こちらはサークル「がんかたうるふ」のうずみとみっしの二人組が、ラッキードッグ1とばさらのこばなしを黙々と投下する場所です。
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書き終わりました、赤い子です。
*****
その若武者の目を見た瞬間、最初に感じたのは嫌悪だった。
真っ直ぐに主君を思い、主のために力を振るう己の存在を誇りと思う。
それが秀吉を失う前の自分と同じだった故。
三成は彼から目をそらし、そして存在そのものを無視しようとした。
大阪城の謁見用の大広間は、無理に詰め込めば百人近くの人間が入ることができる。
だがこの時その場にいたのはたったの四人。この城の主であった秀吉が座る一団高い場所ではなく日当たりの良い隅に集まり、お茶と冬蜜柑を前に剣呑な話しを続けていた。
「つまり貴様は……家康と雌雄を決したいというのだな」
「そうでございます。お館様の代わりに甲斐を任された者として、このような考え方をしてはならない、それはわかっているのですが……」
「だが我々はまたとない友軍を得ることができる……そうよの、三成」
「家康を倒すのは私だ、貴様などいらぬ!」
「こりゃまた……噂通りの融通の利かない大将だね…………」
「ですが石田殿の剣技は凄まじいものでした! 某、これほどの剣の使い手と相対するのは上杉殿と政宗殿以来でございます!」
貴様に褒められても嬉しくなどない。
横で客人二人に気付かれないように睨み付けてくる大谷からも目をそらし、三成は苛立たしげに蜜柑の皮を剥いていく。冬の蜜柑は三成の好物の一つであり、食べる事を楽しみにしていたのだが彼らの来訪で一度お預けになってしまったのだ。
真田幸村。
病に倒れた武田信玄の代わりとして、今甲斐を治めている若武者である。槍を片手に従者であるという忍びと共に大阪城に力づくで突入してきたという報告を受けたときは、どんな馬鹿だと思ったが。
会話を交わしてみたら、予想を遙かに超えた馬鹿だった。
大阪城を本拠地とする豊臣の残党……いや今は石田軍と言った方がいいのだろう。そしてその石田軍と同盟を締結したい、だが弱き者と組むわけにはいかないので自分で確かめに来た。
どうすればそんな結論に達するのか、三成には未だにそれがわからない。
おまけに蜜柑を食べようとした瞬間に呼ばれることになり、大谷に内緒で窓の外に置いて冷やしていた蜜柑がすっかり暖かくなってしまっており。火鉢の側に置いておいた自分が悪いのはわかっているが、蜜柑は冷えていた方が確実に美味しいのだ。
かくして武田と豊臣、偉大な主君の代わりに軍を預かることになった若者二人は、刃を交え陣羽織を土埃と刀傷で汚すことで初対面を果たしたのであった。
三成に蜜柑の恨みを刻み込んで。
「三成はいつもこの調子なのでな……太閤殿の仇を討つことしか考えておらぬ」
「それだけ主君に熱き忠誠を誓っていたのですな! 是非ともこの幸村に、石田殿のお手伝いを!」
「ちょっと旦那……そんなに簡単に決めちゃっていいの?」
「某は……徳川殿に付き従うつもりはない」
後ろに控える従者だという忍びが背中をつつきながら助言するが、幸村の意志はもう固まっていたようだ。
幸村の来訪の数日前、上杉謙信が徳川軍と同盟を結んだという報せがきた。
上杉謙信が家康を甲斐の虎の後継者と認め、その後見的な役割を兼ねて徳川軍に協力するという情報は、あっという間にこの国中を駆け巡ったのであろう。今まで態度を決めかねていた他国の君主や地方の領主達が、こぞって徳川軍への協力へと方針を変えたのだ。
こちらとしては最悪の状況になるのだろうが、内心三成は安堵していた。
家康に味方が増える、それは彼の将来にとっていいことなのだ。まだ声明を出してはいないが、家康の親友であったはずの長宗我部元親も当然家康の味方につくはず。そうすればもしかしたら、戦わずして家康と和平を結ぶ事ができるかもしれない。
半兵衛の思惑を超えて。
家康は自分を殺す覚悟を決めている、そして自分は家康に殺される事を決意した。
そんな状態で争いを起こしても結果は決まり切っているのだ。口には出さないが三成の思いをわかっているであろう大谷は、自ら死に逝こうとしている大将を据えての戦をどう行っていくかを悩んでいるに違いない。
戦の勝敗は大将の首級をあげることで決する。
三成が死ぬことが確定している戦を行っても、何の利益もないのだが。それでも強大な軍を束ね、その暴力的な力を外へ無駄に解放しないために三成は演じ続けていた。
秀吉という強大な王を失い、今三成に見捨てられれば豊臣軍の残党は単なる暴徒になってしまう。凶王と呼ばれようが、力での無理矢理な統治を行おうが、彼らの力を無駄に野に放つよりはいい。
だから『その時』が来るまで凶王として有り続ける。
まあそれもあっさり官兵衛には見抜かれてしまった挙げ句、鍵の貸し出しを条件に奇妙な契約を結ぶことになってしまった訳なのだが。今はここにいない彼は、今頃きっと三成の部屋で暖まった蜜柑を食べている頃だろうか。
この頃やけに頭を撫でようとしたり、子供を可愛がるかのように体を寄せてくる官兵衛のうっとおしさを思い出しながら、三成は幸村の顔を見ないようにしながら言葉を続けた。
「家康が憎いのか?」
「憎いわけではございませぬ。ですが、謙信殿は徳川殿を虎の後継者だと申されました……そして某には足りぬものがあると。徳川殿の後を追っては、徳川殿と同じ物しか手に入りませぬ。それに……石田殿にお会いし、刃を交わして確信いたしました」
「…………何をだ?」
「石田殿は、優しいお方でございます」
澄んだ眼差しでしっかりと三成の顔を見つめ、そう言い切った幸村の声に後ろの忍びの大きな笑い声が重なった。床を叩く勢いで笑い出した忍をこの場で切り払ってやろうかと思ったが、横を見てみると大谷も声こそ出していないが包帯に覆われた顔を大きくしかめて笑いを堪えている有様。
忍びの頭に蜜柑を投げつけてやろうと思った時、笑いで息も絶え絶えと言った様子の忍びがぜいぜい言いながら主君へと忠告の言葉を口にした。
「旦那……それ一番言っちゃいけないお世辞…………」
「お世辞ではござらん。刃を交わせばその人の人となりがわかるとお館様も仰っておりました。石田殿の剣は真っ直ぐで歪みのない……それは美しいものでございました」
「三成の剣は確かに美しい……見た目と剣筋の美しさは太閤殿もよくお褒めくださっておったわ」
「大谷殿、それは違います。心根の美しい方でなければ、あのような剣を振るえませぬ。ですから某は石田殿と共に戦場を駆け抜けたいと思っております」
「……旦那……どこの求婚なの……それ……?」
「きゅ、求婚!? な、な、なんと破廉恥な!」
途端にわたわたと手を振り回しながら顔を赤らめた幸村を見ながら、大谷と三成は顔を見合わせる。互いに思った事は一緒だったらしく、言葉を交わすことなく互いに小さく頷き合う。
この男ならば、何があろうとも裏切ることはないだろう。
それならば味方として助力してもらった方がいい。
長年の付き合い故、表情を見れば今考えていることは読み取ることができる。ただしそれは大谷がそれを三成に見せる必要があると判断した時だけ。口元を大きく歪ませ、目を細めて。
大谷は三成が予想だにしなかった事を、口にしたのだった。
「では……我らの力を貸してもらうとしようか。ぬしと三成が旧知の友のように友誼を深めてくれさえすれば、我らに味方する者も増えるはずよ。安芸の毛利と四国の長宗我部……彼らはもう我らに助力するという文をこちらによこしてきておるのでな」
「………………………っ!」
「ちょ、長宗我部殿は確か徳川殿の……」
「徳川が道義に外れることを行ったので我らにつく……長宗我部はそう伝えてきおったわ」
大谷以外のこの場にいる人間全てが息を飲み、事態が大きく動いていることを理解する。
大阪より西、安芸と四国が徳川軍についてしまえば石田軍は西と東から挟み撃ちにされることになる。自らの領土の安全のみを考える安芸の毛利元就はよほどのことがなければどちらの軍につくという意思表示を行わないというのが衆目の予想であったし、長宗我部元親は家康の親友だ。厳しい戦いを強いられることは覚悟していたのだが、これでは逆にこちらが大幅に優勢になってしまう。
九州の各将の動きを見なければ最終的な判断はできないが、最終的な決戦が三河と大阪の間で行われるのなら、補給や軍の移動を考えると圧倒的に石田軍が有利となる。どれだけ東方の将達に協力を仰いだとしても、遠方からここまで軍を動かすには多大な費用がかかるのだ。
それだけの労力を費やしてでも家康に味方する領主がどれだけいるのか。
ちらりと見れば幸村は真剣な表情で何かを考えている様子。
これを聞いて同盟を組むのをやめると言い出す程愚かではないだろうが、彼には彼の事情があるのだろう。
「………………………」
かすかに動いた唇は、確実に誰かの名前を呼んでいた。
一人でいる時の三成と同じように。
「何度でも言うよ、俺様は反対」
それが、幼い頃からずっと仕えてくれている忍びの言葉だった。
真田幸村は自分が愛おしまれて育てられたことを、ちゃんと認識していた。
偉大なる君主である武田信玄、そして自分より年長の臣下たち。手厳しい腕力での指導も、辛らつな言葉も全て自分のため。
自分は皆に愛され、期待されている。
それがわかっていたからこそ努力をした、周囲に認められる存在になろうとした。己の全てを賭けてでも相まみえたいと思うことが出来る宿敵とも邂逅し、周囲のためではなく彼のために、そして自分のために強くなろうとした矢先に。
誰よりも敬愛する主君が倒れた。
慌ただしく変わる状況、そして主君の代わりに全てを託されたことに対する戸惑いと恐怖。
此度の豊臣との同盟に関して、反対するものは誰もいなかった。信玄が幸村の言葉を自分のものとして受け止めよ、そう言い残していたことも大きな理由だろうが、一番は上杉家だろう。長年宿敵とした戦い続けていた上杉が徳川についた、その事実と謙信が家康を虎の後継者と称したことが武田家内部に大きな反感を生んだのだった。
虎の後継者は自分たちが育ててきた幸村である、と。
そう思った家臣達が豊臣との同盟を反対するわけがない。
かくして幸村は家臣達に甲斐を任せ、最も信頼が置ける佐助のみを連れて大阪城へ赴いた訳なのだが。
「今の豊臣なんてろくな噂きかないのに……なんで旦那はわざわざ大変な方にいきたがるのかな。家臣の大量虐殺に、太閤さんの親戚皆殺し……探せばいくらでも出てくるよ。おまけにそれ全部あの石田の大将がやったんだから……」
「お前の言うことはわかる」
「だったら同盟は一応結んで、そのままこの戦を最後まで高みの見物といこうよ。俺様としてはそれが一番いい手だと思うんだけどね」
「一度結んだ約定を破るつもりはござらん。それに、某には気になることがあるのだ…………」
「気になること? ここの城下町の団子?」
「確かにあれは旨かった! だがそうではないのだ!」
「急に大きな声出さないでよ……」
大阪城に突入する前に食べた団子の味を思い出し、思わず声を荒げ手を振り回すと、隣で寝転がっていた佐助が耳を塞ぎながら文句を言ってきた。主君が背筋を正して正座をし、従者が畳の上に寝転がる。
主君を差し置いて寝転がる従者なんて普通いないらしいのだが、彼らの間ではこれが当たり前のこと。公私にわたって近しい関係である二人の間に、遠慮などというものは存在しないのだ。本来なら幸村も寝転がりたいところなのだが、今横になると昼寝したくなってしまうので堪えていた。寝ぼけた顔で自分を歓待する宴に出るわけにはいかないし、寝起きでは宴で出されるであろうご馳走の数々をあまり食べる事ができない。
寝所として与えられた大阪城の一室で夕刻からの歓迎の宴の始まりを待つ間、佐助と交わすのは今後についての話。
勿論盗み聞きをされていないことは、佐助が確認済みだ。
「某には……石田殿がそんなことを行うお方には見えなかった。何か理由があるのだと思うのだ」
「うちの人間がちゃんと見たんだけどね、あの大将が血まみれになりながら全部斬り殺していったのを」
「お前の配下を疑っているのではない。だが石田殿は……なんと言えばいいのかわからぬが……望んであの様なことをするようには見えぬのだ」
「太閤さんを殺されて怒っちゃってるんだから、それくらいやって当たり前じゃ……いや、その考え方じゃおかしいね。太閤さんを殺されたのに、更にその親戚まで皆殺し……? こういう時は真っ先に太閤さんを殺した徳川に切り込んでいくはずだよね……太閤さんの仇討ちだけしか考えていないのなら。後先考えずに動いているように見せて、何かをしようとしている可能性もあるわけだ……」
「佐助は鋭いな、某も今それを言おうとしていたのだ!」
「…………本当は考えてなかったよね…………?」
じとーっとした目線で寝ながらこちらを見つめる佐助の目線に耐えきれず、謝罪の言葉と共に素直に頷いてみせる。
「すまぬ」
「でも旦那の考え方は間違っていないかもしれないよ。あの大将は太閤さんの仇討ちと見せかけて何かをしようとして、そのために色々策を練って……はいないか。あの大将も旦那と同じであまり物考えなさそうだから」
「某はちゃんと色々と考えているぞ!」
「独眼竜の旦那のこととか?」
「ま、ま、ま、政宗殿!?」
独眼竜、その言葉で自分の中の何かが一気に揺らめき始めるのがわかる。
鋭い雷のような剣筋、若くして当主としての器の大きさと豪快さを兼ね備えるその人となり。蒼く美しい戦装束を纏った凛々しい立ち姿は、独眼の龍と呼ばれるのにふさわしく。
一度相まみえただけで、彼の存在全てが幸村の心を刺し貫いたのだ。
言葉を交わし、己の武器を撃ち合わせ。常に共にある誰よりも雄弁に幸村と語り合ってくれるただ一人の存在。
彼が徳川につくのなら、また戦うことになるのだろう。
彼が豊臣につくのなら、今度は轡を並べて味方として戦うのだ。
状況がどちらに転がるにしても、また戦場で彼に会うことが出来る。その時が楽しみである反面、幸村はちゃんとわかっていた。
戦が起これば政宗に会える、そんな思いを心の奥底に隠したまま武田家を戦に駆り立てている自分の浅ましさ、そして醜さを。病に倒れた信玄に託されているというのに、自分の私欲で国を滅ぼすかもしれない決断を行っている。だが今はそれを諫めてくれる信玄はいないし、佐助はあくまで従者であり自分が決めたことに助言はしてくれるが決定を覆すことをしようとはしない。
従者はそういう存在である、佐助はそれを理解してる。
それでも幼い頃より自分の面倒を見てきてくれた『兄』的な立場で、厳しい意見を言うことだけは忘れないのが佐助。
「独眼竜の旦那目当てで敵陣に突っ込んでいくことだけはやめてよね」
「佐助こそ……前田殿に会ったからといって寄り道をせぬようにしてくれ」
「一刻も早く帰ってこいとは言われてなかったからね」
以前道中で偶然出会ったという前田慶次と話し込み、幸村の元に帰ってきたのが数日後であった件について当て擦ると、途端に佐助の顔が必要以上の笑みに彩られた。
これ以上何も聞くな、そう言っているのだ。
普段は幸村のことを最優先に考えてくれる佐助であったが、何故か前田慶次が絡むと帰りが遅くなる事が多い。諸国を巡っている彼と接触することで多くの情報を持ち帰ってきてくれるのでそれに関しては助かっているのだが、佐助に依存している部分が大きい幸村にとって彼の不在は正直辛いのだ。
その前田慶次も今は上杉家に仕官しているので、彼と佐助を争わせることになってしまう可能性もある。それでも佐助は笑って、自分のために刃を向けるのだろう。
大切な人のために、大切な人を傷つける。
それだけは行わせたくない、できればこのまま豊臣と徳川の対立が戦を介さずに治まればいいのだが。政宗と戦場で力の限り戦いたい、その思い以上に佐助を前田慶次と戦わせたくないという思いが幸村の中に強く存在していた。
戦いたいが戦わせたくない。
そんな矛盾した思いは、呼気と共に後悔を含んだ小さな声を生む。
「佐助……某は……間違った道を選んだのだろうか」
「うちの旦那は独眼竜の旦那と喧嘩したいってだけで、戦に飛び込んでいくような馬鹿なんかじゃない。俺様のこともちゃんと心配してくれるしね…………食べ過ぎで倒れたりしなければもっといい旦那なんだけど」
「今日は気をつけるようにする」
「そうだね、ついでに俺様の給料も上げてくれるとありがたいかな……っと、そろそろ話は終わりにしようか」
「誰か……来るのか?」
「……女かな? あの歩き方から考えると、俺様達の話をこっそり聞こうって感じじゃないね。ま、でも一応用心はしておこうか」
急に身を起こし、周囲に気を配り始める佐助の様子を見て、幸村も傍らに置いてあった槍の位置を調整する。瞬時に手に取り、構えることが出来るような角度に置き直すと大きく息を吸い、ごく自然な風を装った。
佐助も幸村を敬うかのように一歩距離を置き、臣下として丁寧な言葉遣いで話しかけてくる。それに適当に相槌を打ち答えているうちに、幸村にもその足音が聞こえてきた。
寝転がっていたのは、足音を誰よりも早く察知するため。
その事実に気がつき、淀みなく会話を続けながら感心したように佐助を見つめると、
旦那相手だからできるんだよ
そんな二人だけに聞こえる小さな声で答えてくれた。
自分たちのような力関係が時折逆転する主従だからこそできることもある。丁寧に礼をしてから室内に入ってきた初老の下働きの女性が用意してくれた夜着と、入浴を勧める声に答えながら、幸村はもう一度佐助を見つめ。
女に気付かれぬように目礼した。
大阪城の半地下の部分にある浴場は、甲斐の城の物に比べてもかなりの大きさであった。
巨躯の持ち主であった秀吉が体を伸ばして入るために作ったそうなのだが、脱衣場だけでも小さな城の大広間程あるのだ。
それを見ただけで豊臣家の持っていた力と、財力を窺い知ることができる。
「風呂はもっと大きいのであろうな…………」
「旦那、ちゃんと前隠してっ! 行儀悪いよ!」
板張りの広い空間の隅には、木の枝で編まれた籠がいくつも積まれている。逆側の隅には先客がいるのか、衣類が入った籠が二つ。
「先に入っている人がいるみたいだから、静かにしてよね……旦那風呂に入るとはしゃぐから……」
「佐助だって水に潜るではないか!」
「…………俺様は仕事で潜ってるんだけど……旦那みたいに風呂で泳がないし。ほらほら、大きい声出すと中の人に聞こえるよ?」
「ところで佐助は本当に風呂に入らぬのか?」
「俺様も一緒に入って何かあったらどうするの。ただでさえこの城の中はくせ者だらけなんだから」
忍び装束を纏ったまま真顔で言い返してくる佐助の言葉に、幸村は今晩の就寝場所へ案内される前に出会った人物のことを思い出す。
「確かに。鉄球をつけ、自らを常に鍛え上げ続けている御仁がいるとは……この幸村、本当に感服させられた!」
「…………いや、それ絶対に違うから」
あきれ顔の佐助の冷静な突っ込みを聞きながら、幸村は首に手ぬぐいを巻き、前を一切隠すことなく風呂へと足を向ける。真新しい白木で作られた引き戸を力一杯開け、
「失礼いたします!」
と思いっきり下半身を露出したまま風呂へ足を一歩踏み出そうとして。
「………………………??????」
目の前に広がる光景に、ぎこちなく、だが顔に困惑を思いっきり刻み込んだままゆっくりいと首をかしげ始めた。心地よい木の香りと暖かい湯気が満ちるその場所に不似合いな物がいくつかあり、それがあまり物事に動じないはずの幸村ですら驚かせたのだった。
違和感故の驚き、そう言えばいいのだろうか。
まず最初に目についたのは、風呂場の真ん中にごろんと置かれた鉄球。風呂場に普通鉄球は置かないし、なにより鉄を風呂場に置き続けたらあっという間に錆びてしまう。いくら豊臣家が武を貴ぶとはいえ、風呂場にこんな物を置くほど愚かではないということくらいは幸村にもわかる。
そしてもう一つ。
鉄球から伸びた鎖の先に、思わず目を丸くするような光景が広がっていた。
「だ、旦那!? どうしたの…………って!!!」
幸村の投げ散らかした衣類を畳んで籠の中に納める作業を行っていた佐助も、幸村の驚愕に気がついたのか慌ててこちらに走ってきたのだが。彼も同じように大きく目を見開き、十数秒間たっぷりと間を置いた後。
「えっと……石田の大将…………? 何やってるの…………?」
と、あまりの驚きに口を開くことも出来なくなっていた幸村の代わりに質問してくれた。
普段は絶対に出さないであろう惚けた感じの佐助の声に答えたのは、現在の大阪城の主だった。
「風呂場に来て貴様は何を聞く? 見てわからんのか……主人も馬鹿なら忍びも馬鹿か」 辛辣極まりない声と言葉を発し、冷酷非情な凶王と呼ばれる存在は洗い場で手に糠袋を持持っていた。ごしごしと目の前の木製の椅子座る男の背中を真剣にこすりながら、時折苛立たしげに唇を噛むのはきっと。
目の前の背中を上手く綺麗に出来ないからなのであろう。
「背中を流しているのだが……それがどうした」
「…………あのな三成……こいつらが驚いてんのは、お前さんが真面目に小生の背中を流しているからでな…………」
「貴様の背中が汚すぎるのだ! 何度こすっても綺麗にならないではないか!」
「この手で風呂に入れると思うか?」
「………………それもそうだな」
「三成、それとな……お前さん大阪城では『凶王』を演じきるんじゃなかったのか?」
「………………………っっっ!!!」
背中を三成に向けている男の何気ない突っ込みに、裸でせっせと人の背中を綺麗にしようとしていた凶王石田三成の体も思いっきり硬直する。
石田三成は悪い人間ではない。
それが幸村が三成に抱いた第一印象だったのだが。
悪い人では無いどころか、実はすごくいい人なのでは。
自分と生きるか死ぬかの瀬戸際の戦いを押していた相手が、全ての狂気を捨てさった顔で大人しく他人の背中をこすっている。そんな様子を見ながらようやく驚きによって生み出された硬直から解放されつつあった幸村は、静かな声で自分の後ろにいるであろう佐助に話しかけた。
「…………佐助、人払いを頼む」
「石田の大将とじっくり話をしてみたい……そういうことだよね」
「ああ」
自分の中には多くの矛盾がある。
政宗との戦場での邂逅を望む心と、民の平和を望み戦を忌避する心。忍びとしての佐助を信頼し頼るくせに、辛い役割から解放してやりたい。どちらも求めるが故に、どちらも選ぶことができない愚かな自分と。
もしかして三成は近しい存在なのではないだろうか。
血にまみれた凶王という呼び名と、悪意や憎しみのかけらすら感じさせない今の姿の差異。
それををどこか嬉しく感じながら。
真田幸村は笑顔を作り、三成に向かって足を進め始めた。
______________________________________
大阪城にはお馬鹿さんしかいないのか……
あと慶佐になりつつあるのは、私が某様に「慶佐いいですよ! 書きましょう!」と言われたからですw 洗脳されると何でも書くのが私……
あと、川上とも子氏のご冥福をお祈り……さっき大泣きしたので素直にご冥福を祈れないです。私にとってはウテナでありアテナ先輩でありロゼットでありみすずちんであり……本当に大好きな声優さんでした。
BGM「太陽の花」 by 奥井雅美
真っ直ぐに主君を思い、主のために力を振るう己の存在を誇りと思う。
それが秀吉を失う前の自分と同じだった故。
三成は彼から目をそらし、そして存在そのものを無視しようとした。
大阪城の謁見用の大広間は、無理に詰め込めば百人近くの人間が入ることができる。
だがこの時その場にいたのはたったの四人。この城の主であった秀吉が座る一団高い場所ではなく日当たりの良い隅に集まり、お茶と冬蜜柑を前に剣呑な話しを続けていた。
「つまり貴様は……家康と雌雄を決したいというのだな」
「そうでございます。お館様の代わりに甲斐を任された者として、このような考え方をしてはならない、それはわかっているのですが……」
「だが我々はまたとない友軍を得ることができる……そうよの、三成」
「家康を倒すのは私だ、貴様などいらぬ!」
「こりゃまた……噂通りの融通の利かない大将だね…………」
「ですが石田殿の剣技は凄まじいものでした! 某、これほどの剣の使い手と相対するのは上杉殿と政宗殿以来でございます!」
貴様に褒められても嬉しくなどない。
横で客人二人に気付かれないように睨み付けてくる大谷からも目をそらし、三成は苛立たしげに蜜柑の皮を剥いていく。冬の蜜柑は三成の好物の一つであり、食べる事を楽しみにしていたのだが彼らの来訪で一度お預けになってしまったのだ。
真田幸村。
病に倒れた武田信玄の代わりとして、今甲斐を治めている若武者である。槍を片手に従者であるという忍びと共に大阪城に力づくで突入してきたという報告を受けたときは、どんな馬鹿だと思ったが。
会話を交わしてみたら、予想を遙かに超えた馬鹿だった。
大阪城を本拠地とする豊臣の残党……いや今は石田軍と言った方がいいのだろう。そしてその石田軍と同盟を締結したい、だが弱き者と組むわけにはいかないので自分で確かめに来た。
どうすればそんな結論に達するのか、三成には未だにそれがわからない。
おまけに蜜柑を食べようとした瞬間に呼ばれることになり、大谷に内緒で窓の外に置いて冷やしていた蜜柑がすっかり暖かくなってしまっており。火鉢の側に置いておいた自分が悪いのはわかっているが、蜜柑は冷えていた方が確実に美味しいのだ。
かくして武田と豊臣、偉大な主君の代わりに軍を預かることになった若者二人は、刃を交え陣羽織を土埃と刀傷で汚すことで初対面を果たしたのであった。
三成に蜜柑の恨みを刻み込んで。
「三成はいつもこの調子なのでな……太閤殿の仇を討つことしか考えておらぬ」
「それだけ主君に熱き忠誠を誓っていたのですな! 是非ともこの幸村に、石田殿のお手伝いを!」
「ちょっと旦那……そんなに簡単に決めちゃっていいの?」
「某は……徳川殿に付き従うつもりはない」
後ろに控える従者だという忍びが背中をつつきながら助言するが、幸村の意志はもう固まっていたようだ。
幸村の来訪の数日前、上杉謙信が徳川軍と同盟を結んだという報せがきた。
上杉謙信が家康を甲斐の虎の後継者と認め、その後見的な役割を兼ねて徳川軍に協力するという情報は、あっという間にこの国中を駆け巡ったのであろう。今まで態度を決めかねていた他国の君主や地方の領主達が、こぞって徳川軍への協力へと方針を変えたのだ。
こちらとしては最悪の状況になるのだろうが、内心三成は安堵していた。
家康に味方が増える、それは彼の将来にとっていいことなのだ。まだ声明を出してはいないが、家康の親友であったはずの長宗我部元親も当然家康の味方につくはず。そうすればもしかしたら、戦わずして家康と和平を結ぶ事ができるかもしれない。
半兵衛の思惑を超えて。
家康は自分を殺す覚悟を決めている、そして自分は家康に殺される事を決意した。
そんな状態で争いを起こしても結果は決まり切っているのだ。口には出さないが三成の思いをわかっているであろう大谷は、自ら死に逝こうとしている大将を据えての戦をどう行っていくかを悩んでいるに違いない。
戦の勝敗は大将の首級をあげることで決する。
三成が死ぬことが確定している戦を行っても、何の利益もないのだが。それでも強大な軍を束ね、その暴力的な力を外へ無駄に解放しないために三成は演じ続けていた。
秀吉という強大な王を失い、今三成に見捨てられれば豊臣軍の残党は単なる暴徒になってしまう。凶王と呼ばれようが、力での無理矢理な統治を行おうが、彼らの力を無駄に野に放つよりはいい。
だから『その時』が来るまで凶王として有り続ける。
まあそれもあっさり官兵衛には見抜かれてしまった挙げ句、鍵の貸し出しを条件に奇妙な契約を結ぶことになってしまった訳なのだが。今はここにいない彼は、今頃きっと三成の部屋で暖まった蜜柑を食べている頃だろうか。
この頃やけに頭を撫でようとしたり、子供を可愛がるかのように体を寄せてくる官兵衛のうっとおしさを思い出しながら、三成は幸村の顔を見ないようにしながら言葉を続けた。
「家康が憎いのか?」
「憎いわけではございませぬ。ですが、謙信殿は徳川殿を虎の後継者だと申されました……そして某には足りぬものがあると。徳川殿の後を追っては、徳川殿と同じ物しか手に入りませぬ。それに……石田殿にお会いし、刃を交わして確信いたしました」
「…………何をだ?」
「石田殿は、優しいお方でございます」
澄んだ眼差しでしっかりと三成の顔を見つめ、そう言い切った幸村の声に後ろの忍びの大きな笑い声が重なった。床を叩く勢いで笑い出した忍をこの場で切り払ってやろうかと思ったが、横を見てみると大谷も声こそ出していないが包帯に覆われた顔を大きくしかめて笑いを堪えている有様。
忍びの頭に蜜柑を投げつけてやろうと思った時、笑いで息も絶え絶えと言った様子の忍びがぜいぜい言いながら主君へと忠告の言葉を口にした。
「旦那……それ一番言っちゃいけないお世辞…………」
「お世辞ではござらん。刃を交わせばその人の人となりがわかるとお館様も仰っておりました。石田殿の剣は真っ直ぐで歪みのない……それは美しいものでございました」
「三成の剣は確かに美しい……見た目と剣筋の美しさは太閤殿もよくお褒めくださっておったわ」
「大谷殿、それは違います。心根の美しい方でなければ、あのような剣を振るえませぬ。ですから某は石田殿と共に戦場を駆け抜けたいと思っております」
「……旦那……どこの求婚なの……それ……?」
「きゅ、求婚!? な、な、なんと破廉恥な!」
途端にわたわたと手を振り回しながら顔を赤らめた幸村を見ながら、大谷と三成は顔を見合わせる。互いに思った事は一緒だったらしく、言葉を交わすことなく互いに小さく頷き合う。
この男ならば、何があろうとも裏切ることはないだろう。
それならば味方として助力してもらった方がいい。
長年の付き合い故、表情を見れば今考えていることは読み取ることができる。ただしそれは大谷がそれを三成に見せる必要があると判断した時だけ。口元を大きく歪ませ、目を細めて。
大谷は三成が予想だにしなかった事を、口にしたのだった。
「では……我らの力を貸してもらうとしようか。ぬしと三成が旧知の友のように友誼を深めてくれさえすれば、我らに味方する者も増えるはずよ。安芸の毛利と四国の長宗我部……彼らはもう我らに助力するという文をこちらによこしてきておるのでな」
「………………………っ!」
「ちょ、長宗我部殿は確か徳川殿の……」
「徳川が道義に外れることを行ったので我らにつく……長宗我部はそう伝えてきおったわ」
大谷以外のこの場にいる人間全てが息を飲み、事態が大きく動いていることを理解する。
大阪より西、安芸と四国が徳川軍についてしまえば石田軍は西と東から挟み撃ちにされることになる。自らの領土の安全のみを考える安芸の毛利元就はよほどのことがなければどちらの軍につくという意思表示を行わないというのが衆目の予想であったし、長宗我部元親は家康の親友だ。厳しい戦いを強いられることは覚悟していたのだが、これでは逆にこちらが大幅に優勢になってしまう。
九州の各将の動きを見なければ最終的な判断はできないが、最終的な決戦が三河と大阪の間で行われるのなら、補給や軍の移動を考えると圧倒的に石田軍が有利となる。どれだけ東方の将達に協力を仰いだとしても、遠方からここまで軍を動かすには多大な費用がかかるのだ。
それだけの労力を費やしてでも家康に味方する領主がどれだけいるのか。
ちらりと見れば幸村は真剣な表情で何かを考えている様子。
これを聞いて同盟を組むのをやめると言い出す程愚かではないだろうが、彼には彼の事情があるのだろう。
「………………………」
かすかに動いた唇は、確実に誰かの名前を呼んでいた。
一人でいる時の三成と同じように。
「何度でも言うよ、俺様は反対」
それが、幼い頃からずっと仕えてくれている忍びの言葉だった。
真田幸村は自分が愛おしまれて育てられたことを、ちゃんと認識していた。
偉大なる君主である武田信玄、そして自分より年長の臣下たち。手厳しい腕力での指導も、辛らつな言葉も全て自分のため。
自分は皆に愛され、期待されている。
それがわかっていたからこそ努力をした、周囲に認められる存在になろうとした。己の全てを賭けてでも相まみえたいと思うことが出来る宿敵とも邂逅し、周囲のためではなく彼のために、そして自分のために強くなろうとした矢先に。
誰よりも敬愛する主君が倒れた。
慌ただしく変わる状況、そして主君の代わりに全てを託されたことに対する戸惑いと恐怖。
此度の豊臣との同盟に関して、反対するものは誰もいなかった。信玄が幸村の言葉を自分のものとして受け止めよ、そう言い残していたことも大きな理由だろうが、一番は上杉家だろう。長年宿敵とした戦い続けていた上杉が徳川についた、その事実と謙信が家康を虎の後継者と称したことが武田家内部に大きな反感を生んだのだった。
虎の後継者は自分たちが育ててきた幸村である、と。
そう思った家臣達が豊臣との同盟を反対するわけがない。
かくして幸村は家臣達に甲斐を任せ、最も信頼が置ける佐助のみを連れて大阪城へ赴いた訳なのだが。
「今の豊臣なんてろくな噂きかないのに……なんで旦那はわざわざ大変な方にいきたがるのかな。家臣の大量虐殺に、太閤さんの親戚皆殺し……探せばいくらでも出てくるよ。おまけにそれ全部あの石田の大将がやったんだから……」
「お前の言うことはわかる」
「だったら同盟は一応結んで、そのままこの戦を最後まで高みの見物といこうよ。俺様としてはそれが一番いい手だと思うんだけどね」
「一度結んだ約定を破るつもりはござらん。それに、某には気になることがあるのだ…………」
「気になること? ここの城下町の団子?」
「確かにあれは旨かった! だがそうではないのだ!」
「急に大きな声出さないでよ……」
大阪城に突入する前に食べた団子の味を思い出し、思わず声を荒げ手を振り回すと、隣で寝転がっていた佐助が耳を塞ぎながら文句を言ってきた。主君が背筋を正して正座をし、従者が畳の上に寝転がる。
主君を差し置いて寝転がる従者なんて普通いないらしいのだが、彼らの間ではこれが当たり前のこと。公私にわたって近しい関係である二人の間に、遠慮などというものは存在しないのだ。本来なら幸村も寝転がりたいところなのだが、今横になると昼寝したくなってしまうので堪えていた。寝ぼけた顔で自分を歓待する宴に出るわけにはいかないし、寝起きでは宴で出されるであろうご馳走の数々をあまり食べる事ができない。
寝所として与えられた大阪城の一室で夕刻からの歓迎の宴の始まりを待つ間、佐助と交わすのは今後についての話。
勿論盗み聞きをされていないことは、佐助が確認済みだ。
「某には……石田殿がそんなことを行うお方には見えなかった。何か理由があるのだと思うのだ」
「うちの人間がちゃんと見たんだけどね、あの大将が血まみれになりながら全部斬り殺していったのを」
「お前の配下を疑っているのではない。だが石田殿は……なんと言えばいいのかわからぬが……望んであの様なことをするようには見えぬのだ」
「太閤さんを殺されて怒っちゃってるんだから、それくらいやって当たり前じゃ……いや、その考え方じゃおかしいね。太閤さんを殺されたのに、更にその親戚まで皆殺し……? こういう時は真っ先に太閤さんを殺した徳川に切り込んでいくはずだよね……太閤さんの仇討ちだけしか考えていないのなら。後先考えずに動いているように見せて、何かをしようとしている可能性もあるわけだ……」
「佐助は鋭いな、某も今それを言おうとしていたのだ!」
「…………本当は考えてなかったよね…………?」
じとーっとした目線で寝ながらこちらを見つめる佐助の目線に耐えきれず、謝罪の言葉と共に素直に頷いてみせる。
「すまぬ」
「でも旦那の考え方は間違っていないかもしれないよ。あの大将は太閤さんの仇討ちと見せかけて何かをしようとして、そのために色々策を練って……はいないか。あの大将も旦那と同じであまり物考えなさそうだから」
「某はちゃんと色々と考えているぞ!」
「独眼竜の旦那のこととか?」
「ま、ま、ま、政宗殿!?」
独眼竜、その言葉で自分の中の何かが一気に揺らめき始めるのがわかる。
鋭い雷のような剣筋、若くして当主としての器の大きさと豪快さを兼ね備えるその人となり。蒼く美しい戦装束を纏った凛々しい立ち姿は、独眼の龍と呼ばれるのにふさわしく。
一度相まみえただけで、彼の存在全てが幸村の心を刺し貫いたのだ。
言葉を交わし、己の武器を撃ち合わせ。常に共にある誰よりも雄弁に幸村と語り合ってくれるただ一人の存在。
彼が徳川につくのなら、また戦うことになるのだろう。
彼が豊臣につくのなら、今度は轡を並べて味方として戦うのだ。
状況がどちらに転がるにしても、また戦場で彼に会うことが出来る。その時が楽しみである反面、幸村はちゃんとわかっていた。
戦が起これば政宗に会える、そんな思いを心の奥底に隠したまま武田家を戦に駆り立てている自分の浅ましさ、そして醜さを。病に倒れた信玄に託されているというのに、自分の私欲で国を滅ぼすかもしれない決断を行っている。だが今はそれを諫めてくれる信玄はいないし、佐助はあくまで従者であり自分が決めたことに助言はしてくれるが決定を覆すことをしようとはしない。
従者はそういう存在である、佐助はそれを理解してる。
それでも幼い頃より自分の面倒を見てきてくれた『兄』的な立場で、厳しい意見を言うことだけは忘れないのが佐助。
「独眼竜の旦那目当てで敵陣に突っ込んでいくことだけはやめてよね」
「佐助こそ……前田殿に会ったからといって寄り道をせぬようにしてくれ」
「一刻も早く帰ってこいとは言われてなかったからね」
以前道中で偶然出会ったという前田慶次と話し込み、幸村の元に帰ってきたのが数日後であった件について当て擦ると、途端に佐助の顔が必要以上の笑みに彩られた。
これ以上何も聞くな、そう言っているのだ。
普段は幸村のことを最優先に考えてくれる佐助であったが、何故か前田慶次が絡むと帰りが遅くなる事が多い。諸国を巡っている彼と接触することで多くの情報を持ち帰ってきてくれるのでそれに関しては助かっているのだが、佐助に依存している部分が大きい幸村にとって彼の不在は正直辛いのだ。
その前田慶次も今は上杉家に仕官しているので、彼と佐助を争わせることになってしまう可能性もある。それでも佐助は笑って、自分のために刃を向けるのだろう。
大切な人のために、大切な人を傷つける。
それだけは行わせたくない、できればこのまま豊臣と徳川の対立が戦を介さずに治まればいいのだが。政宗と戦場で力の限り戦いたい、その思い以上に佐助を前田慶次と戦わせたくないという思いが幸村の中に強く存在していた。
戦いたいが戦わせたくない。
そんな矛盾した思いは、呼気と共に後悔を含んだ小さな声を生む。
「佐助……某は……間違った道を選んだのだろうか」
「うちの旦那は独眼竜の旦那と喧嘩したいってだけで、戦に飛び込んでいくような馬鹿なんかじゃない。俺様のこともちゃんと心配してくれるしね…………食べ過ぎで倒れたりしなければもっといい旦那なんだけど」
「今日は気をつけるようにする」
「そうだね、ついでに俺様の給料も上げてくれるとありがたいかな……っと、そろそろ話は終わりにしようか」
「誰か……来るのか?」
「……女かな? あの歩き方から考えると、俺様達の話をこっそり聞こうって感じじゃないね。ま、でも一応用心はしておこうか」
急に身を起こし、周囲に気を配り始める佐助の様子を見て、幸村も傍らに置いてあった槍の位置を調整する。瞬時に手に取り、構えることが出来るような角度に置き直すと大きく息を吸い、ごく自然な風を装った。
佐助も幸村を敬うかのように一歩距離を置き、臣下として丁寧な言葉遣いで話しかけてくる。それに適当に相槌を打ち答えているうちに、幸村にもその足音が聞こえてきた。
寝転がっていたのは、足音を誰よりも早く察知するため。
その事実に気がつき、淀みなく会話を続けながら感心したように佐助を見つめると、
旦那相手だからできるんだよ
そんな二人だけに聞こえる小さな声で答えてくれた。
自分たちのような力関係が時折逆転する主従だからこそできることもある。丁寧に礼をしてから室内に入ってきた初老の下働きの女性が用意してくれた夜着と、入浴を勧める声に答えながら、幸村はもう一度佐助を見つめ。
女に気付かれぬように目礼した。
大阪城の半地下の部分にある浴場は、甲斐の城の物に比べてもかなりの大きさであった。
巨躯の持ち主であった秀吉が体を伸ばして入るために作ったそうなのだが、脱衣場だけでも小さな城の大広間程あるのだ。
それを見ただけで豊臣家の持っていた力と、財力を窺い知ることができる。
「風呂はもっと大きいのであろうな…………」
「旦那、ちゃんと前隠してっ! 行儀悪いよ!」
板張りの広い空間の隅には、木の枝で編まれた籠がいくつも積まれている。逆側の隅には先客がいるのか、衣類が入った籠が二つ。
「先に入っている人がいるみたいだから、静かにしてよね……旦那風呂に入るとはしゃぐから……」
「佐助だって水に潜るではないか!」
「…………俺様は仕事で潜ってるんだけど……旦那みたいに風呂で泳がないし。ほらほら、大きい声出すと中の人に聞こえるよ?」
「ところで佐助は本当に風呂に入らぬのか?」
「俺様も一緒に入って何かあったらどうするの。ただでさえこの城の中はくせ者だらけなんだから」
忍び装束を纏ったまま真顔で言い返してくる佐助の言葉に、幸村は今晩の就寝場所へ案内される前に出会った人物のことを思い出す。
「確かに。鉄球をつけ、自らを常に鍛え上げ続けている御仁がいるとは……この幸村、本当に感服させられた!」
「…………いや、それ絶対に違うから」
あきれ顔の佐助の冷静な突っ込みを聞きながら、幸村は首に手ぬぐいを巻き、前を一切隠すことなく風呂へと足を向ける。真新しい白木で作られた引き戸を力一杯開け、
「失礼いたします!」
と思いっきり下半身を露出したまま風呂へ足を一歩踏み出そうとして。
「………………………??????」
目の前に広がる光景に、ぎこちなく、だが顔に困惑を思いっきり刻み込んだままゆっくりいと首をかしげ始めた。心地よい木の香りと暖かい湯気が満ちるその場所に不似合いな物がいくつかあり、それがあまり物事に動じないはずの幸村ですら驚かせたのだった。
違和感故の驚き、そう言えばいいのだろうか。
まず最初に目についたのは、風呂場の真ん中にごろんと置かれた鉄球。風呂場に普通鉄球は置かないし、なにより鉄を風呂場に置き続けたらあっという間に錆びてしまう。いくら豊臣家が武を貴ぶとはいえ、風呂場にこんな物を置くほど愚かではないということくらいは幸村にもわかる。
そしてもう一つ。
鉄球から伸びた鎖の先に、思わず目を丸くするような光景が広がっていた。
「だ、旦那!? どうしたの…………って!!!」
幸村の投げ散らかした衣類を畳んで籠の中に納める作業を行っていた佐助も、幸村の驚愕に気がついたのか慌ててこちらに走ってきたのだが。彼も同じように大きく目を見開き、十数秒間たっぷりと間を置いた後。
「えっと……石田の大将…………? 何やってるの…………?」
と、あまりの驚きに口を開くことも出来なくなっていた幸村の代わりに質問してくれた。
普段は絶対に出さないであろう惚けた感じの佐助の声に答えたのは、現在の大阪城の主だった。
「風呂場に来て貴様は何を聞く? 見てわからんのか……主人も馬鹿なら忍びも馬鹿か」 辛辣極まりない声と言葉を発し、冷酷非情な凶王と呼ばれる存在は洗い場で手に糠袋を持持っていた。ごしごしと目の前の木製の椅子座る男の背中を真剣にこすりながら、時折苛立たしげに唇を噛むのはきっと。
目の前の背中を上手く綺麗に出来ないからなのであろう。
「背中を流しているのだが……それがどうした」
「…………あのな三成……こいつらが驚いてんのは、お前さんが真面目に小生の背中を流しているからでな…………」
「貴様の背中が汚すぎるのだ! 何度こすっても綺麗にならないではないか!」
「この手で風呂に入れると思うか?」
「………………それもそうだな」
「三成、それとな……お前さん大阪城では『凶王』を演じきるんじゃなかったのか?」
「………………………っっっ!!!」
背中を三成に向けている男の何気ない突っ込みに、裸でせっせと人の背中を綺麗にしようとしていた凶王石田三成の体も思いっきり硬直する。
石田三成は悪い人間ではない。
それが幸村が三成に抱いた第一印象だったのだが。
悪い人では無いどころか、実はすごくいい人なのでは。
自分と生きるか死ぬかの瀬戸際の戦いを押していた相手が、全ての狂気を捨てさった顔で大人しく他人の背中をこすっている。そんな様子を見ながらようやく驚きによって生み出された硬直から解放されつつあった幸村は、静かな声で自分の後ろにいるであろう佐助に話しかけた。
「…………佐助、人払いを頼む」
「石田の大将とじっくり話をしてみたい……そういうことだよね」
「ああ」
自分の中には多くの矛盾がある。
政宗との戦場での邂逅を望む心と、民の平和を望み戦を忌避する心。忍びとしての佐助を信頼し頼るくせに、辛い役割から解放してやりたい。どちらも求めるが故に、どちらも選ぶことができない愚かな自分と。
もしかして三成は近しい存在なのではないだろうか。
血にまみれた凶王という呼び名と、悪意や憎しみのかけらすら感じさせない今の姿の差異。
それををどこか嬉しく感じながら。
真田幸村は笑顔を作り、三成に向かって足を進め始めた。
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大阪城にはお馬鹿さんしかいないのか……
あと慶佐になりつつあるのは、私が某様に「慶佐いいですよ! 書きましょう!」と言われたからですw 洗脳されると何でも書くのが私……
あと、川上とも子氏のご冥福をお祈り……さっき大泣きしたので素直にご冥福を祈れないです。私にとってはウテナでありアテナ先輩でありロゼットでありみすずちんであり……本当に大好きな声優さんでした。
BGM「太陽の花」 by 奥井雅美
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色々説明
拍手現在豊臣家転生パロ中学生編入ってます
(現在2本 家三 チカナリです)
注意事項
・フリーリンクじゃないです、基本的にはリンクはお断りしています
・ひっそりこっそりが信条なので、黙々と
・捏造、not公式のこばなしが多いので、スルー推奨
ラキドでは幹部全員を溺愛しておりますが、ベルナルドとイヴァンは特に偏愛。ばさらは家三とか奥州の愉快な仲間達と毛長がメインです。うずみさんが現在官三とか官佐にずっぽりとはまり中。
基本は、愛想のかけらもない「ネット怖い~」の書き手が二人で色々書いている場所です。
書いている人
みっし
・生真面目で堅物でムキムキな男性と一見そうじゃなくても根は真面目極まり ないキャラをこよなく愛している、がんかたうるふの片割れ。編み物とお菓子作りが趣味という、第三者曰く可愛らしい一面を持つ反面、パニクると踊ったり、オロオロしだして周囲は見ていて楽しいらしい。荒ぶる舞は、職場の名物だったりする……らしい。
イヴァンちゃんと片倉さんとシズちゃんとスカイハイさんと陛下を思いっきり愛している。好きなアニメは銀魂と最近はFate/zero。型月ファンというよりは元から虚淵ファンでうずみさんからオススメされまくった末にようやっと手を付けて完読した。ライダー組おいしいです。エクシリアではダントツで陛下が好き。陛下が使用可能になる完全版があるなら複数買いしても構わないとのたまう日々。バサラの好きキャラは片倉さん一強だったはずなのに最近はアニキも熱い。かっちり着込むキャラがすきだったはずなのにいきなり露出度が高いキャラを好きになったのは何故か悩む日々。二次元の向かう愛と同じぐらい甥っ子への愛を叫んでいる気がしてならない。
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