こちらはサークル「がんかたうるふ」のうずみとみっしの二人組が、ラッキードッグ1とばさらのこばなしを黙々と投下する場所です。
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書き終えました、これで前半戦終了。
少しだけグロあり、注意。
少しだけグロあり、注意。
*****
家康を討ち、仲間の仇を討つ。
それが長宗我部元親の目的であり、この城に来た理由だった。そのためならば気にくわない豊臣の残党とも手を組み、利用されているとわかっていてもその時までを耐え抜く。それだけの覚悟をして大阪城を訪れたというのに、元親は考えてさえいなかった成果を手に入れつつあった。
まずは瀬戸内の海を自由に航行する権利。
今はまだ口約束に過ぎない段階とはいえ、あの毛利元就が偽りを口にすることはないだろう。後から正式に書状を交わし周囲にその事実を知らしめる仕事は残っているが、あの澄んだ美しい海を自由に移動できるのは正直言ってありがたい。
長宗我部の海軍程強力な軍艦を持っているわけではないが、組織的に動くことが事ができる安芸の海軍に今まで何度航行を邪魔されてきたのだ。それがなければ元親の船はどこまでも、それこそ他国まで行くことができるはず。
自分の宿願を叶えるためにここに来たというのに、こんな大きな利益を得てもいいのだろうか。そう最初は思ったのだが、この城の年若い主と話をしてそれを考えることをやめた。
「これがしのだ。そしてこれが紅丸、そして隣にいるのが真田……だったな?」
「紅丸の名前は覚えてくださったというのに、某の名前はなかなか覚えてくださらぬのですな」
「貴様は虎ではないだろう」
「あのね、石田の大将……普通は人の名前を覚えるのが先なの」
「…………そうなのか……」
これが大将で大丈夫なのか。
最初に思ったのはそれだったが、次に思ったのは真田の忍びに対する褒め言葉だった。有能な乳母でも主人に対してここまで細かく気を配ることはできないだろう。
盛大に荒れ果てた庭の片隅にある東屋、そこに青年達のために菓子と飲み物を用意し。戦装束から湯気を出す勢いで発汗し続けている彼らのために汗を拭う布を用意し、前もって準備してあった幸村の着替えをさっと渡す。
その場で幸村が着替え始めたことにも、もう慣れきっているのだろう。
あとは自分の体に無頓着らしい石田の世話を焼いてやりながら、時折幸村の無軌道な行動を諫める事も忘れない。主人がこうだから従者がこうなったのか、それとも従者が有能すぎるから主人が甘えてしまっているのか。
厳しく冷たい風は、若い二人の体をあっという間に冷やしていく。
竹で編まれた壁は一応四方を覆ってくれてはいるが、風を遮る役目は果たしてくれていない。心地よい早朝の光とは裏腹の体を凍らせるような風を受け止めながら、元親は持ち込んだ大きな包みを開き始めた佐助の手元に目線をやっていた。
元親から見て向かい側に並んで座っている若者二人を観察しながら、東屋の柱に体を預ける。間の空間では、佐助が忍び装束のままいそいそと動いていた。
「おおっ! 今日の朝飯は握り飯なのだな!」
「中身は昆布の佃煮だよ、石田の大将たちの分もあるんだから全部食べないでね」
「それはわかっているのだが……今日は特に美味そうだ」
「朝からあれだけ体を動かしたら、そりゃお腹も空くって…………ほら、石田の旦那も食べて。お茶も用意してあるし、漬け物もあるから」
「いらん」
「あれだけ動いて何も食べなかったらぶっ倒れるよ」
「……食べたくない」
どこの子供の我が儘だ。
優しく宥め賺している佐助は、もう三成の扱い方を心得ているのだろう。葦で編んだ籠にぎっしりと詰められている握り飯にもうかぶりつき始めている幸村を一瞥し、そして意味ありげにくすりと笑い。
「うちの旦那は手間がかからないし、よく食べてくれるし……いい旦那だよねえ」
「………………………」
「やっぱりちゃんと食べる主人の方が、こっちも安心できるし……食べればもっと大きくなるかもしれないしね。それこそ……あの豊臣秀吉みたいに」
「………………喰う」
「え?」
「喰うからよこせ!」
この忍び、子供の扱いが上手すぎる。
籠に手を突っ込み、やけ気味におにぎりを食べ始めた三成と、その横に座り満足げに次々と口の中に放り込んでいく幸村。子供には飯を与えておけばいいとはよく言うが、食べ始めた瞬間に二人とも全く喋らなくなったのはもう笑うしかない。
これが本当に家康への恨みだけで動く凶王なのか。
一心不乱におにぎりを味わい続ける二人を見て、佐助の顔に満足げな笑みが浮かぶ。
幸村に付き従うというのはこういう事なのだろう、戦うことと己を鍛える事意外には無頓着すぎる主を陰日向に支え、彼の成長を何よりの喜びとする。
こんな忍びが側にいるからこそ、幸村は立派な将へと成長していっているのだろう。
幸村には何度か会っているが、会う回数を重ねるごとに彼は若武者から一人前の将へと変貌していっていた。いずれは名君として名を残す存在になるだろうとは思っていたが、食べている姿は子供そのもの。
陣羽織を脱ぎ捨て軽装になっている三成を気遣うというより、自分と同じ量を食べさせるために。三成がゆっくりと食べ進めているおにぎりがなくなる前に、彼の手に無理矢理もう一つ乗せ。機嫌を損ねた三成に怒られている幸村の顔は、輝くような笑顔に彩られていた。
「貴様!」
「石田殿がもっと食べてくださらぬと、某が食べられませぬ。城主を差し置いて食事をするなど……そんな無礼な行いをするわけには」
「私が許可してやる、好きなだけ喰え」
「そのお言葉、ありがたく受け取らせて頂きます。ですが石田殿にはもっと食べてもらわねば」
「いらん、これで十分だ」
「……宗我部殿もいかがですか? 佐助の握り飯は天下一でございます!」
差し出された籠に手を突っ込み、適度な堅さのおにぎりをそのまま口に入れる。
一国を預かる者が簡単に他領の物に口を付けるな、そう毛利なら言うだろうが。無言で食べ続けている二人の様子を見て、かなり気になってはいたのだ。
口に入れると一気に米がほどけ、適度な塩気が米の甘みを引き立てる。中に入っている昆布の佃煮も米の味わいを引き立て、食欲を無限に増大させていくのだ。
これだけ上手な握り方をできるとは、真田の忍び恐るべし。
「アンタ、本当に忍びか?」
「好きでこうなったんじゃないんだけどね……」
喉を詰まらせそうな食べ方の幸村の為に竹製の水筒に入れた茶を用意しながら、佐助は笑い混じりのため息をついた。
「佐助、茶をくれ」
「はいよっと……旦那はもうちょっと噛んで食べてよ。石田の旦那を少し見習ったら?」
全員の視線が三成へと集まるが、それを全く気にする様子を見せずに三成はおにぎりを食べ続けていた。真剣な眼差しで咀嚼し続けている彼に佐助が無言で茶の入った器を差し出すが、それすら目に入っていないらしい。
人はこれだけ集中して食事をすることができるのか。
食べる事に全神経を注いでいるのか、これだけ周囲に見つめられているというのに三成は全く気がつく様子がなかった。
「石田殿……お茶でござるよ」
「そうか」
「漬け物もございますが」
「そうか」
「……明日の天気は雪のち槍が降るそうでござる」
「そうか」
生返事にも程がある返答に、その場にいる人間の顔が一気に緩む。
それぞれの目的があり、自分たちはこの城に集まっている。元親のように配下の者の仇討ちを目指している者もいれば、毛利のように自分の国の安寧を考えて動く者もいる。幸村の目的がなんなのかはわからないし、三成と同盟を結んだ経緯も推察することすらできない。
だが彼らはこれでいいのだろう。
真田の主従の、おにぎりと真剣勝負をし続けている三成を見る目はただ優しい。そこに全ての真実が込められているような気がして、元親は三成のことを少しだけ信じることにした。
凶王と呼ばれ残虐の限りを尽くしている男にあの黒田官兵衛が全てを捧げるのはおかしい、そして幸村達がここまで彼の世話を焼くのも。
凶王三成には何か謎がある、家康を恋い慕っているという事以外の。
「よくわかんねえな……」
「何がだ?」
「石田のヤツがだよ。単なるガキじゃねえか……」
「あれは子供に過ぎぬ……今更それがわかったのか?」
米粒を大量に口の周りに付けた幸村が、目を見開いて驚いている。
佐助も嫌そうに顔をしかめ、自然な風を装って幸村の側へと移動した。
三成だけがおにぎりと戦い続けていたが、今の彼は周囲の状況を気にする余裕を持っていない。聞き慣れた声と幸村達の様子で何が起こったのかを理解し、ゆっくりと首を後ろへと向けるとそこには早朝の庭を一緒に歩いた人物の姿。慌てて移動した佐助を興味なさ下に一瞥した後、毛利元就は元親の隣に無言で腰を下ろした。
「よう毛利、機嫌は直ったか?」
「大谷との話が終わったのでな……貴様と先程の話の続きをしに来てやった。ありがたく思うがいい」
「別に話は後ででも良かったんだがな。そうだ、握り飯食うか?」
「忍びが用意した飯を我に食せというのか?」
「美味かったぜ。騙されたと思って喰ってみろよ」
佐助を手招きして、佐助の手の中にある籠の中のおにぎりを一つもらう。
それをそのまま毛利渡すと、茶器を愛でるかの如く首を動かしながら、たたみかけるように言葉を続けてきた。
「毒は入っておらぬだろうな?」
「いまんところオレは生きてるな」
「中には何か入っているのか?」
「昆布の佃煮だな」
「石田は何故何も話さぬ」
「喰うことに一生懸命なんだよ」
「…………食せ、ということだな……つまり」
「オレはそのつもりだ」
「先程の借りの代わりにはならぬぞ、この程度のこと」
「借りだ?」
何を毛利は貸しと思ったのか。
それに思い当たる前に、毛利はいきなり手の中にあるおにぎりへとかぶりついた。彼らしくない粗野な動きに一瞬驚きはするが、米を飲み込んだ後の言葉がもっと元親を驚かせた。
「………美味ぞ」
「う、うまいか」
「こういう朝餉も悪くはない」
視界の端で佐助が大げさに胸をなで下ろす姿。
幸村が難癖を付けられていじめられることになったら、と気を揉んでいたのだろう。当の幸村は全く気にせずに食事を続けており、その対比に思わず笑い声が漏れてしまったのだが。
それより気になるのは毛利のことだった。
「おい、どういうつもりだ?」
「貴様に先程借りを作ったのでな。何を代わりに望むのかを聞きに来ただけだ」
「借りってあれか?」
彼の目の前にあった枝を払ってやっただけだというのに、なんて律儀な男だろうか。
そういえば毛利という男は己の領土にはこだわり、わずかでも踏みいろうとすると全力でこちらを攻撃してきた。そのかわりこちらが領土を侵さなければ絶対に侵略してくることはなかったのだ。
何事にも線を引き、それを守り続ける。
毛利がそういう男だと理解できれば、もう少しだけ彼に近づけるはずだ。正直毛利には今まで散々な目にあわされているし、近寄りたくない男であったが。
「オレが望むことか……一つだけあるな」
「何を望むというのだ?」
「そうだな……もう少しだけ仲良くしようや」
「仲良くだと? 我と貴様がか?」
「こうやって並んで飯を食えるのなら、少しは仲良くできるんじゃないか……ってな」
「馬鹿な男よ」
返答は、小さな声だった。
だが拒否はされていないし、その後毛利が貸しという言葉を口にすることはなかった。
彼の心の中で何が起こり、自分に対して譲歩する気になったのか。それを知るにはもっと毛利に近づかなければならないだろう。
だが今はまだこれでいいか。
隣に座っているとはいえ、間には拳一つ分の隙間。
だがこの距離がもう少し縮まり、彼と友になれる日もあるのではないだろうか。毛利のことを憎からず思っているのでは、あの黒田官兵衛という男はそう言っていたが。
この生真面目過ぎる男の事を、自分は昔からそんなに嫌いではなかったのかもしれない。
まだ自分の手の中に残っていたおにぎり。
それに再度齧り付きながら、元親は隣で上品におにぎりを食べ続ける毛利を見つめ。
そういえば黒田官兵衛はどこへ行ったのか、ふとそんなことを考えた。
「そうか……長宗我部に話したか」
「あの男は義に厚い、逆に腹を割って話した方が扱いやすいだろうよ。それに小生はああいう男は嫌いじゃないんでね」
「配下の者を殺したのがぬしだと知らぬからであろう? 知れば徳川ではなくぬしを殺しにかかる……あれはそういう男よ。直情であるが故に扱いやすく、義に厚いが故に手下の仇を討たぬ訳にはいかぬ……」
馬鹿な男よ。
そう言い切り、大谷吉継は地の底からわき上がったような不気味な笑い声を漏らした。
早朝の暖かい光が他の部屋には差し込んでくるが、この部屋だけは夜の闇からまだ抜けきらぬまま。日に向かう側の襖に幾重にも板を重ね、部屋に日の光がほとんど入らないようにしているのはきっと今の大谷は日の光にすら命を削られるから。
それでもわずかだけ差し込む光すら避けるように逆側の部屋の隅に陣取った大谷からわずかに離れた場所から、官兵衛は彼から目をそらしながら話しかける。
包帯はこまめに買えているはずなのに、指先や顔に巻かれた布にはもう濁った色のシミができはじめている。だからこそ近寄りたくないというのもあるが、それ以上に感じたのは恐怖に近い嫌悪であった。
三成が側にいる時の大谷は、少なくとも己の内に存在する狂気を隠そうとしている。
狂った男の言葉を三成が聞かないと思っているわけではなく、三成には自分の醜い部分を見せたくないだけ。それを自覚しているからこそ、大谷は三成がいない場所では己の醜い部分を一気に晒すのだ。
濁ったような呼吸音の合間に聞こえる声に含まれているのは、この世の全てに対する憎悪であり。
もちろん官兵衛も憎悪される側として、罵りに近い言葉を浴び続ける事になっていた。
「で、どうするんだ? 九州はほぼこっちの手に落ちた、すぐに徳川との戦の準武を始めることを小生は勧めるがな」
「徳川の支度が調っていないうちに…………と、いうことか?」
「当たり前だろうが。伊達と徳川が同盟を結ぶっていう噂もある、早い内に叩いて終わらせるのが定石だ」
ぼりぼりと頭をかき、立てた膝に顎を乗せながら官兵衛は大谷を説得する。
西日本のほとんどは石田軍の手に落ちた。あとは相手の準備が整う前に攻撃を仕掛ければいいだけ。絆なんていうあやふやなものを軸に他軍の説得を続けている家康の説得を受け入れるには、時間がかかる。
今、三成の心は少しずつ揺らぎ始めている。
家康は自らの天下への道のために秀吉を殺したのか。
半兵衛に命じられたからしょうがなく、そうであってほしい。
官兵衛の言葉は、家康を信じ続けていた三成の心にわずかだが皹を入れた。
あとはそれを広げていく課程で、家康の存在を消してしまえばいい。軍師として冷静にそう判断する反面、官兵衛の中には相反する考えが生まれ始めている。
さっさとこんな戦を終わらせて三成を解放してやりたい。その気持ちは変わっていないし、彼の心が欲しいのも事実。
だが家康を殺してそれを成してもいいのだろうか?
正々堂々と彼を相手取り三成を奪い合うのが正しい道、だが正しいだけでは欲しい物は手に入らない。わかっているからこそ気は沈み、三成に愛されたいと願うからこそ戦を早めに終結させたい。
矛盾をはらんだ心のまま天下の趨勢を決める戦へ思いをはせている官兵衛の姿を見ながら、大谷は口元に手を当てあざ笑うかのように大きく口を歪めた。
「それでは死者の数が足りぬ」
「なんだと?」
「今徳川と事を構えれば、確かに戦は簡単に終わるであろうな…………」
「じゃあそうすりゃいいだけだ」
「半兵衛殿が望んでいたのは、この国全てを巻き込む大戦よ。それによって数多の死者が生まれ……その屍が凶王の御世を産む礎となるのよ」
「…………おい、正気か?」
「我は十分に正気よ。この世全てに不幸をまき散らし、全ての民が絶望の苦鳴をあげ続ける国を造る…………それが太閤殿と半兵衛殿の御遺志よ」
「あいつらがそんなことを望むと思ってんのか!」
拳を畳に叩きつけ、声を張り上げる。
どれだけ怒気を放っても大谷は喜ぶだけ。彼は人の心を追い込み、苦しめることを至上の喜びとしているのだ。
だが言わずにはいられなかった。
「あいつが……秀吉が望んだのは、この国の繁栄だ! お前さんみたいに苦しめて喜ぶために戦をおっ始めたわけじゃねえ!」
「だが戦はどのようなやり方をしても死者を産むぞ……それがわからぬ、ぬしではないだろうに」
「戦ってのはな、譲れないものがあるから起こすんだよ。ただ人を不幸にするためだけに戦を起こすだと? そんな奴には協力できないね!」
「……………………………………」
大谷の深く静かな沈黙の後、聞こえてきたのは低く嗄れた声ではなかった。
「ちょうちょさん…………あそんでいるの…………?」
「………………っ! おい……そいつ……」
「ぬしにはまだ紹介していなかったか。これは第五天……もう一人の凶王よ……」
この暗い部屋は、彼女を招き入れるためだったのか。
畳を覆う闇から生み出されたかのように、するりと闇から抜け出し。膝を合わせ足を投げ出す童女の様な格好で大谷の隣に己の場所を定めたのは、背筋を粟立たせる程の美女だった。
闇よりも濃い黒髪が動きに合わせてさらりと流れ、伏し目がちな眼差しに宿るのは吸い込まれそうな虚無。
第六天織田信長の妹であり、織田家最後の生き残り。
兄に夫を殺され気が触れてはいるが、絶世の美女として有名な女を目の前にしても、官兵衛は彼女に美という物をかけらも感じなかった。彼女の内側では負の感情がどろどろと渦巻き、わずかの清らかさも芽生えてはいない。
清らかで凜とした、三成の方がよほど美しい。
「凶王の名に人々が怯え、恐怖に震えなければ意味を成さぬ」
「……きょうもたくさん……はなをつんできたのよ…………くろいはななのに……つんであげるとまっかになるの…………とてもきれいよ……」
だから、ちょうちょうさんにもわけてあげる。
すうっと畳、いや大谷の影の中に手を入れたお市は花と呼ぶには大きな固まりを取り出した。
黒い髪が肉にへばりつき、お市の指を赤く染めていく。
髪の先からしたたる赤い滴がぽたり、と落ちる中。
指に髪先を巻き、おもちゃで遊ぶ子供のように髪の先にある生首を振り回しながら遊ぶお市の顔は。
はじけるような笑顔に彩られていた。
「これはこれは…………なかなかの花……」
「ちょうちょさんのおねがいどおりのはなよ…………」
「さすが第五天よの……上杉家の重臣の首を一人で取ってくるとは」
「…………そういうことかよ………………」
凶王の名が必要以上に畏れられている、そんな印象は受けていた。
確かに三成はあらゆる戦場で先頭を切って相手の兵を殺し続けている。だがそれはどこの将でも行っている事だというのになぜ三成だけ。豊臣家の親族を皆殺しにした事実が伝聞の末に三成に対する恐怖へと変化したのだと推察していたのだが。
三成の影にもう一人、残虐な殺戮を繰り返す存在がいたということか。
「暗よ……ぬしに我らを裏切ることはできぬ」
このまま三成を凶王でいさせてもいいのか。
可愛らしい笑い声を上げながら生首で遊び続けるお市の髪に触れながら、大谷はくぐもった笑い声を漏らす。
「三成は我らを裏切りはせぬよ。そしてぬしも三成を見捨てぬであろう?」
「痛いところを突くな」
「だから我はぬしを信じる……今までも我の望む結果をもたらしてくれたのだからな、信じぬ訳がなかろ」
「小生はお前さんを信じられなくなったがな」
「それでもよい」
腕の枷と三成の存在で、官兵衛は呪縛されている。
少なくともどちらかをどうにかしなければ、自由に動くことはできないだろう。それがわかっているからこそ官兵衛は知恵の限りを尽くす。
どうすれば三成を救い出し、自分も解放されるのか。
「…………とにかく、まだ軍を動かしはしないんだな。それなら少し提案があるんだが」
「提案だと?」
「三成を佐和山の城に一度帰せ。真田が来たので少し持ち直したが……あの調子ではまた倒れるぞ」
「ぬしがどのような思惑でその言葉を口にしているかはわからぬが……悪い提案ではない」
「肝心要の戦の時に大将が倒れましたって事になっちゃ困るだろ? しばらく戦続きだったんだ、少し休ませてやれ」
この手何をした目的は二つ。
一つは三成の体と心を休ませるという、大谷に話した通りの狙い。そしてもう一つは、大谷の監視が少しでも緩み、家康と三成を会わせやすくするということにあった。
本来ならば会わせたくない。
が、大谷の望むがままに事態が動けば、この世は煉獄と化してしまう可能性がある。それを阻止するためには、家康と三成に話し合わせて事態の解決策を練らなければいけないのだ。
大谷の中に憎悪があるのはわかっていた。病故に人に疎まれ、心を寄せてくれていたはずの人間に嫌われ。三成だけは病になっても態度が全く変わらなかったらしいが、他の人間の反応は推して知るべし。
この世の全てを憎む素地はあったかもしれないが、まさかこれほどまでに深い恨みだったとは。
内心身震いしつつも、官兵衛は言葉を続ける。
「お前さんの切り札は、豊臣残党の旗印にはなれん。ならば三成を長持ちさせなければならないよな…………勿論小生もついて行く、お前さんの部下は気がきかんのが多いからな」
「そこをつかれると、我は何も言えぬ」
ふぅというため息は、敗北の証だったらしい。
隣でくすくすと笑い出したお市を冗談めかして睨み付け。
大谷吉継は、三成と官兵衛に佐和山城へ戻る許可を出したのだった。
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ということで、これで話の流れ的にほぼ半分です。
後半分……まあ、頑張る。
それが長宗我部元親の目的であり、この城に来た理由だった。そのためならば気にくわない豊臣の残党とも手を組み、利用されているとわかっていてもその時までを耐え抜く。それだけの覚悟をして大阪城を訪れたというのに、元親は考えてさえいなかった成果を手に入れつつあった。
まずは瀬戸内の海を自由に航行する権利。
今はまだ口約束に過ぎない段階とはいえ、あの毛利元就が偽りを口にすることはないだろう。後から正式に書状を交わし周囲にその事実を知らしめる仕事は残っているが、あの澄んだ美しい海を自由に移動できるのは正直言ってありがたい。
長宗我部の海軍程強力な軍艦を持っているわけではないが、組織的に動くことが事ができる安芸の海軍に今まで何度航行を邪魔されてきたのだ。それがなければ元親の船はどこまでも、それこそ他国まで行くことができるはず。
自分の宿願を叶えるためにここに来たというのに、こんな大きな利益を得てもいいのだろうか。そう最初は思ったのだが、この城の年若い主と話をしてそれを考えることをやめた。
「これがしのだ。そしてこれが紅丸、そして隣にいるのが真田……だったな?」
「紅丸の名前は覚えてくださったというのに、某の名前はなかなか覚えてくださらぬのですな」
「貴様は虎ではないだろう」
「あのね、石田の大将……普通は人の名前を覚えるのが先なの」
「…………そうなのか……」
これが大将で大丈夫なのか。
最初に思ったのはそれだったが、次に思ったのは真田の忍びに対する褒め言葉だった。有能な乳母でも主人に対してここまで細かく気を配ることはできないだろう。
盛大に荒れ果てた庭の片隅にある東屋、そこに青年達のために菓子と飲み物を用意し。戦装束から湯気を出す勢いで発汗し続けている彼らのために汗を拭う布を用意し、前もって準備してあった幸村の着替えをさっと渡す。
その場で幸村が着替え始めたことにも、もう慣れきっているのだろう。
あとは自分の体に無頓着らしい石田の世話を焼いてやりながら、時折幸村の無軌道な行動を諫める事も忘れない。主人がこうだから従者がこうなったのか、それとも従者が有能すぎるから主人が甘えてしまっているのか。
厳しく冷たい風は、若い二人の体をあっという間に冷やしていく。
竹で編まれた壁は一応四方を覆ってくれてはいるが、風を遮る役目は果たしてくれていない。心地よい早朝の光とは裏腹の体を凍らせるような風を受け止めながら、元親は持ち込んだ大きな包みを開き始めた佐助の手元に目線をやっていた。
元親から見て向かい側に並んで座っている若者二人を観察しながら、東屋の柱に体を預ける。間の空間では、佐助が忍び装束のままいそいそと動いていた。
「おおっ! 今日の朝飯は握り飯なのだな!」
「中身は昆布の佃煮だよ、石田の大将たちの分もあるんだから全部食べないでね」
「それはわかっているのだが……今日は特に美味そうだ」
「朝からあれだけ体を動かしたら、そりゃお腹も空くって…………ほら、石田の旦那も食べて。お茶も用意してあるし、漬け物もあるから」
「いらん」
「あれだけ動いて何も食べなかったらぶっ倒れるよ」
「……食べたくない」
どこの子供の我が儘だ。
優しく宥め賺している佐助は、もう三成の扱い方を心得ているのだろう。葦で編んだ籠にぎっしりと詰められている握り飯にもうかぶりつき始めている幸村を一瞥し、そして意味ありげにくすりと笑い。
「うちの旦那は手間がかからないし、よく食べてくれるし……いい旦那だよねえ」
「………………………」
「やっぱりちゃんと食べる主人の方が、こっちも安心できるし……食べればもっと大きくなるかもしれないしね。それこそ……あの豊臣秀吉みたいに」
「………………喰う」
「え?」
「喰うからよこせ!」
この忍び、子供の扱いが上手すぎる。
籠に手を突っ込み、やけ気味におにぎりを食べ始めた三成と、その横に座り満足げに次々と口の中に放り込んでいく幸村。子供には飯を与えておけばいいとはよく言うが、食べ始めた瞬間に二人とも全く喋らなくなったのはもう笑うしかない。
これが本当に家康への恨みだけで動く凶王なのか。
一心不乱におにぎりを味わい続ける二人を見て、佐助の顔に満足げな笑みが浮かぶ。
幸村に付き従うというのはこういう事なのだろう、戦うことと己を鍛える事意外には無頓着すぎる主を陰日向に支え、彼の成長を何よりの喜びとする。
こんな忍びが側にいるからこそ、幸村は立派な将へと成長していっているのだろう。
幸村には何度か会っているが、会う回数を重ねるごとに彼は若武者から一人前の将へと変貌していっていた。いずれは名君として名を残す存在になるだろうとは思っていたが、食べている姿は子供そのもの。
陣羽織を脱ぎ捨て軽装になっている三成を気遣うというより、自分と同じ量を食べさせるために。三成がゆっくりと食べ進めているおにぎりがなくなる前に、彼の手に無理矢理もう一つ乗せ。機嫌を損ねた三成に怒られている幸村の顔は、輝くような笑顔に彩られていた。
「貴様!」
「石田殿がもっと食べてくださらぬと、某が食べられませぬ。城主を差し置いて食事をするなど……そんな無礼な行いをするわけには」
「私が許可してやる、好きなだけ喰え」
「そのお言葉、ありがたく受け取らせて頂きます。ですが石田殿にはもっと食べてもらわねば」
「いらん、これで十分だ」
「……宗我部殿もいかがですか? 佐助の握り飯は天下一でございます!」
差し出された籠に手を突っ込み、適度な堅さのおにぎりをそのまま口に入れる。
一国を預かる者が簡単に他領の物に口を付けるな、そう毛利なら言うだろうが。無言で食べ続けている二人の様子を見て、かなり気になってはいたのだ。
口に入れると一気に米がほどけ、適度な塩気が米の甘みを引き立てる。中に入っている昆布の佃煮も米の味わいを引き立て、食欲を無限に増大させていくのだ。
これだけ上手な握り方をできるとは、真田の忍び恐るべし。
「アンタ、本当に忍びか?」
「好きでこうなったんじゃないんだけどね……」
喉を詰まらせそうな食べ方の幸村の為に竹製の水筒に入れた茶を用意しながら、佐助は笑い混じりのため息をついた。
「佐助、茶をくれ」
「はいよっと……旦那はもうちょっと噛んで食べてよ。石田の旦那を少し見習ったら?」
全員の視線が三成へと集まるが、それを全く気にする様子を見せずに三成はおにぎりを食べ続けていた。真剣な眼差しで咀嚼し続けている彼に佐助が無言で茶の入った器を差し出すが、それすら目に入っていないらしい。
人はこれだけ集中して食事をすることができるのか。
食べる事に全神経を注いでいるのか、これだけ周囲に見つめられているというのに三成は全く気がつく様子がなかった。
「石田殿……お茶でござるよ」
「そうか」
「漬け物もございますが」
「そうか」
「……明日の天気は雪のち槍が降るそうでござる」
「そうか」
生返事にも程がある返答に、その場にいる人間の顔が一気に緩む。
それぞれの目的があり、自分たちはこの城に集まっている。元親のように配下の者の仇討ちを目指している者もいれば、毛利のように自分の国の安寧を考えて動く者もいる。幸村の目的がなんなのかはわからないし、三成と同盟を結んだ経緯も推察することすらできない。
だが彼らはこれでいいのだろう。
真田の主従の、おにぎりと真剣勝負をし続けている三成を見る目はただ優しい。そこに全ての真実が込められているような気がして、元親は三成のことを少しだけ信じることにした。
凶王と呼ばれ残虐の限りを尽くしている男にあの黒田官兵衛が全てを捧げるのはおかしい、そして幸村達がここまで彼の世話を焼くのも。
凶王三成には何か謎がある、家康を恋い慕っているという事以外の。
「よくわかんねえな……」
「何がだ?」
「石田のヤツがだよ。単なるガキじゃねえか……」
「あれは子供に過ぎぬ……今更それがわかったのか?」
米粒を大量に口の周りに付けた幸村が、目を見開いて驚いている。
佐助も嫌そうに顔をしかめ、自然な風を装って幸村の側へと移動した。
三成だけがおにぎりと戦い続けていたが、今の彼は周囲の状況を気にする余裕を持っていない。聞き慣れた声と幸村達の様子で何が起こったのかを理解し、ゆっくりと首を後ろへと向けるとそこには早朝の庭を一緒に歩いた人物の姿。慌てて移動した佐助を興味なさ下に一瞥した後、毛利元就は元親の隣に無言で腰を下ろした。
「よう毛利、機嫌は直ったか?」
「大谷との話が終わったのでな……貴様と先程の話の続きをしに来てやった。ありがたく思うがいい」
「別に話は後ででも良かったんだがな。そうだ、握り飯食うか?」
「忍びが用意した飯を我に食せというのか?」
「美味かったぜ。騙されたと思って喰ってみろよ」
佐助を手招きして、佐助の手の中にある籠の中のおにぎりを一つもらう。
それをそのまま毛利渡すと、茶器を愛でるかの如く首を動かしながら、たたみかけるように言葉を続けてきた。
「毒は入っておらぬだろうな?」
「いまんところオレは生きてるな」
「中には何か入っているのか?」
「昆布の佃煮だな」
「石田は何故何も話さぬ」
「喰うことに一生懸命なんだよ」
「…………食せ、ということだな……つまり」
「オレはそのつもりだ」
「先程の借りの代わりにはならぬぞ、この程度のこと」
「借りだ?」
何を毛利は貸しと思ったのか。
それに思い当たる前に、毛利はいきなり手の中にあるおにぎりへとかぶりついた。彼らしくない粗野な動きに一瞬驚きはするが、米を飲み込んだ後の言葉がもっと元親を驚かせた。
「………美味ぞ」
「う、うまいか」
「こういう朝餉も悪くはない」
視界の端で佐助が大げさに胸をなで下ろす姿。
幸村が難癖を付けられていじめられることになったら、と気を揉んでいたのだろう。当の幸村は全く気にせずに食事を続けており、その対比に思わず笑い声が漏れてしまったのだが。
それより気になるのは毛利のことだった。
「おい、どういうつもりだ?」
「貴様に先程借りを作ったのでな。何を代わりに望むのかを聞きに来ただけだ」
「借りってあれか?」
彼の目の前にあった枝を払ってやっただけだというのに、なんて律儀な男だろうか。
そういえば毛利という男は己の領土にはこだわり、わずかでも踏みいろうとすると全力でこちらを攻撃してきた。そのかわりこちらが領土を侵さなければ絶対に侵略してくることはなかったのだ。
何事にも線を引き、それを守り続ける。
毛利がそういう男だと理解できれば、もう少しだけ彼に近づけるはずだ。正直毛利には今まで散々な目にあわされているし、近寄りたくない男であったが。
「オレが望むことか……一つだけあるな」
「何を望むというのだ?」
「そうだな……もう少しだけ仲良くしようや」
「仲良くだと? 我と貴様がか?」
「こうやって並んで飯を食えるのなら、少しは仲良くできるんじゃないか……ってな」
「馬鹿な男よ」
返答は、小さな声だった。
だが拒否はされていないし、その後毛利が貸しという言葉を口にすることはなかった。
彼の心の中で何が起こり、自分に対して譲歩する気になったのか。それを知るにはもっと毛利に近づかなければならないだろう。
だが今はまだこれでいいか。
隣に座っているとはいえ、間には拳一つ分の隙間。
だがこの距離がもう少し縮まり、彼と友になれる日もあるのではないだろうか。毛利のことを憎からず思っているのでは、あの黒田官兵衛という男はそう言っていたが。
この生真面目過ぎる男の事を、自分は昔からそんなに嫌いではなかったのかもしれない。
まだ自分の手の中に残っていたおにぎり。
それに再度齧り付きながら、元親は隣で上品におにぎりを食べ続ける毛利を見つめ。
そういえば黒田官兵衛はどこへ行ったのか、ふとそんなことを考えた。
「そうか……長宗我部に話したか」
「あの男は義に厚い、逆に腹を割って話した方が扱いやすいだろうよ。それに小生はああいう男は嫌いじゃないんでね」
「配下の者を殺したのがぬしだと知らぬからであろう? 知れば徳川ではなくぬしを殺しにかかる……あれはそういう男よ。直情であるが故に扱いやすく、義に厚いが故に手下の仇を討たぬ訳にはいかぬ……」
馬鹿な男よ。
そう言い切り、大谷吉継は地の底からわき上がったような不気味な笑い声を漏らした。
早朝の暖かい光が他の部屋には差し込んでくるが、この部屋だけは夜の闇からまだ抜けきらぬまま。日に向かう側の襖に幾重にも板を重ね、部屋に日の光がほとんど入らないようにしているのはきっと今の大谷は日の光にすら命を削られるから。
それでもわずかだけ差し込む光すら避けるように逆側の部屋の隅に陣取った大谷からわずかに離れた場所から、官兵衛は彼から目をそらしながら話しかける。
包帯はこまめに買えているはずなのに、指先や顔に巻かれた布にはもう濁った色のシミができはじめている。だからこそ近寄りたくないというのもあるが、それ以上に感じたのは恐怖に近い嫌悪であった。
三成が側にいる時の大谷は、少なくとも己の内に存在する狂気を隠そうとしている。
狂った男の言葉を三成が聞かないと思っているわけではなく、三成には自分の醜い部分を見せたくないだけ。それを自覚しているからこそ、大谷は三成がいない場所では己の醜い部分を一気に晒すのだ。
濁ったような呼吸音の合間に聞こえる声に含まれているのは、この世の全てに対する憎悪であり。
もちろん官兵衛も憎悪される側として、罵りに近い言葉を浴び続ける事になっていた。
「で、どうするんだ? 九州はほぼこっちの手に落ちた、すぐに徳川との戦の準武を始めることを小生は勧めるがな」
「徳川の支度が調っていないうちに…………と、いうことか?」
「当たり前だろうが。伊達と徳川が同盟を結ぶっていう噂もある、早い内に叩いて終わらせるのが定石だ」
ぼりぼりと頭をかき、立てた膝に顎を乗せながら官兵衛は大谷を説得する。
西日本のほとんどは石田軍の手に落ちた。あとは相手の準備が整う前に攻撃を仕掛ければいいだけ。絆なんていうあやふやなものを軸に他軍の説得を続けている家康の説得を受け入れるには、時間がかかる。
今、三成の心は少しずつ揺らぎ始めている。
家康は自らの天下への道のために秀吉を殺したのか。
半兵衛に命じられたからしょうがなく、そうであってほしい。
官兵衛の言葉は、家康を信じ続けていた三成の心にわずかだが皹を入れた。
あとはそれを広げていく課程で、家康の存在を消してしまえばいい。軍師として冷静にそう判断する反面、官兵衛の中には相反する考えが生まれ始めている。
さっさとこんな戦を終わらせて三成を解放してやりたい。その気持ちは変わっていないし、彼の心が欲しいのも事実。
だが家康を殺してそれを成してもいいのだろうか?
正々堂々と彼を相手取り三成を奪い合うのが正しい道、だが正しいだけでは欲しい物は手に入らない。わかっているからこそ気は沈み、三成に愛されたいと願うからこそ戦を早めに終結させたい。
矛盾をはらんだ心のまま天下の趨勢を決める戦へ思いをはせている官兵衛の姿を見ながら、大谷は口元に手を当てあざ笑うかのように大きく口を歪めた。
「それでは死者の数が足りぬ」
「なんだと?」
「今徳川と事を構えれば、確かに戦は簡単に終わるであろうな…………」
「じゃあそうすりゃいいだけだ」
「半兵衛殿が望んでいたのは、この国全てを巻き込む大戦よ。それによって数多の死者が生まれ……その屍が凶王の御世を産む礎となるのよ」
「…………おい、正気か?」
「我は十分に正気よ。この世全てに不幸をまき散らし、全ての民が絶望の苦鳴をあげ続ける国を造る…………それが太閤殿と半兵衛殿の御遺志よ」
「あいつらがそんなことを望むと思ってんのか!」
拳を畳に叩きつけ、声を張り上げる。
どれだけ怒気を放っても大谷は喜ぶだけ。彼は人の心を追い込み、苦しめることを至上の喜びとしているのだ。
だが言わずにはいられなかった。
「あいつが……秀吉が望んだのは、この国の繁栄だ! お前さんみたいに苦しめて喜ぶために戦をおっ始めたわけじゃねえ!」
「だが戦はどのようなやり方をしても死者を産むぞ……それがわからぬ、ぬしではないだろうに」
「戦ってのはな、譲れないものがあるから起こすんだよ。ただ人を不幸にするためだけに戦を起こすだと? そんな奴には協力できないね!」
「……………………………………」
大谷の深く静かな沈黙の後、聞こえてきたのは低く嗄れた声ではなかった。
「ちょうちょさん…………あそんでいるの…………?」
「………………っ! おい……そいつ……」
「ぬしにはまだ紹介していなかったか。これは第五天……もう一人の凶王よ……」
この暗い部屋は、彼女を招き入れるためだったのか。
畳を覆う闇から生み出されたかのように、するりと闇から抜け出し。膝を合わせ足を投げ出す童女の様な格好で大谷の隣に己の場所を定めたのは、背筋を粟立たせる程の美女だった。
闇よりも濃い黒髪が動きに合わせてさらりと流れ、伏し目がちな眼差しに宿るのは吸い込まれそうな虚無。
第六天織田信長の妹であり、織田家最後の生き残り。
兄に夫を殺され気が触れてはいるが、絶世の美女として有名な女を目の前にしても、官兵衛は彼女に美という物をかけらも感じなかった。彼女の内側では負の感情がどろどろと渦巻き、わずかの清らかさも芽生えてはいない。
清らかで凜とした、三成の方がよほど美しい。
「凶王の名に人々が怯え、恐怖に震えなければ意味を成さぬ」
「……きょうもたくさん……はなをつんできたのよ…………くろいはななのに……つんであげるとまっかになるの…………とてもきれいよ……」
だから、ちょうちょうさんにもわけてあげる。
すうっと畳、いや大谷の影の中に手を入れたお市は花と呼ぶには大きな固まりを取り出した。
黒い髪が肉にへばりつき、お市の指を赤く染めていく。
髪の先からしたたる赤い滴がぽたり、と落ちる中。
指に髪先を巻き、おもちゃで遊ぶ子供のように髪の先にある生首を振り回しながら遊ぶお市の顔は。
はじけるような笑顔に彩られていた。
「これはこれは…………なかなかの花……」
「ちょうちょさんのおねがいどおりのはなよ…………」
「さすが第五天よの……上杉家の重臣の首を一人で取ってくるとは」
「…………そういうことかよ………………」
凶王の名が必要以上に畏れられている、そんな印象は受けていた。
確かに三成はあらゆる戦場で先頭を切って相手の兵を殺し続けている。だがそれはどこの将でも行っている事だというのになぜ三成だけ。豊臣家の親族を皆殺しにした事実が伝聞の末に三成に対する恐怖へと変化したのだと推察していたのだが。
三成の影にもう一人、残虐な殺戮を繰り返す存在がいたということか。
「暗よ……ぬしに我らを裏切ることはできぬ」
このまま三成を凶王でいさせてもいいのか。
可愛らしい笑い声を上げながら生首で遊び続けるお市の髪に触れながら、大谷はくぐもった笑い声を漏らす。
「三成は我らを裏切りはせぬよ。そしてぬしも三成を見捨てぬであろう?」
「痛いところを突くな」
「だから我はぬしを信じる……今までも我の望む結果をもたらしてくれたのだからな、信じぬ訳がなかろ」
「小生はお前さんを信じられなくなったがな」
「それでもよい」
腕の枷と三成の存在で、官兵衛は呪縛されている。
少なくともどちらかをどうにかしなければ、自由に動くことはできないだろう。それがわかっているからこそ官兵衛は知恵の限りを尽くす。
どうすれば三成を救い出し、自分も解放されるのか。
「…………とにかく、まだ軍を動かしはしないんだな。それなら少し提案があるんだが」
「提案だと?」
「三成を佐和山の城に一度帰せ。真田が来たので少し持ち直したが……あの調子ではまた倒れるぞ」
「ぬしがどのような思惑でその言葉を口にしているかはわからぬが……悪い提案ではない」
「肝心要の戦の時に大将が倒れましたって事になっちゃ困るだろ? しばらく戦続きだったんだ、少し休ませてやれ」
この手何をした目的は二つ。
一つは三成の体と心を休ませるという、大谷に話した通りの狙い。そしてもう一つは、大谷の監視が少しでも緩み、家康と三成を会わせやすくするということにあった。
本来ならば会わせたくない。
が、大谷の望むがままに事態が動けば、この世は煉獄と化してしまう可能性がある。それを阻止するためには、家康と三成に話し合わせて事態の解決策を練らなければいけないのだ。
大谷の中に憎悪があるのはわかっていた。病故に人に疎まれ、心を寄せてくれていたはずの人間に嫌われ。三成だけは病になっても態度が全く変わらなかったらしいが、他の人間の反応は推して知るべし。
この世の全てを憎む素地はあったかもしれないが、まさかこれほどまでに深い恨みだったとは。
内心身震いしつつも、官兵衛は言葉を続ける。
「お前さんの切り札は、豊臣残党の旗印にはなれん。ならば三成を長持ちさせなければならないよな…………勿論小生もついて行く、お前さんの部下は気がきかんのが多いからな」
「そこをつかれると、我は何も言えぬ」
ふぅというため息は、敗北の証だったらしい。
隣でくすくすと笑い出したお市を冗談めかして睨み付け。
大谷吉継は、三成と官兵衛に佐和山城へ戻る許可を出したのだった。
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ということで、これで話の流れ的にほぼ半分です。
後半分……まあ、頑張る。
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色々説明
拍手現在豊臣家転生パロ中学生編入ってます
(現在2本 家三 チカナリです)
注意事項
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ラキドでは幹部全員を溺愛しておりますが、ベルナルドとイヴァンは特に偏愛。ばさらは家三とか奥州の愉快な仲間達と毛長がメインです。うずみさんが現在官三とか官佐にずっぽりとはまり中。
基本は、愛想のかけらもない「ネット怖い~」の書き手が二人で色々書いている場所です。
書いている人
みっし
・生真面目で堅物でムキムキな男性と一見そうじゃなくても根は真面目極まり ないキャラをこよなく愛している、がんかたうるふの片割れ。編み物とお菓子作りが趣味という、第三者曰く可愛らしい一面を持つ反面、パニクると踊ったり、オロオロしだして周囲は見ていて楽しいらしい。荒ぶる舞は、職場の名物だったりする……らしい。
イヴァンちゃんと片倉さんとシズちゃんとスカイハイさんと陛下を思いっきり愛している。好きなアニメは銀魂と最近はFate/zero。型月ファンというよりは元から虚淵ファンでうずみさんからオススメされまくった末にようやっと手を付けて完読した。ライダー組おいしいです。エクシリアではダントツで陛下が好き。陛下が使用可能になる完全版があるなら複数買いしても構わないとのたまう日々。バサラの好きキャラは片倉さん一強だったはずなのに最近はアニキも熱い。かっちり着込むキャラがすきだったはずなのにいきなり露出度が高いキャラを好きになったのは何故か悩む日々。二次元の向かう愛と同じぐらい甥っ子への愛を叫んでいる気がしてならない。
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