こちらはサークル「がんかたうるふ」のうずみとみっしの二人組が、ラッキードッグ1とばさらのこばなしを黙々と投下する場所です。
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書き終わりました。
次でこの章が終わり……で、ちょうど折り返し地点。
次でこの章が終わり……で、ちょうど折り返し地点。
*****
「大変だったそうだな、三成」
就寝の準備をしていたらいきなり窓から入ってきた徳川家康は、三成が口を開く前にのいきなりそんなことを言った。
最初は何かの目の間違いかと思ったが、外から吹き込んでくる風は寒いしなにより外で本田忠勝が申し訳なさそうな顔でしきりにこちらに頭を下げている。窓枠をまたいでいる家康はいいが、忠勝は空に浮かんだまま。この寒空の中で外にいるのは大変だと思ったので、中に入って暖まっていけばいいと声をかけたのだが。
これからまだ行く所がある、と忠勝本人に断られてしまった。
正確に何を言っているかはわからないので、彼のよくわからない喋り方はなんとなくで理解するしかない。しかし三成と忠勝の間ではその『なんとなく』で会話が成立するので、特に困ったことはなかった。
逆にちゃんとこちらに聞こえる言葉で話しかけてくれる家康との交流の方が、苦労させられるくらいなのだ。基本的に人の話を聞きはするが話の一番大事な部分だけを聞かない彼に、何度も痛い目を見せられているのが三成。
もっとも家康本人に言わせると、三成に見とれていたので聞いていなかったらしい。
見とれようが惚れ込もうが何でもいいが、話はちゃんと聞いていて欲しい。そう願い続けていた三成の話を、家康は今日も聞いていなかった。
いや、聞いていないのではなく間違いなく耳に入っていない。
「ひさしぶりだな三成! 会いたかったので会いに来たぞ」
「私はついてくるなと言ったはずだが……」
「元親は気のいい男なので心配はしていなかったが、それにしても少し太ったのではないか?」
「私の話を聞け! どうして貴様は勝手についてくるのだ……それと太ったように見えるのは長曾我部の着物を借りているからだ。少し食い過ぎたというのも……あると思うが」
「いや、三成は今までが痩せすぎだったのだ! 適度に喰って適度に身体を動かし、ゆっくり眠ってもう少し柔らかい感じの身体になってくれると儂は嬉しい!」
沓を脱いでこちらに近づきながら、影の全くない笑顔で拳を振るって力説する家康の頬を全力つねる。脱いだ沓を窓の外に置いたのは偉いが、ここは長曾我部の用意してくれた部屋なのだ。
予想外の客、それも徳川家康を招き入れたと知れたらどうなることか。
「ひひゃい!」
「少し黙れ、ここの人間に貴様の存在に気がつかれるわけにはいかないのだ」
「それは心配ない、皆儂が来ていることを知っているのでな」
「なん……だと?」
「儂もただ三成に会いに来たわけではないと言うことだ。もちろん、三成に会いたかったという思いが儂の原動力であったことは否定できないが。三成に伝えねばならぬ事もある……座って話をしないか?」
「…………わかった」
あとは寝るだけだったので、、部屋には寝具一式が用意されており三成も元親の若かった頃に来ていた夜着を貸してもらっている。かなり布地が余るので帯で無理矢理まとめてしまっているが、家康にはそれが面白くてたまらないらしい。
向かい合って座ると、途端に三成の腰元の帯を引っ張り始めた。
「何をする!」
「三成は不器用だな……儂が帯を結び直してやろうか?」
「いらん、さっさと貴様の事情とやらを話せ」
「やはりそちらが先か、お前らしい」
「当たり前だ」
「……三成と別れた後も儂は雑賀荘に残っていてな、壊してしまった櫓などの修理を兵たちと共に手伝っていた。だがどうも三成が心配でな……元親の領地のあたりをふらふらと彷徨っていたら顔なじみの元親の部下に見つかってしまったのだ」
結局ついてきてるだろうが。
打撃を入れながら叱りつけてやりたかったが、そんな事をしては話が進まない、
まだ三成の帯を狙っているのか、時折のびてくる家康の手を随時迎撃しながら言葉の続きを待つ。
「…………それで、どうしたのだ?」
「元親が板挟みになって困っているということだったのでな、利益を捨ててまで儂に協力する必要はないと言ってきたのだ……先程の協議の場で、な」
「貴様はとんだ狸だ……それでは我らに味方するしかないではないか」
「だがそうしなければ四国は炎に焼かれることになる、儂にできるのはこれしかなかった」
親密だった国の当主が協議の場に現れ、自分たちに味方する必要はないと言ってしまったのだ。
親徳川で動いてきた人間は目の前で希望を打ち砕かれ、今後のことを考えて豊臣との同名を望んでいた人間はお墨付きを得る。確かに九州勢が豊臣に協力することを約束し、安芸の毛利家もその流れに乗ろうとしている現状で一人気を吐いても仕方がないのだ。
敵国に包囲され、満足に動けなくなる状況になってしまっているのだから。
徳川との戦の前に、豊臣軍は自分たちの勢力圏にある唯一の敵国に全力で攻め込んでくるだろう。戦略的にも絶対的優位な立場にいるのだ、四国は補給する術もなくあっという間に攻め落とされることだろう。際経済的にも軍事的にも窮地に追い込まれるくらいならば、豊臣と形ばかりでも同盟を結んでおいた方が四国は生き延びられる。おまけに豊臣方はこちらを対等の同盟国として、経済や技術的な援助を申し出てきているのだ。
当主同士の友誼を信じこれを拒否してしまえば、今は乗り切れたとしても四国の未来はなくなってしまう。
そう考えていたのは元親も同じだったらしい。
「元親には散々謝られたが……これからも儂と元親はずっと友人だ。それに今後の戦について話をしたら、大層喜んでな……三成の面倒は任せてくれと言ってくれた」
「何故私が長曾我部に面倒を見てもらわなければならないのだ」
「三成を相当気に入ったらしいのでな、弟分として可愛がりたいのだろう」
それ以上の事になれば儂は容赦なく元親を殴り倒すが。
爽やかな笑顔でそう言い切った家康は、人好きするその表情のままいつもの口調で話を進める。
「儂と元親の話はこんなところだな。今日の本題はそれではないのだが……」
「なんだというのだ?」
「儂の参加が随分と腹立たしかったようでな、三成を殺してでも豊臣との戦に持ち込みたい人間がまだ残っている」
「そうか」
最初に考えたのは、別室にいるであろう官兵衛の臣下たちのことだった。
彼等にも当然害は及ぶ、相当腕の立つ人間たちばかりのようだが不意を突かれれば弱いのは誰でも同じ。先に彼等を救けに行くべきだろうと瞬時に結論づけ、立ち上がろうとした三成を言葉で止めたのは家康だった。
「忠勝を行かせてある、心配はいらん」
「礼を言う」
「それは終わってからにしよう。まだ三成の耳にも聞こえぬと言うことは、動き始めたばかりのはずなのでな……さっさと元親の所へ行くとするか」
「長曾我部?」
「待たせてしまった詫びがしたいそうだ。それときっと……酒の相手でもしてもらいたいのだろう。あの細い手で酌をされたら、女に酌されているようで楽しいかもしれぬと言っていたのでな」
「貴様といい長曾我部といい……おかしな事ばかり言う」
「儂と元親を一緒にするな。三成を本気で愛しているのは儂だけ……ではない。しかし今ここにいるのは儂だけだ、四国で三成を全力で愛しているのは儂一人……素晴らしいことだな!」
一人で首を振ったり、頷いたりと家康は微妙に忙しそうだが。
三成はその間に手を伸ばして枕元に置いてあった刀を回収し、足を崩して夜着の裾を軽く持ち上げて動きやすいように縛り始めていた。裾が長すぎると足が絡まる可能性があるし、そうなると動きが鈍くなってしまう。
家康はいつもの格好だからいいのだが、今は着替えている暇すら惜しい。
ほんのわずかであったが、階下の足音が増え始めている。今は統制のとれていない乱雑な足音の塊でしかないが、これが一気に静まりかえって音を消しながらこちらに近づいてくるのはごく近い未来の話。
面倒なので全て斬滅してやりたいが、さすがの三成も同盟をする家の家臣をぶった切ってしまってはいけないことはわかっているのだ。外から逃げるか、それとも下の動きが乱れているうちに普通に逃げるか。
袖もまくり上げて準備を整えていると、目の前の家康がそれをじっと見ていることに気がついた。
この状況に似合わぬ緩みきった顔、瞬き一つしない目。
「…………何が楽しい?」
さすがに気持ち悪い物を感じたのでそう聞くと、家康は胸を張ってこう言い返してきた。
「三成の足をじっくり観察できる機会などなかなかないのでな!」
「見たければ今度じっくり見せてやる。だからそのだらしない顔をなんとかしろ!」
「その言葉……儂は絶対に忘れないからな、約束だぞ!」
「私は約束を忘れない」
なおも言葉を言いつのろうとする家康をただ一言で押さえ込むと、三成は先に立ち上がった家康に続く。
足音が徐々に纏まり始めている、早く動きを決めなければ。
そう思いながら家康の顔を見ると、彼は三成の手をつかみ取っていきなりおかしな行動を取り始めた。
「い、家康!?」
「確かここだと聞いていたのだが……ああ、これだな」
「…………っ!?」
窓とは反対側の壁へと三成の手を引いて導くと、ぺたぺたと壁を触った後。
いきなり壁を拳で軽く殴った。
音が出るような行動をとるとは、頭がおかしくなったのか。
一瞬そう思ったのだが壁から響いてきたのは気の抜けた音、そして壁であった部分には唐突に。
「元親の作ったからくり壁……相変わらず見事なものだな」
「か、からくり……?」
「この城には元親の趣味で、こういう訳のわからないからくりが常備されているのだ」
「家康、言葉の使い方が間違っている……常備ではない、設置だ」
おかしな日本語に先に突っ込んでしまったが、いきなり壁が上に持ち上がって暗い空間に通じているのは明らかにおかしい。どこの城にも天守閣などに抜け穴は用意されているが、もしかしてこの城には各所にこういう意味のない抜け穴が用意されているのでは。
家康に手を引かれながら暗い中へと足を踏み入ながら小声でそれを聞くと、家康もそれは疑問に思っていたのか首を傾げながら答えてくれた。
「これは台所につまみ食いに行くための隠し通路の一部らしいのだがな……儂も普通に食べに行けばいいと思うのだ。あ、三成……ここから階段で下るので気をつけてくれ」
「わかった。それにしても狭いな、貴様は大変なのではないのか?」
「確かに少しきつくはあるが、三成と密着できると思えば気にならぬ」
道を知っている家康に手を引かれ、時折身体を強く触れあわせ。
薄闇の中を足音を立てぬように歩き続ける。互いの息が肌にかかる程の距離で、遠くに聞こえてくるのはせわしない足音と武具が壁や床に触れる音。慌てて走っているので、刀などを壁にぶつけながら走っているのだろう。
長曾我部家の人間は当然この通路を知っているだろうから追いかけてくるのではと思ったが、家康は瞬時にそれを否定した。
「正確な道を知っているのは儂と元親だけだ。面白がって皆が迷うようにしようと言ったのは儂なのでな」
「ろくでもないことをするな、と言いたいところだが。そのおかげで無事に脱出できるのだ……奴らを斬滅できなかったのは腹立たしいが、官兵衛に刀は振るうなと言われている……」
「その話なのだがな、官兵衛に伝えて欲しいことがある」
「何を伝えればいいのだ?」
「それなのだがな……よし、ここでいいはずだ」
階段を下り、細長く曲がりくねった通路を抜け。
欄間から透けるわずかな明かりに頼った短い逃避行は、終わりに近づいてきたらしい。家康が足下を踵で叩いて確認しているのは、ここにも何か仕掛けがあるからなのか。
官兵衛に伝えて欲しいことがあると言ったくせにそれを忘れてしまったのか、繋いだ手を強く引き寄せ急に自分の腕の中に三成を招き入れた家康は。
「三成、儂に掴まっていろ」
「な、なんだと!?」
「ここで終わりだ!」
そのまま足を力一杯床に叩きつけ、唐突に抜けた床にも驚くことなくそのまま下へと落ちていった。
急激な落下に視界がぐらつき、彼の言葉の通り身体にしがみつくことしかできない状況で。三成にできたことは、家康に怨嗟の言葉を浴びせることだけだった。
実際に恨んでいるわけではないが、いきなり床が抜ければ文句の代わりに叫んでやりたくもなる。
「いえやすぅぅぅぅ! きさまぁぁぁぁぁっ!」
「元親! 来たぞ!」
「おう、早かったな!」
三者三様の声の後、わずかに遅れて地面に足がついた感覚。
異常に長く感じた落下だったが、上を見上げてみればほんの数秒だったらしい。自分を高く持ち上げて落下の衝撃を全て受け止めてくれた家康は、何事もなかったかのように部屋のど真ん中で杯と酒が満ちた樽を用意して自分たちを待ち構えていた元親に手を振っている。
先程まで自分の腰を抱いていてくれた手が離れた。
彼の手が触れていないことが当たり前のはずなのに。
もっと触れていて欲しい、何故だかそう思ってしまった。
三成たちがここに来ることは最初からわかっていたのだろう。
長曾我部が用意していた杯は三つ、そして大皿に敷き詰められた鮮やかな色合いの刺身と小皿。手渡された箸で刺身をつまみ、酒に迷わず手を伸ばした家康たちを尻目に無言で食べ続けていると。
家康と元親にじっと観察されていることに気がついた。
「な、なんだ?」
「いや……本当にあんたは美味そうに喰うな」
「三成が太った理由がよくわかった。これだけ食べれば肉もつくわけだ」
「美味い物を食べて何が悪い!」
「そう言ってくれるのはありがたいが、そろそろこっちの話も聞いてくれや」
「話?」
「儂らは元親と酒を飲みに来たわけではない、今後についての話をしたかったのだ」
胸元を大きく開けただらしない着方の夜着から、元親のよく焼けた肌が覗いている。部屋の外では臣下たちが大騒ぎをしているというのに、この男は酒を飲みながらのんびりとすごしている。
最初はそのことに起ころうと思ったのだが、家康にとある事を耳打ちで教えられ気がついたことがあった。どれだけ力を抜いているように見えても、元親は常に耳を澄ませ続けている。
外で何が起こり、誰が傷ついたのか。出て行きたい気持ちを抑えるために酒を飲み、わざと大きな声で笑ってみせる。他国の君主たちを自国の問題に巻き込んでしまった今、元親が陣頭に立って全てを行ってしまえばこの国は自らを浄化する力もないのかと揶揄されることになるのだ。
悠然と構え、事を酒の肴程度の扱いで収めた。
三成だけでなく、彼についてきた人間にもそう見せなければならないのだ。元親も内心では相当苦しんでいるのだろうが、今はこうしているしかない。
その元親の思いを汲んで酒宴に参加することにしたのだが、あまりにも四国の刺し身は美味しすぎた。刺身を食べることに熱中して忘れてしまっていた三成と違い、二人は話し合わなければならない事についてちゃんと覚えていたらしい。藁で編んだ円座に足を崩して座りながら、互いの杯に酒を注ぎ合っている様子から仲の良さを窺い知ることができるが。
二人とも目は三成を見ているのはやはり、一人だけ刺身を食べ過ぎているからだろうか。
それについて口にすると、まずは家康が大きく首を振って否定してきた。
「三成がそこまで刺し身を好んでいるとは知らなかったのだ。もっと早く知っていればいくらでも食べさせてやれたというのに!」
「特に好きというわけではない」
「………………?」
「だがここで食べる魚は美味い」
「釣ってその場で締めるからな、そりゃ美味いだろうさ」
「やはり生物はその場で喰わなければ味が落ちるのだな……」
魚類特有のしつこい生臭さのない刺し身をもう一切れ口に入れると、横に座る家康が不満げにこちらを見ていることに気がついた。
「どうした家康、腹が減ったのか?」
「そうではない、随分元親と仲良くなったのだと思ってな」
「貴様の方が古い友人なのだろう?」
「元親を取られて妬いているのではない、元親に取られたのが気に入らない」
家康が何を言いたいのかが全くわからず首をひねっていると、大皿を挟んで前に座る元親が膝を叩きながら笑い出した。
西海の鬼と呼ばれるに相応しい力を持ち備えた不可思議な色合いの瞳。それを笑いで潤ませ家康と三成を交互に見つめる元親の顔には、内心渦巻いているであろう苦悩はわずかも感じられない。
家康の来訪で全てがいい方向に転がっていったということもあるのだろうが、純粋に旧友に会えて嬉しいのだろう。
家康をからかうことが楽しくて仕方がない、全身でそう訴えながら年下の親友で遊び続けていた。
「なんだ家康、俺が石田を取るとでも思ったのか?」
「三成は儂のだ、たとえ元親でも渡せぬ」
「まあ……可愛い奴だとは思ったけどよ」
「な、な、なんだと!?」
「冗談だよ、俺はガキに欲情するほど阿呆じゃねえ。こいつはうちの帳簿も片付けてくれたし、野郎どもの稽古の相手もしてくれた。なにより、馬鹿を燻り出すエサにもなってくれだんだ……それについては礼を言っておくぜ」
「私は領内の不穏分子をあぶり出すために使われたということか」
「あんたにとっても悪い話じゃないはずだ。俺と四国……でけえ獲物を大坂に持って帰れるんだ」
ようやく元親にとっての本題が始まったらしい。
元親の私室であるこの部屋の外は、火事か何かでも起きたかのように混乱が音と共に撒き散らされている。ここまでの騒ぎになるということは、もう問題は三成が部屋からいなくなっただけではないのだろう。三成を討とうとした人間が捕縛され、同行してきた人間が保護されている。忠勝が守ってくれているので、官兵衛の部下たちのことは心配していなかったが代わりに感じたのはこの部屋の静けさだった。
外は悲痛な音が渦巻いているのに、この部屋だけは嵐の中心のように穏やかさに満ちている。
そんな中で元親は喧噪を肴として楽しんでいるように見せたいのか、片方の目をそっと閉じた。
「今追われてんのはうちに潜り込んでいた奴だ……それとそいつらに懐柔された馬鹿とな、だから気にすんな。あの様子なら、そろそろ終わるだろうよ」
「どこの手の者だ?」
「吐かせてみないとわからんが……家康、多分お前の望みって奴を潰してやりてえ奴の仕業だ」
「儂の敵だというのか? 普通儂の敵といえば……」
「石田でも豊臣でもねえのはわかってる。どうみてもこいつ、お前に懐いてるだろうが」
家康の敵、その言葉で普通は三成を皆思い出すだろう。
だか元親は即座にそれを否定し、別な人間が影で動いていることを暗に示してきた。三成自身はもう家康を恨んでいない、とまでは言えないが。
秀吉の死を急速に受け入れ始め、彼を戦いの中で死なせてくれた家康に感謝も覚え始めている。
しかし豊臣方の人間が全て家康と和解したわけではないのだ。大谷はまだ家康に対する恨みを時折口にするし、家臣たちの中には三成のやり方では生ぬるいと言い出す者たちがいることも知っている。
ではどうしてここまで、言い切ることができるのだろうか。
それを聞こうと口を開く前に、元親の方から話を始めていた。
肩を並べて時折互いを見ては嬉しげに唇を緩ませる、そんな仲睦まじい二人の姿に何か感じる所があったのだろう。大きな杯に満ちた酒を飲み干し、樽に慣れた手つきで柄杓を突っ込んで自ら酒をついでいるのは家康と三成を気遣っているから。
二人ができるだけ長くそうしていられるように、元親はそう望んでくれている。
「豊臣はこっちを力で脅しつけりゃあいいだけだ、それか汚い手を使って俺を家康を仲違いさせるか……どちらの手を使うにしても、こちらの力を削ぐ必要はないだろ?」
「だが此度の間者はわざわざ内紛を仕掛けた、四国が儂と三成のどちらについても大勢に影響がないように……」
「そういうことだ、だから俺は石田につく。汚ねえ手を使う奴を見つけるには、石田の側に俺がいた方がいいだろ? それに石田……あんたの軍師が面白いことを書いて来た、毛利との和議の件だ」
「毛利というと……兜が長い……」
「三成、それ以外の特徴で覚えることはできないのか?」
「……背が小さかった」
「それだけは毛利殿に言っては駄目だ……約束してくれ、三成」
三成に一切れでも多く食べさせたいのか、家康は酒は飲むがあまり刺し身を食べようとしない。一つ一つの言葉に大仰に相づちを打ち、優しく微笑みかけてくれる家康の側にいると昔を思い出す。
何も考えずに、あの頃は彼の側にいるだけで嬉しかった。
今もそれは変わらないのだが、あの頃とは違う背負ってしまっているものがある。昔と変わらず徳川家の家臣たちと領民たちを背負い、三成へも愛情を惜しみなく注いでくれる家康という男の強さをこういう何でもない時こそ感じてしまうのだ。
自分よりも他人を優先し慈しむ家康の性格は好ましいが、たまには自分の思いを優先して欲しい。
思ってはいても上手くそれを伝えられないのが三成の欠点。今回も刺し身を咀嚼しながら考えているうちに、話は別の話題へと切り替わり始めていた。
「毛利の奴と仲良しこよしって訳にはいかないだろうが、今までの件はチャラになるらしいんでな。あの人を人とも思ってねえ冷血野郎と少し話をしてきてやるさ」
「儂は元親と毛利殿はちゃんと話せば仲良くなれると思っている。毛利殿は一見冷たく見えるが、領民のことを深く思いやっている……元親と同じなのだ、すぐに腹を割って話せるようになるはずだ」
「俺にも仲良くする相手を選ぶ権利はくれよ」
「駄目だ。元親は儂が三成の側にいられない分、儂の代わりに側で守ってくれるつもりなのだろう? ならば毛利殿ともちゃんと和解しなければな」
「そこまでお見通しか……」
家康と元親の間に、二人にしかわからない何かが流れていた。
友情と言うには重く、だが家族への愛と言うにはあっさりとしており。この二人だから結ぶことのできた親しいのに親しすぎない絶妙な強さを持つ絆は、三成に大阪城にいる共を思い出させた。
刑部は元気でいるだろうか。
この件が片付いたらすぐに大坂城に戻り、彼を休ませてやらなければ。自分がいない間、様々な仕事と秀頼の世話を肩代わりしてくれている親友に思いをはせつつ、三成は二人の話の続きを聞くことにした。
あまり話すことは上手くない、なので話を聞いていた方が気楽だったのだ。
「元親も別に毛利殿のことはそこまで嫌いではないのだろう?」
「すげえ奴だとは思うがよ……陰険だろ、あいつ」
「儂は昔餅を食べさせてもらったことがあったな……あれは美味かった。毛利殿も餅が好きらしい、餅を持って行けば喜ばれるかもしれん」
「餅? あの細っこい身体でそんなに食えるかよ」
「物は試しだ、やってみないで諦めるのはよいことではない。それに餅で毛利殿の歓心が買えれるかもしれぬと思えば、悪くはないだろう?」
「面倒だな……」
「儂も面倒なことだらけだ……ああ、そういえば三成に大事なことを伝えるのを忘れていたな」
腹が満たされてきたのでちびちびと酒に口をつけていると、ふいに家康に名を呼ばれた。
「大事なことだと?」
「官兵衛にこう伝えてくれればいい『全ての支度が調った』とな」
「それは……」
「お、なんだ? 面白い話か?」
「面白くはあるな、ある意味。どうだ元親、儂と三成の博打にお前も手を貸してくれぬか?」
「博打だ?」
官兵衛は家康と三成が再会した時、二人に今後の策について説明した。
家康は東を。
三成は西を。
それぞれ各地の領主たちと同盟を結び、日本という国を大きな二つの勢力が互いの力を競い合う下地を作り上げる。
三成たちの動きは長曾我部家と同盟を結び、安芸の毛利と長曾我部家との和議をまとめれば成るだろう。そして家康はもう全ての準備を終え、それを三成に伝えに来たのだ。
今こそ官兵衛の描いた策を次の段階に進める時。
家康は興味深げに聞いてきた元親に、時折三成の方を向きながら説明する。三成に止められればすぐに話をやめる、それを伝えたいのだろうが三成には家康を止める気など最初から無かった。
家康が信じた人間だ、ならば自分も信じよう。
話しているうちに興奮してきたのか、徐々に身振り手振りが大きくなってきた家康を見ながらそっと酒を口に含む。しっかりとした太い腕、冬だというのに服を着込みたがらない常に暑がっている温かい身体。
そして大きな夢を語る彼の顔を、三成は誰よりも愛していた。
「この国全体に喧嘩を売る博打……だが儂は官兵衛が用意した策は素晴らしいと思った。戦というのは血が流れる、それは覆しようのない事実だ。儂が槍を捨てたとしても、儂以外の人間が誰かを殺す……ならば儂は…………」
身体を寄せているわけでもないのに、家康の身体の熱がこちらに伝わってくる気がする。
酒が与えてくる酩酊感とは違う暖かさと、家康の声が心の内に芽生えさせる安堵感。それに押されるかのように家康の肩にそっと自分のそれを触れさせると、当然のように家康は自分の肩を抱いて頭を肩に誘導してくれた。
「眠くなったか? 儂はまだここにいる……少し眠るといい」
長曾我部のこの状況で眠れるなんて肝が太い奴だという言葉が聞こえた気がしたが、それを聞き咎めるよりも大事なことがあった。
家康に身体を預け、勝手に閉じていく瞼を開けることも話の続きを聞くことすら考えずに。
三成は昔とわずかも変わらぬ温かい腕に包まれ、夢を見ないほどの眠りについたのだった。
______________________________________________
自分の脳内イメージ。
「さしみおいしいなおいしいな♪」な石田さん……それにしても私が書くとよく寝たり食べたりする石田さんになるなあ。
でも血抜きした新鮮な鰹は美味しいよね。
BGM「スピラーレ」
就寝の準備をしていたらいきなり窓から入ってきた徳川家康は、三成が口を開く前にのいきなりそんなことを言った。
最初は何かの目の間違いかと思ったが、外から吹き込んでくる風は寒いしなにより外で本田忠勝が申し訳なさそうな顔でしきりにこちらに頭を下げている。窓枠をまたいでいる家康はいいが、忠勝は空に浮かんだまま。この寒空の中で外にいるのは大変だと思ったので、中に入って暖まっていけばいいと声をかけたのだが。
これからまだ行く所がある、と忠勝本人に断られてしまった。
正確に何を言っているかはわからないので、彼のよくわからない喋り方はなんとなくで理解するしかない。しかし三成と忠勝の間ではその『なんとなく』で会話が成立するので、特に困ったことはなかった。
逆にちゃんとこちらに聞こえる言葉で話しかけてくれる家康との交流の方が、苦労させられるくらいなのだ。基本的に人の話を聞きはするが話の一番大事な部分だけを聞かない彼に、何度も痛い目を見せられているのが三成。
もっとも家康本人に言わせると、三成に見とれていたので聞いていなかったらしい。
見とれようが惚れ込もうが何でもいいが、話はちゃんと聞いていて欲しい。そう願い続けていた三成の話を、家康は今日も聞いていなかった。
いや、聞いていないのではなく間違いなく耳に入っていない。
「ひさしぶりだな三成! 会いたかったので会いに来たぞ」
「私はついてくるなと言ったはずだが……」
「元親は気のいい男なので心配はしていなかったが、それにしても少し太ったのではないか?」
「私の話を聞け! どうして貴様は勝手についてくるのだ……それと太ったように見えるのは長曾我部の着物を借りているからだ。少し食い過ぎたというのも……あると思うが」
「いや、三成は今までが痩せすぎだったのだ! 適度に喰って適度に身体を動かし、ゆっくり眠ってもう少し柔らかい感じの身体になってくれると儂は嬉しい!」
沓を脱いでこちらに近づきながら、影の全くない笑顔で拳を振るって力説する家康の頬を全力つねる。脱いだ沓を窓の外に置いたのは偉いが、ここは長曾我部の用意してくれた部屋なのだ。
予想外の客、それも徳川家康を招き入れたと知れたらどうなることか。
「ひひゃい!」
「少し黙れ、ここの人間に貴様の存在に気がつかれるわけにはいかないのだ」
「それは心配ない、皆儂が来ていることを知っているのでな」
「なん……だと?」
「儂もただ三成に会いに来たわけではないと言うことだ。もちろん、三成に会いたかったという思いが儂の原動力であったことは否定できないが。三成に伝えねばならぬ事もある……座って話をしないか?」
「…………わかった」
あとは寝るだけだったので、、部屋には寝具一式が用意されており三成も元親の若かった頃に来ていた夜着を貸してもらっている。かなり布地が余るので帯で無理矢理まとめてしまっているが、家康にはそれが面白くてたまらないらしい。
向かい合って座ると、途端に三成の腰元の帯を引っ張り始めた。
「何をする!」
「三成は不器用だな……儂が帯を結び直してやろうか?」
「いらん、さっさと貴様の事情とやらを話せ」
「やはりそちらが先か、お前らしい」
「当たり前だ」
「……三成と別れた後も儂は雑賀荘に残っていてな、壊してしまった櫓などの修理を兵たちと共に手伝っていた。だがどうも三成が心配でな……元親の領地のあたりをふらふらと彷徨っていたら顔なじみの元親の部下に見つかってしまったのだ」
結局ついてきてるだろうが。
打撃を入れながら叱りつけてやりたかったが、そんな事をしては話が進まない、
まだ三成の帯を狙っているのか、時折のびてくる家康の手を随時迎撃しながら言葉の続きを待つ。
「…………それで、どうしたのだ?」
「元親が板挟みになって困っているということだったのでな、利益を捨ててまで儂に協力する必要はないと言ってきたのだ……先程の協議の場で、な」
「貴様はとんだ狸だ……それでは我らに味方するしかないではないか」
「だがそうしなければ四国は炎に焼かれることになる、儂にできるのはこれしかなかった」
親密だった国の当主が協議の場に現れ、自分たちに味方する必要はないと言ってしまったのだ。
親徳川で動いてきた人間は目の前で希望を打ち砕かれ、今後のことを考えて豊臣との同名を望んでいた人間はお墨付きを得る。確かに九州勢が豊臣に協力することを約束し、安芸の毛利家もその流れに乗ろうとしている現状で一人気を吐いても仕方がないのだ。
敵国に包囲され、満足に動けなくなる状況になってしまっているのだから。
徳川との戦の前に、豊臣軍は自分たちの勢力圏にある唯一の敵国に全力で攻め込んでくるだろう。戦略的にも絶対的優位な立場にいるのだ、四国は補給する術もなくあっという間に攻め落とされることだろう。際経済的にも軍事的にも窮地に追い込まれるくらいならば、豊臣と形ばかりでも同盟を結んでおいた方が四国は生き延びられる。おまけに豊臣方はこちらを対等の同盟国として、経済や技術的な援助を申し出てきているのだ。
当主同士の友誼を信じこれを拒否してしまえば、今は乗り切れたとしても四国の未来はなくなってしまう。
そう考えていたのは元親も同じだったらしい。
「元親には散々謝られたが……これからも儂と元親はずっと友人だ。それに今後の戦について話をしたら、大層喜んでな……三成の面倒は任せてくれと言ってくれた」
「何故私が長曾我部に面倒を見てもらわなければならないのだ」
「三成を相当気に入ったらしいのでな、弟分として可愛がりたいのだろう」
それ以上の事になれば儂は容赦なく元親を殴り倒すが。
爽やかな笑顔でそう言い切った家康は、人好きするその表情のままいつもの口調で話を進める。
「儂と元親の話はこんなところだな。今日の本題はそれではないのだが……」
「なんだというのだ?」
「儂の参加が随分と腹立たしかったようでな、三成を殺してでも豊臣との戦に持ち込みたい人間がまだ残っている」
「そうか」
最初に考えたのは、別室にいるであろう官兵衛の臣下たちのことだった。
彼等にも当然害は及ぶ、相当腕の立つ人間たちばかりのようだが不意を突かれれば弱いのは誰でも同じ。先に彼等を救けに行くべきだろうと瞬時に結論づけ、立ち上がろうとした三成を言葉で止めたのは家康だった。
「忠勝を行かせてある、心配はいらん」
「礼を言う」
「それは終わってからにしよう。まだ三成の耳にも聞こえぬと言うことは、動き始めたばかりのはずなのでな……さっさと元親の所へ行くとするか」
「長曾我部?」
「待たせてしまった詫びがしたいそうだ。それときっと……酒の相手でもしてもらいたいのだろう。あの細い手で酌をされたら、女に酌されているようで楽しいかもしれぬと言っていたのでな」
「貴様といい長曾我部といい……おかしな事ばかり言う」
「儂と元親を一緒にするな。三成を本気で愛しているのは儂だけ……ではない。しかし今ここにいるのは儂だけだ、四国で三成を全力で愛しているのは儂一人……素晴らしいことだな!」
一人で首を振ったり、頷いたりと家康は微妙に忙しそうだが。
三成はその間に手を伸ばして枕元に置いてあった刀を回収し、足を崩して夜着の裾を軽く持ち上げて動きやすいように縛り始めていた。裾が長すぎると足が絡まる可能性があるし、そうなると動きが鈍くなってしまう。
家康はいつもの格好だからいいのだが、今は着替えている暇すら惜しい。
ほんのわずかであったが、階下の足音が増え始めている。今は統制のとれていない乱雑な足音の塊でしかないが、これが一気に静まりかえって音を消しながらこちらに近づいてくるのはごく近い未来の話。
面倒なので全て斬滅してやりたいが、さすがの三成も同盟をする家の家臣をぶった切ってしまってはいけないことはわかっているのだ。外から逃げるか、それとも下の動きが乱れているうちに普通に逃げるか。
袖もまくり上げて準備を整えていると、目の前の家康がそれをじっと見ていることに気がついた。
この状況に似合わぬ緩みきった顔、瞬き一つしない目。
「…………何が楽しい?」
さすがに気持ち悪い物を感じたのでそう聞くと、家康は胸を張ってこう言い返してきた。
「三成の足をじっくり観察できる機会などなかなかないのでな!」
「見たければ今度じっくり見せてやる。だからそのだらしない顔をなんとかしろ!」
「その言葉……儂は絶対に忘れないからな、約束だぞ!」
「私は約束を忘れない」
なおも言葉を言いつのろうとする家康をただ一言で押さえ込むと、三成は先に立ち上がった家康に続く。
足音が徐々に纏まり始めている、早く動きを決めなければ。
そう思いながら家康の顔を見ると、彼は三成の手をつかみ取っていきなりおかしな行動を取り始めた。
「い、家康!?」
「確かここだと聞いていたのだが……ああ、これだな」
「…………っ!?」
窓とは反対側の壁へと三成の手を引いて導くと、ぺたぺたと壁を触った後。
いきなり壁を拳で軽く殴った。
音が出るような行動をとるとは、頭がおかしくなったのか。
一瞬そう思ったのだが壁から響いてきたのは気の抜けた音、そして壁であった部分には唐突に。
「元親の作ったからくり壁……相変わらず見事なものだな」
「か、からくり……?」
「この城には元親の趣味で、こういう訳のわからないからくりが常備されているのだ」
「家康、言葉の使い方が間違っている……常備ではない、設置だ」
おかしな日本語に先に突っ込んでしまったが、いきなり壁が上に持ち上がって暗い空間に通じているのは明らかにおかしい。どこの城にも天守閣などに抜け穴は用意されているが、もしかしてこの城には各所にこういう意味のない抜け穴が用意されているのでは。
家康に手を引かれながら暗い中へと足を踏み入ながら小声でそれを聞くと、家康もそれは疑問に思っていたのか首を傾げながら答えてくれた。
「これは台所につまみ食いに行くための隠し通路の一部らしいのだがな……儂も普通に食べに行けばいいと思うのだ。あ、三成……ここから階段で下るので気をつけてくれ」
「わかった。それにしても狭いな、貴様は大変なのではないのか?」
「確かに少しきつくはあるが、三成と密着できると思えば気にならぬ」
道を知っている家康に手を引かれ、時折身体を強く触れあわせ。
薄闇の中を足音を立てぬように歩き続ける。互いの息が肌にかかる程の距離で、遠くに聞こえてくるのはせわしない足音と武具が壁や床に触れる音。慌てて走っているので、刀などを壁にぶつけながら走っているのだろう。
長曾我部家の人間は当然この通路を知っているだろうから追いかけてくるのではと思ったが、家康は瞬時にそれを否定した。
「正確な道を知っているのは儂と元親だけだ。面白がって皆が迷うようにしようと言ったのは儂なのでな」
「ろくでもないことをするな、と言いたいところだが。そのおかげで無事に脱出できるのだ……奴らを斬滅できなかったのは腹立たしいが、官兵衛に刀は振るうなと言われている……」
「その話なのだがな、官兵衛に伝えて欲しいことがある」
「何を伝えればいいのだ?」
「それなのだがな……よし、ここでいいはずだ」
階段を下り、細長く曲がりくねった通路を抜け。
欄間から透けるわずかな明かりに頼った短い逃避行は、終わりに近づいてきたらしい。家康が足下を踵で叩いて確認しているのは、ここにも何か仕掛けがあるからなのか。
官兵衛に伝えて欲しいことがあると言ったくせにそれを忘れてしまったのか、繋いだ手を強く引き寄せ急に自分の腕の中に三成を招き入れた家康は。
「三成、儂に掴まっていろ」
「な、なんだと!?」
「ここで終わりだ!」
そのまま足を力一杯床に叩きつけ、唐突に抜けた床にも驚くことなくそのまま下へと落ちていった。
急激な落下に視界がぐらつき、彼の言葉の通り身体にしがみつくことしかできない状況で。三成にできたことは、家康に怨嗟の言葉を浴びせることだけだった。
実際に恨んでいるわけではないが、いきなり床が抜ければ文句の代わりに叫んでやりたくもなる。
「いえやすぅぅぅぅ! きさまぁぁぁぁぁっ!」
「元親! 来たぞ!」
「おう、早かったな!」
三者三様の声の後、わずかに遅れて地面に足がついた感覚。
異常に長く感じた落下だったが、上を見上げてみればほんの数秒だったらしい。自分を高く持ち上げて落下の衝撃を全て受け止めてくれた家康は、何事もなかったかのように部屋のど真ん中で杯と酒が満ちた樽を用意して自分たちを待ち構えていた元親に手を振っている。
先程まで自分の腰を抱いていてくれた手が離れた。
彼の手が触れていないことが当たり前のはずなのに。
もっと触れていて欲しい、何故だかそう思ってしまった。
三成たちがここに来ることは最初からわかっていたのだろう。
長曾我部が用意していた杯は三つ、そして大皿に敷き詰められた鮮やかな色合いの刺身と小皿。手渡された箸で刺身をつまみ、酒に迷わず手を伸ばした家康たちを尻目に無言で食べ続けていると。
家康と元親にじっと観察されていることに気がついた。
「な、なんだ?」
「いや……本当にあんたは美味そうに喰うな」
「三成が太った理由がよくわかった。これだけ食べれば肉もつくわけだ」
「美味い物を食べて何が悪い!」
「そう言ってくれるのはありがたいが、そろそろこっちの話も聞いてくれや」
「話?」
「儂らは元親と酒を飲みに来たわけではない、今後についての話をしたかったのだ」
胸元を大きく開けただらしない着方の夜着から、元親のよく焼けた肌が覗いている。部屋の外では臣下たちが大騒ぎをしているというのに、この男は酒を飲みながらのんびりとすごしている。
最初はそのことに起ころうと思ったのだが、家康にとある事を耳打ちで教えられ気がついたことがあった。どれだけ力を抜いているように見えても、元親は常に耳を澄ませ続けている。
外で何が起こり、誰が傷ついたのか。出て行きたい気持ちを抑えるために酒を飲み、わざと大きな声で笑ってみせる。他国の君主たちを自国の問題に巻き込んでしまった今、元親が陣頭に立って全てを行ってしまえばこの国は自らを浄化する力もないのかと揶揄されることになるのだ。
悠然と構え、事を酒の肴程度の扱いで収めた。
三成だけでなく、彼についてきた人間にもそう見せなければならないのだ。元親も内心では相当苦しんでいるのだろうが、今はこうしているしかない。
その元親の思いを汲んで酒宴に参加することにしたのだが、あまりにも四国の刺し身は美味しすぎた。刺身を食べることに熱中して忘れてしまっていた三成と違い、二人は話し合わなければならない事についてちゃんと覚えていたらしい。藁で編んだ円座に足を崩して座りながら、互いの杯に酒を注ぎ合っている様子から仲の良さを窺い知ることができるが。
二人とも目は三成を見ているのはやはり、一人だけ刺身を食べ過ぎているからだろうか。
それについて口にすると、まずは家康が大きく首を振って否定してきた。
「三成がそこまで刺し身を好んでいるとは知らなかったのだ。もっと早く知っていればいくらでも食べさせてやれたというのに!」
「特に好きというわけではない」
「………………?」
「だがここで食べる魚は美味い」
「釣ってその場で締めるからな、そりゃ美味いだろうさ」
「やはり生物はその場で喰わなければ味が落ちるのだな……」
魚類特有のしつこい生臭さのない刺し身をもう一切れ口に入れると、横に座る家康が不満げにこちらを見ていることに気がついた。
「どうした家康、腹が減ったのか?」
「そうではない、随分元親と仲良くなったのだと思ってな」
「貴様の方が古い友人なのだろう?」
「元親を取られて妬いているのではない、元親に取られたのが気に入らない」
家康が何を言いたいのかが全くわからず首をひねっていると、大皿を挟んで前に座る元親が膝を叩きながら笑い出した。
西海の鬼と呼ばれるに相応しい力を持ち備えた不可思議な色合いの瞳。それを笑いで潤ませ家康と三成を交互に見つめる元親の顔には、内心渦巻いているであろう苦悩はわずかも感じられない。
家康の来訪で全てがいい方向に転がっていったということもあるのだろうが、純粋に旧友に会えて嬉しいのだろう。
家康をからかうことが楽しくて仕方がない、全身でそう訴えながら年下の親友で遊び続けていた。
「なんだ家康、俺が石田を取るとでも思ったのか?」
「三成は儂のだ、たとえ元親でも渡せぬ」
「まあ……可愛い奴だとは思ったけどよ」
「な、な、なんだと!?」
「冗談だよ、俺はガキに欲情するほど阿呆じゃねえ。こいつはうちの帳簿も片付けてくれたし、野郎どもの稽古の相手もしてくれた。なにより、馬鹿を燻り出すエサにもなってくれだんだ……それについては礼を言っておくぜ」
「私は領内の不穏分子をあぶり出すために使われたということか」
「あんたにとっても悪い話じゃないはずだ。俺と四国……でけえ獲物を大坂に持って帰れるんだ」
ようやく元親にとっての本題が始まったらしい。
元親の私室であるこの部屋の外は、火事か何かでも起きたかのように混乱が音と共に撒き散らされている。ここまでの騒ぎになるということは、もう問題は三成が部屋からいなくなっただけではないのだろう。三成を討とうとした人間が捕縛され、同行してきた人間が保護されている。忠勝が守ってくれているので、官兵衛の部下たちのことは心配していなかったが代わりに感じたのはこの部屋の静けさだった。
外は悲痛な音が渦巻いているのに、この部屋だけは嵐の中心のように穏やかさに満ちている。
そんな中で元親は喧噪を肴として楽しんでいるように見せたいのか、片方の目をそっと閉じた。
「今追われてんのはうちに潜り込んでいた奴だ……それとそいつらに懐柔された馬鹿とな、だから気にすんな。あの様子なら、そろそろ終わるだろうよ」
「どこの手の者だ?」
「吐かせてみないとわからんが……家康、多分お前の望みって奴を潰してやりてえ奴の仕業だ」
「儂の敵だというのか? 普通儂の敵といえば……」
「石田でも豊臣でもねえのはわかってる。どうみてもこいつ、お前に懐いてるだろうが」
家康の敵、その言葉で普通は三成を皆思い出すだろう。
だか元親は即座にそれを否定し、別な人間が影で動いていることを暗に示してきた。三成自身はもう家康を恨んでいない、とまでは言えないが。
秀吉の死を急速に受け入れ始め、彼を戦いの中で死なせてくれた家康に感謝も覚え始めている。
しかし豊臣方の人間が全て家康と和解したわけではないのだ。大谷はまだ家康に対する恨みを時折口にするし、家臣たちの中には三成のやり方では生ぬるいと言い出す者たちがいることも知っている。
ではどうしてここまで、言い切ることができるのだろうか。
それを聞こうと口を開く前に、元親の方から話を始めていた。
肩を並べて時折互いを見ては嬉しげに唇を緩ませる、そんな仲睦まじい二人の姿に何か感じる所があったのだろう。大きな杯に満ちた酒を飲み干し、樽に慣れた手つきで柄杓を突っ込んで自ら酒をついでいるのは家康と三成を気遣っているから。
二人ができるだけ長くそうしていられるように、元親はそう望んでくれている。
「豊臣はこっちを力で脅しつけりゃあいいだけだ、それか汚い手を使って俺を家康を仲違いさせるか……どちらの手を使うにしても、こちらの力を削ぐ必要はないだろ?」
「だが此度の間者はわざわざ内紛を仕掛けた、四国が儂と三成のどちらについても大勢に影響がないように……」
「そういうことだ、だから俺は石田につく。汚ねえ手を使う奴を見つけるには、石田の側に俺がいた方がいいだろ? それに石田……あんたの軍師が面白いことを書いて来た、毛利との和議の件だ」
「毛利というと……兜が長い……」
「三成、それ以外の特徴で覚えることはできないのか?」
「……背が小さかった」
「それだけは毛利殿に言っては駄目だ……約束してくれ、三成」
三成に一切れでも多く食べさせたいのか、家康は酒は飲むがあまり刺し身を食べようとしない。一つ一つの言葉に大仰に相づちを打ち、優しく微笑みかけてくれる家康の側にいると昔を思い出す。
何も考えずに、あの頃は彼の側にいるだけで嬉しかった。
今もそれは変わらないのだが、あの頃とは違う背負ってしまっているものがある。昔と変わらず徳川家の家臣たちと領民たちを背負い、三成へも愛情を惜しみなく注いでくれる家康という男の強さをこういう何でもない時こそ感じてしまうのだ。
自分よりも他人を優先し慈しむ家康の性格は好ましいが、たまには自分の思いを優先して欲しい。
思ってはいても上手くそれを伝えられないのが三成の欠点。今回も刺し身を咀嚼しながら考えているうちに、話は別の話題へと切り替わり始めていた。
「毛利の奴と仲良しこよしって訳にはいかないだろうが、今までの件はチャラになるらしいんでな。あの人を人とも思ってねえ冷血野郎と少し話をしてきてやるさ」
「儂は元親と毛利殿はちゃんと話せば仲良くなれると思っている。毛利殿は一見冷たく見えるが、領民のことを深く思いやっている……元親と同じなのだ、すぐに腹を割って話せるようになるはずだ」
「俺にも仲良くする相手を選ぶ権利はくれよ」
「駄目だ。元親は儂が三成の側にいられない分、儂の代わりに側で守ってくれるつもりなのだろう? ならば毛利殿ともちゃんと和解しなければな」
「そこまでお見通しか……」
家康と元親の間に、二人にしかわからない何かが流れていた。
友情と言うには重く、だが家族への愛と言うにはあっさりとしており。この二人だから結ぶことのできた親しいのに親しすぎない絶妙な強さを持つ絆は、三成に大阪城にいる共を思い出させた。
刑部は元気でいるだろうか。
この件が片付いたらすぐに大坂城に戻り、彼を休ませてやらなければ。自分がいない間、様々な仕事と秀頼の世話を肩代わりしてくれている親友に思いをはせつつ、三成は二人の話の続きを聞くことにした。
あまり話すことは上手くない、なので話を聞いていた方が気楽だったのだ。
「元親も別に毛利殿のことはそこまで嫌いではないのだろう?」
「すげえ奴だとは思うがよ……陰険だろ、あいつ」
「儂は昔餅を食べさせてもらったことがあったな……あれは美味かった。毛利殿も餅が好きらしい、餅を持って行けば喜ばれるかもしれん」
「餅? あの細っこい身体でそんなに食えるかよ」
「物は試しだ、やってみないで諦めるのはよいことではない。それに餅で毛利殿の歓心が買えれるかもしれぬと思えば、悪くはないだろう?」
「面倒だな……」
「儂も面倒なことだらけだ……ああ、そういえば三成に大事なことを伝えるのを忘れていたな」
腹が満たされてきたのでちびちびと酒に口をつけていると、ふいに家康に名を呼ばれた。
「大事なことだと?」
「官兵衛にこう伝えてくれればいい『全ての支度が調った』とな」
「それは……」
「お、なんだ? 面白い話か?」
「面白くはあるな、ある意味。どうだ元親、儂と三成の博打にお前も手を貸してくれぬか?」
「博打だ?」
官兵衛は家康と三成が再会した時、二人に今後の策について説明した。
家康は東を。
三成は西を。
それぞれ各地の領主たちと同盟を結び、日本という国を大きな二つの勢力が互いの力を競い合う下地を作り上げる。
三成たちの動きは長曾我部家と同盟を結び、安芸の毛利と長曾我部家との和議をまとめれば成るだろう。そして家康はもう全ての準備を終え、それを三成に伝えに来たのだ。
今こそ官兵衛の描いた策を次の段階に進める時。
家康は興味深げに聞いてきた元親に、時折三成の方を向きながら説明する。三成に止められればすぐに話をやめる、それを伝えたいのだろうが三成には家康を止める気など最初から無かった。
家康が信じた人間だ、ならば自分も信じよう。
話しているうちに興奮してきたのか、徐々に身振り手振りが大きくなってきた家康を見ながらそっと酒を口に含む。しっかりとした太い腕、冬だというのに服を着込みたがらない常に暑がっている温かい身体。
そして大きな夢を語る彼の顔を、三成は誰よりも愛していた。
「この国全体に喧嘩を売る博打……だが儂は官兵衛が用意した策は素晴らしいと思った。戦というのは血が流れる、それは覆しようのない事実だ。儂が槍を捨てたとしても、儂以外の人間が誰かを殺す……ならば儂は…………」
身体を寄せているわけでもないのに、家康の身体の熱がこちらに伝わってくる気がする。
酒が与えてくる酩酊感とは違う暖かさと、家康の声が心の内に芽生えさせる安堵感。それに押されるかのように家康の肩にそっと自分のそれを触れさせると、当然のように家康は自分の肩を抱いて頭を肩に誘導してくれた。
「眠くなったか? 儂はまだここにいる……少し眠るといい」
長曾我部のこの状況で眠れるなんて肝が太い奴だという言葉が聞こえた気がしたが、それを聞き咎めるよりも大事なことがあった。
家康に身体を預け、勝手に閉じていく瞼を開けることも話の続きを聞くことすら考えずに。
三成は昔とわずかも変わらぬ温かい腕に包まれ、夢を見ないほどの眠りについたのだった。
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自分の脳内イメージ。
「さしみおいしいなおいしいな♪」な石田さん……それにしても私が書くとよく寝たり食べたりする石田さんになるなあ。
でも血抜きした新鮮な鰹は美味しいよね。
BGM「スピラーレ」
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色々説明
拍手現在豊臣家転生パロ中学生編入ってます
(現在2本 家三 チカナリです)
注意事項
・フリーリンクじゃないです、基本的にはリンクはお断りしています
・ひっそりこっそりが信条なので、黙々と
・捏造、not公式のこばなしが多いので、スルー推奨
ラキドでは幹部全員を溺愛しておりますが、ベルナルドとイヴァンは特に偏愛。ばさらは家三とか奥州の愉快な仲間達と毛長がメインです。うずみさんが現在官三とか官佐にずっぽりとはまり中。
基本は、愛想のかけらもない「ネット怖い~」の書き手が二人で色々書いている場所です。
書いている人
みっし
・生真面目で堅物でムキムキな男性と一見そうじゃなくても根は真面目極まり ないキャラをこよなく愛している、がんかたうるふの片割れ。編み物とお菓子作りが趣味という、第三者曰く可愛らしい一面を持つ反面、パニクると踊ったり、オロオロしだして周囲は見ていて楽しいらしい。荒ぶる舞は、職場の名物だったりする……らしい。
イヴァンちゃんと片倉さんとシズちゃんとスカイハイさんと陛下を思いっきり愛している。好きなアニメは銀魂と最近はFate/zero。型月ファンというよりは元から虚淵ファンでうずみさんからオススメされまくった末にようやっと手を付けて完読した。ライダー組おいしいです。エクシリアではダントツで陛下が好き。陛下が使用可能になる完全版があるなら複数買いしても構わないとのたまう日々。バサラの好きキャラは片倉さん一強だったはずなのに最近はアニキも熱い。かっちり着込むキャラがすきだったはずなのにいきなり露出度が高いキャラを好きになったのは何故か悩む日々。二次元の向かう愛と同じぐらい甥っ子への愛を叫んでいる気がしてならない。
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