こちらはサークル「がんかたうるふ」のうずみとみっしの二人組が、ラッキードッグ1とばさらのこばなしを黙々と投下する場所です。
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親三です。
書き終わりました、壱章はこの次で終わりです。
(書いた人 うずみ)
*****
その弐
安芸を治める毛利元就は、長曾我部元親との決戦で命を奪われるはずだった。
碇槍の一撃で輪刀ごと腕を吹き飛ばされ、鮮血の皿の上に横たえられた獲物の息の根を止めようとした元親の目の前に進み出たのは赤子を抱いた女だった。周囲の目を引き寄せるほど、花のある美を持つ女ではなかった。顔立ちは整っているが地味な印象の女、しかし彼女は澄んだ眼差しで周囲を見つめるだけで騒ぐ兵たちを一瞬にして黙らせた。
命乞いをしようともせずに、夫の横に静かに腰を下ろした。
己の着物が血を吸って汚れていくことを気にする様子もなく、腕に空いた赤子と共に夫に殉じようとした女の目は。
凪の海のような静けさと優しさを封じ込めたかのよう。
この男を殺せば安芸は滅亡の道へと向かう、それがわかっていても元親は怒りと憎しみに任せてこの男を殺してしまおうと思っていた。しかしそれを行えば、元親は夫の前に立ちはだかるであろうこの女を先に殺すことになる。夫亡き後の安芸では自分たちは生きることを許されない、夫も自分たちを置いて死ねば未練が残るだろう。
ならば今ここで夫よりも先に死んだ方がいい。
その身を元親の持つ刃の目の前に晒すことによって、女はその事実を伝えてきた。彼女の強さと覚悟に免じて毛利の命を救い、策略に巻き込まれて死んだ者たちへの物質的な賠償を要求し。
四国と安芸の争いが終結したのは、三成が家康に挑みかかったのとほぼ同時刻。
安芸は一人の女によって救われ、元親は復讐という名の罪を背負わずに済んだ。だから四国の民は彼女のことを瀬戸内の海を救った女として崇めているし、記憶を失って混乱している三成を優しく宥めてくれたのも彼女だった。そういう理由があり元親は今だの彼女に頭が上がらないし、三成の懐きようはまるで姉に甘えるかのよう。
賠償をむしり取るために度々安芸を訪問しても、誰からともなく彼女への土産の話が出てくるのは人徳の賜物。
自らの大切な者を奪われた男と、奪ったが故に復讐の刃を向けられた者。安芸と四国を治める二人の男が二人が決して友情とは呼べない何かで繋がったのも、彼女の努力の結果なのだ。
そんな彼女が病に伏せた。
元々身体は丈夫ではないらしいので、長期間寝込むのはいつものことであったのだが。
毛利家の本屋敷を離れて遠くで療養することになったという事実を聞いて、元親は隣で悲しげに俯く三成に気付かれぬように一つのことを思った。
戦乱の世が削ってきた彼女の命も、尽きる時を迎えたのか、と。
決して表に出ようとしなかったが毛利家の内側を支え続け。自らの功を誇ることなく静かに笑っていた彼女が夫の元を離れるのは、自分の死期を察したからなのだろう。できれば最後にもう一度会い、四国と安芸の未来を守ってくれた女に礼を言いたかった。
しかし元親の目の前で尊大に笑う男は、決してそれを許してくれはしないだろう。
「久方ぶりだな、長曾我部。貴様の潮風で汚れた顔など見たくはないが、これもすべて安芸のため」
「俺だって会いたくなかったぜ、てめえのしかめっ面にはよ」
「互いに同じ事を思っているのであれば、此度の滞在も少なくしてもらえるとありがたいのだがな」
「さっさと話を終わらせて帰ってやるよ」
「石田は置いていっても構わぬのだぞ……いや、むしろ置いていけ」
片腕と地面を繋いでいるのは、太い枝を削って作られた堅牢な杖。
杖が地面を強く打つ音に足が引きずる音が連なる中、利き腕を杖に預けた毛利元就は軽く呼吸を荒げながら正門前で待つ元親たちへと近づいてきた。
眼光は以前のまま、強さと鋭さは元親を押さえ込むだけの力を持ってはいるが。
彼の片腕は元親の作った義腕となっており、杖に頼らなければ満足に歩むことすらできなくなっていた。自らの身を常に戦場の中央に置き、配下の兵たちの士気を保ち続けていた稀代の謀将。彼の武将としての生にとどめを刺したのは元親だが、この男は元親から大切なものを奪ったのだ。
だから互いに詫びることはしない、罪悪感を抱くこともない。
どちらから言い出すこともせずに、二人は施政者として協力しながらも決して互いを許すことのない関係を選んでいた。表面上は軽口を叩いて友好的に見せようとも、彼の端正だがどこか冷たさを感じさせる細面を見る度に思い出すのだ。
徳川の軍旗の下で、死んでいった自分の部下の姿を。
「俺があんたに……いや、あんたのガキどもに石田をやると思うか? 嫁さんがぶっ倒れたってのは聞いてるけどよ、こいつ……乳出せないぜ?」
「もう乳母の乳が必要な年ではない。それにこのような細い男から出る乳など吸わせたら、肥えるどころか逆に細ってしまう」
「それもそうだな」
「……貴様ら……」
横にいる三成が怒りのあまり肩を震わせ始めたが、毛利の背後にある植え込みから小さな影が飛び出してきたのはこの時だった。
「石田!」
「いしだ!」
「いちら!」
毛利にそっくりな色合いの髪を持つ頭が三つ、顔立ちが父より優しいのは母の性根を継いだ故か。
一番大きい子供でも元親の腰にも満たない身長の小さな子供たちは、一斉に三成の名を呼びながら満面の笑顔でこちらへと駆け寄ってくる。
元親が毛利を殺そうとした時、母の腕に抱かれていたのが長男。家康が天下人として治める世に生まれ出たのが次男で、生まれた時から安芸に来る度に三成が子守をさせられているのが三男。
幼い頃から面倒を見ているからか、彼らは揃いも揃って三成のことが大好きだった。
しかし好くのと同じほどに相手に思われることが少ないのがこの世の常、基本的には子供が嫌いではない三成だったがやんちゃ盛りのこの三兄弟のことを三成は苦手としていたのだ。子供と遊ぶ時は普段と違う体力を使うらしく、安芸を訪問するとしばらくの間疲労が抜けないとこぼす三成が可哀想ではあったが。
安芸と四国の友好のためならばと、彼なりに頑張ってくれている。
盛大に顔をしかめはするが、足を後ろに引いて子供たちの重みと衝撃を受け止めようとしている三成に心の中で手を合わせていると小さな影が一気にぶち当たってきた。
準備していなければ、三成は吹き飛ばされてしまっていただろう。
「いしだ、あそぼう!」
「父上もいいと言った! 中庭に行こう!」
「いちら、らっこ!」
「一度に話すな、順を追って説明しろ。それと徳寿丸、貴様は抱っこを希望していたな」
「あい!」
片腕で父親に一番似ている三男を掬い上げると、三成は首にしがみついてくる幼子を腕に抱きかかえる。そしてそのまま残る二人に背を押され、片方の腕を引かれるがままに嬉しそうな声に囲まれたまま元親から遠ざかっていった。
木々の間に姿を消す前に一度だけこちらを振り返ったが、それほど嫌そうではなかったのでそれに手を振って答えてやる。
色々と言いはするが、三成はやはり子供が好きなのだ。ついでに言えば子供の守り役として理想的だと毛利に評される程の、教育役としての資質を持っている。
毛利が三成を欲しがるのは、そういう理由だった。
「つくづく惜しい……あれにならばわが子たちを託せるのだが」
「あいつに育てられたら、真っ正直すぎる堅物になっちまうぜ?」
「正しさは全ての規範よ。揺らがぬそれを身につけなければ、当主としての判断などできぬ」
「四国にあんな手段で手出ししたのもあんたの中では『正しい』手段って事か」
「正しさは人を惹きつける、しかしそれを越えた判断をしなければならないこともある……貴様とてそれはわかっているのだろう?」
国のためと判断すればどのような汚いことでも行う、それが上に立つ者の役目。
さらりと暗にそう言ってのけた毛利は、途端に嫌そうな顔をする元親へと口の端を上げて笑ってみせた。そうしてからまた杖に身体を預けると、屋敷の方へと身体を向けてゆっくりと歩きはじめる。
いつの間にか彼を守っていた兵が消えていたことに疑問を感じながら、背を向ける彼を追う。徳川が天下を取る前に何度か訪問したことがあるが、正門から屋敷へ向かう道はこんなに狭くはなかった。道が広い方が毛利の輪刀は力を発揮したし、当時の彼は彼は闇討ちされても相手を撃退できたのだ。
だが今の彼にはそれができない。
それ故毛利は木々を植えて道を狭くし、自らを守ることを選んだ。
常に慎重に物事に当たる彼らしいが、毛利は元親と二人きりになることを怖れている様子はなかった。いくら自分の事が憎くても、長曾我部元親は無防備に背を向けた相手を襲うような男ではない。元親を信じているのではなく自分の人間洞察力を信じているが故、毛利は後ろを振り返ることすらしない。そんな彼の余裕にわずかな苛立ちを感じていると、こちらを一度も向かずに進み続けていた背がふと止まった。
葉擦れの音が響き渡り、涼やかな風が二人の頬を撫でる。
「そろそろ辿り着いた頃か……」
「どういう意味だ?」
「石田には聞かせられぬ話よ。そして貴様にも……できれば聞かせたくはなかったがな」
背を向けたまま毛利が話し始めた内容は、元親の想像を遙かに越えるものであった。
毛利の髪の先が風に揺らされ、時に軽く持ち上がる。その様を見ながら元親は、本来肌を冷やす役割をするはずの風が自分の心と体を凍らせていくかのような感覚に陥り始めていた。
「……石田は中庭へやった、通じる道へも兵を配してある」
「どういうことだ?」
「簡単な話だ、徳川家康が先程この屋敷を訪れた。今は離れで我の到着を待っている頃」
「家康!? あいつ何しに来たんだよ!」
「人質として預かった我が妻の処遇についてであろうな」
「おい……人質ってなんだよ……っ!」
予想外の家康の来訪、そして妻を人質に取られているという毛利の発言。
かなり遅い毛利の歩みに合わせていた元親は、毛利の背にぶつかりそうになるの堪えながら声を荒げる。
四国は徳川家に介入されることなく、復興の道を歩むことができた。元親が甦っていく大地と笑顔を取り戻していく人々を見ている間に、すぐ側の安芸では領主の妻が人質に取られるような事態になっていたとは。
どうしてこうなる前に伝えてくれなかったのかと毛利に詰め寄ろうとした元親、彼を止めたのは感情を全く表に出さない毛利の静かな声であった。
「息子たちには母が体調を崩した故、遠くの寺に療養に行かせたと伝えている。屋敷の者たちにも口裏を合わせるように命じた、他国には妻が倒れたとだけ噂を流しておいたのだが……貴様もそう信じていたのであれば、我の策は功を奏したということだな」
「知られれば嫁さんの命はねえってことか」
「徳川はそのようなことを言わぬ、だがあの男は顔色一つ変えずにあれを殺すであろうな。今の徳川はそういう男、貴様はこのまま一生会わぬ方がよい……そして石田にも、だ」
「じゃあどうして俺を呼んだ? あいつを……家康とどうしていくかを話し合うために俺を呼んだんじゃねえのか?」
「つい先程まではそのつもりであった、我に釘を刺すために徳川が来訪しなければな。多分安芸か四国……どちらかに徳川に通じている者がいる。我はこれからその者を探し出さねばならない、貴様もそうすべきであろう」
俺に身内を疑えっていうのか、いつもの元親であればそう口にしただろう。
しかしその時元親が行ったのは、煮え切らない返事を小さく発することだけだった。足を引きずりながら目の前を歩く男に言わなければならないことはたくさんある。妻を奪われた彼を慰める言葉も、今後どうしていくかを共に考えていこうという協力の意志も、この時の元親は考える事ができなくなっていたのだ。
家康がこの場にいる。
その事実が思考に混乱を生み出し、それ以外のことが考えられなくなる。
徳川家に見張られているのであれば、これからは事ある度に安芸を訪問することはできなくなるだろう。ならばこの機会に彼と話し合っておかなければならないことはたくさんあるというのに。
元親の脳を占めるのは、愛しさすら感じる旧き友への思慕。
そして常に隣にいてくれる伴侶とも言える存在を奪われる恐怖であった。
家康と彼が出会う前に安芸を脱出しなければ、三成が命の危険に晒される。毛利が気を利かせて中庭に逃がしてくれたが、徳川家の人間に見つかってしまう可能性もあるのだ。早くこの場を去れという毛利の言葉はありがたいし、それが一番正しい手段だとわかってはいる。
しかし元親の動きを鈍くする要因が、この屋敷内に存在していた。
「……家康に……あいつに俺が話せば……」
「無駄な夢を見るのはやめるのだな。四国が徳川の介入を受けなかったのは、復興を待っていたが故。他の者に立て直しをさせ、それから介入した方が利が多い」
「優しい奴なんだよ……あんたの嫁さんを理由もなく人質に取るようなことはしねえ。きっと理由が……」
「貴様の友はもう失われたのだ……この声は……石田か」
感情を爆発させることなく、わざと歩みを更に遅くしながら元親を諭し続けていた毛利がふと顔を上げた。
子供たちに手を引かれて三成が消えた方角から、聞き慣れた歌が聞こえてくる。
あの歌を気に入っているらしい三兄弟に請われて歌っているのか、笑い混じりの息継ぎになったり誰かに話しかけられているのか急に歌自体が止まったり。自分と二人きりの時に歌うのとはかなり違う歌い方ではあったが、歌が持つ力は元親の心を急激に落ち着かせてくれた。
聞き慣れた声と旋律は、四国の風と三成の温かい肌の感触を心の内に甦らせる。
心の乱れのままにとんでもない判断をしそうになっていた自分を、三成が助けてくれた。その事実に感謝しながら風に乗って聞こえてくる旋律の方へ眼差しを向けると、同じ邦楽を見ていた毛利が表情を険しくしていたことに気がついた。
「呪い歌か……竹中も酷なことを」
そう心底嫌そうに呟いた毛利は、吐き捨てるかのように小さく息を吐く。
「呪い歌?」
「我も詳しいことは知らぬが、あの歌は竹中が石田に教えたものだ。あのような歌を歌わせ、一体何をさせるつもりだったのやら……」
それが毛利の最後の言葉だった。
元親がどれだけ歌の意味を聞こうとも、彼は何も口にせず。
誰にも気付かれずに元親の船を出航させる準備を兵に整えさせ、三成の元へと向かった元親が無事に安芸を出ることができるようにしてくれたのだが。
彼が三成の口ずさむ『歌』の真実について話すのは今よりずっと先、元親が迷い悩んでいる時の事となる。
毛利元就の妻が人質に取られている。
元親がその話を毛利本人から聞いていた頃、三成は元気すぎる三兄弟に囲まれながら中庭を散策し続けていた。毛利家の人間か近親者しか立ち入ることを許されていない中庭に入るのは、安芸の人間ではない三成には初めての経験だった。
口で説明できぬ程美しく、様々な色にあふれている。
木々の合間からこぼれる花房、背の高い草の穂が生み出す様々な色合い。それを日の光が輝かせて、更なる色を与え。
風で花が揺れる度にどこかで花びらが落ち、風がそれを運んでいく。
唯一緑に覆われていない踏み固められた土の道を子供たちに纏わり付かれながら歩いていると、口々にどうしてここだけ草が生えていないのかを教えてくれる。
石畳にすると父上の杖が引っかかって転んでしまうから。
みんながいっぱい歩くから。
石を並べて遊びやすいから。
どの意見を採用しても何か違う気がするが、長男の言葉が一番正しいような気がする。家族の場所であるからこそ、誰もが歩きやすいように石畳などは使っていない。だからこそ感じられる暖かみのようなものが、この丁寧に作られた庭に気安さのようなものを与えていた。
「あのおはな、たべるとおいしいんだよ」
「花ばかり食べては腹を壊す、程ほどにするのだな」
「どうして?」
「火を通さねば食べられぬ物もあるのだ。魚は生でも食べられぬが、火を通さねばついている虫が死なぬ場合もある……それと同じようなものだな」
「さかななのにむし?」
「むちぃ?」
「後で長曾我部に教えてもらうといい、烏賊や他の青み魚にはよく白い虫が入っていることがある」
腕に一番小さな三男を抱き、彼らの話をちゃんと聞いて自分なりの言葉を返す。
当たり前のことをしているだけだというのに、毛利はそんな三成のことを評価し子供たちの守り役になれと会う度に言ってくる。ただ普通に子供と話して、普通に相手をしてやっているだけの自分に一体彼はどんな価値を見出しているのか。
自分のそんな実直さと相手が子供でも決して侮らずに真摯に相手をする姿勢、そして四国の政治に携わっているが故の圧倒的な知識と経験。毛利が求めているものがそれであることを当然三成は知らないし、説明されても理解することはないだろう。
自分がしていることは全部他人にとっても当たり前のこと。
持って生まれた資質を、計画的な教育で伸ばされたからこその能力の高さ。そして元親を深く愛しているからこそ献身的に彼に尽くしたからこそ、元親は四国の復興という難事業を成すことができたのだ。
努力をしたという記憶がないので、自分が高い能力を秘めていることを自覚できない。それが三成の長所であり短所であったが、本人は自分が人よりも多くの知識を持ち備えていることを誰かに愛されていた証だと受け止めていた。
自分を大切に思っていなければ、こんなにたくさんのことは教えてくれない。
今はもう死んでしまっているその人物のおかげで、三成は元親の役に立つことができた。だから名前すら忘れてしまっている存在に日々感謝を忘れず、教えてくれたであろう歌を歌うのだ。
死出の道にも届くように、そして自分が生きていることを伝えられるように。
「おうたうたって、みかんのおうた」
「みかんじゃなくて、橘の歌なんだぞ」
「ちいろいの……おうた……」
子供たちにせがまれるがまま、腕の中で顔をくしゃくしゃにして笑う末子を抱き直してやりながら三成は唇を動かし始めた。
この歌が持つ意味はわからないが、きっと誰かを思う歌なのだろう。
愛しい誰かに自分の持っている物を与えるという意味の歌詞なのだから、悪い意味の歌ではない。それに元親がこの歌を気に入ってくれているのだ、彼が望むことであればどのようなことでも行いたい。
最初に目を開けた時、三成の側には元親がいた。
お前が生きていてくれて良かった、そう言いながら目に涙をためていた彼が徳川家康の事を未だに案じていることは知っている。きっと二人は三成と元親が出会う前から、深く強い絆で結ばれていたのだろう。
三成が家康の名を口にすることを元親が厭うくらいには。
自分と徳川家康という男は昔友人だったが、だが自分は主君を殺され家康を憎んだ。元親も毛利の策略で家康を憎むことになり、それが理由で手を結んだのが出会ったきっかけと聞いてはいるが。
その時は憎しみで繋がった、そして今は互いへの愛情で繋がっている。
元親と徳川家康は数年間会っていないが、彼らが再開した時一体どんな感情で繋がるのだろうか。もしかしたら元親は自分ではなく、家康と愛情で繋がりあうことを選ぶかもしれない。
そう考えると憂鬱な気分になってしまい、つい八つ当たりのようなことをしてしまうのだ。元親の分まで茶を飲み干したりしてしまったり、苛々するので閨の中で彼の腕に噛みついたり。後で気分に任せて凄く悪いことをしてしまったと反省するのだが、何故か自分が八つ当たりをすると元親はものすごく喜ぶのだ。
もっとやっていいんだぜ。
と、図体の大きな男に輝くような笑顔で宣言されると、逆にやる気が失せてしまう。そんな理由で三成は自分の負の感情を表に出さなくなっていったのだが、基本的に激しい感情が内側で育たない性格なのでそれで鬱屈が溜まるようなこともなかった。
与えられれば自分なりの物で返す、敵意を向けられれば数倍にして返す。
記憶を失う前から変わらず、彼らしい生き様を崩さずに。周囲の人たちが暖かく見守ってくれたこともあり、三成は記憶がなくとも自分らしさを失わずに今まで生きることができていた。
きっとこの歌を歌いながら思いを向けていた相手がいたのだろう、だけど今は覚えていない。
四国という心優しい人々が住む場所に住むことができて、そこに愛しい元親がいる。だから過去を思い出そうとは思わないし、この歌があればそれでいい。
日の光が鮮やかな色合いの花を強く染め上げ、汗ばみそうになる肌を風が冷やしていく。子供たちに聞かれることに真剣になって答え、木々の合間に気付かれぬように配置されている兵たちに気がつきながらも見ていない振りをし。
当主の子供を守るのも大変なのだなと思っていた時、通り過ぎようとしていた淡い黄色の花を付けた豊かな枝を持つ木が大きく揺れた。今日の風ではこれほど大きく枝は揺れない、そしてこの木は三成よりも背が高く枝も豊かに伸び繁っている。
そう、人が内側に潜むことができる程に。
「何者だ!」
片腕に子供を抱いている上に、両腰には長男と次男が纏わり付いている。なので咄嗟に行うことができたのは、二人を後ろに下げることだけ。
気配を隠そうとしない梢の中に潜む存在にもう一度だけ声をかけ、三成はゆっくりと足を後ろへと下げ始めた。三成の声で異常に気がついた見張りの兵たちが慌ててこちらに向かってくるが、木々の間に身を潜めていたことが災いして中々こちらに近づいてくることができない。
時間にして僅かの間ではあるが、三成は今刀を持っていない。
他の領地に話し合いで赴くのに武器を持っていくわけにはいかないという理由で、何も持たずに安芸へとやって来たのだ。おまけに腕の中には、状況を理解せずに三成の胸にしがみつく三男坊。
自分を盾にしてでも、この子たちは守らなければならない。
そう心に誓い、相変わらず葉と枝を盛大に揺らす大木を睨み付けていると。
「儂は忍びでも襲撃者でもない」
その言葉と共に、花と似たような色合いの影が下へと落ちてきた。
綺麗に両足を揃え、軽く膝を曲げて落下の衝撃を殺すのは相手がこういう状況になれきっている証拠。自分で襲撃者ではないと口にする馬鹿がいるなんて聞いたことがないし、派手な色の服で潜むわけがない。
だからきっと、この男は単なる馬鹿。
頭を掻きながら満面の笑みでこちらを見つめてくる黒髪の男に対しそういう第一印象を抱いた三成は、それでも警戒している様子を崩さずに男に聞いてみることにした。
普通客というものは、上から落ちてくることはない。
「貴様は何者だ? 毛利家の人間ではないな」
「ああ、儂は客人だ。離れで待っていてくれと言われたのだが、懐かしい歌が聞こえてきたのでな……つい見に来てしまった」
「木に登る客など聞いたことがない」
「元親は儂の城に来た時、よく木に登っていたが……違うのか?」
「違う」
元親、と親しげに自分の大切な人の名を呼ぶ。
この段階でこの男が誰なのか、そしてここに何をしに来たのかを察した三成だったが、それを顔に出すことは決してしようとはしなかった。
ついにこの時が来たか。
思ったのはただそれだけ。
同じような背丈なのに三成よりも遙かに立派な体格をした、影のない笑顔を持つ青年。彼がこの国を手に入れ、己の望むがままに作り替えようとしている存在なのだ。
そして自分を一度殺した、未だに元親に想われている男。
「お前は石田三成……だな。死んだはずだったが、生きていたのだな」
彼の顔を見た人間全てを惹きつけるような、輝くような微笑み。
毛利家の家人しか入れない内庭に無断で入ってきた侵入者だというのに、集まってきた兵は家康の顔を見て警戒を解き始めていた。
持っていた刀や槍の先が下がり、その顔から険しさが消え。
戸惑いと安堵が顔を彩り始めることを、誰もが素直に受け入れている。
彼の持ち備えた一切の邪気が感じられない雰囲気、そして人を惹きつけ魅了する存在感。かれこそが天下を治めるに相応しい人間なのだと、一目見て理解してしまうほどの人としての強さを兼ね備えているというのに。
何故だろうか、三成は全く彼の心を動かされることはなかった。
むしろこの男と子供たちを接触させてはいけないと思い直し、子供たちを後ろに下がらせようとしているのだ。
それが家康にの目には奇異に映ったのだろう。笑みは少しも崩れなかったが、戸惑うかのようにほんのわずかだけ首をひねりながら三成へと話しかけてきた。
「三成……儂はお前に聞きたいことがある。少し時間をもらえないだろうか」
「今の私はこの子たちの世話を頼まれている身だ。それに私は貴様のことなど覚えてはいない、だから貴様と話す意味がない」
「そうか、儂を忘れてしまっているのか。それでは確かに話す意味がないな……だが儂には話す意味があるのだ」
「意味だと? これから私を捕らえて殺すというのに、何の意味がある」
「殺す? 儂はお前を殺さなければならないのか?」
心底不思議そうに、家康はそう言った。
人好きのする笑顔はそのままなのに、口調は三成にしがみつく子供たちのように無垢で。疑問を素直に口にした彼は、子供のようなきらきらした瞳で答えを三成に求めてくるのだ。
一体この男はなんなのか、どうして自分を捕らえようとも殺そうともしないのか。
その答えが欲しくて、そして彼という男が知りたくて。
「……少しだけ貴様に興味が湧いた、話を聞いてやってもいい」
「そうか、それはありがたい! 儂は石田三成という男が生きていたら一つだけ聞いてみたことがあったのだ」
「そうか……」
四国や安芸で色々な人間に会ったが、こんな奇妙な人間には会ったことがない。
そして彼は自分の過去についての記憶を持っているのだ、彼に聞けばもしかしたらいつも歌っている歌がなんなのかを知ることができるかもしれない。
小さな興味故に、三成は家康の提案を受け入れた。
そんな三成を元親が迎えに来たのは、三成が中庭から姿を消したすぐ後のこと。三成の腕から下ろされた小さな子供が、三成恋しさに泣きじゃくっている時であった。
>参に続く
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色々説明
拍手現在豊臣家転生パロ中学生編入ってます
(現在2本 家三 チカナリです)
注意事項
・フリーリンクじゃないです、基本的にはリンクはお断りしています
・ひっそりこっそりが信条なので、黙々と
・捏造、not公式のこばなしが多いので、スルー推奨
ラキドでは幹部全員を溺愛しておりますが、ベルナルドとイヴァンは特に偏愛。ばさらは家三とか奥州の愉快な仲間達と毛長がメインです。うずみさんが現在官三とか官佐にずっぽりとはまり中。
基本は、愛想のかけらもない「ネット怖い~」の書き手が二人で色々書いている場所です。
書いている人
みっし
・生真面目で堅物でムキムキな男性と一見そうじゃなくても根は真面目極まり ないキャラをこよなく愛している、がんかたうるふの片割れ。編み物とお菓子作りが趣味という、第三者曰く可愛らしい一面を持つ反面、パニクると踊ったり、オロオロしだして周囲は見ていて楽しいらしい。荒ぶる舞は、職場の名物だったりする……らしい。
イヴァンちゃんと片倉さんとシズちゃんとスカイハイさんと陛下を思いっきり愛している。好きなアニメは銀魂と最近はFate/zero。型月ファンというよりは元から虚淵ファンでうずみさんからオススメされまくった末にようやっと手を付けて完読した。ライダー組おいしいです。エクシリアではダントツで陛下が好き。陛下が使用可能になる完全版があるなら複数買いしても構わないとのたまう日々。バサラの好きキャラは片倉さん一強だったはずなのに最近はアニキも熱い。かっちり着込むキャラがすきだったはずなのにいきなり露出度が高いキャラを好きになったのは何故か悩む日々。二次元の向かう愛と同じぐらい甥っ子への愛を叫んでいる気がしてならない。
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うずみ
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