がんかたうるふ 「輪舞~真~」四章 啓蟄の刻 ~元親~ その3 忍者ブログ
こちらはサークル「がんかたうるふ」のうずみとみっしの二人組が、ラッキードッグ1とばさらのこばなしを黙々と投下する場所です。
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ようやく次から、本番だよ!
(長いプロローグが終わったとも言うw)





(書いた人 うずみ)



 *****
 四国で長曾我部に討たれたか、または何かに巻き込まれたのか。
 城内で三成に関するそんな噂が立ち始めたある日の昼下がり、三成は長曾我部家の無駄に大きな船に乗ってひょっこり帰ってきた。
 細い体に似合わぬ重そうな厚手の羽織を纏い、何故か手に一抱えもありそうな大きな赤い魚。
 おまけに背には風呂敷に包んだ何かを大切そうに背負っている。
 付き従っていたはずの人間に守られるのではなく逆に荷物を持った男たちを先導するかのように歩いてきたので、門を守っていた兵たちも最初は気がつかなかったらしい。無造作に門を通り抜けようとする無頼の輩を押さえ込もうと構えた瞬間に三成だと気がつき、あまりの驚きで頭を下げることすら忘れ。
 ごく当たり前に門を通りすぎた三成が次に出会ったのが、小早川秀秋だった。
 三成がいない隙を見計らって大谷の見舞いに訪れていた小早川秀秋は、あまりに唐突に出会ってしまったので咄嗟の判断で逃げだそうとした。恐怖の対象ともいえる三成に、いきなり出会ってしまったのだ。彼の判断は間違っていなかったのだろうが、素早さは三成の方が上。
 あっさり捕獲された上に首根っこをむんずと掴まれた上に、地べたに叩きつけられることになる。
 同行してくれていた臣下たちすら置いて逃げようとしていた小早川を興味なさげに一瞥すると、三成は城の中へと彼を連れて行くために背に背負った鍋ごとひきずり出した。石畳と鍋がすれておかしな音がするが、小早川秀秋の身体に擦り傷ができるような引っ張り方はしていない。
 乱暴なくせに時折奇妙な優しさを時に見せるのが三成なのだ。
「み、み、み、三成君! 僕今日は刑部さんのお見舞いに来たんだよ……別に三成君の顔を見に来た訳じゃないから……」
「私も貴様の顔を見に戻ってきたわけではない!」
「じゃあ……もう帰ってもいいよね? 天海様が戻ってきたら……僕、すぐに帰ろうと思ってたんだ……」
「…………駄目だ、貴様には用がある」
「やだぁぁぁぁぁぁ! 三成君の用はいつも痛いことばかりだもん! 僕は帰るよ、帰りたいんだよぉぉぉぉ!」
 右手には小早川秀秋、そして左手には巨大な赤い魚。
 いつもなら着ないような淡い梔色の羽織に、紺桔梗の袴を合わせ。周囲の驚く声を全く気にすることなく一見巨大な甲虫のように見える小早川を引きずって歩く三成の姿は、とにかく異彩を放っていた。
 引きずっている物がおかしければ、服の色合いもちぐはぐ。
 指先を隠しそうな程長い袖の割に着丈が短い羽織は、腰に下げた刀を抜く時に邪魔になるだろう。抜こうとした時にちょうど裾が手に纏わりついてくる長さの羽織を、寒いからといって神速の抜刀を得意とする三成が着るわけがなかった。
 騒ぎを聞きつけ様々な問題を奉仕して慌てて駆けつけた官兵衛も最初その姿を見て驚いたが、何故そんな色の羽織を着て帰ってきたのかをすぐに理解できた。官兵衛の顔を見て駆けつけた三成につけた昔からの忠臣に聞くと、予想通りの答えが返ってくる。
 あの羽織は家康の物。
 二人は雑賀の郷で出会い、決着らしきものをつけたらしい。
 その後長宗我部の城で起こった騒ぎの際に三成を助けてくれたのも家康で、短い間であったが二人は親交を深め合った。それだけ聞ければ十分だったので臣下たちには後片付けは後日にして休むように伝え、官兵衛は三成へと近づいていった。
 石畳の縁に到達する度にがくんがくんと揺れていた小早川の身体が、しばらくの平穏を取り戻す。
「戻ったか」
「……官兵衛、話さなければならないことがある」
「大体予想はつくけどな……後で聞かせてもらうか」
「わかった……しかし金吾が見舞いに来るということは、刑部の具合は悪いのか?」
「寝込んじまってるが、少し休めば戻るだろうよ」
「大丈夫だよ、天海様のお薬を飲めばみんな元気になるんだから!」
「貴様には聞いてない!」
「ヒィッ!」
 情けない声を上げて手で頭を庇う小早川を無視して、三成は再び歩き始めた。
 もう少し仲良くなれないものかと官兵衛としては思いはするが、生まれも育ちも二人は全く違うのだ。
 人に傅かれることが当たり前という環境で育ってきた小早川と、人に従わなければならない存在であった三成。仲良くしろとどれだけ言ってもすぐに仲良くなれないのはわかっていたのだが、小早川秀秋は鷹揚という言葉を悪い意味で体現していた。
 食をこよなく愛するのは間違っていないのだろうが、それを理由に政治を疎かにする。
 周囲の言葉に耳を貸しすぎて、結局どうしていいのかわからなくなる。
 君主としての特権を享受しながら生きているのに民に何の見返りを与える事ができない、そんな所を三成は許せなかったのだろう。会う度に怒鳴りつけ、時には実力行使で黙らせる。
 そんなことをしていれば顔を見た瞬間に逃げられるのも当然。
仲良くしようとはしていたのだが、かみ合わないが故に段々疎遠になっていった二人。今後のためにも少しは仲良くしてくれてばいいのだが、そう思いながら軽々と小早川を引きずる三成の隣を歩いていた官兵衛の耳に申し訳なさそうな小さな声が届く。
「あの……三成君。こんな事を聞いたら怒るかもしれないんだけど……何を背負ってるの?」
「何故そのようなことを聞く?」
「だ、だって、すごく美味しそうな匂いがするから……」
「貴様はこれを使って、鍋を作ればいいのだ! 余計なことを聞くな!」
「ごめんよぉぉぉぉぉ……って、鍋?」
 いつものように余計なことを聞いて三成に殴られると思ったのだろう。
 身体を縮めて手で頭を庇った小早川は、三成の言葉を聞いてきょとんとした顔で袖の隙間から顔を覗かせた。その間も引きずられ続けているのだが、それに関してはもう慣れきってしまっているらしい。
 何をされるかわからない状況だというのに、鍋という言葉を聞いて目が輝き始めている。
「長宗我部が言ったのだ、この魚は鍋にすると美味いとな。刑部が伏せっているというのなら、美味い物を喰わせれば元気になるかもしれん。だから金吾、貴様は鍋を作れ」
「三成……刑部に喰わせたいんじゃなくて、自分が喰いたいんだろう?」
「う、うるさいっ!」
「その魚だったら、水炊きにすると美味しいと思うよ。でも刑部さんにも食べさせてあげたいから……終わったあとで雑炊にすればいいんじゃないかな?」
「私にはわからない、だから貴様に任せる」
「だったら……それも使ってもいい?」
 小早川が指さしたのは、三成が背負っている包みだった。
 一瞬不思議そうな顔をした三成だったが、料理について無知なのは自覚しているらしい。官兵衛に魚を預け小早川を掴んでいた手を離すと、包みを身体から離して小早川に素直に渡したのだった。
「……やっぱりそうだ、この季節にこんなに青いのがあるなんて! これがあったら美味しいお鍋ができるよ、三成君ありがとう!」
「貴様に全てくれてやるとは言っていない」
「でもほとんど使っちゃうよ?」
「悔しいが……仕方がないことか」
 宝玉でも取り出すかのように恭しく、三成の手から解放されて起き上がった小早川が取り出したのはまだ皮が青い蜜柑らしき物だった。
 幾分普通の蜜柑よりかなり小さく堅そうなのだが、柑橘類特有の心地よい香りがほのかに広がっていく。布に包まれていた時にもうわかっていた小早川の嗅覚は見事なもの。それは三成もわかったのだろう、悔しそうに唇を尖らせていたが素直に渡すことに決めたらしい。
 ただし、
「私と刑部の口に合う物を作らなければ、どうなるかわかっているのだろうな?」
 という脅しの言葉付きだったが。
 いつもよりはきつさを感じさせない言葉にも身を震わせ目に涙をためる小早川の肩を慰めるように叩いてやり、官兵衛は三成を軽く諫める言葉を口にする。
「おい三成、これから美味い物を作ってもらうんだ……もう少し愛想良くしろよ」
「これでも最大限譲歩しているつもりだ」
「こういう時はな、お願いしますとか頼むとか言うもんなんだよ」
「だが刑部が金吾は責められて喜ぶのでそのような言葉は不要……と」
「刑部さん、そんなこと言ってたの!?」
「違ったのか?」
 まだ座り込んだままの小早川の目線と、見下ろす三成の目線が絡み合う。
 これで少しは仲良くなればいいが、まだしばらくの間は今のような関係が続くのだろう。 虐げる側と逃げられずに虐げられることを我慢して受け入れていた側、そういう関係が今の会話でわずかに変わり始めていた。
 急に互いを労り合う関係にはなれないだろうが、どちらも基本的に昔のことを根に持つ性格ではない。小早川も三成も気持ちは優しく、他者を労る心はちゃんと持ち備えている。
 これからも揉めることは多々あるだろうが、そこは大人たちが間に入ってやればよい。
「…………まてよ、大人……」
「どうした官兵衛?」
「いや、大切なことを忘れていたような気がしてな……」
「家康のことであれば、後で話すつもりだが」
「そうじゃなくてな、今解決しておかなきゃならん問題があったはずなんだが」
「家康さん? 家康さんに会ってきたの!? まさか三成君……家康君のこと……」
「貴様……私を愚弄する気か?」
「まだ何も言ってないよ!」
 大人、という単語で何かを思い出しかけたのだが。
 城の前庭で考え込むのも格好悪いし、三成は早く大谷や秀頼に会いたいのかそわそわと城の方を何度も見つめている。これは話を早く切り上げるべきだろう、そう思って小早川を引き起こして三成にそれを伝えようとした時。


 早く思い出しておけばよかった。


 官兵衛は三成から渡された魚を片腕で抱きながら、鎖と鉄球に繋がれた側の手で三成を引き寄せ小早川を背に隠した。
「石田、そいつが鍋だけ作って暮らしてる美食野郎か?」
「ああ、金吾だ」
「怖そうな人だね……三成君、この人誰なの?」
「長宗我部元親だ、魚を釣るのが上手い」
「俺の特徴それだけかよ……」
 船の繋留を部下たちに任せてきたのだろう。
 冬だというのに肌を大きく露出した衣装のまま碇槍を片手で抱え、長宗我部元親が門を抜けてこちらに近づいてくる。潮風に吹かれたままにしている荒れ放題の髪と、半分近くを眼帯で覆っている男らしい風貌。
 気さくな男であることは知っていたが、三成の事は相当気に入ってくれたのだろう。男らしさと気概に満ちあふれた瞳に、年若く生真面目な青年への優しさが時折見え隠れする。
 長宗我部には下手に策を弄したり説得するよりも、三成という人間を隠す所無く見せた方がいい。そう考えた官兵衛の目論見は見事に当たってくれたらしいが、当たりたくない予想まで当たってしまったらしい。
 小早川の姿は長宗我部には見えてしまっている。
 三成も長宗我部の事は相当気に入っているのか、嬉しそうに駆け寄っていこうとするのを腰を抱いて押さえ込んだ。
 相手が長宗我部だけならいいのだ、しかし官兵衛は三成が帰ってきたことで投げ出した『問題』のことをすっかり忘れていたのだ。
 そう、


「……来たか西海の鬼よ」


 腕を組み、おもいっきり威張った姿勢を維持したまま城の方からこちらに近づいてくる小柄なくせに威圧感に満ちあふれた存在のことを。
 先程まで風邪一つ吹いていなかったというのに、二人の間を強い風が吹き抜けていく。互いの顔を小春日和の暖かな光の中で確認した毛利と長宗我部、二人の顔がほぼ同時に強ばった。
「毛利元就……あんた、何故こんな所にいやがる?」
「四国と安芸との和議を進めるため……そういえば頭の悪い貴様にもわかるか?」
「誰の頭が悪いだと? おかしな口ばっかり叩くようなら、俺にも考えはあるぜ」
「貴様の考えなど我には全てお見通しよ。常に貴様は我の掌の上で踊り続けてきたのだ……それこそ今でもな」
 いつの間に着替えたのか官兵衛と話していた時は普通に着物を着ていたというのに、今の毛利は輝くような戦鎧を身に纏っている。腰には輪刀として使うこともある二振りの短剣、そして頭には無駄に長い……と決して本人に言ってはいけない兜。
 どう考えても、これから和議の話し合いを行う相手の前でする格好ではない。
「毛利様! な、な、な、なんでここにいるの!?」
「三成……金吾を連れて城に入ってろ。まさか……今会っちまうとはな」
「貴様はどうするのだ?」
「そりゃ止めるしかないだろうよ」
 会えば必ず一度はこうすると思っていたが、出会い頭にこれでは互いに対する印象が悪くなりすぎてしまう。ここはどんな手を使って求めなければならないが、まずは毛利に怯える小早川を先にここから逃がすべきだろう。
 そして長旅で疲れている三成も。
 官兵衛のその意図を三成も察してくれたらしい、周囲を確認し小早川を無言で睨み付けて先行させ。
「官兵衛、私が長宗我部を止める」
 三成を少し休ませたい、官兵衛のその思いは無視して普通にその場に残ったのだった。
 毛利の冷笑は長宗我部の怒りを一気に膨らませていき、肩に担いでいた碇槍はいつの間にか地面を舐めながら構えられている。対する毛利も悠然とした態度は崩していないが、いつでも腰の刀に振れられるように組んだ腕を崩し始めていた。
 小早川は三成から受け取ったつつみを胸に抱きながら、情けない声を上げ城に駆け込んでいく。
「三成……小生はお前さんにも城に入って欲しかったんだが」
「だが貴様一人ではあの二人相手は荷が重い」
「そりゃそうだがな……」
 官兵衛に腰を抱かれたまま、三成は耳元にそっと囁きかけてくる。
 髪を揺らし耳を温めてくる吐息の感触が心地よいが、今はそれを堪能している場合ではないわけで。
 自分の策の通りに動き、長旅に耐えてくれた三成を更に疲れさせたくはない。
 この一触即発の状態をどうにかできればいいのだが。じりじりと距離を詰めつつ、それぞれの武器を構えて相手に打ちかかり始めそうな状況の瀬戸内の両将。
 自分の手の内にあるのは魚と三成だけだというのにどう止めれば。
「…………まてよ……魚…………鍋……?」
「何か思いついたのか?」
「たいしたもんじゃないがな。三成、お前さんにちょっと危ないかもしれんことを頼みたいんだが」
 まだ手に掴んでいた魚を見て、ふと思いついた妙案。
 自分では足が遅すぎるので三成に頼むしかないが、多分上手くいくに違いない。

 手の内にある物はどのような形でも生かすべき。
 そして最後まで生かし切る方法も同時に考える。

 それが軍師のあり方であることを思い出し、官兵衛は声を出さないように唇に力を込めて笑うと。
 三成の腰を解放し、彼の背をそっと押した。



 それがあの二人の争いを止める最善の策だと信じて。














 結局あの場は三成が全て収めてくれた。
 魚を手に長宗我部に駆け寄り、腹が減ったので鍋を食べに行こうとそれはもう強引に誘ったのだ。元来世話焼きでおおらかな長宗我部は当然の如くお腹を空かせた子供(?)を放置できないし、挑発に失敗した毛利はその場で戦うことが無意味と悟り。
 何故か彼等は鍋をつつきながらの和議にそのまま突入してしまった。
「貴様……この程度の金が払えぬと言うのか?」
「うちは常に金がねえんだよ。そうじゃなきゃ余所の国を襲うわけがないだろうが」
「趣味だと思っておったわ」
「趣味海賊ってなんだよ……おっ、このタレ美味いな。かぼすと……何使ってんだ?」
「醤醢とかぼすの絞り汁を混ぜて、それにちょっとだけ酒粕を入れたんだよ」
「こりゃいいや、今度うちの野郎どもにも喰わせてやるか。細かい味付け教えてくれや」
「…………我の話を聞け!」
 三成と官兵衛、そして鍋を作った小早川に一応和議の最中の二人。
 厨房の隣にある使用人用の囲炉裏のついた部屋で、一応成人している男たちが鍋を囲んでぎゃあぎゃあと騒いでいる。三成は鍋の味付けが余程気に入ったのか、猫舌気味なのかふうふうと息をかけて湯気の立った野菜や海産物を冷ましながら食べ続けている。普段ならば少し食べたらすぐに席を立つ三成だというのに、今日はびちびと食べ続けてながら鍋の中身に何度も目をやっていた。
 日頃何かある度に自分を怒鳴りつけてくる三成が、こくこくと頷きながら自分の作った物を食べてくれる。
 それが小早川には余程嬉しかったのだろう。
 来客中ということで大谷に会えず、少し気落ちしている三成に優しい声をかけ続けていた。
「三成君、こっちの魚も煮えてるよ? この貝も美味しいからいっぱい食べてね……おかわりよそってあげようか」
「…………………………」
「じゃあこっちのお椀に移しておいてあげるから、冷めたら食べればいいよ。あ、こっちは刑部さんと秀頼君の分ね」
「……違う、もう一人だ」
「もう一人? まだ誰かいるの?」
 さすがの小早川も調理中は甲虫を思わせる珍妙な兜は外すので、ふくよかな外見に似合わぬ幼く見える風貌が更に強調される。おまけに三成の方が背が高いのでかなり年長に見られがちなのだが、二人はこれで結構年が近い。
 三成が勢いのままに高圧的に話さなければ、普通に話ができるのだ。
 互いがほんの少し気遣いをしただけで仲良くできる若者たちに比べ、大人たちはどうも見苦しいというか。
「おい毛利、少しは遠慮しろや。さっきから一人でがつがつ喰いやがって」
「我のどこが大量に食べているというのだ」
「少しはガキどもに喰わせてやれよ」
「一国一城を背負っているのだ、同じ立場として扱うのが当然。すなわち我があれらに配慮する必要など無いということだ」
「…………………………」
 器用に箸で魚の骨をよけながら食べているのは二人とも一緒。
 しかし魚の美味しい部分を優先的に三成や小早川に与える長宗我部と違い、毛利は椀の中に山のように具材を盛っていく。周囲を気遣う前にまずは自分が満腹になるのが先、そう言いたげに凄まじい勢いで食べ続けている毛利に色々と思う所があったのだろう。
 横目で睨み付けながら、長宗我部が静かに説教を始めていた。
「あのよ、俺らはご馳走してもらってる立場だ。喰わせてもらってんだから、それ相応の気遣いは必要だと俺は思うんだがな」
「石田と黒田の気遣いなど不要。金吾は……我と同席できるだけでありがたいと思っているはずよ」
「僕の扱いその程度なの!?」
「金吾……貝の殻が残った」
「あ、三成君それはこっちの壺に入れておいて」
 驚いたり世話を焼いたり小早川は忙しそうだが、結構楽しそうではある。
 横で毛利が睨みをきかせていなければ、もう少し明るい表情を見せてくれるはずなのだろう。しかし隣に恐怖の対象である毛利、逆隣には少しだけ怖くなくなったがそれでも怒ると怖い三成。
 おまけに毛利は不倶戴天の天敵である長宗我部と論戦を繰り広げているのだ。
 他者の荒い声を聞くだけで身をすくめる彼にとってこれほど恐ろしい場はないと思うのだが、食への尽きぬ興味がそれを打ち消してくれているらしい。三成が言った『もう一人』が誰だかもわからず、食べやすくて美味しい物を椀に盛りつけている小早川の顔からは恐怖は少しずつ薄れ始めていた。
 そして、毛利の隣に座る男の怒りも。
「ガキの面倒もみられねえ男と仲良くなんてできるかよ」
「貴様はそうやって面倒を見ているつもりなのかもしれぬが、それは大間違いよ。あれらは捨て駒どもの上に立たねばならぬのだ、我が甘やかせば自分がどうあらねばならぬかすらわからなくなるであろうな。捨て駒どもにあなどられることにすらなりかねん」
「…………あんた、もしかして結構こいつらの事気にしてんのか?」
「我を使おうというのだ、それ相応の立ち振る舞いを身につけてくれねば困る」
「考えてはいるんだな……」
 助けるのが正しいと考えるか、放置するのが正しいと考えるか。
 目の前にいる若き君主たちに対する態度は真逆であっても、考えていることは結構似通っているのだ。まだ未熟であっても自立して大国安芸を治める毛利と対等であろうとして欲しい、そう望んで厳しくする毛利の態度が一見わかりにくいかもしれない。
 しかし彼は彼なりに今後のことを考えて、三成や小早川を鍛え直そうとしている。
 ただ大切にして守り通そうとするだけでは何も変わらない、官兵衛はそれを前の時間で学んだ。逆に大切な者を失い、悔やんでも悔やみきれない事態に陥ることだってあるのだ。
 だから自分の力で常に判断できるように、そして生きられるように。
 どんな時でも厳しく対応するのは、決して間違ってはいないのだ。その役目を進んで引き受けてくれている毛利には感謝しているし、二人を優しく包み込もうとしてくれている長宗我部の優しさもありがたく受け取るべきだろう。
 何事も適材適所。
 そして三成にとってのもう一人の『無条件に甘やかしてくれる人』が近づいてきているのを、官兵衛は三成の影が動いてもいないのに揺れはじめていることで気がついていた。
「なんだ?」
「………………無粋な」
 鋭い毛利と長宗我部の声に、小早川が顔を恐怖で引きつらせる。
「な、なんなの!?」
「ようやく来たか」
 もうすっかり慣れっこになってしまっている三成は全く動じていないが、小早川は大きく形を変えて歪みだす三成の影を見て完全に怯えてしまっている。頭を抱えてがくがくと震える小早川の周辺の床が揺れる中、三成の影から音もなく這い出してきたのは愁いを帯びた瞳を持つ美女であった。
「…………おかえりなさい……やみいろさん……いち……あかちゃんといっしょに……ずうっとまってたのよ……」
「秀頼様はどうした?」
「あかちゃんは……おひるねなの……やみいろさんはなにをしているの……?」
「金吾の鍋だ、貴様も喰え」
「おなべ?」
 三成に後ろから抱きついた艶やかな紅の小袖を着たお市は、床に置いてある椀と頭を抱えて伏せている小早川をかわるがわる見やる。そして豊かな長い黒髪を揺らしながら、そっと小早川へ声をかけた。
「…………あなたは……だぁれ? おかしいのね……こわくないものまでこわがってるの……」
「…………え?」
「……やみいろさんがいってくれたの……わすれたらおもいだせばいいの……いちはここですこしだけおもいだせたから……まえよりこわくなくなったの…………」
 美しい声、無垢なのに哀切に満ちた響き。
 それにつられて顔を上げた小早川の目の前には、三成の肩から身を乗り出したお市の顔。これほどの美姫を間近で見たのは初めてなのだろう、小早川は恐怖すら忘れ見惚れてしまっていた。なにしろ魂すら吸い尽くしそうな美貌だ、若くまだ妻を娶っていない彼が魅入られてしまうのは当たり前なのだが相手が悪い。
 早めに引き離すべきだと考え、鍋を挟んで向かい側にいる男に手伝いを頼もうと思った時。
 目の前で、予想だにしないことが起こっていた。
「あの女……確か……」
「…………第五天……魔王の妹よ……」
「石田の奴、魔王の妹まで拾ってんのかよ……」
「それはいいが、さっさと離せ。我のことは……虫が好かぬのではなかったのか?」
 対応する間もなく出てきたお市に対し、小早川は頭を抱えて伏せることしかできなかった。
 そして長宗我部は間合いを取るために腰を浮かせ、自分の獲物と共に隣にいた毛利を引き寄せて距離を取ったのだ。長宗我部の腕に後ろから抱かれるような形になっている毛利は、自分の部下たちが見ていないとはいえ恥ずかしくて仕方がないのだろう。
 普段はわずかの表情ものせぬ顔に朱を昇らせ、唇を噛みしめて顔が動くのを押さえ込んでいる。
 嬉しさを表したいのか、それを上回る恥ずかしさを打ち消してしまいたいのか。俯いて必死に長宗我部に見えぬようにしているが、元々の身長が違う上に勢い任せに腕の中に引き寄せたので。
 羞恥で染まった首筋が長宗我部にはしっかり見えてしまっていた。
 何か見てはいけない物を見てしまったかのように一瞬目を見開くが、長宗我部は毛利の首筋から目を離すことはなかった。むしろ触り心地の良さそうな海に広がる雲のような色合いの肌を、無言で見つめ続けている。
 その視線を振り払うかのように、毛利が首を振りながら小さな声で呟く。
「は……早く離せ」
「ああ、その……悪いな」
「……何故我を……守ろうとした?」
「あんた、話してみりゃあ悪い奴でもなかったからな。そう思ったら身体が勝手に動いちまった、そんだけだ」
「熟考して動かねば、貴様のような愚か者は戦場で死すことになる。次からは気をつけるがいい……」
 離せと言っても長宗我部の腕が緩むことはなかったので、毛利は力尽くで抜け出したようだが。
 まだお得意の毒舌には切れがないし、どことなく態度も浮ついているというか。
「長宗我部……以前我をこのように……いや、気のせいよ」
「奇遇だな、俺もあんたを腕に抱いたことがあるような気がするんだが」
「気のせいということにしておけ」
「そ、そうだよな……」
 お互いに首をひねりながらではあるが、目線は隣にいる相手を追い続けている。

 残るはずのない記憶、そして愛した相手への思い。

 前の時間で確実に互いを思い始めていた毛利と長宗我部に、失われたはずの時間で育んだ思いの残滓が残っているというのか。
 そんなわけがない、あの時間は消えて今はやり直している最中なのだ。

 しかしここは家康の望みによって生まれた時間。

 あの心優しい男が願って生まれたやり直しの機会ならば、これくらいの奇跡くらいは普通に生まれるのかもしれない。
 相変わらず三成を挟んでお市と小早川は見つめ合っているが、大坂城で暮らすようになってから人間らしい感情を急速に取り戻し始めているお市の瞳は、小早川の心を追い詰めることはなかったらしい。
「……お市様っていうんだ……魔王の妹に生まれちゃって大変だったね」
「たのしかったのよ……にいさまにねえさまに……らんまるに……それから……こわい……しろへびさん……」
「白蛇? どんな人なの?」
「……にいさまをたべちゃいたかったの……でもだめだったの……」
「そんな怖い人には会いたくないなあ……」
「金吾、第五天……話すのはいいが、私の食事の邪魔をするな」
 お市に抱きつかれ、小早川には近寄られ。
 それでも食事を続けている三成を見習って、官兵衛も何も見なかったことにして食事を再開することにした。小早川の作った酸味の深みのある塩味が調和したつけだれは美味しいし、なによりも三成が美味しそうに食べているのを見ていると嬉しくなってしまう。

 三成を中心に恨みや憎しみではない形で西国の将たちが纏まり始めている。

 家康側の準備も終わっているのならば、そろそろ大きく動かなければいけないだろう。
 家康にあったという三成が、それに関しての情報を持って帰ってきてくれていることを祈りつつ。官兵衛は三成の隣にあった具材の満ちた手つかずの椀の一つを、そっと手元に引き寄せた。
 そうしなければお市が倒してしまうかもしれないし、適度に冷めたら大谷に持って行ってやるべきだろう。できれば彼もここに呼びたかったが、今の彼は起き上がって歩くのがやっと。
 小早川の元にいる天海という僧正が薬学に詳しいので看てくれると言っていたので、今は彼に任せるべきだろう。
 この時はそう思っていた官兵衛が天海の正体を知ったのはこれよりずっと後の話。

 自分の不運を心底呪い、一生涯悔やみ続ける出来事が起こる少し前のこととなる。












「……どうぞ」
 小さな陶器の壺に入ったそれを枕元に押しやられ、大谷吉継は自分を見下ろす男を強く睨み付けた。
 思うように動かぬ身体。
 してこのような得体の知れぬ男の頼らねばならぬ自分。
 男を呪っているのではなく、自分を不幸にする要因全てを大谷が憎んでいることを男はわかっているのか。
 あらゆる色がそぎ落とされた長髪を揺らしながら、天海と名乗る男はぞっとするような笑い声を響かせ始めた。
「素晴らしい薬ですよ。痛みも苦しみも全て涅槃へと押し流してくれる……ただし、黄泉への入り口も近づいてきますがね」
「我の望みさえ叶えば……不幸をこの世に降らせることさえできれば……命など、どれだけ短くなっても構わぬ」
「そうですか」
 口元を覆う仮面の下で、この男はどのように笑っているのだろう。
 小早川秀秋に付き従う慈悲深き高僧。
 世間にはそう評されているようだが、大谷には白蛇の妖が人の形を借りたようにしか見えなかった。
 人の心に絡みつき、締め上げ。
 いつの間にか骨を砕いて全てを食らいつくしている。
 このような男の手を借りなければならなくなったことは甚だ不本意だが、大谷には時間も手段もなくなりつつあったのだ。
 三成は病を理由に大谷を政務から遠ざけ、代わりに官兵衛を重用し始めた。
 長宗我部に徳川を討たせるために彼等の間に不和の種を撒こうとしたが、それも官兵衛に阻止されてしまった。しかし官兵衛は大谷を憎んでいるわけではなく、純粋に病に冒された大谷を三成のために一日でも長生きさせようとしてくれている。
 優しさが憎い、気遣いが煩わしい。
 布団の重さすらはねのけられなくなっている今の状態では、この男を部屋から追い出すことも難しい。
「……そういえば、石田さんは家康さんに四国でお会いしたようですね。随分と仲睦まじい様子だったとか」
「徳川……だと」
「四国に行っていた私のお知り合いが教えてくれたのですけどね……さて、どうなったことやら」
 隠れて見えない口元に手をやり、くすくすと楽しそうに笑う天海を前に大谷は怒りを隠そうとはしなかった。
 家康と三成が四国で会っている。
 だが家康が討たれたという報告は聞かないし、三成も怪我無く戻ってきている。

 それはつまり、二人は何らかの形で和解したということだ。

 元々この流れは半兵衛が作り上げたもの、家康は望んで秀吉を討ったわけではない。
 それを三成が知っているのだ、話し合えば和解は成ってしまうと思い二人を会わせないようにしていた。三成が家康のことを慕っていたのは知っている、そして家康が必要以上に熱い目線で三成のことを追い続けていたのも。
 家康はずっと三成を愛していたのだ。
 おまけに徳川家康という男は誰にでも好かれる素直な心と、病につけいられない健康な身体を持っている。それだけでも憎いというのに、彼は大谷の大切な者を当然のように奪っていくのだ。

 自分は当然幸せになる、そう思っているに違いないあの男が憎い。

 官兵衛のように不幸にとりつかれたような男であれば、大谷は喜んで三成を任せただろう。不幸に晒され、自分を追い込みながらでも官兵衛のような情の深い男は三成を守り続けるだろう。
 三成への愛情という幸福の中にありながらも、あの男は不幸から抜け出せない。
そんな相手であれば憎しみなど感じずにいられたというのに、どうして家康は大谷の余生を負の感情で彩ろうとするのか。

 家康さえいなければ。

 三成さえ彼を選ばなければ。

 悔しさのあまり目元が熱くなるが、弱った身体は涙を作り出すことすらできなくなっている。そのかわり吐き出す息に呪いを込めていると、伸びてきた天海の手が横たわる大谷の前に小さな陶器の小瓶を差し出してきた。
 中に満ちているであろう液体が、チャプンと小気味よい音を立てる。
「今のあなたには必要になるかもしれないと思いましたので、素敵な薬を用意してきました」
「………………薬……とは……?」
「これを飲むと、それはそれは素直になれるお薬です。素直になりすぎて、人の言うことをなんでも聞いてしまうほどの……ね。使うと少しばかり寿命が縮みますが、それほど気にするほどのものでもありませんよ……あなたの大切な方が死ぬことはありません」
「三成に……飲ませよというのか」
「必要ないのでしたら、私も使いますので持ち帰りますが……」
 どうしましょうか。
 目を細めて笑みの形を作りながら、天海は目の前で小瓶を更に揺らし続ける。可愛らしいともいえる水音、だがそれを受け取ってしまえばきっと。

 大谷はいつか三成にそれを飲ませてしまうだろう。

 大切な三成、この世でただ一人の大谷の『友』である存在。
 だが彼だっていずれは大谷の元を離れていくことになるのだ、死という変えられない運命によって。

 それであればいっそのこと。

「……………………置いていけ」
 今はまだ使うことはない、気休めとして持ち歩くだけ。
 誰かを思い通りにできる切り札が自分の元にあるという愉悦、それに浸るために持っているだけだ。

 そう、今は。

見飽きてしまった天井だけを見つめ、天海を見ぬようにしていた大谷の枕元にもう一つ。小さな小瓶が置かれたことを耳で確認すると、聞きたくもなかった天海の引きつったような歓喜の笑い声までもが聞こえてきて。
 大谷は心底嫌そうに息を吐きながら、目をつぶることにした。





「…………受け取っていただけて良かったですよ。金吾さんにはまだ教えてあげられないのが残念ですが……すぐに来ますよ……その時が…………ね」












____________________________________________

ということで金吾さん登場。
色々と書きたいことはあるのですが、今日は疲れたので明日前半戦についてちょっと長めに書いてみようと思います。


……だが疲れた。

頭痛シーズンがおわったらしいので、がんがんペースを上げたい。
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色々説明






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(現在2本 家三 チカナリです)


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基本は、愛想のかけらもない「ネット怖い~」の書き手が二人で色々書いている場所です。


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みっし

・生真面目で堅物でムキムキな男性と一見そうじゃなくても根は真面目極まり ないキャラをこよなく愛している、がんかたうるふの片割れ。編み物とお菓子作りが趣味という、第三者曰く可愛らしい一面を持つ反面、パニクると踊ったり、オロオロしだして周囲は見ていて楽しいらしい。荒ぶる舞は、職場の名物だったりする……らしい。
イヴァンちゃんと片倉さんとシズちゃんとスカイハイさんと陛下を思いっきり愛している。好きなアニメは銀魂と最近はFate/zero。型月ファンというよりは元から虚淵ファンでうずみさんからオススメされまくった末にようやっと手を付けて完読した。ライダー組おいしいです。エクシリアではダントツで陛下が好き。陛下が使用可能になる完全版があるなら複数買いしても構わないとのたまう日々。バサラの好きキャラは片倉さん一強だったはずなのに最近はアニキも熱い。かっちり着込むキャラがすきだったはずなのにいきなり露出度が高いキャラを好きになったのは何故か悩む日々。二次元の向かう愛と同じぐらい甥っ子への愛を叫んでいる気がしてならない。



うずみ
・相方を愛しすぎている変な人。趣味は畑仕事に漬け物作り、好きな物は不幸属性の美人(男女問わず)。ばさらでは石田さんと黒田さんをこよなく愛していたり、赤い子めんこいにゃぁとたまに叫んでいる。

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