がんかたうるふ 『ともえうた』 壱章 「わだつみの」 参 忍者ブログ
こちらはサークル「がんかたうるふ」のうずみとみっしの二人組が、ラッキードッグ1とばさらのこばなしを黙々と投下する場所です。
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書き終わりました、次から弐章です。
親三です、三親じゃないですよ。




(書いた人はうずみです、みっしさんじゃないですごめんなさい)









 *****
『その参』



 
 
 
 蒼く澄んだ空と海の間に、赤い鳥居がそびえ立っているのが見える。
 以前毛利家の子供たちを連れ、元親と共にこの海岸を歩いたのはいつのことだっただろうか。冷え切った浜風に負けずに走り回る子供たちを追い、目についた珍しい物の方へと勝手に歩いて行こうとする元親を言葉で制止し。赤い鳥居の真下で毛利との最終決戦が行われ、不本意ではあったが彼の命を救うことになった。何かを押し殺しているような声で元親が話してくれた時の事を、三成はまだ覚えている。
 あの時は騒がしさの中で安らぎを覚える自分を不思議に思っていたが。
 元親が側にいてくれるのであれば、どのような場所でも三成の居場所になるのだ。記憶を失った自分に手を差し伸べてくれた、この世でただ一人の大切な存在。
 優しく強い彼はきっと、自分が屋敷を抜け出したことを知ったら必死に探してくれるだろう。そして自分を見つけたら何も言わずに笑い、共に四国に帰ろうと言ってくれるのだ。
 だが三成は、彼の自分に向ける思いと信頼を裏切ろうとしている。
 お前を殺さなければならないのか、そう聞いてきた徳川家康。彼の真意を知り、彼が四国に何かをしようとしているのならばそれを阻止し。
 その上で自分が今四国にいることを隠し通す。
 家康がどう思っていようとも、三成は徳川家にとっては大罪人。当主である家康に刃を向けた相手が生きていると知れば、記憶を失っていようとも彼らは処罰するだろう。そうなれば三成を匿っていた罪で、元親と四国にどのような危険が及ぶか。
 余計なことを口にしない内に、家康が自分を殺してくれれば一番いいのだが。
 元親と彼の愛する四国の大地を守る、それだけを考えながら前を歩く家康の背を三成は追う。靴を履いた足底に時折硬い貝の破片の感触を感じながら歩いていると、目の前の張りのある筋肉に包まれた背がふと止まった。
 彼の目の前にあるのは、大人二人が並んで座ってもまだ余るほどの巨大な流木だった。
「歩いて話すのではなく、ここに座って話さないか?」
「貴様と腰を据えて話すつもりはない。貴様の聞きたいことに答えたら、私はすぐに戻る」
「毛利殿の所にか?」
「…………っ!」
 ここで毛利の所に戻ると言えば、彼が三成を匿っていたことになってしまう。
 困惑のあまり目が泳いでしまっているのが自分でもわかるが、しっかりとした流木に黄色い戦装束のような物を着ている徳川家康は先に腰を下ろしてしまった。人の心を掴み取るような無邪気な笑顔のままこちらに向けて手招きをすると、そのまま海に目線を向けてしまう。
 三成が自分の隣に来ることを疑っていないかのように。
 彼の言うとおりになるのは嫌だが、自分が何故毛利家の屋敷にいたのかを再度問われるよりはまし。三成はそう判断し、心底嫌そうに顔を歪めてみせながら、家康と同じ流木に腰をかけた。
 真ん中に座る家康の身体に触れぬよう、一番端にほんの少しだけ尻を置くことは忘れない。
「ようやく座ってくれたな、顔を見ながら話ができぬと落ち着かなくてな」
「早く貴様の聞きたいことを言え」
「そうだったな、では聞くが……儂は昔どのように笑っていた?」
「……貴様…………そんなことを聞きたかったのか?」
「お前が儂のことを覚えていないというのは先程聞いた。だが忠勝はそれに答えることができるのはお前しかいないと言うのだ」
「忠勝……?」
 どこかで聞いたことのある名前に思わず首をひねる。
 元親に聞けばわかるのだろうが、彼はここにいない。なので家康の臣下の一人であろうと察しを付け、三成は自分と海を交互に見つめる家康へと視線を向けた。
 確かにこの男は、奇妙な笑い方をする。
 普通の人間であれば状況によって笑い方に差違が出てくるもの。しかしこの徳川家康という男の笑いは、どんな状況であろうとも変わらないのだ。
 眩く、影が存在せず。
 輝かしい程の清々しさだというのに、ただそれだけ。
 先程目の前で三成と離れるのを嫌がって毛利家の子たちが泣いたというのに、家康はそんな時でも嬉しそうに笑っていた。彼のそんな様子を見て最初はその笑みに魅了されていた毛利家の兵たちも、ようやく徳川家康という男の異常性に気がついたのだろう。
 
 彼はどのような状況でも、笑いを崩さない。
 
 異質な存在に対する恐怖に覆われていく兵たちの表情の移り変わりを気にすることなく、家康は三成と話がしたいと言い続ける。天下人というのは些末事を気にしていてはやっていられないものなのだろう。
 元親以外の他人に深く関心を持たない三成はそう判断したのだが、当の本人からそれについて聞かれてしまうとは。
 確かにおかしいとは思うし、気味が悪いといえば気味が悪い。しかし彼は、自分が他人にどう思われていても気にしていないようなのだ。自分がそれでいいと思うのならば、別に以前の笑い方などどうでもいいだろう。
 それを素直に家康に伝えると、彼から返ってきたのは予想だにしていなかった言葉であった。
「儂はな、石田三成……お前を殺してしまってから人として壊れてしまったらしい」
「壊れた……とはどういうことだ」
「何をしても『楽しい』と思えぬ、儂を昔から支え続けてくれた者が死んでも悲しいとも思えぬ。いや、悲しいという感情の意味すらわからなくなってしまった」
「だが笑っているではないか」
「こういう顔をしていれば誰も何も言わぬ。天下人というものは、暗い顔をしていてはならないそうだ」
 弾けるような笑顔のまま、感情を失った男は淡々と語り続ける。
「この国を戦無き国にするために、儂は儂にできることを行ってきたつもりだ。だが皆は儂のことを非道な男だというのだ」
「私が聞き及ぶ限り、貴様の行っていることはそう言われてもおかしくない行いばかりだ」
「それが儂にはわからぬのだ」
 白く光る波頭を見ながら笑む家康の様子は、悩んでいる人間のものとは到底思えなかった。
 膝の上に手を置き、家康の話す内容に言葉を返す。そうしているうちに三成は、今の徳川家康がどういう存在なのかをなんとなくではあったが理解し始めていた。
 感情を失ったというのは、本当なのだろう。
 だからこそ自分の行った施策を他人がどう思うかを考えずに、最小の手間で最良の結果を得られるような手段を使う。そうすれば喜ぶ人間がいるとか、その結果で悲しむ人間が生まれるとか。
 感情を失った男には、もうそれがわからなくなっている。
  戦無き世を作るという目的のために、あらゆる存在と思いを踏みにじる。それを行うだけの権力も、批判を押さえ込むだけの兵力も徳川家は持ち合わせているのだ。
 反論することすら許されない者たちの犠牲の上で、家康は笑う。
  国を新たなる方向に導く喜びも、圧政から生まれる怨嗟の声も。それらの全てを受け止めるどころか、わかってやることができない男が国を動かしている。
 
 自分の横にいる男をこのまま放置していたら、この国が滅んでしまうのでは。
 
 近い未来に待っているであろう滅亡を想像し、三成が背筋を粟立たせていると。
「お前は忠勝が言っていたとおりの男なのだな」
 話題を変えるつもりはないのだろうが、家康がそんなことを言ってきた。
 嬉しそうに見えるだけの瞳がじいっとこちらを見つめてくるが、その正体を理解した三成は彼からわざと目線をそらす。普通であればそうされた段階で自分が嫌われていることに気がつくのだが、家康はわからないのだろう。
 顔色一つ変えずに、三成に目線を注ぎ続けている。
「忠勝という男は、私のことをどう言っていたのだ?」
「忠義に厚い、真っ直ぐな気性の男だと。できれば敵対したくなかったし、死んで欲しくなかった。何度も忠勝がそう言うので、お前のことを時折考えるようになったのだ。生きていたら今の儂になんと言うのだろう……とな」
「気持ちが悪い」
「そのようなことを言われたのは始めてだ」
 口から漏れた息が、わずかに笑いを形作っている。
 潮風を全身に受けながら並んで座っていると、自分たち以外誰もいない世界に放り込まれた様に感じてしまう。心細いというか、こんな人の心を失っている男に生殺与奪の権利を握られていることに苛立ちを感じるというか。
 元親がいてくれれば。
 彼を守るために家康に同行したのに、彼に側にいて欲しいと思ってしまう。そんな自分に情けなさを感じながらも、心は大切な存在を求めることをやめようとしない。
 常に嬉しそうに聞こえる家康の息づかいを聞きながらため息をついていると、座っている流木が大きく揺れた。
「聞きたことは聞いた、もうお前と話すことはない」
「私を……殺さないのか?」
「お前を殺してこの国がより良いものになるというのであれば殺すが、お前はもう死んだことになっている。わざわざ死んだ者をまた殺す手間をかけるよりも、しなければならないことがまだ山のようにあるのだ」
「貴様にとって、全てはその程度なのだな……」
「そういうことだ。次に会う時はきっと、儂がお前を裁く時になるだろう」
「私の生存を臣下の誰かに告げれば、兵を動かすだろう。貴様がわざわざ足を運ぶ必要は無くなる」
「それこそ無駄な手間だ。儂はお前に会ったことを誰にも言わぬ……忠勝にもな」
 軽やかに動く唇でそう言い終えた家康は、そのままこちらに背を向け去っていこうとする。
 彼にとっては三成と話をした時間も、自分の中に生まれた疑問を解消するためだけに存在していたのだろう。用が済めばもう三成と話している意味はない、そう言いたげに別れの挨拶すらせずに去っていく家康を。
 
 三成は、反射的に声をかけて呼び止めてしまっていた。
 
「待て家康!」
「儂に用があるのか?」
「そうではない、だが……何かが違う気がするのだ」
「違う?」
「何が違うのかはわからない、何が間違っているのかも上手くは言えぬ」
 立ち上がって彼の身体を追うほどに強い欲求ではない、しかしこのまま彼が去るのを見過ごしたいと思うほどに弱い思いでもない。
 
 だけどもう少しだけ。
 この男と話がしたいのだ。
 
 自分を手にかけたことが原因で感情を失った、そう口にする家康がある意味哀れだと思いはする。周囲の者の思いを理解せずに、最短で理想を実現しようとする家康に怒りを感じもする。が、三成の中に生まれ始めている感情は憐憫だけでも、憤怒だけでもないのだろう。
 きっと失われた自分の記憶の中に、彼への思いが眠っているのだ。
  それを無理に呼び起こすつもりはない、自分の中には元親への愛情があれば十分なのだから。しかしこのまま家康と別れてしまったら、家康は感情を失ったままずっと。
 この国を壊しながら生き続けることになる。
 元親のためにもそのようなことはして欲しくないし、なにより自分と彼は関わり合ってしまった。元親に拾われた当時の自分よりも不安定な人間に何もしてやらないのは、当時の自分を見捨ててしまうのと一緒だ。
 自分の死がきっかけで道が変わったのならば、もしかしたら。
 そう思った三成の気持ちは、普段からは想像もできぬ強く切迫した声に込められていたのだろう。秘められた意味がわからなくとも、語気の強さは家康の歩調を僅かに緩めてくれた。
「ならばそれがわかるようになってから伝えに来てくれ」
「私が貴様に会いに行くということは、死と同意義の行為だ」
「そうか、ならば忠勝に事情を話しておくので……」
「駄目だ、貴様は私と話す必要がある! 貴様にとっても私にとっても……互いに利があることだ」
「儂は聞きたいことを聞いた、そしてお前は答えた。儂にとってのここでの用は終わっている」
「私が記憶を取り戻せば、貴様の質問に完璧に答えてやることができる。そして貴様は私の記憶を取り戻す鍵かもしれないのだ」
「……なるほど、そういう考え方もあるか」
 去っていこうとしていた家康の身体が、その言葉と共に止まった。
 そしてこちらを再度向いた彼の唇からふいにこぼれ始めたのは。
 三成がよく知る、優しくも物悲しげな旋律。
 
 
 
しろいつばきがぽとりとおちた 
                 
おかごにつめてかえりましょ  
                 
おいけにうかべてさかなをよんで 
                 
いとしいあのことてをつなご 
                                 
あのこがなけばおつきさましずむ 
                 
おひさまひろってかえりましょ 
                 
ないたあのこがわらうように  
                 
ひかるたからをあげましょう 
 
 
 
 日頃歌っている歌とは歌詞が違うし、彼の歌の方が幾分低く感じられる。
 しかし抑揚もなく音を口に出しているだけといった感じの歌い方は、自分のそれとよく似ていたのだ。
 三成の方へと戻っていながら歌っていた彼は、最後の歌詞を口に乗せた後唐突にこちらに語りかけ始める。
「何故だろうな、お前と話していたら何故か歌いたくなった」
「貴様は……その歌を誰に教わった?」
「半兵衛殿だ、だが三成……お前も教わっていた事を儂は知らなかった。だから先程聞こえてきた歌の正体を確かめるために、あの場に行くことにしたのだ」
「そうか」
「お前は儂と話がしたいと言ったな?」
「ああ、その思いに偽りはない」
「ならば……」
 日の光を背に受け、自分を見下ろす家康へと顔を向ける。
 先程とは違い今度はしっかりと目を見て、彼の僅かな表情の変化も見逃さないように。家康との出会いで自分の中で渦巻き始めた、奇妙な情動。その正体を見極めるために、家康の言葉をしっかりと聞こうとしていた時。
 
 
「石田!」
 
 
 背後から聞こえた愛しくも頼もしい声が、家康の声の続きを押し止めた。
 
 
 
 
 


 
 
 
 
 
 
 
 歌が聞こえてきた方角へ全速力で走った元親が見たのは、不可思議な笑顔を三成へと向ける家康の姿だった。明るく清々しいのに生気に満ちていない、若い家康のものとは思えない枯れた印象を与える微笑み。
 それを三成はこちらに背を向けて座っているので、どんな顔でそれを見ているかはわからない。しかし彼が家康を拒んでいないことは、三成がおとなしく座ってそれを見つめている推察することができた。
 好き嫌いがはっきりとしている三成は、嫌な相手が側にいれば激しく拒否する。おまけに元親以外の人間に見下ろされることも好んでいないので、あのような状況であれば自分も立ち上がって相手を身長で圧倒しようとするはず。
 それをしないということは、三成は家康の存在を受け入れているのだ。
「石田……っ! 無事か!?」
「……長曾我部……」
「ガキじゃねえんだから、出かけるのならどこに行くか言ってから行けよ……探したんだぜ」
「すまない……」
「怒っちゃいねえよ、お前がどうしてそんなことしたかはわかってるからな……」
「………………」
 三成の元へと慌てて駆け寄り、ぽんと頭に手を乗せてやる。
 それだけで三成の吐息が大きく震えたので、それ以上は何も言わないことにした。自分と四国の大地を強く愛してくれている三成は、家康と出会ってきっと死を覚悟したのだろう。
 
 元親と、彼が生きる四国を守るために。
 
 だから何も言わずに姿を消し、自分と四国の関わりを隠そうとした。
 毛利の屋敷にいる以上毛利家の人間は追求されるだろうが、知らずに雇っていたと言い張り続ければ聡い毛利なら切り抜けることができる。
 だが元親にはそれができない。
 三成の命が危機に晒されているのであれば、何があろうと助ける。領主である元親が三成のために動けば、四国全体が徳川に敵とみなされる。それがわかっていても、元親は彼の命を守るためならどんなことでもするつもりだった。
 だから三成は何も言わなかったし、今も何も言おうとしない。
 元親に心配をかけた上に死ぬことができなかった自分を恥じたり、ついでに悔やんだりしているであろう三成は元親に顔を見せぬために俯いたまま。そんな彼の背に己の足を触れさせながら、元親は三成の頭を引き寄せ浅くその身体をかき抱いた。
 三成を安心させるために、そして家康にその様子を見せるために。
 友と出会えたことは嬉しいが、彼は自分から三成を奪うつもりなのかもしれないのだ。逆賊として殺すにせよ、愛しい相手として手に入れようとするにせよ。元親にとって今の家康は敵だ、心の中で疼く熱さのようなものを押さえ込みながら、にやっと笑って家康へと向き直った。
「よう家康、久しぶりだな」
「元親か、数年ぶりか」
「四国に会いにも来ずに、こんなところで俺の宝を掠う算段か?」
「忙しかったのでな、四国を訪問する時間を作ることができなかった。それにお前に会うことよりも優先しなければならないことが多いのだ」
「随分な言い様だな……おい」
 まずは三成を守りきること、そして家康の動きを確かめること。
 わざと彼を挑発するような口調で話しかけて、感情を隠すのが苦手だった家康をつついてみる。影がないが故に薄っぺらく見える笑顔の奥にはきっと、昔と変わらぬ恥ずかしがり屋の子供のような表情が隠れているはず。
 半ば願うかのように家康の表情の変化を待つ、しかし彼は澄みきった笑顔のまま。
 友に久々に会えたという喜びが瞬時に凍り付くほどの冷静な声で、家康は自分が四国を訪れても利益がないことを淡々と語り続けている。
「島国である四国は、貿易を止めれば兵力の維持は不可能だ。そのような地域を訪問して、兵力の削減を行うことに意味はない。それに安芸の水軍は押さえてある、四国で反乱を起こそうという動きが起きてもそれが抑止力となるはずだ」
「そのために……毛利の嫁さんを人質に取ったのかよ!」
「人質ではない、ご子息を預かり将来のために教育をさせていただきたいと言っただけだ。かわりに奥方殿が来たのは予想外だったが、いずれはご子息も預かりたいと思っている」
「ガキの身代わりになったんだろうが……お前……そんなことまでするようになっちまったのか!?」
 家康のごく当たり前のことを説明するかのような口調は、元親の怒りを煽り続ける。
 ふつふつと湧き上がってくる感情にまかせて、三成を挟んで自分と対峙する男を殴り付けてやろうと思った時。
 二人の会話に口を挟まず、無言で元親の腕の中にいた三成が制止の声と共に顔を上げた。
「落ち着け、長曾我部」
「だがよ……こいつは……!」
「この男は自分が何をしたのか理解していない、いや……知る術を失ってしまったのだろうな」
「おい、そりゃどういう……」
「後で話す、今はここを去るべきだろう」
 元親の目を見て話しながら、三成の目は時折家康へと向けられる。
 まさか記憶を取り戻し、家康に対する思いを取り戻したのでは。一瞬そう思ったが、それにしては目に宿る感情が弱いというか。それどころか幼子を心配するかのような哀れみに近い目で家康を見ていることに気がつき、元親は家康に向けられているのが決して愛情や憎しみではないことを理解した。
 そうでなければ嫉妬と怒りで、素直に三成の言葉を受け入れることはできなかっただろう。家康は大切な友だが、三成は自分にとって唯一無二の大切な存在。彼が自分の元からいなくなると考えるだけで、元親は身を切り裂くかのような痛みに近い恐怖を感じてしまうのだ。
 できればこのまま、ずっと思い出さないで欲しい。
 口に出さずにそう願いながら、再度家康の様子を観察する。三成を殺す気はなさそうだが、徳川家の人間に見つかってしまえば三成は安心して暮らすことができなくなるだろう。
 彼のためにも、そして家康との再会で混乱している自分を落ち着かせるためにも。
 家康が今後どういう手を取るにしても、一度四国に戻って対策を練るべき。そう判断した元親は、三成の肩を軽く叩いて彼を立ち上がらせた。
 そしてそのまま後ろから肩に手を回して、そっと抱き寄せる。
「毛利には遣いを出して、さっさと帰ろうぜ」
「そうだな……おい、家康」
 素直に元親の事場に頷き、そして三成は目の前にいる男の名を呼んだ。
 元親と家康が話をしている間に、彼は何かを考えていたのだろう。その思考の結果を、三成はゆっくりと家康へと伝えようとしている。
 まだ空の高い位置にある太陽が三成の色素の薄い髪を強く輝かせる中、三成が口にした言葉は元親の片方しかない眼を大きく見開かせた。
「貴様が『答え』を求めるのであれば、四国に来い」
「お、おい石田!?」
「私は逃げも隠れもしない。殺したければ殺せばいいし、兵を率いて攻めてくるのもいいだろう」
「儂は無駄な戦を起こすつもりはない」
「今の貴様はそういう男だったな。だからこそ私は言うのだ、貴様の中に少しでも取り戻したいという思いがあるのならば……」
 
 私と長曾我部に会いに来るといい。
 
 凛とした声で、三成はそう言い切った。
 どうして三成がそう言う結論に至ったのか、そして家康とどういう会話をしたのか。元親にはそれを推察する術がないし、説明が上手ではない三成からそれを引き出すのは難しいだろう。
 だが彼がそう決めたのなら、その意志を尊重し受け入れよう。
 三成を愛しているからこそ、彼が決めたことを受け入れる。元親に抱きしめられている今の姿が恥ずかしいのか、時折首を小さく振ってもじもじとしている三成だったが。
 その声だけは、はっきりと、淀むことなく家康に己の思いを告げ続けていた。
「私だけでは貴様に何も与えてやれないかもしれない、だが長曾我部はきっと貴様に取り戻さなければならない物を与えてくれる。この男はそういう男だ……救いを求めれば必ず受け止めてくれる」
「……おい……恥ずかしいこと言うなよ……」
「私が貴様を信じている証だ」
「だけどよ、もう少し別な言い方があるんじゃねえのか……」
 こんなに褒められると、さすがに気恥ずかしくなってくる。
 なので三成の耳元に小声でそう囁いたのだが、三成はきっぱりと元親の要求を拒否してくれた。
 彼に認められているのは嬉しいが、目の前で自分の事を自慢されるのはある意味拷問。
 しかし家康には元親のそんな苦しみは理解できなかったらしい。
 愛おしげに三成を抱きしめ続けている元親に一度だけ視線を向け、すぐに三成の目を見つめ直した。
「わかった、時間ができたら行くとしよう」
「そうか……ならば待っている」
 二人の会話を聞きながら、元親は気付かれぬように三成を抱く腕に力を込める。
 
 三成と家康を接触させたくない。
 
 だが三成の信頼を裏切りたくもない。
 
  奇妙な二律背反に悩まされながらも、結局元親は三成の願いを受け入れることにした。
 かつて一度は疑った友は、敵意を向けた時も自分を信じてくれた。だから元親も家康を信じ、彼を受け止めなければならない。
 毛利にこの事を知られれば散々馬鹿にされるだろうが、元親は三成に、そして友であった頃の家康にも甘かったのだ。
「しょうがねえな……」
 そんな言葉と共に家康の四国への来訪を許可した元親は、三成の感謝の言葉を聞きながら一つのことを思った。
 
 
 もし三成の心が家康を求めるようになったら。
 自分が家康を特別な相手だと思っていた頃の思いを取り戻してしまったら。
 そして家康が三成へ向けていた感情の正体に気がついたら。
 
 
 三者三様の思いは、どこへ向かっていくのだろう。
 急に浮かんできたそんな考えを打ち消すかのように、元親は家康に見せつけるかのように彼の首筋に手を触れさせる。指を脈打つ血の道に這わせると三成が困ったような顔をしたが、もう片方の手で頭を撫でることで宥めておいた。
 急所に触れても、三成は自分を拒まない。
 彼が自分に何をされても受け入れることを家康に見せつけながら、元親は自分の独占欲の強さを恨みながら。
 それでも決して三成の細い身体を離そうとはしなかった。
 


 
 
 
 
 
 記憶を失った凶王と、
 心が壊れた東照権現、
 そして彼らを愛おしむ西海の鬼の物語は。
 
 
 この時、始まったのだった。
 
 
 
 
 
 
<壱章完   弐章に続く>

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色々説明






拍手現在豊臣家転生パロ中学生編入ってます
(現在2本 家三 チカナリです)


注意事項
・フリーリンクじゃないです、基本的にはリンクはお断りしています
・ひっそりこっそりが信条なので、黙々と
・捏造、not公式のこばなしが多いので、スルー推奨


ラキドでは幹部全員を溺愛しておりますが、ベルナルドとイヴァンは特に偏愛。ばさらは家三とか奥州の愉快な仲間達と毛長がメインです。うずみさんが現在官三とか官佐にずっぽりとはまり中。
基本は、愛想のかけらもない「ネット怖い~」の書き手が二人で色々書いている場所です。


書いている人


みっし

・生真面目で堅物でムキムキな男性と一見そうじゃなくても根は真面目極まり ないキャラをこよなく愛している、がんかたうるふの片割れ。編み物とお菓子作りが趣味という、第三者曰く可愛らしい一面を持つ反面、パニクると踊ったり、オロオロしだして周囲は見ていて楽しいらしい。荒ぶる舞は、職場の名物だったりする……らしい。
イヴァンちゃんと片倉さんとシズちゃんとスカイハイさんと陛下を思いっきり愛している。好きなアニメは銀魂と最近はFate/zero。型月ファンというよりは元から虚淵ファンでうずみさんからオススメされまくった末にようやっと手を付けて完読した。ライダー組おいしいです。エクシリアではダントツで陛下が好き。陛下が使用可能になる完全版があるなら複数買いしても構わないとのたまう日々。バサラの好きキャラは片倉さん一強だったはずなのに最近はアニキも熱い。かっちり着込むキャラがすきだったはずなのにいきなり露出度が高いキャラを好きになったのは何故か悩む日々。二次元の向かう愛と同じぐらい甥っ子への愛を叫んでいる気がしてならない。



うずみ
・相方を愛しすぎている変な人。趣味は畑仕事に漬け物作り、好きな物は不幸属性の美人(男女問わず)。ばさらでは石田さんと黒田さんをこよなく愛していたり、赤い子めんこいにゃぁとたまに叫んでいる。

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