こちらはサークル「がんかたうるふ」のうずみとみっしの二人組が、ラッキードッグ1とばさらのこばなしを黙々と投下する場所です。
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書き終わった。
この章は結構長くなりそう……4か5くらいで終わるかなあ。
それにしても、ようやく自分内部のエンジンがかかってきた感じ。
頑張る~
この章は結構長くなりそう……4か5くらいで終わるかなあ。
それにしても、ようやく自分内部のエンジンがかかってきた感じ。
頑張る~
*****
小田原城での悪夢のような戦から敗走した伊達政宗が目覚めた後、この国は大きく動き始めていた。
覇王豊臣秀吉の死と徳川家康の台頭。
そこまでは予測できたが、奥州の竜を地に這わせた憎き石田三成が秀吉の親族を報じて家康へ正当な仇討ちを宣言することだけは予測できなかった。忠義という名の狂信に全てを捧げ、微塵もそれに疑いを持たない純粋すぎる男。
政宗は三成がそういう人間だと予測した。
ああいう人間は敬愛する主君のことしか考えないだろうから、周囲を巻き込むことなく自らの力のみで家康に挑むはず。ならばこちらは両者が疲弊した所を突いて、有利な立場に立てばいい。三成の周囲の人間が彼を担ぎ上げて再び天下を目指そうとする可能性もあるが、そうなれば逆にこちらは動きやすくなる。
大坂と奥州の間には三河がある。
自分たちが三成をどれだけ挑発しても、目の前にいる家康を倒すことを彼等は優先するはずだ。遙か遠くにいる敵よりも、目の前の主君の仇を。通常ならそう考えるはずだし、秀吉の仇討ちという名目で軍を動かすのならばまずは家康を倒さなければ世間が納得しない。
だからこそじっくりと来るべき戦に向けて準備を整えているのが、今の奥州であった。
兵の鍛錬、兵糧の準備、それに様々な物資の運搬の準備。やらなければいけないことは山のようにあるし、政宗の傷はほぼ癒えてはいるが寝たきりの生活の間に身体が衰えたのも事実。
思い通りに動かない身体と歯を食いしばって向かい合いながら、考えるのは次の戦の事。
自分を地に這わせた男を打ち倒し乗り越え、自分を待っているであろう紅の好敵手と決着をつける。病に倒れた主人の代わりに甲斐を守っているあの青年からは、時折不可思議な手紙が来る。
国の守り方、政の行い方。
知っているはずのことを問い、自分の未熟さをわざわざこちらに露呈し。急に強気に文章を閉じてしまう彼、真田幸村はそれだけ惑い悩んでいるのだろう。
国の中の人間には聞くわけにいかない、だから自分を頼るくらいに。
状況が落ち着けば彼の所に赴いて少し遊ぶついでに話を聞いてやりたい所だが、他国の領主が訪問すれば幸村の立場が危うくなるだろう。絶対的な存在である信玄が倒れ、甲斐の民の心は大きく揺れ動いている。そんな時に幸村に疑心を向けさせるようなことをするわけにはいかない。
だから手紙の返事もできるだけ遅らせ、当たり障りのないことだけを書いてはいたが、あのまっすぐな心を持つ青年のことが心配でたまらなかった。彼と刃をあわせ、決着をつけるのは自分だけ。だが政治のことになると、政宗は彼に何もしてやれないのだ。
冬の雪の中、静かに過ぎる時の中で戦の準備は整いつつある。
わずかな時間の合間に幸村のことを思い出しては憂い、それを小十郎に見抜かれては軽く叱られ。そんな気鬱な日々をすごしていた政宗を突如訪問したのは、政宗にとって今戦ってはいけない相手だった。
その名を徳川家康という。
供も連れず、戦国最強本田忠勝すら下がらせ。一人で伊達家の本屋敷を訪問してきた彼の狙いがわからない政宗ではない。
彼は自分に味方につけと言いたいのだ。
豊臣家との戦いに集中するためには、背後の相手と同盟するのが一番いい。そして弱体化した甲斐や、最初から家康に好意的な上杉では他国に無言の圧力を与えるほどの衝撃はない。
奥州一帯を治める独眼竜と手を結んでこそ、家康は安心して兵を進めることができるのだ。
しかし政宗としては豊臣軍との壁として、家康にもう少しだけ機能していて欲しかった。完全に準備が整ってから家康と同盟を結ぶべば面白いことになるのだろうが、損耗が激しい今の奥州軍では徳川に飲み込まれる可能性が高い。
どうするにしても、まずは家康という男を見極めなければ。
その目的のために政宗が取った『手段』は、幸村の手紙から生まれた鬱屈や石田三成に一太刀浴びせるためにただ耐え続けている今の状況の憂さ晴らしと言ってもよかった。
つまり、徳川家康にその場で戦いを挑んだのだ。
「三河の大将が戦国最強に頼って何もしないってのは、嘘だったみたいだな……少なくとも、アンタはオレを楽しませてくれる」
手に握るのは白木の木刀、踏みしめるのは日の光を受けた純白の凍った大地。
頬に触れる雪が水滴に変わり汗を交じって流れ落ちるがままにしながら、政宗はわずかに離れた場所で息を荒げる家康へと声をかけた。
この寒さの中で肌を晒せば急速に体力が奪われるし、それ以前に身体が上手く動かない。それを家康はわかっていなかったのか、肌を露出させた戦装束の上に何も羽織らずに奥州までやってきたのだ。
それに比べて政宗は襟の高い外套を羽織り、長めの袖は手の甲までをも覆い隠しいてくれている。紺一色の装いは雪の中で見事に際立っているが、家康の黄色い装いは今にも雪に吹き消されそう。
つまり彼は最初から、やり方を間違えたのだ。
「奥州の独眼竜に褒めてもらえるとは……ありがたいな」
「勘違いするな、アンタが噂通りの腑抜けじゃなかったことは認めるが……まだ褒めてやるほどのモノは見せてもらってねえ」
「では、これから見せなくてはな。独眼竜……儂はお前の力を是非とも借りたい、儂の望みを叶えるためにもな」
「アンタの望み?」
「儂は二度と間違えぬと決めたのだ、儂のこの手には余るかもしれぬが……全てを掬いあげ、全てを守る」
だというのに家康は、爽やかともいえる笑顔で笑い続ける。
彼には彼の目指すものがあり、そのために己を削る覚悟でここに来ているのはわかる。だが政宗からすればそれは安易な物語のように、軽く薄っぺらいものにしか感じられないのだ。
真摯に対応し努力すれば報われるのか。
否。
人を思えば、思った分だけ愛情が返ってくるのか。
否。
それをわかっているからこそ、人は無常観を抱えながら生き続けていく。
だが家康にはそれがない。
全てを受け入れ飲み込んでやろうという気概もなく、あくまで自然体のまま。彼のことは子供のような見た目の頃から知っているが、大それた野望を夢として語るのは昔から。
だが何故だろう、今の家康には昔と違う何かがある。
政宗の木刀に何度となく叩きのめされているというのに地に膝をつけることなく、寒さのために手甲に包まれた指先を震わせながらも第一の家臣である忠勝を呼ぼうとしない。あの我が儘坊主がよくここまで大きくなったものだ、そう思いはするが勝負は勝負。
寒さのために思うように動けぬ家康を倒してでも、この状況を維持する。
自分に苦汁を嘗めさせた三成と再度戦いたい、逸るその気持ちを抑えてでも政宗には守らなければならないものがあった。小田原で家族を失った者たちは、貴重な働き手を失っているのだ。
政宗の浅慮で失ったものは、彼等にできる限り返さねばならない。
そのためには今は少しでも長い平穏な時間が必要なのだ。弱い大将との同盟を受け入れてしまえば、この平穏は簡単に崩されてしまう。
だからこそ、政宗はどのような手を使ってでも家康を潰すつもりだった。
「アンタは守るって言うが……その力がアンタにあるのか?」
「今はないだろうな。正直に言うが、寒くて手の先が痺れてきた」
「さっさと負けを認めりゃ、温かい茶でも用意してそりゃあ丁寧にもてなしてやるぜ?」
「それは魅力的だが……それでは儂は己を曲げたことになってしまう。独眼竜、お前が強い者でなければ同盟をする気になれぬと言うのなら、儂の強さを見せねばならない」
「強がりもいい加減にしろ」
「そうだな、儂は今とてつもなく強がっている」
青ざめた唇から漏れる言葉からは、明るさと強さは失われていない。
しかし膝はがくがくと震え今にも崩れ落ちてしまいそうだし、むき出しの腕には先程の政宗の一撃の痕がくっきりと刻み込まれている。
こうなってしまえばもう立っているのも辛いだろうに、彼は笑うことができるのだ。
早く勝負を決めてやるのがせめてもの情けか、そう思いわずかに身体を沈めゆっくりと木刀を構え直す。家康は身一つで奥州を訪問し政宗に己の理想を語った、常に側にいる忠勝を屋敷の外に下がらせたのも政宗に疑心を与えないためのはず。他国を訪問する将としての礼、それを守った家康に同等の心遣いを返せなければ、こちらの品格を疑われてしまう。
それと同時に胸の内で徐々に強まっていくのは、一つの思いだった。
徳川家康は危険だ、この男は周囲に希望を伝染させる。
彼の強く眩い心は、末端の兵の心までを照らしあげるだろう。
どれだけ精強な兵を作り上げても、その兵たちに目的と一体感を与えなければ軍団として機能しないのだ。そして家康は意識しないでもそれができる希有な存在、彼の立ち振る舞いを見ればそれがわかってしまう。
絆という最高の力を与えられた兵は、味方にすればどれだけ頼もしいだろうか。
政宗の心にすらそんな希望を植え込みかねない家康の存在は、今の奥州には必要ない。
「それならオレはその強がりごと打ち砕いてやるよ!」
「ならば儂はその思いごと受け止めよう。全てを受け止め、新たな絆を作り上げる……それが儂の望みだ」
「……上等だ。竜の牙、受けてみ……」
互いに必勝の一撃のために構えを取った瞬間、一条の大きな風が政宗の髪を揺らす。
地を覆う雪すら一部巻き上げられ、白銀の輝きが日の光を受けて光の粉と化す。塀に囲まれた屋敷で何故このような突風が、と思い上を見上げると。
「忠勝、外で待っていてくれと言ったではないか!」
「…………! …………………………!!!」
「なに? 儂と独眼竜に文が届いただと……!?」
鋼の巨体を宙に舞わせ、困ったような顔で大きな手に二通の書状を挟み込んでいる戦国最強がそこにはいた。彼が何を言っているかはわからないのだが、家康の言葉から察するに奥州に出向いた家康を追う形で書状もこちらに届くことになったのだろう。
政宗宛の書状までが一緒に届いた理由はわからないが。
ゆっくりと降下してくる忠勝から待ちきれぬ様子で文を受け取ると、構えを解いた家康は普通にこちらに向けて歩み寄ってきた。
「これはお前への文だ、独眼竜」
「オレに……? どうして俺宛の文がアンタの所に届くんだ?」
「儂にも何故こうなったのかはわからぬが……お前になら、この字が偽物かどうかがわかるだろう」
ちらりと眼を走らせるまでもない。
真っ直ぐすぎる気性を表しているかのような、力強く無駄に大きい字。自分の名を書く時の彼の字の微妙な癖を、政宗はしっかり覚えていた。
「確かに本物だな。アンタの所にも真田幸村からの文が来たのか?」
「いや、儂には三成からの文だ。三成から文をもらうなど久しぶりだからな、何が書かれているか楽しみで仕方がない。悪いが独眼竜、ここで読ませてもらっても構わないだろうか?」
「いや、別に構わないけどな……石田からの文ってなんなんだよ……アンタら、敵対してんじゃないのか!?」
「一応停滞はしているがな、儂は今でも三成のことを心の底から思っている。しかし三成の字はいつ見ても美しいな……読むのが楽しみだ」
殺気程までの余裕に満ちた態度はどこへやら、落ち着きのない子供のように手紙を抱いて政宗の周りをぐるぐる回り出したその姿を見て。
主君を討った仇として自分を付け狙っている相手からの文でどうしてここまで喜ぶ。
受け取った幸村からの文が雪で濡れぬように懐にしまい、はしゃぐ子供のような家康を静かに観察しながら政宗はほんの少しだけ考えを変えることにした。
この男は何かの目的があって豊臣家と敵対している。
ならばその理由を聞いてから自分と奥州の動きを決めてもいいはず。争いあうことで結果を決めてもいいのだが、幸村からの文をもらった瞬間にそんな気持ちは消え失せてしまっていた。
それに、
「おい、アンタ……鼻水垂れまくってるぞ」
「そうだな! 奥州は本当に寒いな!」
「さっさと拭け、温かい茶でも用意してやる……そのかわり、アンタの思いってヤツを話していけ」
がくがく震えながら鼻水を垂らしているくせに、手紙を持って小躍りしている馬鹿を凍死させるのは寝覚めが悪い。
つくづく自分はこういう『馬鹿』が好きなのだ。
それを自覚しながら、政宗は震える家康と後ろで見守っている忠勝を屋敷に招き入れることにしたのだった。
本田忠勝のような身体が大きすぎる男が身体を屈めずに在ることができる部屋というのは、広い伊達家の屋敷といえどもなかなか無いのが事実。天井が高いだけの部屋ならあるが、天下無双の武将を招くに値するような内装ではない部屋ばかり。
天井が高く、一国を治める主従を招き入れるだけの格があり。
ついでに広い部屋なんていうのは、滅多にないものなのだ。
かといって時間をかけて探していれば凍えきった家康が倒れてしまうし、それが原因で忠勝に恨まれるのも避けたい。
少しだけ悩んだ政宗が家康と忠勝を案内したのは、伊達家自慢の道場であった。
夏の間は兵たちの誰かがここで汗を流しているが、今日はさすがに誰もいない。この異常な寒さの中で鍛錬する馬鹿はいないということなのだが、家康たちは謁見用の部屋ではなく道場に通されたことに関して文句はないようだった。
むしろ雪国の建物の作り方に興味があるのか、あちこちをきょろきょろと見回しては政宗にはわからない会話を続けていたほど。そんな彼等に熱い茶と小十郎特製の鍋を振る舞いながら、幸村からの文に目を通し続ける。
道場のど真ん中に板を敷いておいた湯気の立った鍋は、普通ならば大人の男数人の腹を十分に満たすほどの大きさなのだがこの主従には少々物足りないらしい。あっという間に中身が減っていく上に、まだ政宗は一口も食べていない。
後で小十郎に飯を持ってきてもらって雑炊でも作ろう、それもこいつらに食い尽くされる気がするが。三河主従の胃袋の容量と空腹ぶりを読み切れなかった自分に苛立ちながら幸村からの文を若干顔を赤らめながら読み終わると、それを見計らったかのように家康が話しかけてきた。
ただし食べながら話しているので、何を言っているのか全くわからない。
「ひふはひほははひはひはや……はひほほほよほ……」
「飲み込んでから話せよ」
「…………そ、そうだな。しかしこの鍋の美味さは……独眼竜はいつもこのような美味い物を食べているのか?」
「いつもじゃないが……小十郎の機嫌がよけりゃ、結構作ってくれるな」
「昔食べた金吾の鍋に少し味が似ているな」
「小早川ならこの間うちに来て、野菜喰って帰って行ったぜ。その時に色々話してたから名、情報交換でもしたんだろ」
「そうか、道理で金吾の鍋と似た味がするわけだ。しかしこの野菜は素晴らしいな、出汁に負けぬ甘さと味の濃さが何とも言えぬ、忠勝もそう思うだろう?」
「………………っ!」
戦国最強って、鍋食べるんだ。
巨大な丼に鍋の中身をよそってやっているのは政宗だが、まさか本当に食べるとは思わなかった。大きな身体に似合わぬ細やかさで魚の骨をちまちまと身から外し、口を小さく開けて何度もよく噛んで食べ続けている。
その主人である家康の食べ方は豪快そのもの。
骨ごとかみ砕く勢いで口の中に放り込み、腹を満たしたい気持ちと政宗に話をしたい気持ちを同時に満足させるために食べながら話し始める始末。
緩く足を組んでまだ青い唇で必死に鍋をかき込む家康の膝の上には、三成からの文が置かれている。それが余程大事なのか時折箸を置いてその分厚い紙の塊を撫で、鍋の汁をそこにこぼさないように細心の注意を払う。
それだけ大事なのだ、この文と書いた人物のことが。
「そろそろ腹も落ち着いたはずだ……話してもらおうか、アンタと石田三成の話をな」
「儂と三成と話といっても、あまり楽しい話ではないのだが」
「オレは楽しい話を聞くためにアンタに鍋を食わせてやってるワケじゃないんだよ。真田幸村がどうして石田三成につくことにしたのか……それが知りたい。そのためにはあんたの話を聞く必要があるんだよ」
「それを話すには、儂が何故三成と敵対することになったかを話さなければならないな……まあ、話せないことの方が多いのだが」
「複雑な事情があるみたいだな」
「簡単に言えば、儂が秀吉を討ったのは半兵衛の遺言であったからでな」
「それが真相だろうが!」
あっさりと、それはもうあっさりとした口調で。
本来ならば言ってはいけないはずのこの対立の真相について普通に話し始めた家康に、忠心である忠勝ですらおろおろしながら辺りを見回し始めた。政宗一人が聞いているだけなら、どのような手段を使ってでも口封じをすればこの話は広まらない。だが、それ以外のこの場にいない誰かが盗み聞きをしていたとしたら。
もうこの話を隠し通すことはできない、あっという間に真実は広まっていくだろう。
今は亡き竹中半兵衛は家康に秀吉を討たせることで、戦乱を拡大させるようとしている。豊臣と徳川は今も内通し続け、その上で各国の疲弊を誘った後に力を合わせて全てを討ち滅ぼすつもりなのだろう。
今の言葉を聞けば、普通の人間はそう解釈する。
しかし政宗はあの白い世界での家康との戦いを通じて、彼の人となりが少しだけわかり始めていた。この男は全てをさらけ出しているように見えるが、一番大切な部分はたとえ大切な人間にすら見せないのだ。
太陽のような笑顔で全てを覆い隠し、その内にある思いをこの男は誰にも見せない。
だからこそ政宗は聞く、家康が口にしたことは真実かもしれないが彼の思いはどこにあるのか。
自分は三成に力を貸す、そう文に書いてきた幸村の思いを知る手がかりが家康の言葉から見つけられるはず。
「竹中半兵衛の遺言だろうが、アンタは自分が納得しなければ従わないよな……当然」
「儂は三成を人質に取られているようなものだったからな、従わなければならなかった……というのが理由の一つ。もう一つは、儂の中の天下を取りたいという欲を消しきれなかったからだ。だから儂は……三成をあのような立場に追い込んでしまった」
「竹中半兵衛はアンタらに敵対させるふりをさせて、もう一度大きな戦いを起こそうとしたのか? あの性悪らしい考え方だ」
「違う」
小さく首を振ってそれを否定すると、家康は時折考え込むように言葉を止めながらゆっくりと『家康の知る真実』を語り始めた。本田忠勝もこうなれば主人は止まらぬとわかったのだろう、丼の中を箸でかき混ぜながら小さくため息をつく。
今後どのようなことがあろうとも主人を守り通そう、その決意が息と共に滲み出ていた。
「半兵衛が儂に告げたのは、秀吉を討った後で三成と殺し合え……そして生き残った方がこの国を一つにまとめるために動け……そういうことだ」
「おい…………それは……アイツ、正気だったのか?」
「正気だった、あのような論理的な話を狂った人間が口にできるはずがない。半兵衛は儂が秀吉を討たねば三成に討たせると言った、やり方はいくらでもあるとも。儂が秀吉を討てば三成は儂を憎む、だが儂がやらなければ三成は……それにな、半兵衛ははっきりと口にはしなかったが思い通りに儂が動かなければ三成の身の安全はないと言葉に含め続けていた。儂は三成という人質を取られ、半兵衛の思うがままに動いていただけだったのだ」
「……そんだけ石田が大事って事か」
「儂の中にある天下を望む気持ちと三成を大切に思う気持ちを上手く使えば儂は動かせると、半兵衛はわかっていたのだろうな。三成と話し合いさえすれば戦いは回避できるという甘い考えも持っていたし、あの時の儂は本当に軽率すぎた……だから決めたのだ、半兵衛の思惑に乗るのではなく、儂は儂の意志で天下を目指すと」
「それも竹中のヤツの思惑通りだったらどうするんだよ」
「それすらも飲み込もう、絆の力で。儂は悲劇を望まぬし、人の死と嘆きによって築かれた天下など欲しくはない。しかし儂の望む天下を作り上げるには、この戦乱の世を終わらせるための大きな戦が必要だ。儂はそれをできる限り人が死なぬ勝ち戦で終わらせたい、勿論三成も殺さず救う。全てを手に入れるためにそのために、独眼竜……お前と手を結びたいのだ」
家康の目には、もう明るい輝きは存在していなかった。
そこにあったのは、覚悟を決めた男だけが持つ暗く鋭い痛み。
あらゆる悲しみにぶつかり、苦悩を乗り越え。
それは泣き叫びながらも茨の道を歩もうと決めた人間だけが持つ、心の傷すら力に変える重く鈍い強さだった。何の影もない眩しい光ほど、周囲を無条件に引きつけはしない。だがわかる人間が見れば、その真の価値がわかる。
この男は真に、この国を平和に導こうとしている。
「…………ok……少しだけアンタのことがわかってきた。真田幸村がどうしてこんな手紙を書いてきたのかも……な」
「真田は何を書いてきたのだ?」
「いつもとあまり変わらないといえば変わらない……だが、アイツは自分なりに甲斐をどうにかしようとしている。オレは石田三成のことが気にいらねえが、あんた程の男がそれほどまでに惚れ込む相手だからこそ……アイツを変えてくれたのかもな」
「そうか、やはり三成は素晴らしいな」
「意味がわからん部分もあるんだけどな……虎をもらったってのは、どういう意味だ?」
「三成はもうあの虎と会っているのか……それは良いことだ」
感慨深げに柔らかく笑む家康の言葉の意味はよくわからないが。
幸村が三成に力を貸す理由は何となくわかってきた気がする。徳川家康がここまで心を寄せ、何があろうとも救おうとする程の価値が三成にはあるのだ。
それが幸村をも惹きつけた。
三成には小田原城で倒された件での恨みがある、あの男と決着をつけなければ奥州の竜は力を完全に取り戻すことはできないだろう。しかし幸村は文の中で何度も書いているのだ、三成に救われたと。
石田殿の実直きわまりない言動に心を揺さぶられた。
あの方は大切な秀頼殿を自分に託してくださった。
自分を信じてくれた石田殿と、素直に慕ってくださる秀頼殿が好ましく想えたから同盟を結んだ。
政宗殿と並ぶことができる存在になるために、石田殿から様々なことを学ぼうと思っている。
貴殿の青く美しい戦姿ともう一度戦場でお会いできることを心より願っている。某にとって政宗殿は、青き雷光の如き美しさを持つお方。
刃を交えた時の高揚を思い出しながら、豊臣家の力を借りて甲斐を守ろうと思う。
そんな意味の文面を女に向けた恋文よりも暑苦しく、しっかりとした筆致で。読んでいる人間が赤面するほどの真っ直ぐな気持ちをぶつけられ、政宗の心をわずかだけ変えたようだ。
石田三成は未だに憎い。
だが彼は失意の底に落ちた幸村を救ってくれたらしい。
打ちのめされたことで生まれた憎しみを取るか、好敵手を復活させてくれた恩を取るか。会話の合間に鍋の中身を食べ続ける家康たちに感づかれぬように考え続けていたが、答えは最初から決まっていたのだろう。
あの凍る世界で一度も政宗を前に膝をつかず、心も崩れ落ちなかった。
そんな男に対する自分の対応など、一つしかない。
一度凍ってまた温められたために力を失い、家康の額にはいつもは空を向いている黒髪が垂れ下がっている。それを鬱陶しげに時折指先で払っている姿を一つの瞳で見つめながら、政宗はゆっくりと唇に力を込め始めていた。
そう、笑いの形に。
「…………徳川家康、一つ聞く。オレがアンタについて、何の得があるっていうんだ?」
「最上は儂と同盟を結んだ。しかし儂は伊達政宗を最良の友人として、奥州をもっとも親しい友好国であると周囲に言い続けよう」
「アンタにすり寄りたい羽州の狐は、弱った奥州の竜に手出しができなくなるってことか」
「儂にはお前が弱っているようには見えなかったがな。あの一撃……手が無くなるかと思ったぞ」
「独眼竜の一撃……本当なら、あんなモンじゃないぜ。まあこっちからみりゃ、羽州への牽制と、豊臣軍からの庇護っていうのは悪くない話だ」
「そのかわり儂は、来るべき戦でお前の力を借りたい。名高き奥州の独眼竜が儂に力を貸してくれれば、もう儂に怖い物はない」
政宗によそってもらうのを待ちきれなくなったのか、木の大きな匙を直接鍋に突っ込み家康は自分の椀に具を移し始めている。後ろで見守る忠勝の分もよそってやろうとしたらしいが、もう具がほとんど無くなっていることに気がついたらしい。
「独眼竜! あまりの美味さに食い尽くしてしまった!」
人生最大の大事のように、家康は目を見開いてそれを告げてくる。申し訳なさそうに何度も頭を下げる忠勝に手を振って気にしていないことを伝え、政宗は大きく手を叩いて周囲に控えているであろう側仕えの者を呼ぶことにした。
もう込み入った話はしない、あとは客をもてなす時間だ。
「同盟締結の祝いだ、いくらでも食っていけ。小十郎のことだ……山のように作ってあるだろうからな」
「…………いいのか? 独眼竜、儂は……」
「同盟はアンタから言い出したことだ……そんな驚いた顔をするなよ」
きょとんとした顔の後、家康の顔がゆっくりと泣き笑いを形作っていく。
どれだけ無礼講な形で始められた会談とはいえ、一国の君主同士が本音で話し合ったのだ。もし同盟を断られたらどうすればいいのか、家康の中には当然そんな思いがあったはず。
不安でしょうがなかったのだ、この強すぎる意志を持つ男は。
「ついでだから泊まって行けよ。今はいいがそろそろ雪が降り始めそうだ、こんな空模様の時に客人をそのまま帰すなんてことをしたら、小十郎に怒られちまう」
「では一日だけ世話になろうか……明日には発たねば間に合わないかもしれぬのでな」
「間に合わない?」
「三成は雑賀の里へ向かうらしい」
小さな声に込められていたのは、隠しきれない喜び。
まるでその文が彼の心であるかのように優しく、愛おしげにまた手紙を撫でると。
心底幸せそうな、満たされた息を吐いたのだった。
__________________________________________
とりあえず話の中では現在1月。
奥州にあの格好で行ったら死ぬぞ家康w
まだ先の話ですが、次の章のプロットを見たら「三成嫁入り修行。あの義兄、ちゃらんぽらんだからなあw」と書いてあった件について……これで何を書こうとしているのだろう……私……
BGM「Crow song」
覇王豊臣秀吉の死と徳川家康の台頭。
そこまでは予測できたが、奥州の竜を地に這わせた憎き石田三成が秀吉の親族を報じて家康へ正当な仇討ちを宣言することだけは予測できなかった。忠義という名の狂信に全てを捧げ、微塵もそれに疑いを持たない純粋すぎる男。
政宗は三成がそういう人間だと予測した。
ああいう人間は敬愛する主君のことしか考えないだろうから、周囲を巻き込むことなく自らの力のみで家康に挑むはず。ならばこちらは両者が疲弊した所を突いて、有利な立場に立てばいい。三成の周囲の人間が彼を担ぎ上げて再び天下を目指そうとする可能性もあるが、そうなれば逆にこちらは動きやすくなる。
大坂と奥州の間には三河がある。
自分たちが三成をどれだけ挑発しても、目の前にいる家康を倒すことを彼等は優先するはずだ。遙か遠くにいる敵よりも、目の前の主君の仇を。通常ならそう考えるはずだし、秀吉の仇討ちという名目で軍を動かすのならばまずは家康を倒さなければ世間が納得しない。
だからこそじっくりと来るべき戦に向けて準備を整えているのが、今の奥州であった。
兵の鍛錬、兵糧の準備、それに様々な物資の運搬の準備。やらなければいけないことは山のようにあるし、政宗の傷はほぼ癒えてはいるが寝たきりの生活の間に身体が衰えたのも事実。
思い通りに動かない身体と歯を食いしばって向かい合いながら、考えるのは次の戦の事。
自分を地に這わせた男を打ち倒し乗り越え、自分を待っているであろう紅の好敵手と決着をつける。病に倒れた主人の代わりに甲斐を守っているあの青年からは、時折不可思議な手紙が来る。
国の守り方、政の行い方。
知っているはずのことを問い、自分の未熟さをわざわざこちらに露呈し。急に強気に文章を閉じてしまう彼、真田幸村はそれだけ惑い悩んでいるのだろう。
国の中の人間には聞くわけにいかない、だから自分を頼るくらいに。
状況が落ち着けば彼の所に赴いて少し遊ぶついでに話を聞いてやりたい所だが、他国の領主が訪問すれば幸村の立場が危うくなるだろう。絶対的な存在である信玄が倒れ、甲斐の民の心は大きく揺れ動いている。そんな時に幸村に疑心を向けさせるようなことをするわけにはいかない。
だから手紙の返事もできるだけ遅らせ、当たり障りのないことだけを書いてはいたが、あのまっすぐな心を持つ青年のことが心配でたまらなかった。彼と刃をあわせ、決着をつけるのは自分だけ。だが政治のことになると、政宗は彼に何もしてやれないのだ。
冬の雪の中、静かに過ぎる時の中で戦の準備は整いつつある。
わずかな時間の合間に幸村のことを思い出しては憂い、それを小十郎に見抜かれては軽く叱られ。そんな気鬱な日々をすごしていた政宗を突如訪問したのは、政宗にとって今戦ってはいけない相手だった。
その名を徳川家康という。
供も連れず、戦国最強本田忠勝すら下がらせ。一人で伊達家の本屋敷を訪問してきた彼の狙いがわからない政宗ではない。
彼は自分に味方につけと言いたいのだ。
豊臣家との戦いに集中するためには、背後の相手と同盟するのが一番いい。そして弱体化した甲斐や、最初から家康に好意的な上杉では他国に無言の圧力を与えるほどの衝撃はない。
奥州一帯を治める独眼竜と手を結んでこそ、家康は安心して兵を進めることができるのだ。
しかし政宗としては豊臣軍との壁として、家康にもう少しだけ機能していて欲しかった。完全に準備が整ってから家康と同盟を結ぶべば面白いことになるのだろうが、損耗が激しい今の奥州軍では徳川に飲み込まれる可能性が高い。
どうするにしても、まずは家康という男を見極めなければ。
その目的のために政宗が取った『手段』は、幸村の手紙から生まれた鬱屈や石田三成に一太刀浴びせるためにただ耐え続けている今の状況の憂さ晴らしと言ってもよかった。
つまり、徳川家康にその場で戦いを挑んだのだ。
「三河の大将が戦国最強に頼って何もしないってのは、嘘だったみたいだな……少なくとも、アンタはオレを楽しませてくれる」
手に握るのは白木の木刀、踏みしめるのは日の光を受けた純白の凍った大地。
頬に触れる雪が水滴に変わり汗を交じって流れ落ちるがままにしながら、政宗はわずかに離れた場所で息を荒げる家康へと声をかけた。
この寒さの中で肌を晒せば急速に体力が奪われるし、それ以前に身体が上手く動かない。それを家康はわかっていなかったのか、肌を露出させた戦装束の上に何も羽織らずに奥州までやってきたのだ。
それに比べて政宗は襟の高い外套を羽織り、長めの袖は手の甲までをも覆い隠しいてくれている。紺一色の装いは雪の中で見事に際立っているが、家康の黄色い装いは今にも雪に吹き消されそう。
つまり彼は最初から、やり方を間違えたのだ。
「奥州の独眼竜に褒めてもらえるとは……ありがたいな」
「勘違いするな、アンタが噂通りの腑抜けじゃなかったことは認めるが……まだ褒めてやるほどのモノは見せてもらってねえ」
「では、これから見せなくてはな。独眼竜……儂はお前の力を是非とも借りたい、儂の望みを叶えるためにもな」
「アンタの望み?」
「儂は二度と間違えぬと決めたのだ、儂のこの手には余るかもしれぬが……全てを掬いあげ、全てを守る」
だというのに家康は、爽やかともいえる笑顔で笑い続ける。
彼には彼の目指すものがあり、そのために己を削る覚悟でここに来ているのはわかる。だが政宗からすればそれは安易な物語のように、軽く薄っぺらいものにしか感じられないのだ。
真摯に対応し努力すれば報われるのか。
否。
人を思えば、思った分だけ愛情が返ってくるのか。
否。
それをわかっているからこそ、人は無常観を抱えながら生き続けていく。
だが家康にはそれがない。
全てを受け入れ飲み込んでやろうという気概もなく、あくまで自然体のまま。彼のことは子供のような見た目の頃から知っているが、大それた野望を夢として語るのは昔から。
だが何故だろう、今の家康には昔と違う何かがある。
政宗の木刀に何度となく叩きのめされているというのに地に膝をつけることなく、寒さのために手甲に包まれた指先を震わせながらも第一の家臣である忠勝を呼ぼうとしない。あの我が儘坊主がよくここまで大きくなったものだ、そう思いはするが勝負は勝負。
寒さのために思うように動けぬ家康を倒してでも、この状況を維持する。
自分に苦汁を嘗めさせた三成と再度戦いたい、逸るその気持ちを抑えてでも政宗には守らなければならないものがあった。小田原で家族を失った者たちは、貴重な働き手を失っているのだ。
政宗の浅慮で失ったものは、彼等にできる限り返さねばならない。
そのためには今は少しでも長い平穏な時間が必要なのだ。弱い大将との同盟を受け入れてしまえば、この平穏は簡単に崩されてしまう。
だからこそ、政宗はどのような手を使ってでも家康を潰すつもりだった。
「アンタは守るって言うが……その力がアンタにあるのか?」
「今はないだろうな。正直に言うが、寒くて手の先が痺れてきた」
「さっさと負けを認めりゃ、温かい茶でも用意してそりゃあ丁寧にもてなしてやるぜ?」
「それは魅力的だが……それでは儂は己を曲げたことになってしまう。独眼竜、お前が強い者でなければ同盟をする気になれぬと言うのなら、儂の強さを見せねばならない」
「強がりもいい加減にしろ」
「そうだな、儂は今とてつもなく強がっている」
青ざめた唇から漏れる言葉からは、明るさと強さは失われていない。
しかし膝はがくがくと震え今にも崩れ落ちてしまいそうだし、むき出しの腕には先程の政宗の一撃の痕がくっきりと刻み込まれている。
こうなってしまえばもう立っているのも辛いだろうに、彼は笑うことができるのだ。
早く勝負を決めてやるのがせめてもの情けか、そう思いわずかに身体を沈めゆっくりと木刀を構え直す。家康は身一つで奥州を訪問し政宗に己の理想を語った、常に側にいる忠勝を屋敷の外に下がらせたのも政宗に疑心を与えないためのはず。他国を訪問する将としての礼、それを守った家康に同等の心遣いを返せなければ、こちらの品格を疑われてしまう。
それと同時に胸の内で徐々に強まっていくのは、一つの思いだった。
徳川家康は危険だ、この男は周囲に希望を伝染させる。
彼の強く眩い心は、末端の兵の心までを照らしあげるだろう。
どれだけ精強な兵を作り上げても、その兵たちに目的と一体感を与えなければ軍団として機能しないのだ。そして家康は意識しないでもそれができる希有な存在、彼の立ち振る舞いを見ればそれがわかってしまう。
絆という最高の力を与えられた兵は、味方にすればどれだけ頼もしいだろうか。
政宗の心にすらそんな希望を植え込みかねない家康の存在は、今の奥州には必要ない。
「それならオレはその強がりごと打ち砕いてやるよ!」
「ならば儂はその思いごと受け止めよう。全てを受け止め、新たな絆を作り上げる……それが儂の望みだ」
「……上等だ。竜の牙、受けてみ……」
互いに必勝の一撃のために構えを取った瞬間、一条の大きな風が政宗の髪を揺らす。
地を覆う雪すら一部巻き上げられ、白銀の輝きが日の光を受けて光の粉と化す。塀に囲まれた屋敷で何故このような突風が、と思い上を見上げると。
「忠勝、外で待っていてくれと言ったではないか!」
「…………! …………………………!!!」
「なに? 儂と独眼竜に文が届いただと……!?」
鋼の巨体を宙に舞わせ、困ったような顔で大きな手に二通の書状を挟み込んでいる戦国最強がそこにはいた。彼が何を言っているかはわからないのだが、家康の言葉から察するに奥州に出向いた家康を追う形で書状もこちらに届くことになったのだろう。
政宗宛の書状までが一緒に届いた理由はわからないが。
ゆっくりと降下してくる忠勝から待ちきれぬ様子で文を受け取ると、構えを解いた家康は普通にこちらに向けて歩み寄ってきた。
「これはお前への文だ、独眼竜」
「オレに……? どうして俺宛の文がアンタの所に届くんだ?」
「儂にも何故こうなったのかはわからぬが……お前になら、この字が偽物かどうかがわかるだろう」
ちらりと眼を走らせるまでもない。
真っ直ぐすぎる気性を表しているかのような、力強く無駄に大きい字。自分の名を書く時の彼の字の微妙な癖を、政宗はしっかり覚えていた。
「確かに本物だな。アンタの所にも真田幸村からの文が来たのか?」
「いや、儂には三成からの文だ。三成から文をもらうなど久しぶりだからな、何が書かれているか楽しみで仕方がない。悪いが独眼竜、ここで読ませてもらっても構わないだろうか?」
「いや、別に構わないけどな……石田からの文ってなんなんだよ……アンタら、敵対してんじゃないのか!?」
「一応停滞はしているがな、儂は今でも三成のことを心の底から思っている。しかし三成の字はいつ見ても美しいな……読むのが楽しみだ」
殺気程までの余裕に満ちた態度はどこへやら、落ち着きのない子供のように手紙を抱いて政宗の周りをぐるぐる回り出したその姿を見て。
主君を討った仇として自分を付け狙っている相手からの文でどうしてここまで喜ぶ。
受け取った幸村からの文が雪で濡れぬように懐にしまい、はしゃぐ子供のような家康を静かに観察しながら政宗はほんの少しだけ考えを変えることにした。
この男は何かの目的があって豊臣家と敵対している。
ならばその理由を聞いてから自分と奥州の動きを決めてもいいはず。争いあうことで結果を決めてもいいのだが、幸村からの文をもらった瞬間にそんな気持ちは消え失せてしまっていた。
それに、
「おい、アンタ……鼻水垂れまくってるぞ」
「そうだな! 奥州は本当に寒いな!」
「さっさと拭け、温かい茶でも用意してやる……そのかわり、アンタの思いってヤツを話していけ」
がくがく震えながら鼻水を垂らしているくせに、手紙を持って小躍りしている馬鹿を凍死させるのは寝覚めが悪い。
つくづく自分はこういう『馬鹿』が好きなのだ。
それを自覚しながら、政宗は震える家康と後ろで見守っている忠勝を屋敷に招き入れることにしたのだった。
本田忠勝のような身体が大きすぎる男が身体を屈めずに在ることができる部屋というのは、広い伊達家の屋敷といえどもなかなか無いのが事実。天井が高いだけの部屋ならあるが、天下無双の武将を招くに値するような内装ではない部屋ばかり。
天井が高く、一国を治める主従を招き入れるだけの格があり。
ついでに広い部屋なんていうのは、滅多にないものなのだ。
かといって時間をかけて探していれば凍えきった家康が倒れてしまうし、それが原因で忠勝に恨まれるのも避けたい。
少しだけ悩んだ政宗が家康と忠勝を案内したのは、伊達家自慢の道場であった。
夏の間は兵たちの誰かがここで汗を流しているが、今日はさすがに誰もいない。この異常な寒さの中で鍛錬する馬鹿はいないということなのだが、家康たちは謁見用の部屋ではなく道場に通されたことに関して文句はないようだった。
むしろ雪国の建物の作り方に興味があるのか、あちこちをきょろきょろと見回しては政宗にはわからない会話を続けていたほど。そんな彼等に熱い茶と小十郎特製の鍋を振る舞いながら、幸村からの文に目を通し続ける。
道場のど真ん中に板を敷いておいた湯気の立った鍋は、普通ならば大人の男数人の腹を十分に満たすほどの大きさなのだがこの主従には少々物足りないらしい。あっという間に中身が減っていく上に、まだ政宗は一口も食べていない。
後で小十郎に飯を持ってきてもらって雑炊でも作ろう、それもこいつらに食い尽くされる気がするが。三河主従の胃袋の容量と空腹ぶりを読み切れなかった自分に苛立ちながら幸村からの文を若干顔を赤らめながら読み終わると、それを見計らったかのように家康が話しかけてきた。
ただし食べながら話しているので、何を言っているのか全くわからない。
「ひふはひほははひはひはや……はひほほほよほ……」
「飲み込んでから話せよ」
「…………そ、そうだな。しかしこの鍋の美味さは……独眼竜はいつもこのような美味い物を食べているのか?」
「いつもじゃないが……小十郎の機嫌がよけりゃ、結構作ってくれるな」
「昔食べた金吾の鍋に少し味が似ているな」
「小早川ならこの間うちに来て、野菜喰って帰って行ったぜ。その時に色々話してたから名、情報交換でもしたんだろ」
「そうか、道理で金吾の鍋と似た味がするわけだ。しかしこの野菜は素晴らしいな、出汁に負けぬ甘さと味の濃さが何とも言えぬ、忠勝もそう思うだろう?」
「………………っ!」
戦国最強って、鍋食べるんだ。
巨大な丼に鍋の中身をよそってやっているのは政宗だが、まさか本当に食べるとは思わなかった。大きな身体に似合わぬ細やかさで魚の骨をちまちまと身から外し、口を小さく開けて何度もよく噛んで食べ続けている。
その主人である家康の食べ方は豪快そのもの。
骨ごとかみ砕く勢いで口の中に放り込み、腹を満たしたい気持ちと政宗に話をしたい気持ちを同時に満足させるために食べながら話し始める始末。
緩く足を組んでまだ青い唇で必死に鍋をかき込む家康の膝の上には、三成からの文が置かれている。それが余程大事なのか時折箸を置いてその分厚い紙の塊を撫で、鍋の汁をそこにこぼさないように細心の注意を払う。
それだけ大事なのだ、この文と書いた人物のことが。
「そろそろ腹も落ち着いたはずだ……話してもらおうか、アンタと石田三成の話をな」
「儂と三成と話といっても、あまり楽しい話ではないのだが」
「オレは楽しい話を聞くためにアンタに鍋を食わせてやってるワケじゃないんだよ。真田幸村がどうして石田三成につくことにしたのか……それが知りたい。そのためにはあんたの話を聞く必要があるんだよ」
「それを話すには、儂が何故三成と敵対することになったかを話さなければならないな……まあ、話せないことの方が多いのだが」
「複雑な事情があるみたいだな」
「簡単に言えば、儂が秀吉を討ったのは半兵衛の遺言であったからでな」
「それが真相だろうが!」
あっさりと、それはもうあっさりとした口調で。
本来ならば言ってはいけないはずのこの対立の真相について普通に話し始めた家康に、忠心である忠勝ですらおろおろしながら辺りを見回し始めた。政宗一人が聞いているだけなら、どのような手段を使ってでも口封じをすればこの話は広まらない。だが、それ以外のこの場にいない誰かが盗み聞きをしていたとしたら。
もうこの話を隠し通すことはできない、あっという間に真実は広まっていくだろう。
今は亡き竹中半兵衛は家康に秀吉を討たせることで、戦乱を拡大させるようとしている。豊臣と徳川は今も内通し続け、その上で各国の疲弊を誘った後に力を合わせて全てを討ち滅ぼすつもりなのだろう。
今の言葉を聞けば、普通の人間はそう解釈する。
しかし政宗はあの白い世界での家康との戦いを通じて、彼の人となりが少しだけわかり始めていた。この男は全てをさらけ出しているように見えるが、一番大切な部分はたとえ大切な人間にすら見せないのだ。
太陽のような笑顔で全てを覆い隠し、その内にある思いをこの男は誰にも見せない。
だからこそ政宗は聞く、家康が口にしたことは真実かもしれないが彼の思いはどこにあるのか。
自分は三成に力を貸す、そう文に書いてきた幸村の思いを知る手がかりが家康の言葉から見つけられるはず。
「竹中半兵衛の遺言だろうが、アンタは自分が納得しなければ従わないよな……当然」
「儂は三成を人質に取られているようなものだったからな、従わなければならなかった……というのが理由の一つ。もう一つは、儂の中の天下を取りたいという欲を消しきれなかったからだ。だから儂は……三成をあのような立場に追い込んでしまった」
「竹中半兵衛はアンタらに敵対させるふりをさせて、もう一度大きな戦いを起こそうとしたのか? あの性悪らしい考え方だ」
「違う」
小さく首を振ってそれを否定すると、家康は時折考え込むように言葉を止めながらゆっくりと『家康の知る真実』を語り始めた。本田忠勝もこうなれば主人は止まらぬとわかったのだろう、丼の中を箸でかき混ぜながら小さくため息をつく。
今後どのようなことがあろうとも主人を守り通そう、その決意が息と共に滲み出ていた。
「半兵衛が儂に告げたのは、秀吉を討った後で三成と殺し合え……そして生き残った方がこの国を一つにまとめるために動け……そういうことだ」
「おい…………それは……アイツ、正気だったのか?」
「正気だった、あのような論理的な話を狂った人間が口にできるはずがない。半兵衛は儂が秀吉を討たねば三成に討たせると言った、やり方はいくらでもあるとも。儂が秀吉を討てば三成は儂を憎む、だが儂がやらなければ三成は……それにな、半兵衛ははっきりと口にはしなかったが思い通りに儂が動かなければ三成の身の安全はないと言葉に含め続けていた。儂は三成という人質を取られ、半兵衛の思うがままに動いていただけだったのだ」
「……そんだけ石田が大事って事か」
「儂の中にある天下を望む気持ちと三成を大切に思う気持ちを上手く使えば儂は動かせると、半兵衛はわかっていたのだろうな。三成と話し合いさえすれば戦いは回避できるという甘い考えも持っていたし、あの時の儂は本当に軽率すぎた……だから決めたのだ、半兵衛の思惑に乗るのではなく、儂は儂の意志で天下を目指すと」
「それも竹中のヤツの思惑通りだったらどうするんだよ」
「それすらも飲み込もう、絆の力で。儂は悲劇を望まぬし、人の死と嘆きによって築かれた天下など欲しくはない。しかし儂の望む天下を作り上げるには、この戦乱の世を終わらせるための大きな戦が必要だ。儂はそれをできる限り人が死なぬ勝ち戦で終わらせたい、勿論三成も殺さず救う。全てを手に入れるためにそのために、独眼竜……お前と手を結びたいのだ」
家康の目には、もう明るい輝きは存在していなかった。
そこにあったのは、覚悟を決めた男だけが持つ暗く鋭い痛み。
あらゆる悲しみにぶつかり、苦悩を乗り越え。
それは泣き叫びながらも茨の道を歩もうと決めた人間だけが持つ、心の傷すら力に変える重く鈍い強さだった。何の影もない眩しい光ほど、周囲を無条件に引きつけはしない。だがわかる人間が見れば、その真の価値がわかる。
この男は真に、この国を平和に導こうとしている。
「…………ok……少しだけアンタのことがわかってきた。真田幸村がどうしてこんな手紙を書いてきたのかも……な」
「真田は何を書いてきたのだ?」
「いつもとあまり変わらないといえば変わらない……だが、アイツは自分なりに甲斐をどうにかしようとしている。オレは石田三成のことが気にいらねえが、あんた程の男がそれほどまでに惚れ込む相手だからこそ……アイツを変えてくれたのかもな」
「そうか、やはり三成は素晴らしいな」
「意味がわからん部分もあるんだけどな……虎をもらったってのは、どういう意味だ?」
「三成はもうあの虎と会っているのか……それは良いことだ」
感慨深げに柔らかく笑む家康の言葉の意味はよくわからないが。
幸村が三成に力を貸す理由は何となくわかってきた気がする。徳川家康がここまで心を寄せ、何があろうとも救おうとする程の価値が三成にはあるのだ。
それが幸村をも惹きつけた。
三成には小田原城で倒された件での恨みがある、あの男と決着をつけなければ奥州の竜は力を完全に取り戻すことはできないだろう。しかし幸村は文の中で何度も書いているのだ、三成に救われたと。
石田殿の実直きわまりない言動に心を揺さぶられた。
あの方は大切な秀頼殿を自分に託してくださった。
自分を信じてくれた石田殿と、素直に慕ってくださる秀頼殿が好ましく想えたから同盟を結んだ。
政宗殿と並ぶことができる存在になるために、石田殿から様々なことを学ぼうと思っている。
貴殿の青く美しい戦姿ともう一度戦場でお会いできることを心より願っている。某にとって政宗殿は、青き雷光の如き美しさを持つお方。
刃を交えた時の高揚を思い出しながら、豊臣家の力を借りて甲斐を守ろうと思う。
そんな意味の文面を女に向けた恋文よりも暑苦しく、しっかりとした筆致で。読んでいる人間が赤面するほどの真っ直ぐな気持ちをぶつけられ、政宗の心をわずかだけ変えたようだ。
石田三成は未だに憎い。
だが彼は失意の底に落ちた幸村を救ってくれたらしい。
打ちのめされたことで生まれた憎しみを取るか、好敵手を復活させてくれた恩を取るか。会話の合間に鍋の中身を食べ続ける家康たちに感づかれぬように考え続けていたが、答えは最初から決まっていたのだろう。
あの凍る世界で一度も政宗を前に膝をつかず、心も崩れ落ちなかった。
そんな男に対する自分の対応など、一つしかない。
一度凍ってまた温められたために力を失い、家康の額にはいつもは空を向いている黒髪が垂れ下がっている。それを鬱陶しげに時折指先で払っている姿を一つの瞳で見つめながら、政宗はゆっくりと唇に力を込め始めていた。
そう、笑いの形に。
「…………徳川家康、一つ聞く。オレがアンタについて、何の得があるっていうんだ?」
「最上は儂と同盟を結んだ。しかし儂は伊達政宗を最良の友人として、奥州をもっとも親しい友好国であると周囲に言い続けよう」
「アンタにすり寄りたい羽州の狐は、弱った奥州の竜に手出しができなくなるってことか」
「儂にはお前が弱っているようには見えなかったがな。あの一撃……手が無くなるかと思ったぞ」
「独眼竜の一撃……本当なら、あんなモンじゃないぜ。まあこっちからみりゃ、羽州への牽制と、豊臣軍からの庇護っていうのは悪くない話だ」
「そのかわり儂は、来るべき戦でお前の力を借りたい。名高き奥州の独眼竜が儂に力を貸してくれれば、もう儂に怖い物はない」
政宗によそってもらうのを待ちきれなくなったのか、木の大きな匙を直接鍋に突っ込み家康は自分の椀に具を移し始めている。後ろで見守る忠勝の分もよそってやろうとしたらしいが、もう具がほとんど無くなっていることに気がついたらしい。
「独眼竜! あまりの美味さに食い尽くしてしまった!」
人生最大の大事のように、家康は目を見開いてそれを告げてくる。申し訳なさそうに何度も頭を下げる忠勝に手を振って気にしていないことを伝え、政宗は大きく手を叩いて周囲に控えているであろう側仕えの者を呼ぶことにした。
もう込み入った話はしない、あとは客をもてなす時間だ。
「同盟締結の祝いだ、いくらでも食っていけ。小十郎のことだ……山のように作ってあるだろうからな」
「…………いいのか? 独眼竜、儂は……」
「同盟はアンタから言い出したことだ……そんな驚いた顔をするなよ」
きょとんとした顔の後、家康の顔がゆっくりと泣き笑いを形作っていく。
どれだけ無礼講な形で始められた会談とはいえ、一国の君主同士が本音で話し合ったのだ。もし同盟を断られたらどうすればいいのか、家康の中には当然そんな思いがあったはず。
不安でしょうがなかったのだ、この強すぎる意志を持つ男は。
「ついでだから泊まって行けよ。今はいいがそろそろ雪が降り始めそうだ、こんな空模様の時に客人をそのまま帰すなんてことをしたら、小十郎に怒られちまう」
「では一日だけ世話になろうか……明日には発たねば間に合わないかもしれぬのでな」
「間に合わない?」
「三成は雑賀の里へ向かうらしい」
小さな声に込められていたのは、隠しきれない喜び。
まるでその文が彼の心であるかのように優しく、愛おしげにまた手紙を撫でると。
心底幸せそうな、満たされた息を吐いたのだった。
__________________________________________
とりあえず話の中では現在1月。
奥州にあの格好で行ったら死ぬぞ家康w
まだ先の話ですが、次の章のプロットを見たら「三成嫁入り修行。あの義兄、ちゃらんぽらんだからなあw」と書いてあった件について……これで何を書こうとしているのだろう……私……
BGM「Crow song」
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色々説明
拍手現在豊臣家転生パロ中学生編入ってます
(現在2本 家三 チカナリです)
注意事項
・フリーリンクじゃないです、基本的にはリンクはお断りしています
・ひっそりこっそりが信条なので、黙々と
・捏造、not公式のこばなしが多いので、スルー推奨
ラキドでは幹部全員を溺愛しておりますが、ベルナルドとイヴァンは特に偏愛。ばさらは家三とか奥州の愉快な仲間達と毛長がメインです。うずみさんが現在官三とか官佐にずっぽりとはまり中。
基本は、愛想のかけらもない「ネット怖い~」の書き手が二人で色々書いている場所です。
書いている人
みっし
・生真面目で堅物でムキムキな男性と一見そうじゃなくても根は真面目極まり ないキャラをこよなく愛している、がんかたうるふの片割れ。編み物とお菓子作りが趣味という、第三者曰く可愛らしい一面を持つ反面、パニクると踊ったり、オロオロしだして周囲は見ていて楽しいらしい。荒ぶる舞は、職場の名物だったりする……らしい。
イヴァンちゃんと片倉さんとシズちゃんとスカイハイさんと陛下を思いっきり愛している。好きなアニメは銀魂と最近はFate/zero。型月ファンというよりは元から虚淵ファンでうずみさんからオススメされまくった末にようやっと手を付けて完読した。ライダー組おいしいです。エクシリアではダントツで陛下が好き。陛下が使用可能になる完全版があるなら複数買いしても構わないとのたまう日々。バサラの好きキャラは片倉さん一強だったはずなのに最近はアニキも熱い。かっちり着込むキャラがすきだったはずなのにいきなり露出度が高いキャラを好きになったのは何故か悩む日々。二次元の向かう愛と同じぐらい甥っ子への愛を叫んでいる気がしてならない。
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