
「女は甘い物が好きだからな、この間島津の爺さんお抱えの商人と取引をした奴がいたはずだ。当然砂糖も仕入れてるだろうよ」
「琉球から安く仕入れて他国に高く売る、商売上手にも程がある」
「それでも俺がガキの頃よりはずっと安くなったんだぜ?」
「そうなのか。私は過去のことは覚えていない……だからわからぬ事が多い」
「気にすんな、俺は今のお前が側にいてくれればそれでいい」
肌を僅かに湿らせる暑い空気に眉をしかめながら、自分の枕元に辿り着いた三成の方へと手を伸ばす。そのまま腰を抱いて腕の中に招き入れようかとしたとき、淡い色の髪を月の光で輝かせている三成から思いもよらぬ拒否の声。
「だが断る」
「どこがどうなったら、だが、が出てくるんだよ!」
「貴様……今の自分の格好を考えてみろ」
「自分の格好? 見てわかるだろ、裸だ」
「何故裸の貴様にあらゆる物を押しつけられながら眠らなければならないのだ!」
「押しつけられるどころか、いつも突っ込んでるだろ!?」
「そういう問題ではない!」
確かに身につけているのは眼帯だけ、下帯すら身につけていないので三成からは元親の裸身が全て見えるのだろう。
嫌そうに顔をしかめながら元親から離れようとしているが、石田の太もも辺りの布と手首を掴んだ手にはおもいっきり力を込めている。早さでは元親に勝るが力では劣る三成では、この手を振りほどくのは難しいだろう。
「来いよ」
そう言いながら手を軽く引くと、三成は全てを諦めたのだろう。
低いため息と共に、素直に元親の裸の胸の中に飛び込んできた。上半身は胸に押しつけられているのだが、陰部丸出しの下半身には触れたくないのだろう。褥の中で斜めになりながら、己の位置を模索し続けている。
そこまで全裸を嫌うこともないだろうにと思いながら、三成の頬を撫で目尻に唇を触れさせる。本当なら額に唇で触れたいところなのだが、三成の前髪は額をほぼ覆ってしまっている上に量が多い。
なので試行錯誤の結果、二人の夜の時間の始まりの合図はこういう形になった。
互いの思いが向くままに身体を重ねる日もあるし、互いの目が閉じるまでその日あったことを話し合うだけということも多い。しかしその話の中で四国が向かうべき道が決まることがあったりするので、二人はこの時間を何よりも大切にしていた。
二人の今後の行くべき道を確認し、互いへの思いを再確認する。
元親が遠出していなければほぼ毎日、二人で積み上げてきた時間は相手に向ける愛情を強固にしてくれるのと同時に四国を繁栄の道へと導いている。
そして今日も、口では辛辣なことを言いながらも元親の手に頬を強く押しつけている三成の顔を見つめながら、二人の時間は始まった。
「なあ……石田」
「今日は駄目だ」
「わかってるさ、俺も毛利に気取られることはしたくないんでな」
「だが共に眠ることだけは……貴様が下帯を身につければ許可しよう」
「このぶらーっとした感じがいいんだけどよ……」
「斬滅して欲しいのだな、わかった」
冷ややかな声と共に、三成の手が枕元に伸びた。
その手がいつもそこに置いてある小刀を探しているという事実に気がつき、慌てて元親は三成から身体を離す。
一応最初は着ていた夜着にくるんであった下帯を慌てて探し出すと、手早く腰の周辺に巻き付ける。三成という男は普段は元親に従順だが、一度嫌だと思ってしまったら何があろうとも自分の意見を曲げない。
普段は自分をこよなく愛してくれているのに、全てが思い通りになることはない。
三成のこういう部分が元親の思いを更に深めるのだが、本人には彼を煽っているという自覚は全くないらしい。
「着たぜ、これならいいだろ?」
「貴様の肌に触れるのは好きだが、朝までそれが足に張り付いているのは気持ち悪い」
「ひでえこと言うなよ……」
と言い返してはみるが、元親は三成の愛情表現の証をちゃんと受け取っていた。
肌に触れるのは好きだ、彼はそう言ってくれたのだ。上手く他人に甘えられない彼が、自分の肌に触れるのが好きだと口にしてくれる。それだけで元親の口は自然とにやけてしまいそうになるので、三成の頭を抱き込んで自分の喉の辺りに押しつけることにした。
さすがにこんなだらしない顔を、彼に見られたくない。
三成も慣れたものというか、元親の突発的な行動に耐性ができてしまったというか。全く抵抗することなく、頭の位置を移動させた。
首筋に、三成の暖かく柔らかい吐息がかかる。
「……長曾我部、一つ聞いてもいいだろうか」
「なんだ?」
「徳川家康という男のことだ。私は主君の仇討ちのためにその男に挑み……そして一度殺されているのだろう?」
「ああ、その通りだ。そこまでわかっていて、お前は俺に何が聞きたい」
「私が知っているのは、周囲の人間に伝えられたことばかりだ。徳川家康に対する情報が足りなすぎる……今後その男は、四国の脅威となるのかもしれないのだろう」
「まだわかんねえよ、それに家康はそんな男じゃねえ」
三成の口から家康の名前が出た、それだけで胸に僅かな痛みを感じた。
元親の腕の中で安堵の息を漏らしている三成は、家康を忘れてしまっている。家康の方も、三成は自分が殺してしまったのでもうこの世にいないと思っているだろう。
だが三成は生きている、近い将来家康と再会することもあるだろう。
徳川の敵として三成が処刑されるようなことになるのなら、元親は三成を連れてこの国を出る覚悟をもう固めている。彼とならばたとえ異国の海であろうとも、上手くやっていくことはできるだろう。
問題があるとすれば、三成が処刑されなかった時。
家康が三成を憎からず思っていたのは、彼の言葉の端々から理解することができていた。思っている相手を自分で殺した、その事実は家康の心に大きな傷を残しているはず。
そんな家康がだが生きている三成と再会したとしたら。
元親の元から三成は奪われてしまうかもしれない、そして三成も。家康を思っていたかも知れない過去の自分を思いだしてしまう可能性もあるのだ。
その時自分はどうすればいいのか。
どれだけ悩んでも、考えても『あるかもしれない未来』に対する適切な答えはでてこない。今の元親にできることは、家康と三成を会わせないようにすることだけだった。
会えば必ず、二人は互いの間にある絆を思い出す。
かけがえのない存在として三成を側に置いている元親にとって、それは絶対に受け入れてはならない事態だった。
だから三成に請われた徳川家康の話も、適当に誤魔化して答えない。
「私は情報が欲しいだけだ、貴様の知っていることだけでいい」
「家康か……握り飯が好きだったな」
「それは貴様も好きではないか」
「海老天も好きだぞ、あとは甘茶もよく飲んでたな」
「食い物の話しか出てこないのか、貴様は!」
「しょうがねえだろ、家康と言えば食い気なんだよ……って、痛え!」
喉元に口を寄せていた三成が、元親の喉仏に噛みついてきた。
甘噛みと言ってもいいほどの力のないものだったが、喉仏に堅い歯が当たると鋭角的な痛みが襲いかかってくるというか。慌てて三成の額を押して顔を離してはみたが、三成の歯が喉の皮膚を傷つけてしまったらしい。
「……少し……血が出たな」
「ほっときゃ治るさ。それより寝るぞ……お前が家康に会うことはねえ、だからこの話は終わりだ」
「駄目だ」
「何が駄目なんだよ」
「……私が傷を付けたのだから私が責任を取る」
眉根を寄せ、困ったような顔をした三成の口が再度喉に近づいてきた。
次の瞬間元親が感じたのは湿った感触と、小さな水音。傷口を舐めることで止血してくれているであろう三成の頭を礼代わりに撫でてやると、彼は小さく首を振ってそれを拒否した。
自分が原因なのだから、褒められる謂われはないということなのだろう。
三成の清廉さをそんなところから感じ取り、元親は彼の思うがままにさせながらそっと目を閉じた。
愛しい人を腕に抱きながら、月光の祝福を受ける。
できればこんな時がずっと続けばいい、そう思っていた元親は後に一つだけ後悔を得ることになる。
三成に家康と話をするな、そう伝えておけばよかった、と。
しかし元親がその後悔で胸を満たしている頃、四国の命運もこうやって夜を共にする二人の人生も大きく変わってしまっていたのだ。
元親を中心に動く小さな物語は、この時もう始まりの鐘を鳴らし終えていた。
関わる者たちが誰も、気付かぬ間に。
弐に続く
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色々説明
拍手現在豊臣家転生パロ中学生編入ってます
(現在2本 家三 チカナリです)
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ラキドでは幹部全員を溺愛しておりますが、ベルナルドとイヴァンは特に偏愛。ばさらは家三とか奥州の愉快な仲間達と毛長がメインです。うずみさんが現在官三とか官佐にずっぽりとはまり中。
基本は、愛想のかけらもない「ネット怖い~」の書き手が二人で色々書いている場所です。
書いている人
みっし
・生真面目で堅物でムキムキな男性と一見そうじゃなくても根は真面目極まり ないキャラをこよなく愛している、がんかたうるふの片割れ。編み物とお菓子作りが趣味という、第三者曰く可愛らしい一面を持つ反面、パニクると踊ったり、オロオロしだして周囲は見ていて楽しいらしい。荒ぶる舞は、職場の名物だったりする……らしい。
イヴァンちゃんと片倉さんとシズちゃんとスカイハイさんと陛下を思いっきり愛している。好きなアニメは銀魂と最近はFate/zero。型月ファンというよりは元から虚淵ファンでうずみさんからオススメされまくった末にようやっと手を付けて完読した。ライダー組おいしいです。エクシリアではダントツで陛下が好き。陛下が使用可能になる完全版があるなら複数買いしても構わないとのたまう日々。バサラの好きキャラは片倉さん一強だったはずなのに最近はアニキも熱い。かっちり着込むキャラがすきだったはずなのにいきなり露出度が高いキャラを好きになったのは何故か悩む日々。二次元の向かう愛と同じぐらい甥っ子への愛を叫んでいる気がしてならない。
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うずみ
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