こちらはサークル「がんかたうるふ」のうずみとみっしの二人組が、ラッキードッグ1とばさらのこばなしを黙々と投下する場所です。
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
書いてるのはうずみです。
と書かないとわかりづらくなってきた……なんだかすごく嬉しい。
書き終わったよ。
と書かないとわかりづらくなってきた……なんだかすごく嬉しい。
書き終わったよ。
*****
徳川家康が石田三成という男を特別な存在だと思うようになったのは、豊臣軍に下ってすぐのことだった。
破竹の勢いの豊臣軍にとって、三河を手に入れたことなど覇道の途中の些末時でしかない。徳川軍との形ばかりの同盟を祝う宴も簡素きわまりなく、主賓であるはずの家康が隅に追いやられ酌もされずに放置される中。
三成は無言で家康の隣に座ってきた。
半兵衛に貴様の相手をしろと言われたが、どう相手していいかわからなかった。後に三成はそう語っているが、誰かが自分を気にかけ側に来てくれたことがただ嬉しかった。たとえ半兵衛の命であっても、三成は拒否しなかった。それだけでなく不器用なりに家康をもてなそうとしては失敗し、自分の不出来さに腹を立て。
そんな三成に惹かれ始めてから、家康の恋路は始まった。
三成と徐々に距離を縮め、彼にとって数少ない『とても親しい』人間になり。最初は気がつかなかった自分の三成への思いが、恋であることに気がつき。
凄まじい早さで豊臣軍内での地位を不動のものにしていく彼と徐々に道が離れつつあることを自覚しながら、思いだけが強まっていく。激しくなる戦で己の身体を血に濡らしながら、同じ境遇にある三成のことを思い続け。
心安らぐ時は戦の合間に互いの無事を確認する時だけ。
ただ彼と言葉を交わしあうだけで胸が高鳴り、心に降り積もっていく濁った澱のようなものが消えていく。初めて恋を知ったことの気恥ずかしさと、同性を愛おしく思ってしまった事への罪悪感。喜びと戸惑いを享受しながら、彩りを増していく三成の笑顔を見られるだけで幸せだった。
自分でその『幸せ』を壊してしまう未来を選ぶとも知らずに。
半兵衛が没した稲葉山の別邸で再会した三成は、私も貴様を愛していると言ってくれた。
三成が自分を思っていてくれていることは、心底喜ぶべき事。しかし三成はあの時こうも感じたはずだ。
秀吉を殺した男に思いを告げて良いのか、と。
だからこそ官兵衛の言った策を素直に受け入れたのだろうし、そうしなければ家康に自分を愛する資格を与えないとまで言い放ったのだ。純粋すぎるが故に三成の言葉は家康を苛み、追い込んでいくが。
伊達政宗との極寒での戦いの中で、家康は少しだけ何かを理解できたような気がしていた。
あの寒さの中では満足に身体を動かすことすらできなかった。拳を真っ直ぐに伸ばしきることもできず、足すら満足に動かせず。まるで枷か何かをつけられたかのような不自由さの中で、かの独眼竜の太刀をただ受け止め続ける。
あの時もこうやって受け止め続けていれば、三成を殺さずにすんだのでは。
自分の中に三成を殺してもよい、そうあの時思わなかったか。
考えながら打ち据えられ、だが決して地に膝をつくことなく。ようやく伊達政宗とだけでなく己とも戦っていた時間から解放された時、家康が最初に感じたのは安堵ではなく三成への強い愛情だった。
彼の心を凍てつく雪原へと追いこんだのは自分だ。
ならばたとえ彼と再度戦うことになっても、彼の望みを叶えなければならない。戦うことになって、三成に拳を向けることに怯える自分がいても。
彼の信頼を裏切ることだけはできなかった。
「……軽く話せばそういうことだ」
「なるほど、お前は戦のない国を作るために我らの力を借りたい……と。しかし戦がなければ我らは用済みの存在となる、だというのに我らが契約の鐘を鳴らすとでも思ったか?」
「雑賀集にとって契約は絶対なのだろう? そして力を認めた相手と契約を結ばないことこそ、雑賀にとって不利益を生むと儂は思うがな」
「ほう、何故だ?」
「雑賀集は力を認めた者であっても契約しないことがある……そんな噂が流れれば、お前たちを契約しようとこの里を訪れる者は減るだろうな。儂ならば、自らの兵力をすり減らしてまで契約してくれるかわからぬ者たちとの戦いを行おうとは思わない」
「なるほど……お前の言うことにも一理ある。だがあえて問おう、徳川家康……お前が我らの力を借りて太平の世を作り上げたとしよう。その時我らは、我らとしての価値を失うのか?」
冬とは思えぬ、生ぬるい風が吹いている。
燃え続ける櫓であった物の残骸や床にこぼれた火薬が生む炎が風を温め、家康の額からじわりと汗を生み始めていた。家康は比較的軽装なので逆に温めてもらっているようなものだが、周囲の兵たちは突然の暑さに甲冑を脱ぎ始めていた。
戦いは終わった。
力をもって契約する価値があるかどうかを示して見せよと告げてきた雑賀集相手に、徳川軍は一歩も引かずに戦った。仕掛けられた罠と火薬が起こす炎に道を遮られ、鉄砲の弾に肉を貫かれ火に身体を焼かれても。
恐怖故に足を止める者は誰もいなかったのだ。
見る者が見ればそれは狂信と呼ばれたかもしれない。ただ一人の年若き君主のために己の命を捧げ、望みを叶えるためにただ前へ突き進んでいく。鉄砲という人を容易に殺し得る武器を前にしても、怯えずに前に突き進んできた徳川の兵たちに雑賀集が気圧され始めた頃。
家康は雑賀集の頭目雑賀孫一に、一騎打ちでの決着を希望した。
これ以上戦い続ければ互いに被害が増していくだけなのだ、家康は無駄に味方を殺したくはなかった。言葉を尽くして孫一にそれを伝えると、考え方が青臭いと鼻で笑われたが。夕の陽光がよく似合う豊かな美しい髪をもつ女は、家康の提案を受け入れてくれた。
銅色の炎がよく似合う美女を叩き伏せることにはかなり抵抗はあったが、彼女に勝たなければ雑賀集は自分を認めることはないだろう。
拳を炎に焼かれ、肩を銃弾に貫かれ。舞う火の粉に頬を叩かれた続けたのが悪かったのか、頬が異常にひりひりする上に触ってみるとざらざらした感触。おまけにぬるつく感触は汗なのかと思ったら、血だったらしい。
裸の胸を伝い、臍まで流れてい赤い流れに顔を顰めていると少し離れた場所で片膝をたてて座っている孫一が何かを投げてきた。水ぶくれのできた指先でそれを受け取ると、大きめの竹の水筒の中で水がちゃぷりと可愛らしい音を立てる。
「身体を流せ」
「ありがたいな、喉が渇いていたのだ」
「お前の兵たちが見ている、飲む前にその血を流すことだな」
「あちこち痛むのでわからないのだが、儂はどこから血を流しているのだ?」
「額だ」
動きやすさを優先しているのか、家康よりも軽装の雑賀孫一はほっそりとした腰に手を当てながら身体を震わせている。その様子をいぶかしげに思いながら額に手を触れさせると、どくどくと脈打つ傷口をすぐに見つけることができたのだが。
「…………孫一、儂……思いっきり禿げていないか?」
「気にするほどではない」
「だが孫一は儂を見て笑っているのだろう!?」
「火傷ではないようなのでな、髪はすぐに生えてくる……といいがな」
「儂は禿げた姿を三成に見せなければならないのか……」
髪の生え際を、孫一の持つ鉄砲の端がかすめたのだろう。
肉ごと頭髪がえぐられ、長さ的には一寸ほどではあったがその部分の髪の毛が失われてしまっている。頭の傷は出血が多い上に、このままでは目に入る可能性があるので腰元の帯をほどき適当に頭に巻いてみるが。
それは孫一の笑いを更に深めてしまっていた。
年上の美女が自分の姿を見て、口を押さえて笑いを堪え続けている。それだけでも恥ずかしいというのに、帯を取ってしまうと力が入らないというか。
ここで三成に会えるかもしれないというのに、こんな姿で会うのは。
水筒を逆さにして身体を流しながら、思うのはそればかり。三成がここに足を運ぶと聞いたから、雑賀集と接触することを早めたのだ。
三成に会いたいという思い故にあまりにも家康が急ぎすぎたのか、家康が先に到着し雑賀集と契約を結ぶことになってしまったが。彼は今頃どのあたりにいて、何を思っているのだろう。
「…………三成……」
思わず彼の名を口に乗せ、吐息に混ぜるかのようにしてそっと空気に解き放つ。
家康が身体の血を流している最中にも、孫一は半壊したと言ってもいい郷の被害報告を部下から受けているのだろう。腰に下げていた布で銃を磨きながら、的確な指示を出していく。
入れ替わり立ち替わりやってくる男たち、その中の一人が家康に動揺を気取られぬように表情をわざと凍り付かせながらその名を告げた時。
家康と孫一の手が同時に止まった。
「石田三成が近くまで来ているだと?」
「たった今先触れが」
「そうか……先触れを出して来るということは、戦う意図で来たということではないのだろう……『今は』な。我らが徳川と契約を結んだことを知れば態度が変わるだろうが、今はまだ撃ちかける必要はない」
「了解した」
「石田三成が郷の入り口に到着次第連絡しろ、それと残弾の確認も忘れるな」
孫一たちの会話を聞きながら、顔がほころぶのを押さえることができなかった。
すぐ側まで彼が来ている、会うことができる。何から話せばいいのか、それ以前に彼が目的としていたはずの雑賀との契約を先に行ってしまったことをどう言えばいいのか。
どう言えばいいだろうかと考えていると、遠ざかっていく部下を見守っていた孫一と目があった。
「石田三成と会えるのが嬉しいのか?」
「嬉しいな、儂は三成が好きだからな」
「では何故お前はその好きな相手と争うのだ。お前の話す言葉は全て矛盾だらけだ、そして先程の我らの問いにも貴様は答えていない」
「問い?」
「我らの価値の話だ」
「戦が終わった後のことか。儂は戦いをなくす……もう親を失い泣く子など見たくはないし、疲弊した民が飢えて死んでいくのも嫌だ。しかし力は持っておかなければならないだろうな、外の国から侵攻された時……力がなければ儂らは全てを失ってしまう」
「だから我らをその時のための力として扱うというのか」
「たとえ形骸化してしまったとしても、有事に民のために戦う存在が居続けなければならぬ」
「お前は面白いことを言う」
家康の言葉に納得してくれたのだろうか。
少しだけ表情を和らげ、しかし家康の頭に巻いた赤い帯を見て顔を大きく引きつらせ。目をそらして笑いを堪えようとしている孫一は、もう一つだけ。
家康の心を突き刺すようなことを言ってきた。
「石田三成はどうするのだ、殺すのか?」
「それだけは駄目だ!」
「…………お前は石田を殺さない、だが石田はお前の命を狙うだろうな」
彼の憎しみを、どう受け止める?
焼け焦げ、灰になった草の残骸の上で孫一は唇を歪める。
金を受け取ることで憎しみを代わりに受けるのが傭兵の仕事。憎しみの重さと愛する者を奪われた物の苦しみを誰よりも知っているからこそ孫一は家康に聞くのだ、全てを受け止めて昇華させることができるのか、と。
炎が巻き起こす風に、彼女の髪が大きく揺らめく。
「わからない」
「お前もカラスか。わからずに相手の前に立つことを、お前たちは無礼と言うのだろう」
「儂の中で決まっていることはあるのだ、だがどうしていいかわからない」
「ほう……何を決めたというのだ、この禿げカラスは」
「三成と共寝がしたい」
「…………………………」
長い沈黙の後、孫一がついに耐えきれなくなったらしい。
身体を丸めて大きな声を出して笑い始め、その声のあまりの明るさに周囲で後片付けをしている雑賀の人間が目を見開いてこちらを見始める。
「わ、儂……なにかおかしいことを言ったか?」
「お前ほど狂ったカラスは始めてだ、だが面白い。禿げたついでに馬鹿になったかと思ったが……悪くはないな」
すごく馬鹿にされている気がするが、嫌われてはいないのだろう。
笑い転げたいのを必死に我慢しているのか、顔を下に向けて肩を震わせている孫一の顔には嫌悪のかけらすら見つからなかった。
大切な相手と共に眠りたいという話に、孫一をここまで笑わせるどんな要素があったのか。
それはわからなかったが、一つだけ確実なことがある。
もうすぐ三成に会える。
官兵衛は一度戦えと言った、三成もそれを受け入れていた。
そして自分はその時、どうすればいいのだろう。三成を傷つけるのは怖いし、家康の手はあの時三成の身体を貫いた感触を覚えている。
彼と戦えるのか、そして会った時に何を言えばいいのか。
考えなければならないことは増えていくばかりなのに、心の内はそれ以上の喜びに満たされていくのだ。
早く会いたい、そして彼の姿を目に焼き付けたい。
孫一に笑われ、頭に帯を巻いた姿を自軍の兵たちにからかわれ。身体と戦装束が乾きはじめる中、家康は再度頭を彩る帯を締め直すと。
徳川の兵たちを郷の奥へと移動させ、自分は郷の入り口で三成の来訪を待つことにした。
兵を背負った徳川家康ではなく、ただ一人の人間として彼に会うために。
強く官兵衛に言い含められてきたのか、戦装束姿の石田三成はいきなり暴れ出すようなことはしなかった。
郷の入り口で待っていた家康の顔を見た瞬間だけは表情を険しくして刀を抜き放とうとしたが、部下たちに数人がかりで押さえ込まれてしまった。よく見てみれば三成に昔から仕えていた者ではなく、今回の同行者のほとんどが官兵衛の腹心の臣下たち。
三成が雑賀の郷で暴れれば問題になると、官兵衛は事前に予測していたのだろう。
まさか自分もここに来ていることまではわかっていないだろうと思いながら周囲の人間の会話に耳を傾けていると、まさか本当に徳川家康が先に来ているとは思わなかったという言葉があちこちから聞こえてきた。二兵衛と称され、半兵衛と並ぶ軍師であることは理解していたつもりだが、本気になれば全てを読み切ることも可能。
官兵衛がその気になれば、雑賀の郷で家康を待ち伏せして討つこともできたのだ。
今回は味方についてくれているらしいことに心から感謝しながら、周囲を数人の屈強な男たちに囲まれて頬を膨らませかねない勢いで機嫌を損ねている三成に声をかけた。
雑賀の郷の中心にある孫一の屋敷までは少し距離がある、たとえ二人きりになれなくとも彼の声を聞いて話がしたかったのだ。
「久しぶりだな三成」
「何故貴様がいる、官兵衛は来ているかもしれないと言っていたが……」
「三成が文に雑賀に行くと書いてくれたのでな、儂も来てみた」
「私は貴様に会う心の準備がまだできていない! いきなり現れるな!」
「そうは言ってもな……書いてくれたということは、会いに来てもいいと三成が許可してくれたと儂は考えてしまう」
「そんな訳ないだろう! 私は雑賀孫一に文を渡し、その後長宗我部元親の所へ行くのだ」
「元親に会いに行くのか、ならば儂も共に……」
「来るな!」
郷を焼いた炎が生み出した塵が、三成の頬を少しずつ汚していく。
だが彼はそんなことを全く気にしていないらしい、不満げに自分を色々な意味で守ろうとしている大人たちを睨み付けるために目を眇める。しかしそれすら大人たちには年若い青年の照れ隠しと取られてしまったのだろう、途端に伸びてきた何本もの手が頭をぐしゃぐしゃと撫で始めた。
「やめろ……私は子供ではない」
道中ずっとこの調子だったのだろう。
気恥ずかしさとずかしさのために赤らんだ顔を隠すために三成は俯くが、彼を愛おしむ男たちの手は更なる追撃を行い始めていた。ぐしゃぐしゃにされた頭をそのままに、なんとか男たちの包囲網を抜けようとしている三成だったがそれを許す彼等ではない。
三成には冗談めかした言葉をかけ、周囲に向ける目からは警戒心を失わず。
軽装だというのにわずかの隙も感じさせない所作は、官兵衛が三成を託すだけの精鋭の証。それを三成もわかっているのか、彼等に囲まれている時は素の感情を素直に出しているような気がする。
少なくともこの男たちは三成を豊臣軍の総大将としてではなく、手はかかるが可愛い所もある青年として扱ってくれていた。
「家康、私を助けろ!」
「しかし儂が近づいたら、三成は儂に斬りかかってくるのだろう?」
「当たり前だ、貴様は秀吉様の仇……素直に私に触れさせるわけがなかろう」
「だがこの間は普通に話ができた」
「あの時は……あの時だ。正直言えば、私もどうすればいいのかわからない。貴様にもし会えたら決着をつけてこいと官兵衛は言っていたが……」
決着とは貴様の命を奪わねばつかぬものなのではないのか。
か細く、消えそうな声。
そして唇を噛みしめ、頭を振って。前髪を顔の周辺に広げて誰にも顔を見せないようにしてから、三成はこらえきれないように重苦しい息をもらす。
三成は自分を思ってくれている、だからこそ苦しまずにいられない。
半兵衛の策によって家康が動いたことがわかっていても、秀吉が死んだのがある意味彼の望みであったことを知っていても。三成は敬愛する主君を殺した家康を許すことができず、恋心と憎しみの狭間で煩悶し続ける。
その苦しみを家康に見せてくれれば、そしてぶつけてくれればいいのに三成はそうしようとはしないのだ。憎しみを飲み込み、家康への思いを無理に優先しようとして自分の心を痛めつけ続ける。
秀吉を殺した相手を愛する自分を呪い、死で全てを終わらせる。
以前の時間での三成はそんな最悪の選択を選んでしまったが、もうそんなことをさせるわけにはいかない。官兵衛も家康が三成の心を救うのを期待して、雑賀の郷で会うことができるようにしたのだろう。
二度と同じ事を繰り返すな。
多分大坂城に残っているであろう官兵衛からそう言われている様な気がして、家康はそっと気づかれぬように拳を握りしめた。官兵衛の信頼を裏切る気はない、そして三成をこのまま苦しませ続けるわけにもいかないのだ。
この郷にいる間に、三成とは何らかの決着をつける。
迷子になった子供のように、三成は顔を下に向けたままとぼとぼと歩き続けていた。様子が変わったことに気がついたのか、三成の周りを囲む男たちは目配せをし合いながらさりげなく三成の歩く先を誘導している。
家康に近づくように。
「…………少し離れろ」
「断る、儂はこのままがいい」
「では私が離れる」
「ならば儂は追いかけよう」
「駄目だ、許可しない。頭に帯を巻くような男を私は好まぬ」
「そんなことを言うな、これがなければ儂は禿げカラスと呼ばれてしまうのだ」
「禿げ?」
家康の耳の横で揺れる赤い帯の端が気になったのだろう、ほんのわずかだが顔を上げた三成に帯を緩めて額の生え際を見せてやる。孫一にはおもいっきり笑われ、忠勝は心配のあまり目を回して倒れかけたのだが。
石田三成は一瞬顔から表情を無くし、その後自分を囲む人の壁から抜け出て一気にこちらに近づいてきた。
「…………刀傷ではないな」
「ま、孫一の鉄砲の端がかすめたのだ」
「貴様の間合いで手傷を? そこまで腑抜けたというのか、秀吉様を討った男が」
「確かに、儂は不抜けてしまったな」
「笑うな!」
三成の細いがしっかりとした指が額の傷をさらりと撫でる。
その感触と指の冷たさに心臓の鼓動が一気に跳ね上がるが、触れたのはその一瞬だけ。三成はまた少し距離を置き、自分で乱した前髪を直しながら歩き始めた。
後ろで見守る男たちには見向きもせず、彼等の中に戻っていくこともない。
家康をは距離を開けながらも並んで進み、山の端に沈み始めた夕の輝きを浴びながら。口にするのは彼を待っている人間の話だった。
「刑部と官兵衛が大坂城で留守を守ってくれている。雑賀と長宗我部との話し合いは私でなければできないと官兵衛が言ったのだ……だから私が行くことにした。私が戻るころには秀頼様も歩けるようになっているかもしれない」
「会ったことはないのだが、可愛らしいのだろうな」
「秀頼様ほど聡明で利発で愛らしいお方はいない! 秀頼様も真田や第五天を気に入ってくれた……だが刑部の膝が一番好きらしい」
「第五天……?」
「信長の妹だ」
「お市殿は大坂城にいるのか!?」
素っ頓狂な声を上げてしまい三成に睨み付けられたが、それを聞いて驚くなという方がおかしい。
「刑部が道で拾ってきた」
「…………色々と言いたいことはあるが、そういうことにしておくとするか」
「少々手癖は悪いが、根は悪い女ではない。秀頼様の乳母をしたいと言ってきたので、城に置いてやることにした」
「三成はなんというか……おおらかすぎて素晴らしいな」
今日最後の光が三成と家康の影を大地に強く映し、時折交わらせる。
ただの街道だった道行きの周辺に畑が広がり始め、ぽつりぽつりと民家が見え始める。遠くで揺れる黒くて巨大な物体は、先程家康がぶつかって歪んだ物見櫓だろうか。
もう少しで三成とこうして話せる時間が終わってしまう。
孫一に会えば三成は彼女との会談を行うことになるだろうし、家康だって三河を長い間離れるわけにはいかない。だからできるだけ長く二人で話す時間を確保したいというのに。
どう言えば三成が受け入れてくれるのか、家康にはそれがわからなかった。
そしてそれは三成も同じだったらしい。
「妙なものだ、貴様にあったら私は誰に止められてもその場で貴様を斬滅するのではないかと思っていた……貴様に会えて嬉しいのに、貴様を殺すのではと案じていたのだ」
「儂は三成に何を伝えていいのかわからなくなった……まずは謝らなければならないはずなのに……儂は謝れない」
「何故だ」
「謝れば、儂の行ったことが無意味になる」
「そうか」
三成の声は短く鋭い刃のようであった。
覚悟なしに近づけば言葉だけで相手を殺してしまいそうなほどの強さと、強い憎悪。しかしそれを維持し続けるつもりはなかったのだろう。
すぐに表情を緩め、まるで自分を責めるかのように強く唇を噛むと。
「貴様のその怪我では、今は無理だな」
と、話を変えるかのように小さくそう呟いたのだった。
______________________________________________
ようやく来た感じで……疲れた。
BGM「亂世エロイカ」
破竹の勢いの豊臣軍にとって、三河を手に入れたことなど覇道の途中の些末時でしかない。徳川軍との形ばかりの同盟を祝う宴も簡素きわまりなく、主賓であるはずの家康が隅に追いやられ酌もされずに放置される中。
三成は無言で家康の隣に座ってきた。
半兵衛に貴様の相手をしろと言われたが、どう相手していいかわからなかった。後に三成はそう語っているが、誰かが自分を気にかけ側に来てくれたことがただ嬉しかった。たとえ半兵衛の命であっても、三成は拒否しなかった。それだけでなく不器用なりに家康をもてなそうとしては失敗し、自分の不出来さに腹を立て。
そんな三成に惹かれ始めてから、家康の恋路は始まった。
三成と徐々に距離を縮め、彼にとって数少ない『とても親しい』人間になり。最初は気がつかなかった自分の三成への思いが、恋であることに気がつき。
凄まじい早さで豊臣軍内での地位を不動のものにしていく彼と徐々に道が離れつつあることを自覚しながら、思いだけが強まっていく。激しくなる戦で己の身体を血に濡らしながら、同じ境遇にある三成のことを思い続け。
心安らぐ時は戦の合間に互いの無事を確認する時だけ。
ただ彼と言葉を交わしあうだけで胸が高鳴り、心に降り積もっていく濁った澱のようなものが消えていく。初めて恋を知ったことの気恥ずかしさと、同性を愛おしく思ってしまった事への罪悪感。喜びと戸惑いを享受しながら、彩りを増していく三成の笑顔を見られるだけで幸せだった。
自分でその『幸せ』を壊してしまう未来を選ぶとも知らずに。
半兵衛が没した稲葉山の別邸で再会した三成は、私も貴様を愛していると言ってくれた。
三成が自分を思っていてくれていることは、心底喜ぶべき事。しかし三成はあの時こうも感じたはずだ。
秀吉を殺した男に思いを告げて良いのか、と。
だからこそ官兵衛の言った策を素直に受け入れたのだろうし、そうしなければ家康に自分を愛する資格を与えないとまで言い放ったのだ。純粋すぎるが故に三成の言葉は家康を苛み、追い込んでいくが。
伊達政宗との極寒での戦いの中で、家康は少しだけ何かを理解できたような気がしていた。
あの寒さの中では満足に身体を動かすことすらできなかった。拳を真っ直ぐに伸ばしきることもできず、足すら満足に動かせず。まるで枷か何かをつけられたかのような不自由さの中で、かの独眼竜の太刀をただ受け止め続ける。
あの時もこうやって受け止め続けていれば、三成を殺さずにすんだのでは。
自分の中に三成を殺してもよい、そうあの時思わなかったか。
考えながら打ち据えられ、だが決して地に膝をつくことなく。ようやく伊達政宗とだけでなく己とも戦っていた時間から解放された時、家康が最初に感じたのは安堵ではなく三成への強い愛情だった。
彼の心を凍てつく雪原へと追いこんだのは自分だ。
ならばたとえ彼と再度戦うことになっても、彼の望みを叶えなければならない。戦うことになって、三成に拳を向けることに怯える自分がいても。
彼の信頼を裏切ることだけはできなかった。
「……軽く話せばそういうことだ」
「なるほど、お前は戦のない国を作るために我らの力を借りたい……と。しかし戦がなければ我らは用済みの存在となる、だというのに我らが契約の鐘を鳴らすとでも思ったか?」
「雑賀集にとって契約は絶対なのだろう? そして力を認めた相手と契約を結ばないことこそ、雑賀にとって不利益を生むと儂は思うがな」
「ほう、何故だ?」
「雑賀集は力を認めた者であっても契約しないことがある……そんな噂が流れれば、お前たちを契約しようとこの里を訪れる者は減るだろうな。儂ならば、自らの兵力をすり減らしてまで契約してくれるかわからぬ者たちとの戦いを行おうとは思わない」
「なるほど……お前の言うことにも一理ある。だがあえて問おう、徳川家康……お前が我らの力を借りて太平の世を作り上げたとしよう。その時我らは、我らとしての価値を失うのか?」
冬とは思えぬ、生ぬるい風が吹いている。
燃え続ける櫓であった物の残骸や床にこぼれた火薬が生む炎が風を温め、家康の額からじわりと汗を生み始めていた。家康は比較的軽装なので逆に温めてもらっているようなものだが、周囲の兵たちは突然の暑さに甲冑を脱ぎ始めていた。
戦いは終わった。
力をもって契約する価値があるかどうかを示して見せよと告げてきた雑賀集相手に、徳川軍は一歩も引かずに戦った。仕掛けられた罠と火薬が起こす炎に道を遮られ、鉄砲の弾に肉を貫かれ火に身体を焼かれても。
恐怖故に足を止める者は誰もいなかったのだ。
見る者が見ればそれは狂信と呼ばれたかもしれない。ただ一人の年若き君主のために己の命を捧げ、望みを叶えるためにただ前へ突き進んでいく。鉄砲という人を容易に殺し得る武器を前にしても、怯えずに前に突き進んできた徳川の兵たちに雑賀集が気圧され始めた頃。
家康は雑賀集の頭目雑賀孫一に、一騎打ちでの決着を希望した。
これ以上戦い続ければ互いに被害が増していくだけなのだ、家康は無駄に味方を殺したくはなかった。言葉を尽くして孫一にそれを伝えると、考え方が青臭いと鼻で笑われたが。夕の陽光がよく似合う豊かな美しい髪をもつ女は、家康の提案を受け入れてくれた。
銅色の炎がよく似合う美女を叩き伏せることにはかなり抵抗はあったが、彼女に勝たなければ雑賀集は自分を認めることはないだろう。
拳を炎に焼かれ、肩を銃弾に貫かれ。舞う火の粉に頬を叩かれた続けたのが悪かったのか、頬が異常にひりひりする上に触ってみるとざらざらした感触。おまけにぬるつく感触は汗なのかと思ったら、血だったらしい。
裸の胸を伝い、臍まで流れてい赤い流れに顔を顰めていると少し離れた場所で片膝をたてて座っている孫一が何かを投げてきた。水ぶくれのできた指先でそれを受け取ると、大きめの竹の水筒の中で水がちゃぷりと可愛らしい音を立てる。
「身体を流せ」
「ありがたいな、喉が渇いていたのだ」
「お前の兵たちが見ている、飲む前にその血を流すことだな」
「あちこち痛むのでわからないのだが、儂はどこから血を流しているのだ?」
「額だ」
動きやすさを優先しているのか、家康よりも軽装の雑賀孫一はほっそりとした腰に手を当てながら身体を震わせている。その様子をいぶかしげに思いながら額に手を触れさせると、どくどくと脈打つ傷口をすぐに見つけることができたのだが。
「…………孫一、儂……思いっきり禿げていないか?」
「気にするほどではない」
「だが孫一は儂を見て笑っているのだろう!?」
「火傷ではないようなのでな、髪はすぐに生えてくる……といいがな」
「儂は禿げた姿を三成に見せなければならないのか……」
髪の生え際を、孫一の持つ鉄砲の端がかすめたのだろう。
肉ごと頭髪がえぐられ、長さ的には一寸ほどではあったがその部分の髪の毛が失われてしまっている。頭の傷は出血が多い上に、このままでは目に入る可能性があるので腰元の帯をほどき適当に頭に巻いてみるが。
それは孫一の笑いを更に深めてしまっていた。
年上の美女が自分の姿を見て、口を押さえて笑いを堪え続けている。それだけでも恥ずかしいというのに、帯を取ってしまうと力が入らないというか。
ここで三成に会えるかもしれないというのに、こんな姿で会うのは。
水筒を逆さにして身体を流しながら、思うのはそればかり。三成がここに足を運ぶと聞いたから、雑賀集と接触することを早めたのだ。
三成に会いたいという思い故にあまりにも家康が急ぎすぎたのか、家康が先に到着し雑賀集と契約を結ぶことになってしまったが。彼は今頃どのあたりにいて、何を思っているのだろう。
「…………三成……」
思わず彼の名を口に乗せ、吐息に混ぜるかのようにしてそっと空気に解き放つ。
家康が身体の血を流している最中にも、孫一は半壊したと言ってもいい郷の被害報告を部下から受けているのだろう。腰に下げていた布で銃を磨きながら、的確な指示を出していく。
入れ替わり立ち替わりやってくる男たち、その中の一人が家康に動揺を気取られぬように表情をわざと凍り付かせながらその名を告げた時。
家康と孫一の手が同時に止まった。
「石田三成が近くまで来ているだと?」
「たった今先触れが」
「そうか……先触れを出して来るということは、戦う意図で来たということではないのだろう……『今は』な。我らが徳川と契約を結んだことを知れば態度が変わるだろうが、今はまだ撃ちかける必要はない」
「了解した」
「石田三成が郷の入り口に到着次第連絡しろ、それと残弾の確認も忘れるな」
孫一たちの会話を聞きながら、顔がほころぶのを押さえることができなかった。
すぐ側まで彼が来ている、会うことができる。何から話せばいいのか、それ以前に彼が目的としていたはずの雑賀との契約を先に行ってしまったことをどう言えばいいのか。
どう言えばいいだろうかと考えていると、遠ざかっていく部下を見守っていた孫一と目があった。
「石田三成と会えるのが嬉しいのか?」
「嬉しいな、儂は三成が好きだからな」
「では何故お前はその好きな相手と争うのだ。お前の話す言葉は全て矛盾だらけだ、そして先程の我らの問いにも貴様は答えていない」
「問い?」
「我らの価値の話だ」
「戦が終わった後のことか。儂は戦いをなくす……もう親を失い泣く子など見たくはないし、疲弊した民が飢えて死んでいくのも嫌だ。しかし力は持っておかなければならないだろうな、外の国から侵攻された時……力がなければ儂らは全てを失ってしまう」
「だから我らをその時のための力として扱うというのか」
「たとえ形骸化してしまったとしても、有事に民のために戦う存在が居続けなければならぬ」
「お前は面白いことを言う」
家康の言葉に納得してくれたのだろうか。
少しだけ表情を和らげ、しかし家康の頭に巻いた赤い帯を見て顔を大きく引きつらせ。目をそらして笑いを堪えようとしている孫一は、もう一つだけ。
家康の心を突き刺すようなことを言ってきた。
「石田三成はどうするのだ、殺すのか?」
「それだけは駄目だ!」
「…………お前は石田を殺さない、だが石田はお前の命を狙うだろうな」
彼の憎しみを、どう受け止める?
焼け焦げ、灰になった草の残骸の上で孫一は唇を歪める。
金を受け取ることで憎しみを代わりに受けるのが傭兵の仕事。憎しみの重さと愛する者を奪われた物の苦しみを誰よりも知っているからこそ孫一は家康に聞くのだ、全てを受け止めて昇華させることができるのか、と。
炎が巻き起こす風に、彼女の髪が大きく揺らめく。
「わからない」
「お前もカラスか。わからずに相手の前に立つことを、お前たちは無礼と言うのだろう」
「儂の中で決まっていることはあるのだ、だがどうしていいかわからない」
「ほう……何を決めたというのだ、この禿げカラスは」
「三成と共寝がしたい」
「…………………………」
長い沈黙の後、孫一がついに耐えきれなくなったらしい。
身体を丸めて大きな声を出して笑い始め、その声のあまりの明るさに周囲で後片付けをしている雑賀の人間が目を見開いてこちらを見始める。
「わ、儂……なにかおかしいことを言ったか?」
「お前ほど狂ったカラスは始めてだ、だが面白い。禿げたついでに馬鹿になったかと思ったが……悪くはないな」
すごく馬鹿にされている気がするが、嫌われてはいないのだろう。
笑い転げたいのを必死に我慢しているのか、顔を下に向けて肩を震わせている孫一の顔には嫌悪のかけらすら見つからなかった。
大切な相手と共に眠りたいという話に、孫一をここまで笑わせるどんな要素があったのか。
それはわからなかったが、一つだけ確実なことがある。
もうすぐ三成に会える。
官兵衛は一度戦えと言った、三成もそれを受け入れていた。
そして自分はその時、どうすればいいのだろう。三成を傷つけるのは怖いし、家康の手はあの時三成の身体を貫いた感触を覚えている。
彼と戦えるのか、そして会った時に何を言えばいいのか。
考えなければならないことは増えていくばかりなのに、心の内はそれ以上の喜びに満たされていくのだ。
早く会いたい、そして彼の姿を目に焼き付けたい。
孫一に笑われ、頭に帯を巻いた姿を自軍の兵たちにからかわれ。身体と戦装束が乾きはじめる中、家康は再度頭を彩る帯を締め直すと。
徳川の兵たちを郷の奥へと移動させ、自分は郷の入り口で三成の来訪を待つことにした。
兵を背負った徳川家康ではなく、ただ一人の人間として彼に会うために。
強く官兵衛に言い含められてきたのか、戦装束姿の石田三成はいきなり暴れ出すようなことはしなかった。
郷の入り口で待っていた家康の顔を見た瞬間だけは表情を険しくして刀を抜き放とうとしたが、部下たちに数人がかりで押さえ込まれてしまった。よく見てみれば三成に昔から仕えていた者ではなく、今回の同行者のほとんどが官兵衛の腹心の臣下たち。
三成が雑賀の郷で暴れれば問題になると、官兵衛は事前に予測していたのだろう。
まさか自分もここに来ていることまではわかっていないだろうと思いながら周囲の人間の会話に耳を傾けていると、まさか本当に徳川家康が先に来ているとは思わなかったという言葉があちこちから聞こえてきた。二兵衛と称され、半兵衛と並ぶ軍師であることは理解していたつもりだが、本気になれば全てを読み切ることも可能。
官兵衛がその気になれば、雑賀の郷で家康を待ち伏せして討つこともできたのだ。
今回は味方についてくれているらしいことに心から感謝しながら、周囲を数人の屈強な男たちに囲まれて頬を膨らませかねない勢いで機嫌を損ねている三成に声をかけた。
雑賀の郷の中心にある孫一の屋敷までは少し距離がある、たとえ二人きりになれなくとも彼の声を聞いて話がしたかったのだ。
「久しぶりだな三成」
「何故貴様がいる、官兵衛は来ているかもしれないと言っていたが……」
「三成が文に雑賀に行くと書いてくれたのでな、儂も来てみた」
「私は貴様に会う心の準備がまだできていない! いきなり現れるな!」
「そうは言ってもな……書いてくれたということは、会いに来てもいいと三成が許可してくれたと儂は考えてしまう」
「そんな訳ないだろう! 私は雑賀孫一に文を渡し、その後長宗我部元親の所へ行くのだ」
「元親に会いに行くのか、ならば儂も共に……」
「来るな!」
郷を焼いた炎が生み出した塵が、三成の頬を少しずつ汚していく。
だが彼はそんなことを全く気にしていないらしい、不満げに自分を色々な意味で守ろうとしている大人たちを睨み付けるために目を眇める。しかしそれすら大人たちには年若い青年の照れ隠しと取られてしまったのだろう、途端に伸びてきた何本もの手が頭をぐしゃぐしゃと撫で始めた。
「やめろ……私は子供ではない」
道中ずっとこの調子だったのだろう。
気恥ずかしさとずかしさのために赤らんだ顔を隠すために三成は俯くが、彼を愛おしむ男たちの手は更なる追撃を行い始めていた。ぐしゃぐしゃにされた頭をそのままに、なんとか男たちの包囲網を抜けようとしている三成だったがそれを許す彼等ではない。
三成には冗談めかした言葉をかけ、周囲に向ける目からは警戒心を失わず。
軽装だというのにわずかの隙も感じさせない所作は、官兵衛が三成を託すだけの精鋭の証。それを三成もわかっているのか、彼等に囲まれている時は素の感情を素直に出しているような気がする。
少なくともこの男たちは三成を豊臣軍の総大将としてではなく、手はかかるが可愛い所もある青年として扱ってくれていた。
「家康、私を助けろ!」
「しかし儂が近づいたら、三成は儂に斬りかかってくるのだろう?」
「当たり前だ、貴様は秀吉様の仇……素直に私に触れさせるわけがなかろう」
「だがこの間は普通に話ができた」
「あの時は……あの時だ。正直言えば、私もどうすればいいのかわからない。貴様にもし会えたら決着をつけてこいと官兵衛は言っていたが……」
決着とは貴様の命を奪わねばつかぬものなのではないのか。
か細く、消えそうな声。
そして唇を噛みしめ、頭を振って。前髪を顔の周辺に広げて誰にも顔を見せないようにしてから、三成はこらえきれないように重苦しい息をもらす。
三成は自分を思ってくれている、だからこそ苦しまずにいられない。
半兵衛の策によって家康が動いたことがわかっていても、秀吉が死んだのがある意味彼の望みであったことを知っていても。三成は敬愛する主君を殺した家康を許すことができず、恋心と憎しみの狭間で煩悶し続ける。
その苦しみを家康に見せてくれれば、そしてぶつけてくれればいいのに三成はそうしようとはしないのだ。憎しみを飲み込み、家康への思いを無理に優先しようとして自分の心を痛めつけ続ける。
秀吉を殺した相手を愛する自分を呪い、死で全てを終わらせる。
以前の時間での三成はそんな最悪の選択を選んでしまったが、もうそんなことをさせるわけにはいかない。官兵衛も家康が三成の心を救うのを期待して、雑賀の郷で会うことができるようにしたのだろう。
二度と同じ事を繰り返すな。
多分大坂城に残っているであろう官兵衛からそう言われている様な気がして、家康はそっと気づかれぬように拳を握りしめた。官兵衛の信頼を裏切る気はない、そして三成をこのまま苦しませ続けるわけにもいかないのだ。
この郷にいる間に、三成とは何らかの決着をつける。
迷子になった子供のように、三成は顔を下に向けたままとぼとぼと歩き続けていた。様子が変わったことに気がついたのか、三成の周りを囲む男たちは目配せをし合いながらさりげなく三成の歩く先を誘導している。
家康に近づくように。
「…………少し離れろ」
「断る、儂はこのままがいい」
「では私が離れる」
「ならば儂は追いかけよう」
「駄目だ、許可しない。頭に帯を巻くような男を私は好まぬ」
「そんなことを言うな、これがなければ儂は禿げカラスと呼ばれてしまうのだ」
「禿げ?」
家康の耳の横で揺れる赤い帯の端が気になったのだろう、ほんのわずかだが顔を上げた三成に帯を緩めて額の生え際を見せてやる。孫一にはおもいっきり笑われ、忠勝は心配のあまり目を回して倒れかけたのだが。
石田三成は一瞬顔から表情を無くし、その後自分を囲む人の壁から抜け出て一気にこちらに近づいてきた。
「…………刀傷ではないな」
「ま、孫一の鉄砲の端がかすめたのだ」
「貴様の間合いで手傷を? そこまで腑抜けたというのか、秀吉様を討った男が」
「確かに、儂は不抜けてしまったな」
「笑うな!」
三成の細いがしっかりとした指が額の傷をさらりと撫でる。
その感触と指の冷たさに心臓の鼓動が一気に跳ね上がるが、触れたのはその一瞬だけ。三成はまた少し距離を置き、自分で乱した前髪を直しながら歩き始めた。
後ろで見守る男たちには見向きもせず、彼等の中に戻っていくこともない。
家康をは距離を開けながらも並んで進み、山の端に沈み始めた夕の輝きを浴びながら。口にするのは彼を待っている人間の話だった。
「刑部と官兵衛が大坂城で留守を守ってくれている。雑賀と長宗我部との話し合いは私でなければできないと官兵衛が言ったのだ……だから私が行くことにした。私が戻るころには秀頼様も歩けるようになっているかもしれない」
「会ったことはないのだが、可愛らしいのだろうな」
「秀頼様ほど聡明で利発で愛らしいお方はいない! 秀頼様も真田や第五天を気に入ってくれた……だが刑部の膝が一番好きらしい」
「第五天……?」
「信長の妹だ」
「お市殿は大坂城にいるのか!?」
素っ頓狂な声を上げてしまい三成に睨み付けられたが、それを聞いて驚くなという方がおかしい。
「刑部が道で拾ってきた」
「…………色々と言いたいことはあるが、そういうことにしておくとするか」
「少々手癖は悪いが、根は悪い女ではない。秀頼様の乳母をしたいと言ってきたので、城に置いてやることにした」
「三成はなんというか……おおらかすぎて素晴らしいな」
今日最後の光が三成と家康の影を大地に強く映し、時折交わらせる。
ただの街道だった道行きの周辺に畑が広がり始め、ぽつりぽつりと民家が見え始める。遠くで揺れる黒くて巨大な物体は、先程家康がぶつかって歪んだ物見櫓だろうか。
もう少しで三成とこうして話せる時間が終わってしまう。
孫一に会えば三成は彼女との会談を行うことになるだろうし、家康だって三河を長い間離れるわけにはいかない。だからできるだけ長く二人で話す時間を確保したいというのに。
どう言えば三成が受け入れてくれるのか、家康にはそれがわからなかった。
そしてそれは三成も同じだったらしい。
「妙なものだ、貴様にあったら私は誰に止められてもその場で貴様を斬滅するのではないかと思っていた……貴様に会えて嬉しいのに、貴様を殺すのではと案じていたのだ」
「儂は三成に何を伝えていいのかわからなくなった……まずは謝らなければならないはずなのに……儂は謝れない」
「何故だ」
「謝れば、儂の行ったことが無意味になる」
「そうか」
三成の声は短く鋭い刃のようであった。
覚悟なしに近づけば言葉だけで相手を殺してしまいそうなほどの強さと、強い憎悪。しかしそれを維持し続けるつもりはなかったのだろう。
すぐに表情を緩め、まるで自分を責めるかのように強く唇を噛むと。
「貴様のその怪我では、今は無理だな」
と、話を変えるかのように小さくそう呟いたのだった。
______________________________________________
ようやく来た感じで……疲れた。
BGM「亂世エロイカ」
PR
色々説明
拍手現在豊臣家転生パロ中学生編入ってます
(現在2本 家三 チカナリです)
注意事項
・フリーリンクじゃないです、基本的にはリンクはお断りしています
・ひっそりこっそりが信条なので、黙々と
・捏造、not公式のこばなしが多いので、スルー推奨
ラキドでは幹部全員を溺愛しておりますが、ベルナルドとイヴァンは特に偏愛。ばさらは家三とか奥州の愉快な仲間達と毛長がメインです。うずみさんが現在官三とか官佐にずっぽりとはまり中。
基本は、愛想のかけらもない「ネット怖い~」の書き手が二人で色々書いている場所です。
書いている人
みっし
・生真面目で堅物でムキムキな男性と一見そうじゃなくても根は真面目極まり ないキャラをこよなく愛している、がんかたうるふの片割れ。編み物とお菓子作りが趣味という、第三者曰く可愛らしい一面を持つ反面、パニクると踊ったり、オロオロしだして周囲は見ていて楽しいらしい。荒ぶる舞は、職場の名物だったりする……らしい。
イヴァンちゃんと片倉さんとシズちゃんとスカイハイさんと陛下を思いっきり愛している。好きなアニメは銀魂と最近はFate/zero。型月ファンというよりは元から虚淵ファンでうずみさんからオススメされまくった末にようやっと手を付けて完読した。ライダー組おいしいです。エクシリアではダントツで陛下が好き。陛下が使用可能になる完全版があるなら複数買いしても構わないとのたまう日々。バサラの好きキャラは片倉さん一強だったはずなのに最近はアニキも熱い。かっちり着込むキャラがすきだったはずなのにいきなり露出度が高いキャラを好きになったのは何故か悩む日々。二次元の向かう愛と同じぐらい甥っ子への愛を叫んでいる気がしてならない。
@3missiy3をフォロー
うずみ
・相方を愛しすぎている変な人。趣味は畑仕事に漬け物作り、好きな物は不幸属性の美人(男女問わず)。ばさらでは石田さんと黒田さんをこよなく愛していたり、赤い子めんこいにゃぁとたまに叫んでいる。ついったのフォローは下 のアイコンから。
@uzumi1250をフォロー
ばさら垢できました
こんな二人で、ここを更新しております。
ツイッターは基本鍵をかけていますが、フォロー申請してくださったらフォローさせていただきます。
カテゴリー
カウンター