がんかたうるふ 「輪舞~偽~」 春分の刻 ~家康~ その2 忍者ブログ
こちらはサークル「がんかたうるふ」のうずみとみっしの二人組が、ラッキードッグ1とばさらのこばなしを黙々と投下する場所です。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

これでこの章は終了です。



 *****
 その文を受け取った時、徳川家康が感じたのは歓喜のみだった。
 たとえ誰かの思惑によって産まれた文であろうが、三成と会って話ができるのは事実。前は結局眠っている三成を起こすことができなかったが、今度はちゃんと話すことができるのだ。
 彼の目を見つめ、言葉を交わし。
 今まで伝えることができなかった彼への思い、それを伝えなければ。
 人を繋ぐ絆はきっと生前の半兵衞が組み上げた策を凌駕し、戦を起こさずに平和な世を作ることができるはず。それを信じ各地の将に働きかけ、必死に動いてきた家康だったがこの世の流れは戦へと急速に動き始めていた。
 戦によって決着を付けるべき、そう考える者たちのなんと多いことだろうか。
 生きるか死ぬかの真剣勝負を経て、ようやく同盟を結ぶことに相成った奥州の独眼竜。彼でさえこの国を将来自分が統べるためには、各地の諸将を打ち倒す必要があると公言しているのだ。家康の元に集った将たちの中にも、そう考えている者は多いはず。一度は家康に協力するが、その仮そめの絆を維持するのは石田三成と西国の将たちを倒すまで。
 それが終われば次に始まるのはきっと、西国の土地の奪い合い。人々の心をまとめるために始めた戦だというのに、これではまたすぐに次の戦が起こってしまう。
 そして家康の懸念はそれだけではなかった。
 家康に協力的な将の周りで、次々と不可解な出来事が起こり始めている。家康の考えに賛同し積極的に協力してくれていた上杉謙信の臣下の一人が、先日暗殺者によって討たれた。血の一滴も布団に零れることなく、首だけが持ち去られたという身震いする様な事態の家中の者は震え上がったらしい。そして上杉家の家臣達は、それを石田軍の仕業と決めつけ徹底抗戦を訴え始めていた。
 家臣達の勢いは凄まじく、しばらく身動きが取れなくなる。そう文で伝えてきた上杉謙信の苦悩は、相当なものなのだろう。文を届けてくれた女の忍びの疲れ切った表情からは生気が失われており。その色褪せた唇から謙信が苦悩しているという言葉が漏れた瞬間、家康は彼を頼っていた自分を殴ってやりたくなった。
 臣下を殺されたのだ、軍神と呼ばれる男に復讐心は芽生えないわけがない。
 自分の内に燃える憎しみの炎と、復讐を訴える臣下たちの熱と。その両方を受け止めた上で冷静な判断をしなければならない、それがどれだけの苦しみを産むかを家康は以前の経験から十分にわかり尽くしていた。
 猿飛佐助から受け取った文を家康に届けてくれた前田慶次も、今は謙信の元に戻っている。彼の生来の明るさが上杉家の家臣達を癒し、揺れる家臣達の心をまとめ上げる力になれればいいのだが。
 各地で多発するこのような事件は、人々に心の負の感情を植え込み始めている。
 石田軍の仕業だと、家康の臣下のほとんどは信じている。家康もそれに関して内心同意してはいるが、三成が命じてやらせた訳ではないことだけはちゃんとわかっていた。三成はこんな回りくどいことをする性格ではない。圧倒的な力で敵軍を蹂躙し、戦意を失わせるのが彼のやり方だ。
 では誰がこのようなことをしたのか。
 大谷吉継が、それとも目の前にいる黒田官兵衛か。
「久しぶりだな、三成」
 呆然とした表情を隠さない三成に微笑みかけながら、家康は彼の目の前に立つ官兵衛を気付かれないように観察した。
 腕に枷を付けられ着替えも満足にできない状況故に、裾がほつれ始めている粗末な衣服を身に纏い。軍師とは思えぬ程に逞しい体躯にそぐわぬ理性に満ちた瞳は、前髪によって全て隠されている。時折流れてくる優しい風が前髪を流し、深い色合いの優しい眼差しをあらわにするが。
 そこに宿っていたのは、誰が見てもわかる程の家康への敵愾心だった。
「よく来てくれたな徳川家康……文が届いたのはどれだけ早くても昨日くらいだろうに、よく来れたもんだ」
「三成に会えると思うと嬉しくてな、忠勝に近くまで乗せてもらった」
「気がつかれるような事はしてないだろうな…………特にお前さんの部下たちに」
「それはない。今儂は前田に呼ばれて上杉領へ向かっている最中、そういうことになっている」
「そりゃたいしたもんだ…………」
 あきれ顔の官兵衛の後ろにいる三成は、先程から一度も家康に話しかけてくることはない。
 家康がここにいることがまだ信じられないのか、それとも何か別の要員が三成の口を重くしているのか。まだどちらなのかはわからないが、家康の顔を感慨深げに見つめては何かに気がついたように官兵衛をちらりと見つめていた。
 どうしていいかわからない。
 そんな風情の中に見え隠れするのは、明らかな喜び。愛おしい人が目を開けて自分の名前を呼んでくれた、その事実に心が浮き立っている家康とは違うが。
 三成も自分との再会を喜んでくれている。
 その事実に心が満たされた家康が起こした行動は、三成には突発的に見えたらしい。
「い、家康!?」
 真っ直ぐに三成の元へと歩み寄り、だらりと下へ向けた手を掴み。
 強くその手を引き、自分の胸元へと引き寄せたのだった。
「三成はやはり暖かいな」
「貴様はどうしてやることなすこと全てが唐突なのだ……」
「儂は三成に会いたかったし、触れたかったのでな。唐突なのは許してくれ」
「………………………」
 返ってきたのは、困ったような悲しんでいるような微妙な顔。
 以前だったら抱きしめたり胸元に引き寄せると、本気で怒ってくれたというのに。半兵衞に言い含められた事が彼を縛り上げているのか、それとも。
 黒田官兵衛が、三成に何かしたのか。
 三成が絡むと冷静さを維持できなくなるのは自分の短所だとわかっている。だが、最後になるであろう戦場で三成と相対し彼を救い出すまでの道の長さは、家康の心をも疲弊させ始めていた。
 戦を望み、民の苦しみを考えずに天下を欲しがる者。
 戦の後の利益を欲しがり家康にすり寄る者。
 自らが民の上に存在することを理解しており、その民たちのために雪に埋もれぬ大地が欲しいと言いきる奥州の独眼竜の潔さ。それを持っている武将は、家康の周辺にはいないと言ってもよかった。かの軍神は家康の理解者でいてはくれるが、その軍神の力を借りてばかりもいられないのだ。
 周囲の者は事あるごとに家康を試そうとする。彼の太平の世への思いが真実ものなのか、それとも豊臣を叩き潰すまでの虚言なのか。家康憎しを公言し、家康に協力しようとする領地へと積極的に攻撃を仕掛ける石田軍のおかげで家康の三成への思いについて言及されたことはないが。
 三成を救うことを選択すれば、今家康に協力してくれている将たちはどう動くのだろうか。
 天下も取る、そして三成も救い出す。
 その思いは今まで一度も揺らいだことはない。
 しかし三成がかつて家康が愛した三成ではなくなっていたら。黒田官兵衛に言葉で操られ、もうかつての三成ではなくなっているとしたら。

 自分は三成を敵将として殺すのだろうか。

 時折そんな考えが心の奥底からわき上がってくる。
 決して歪むことのない、輝く宝玉のような彼の心を愛したのは事実。だが硬く他の干渉を受け付けようとしない清さを持つからこそ、強い衝撃を与えれば脆く砕け散るのだ。
 自分が秀吉を殺した、その事実は彼の心を変えてしまっているかもしれない。
 話しかけてくることのない三成に懐疑心を強めていると、子供を見守るかのような暖かな目線を三成へと向けていた官兵衛からこんな言葉。
「三成、少し家康と話してこい」
「…………だが……」
「小生もそいつと話したいことがあるわけだが、今は話にならんだろうからな」
「話だと?」
 余裕を見せつけるような態度の官兵衛に思わずきつめに言葉をぶつけると、官兵衛は表情を引き締め声を低めた。
「こちらから提案したいことがある」
「まさか……休戦か?」
「話の流れによってはな。小生はお前さんの勝ちでもいいと思っている」
「儂が素直にそれを信じると思っているわけではないだろう」
「こっちには人質がいるようなもんだ」
 短く、だがはっきりとそう言った官兵衛は一度だけこちらに向けて頷くと。
 鎖の先にある鉄球を引きずり、本殿の方へと歩いて行くとそのまま石段に大きな息をつきながら腰掛けたのだった。
 あとは二人で話せということなのだろう。
 柔らかい風に三成の髪が揺れる中、家康と官兵衛に挟まれどうしていいかわからなげだった顔がようやく上がったのはこの時だった。
「…………元気そうだな」
「ああ、儂は元気だ。三成は……少し痩せたか?」
「体調を崩して伏せっていたのでな」
「だが今は元気なのだろう。三成が無事で日々を過ごしているのなら、儂は満足だ」
「そう……か」
 三成の手は家康に捕らわれたまま。
 息を吸う度に胸元がわずかに動くのすらわかるほど近い距離、そしてぽつりぽつりと口に出される言葉は昔のまま。不器用ながらも家康を案じ、自分も大丈夫だということを訴えようとしている姿に。
 三成は変わっていない。
 家康はそれを理解し、三成を捕まえていない方の手でそっと彼の肩を抱いた。このまま三成の体をかき抱いてしまいたい、昔なら普通に行っていたそれを行わなかったのは離れた距離で見つめている官兵衛の存在故だった。
 あの男が何を考え、どんな目的から自分と三成を会わせたのかがわからないのだ。
 三成のことは大切にしてくれているようだが、家康に向けるのは敵意。それはつまり官兵衛は三成に確固とした愛情を向け、家康を三成を奪う敵だと認識しているということだ。
 敵にわざわざ塩を贈る人間はいない。
 ならば官兵衛の言う提案というものも、家康を陥れる策である可能性も。
 楽観的に物事を考えたい家康だが、二兵衛とも称されるあの男相手ならば疑いは捨てない方がいい。
 だがまずは、三成との再会を喜ぶべきだろう。
「少し歩かぬか、儂は三成に話したいことがたくさんある」
「私もだ、しのにも会わせてやりたかったのだが……」
「しの……とは?」
 もう会っていたのだが、ここは三成に合わせるべきだろう。
 大きく首をかしげ、三成の言葉を待つために彼の目をじいと見つめる。すると、幾分表情が和らいだ三成が澄んだ瞳をこちらへ向けながら答えてくれた。
「私の友だ。白くてとても綺麗なのだがな、悪食なのが玉に瑕と言ったところか」
「……それは……人ではないのか?」
「しのは虎だ、真田の所に妹がいる」
「真田とは甲斐の真田幸村のことか。三成に儂以外に友ができるとはな……」
「刑部も私の友だ! 貴様に言わせると私が友もいない孤独な人間のようではないか!」
 家康に肩を抱かれたまま、三成は拳を振り上げて抗議する。だがこの拳を家康にぶつけることはないし、体を離すこともない。
 昔のように微笑んではくれないが。
 三成は自分と再会したことを喜んでくれているのだ。それがわかればもう何も怖くはない、目の前にいるのは何があろうとも変わらなかった三成なのだ。
 だから彼の手をしっかりと握り、優しく手を引いて家康は境内をゆっくりと歩き出した。枝を彩る淡い紅を目で楽しみ、素直に後をついてくる三成に笑みを向け。
 三成が変わってしまっているのでは、そんな疑いを抱いた自分を内心責める。
「儂は以前ここに来た時、願ったことがある」
「私はここに来る度に貴様の無事を祈ってやっている」
「そうか、ありがたいな。だが儂は三成の無事を願ったことがなかった……いつも側にいてくれると思っていたからな」
「………………………」
「儂があの時願ったのはもう一度この景色を三成とみたい……それだけだった。見てみろ三成、あの時期より少し遅いが今日もここから見る景色は美しい」
 あの時は枯れ枝の隙間から、内側から光を放っているような春の湖を見ることができた。
 そして今三成を軽く抱き寄せ肩を抱いたまま見つめているのは、桜の蕾の合間から見える澄んだ湖面だった。日があの時より高いからか、湖面全体が黄金の光を帯びてはいない。しかし風に煽られ柔らかく波打つ水面には、日の光が鱗のように散らばっていたのだった。
 水の色合いと、日の輝き、そして淡くも可憐な桜の蕾が視界に広がっていく。
「美しいな……」
 思わず口から出てしまったのだろう、家康に掴まれた三成の手に力がこもる。
「儂の願いは今ここで叶った。次の願いももう決まっている」
「願いすぎだ、罰当たり者が」
「だが願わぬよりは得だと思わないか? それに次の願いこそ叶えてもらわなければこまるのだ」
「何を……願うのだ?」
「決まっている。三成……お前が息災で……そして幸せであることだ」
 三成がこの戦を生き延び、そして幸せでいられるように。
 敵対する立場になろうが、彼を殺さなければ真の太平の世が訪れなかろうが。
 三成には生きて、そして平和な世の中で心安らかに過ごして欲しい。互いに大きな軍を率いた総大将となってしまった今、叶うことのない願いだとはわかっているのだが。


 自分の魂すら捧げてもいい、だからこの願いだけは。


 三成の肩を抱く手に力を込める、この時だけは彼を離さぬように。
「…………家康、貴様は……どうしたいのだ?」
「どうしたいとはどういう意味だ?」
 その三成の言葉が、そのような意味を持つのか。
 官兵衛に気を取られすぎていた家康は当然考えはしなかったし、三成の心に渦巻いていた自分への懐疑にも気付くわけがなかった。官兵衛に自分たちの会話を気取られず、三成に己の思いを伝えることだけに注力してきた家康は。
 三成の次の言葉に対する返答を、大きく間違った。
「天下が欲しいのだろう? 秀吉様をその為に討ち……貴様は、秀吉様を殺したことを悔いてはいないのか?」
「儂は半兵衞に望まれたからとはいえ……天下を欲して秀吉の命を奪ったのだ。後悔などしてはならぬのだ」
「秀吉様から受けた恩があるというのに、貴様は秀吉様を討ったのだ。貴様が私の無事を願おうが、何をしようが秀吉様は帰っては来ない!」
「確かに秀吉には大きな恩を受けている」
「ならば何故!」
 声を荒げだした三成は、家康の腕の中から抜け出す。
 数歩体を引き距離を取った三成の手が腰にある刀に触れたことも、安らぎ始めていた彼の顔に怒りが刻まれ始めていることも家康はわかっていた。
 ここで三成をなだめる言葉を言うことは簡単。
 秀吉を殺したことを後悔している、だが彼の命を奪った重みを引き受けて彼の望んだ天下を作る。そう言えば三成も溜飲を下げる、彼の気性を知り尽くした家康はそこまで理解していたが。
 黒田官兵衛がこちらを顔を歪めて見ているのだ。
ここで秀吉を擁護する発言をしたという言質を取られでもしたら、家康の今行っている事全てが水の泡と消える。官兵衛がそれら全てをわかっていて三成と自分の二人で話させたのだとしたら。
 家康が口にできる言葉は一つしかなかった。
「秀吉を討てば天下は近づく……半兵衞の策に乗るのは心苦しかったが、目の前の好機を逃すわけにはいかないのだ」
「…………家康……貴様ぁぁぁぁぁ!」
 三成の手が躊躇なく刀へと伸びるのを、家康は構えもせずにただ見つめていた。
 秀吉を崇めていた三成にとって、この言葉は一番言ってはいけないもの。そして半兵衞の策に触れたのは、官兵衛にこの発言について追求されないため。官兵衛が何かを言おうとしても、結局は半兵衞の策について触れなければならなくなる。
 半兵衞が全てを仕組んだと知ったら、他の武将たちはどう動くのか。
 全く予想できない上に、最悪の場合各国の軍と戦わなければならなくなってしまうのだ。それは官兵衛も望まないであろうし、三成をそれに巻き込むわけにはいかない。
だから家康は心の中で号泣しながら笑む。
 官兵衛が用意した策に自分は絡め取られてしまっていることを、こちらに抜いた刃を向ける三成の激昂した姿で理解させられながら。
「…………秀吉様のお命を奪いながら、貴様はそんなことを考えていたのか!」
「儂が望むのは天下だ、そして……三成、お前と共に生きていきたい」
「私に信じろというのか……? 秀吉様を……った貴様の言葉を……」
「信じてくれ……儂はそれしか言えぬ」

 信じさせてくれ。

 それが三成の口から最後に漏れた言葉だった。
 結局家康に斬りかかることはなく、精神的な衝撃のあまりわずかな風に体をよろめかせた三成を支えたのは。
「……っと、しっかりしろよ」
「官兵衛……?」
「あっちで少し休んでろ。お前さんに話が終わったのなら、次は小生の番だ」
「だ、だが私は……っ!」
 手枷に縫い止められた両腕で器用に三成の背を支え、いつの間にか側に移動してきた官兵衛がそこにはいた。支えられたことに気がつき何とか自分で立とうとしている三成の顔に、己のそれを寄せ。
 家康には聞こえぬように、何かの言葉を彼の耳に吹き込む。
 官兵衛が何を三成に言ったのか、その言葉を二人に問いただす前に。
「……わかった…………」
 未練とくすぶる苦い感情をありありと残したまま、三成は家康に背を向けた。
 三成が自分から遠ざかっていく。もう彼の体に触れることも、彼と話すこともできなくなる。次に彼と会う時はきっと、屍の山を踏み越えた最後の戦いの時。
 その前に、自分の気持ちを伝えなければならなかったのに。
「三成!」
 叫び止めようとする家康に三成が残したのは、
「……すまない」
 何故かわからぬ謝罪の言葉だった。
 三成の残したその言葉の意味、そして彼が自分からどんな言葉を引き出したかったのか。家康がそれを知るのは、最悪の悲劇へと事態が進んでいく。



 一歩前のことであった。










 家康の言葉は三成の心を大きく打ちのめしたらしい。
 先程まで官兵衛が座っていた石段に腰を下ろし、様々な色合いの感情が交じりすぎて濁っているようにしか見えない目をこちらに向け。だが時折目を伏せ、唇を噛み。苦々しげに顔をしかめながら、悔いているかのように目を瞬かせる。
 何か大切なことが彼の中にあり、それを伝えられなかった。
彼の仕草の全てが家康にそれを伝えてくるが、今はそれを聞きに行くことができなかった。
「小生の話は聞かないつもりか?」
 自らをつなぎ止める鉄球に体を預け、にやりと笑いながら。
 まるで三成を守るかのように家康の前に立つ官兵衛がそこにはいたのだ。
「儂に何を話したいのだ? 先程お前は儂の勝ちでもいいと言っていたが……それについての話なのか?」
「半分はそうだな。もう半分は……お前さんの出方次第だ」
「儂の態度によってはこの場で戦をせずに終わらせられる、そういうことだな?」
「そんなところだ」
 前髪の隙間から、つかみ所のない茫洋とした目線が家康を射貫く。
「儂は休戦できるというなら、できる限りの条件はのむつもりだ」
「そりゃありがたい。なら話は早く終わりそうだな……三成に風邪を引かせるわけにはいかんからな……さっさと終わらせたかったんでね」
 三成。
 官兵衛がその名を呼ぶ時の声の甘さに、家康は腹の底から熱泥の様な重苦しい感情がわき上がるのを押さえることができなかった。
 三成の名を愛おしげに呼び。
 常に彼の側に控え、甘い言葉を囁き続けている。
 自分以外の誰かが三成を愛おしんでいる、その事実は家康にとって衝撃的であったが、それ以上に驚いたのはその続きの言葉だった。
「簡単なことだ。小生が手引きするんでな、大谷吉継を殺してくれ」
「何を言っているのだ! 刑部を殺すだと!?」
「お前さんに説明できんことが多すぎるんだがな……いまあいつを討っておかなきゃ、この国が滅ぶぞ」
 大谷吉継は三成にとって大事な友であったが、家康にとっても近しい友人だったのだ。
 その相手を理由も言わずに殺してくれなどという要求に、答えられるわけがない。一流の軍師である彼が何故そのような提案を持ってくるのか。
 友を殺してくれと言われた怒りを握った拳に押し込め、家康は理由を聞く。
「理由を聞かせてもらおう」
「刑部の奴はこの国全てを……いや、生きてる物全てを呪ってやがる。例え三成がお前さんを倒してこの国を手に入れたとしても、待っているのはあいつの望む腐った未来だけだ。その手伝いをするくらいなら、小生は三成を連れてさっさと逃げ出してやるさ」
「お前が望むのは三成の無事だけなのか?」
「軍師としての欲はある。だがな今はあの狂った馬鹿から三成を逃がすのが先決だ」
 官兵衛は大谷を驚異だと感じた。
 自分の地位を得るために邪魔だと感じたのか、それとも三成を手に入れるには大谷を切り離すべきだと判断したのか。
 大谷を危険だと思った理由、それを官兵衛は話そうとしない。
 三成と戦わずに戦を終わらせるのは家康の悲願。しかしここで稀代の軍師である官兵衛の言葉に乗せられて大谷を討った時。
 官兵衛が代わりに彼の座に収まらないとは限らないのだ。
 彼を信じるべきか、それとも提示した要求をはね除けるべきか。大きく揺らいだ家康の心だったが、官兵衛に対する答えだけは決まってしまっていた。
「儂はお前の提案を受けることはできぬ」
「なんだと!」
「刑部の所行だが……そんな噂すら聞いたことがない。聞こえてくるのは凶王の行いのみという状況で、儂がお前の言葉を信じると思うのか? 今儂が背負っているのは三河の国だけではない、多くの者たちが儂の元に集ってくれている。だというのに儂が敵方の言葉を素直に聞いてしまえば、他の者たちはなんと思うだろうな」
「………………………」
「どのような者とでも絆を結びたい、それが儂の信条だが……」

 二人の間には三成がいる。

 わずかに離れた距離で二人のやりとりに耳を澄ませている彼の心が欲しい。
 互いの中にその思いがある限り、家康と官兵衛はわかり合うことができないのだ。一見平然とした風を装っているが、風に髪が煽られることで見える官兵衛の目には焦りがにじみ始めている。
「儂は儂の元に集った者たちを軽んじることはできないのだ。官兵衛、お前とも絆を結びたい……だから儂に全てを話してはくれないか?」
「お前さんに言えないことが多すぎるんだよ。小生を信じられないというのなら、この首だろうがなんだろうが今持ってけ。ただし、刑部は必ず討ってもらうぞ」
「……何がお前をそこまで駆り立てるのだ?」
「責任ってやつだよ。刑部の奴をあそこまで好きに動かしちまったのは小生だ……早く気がついて止めときゃこんなことにはならなかった。三成はお前さんの元に行けば命は助かるだろうしな、後のことは心配しちゃいない。それにな、惚れた相手の為に死ねるなら……男として本望だろうが」
 同性も見惚れる程の凄絶な笑み。
 彼がどれだけの覚悟をしてここにやってきたのか、そして三成を守ろうとしているのか。手枷を嵌められた状態で、いつでも相手に拳で攻撃することができる敵将の前に立つということがどれだけ危険かわからないわけがないというのに。
 官兵衛は物怖じすることなく、家康の前に存在し続ける。
 鉄球に座ったまま話をしているのも、この鉄球で攻撃することはないという官兵衛の意思表示だったのだろう。
 それだけの覚悟をして自分の前に立っている、三成に真摯な愛情を捧げている男に。
 自分は何を答えればいいのだろうか。
「それほどまでの覚悟があるのか……ならば三成のために生きてくれ。三成には味方が必要だ」
「そういうことじゃないだろうが。刑部を討って戦を起こさずに終わらせるか、このまま戦にまで持ち込むか。小生はそれを聞いてるんだよ」
「今答えろというのか」
「もう機会はないんだよ。刑部の奴は三成を逃がす気はないだろうからな、これが最後だ」
 今ここで決めろ。
 そう言いたげに強い眼差しでこちらを睨み付けてくる官兵衛。
 友である刑部を信じるべきか、それとも三成の身を案じて命をかけてまで訴えてくる官兵衛の望みを受け入れるべきか。
 答えを出す前に、こちらに心配げな眼差しを送ってくる三成に目線をやる。
 その目が家康を見つめていてくれたら、官兵衛のことを気にせずに自分だけを案じていてくれたのならば。家康は官兵衛の提案をのんで、大谷を討ち三成を解放したのだろう。
 が、三成が見つめていたのは家康だけではなかった。
 家康に悲しげな眼差しを送り、次の瞬間には官兵衛を案じるかのようにその背を強く見つめ。どちらも大事だとでもいうように、愛おしげな眼差しを注いでくる。
 この時家康に官兵衛への敵愾心と対抗心がなければ。
 三成の目にこもっている感情の質に気がついたのかもしれない。そして素直に官兵衛の提案を受け入れ、戦を止める道を選んだのだろうが。
 常に周囲に最良の君主であることを期待され、頼るべき上杉も頼ることができず。重圧感に押しつぶされそうになっていた家康には、敵である相手を信じることができなかったのだ。
「…………儂には、刑部を討つことはできない」
「なら話は決裂だな。お前さんはもう少し賢いと思っていたんだがな……まあこちらもお前さんに信じてもらえる話を何もできなかったんだから、しょうがないところか」
「もう一度……話す機会を作れぬだろうか」
「無理だ。刑部にばれちまってる以上、こっちからは動けん」
 家康の言葉をあっさりと払いのけると、官兵衛は鉄球に預けていた体をそこから離す。そしてそのままずるずると音を立てて鉄球を引きずり、三成の元へと歩んでいくと。
「おい、話は終わりだ! 帰るぞ!」
 と、石段に座り顔を伏せている三成に声をかけたのだった。
 その後のことは思い出したくもない。
 官兵衛に背を押されながらも三成は何度もこちらを振り返り、未練ありありといった様子で遠ざかっていく。そんな彼に心配をかけぬ為に、三成の姿が消えるまでは笑顔で手を振っていた家康だったが。
 彼の特徴的な髪の色が山に飲まれるように消えてしまった時、限界が訪れた。
「…………三成…………みつな……り……」
 崩れ落ち、膝を玉砂利の敷き詰められている大地に思い切り打ち付け。
 その痛みすら感じぬ程強く、周囲の木々を振るわせる程に嘆く。

 官兵衛を信じ、大谷を討てば三成が手に入ったのか。
 自分の判断は間違っていたのではないだろうか。

 だが今の家康の中で渦巻いているのは三成への思いだけではなかった。家康を信じついてきてくれる者たちが、いきなり意見を変えた家康をそれでも信じてくれるのか。そして平和な世を作るという願いの元、共に動いてくれるのか。
 その自信がなかったのだ。
 自分が掲げた『絆』を信じられず、停戦を求める相手の条件を飲むこともできず。どちらも選ぶことができなかった家康は。


 吹く風が氷のような冷たさを帯びる刻限まで、その場所で嘆き続けたのだった。





______________________________________

ということで~偽~は最悪のバッドエンドまでこのままつっぱしっていきます。
……多少救いはある予定ですが。
『輪舞』という話の全体的な分量としてこれで4分の1越えたところ。あとは気合い入れて折り返し地点までいくわけですが……

本当に、これ最後まで書いていいのかなあ……ガクブルする毎日です。



BGM「トライアングラー~fight on stage~」
PR
[337] [336] [335] [334] [333] [332] [331] [330] [329] [328] [327]
色々説明






拍手現在豊臣家転生パロ中学生編入ってます
(現在2本 家三 チカナリです)


注意事項
・フリーリンクじゃないです、基本的にはリンクはお断りしています
・ひっそりこっそりが信条なので、黙々と
・捏造、not公式のこばなしが多いので、スルー推奨


ラキドでは幹部全員を溺愛しておりますが、ベルナルドとイヴァンは特に偏愛。ばさらは家三とか奥州の愉快な仲間達と毛長がメインです。うずみさんが現在官三とか官佐にずっぽりとはまり中。
基本は、愛想のかけらもない「ネット怖い~」の書き手が二人で色々書いている場所です。


書いている人


みっし

・生真面目で堅物でムキムキな男性と一見そうじゃなくても根は真面目極まり ないキャラをこよなく愛している、がんかたうるふの片割れ。編み物とお菓子作りが趣味という、第三者曰く可愛らしい一面を持つ反面、パニクると踊ったり、オロオロしだして周囲は見ていて楽しいらしい。荒ぶる舞は、職場の名物だったりする……らしい。
イヴァンちゃんと片倉さんとシズちゃんとスカイハイさんと陛下を思いっきり愛している。好きなアニメは銀魂と最近はFate/zero。型月ファンというよりは元から虚淵ファンでうずみさんからオススメされまくった末にようやっと手を付けて完読した。ライダー組おいしいです。エクシリアではダントツで陛下が好き。陛下が使用可能になる完全版があるなら複数買いしても構わないとのたまう日々。バサラの好きキャラは片倉さん一強だったはずなのに最近はアニキも熱い。かっちり着込むキャラがすきだったはずなのにいきなり露出度が高いキャラを好きになったのは何故か悩む日々。二次元の向かう愛と同じぐらい甥っ子への愛を叫んでいる気がしてならない。



うずみ
・相方を愛しすぎている変な人。趣味は畑仕事に漬け物作り、好きな物は不幸属性の美人(男女問わず)。ばさらでは石田さんと黒田さんをこよなく愛していたり、赤い子めんこいにゃぁとたまに叫んでいる。

ついったのフォローは下 のアイコンから。




ばさら垢できました
こんな二人で、ここを更新しております。

ツイッターは基本鍵をかけていますが、フォロー申請してくださったらフォローさせていただきます。
カウンター
忍者ブログ / [PR]
/ Template by Z.Zone