がんかたうるふ 「輪舞~真~」 五章 穀雨の刻~官兵衛~ その1 忍者ブログ
こちらはサークル「がんかたうるふ」のうずみとみっしの二人組が、ラッキードッグ1とばさらのこばなしを黙々と投下する場所です。
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ようやく後半戦きたよ~

書き終えましたが、さすがに疲れた……だうん。

書いた人 うずみ





 *****



 
 
 
 秀吉の本当の望みは何だったのだろうか。
 
 
 時折、三成はそんなことを考える。
 この国を一つにまとめ、海の外にある他の国に侵略されない強大な国を作り上げる。海の果てでは戦乱が起こり始めているのだ、早くこの国を一つにしなければ属国として全ての民が苦しむことになる。
 だから一刻も早く、どのような手を使ってでもこの国を一つに。
 そう言い続けてきた秀吉の雄々しき背中は、今でも目を閉じればすぐに思い出せる。常にその目は前を見つめ、決して後ろを振り返らずに三成たちを導いてくれたのだ。
 だが秀頼の後見人として大坂城を預かり、臣下たちを守らねばならぬ立場になったからこそ思うことがある。
 
 秀吉は本当に全てを蹂躙して支配することを望んでいたのか。
 
 圧倒的な力による侵略が戦を早めに終わらせるためには一番いい方法なのは、三成にも十分に理解できる。
 抵抗勢力を残さぬ勢いで叩き潰せば、その後その土地で反乱を起こせる能力を持つ人材がいなくなってしまうのだ。人々の不満がどれほど高まろうとも、武器や戦の知識がなければそれは烏合の衆でしかない。
 それに半兵衛は支配した地域では、その土地の人間に政治を任せることにしていた。それ相応の物はもらうし厳しい監視はつけるが、基本的には大きな損害を出さない限りは自由。
 このやり方に大きく反発する人間がいなかったからこそ、豊臣軍の進軍は決して止まることがなかったのだ。
 立ち止まって自分たちの行いを振り返ることができなかった、そしてあまりにも目的を神聖化しすぎていた。だからこそ今豊臣軍の兵たちは神である秀吉を討った家康への憎しみだけを原動力として動き続けている。
 
 半兵衛がそれを望んだ、彼等にその真実を伝えることはできない。
 
 そして三成はこれから家康との和議について、臣下たちを一堂に集めて話さなければならないのだ。
 
 当然三成は責められるだろう、その場で斬りかかってくる人間もいるかもしれない。
 家康を討つことだけを考え纏まっている豊臣軍は大きく乱れるだろうし、反旗を翻す人間は当然出てくるだろうと官兵衛も予測していた。だがそれを最小限に抑えることができると彼が太鼓判を押してくれたからこそ、三成は全てを受け止める決意をしたのだ。
 この日のために縫い上げてもらった羽織袴の一式に着替え、己の部屋の中心で息を整え。考えているのは秀吉のこと、そして家康のこと。
 半兵衛が死してからの秀吉は、全てに対する興味を失ったかのようであった。
 ただ半兵衛が口にしていた世界を目指すという言葉にすがり、それを叶えれば半兵衛が帰ってくるとでも思っていたのか。決して自分に逆らわない臣下たちを巻き込み、無謀な戦いへと突き進んでいこうとしていた。
 それは死す前の半兵衛が言っていた通りの出来事で、半兵衛という後ろ盾を失った三成に許されたのは目の前で繰り広げられる言葉通りの光景を見守ることだけ。
 家康が止めなければ、秀吉は確実に海を越えて他国に攻め入っていただろう。
 それを正しいことと受け止めていいのか、それは今でもわからない。秀吉はすり減りつつある命で友との誓いを果たそうとし、半兵衛はそれを止めるために家康を利用した。
 友の策略によって討たれることになった秀吉は、本当に何を望み散っていったのか。
 何度考えても答えを知っている秀吉はもうこの世にいない。それでも考え続けなければ、秀吉はいつか三成の中から消えてしまうだろう。常に彼の姿を思い浮かべ、思い出などという過去の記憶に溶かしてしまわぬように何度も、何度でも。
 大切な人のことを『今の問題』として考え続ける。
 もう日課に近いものとなっている思考を繰り返していると、部屋の隅で寝転がっていた官兵衛がこちらを気遣うかのように話しかけてきた。
「…………緊張してるみたいだな」
「当たり前だ、私はともかく秀頼様に怪我などさせられぬ」
「心配するな、お前さんは小生が守るさ」
「貴様に何ができるというのだ」
「できるさ、少なくとも小生の策は……そしてお前さんがやってきたことはお前さんを守ってくれるだろうからな。それでも駄目なら身体を張ればいいだけだ」
「何故貴様は……そこまで私を守ろうとしてくれるのだ?」
  何度か聞いたことはあったが、この男は一度も納得できる答えをくれたことはなかった。
 昔からそれとなく世話を焼いてくれてはいたが、それは手間のかかる年少者に対する大人としての気遣いの一環のようなものだった。
 だが秀吉が死んでからの官兵衛は、まるで三成の父か兄かの様に心の底からの愛情を与えてくれるのだ。
 半分に割れたとはいえまだ手首を拘束している枷と、そこから伸びる鎖。反対側の部屋の隅に置かれた鉄球に繋がるそれをちらちらと見つめながら、官兵衛はこちらに微笑みかけてくる。
 仰向けになっているため珍しく見えている瞳は、ただ優しい。
「…………小生の決めたことだ」
「それでは答えになっていない」
「話しちまうととたんに陳腐になっちまう理由っていうのもあるんだよ、言わないからこそ粋……そういうのもあるってことだ」
「私が聞きたいと言ってもか? 私に忠を捧げると言ったではないか、それならば私の望みを貴様は叶えるべきだ」
「お前さんはある意味とんだ暴君だな……」
 苦笑混じりの声にわずかに滲むもの、それにどんな名前をつければいいのだろうか。
 優しくて愛情に満ちあふれていて、だが決してそれをこちらにぶつけてこようとしない。抱くかのように、包み込むかのように。三成を愛おしむ官兵衛の優しさが何度も自分を助けてくれたが、彼に何を見返りとして与えれば喜んでくれるのだろう。
 金や地位で動く男ではないのは知っている。
  この国を大きく変える戦を動かしている、その立場に興奮し喜んでいるのはわかっているがそれが褒美にはならないだろう。
「貴様は何を望む? 私を守ると言うが、私は貴様の望む物を与えられるのか?」
「もう……十分もらったさ、それだけで満たされちまうほどのものを……な」
「それほどのものを与えた記憶など無い」
「なくていいんだよ、あったら小生が困っちまう」
「しかし……」
「どうしても小生に何かをくれてやりたいっていうのなら、そうだな……」
 寝転んだまま顎に手を当て、三成と同じく真新しい一揃えに身を包んでいる官兵衛は何かを思いついたのだろう。
 ふっと顔をほころばせ、そのまま片方の手を上げて三成を手で招く。
「どうした?」
「褒美なんてもんはいらんが、お前の顔をじっくり見せてくれ」
「私の顔だと? 常に見ているだろう」
 そう言いながらも三成は立ち上がり、官兵衛の元へと近づいていく。
 徐々に迫るその時に備えるため、今頃大広間はやってきた客人たちと豊臣家の家臣たちが集まり凄まじいことになっているのだろう。秀頼はお市に預けてあるので誰かに襲われても返り討ちにされるだろうし、先日の天海という僧の来訪以降急速に回復し始めた大谷も念のために部屋で休んでもらっている。
 太陽が中天に昇った時、三成の戦いは始まる。
 それまでの間にやっておけることはもう全て終わらせた。自分に味方してくれる人間を増やし、敵を押さえ込み。足りない器量を自覚しながらも精一杯やっていたつもりだが、だからこそ己の内に広がっていく胸を食い荒らす不安だけが無駄に増殖していく。まだなにかできたことはあったのではないのか、自分の器量では家康のように全てを上手く治められないのでは。
 秀吉の様な圧倒的な気迫も、家康のような信念も三成にはない。
 ただ大切な人の思いを継ぎ、大切な人を守るために官兵衛の策に合わせて動いているだけなのだ。官兵衛はそれでいいと言ってくれるが、秀吉という精神的な支柱を失った三成にできることなど無いに等しい。
 今もきっと官兵衛のためにできることなどないのだろう、わずかにそんな自虐的な思いを抱きながら三成は官兵衛の腰の側に座りそっと顔を彼に近づけた。
「これで……いいのか?」
「ああ、十分だ」
 声と共に、頬に暖かい感触。
「生きてくれてるんだな……お前さんは」
「生きているに決まっているだろう、貴様は何を言っている」
「お前さんがこうして生きて、小生の側にいてくれるだけで十分だ。それでもお前さんが何かを小生に返したいって思ってくれるんだったらな……そうだな、小生のことを兄貴か何かと思ってくれりゃあ、ありがたい」
 頬に添えられる手は、三成をじわりと温めていく。
 わずかな動きで枷に繋がっている鎖がこすれあい、もう聞き慣れてしまった音をたてる。今では秀頼もこの音がすると官兵衛がくるとわかり始めたのか、よちよちと歩きながら音の聞こえてくる方向へ歩いて行くようになった。
 彼がいたから家康と和解できた。
 そしてこうして、全てをまとめるために動くことができる。
 どれだけ感謝してもしたりないというのに、官兵衛の望みは兄と思ってくれという言葉だけ。
「私は兄がいないのでわからないが……貴様は私を弟だと思っていてくれたのか?」
「その方が楽だと気がついただけだ、無条件でお前さんに甘えてもらえるんでな」
「兄……か……わかった、それが貴様の望むものならば、私は進んで貴様の弟となろう」
「いや、そこまで気負ってなるもんじゃないって……」
「では、どうすればいいのだ?」
「ただ小生を頼ってくれればそれでいい。お前さんに兄貴呼ばわりされたいわけでもないんでな……ただ……一生身内として世話を焼き続けたいだけだ」
「貴様の言うことの意味はわからない……」
 だが、信じてもいいとは思っていた。
 自分の肌に触れる官兵衛の暖かさは心地よいものであったし、かつて秀吉も何度か三成にこういう風に触れてきたことがあった。
 子供は温かい。
 戦場では厳しい顔で先頭に立ち戦い続けてきた覇王の、悪戯っぽい笑み混じりの言葉。あの頃は常に秀吉の隣には半兵衛がいて、そして大谷の身体も今よりずっと頑健だった。
 官兵衛だけが、なにも変わらずに三成の隣にいてくれる。
 近い将来逝ってしまうであろう大谷や、先に旅立った秀吉と半兵衛の事を思いながら官兵衛の手にそっと己の手を添える。そのまま彼のぬくもりを感じながら、唇を噛みしめ目の周辺が熱くなってくるのに耐えていると困ったような官兵衛の声。
「…………泣くなよ」
「泣いているわけではない、少し……昔を思い出しただけだ」
「目に涙ためて家康の前でそんなこと言ってみろ、その場で押し倒されるぞ?」
「い、家康はそのような男ではない!」
「だがな、あいつは自分の命と引き替えにしてもいいと思ってるほどにお前さんに惚れ込んでるんだぞ? お前さんだって、家康が望むんならあいつに組み敷かれてもいい……くらいには思ってるんだろうが」
「家康が望むならば、何をされても構わない」
「わかってるさ、そんなことはな……もうとっくにわかってるんだよ」
  声に含まれた悲しい響き、それについて追求しようとした瞬間。
 官兵衛は一気に身体を起こし、一気に三成に顔を近づけてきた。男らしい精悍な風貌に似合わぬ知性にあふれた眼差しに見つめられ、心臓の鼓動が一瞬跳ね上がるのを感じる。
 不幸だったり物言いが軽いので誤解されがちだが、官兵衛はうちに抗しがたい魅力を秘めた男でもあるのだ。大坂城に方向に上がっている侍女にも、官兵衛のあの男らしさと繊細な精神の差違がたまらないと言う人間が多いことは知っていたが。
 野性味と深謀遠慮が同居する瞳が、ここまで美しいとは。
「どうした? 小生に惚れたか?」
「貴様の目は綺麗だと思った、だがそれだけで惚れるわけがない」
「そりゃそうだな……さて、そろそろ時間か……家康の奴もうまくやってくれてりゃいいが。なんせあいつには小生が側についてないんだからな」
「貴様の不運に巻き込まれない家康の方が上手くいく可能性もある」
「確かに不運といえば不運だが……お前さんの虎に間違えて尻を噛まれたり、秀頼に小便かけられたり……お市の着替えを間違えて覗いちまって破廉恥呼ばわりされたこともあったか……だが、その分不幸はお前さんにはいかないはずだ」
「官兵衛……」
 ぽんと頭を叩かれると、早く立てとばかりに官兵衛に手を引っ張られる。
 がちゃがちゃと廊下を爪で叩く音が近づいてくるのは、東雲と紅丸だろうか。薄暮という名前の代わりに紅丸という名前を与えられた東雲の姉虎は、幸村と共に甲斐の大地を毎日駆け回っているらしい。
 大広間が落ち着いたら遣いをよこして欲しいと幸村と佐助には伝えてあったが、まさか彼等を使うとは思わなかった。
 器用に鼻で障子を押して三成の部屋へと入ってきた東雲と紅丸は、三成の姿を確認するとその巨体をすぐに擦りつけてきた。彼等にとっては狭い部屋なので、官兵衛を踏みつぶしてまで三成に甘えてくるのも日常。
 
 そしてこの戦の後に続く日常も、このように穏やかであればいい。
 
 家康のためでもあり、幼い秀頼のためでもあり。
 そして今まで出会ってきた武将たちも心の底で望んでいる平和な毎日のために、自分にできることを行わなければ。
 毛皮に挟まれ顔に鼻を押しつけられながら決意を新たにした三成は、三河にいる家康が今何をしているのかを思いながら。
 
 
 
 論戦という、経験したことのない戦いの場へ出陣していった。
 
 
 
 





 
 
 
 
 
 
 純白の虎を二頭引き連れ、片腕にようやく歩けるようになった幼子を抱き。
 金糸の縫い込まれた淡い色合いの羽織に身を包んだ三成が大広間に姿を現した時、その場を支配していたのは鋭く剣呑な雰囲気だった。
 部屋中に敷き詰められた座布団、そして群れ集う人々。三成の入室で視線は一斉にこちらを向いたが、いくつかできあがっている人々の群れは互いを守るかのように身を寄せ合わせ始めていた。
 秀吉の仇討ちを目的とし、徹底抗戦を主張し続ける者たち。
 己の領土と利益を守るために、何とか徳川と上手く和解を目指す者たち。
 そして数は少ないが秀吉と半兵衛の意志を継ぎ、秀頼を盛り立てて豊臣の再興を目指そうとする者たち。
 彼等が今回招かれた各地の将たちに向ける目線は厳しいのは、上座にある秀頼と後見人の三成の座る場に最も近い場所に彼等の座る場所が用意されていたから。特に一番上座に席を用意されている幸村への目線は一様に冷たく、憎悪と言い換えてもいいほどの鋭さを持ち備えていた。
 秀吉の死から立ち直れずに混乱していた時期にいち早く同盟を結んでくれた幸村に、最上級の待遇を与えたい。そう言い続けた三成の思いは他の年長者たちを差し置いて幸村に最も城主に近い席を与えることになったのだが、本人はその事も睨まれていることも特に気にしていないらしい。
 自分の元へと戻ってきた紅丸の巨体を座ったまま受け止め、隣に座る島津義久に何かを話しかけながら三成へと小さく手を振ってくる。さすがに手を振り返すわけにもいかないので小さく頷いて答えてやると、三成は機嫌良さそうに両腕を振り回している秀吉を抱く腕に力を込めた。
 豊臣家の臣下たちは、秀吉存命の頃はそこまで結束していなかった。
 秀吉という絶対的な主がいたから横の連携を重要視していなかったというのもあるし、彼等にとって重要なのは秀吉により良い存在として認識してもらう事だったからだ。専制君主に嫌われてしまえば自分や家族の将来に大きな影響を及ぼす。そうを考えて卑屈に動く人間を秀吉は好まなかったし、むしろ三成のように絶対的な忠誠と確実な成果を上げてくる人間を重用していた。
 下手な馴れ合いではなく結果を、更なる力を。
 だから彼等は同じ組織の中にいるのに、強調して動くことはなかったというのに。
 若輩者である三成が秀頼の後見人という立場を得、この難局を動かしていくのが気に入らないが故に団結する事を選んだ。
 今まで幸村に突き刺さっていた視線の刃が、容赦なく三成を刺し貫き始める。
「集まっているようだな……それでは始めさせてもらう。動きたくないというのならば、その場で聞け」
「……三成、そりゃ相手の思うつぼだ」
「構わぬ」
 後ろからついてきた小さな声で囁きかけてくるが、その声すらどこの誰かが言ったかわからない悪口雑言に打ち消される。
 彼等が用意された席に座らず群れ固まっているのは、そこに何かを隠しているから。話し合いの場であるからこそいつもの刀は持ち込まず、脇差しだけを腰に差している三成相手に長刀で斬りかかるつもりなのだろう。この場でそのようなことをすれば三成を信じて同盟に応じた他国の将たちまで敵に回すことになるのだが、己の保身しか考えていない人間たちにはそれがわからないのだろう。
 三成を廃し秀頼の後見人の座を得れば、強大な豊臣軍を手に入れる事ができる。
 その魅力に抗することができる人間は少ないだろうし、ましてや若輩者と侮られ続けていた三成がその席にいるのだ。自分だってその席に座ることができるのではないか、そう思うようになるのも仕方がない。
 だが周囲を扇動することだけは許せなかった。
 それは秀吉の望んだ力による支配ではない。欲という名の蜜で人を引き寄せ、己の望みを叶えさせるために操っているだけなのだ。
 襲いたければ襲うがいい、ただしそれは自分だけでなく秀頼にも刃を向けることになる行為。
 幼子に刃を向けるという事の意味を、その身に刻み込んでやるだけだ。
「そのままでいい、私の話を聞け」
 一段高い所にある城主の席に腰を下ろし、組んだ足の間に秀頼を置く。
 この頃は三成にこうしてもらうのが気に入っているようで、少しの間であればこのままおとなしくしてくれている。もしどこかへ行きたがってぐずりだしたら、官兵衛か刑部に預けてしまおう。足を引きずりながらではあったがこちらへ近づいてきた大谷に目で笑んでやりながら、彼が官兵衛の隣に座るのを確認してから三成は周囲を睥睨しながら話を始めることにした。
 一段高い所にあるからか春の日差しはこの席には集まりやすいらしい、秀頼も三成の足の上で背伸びしながら暖かさを享受しているようであった。
「私の話すことはただ一つだ。徳川と一時的に和議を結んだ……反対する者はこの場で斬滅する」
「………………っ!」
「何を言っている!」
「太閤殿の仇と和議だと!? この裏切り者め!」
「徳川と通じていたのか!」
 言葉を言い終える前に、三成の身体が揺らぐほどの怒号と罵声が広間を支配し始める。
 彼等の顔に浮かぶのは三成に対する怒りと憎しみだけではない、何人かの人間の顔には隠しきれない恐怖が浮かび始めていた。
 三成ほど秀吉を信奉した男はいないというのに、何故憎き仇と和議を結べたのか。
 一本気で真面目すぎる三成の性格を知り尽くしている人間ほど、顔に刻まれた畏れは深くなり始めている。
 自分たちが知らない何かがあり、三成はそれを知るからこそ和議へと動いた。
 隠された事実があることに気がつき始めた人間は、三成への罵倒を止めると同時に周囲を注意深く見つめ始めていた。
 誰が敵で誰が味方が、それを見極めるために。
「秀頼様の御身を守る……それ故の決断だ。反対の異を唱えた者は、秀頼様にお仕えする意志がないものとみなす。すなわち……この場に生きて存在する意味がないということだ」
 今日の日の光は本当に温かく、そして心を落ち着けてくれる。
 三成のからわずかに離れた脇に控えている官兵衛と大谷は日陰で寒いのか、時折手をこすり合わせたりしているが三成と秀頼は暖かさで眠気がきてしまっている程。だがここであくびでもしてしまえば糾弾されるのはわかっているので、三成は冷静な顔を装いながら時折息を大きく漏らし。
 暖かさを味わいながら、言葉を繋げ始めた。
「私とて家康とただ和議を結んだわけではない……天下を賭けた戦の前準備を行うためだ」
「元々天下は我らの豊臣もの! わざわざ徳川に譲歩してやる必要がどこにあるというのだ!」
「徳川は北條、前田、上杉……そして奥州の伊達と同盟を結んでいる。その全てと一度に戦うことが、今の我々にできると思うか? 秀吉様亡き今、それだけの戦を行えば疲弊するのは我らの側だ……そうだな、官兵衛」
「東日本はほぼ徳川の同盟国だと思った方がいい。この国の半分とまともに戦えば……無駄死にするのはどっちだろうな?」
 昔から三成に辛く当たってきた壮年の将の言葉、それは官兵衛は笑い混じりで一蹴してから三成に言葉を返す。
 うとうとし始めた秀頼の額に張り付いた髪を避けてやりながら官兵衛に礼を言うと、三成は自分を罵倒してきた人間の方へと視線を走らせた。
 途端にその近辺が、ざわめき始める。
「秀頼様がいくら聡明なお方であろうとも、まだ一歳になったばかりだ。己の身を守れぬお方の首を狙われれば、我らの方が分が悪くなるというものだ。だから家康と取引をした……次の戦で全てを決することにしようと……な。当然賭けるものは互いの首だ、家康と……そして私の」
 小波のようであったざわめきが、大河の本流のようなどよめきへと変化していく。
 秀頼の代わりに己の首をかけて徳川との戦いに挑む。それだけの決意を見せれば誰も反対できなくなるだろうし、なにより今の豊臣軍には三成を力で打ち負かすことができる人間は誰もいない。
 
 たとえ三成が戦で死んでもまだ豊臣軍には秀頼が残る。
 
 むしろ三成が死んだ方が得なので、この一時的な和議を認めてしまった方がいい。彼等にそう思わせてしまえばこちらの勝ち、あとでこの戦の真の意味を彼等が知った時にはもう流れは止められなくなっている。
 そう官兵衛は言っていたが、どうやらそれは真実だったらしい。
 互いの首を賭ける、そう三成が口にした時から少しずつ、三成に対する悪意に満ちた声は小さくなり始めていた。
 言われるとわかっていたとしても、憎悪をぶつけられるのは正直辛い。
 だが官兵衛の言ったとおりの流れになってきているし、側で大谷が見守っていてくれる。そして秀頼がいてくれるという事実は、三成に大きな力を与えてくれていた。
「私は秀頼様に死の恐怖に怯えず、大手を振って城の外を歩ける暮らしを与えて差し上げたい。家康にはたとえ我らが負けて私の生殺与奪の権利を家康が得ようとも、秀頼様には手出しをしないと誓わせた。守らぬ可能性はあるかもしれぬが……幸いなことに、証人となってくれる者たちが本日は来てくれている」
「某は秀頼様をお守りいたします! たとえ何があろうとも家康殿に約定を守らせる……そのお役目引き受けさせていただきましょうぞ!」
 最前列で三成の言葉を聞いている他国の将たちはの顔は、穏やかそのものだった。
 いきなり立ち上がった幸村だけは、目をきらきらと輝かせながら自分の後ろにいる豊臣家の家臣たちを睥睨している。着慣れていないであろう布地の多い礼装に着替えさせられ相当窮屈なのだろう、ちらちらと気づかれないように天井を睨み付けているのはきっとそこに忠実な忍びが隠れているから。
 大きな木の酒樽を幾つも大坂城に持ち込み、酒盛りをしに来たと公言する島津は柔らかい眼差しで三成や幸村を見守っているし、大友宗麟の代理でやってきた立花宗茂はよくわからないが袖で涙を拭いて時折鼻をすすっている。
 なんだかよくわからないが、感動して泣いているらしい。
 先日数度に及んだ殴り合いの末にようやく和議が成立した毛利と長曾我部は、時折意味ありげに視線を絡ませては合図もなしに同時に視線を背けている。毛利は隣に座っている尼子に袖を引っ張られては話しかけられ、鬱陶しそうに答えてやっていたが。
 その顔は以前よりも険のないものであった。
 
 
 誰もが、三成の言葉に異を唱えない。
 
 
  そして豊臣家の家臣たちと三成の間に座り、決して移動しようとしないのだ。
 もし三成がわずかでも彼等を刺激する言葉を口にすれば、自分たちも巻き添えで襲われるかもしれないというのに。
 刃を持ち込んでいない各国の勇は、壁として三成を守ってくれていた。
「じめじめした奴らだな……ったくよ」
 三成の言葉に心動く者が増え始めている中で、一人の男が動いた。
 あの島津ですら礼装を身に纏ってきたというのにただ一人だけいつもと変わらぬ格好でこの場に現れ、のんびり腰を上げながら片目の鬼は周囲を、いや後ろの男たちを睨み付ける。
「若輩者だのなんだの言ってる暇があったらよ、てめえらで動きゃあよかったじゃねえか。さっさと家康の首を取ってくることもできねえ奴らに、石田のことを言う権利なんてねえよな? 少なくともこいつは、坊主を守るために必死に動いてたぜ?」
「長曾我部殿、なんと素晴らしいお言葉を!」
「…………真田もちいとばかしうるさい奴だが、一国を背負おうとこいつなりにやってるんだろうよ。他人を責めるばかりで、何も動こうとしない奴らに俺らは手を貸さねえ。俺は石田と手を組んだんだ、それを覚えておけ」
「このような阿呆と同じ意見というのは気に喰わぬが……我も愚鈍な捨て駒と仮初めであろうと友誼を結ぶつもりはない」
 なんの感情もこもっていない毛利の声に、後ろに固まっていた家臣たちが露骨に顔を下に向ける。
 
 動かなかった者に動いた者を責める道理はない。
 
 毛利と長曾我部の言葉に込められた意味は、戦に身を置く男たちの羞恥心を呼び覚ましたのだろう。
 三成憎しで編み上げられていたざらついた麻のような場の雰囲気が、徐々に変わり始めていた。
 真剣な眼差しでこちらを見つめてくる官兵衛は、これを好機とみなしたのだろう。続きを話してしまえと言いたげに何度も小さく頷いてみせ、三成の口を開かせようとする。
 この集まりを終わらせる言葉、それを早く口にして欲しいのだ、彼は。
「…………秀吉様は、力だけを望んだお方であっただろうか」
 
 だが三成の口から出たのは、全く別な言葉だった。
 
「あの方は無駄な戦を望みはしなかった。民たちが戦で畑を焼かれ、住む場所を失わない国を作るために戦に挑んでいたのだ。敵対してきた者は徹底的に攻め滅ぼす……それがあの方の戦ではあったが、略奪は決して許されなかった。己が欲のために秀頼様を奉じるのが、秀吉様を継ぐ者が抱くべき望みか? 私はそうは思わぬ……だからこそ、家康との戦が終わった後は秀吉様の菩提を弔うために隠居する」
 ざわめきは完全に失われた。
 自分の書いた筋書きから離れていく三成の発言に顔を青ざめさせる官兵衛と、始めて三成の真意を聞いた大谷は完全に混乱しきっている。秀頼を手に入れれば豊臣軍の全てを手に入れる事ができる、そう思っていただろう家臣たちも三成の言葉の意味がわからないのだろう。
 権力、財産。
 そして力。
 欲して止まぬものを簡単に捨てようとする三成は、一体何を考えているのかと。
「私が望むものは秀吉様の御世であった、だがもう秀吉様はいない……ならば私が戦う意味もないのだ。だが家康との決着をつけ、この国の未来を見届けるために……もう少しだけ秀頼様と共にいさせていただく」
 口べたな自分がよくここまで上手く話せるものだ。
 内心驚きながら、三成は口を動かし続けていた。自分の口を借りて誰かが話しているのでは、そう思うほどに勝手に言葉は続いていくしわずかも言い淀むことがない。
 決断を、意志を、周りの人間に確実に伝える。
 まるで今の自分の話し方は往年の秀吉のよう。心の緊張を解きほぐしてくれるかのような背を温めてくれる春の光……
 いや、違う。
 
 三成の後ろは壁だ、明かり取りの窓もない。
 
 そして官兵衛や大谷は相も変わらず寒さを感じているのか、指先がほんのりと赤くなり始めている。彼等の後ろで寝そべっているしのも、時折しっぽを大きく揺らしては軽く身体を震わせている。
 何故自分と秀頼だけが暖かさを感じている?
 そう思った三成が臣下たちに語りかけながらそっと後ろを伺おうとした時。
 
 
 ふわりと、一陣の風が吹いた。
 
 
 通常ならば締め切っているはずの広間の中を、風が走っていくわけがない。
  その場にいた全員の髪と服の端を大きく揺らし、すぐに収まった強さを感じさせる風に三成は全てが理解できたような気がしていた。
「……………………秀吉様」
 誰にも聞こえぬように、くうくうと寝息を立てて眠りだして秀頼の頭に手をやりながら小さく呟く。
 この暖かさは秀吉のもの。
 自分と秀頼が凍えぬように、そして心ない人間の言葉に傷つけられぬように。
 
 
 ずっと守っていてくれたのだ。
 
 
 揺るがぬ強さと、そして大いなる優しさと。
 その全てを兼ね備えていたが故に覇道を突き進むことを選んだ偉大なる主君。
 たとえ死して黄泉への旅路の途中であろうとも、彼の意志はこの城に宿っている。そして未熟なりに意志を継ごうともがいている者に、そっと力を貸してくれるのだ。
  秀吉はここにいてくれる、だからもう怖れることなどない。
「…………これが私の話すべき事の全てだ。それでも私の命を奪いたいというのならば、前に出てくるがいい」
 話を全て終えた時、最初に目があったのは島津の翁だった。
 白髪を結い上げた巨漢の老人は、隣に座る目が潤んでいる立花の背を時折叩いてやりながら三成に笑顔で頷いてみせてくれた。
 思うように進めばいい、年寄りは若い者を補佐するのが仕事だ。
 そう言いたげに自分の筋肉に覆われた太い腕をぽんと叩くと、次は逆側に座る幸村の頭を力強く撫で始めた。誇らしい者を見るかのように心底嬉しそうに笑う幸村は、島津に頭をぐしゃぐしゃにされながら歯を見せる。
 そして、彼等の後ろに控えていた家臣たちはといえば。
「…………………………」
 
 誰も言葉は口にしなかった。
 
 誰かが強制したわけでもなかった。
 
 しかし全員がほぼ同時に三成の方へと向き直り、背筋を正し。
 丁寧に床に指をつくと、一斉に三成へと頭を垂れ始めた。
 
 
 覇王の後継者、小さな声でそう呼んだ者がいた。
 
 優しき凶王、そう称えた者もいた。
 
 
 そしてその瞬間から三成は真の意味で大坂城の主となり、豊臣軍の全てを掌中に収める存在になったのだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
__________________________________________

ということで、ここから一気に話は進んでいきます。




BGM「天国より野蛮」
PR
[458] [456] [455] [454] [453] [452] [451] [450] [449] [448] [447]
色々説明






拍手現在豊臣家転生パロ中学生編入ってます
(現在2本 家三 チカナリです)


注意事項
・フリーリンクじゃないです、基本的にはリンクはお断りしています
・ひっそりこっそりが信条なので、黙々と
・捏造、not公式のこばなしが多いので、スルー推奨


ラキドでは幹部全員を溺愛しておりますが、ベルナルドとイヴァンは特に偏愛。ばさらは家三とか奥州の愉快な仲間達と毛長がメインです。うずみさんが現在官三とか官佐にずっぽりとはまり中。
基本は、愛想のかけらもない「ネット怖い~」の書き手が二人で色々書いている場所です。


書いている人


みっし

・生真面目で堅物でムキムキな男性と一見そうじゃなくても根は真面目極まり ないキャラをこよなく愛している、がんかたうるふの片割れ。編み物とお菓子作りが趣味という、第三者曰く可愛らしい一面を持つ反面、パニクると踊ったり、オロオロしだして周囲は見ていて楽しいらしい。荒ぶる舞は、職場の名物だったりする……らしい。
イヴァンちゃんと片倉さんとシズちゃんとスカイハイさんと陛下を思いっきり愛している。好きなアニメは銀魂と最近はFate/zero。型月ファンというよりは元から虚淵ファンでうずみさんからオススメされまくった末にようやっと手を付けて完読した。ライダー組おいしいです。エクシリアではダントツで陛下が好き。陛下が使用可能になる完全版があるなら複数買いしても構わないとのたまう日々。バサラの好きキャラは片倉さん一強だったはずなのに最近はアニキも熱い。かっちり着込むキャラがすきだったはずなのにいきなり露出度が高いキャラを好きになったのは何故か悩む日々。二次元の向かう愛と同じぐらい甥っ子への愛を叫んでいる気がしてならない。



うずみ
・相方を愛しすぎている変な人。趣味は畑仕事に漬け物作り、好きな物は不幸属性の美人(男女問わず)。ばさらでは石田さんと黒田さんをこよなく愛していたり、赤い子めんこいにゃぁとたまに叫んでいる。

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ばさら垢できました
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