こちらはサークル「がんかたうるふ」のうずみとみっしの二人組が、ラッキードッグ1とばさらのこばなしを黙々と投下する場所です。
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畑仕事で忙しくて、ようやく完成。
ようやくハーブとか植えたよ!
あとついったでVシネ家三パロとか、犬日々のパロとかでずっと遊んでいました……真面目に続き書きます、ごめんなさい……でも犬日々パロは面白かった……犬耳ツンデレ姫……ときめく……
ようやくハーブとか植えたよ!
あとついったでVシネ家三パロとか、犬日々のパロとかでずっと遊んでいました……真面目に続き書きます、ごめんなさい……でも犬日々パロは面白かった……犬耳ツンデレ姫……ときめく……
*****
近づいた冬の厳しい寒さに負けるかのように、全ての葉を落とした庭の木々。
この木々を前に見たのは、竹中半兵衛が死す直前のことだった。
締め切った部屋の中で日の光を浴びることを拒んでいた半兵衛の姿。それを思い出しながら、家康は目の前に置かれた茶をすすり、合間に木皿に置かれた綺麗な形の干菓子を口に入れる。
あの時とは違い襖が開け放たれており、外の風も光も入り込んでくる室内。
差し込む初冬の光を存分に浴び、暖まると同時に首筋にひんやりとした風を感じながら、家康は自分と向かい合う男に声をかけた。足を崩している家康とは正反対に、きちりと膝を揃え背をしっかりと伸ばし。
包帯に覆われた顔を笑みで歪めながら、大谷善継は家康から目をそらそうとはしなかった。
「ぬしが太閤殿を討ったことについては……半兵衛殿が生きておれば、さぞ喜んだであろうな」
「儂は誰かに喜んでもらうために秀吉を討ったわけではない」
「だがぬしは半兵衛殿望みのままに動いておるではないか」
「…………儂を呼んだのは、それを言うためだけではないのだろう?」
「そうであった。久々にぬしの顔を見て、我も浮かれていたらしい」
指先までをくすんだ色の包帯に包み、にやっと笑う大谷から家康は目をそらす。
昔はここまで歪んだ男ではなかったのだ。半兵衛の死が彼を変えたのか、それとも彼を縛り付けた枷が失われたのか。
戦乱を、苦しみを、そして不幸を望む。
今まで家康が見てきた彼の生は嘘だったのか。そう問いたくなる程に、大谷の全ては汚らしく濁り、狂い始めていた。人の不幸を無上の喜びとする今の大谷が、家康との再会の喜びなどで浮かれるわけがない。
あざ笑っているのだ、踊らされている家康を。
半兵衛の一見甘言に見える毒のような策を受け入れ、苦しみながら踊り続けるしかない家康の哀れさは、今の大谷にとってはこれ以上ない見せ物だろう。だが家康は半兵衛の策に乗る、そう決断した時一つのことを決めていた。
最後まで彼の望むがままに踊ってやろう、だが最後の最後で逆らってやる、と。
同じく半兵衛に縛り上げられた、たった一人の大切な人……三成を守り、天下を手に入れるためにも。今ここで半兵衛の遺志に背き、三成の身を危険にさらすことだけはできない。
ある意味、三成を人質に取られているようなものなのだから。
だからこそ家康は大谷に本心を晒さないようにする。笑顔で彼に接し、自分は半兵衛の望みのままに動いていると見せかける。
「儂は浮かれる気分にはなれぬがな……半兵衛の頼みであり、そうしなければならなかったとはいえ……いい気分ではないぞ」
「ぬしの望む天下に近づいたというのに、もっと喜ぶがいい」
「そう簡単に刑部……お前と三成は儂に天下を与えてはくれぬだろう?」
「当たり前よ、天下を取るのはぬしか三成か………次に会う時は敵同士よ」
「そういえば三成はどうしたんだ?」
一番気にかかっていた、三成の行方。
大谷を脅しても聞きたいという気持ちを押し殺し、できるかぎりさりげなく聞いたつもりであったが彼は全てを見通していたようだ。
包帯の隙間から見える引き攣れ変色した口元の肌がひくつくように動き、そこから漏れたのは低い笑い声。
「太閤殿を殺したぬしには会いたくないそうだ」
「そうか……儂は三成に会いたかったのだが。次はいつ会えるかわからぬからな」
「もう友として会うことはない、だというのに三成に会うことを望むか」
「儂の思いは変わらぬ、三成は何があろうとも儂の友だ」
「三成がそう思っておらぬのを知っていても……か?」
くぐもった笑いが、部屋の中を蹂躙していく。
三成に最後に会ったのは、秀吉を討った直後だった。主君の亡骸を抱き起こし、一瞬だけ幼子のように顔を歪めた後、三成は自分への憎しみを言葉と共に吐き出した。その勢いに押されたのと、このままここにいれば豊臣軍の残党が自分を取り囲むことを察してその場を後にすることにしたのだが。家康の中には三成に対する疑惑が、わずかだか生まれ始めていた。
秀吉が討たれることも、その後家康と殺し合うことも三成は素直に受け入れた。
死を受け入れ、これから冥府へ旅立つ者特有の血の気を失った顔で半兵衛はそう家康に伝えてきた。三成が覚悟を決めたのだから、君も覚悟を決めなさい。そう言った半兵衛の顔は悲しみに彩られているだけではなく、軍師として自分の策がどこまで世を動かすことができるか。
そのために手腕を振るう喜びに満ちていた。
彼の狂気の入り交じった哀願と己の内に眠る野望故に全てを受け入れ、その上で三成すら救ってみせようと決めたというのに。
三成の目に満ちていたのは、家康への限りない憎悪だった。
最初から三成も秀吉があそこで討たれることは知っていたはずなのだ。だというのに演技や腹芸などを何よりも苦手としている彼が、あそこまで真に迫った声で家康を呪った。
あれを演技だと信じたい、周囲に悟られぬ為に三成も戦っているのだ。
そう思いたい、思わなければならない。
だが三成が自分を憎んでいるとすれば、そして自分を本気で殺そうと思っているのならば。
その時、彼とどう対峙すればいいのだろう。
三成が自分に会いたくない、その一言で大きく揺れる自分の心。
どちらも手に入れて救ってみせる。そう誓ったはずだというのに簡単に揺らいでしまう事に悲しみを感じながら、わずかな風に揺れる湯飲みの中の水面を見つめた。
日の光は優しく暖かい、だがこの室内を流れる剣呑な空気を消すことはできなかった。
「どうした家康?」
「三成には儂が会いたがっていたと伝えてくれ! そうだ、停戦の話だったな!」
「互いに戦力を整えねばならぬ……ぬしも声をかけたい相手がいるのであろう?」
「元親は事情を話せば儂の味方になってくれる、他にも話をしてみたい者がたくさんいるのだ。今までは争うばかりだったが、これを機会に話し合いで全てが解決するようになれば、きっと戦など起こらぬのだろうな」
「我らも豊臣の軍をまとめ直さねばならぬ。こざかしいことばかり口にする豊臣の馬鹿どもは片付けたが、それだけではすまぬのでな。大きくなった軍というのは、扱いに困るものよ」
「殺したのだったな……全て三成が………」
「あの氷雨の中、血の華が幾重にも咲く様……ぬしにもみせてやりたかったわ」
秀吉の親族は全て三成が斬った、らしい。
苛烈ともいえる手段と力による粛正で軍をまとめ上げ、家康への憎しみを公言する三成。そんな彼に大谷はとても満足しているのか、三成を褒め称える言葉は更に続く。
「徳川との和平を求める者も全て三成の刃にかかりおったわ……愉快極まりない光景であった。凶つの王……そう呼び膝を折る者も増えた……」
「それでは駄目だ、絆を壊してしまっては……っ!」
「ぬしと我らのやり方は違う」
「だがっ!」
「しばらく見ぬうちに坊主に弟子入りでもしたか? 説法が上手くなった事よ……」
自分と戦う舞台に上がるために、三成は人と人の絆を命を奪うことで壊していく。
そんな三成を許してはいけない、止めなければいけない。わかってはいるのだが、今の家康には三成にそれを伝える術がなかった。
会うことができないばかりか、彼の居場所すらわからないのだ。
三成を見かけたという情報を知り、急いでそこに出向いてみれば広がるのは血のほとんどを大地に吸わせた白蝋のような屍の山。どうすれば三成に自分の思いを伝えられるのか、彼と以前のように話せるようになるのか。
わからぬまま家康は進み続ける、『その時』を迎えるために。
「互いに落ちつかねば、進む話も進まぬ」
血に汚れていく三成を思い、声を荒げた家康を落ちつかせたのは大谷の冷ややかな声であった。先程から一度も茶に口を付けず、姿勢を崩すこともなく。家康を弄ぶかのように声音を変え、そして翻弄する。
それが楽しくて仕方がない、そう言いたげに時折肩が震える。
「……そうだったな………儂としては、田植えの時期までは兵を動かしたくはない」
「だがそれでは兵の士気を保てぬ、我としては田植え前に戦端を開きたい」
「民のことは考えぬということか?」
「ではこうしてはどうだ? 決着を付けるのは米の刈り入れが終わってから……それまでの間は互いに軍を動かすのは控える。民に優しいぬしのために、そこまでは譲歩してやるとするか」
「それまでは互いに他の軍に声をかけ、協力を仰ぐ期間とするということだな。そうしてくれると三河だけではなく他の国の民も助かる」
「ぬしには苦労をかけているのだ……これくらいは当たり前よ」
全く感謝などしていない、退廃した甘さすら感じさせる声で大谷は嘯く。
それにしても、と家康は思う。
三成に殺戮を行わせ、戦を望む大谷の目的は何なのか、と。
この世の全ての不幸を望む、そんな願い故に大きな戦を起こせる人間などいるわけがない。周りの者の幸せを望み、己も幸せになるために生きる。
それが家康の知る、人間という存在のあるべき姿。
大谷にだって幸せになりたいという思いはあるだろう、身内が不幸になることを望むわけがない。彼にとって三成は昔からの付き合いだ、周囲を呪っていたとしても友である三成を不幸にするような行動をとるわけがない。だというのに、何故なのだろう彼から感じる恐怖にも近い違和感は。
「刑部………もう一度だけ伝えておく。三成に……儂が会いたがっていたと伝えてくれ」
頼む。
哀願に近い声に、返ってきたのはざらざらとした笑い。
「伝えてやろう……三成が何を思うかは、我にもわからぬがな」
肌は腐り、引き攣れている大谷だったが、歯だけは美男と呼ばれていた昔を思い起こす美しさを保っていた。その歯を見せながら、家康の不幸を喜ぶかのように体を震わせ笑い続ける大谷を。
そして彼から感じる、死に近づいている者が纏う特有の雰囲気に触れ。
家康はこの部屋が、半兵衛が没した場所であることに気がついた。
外は冷え切っているが心地よい秋の風が楽しげに舞っているのだろうが、この部屋にはその恩恵は全く感じられなかった。冬に近づきつつある事を教えてくれる鋭い陽光は部屋にわずかも入り込むことはなく、じっとりとした空気が人の動きでのみかき回される。
その動く人間も自分だけという状況に、黒田官兵衛は重苦しいため息をついた。
「……ったく、小生の運のなさもここまで来たか…………」
両手首に噛みつく手かせ、そして尻尾のようにそこから伸びる鉄球。
それらが官兵衛を縛り上げるようになったのは、竹中半兵衛が死んですぐのことだった。官兵衛に翻意有り。そんな噂があっという間に軍内を駆け巡り、官兵衛本人がその事に気がついたときには大谷吉継の手によって枷を嵌められ、穴蔵の中に監禁されることになってしまった。
そして再び大谷の手によって穴蔵から出されるまで、それはもう様々な事を考えた。
死ぬ前に半兵衛が自分の事を言い含めておいた、そして死した彼の思惑通りに大谷は動いている。死者が生者を走らせるのはよくある話だが、半兵衛の死後大谷吉継は大きく変貌を遂げた。
死者の思いを遂げるために動く者特有のひたむきさは持たず。
本人の内にある何らかの目的を、半兵衛の遺志に乗せて動いている。
そして三成はきっと、彼らにとって都合のいい人形でしかないのだろう。
人々の畏れも憎しみも全て三成に受け止めさせ、影で謀略を仕掛けることを楽しんでいるとしか思えない大谷の態度には苛つかされるが。
腕にこの枷を嵌められている以上、逆らえるわけがない。
からくり技術の粋を集めて作られたらしいこの枷は、一見木製に見えるが中には鉄が使われており。鍵がなければ決して開けることができないし、無理にこじ開けようとすれば官兵衛の両手首を切り落とす機能までついている。
自分の両手と自由。
どちらも欲しいが両手がなければ今後の人生はかなり寂しいものになるだろう。
それに官兵衛には大谷の手から鍵を奪い取るついでに、一つやっておきたいこともあった。
「…………いつも小生に面倒をかけさせるな………お前さんは………」
官兵衛以外にこの部屋にもう一人。
白磁の様に滑らかな頬を赤く染め、布団の中でわずかに動くこともなく。ただ息だけを荒げて閉じた目と睫を時折振るわせる。
今や豊臣軍の主となった男、石田三成が熱にうなされながら横たわっていた。
寒風の中の行軍が悪かったのか、豊臣軍を自分たちの物にしようとした秀吉の親族の首を切り落とした時に浴びた霙雨が悪かったのか。熱を出して伏せってしまった三成を、大谷は半兵衛が死んだこの館へと連れてきて静養させていた。
確かにここならば人目につかないし、半兵衛が病で死んだこともあり近づこうとする人間もいない。だが敬愛する恩師が死んだ場所で静養させるのはいささか酷ではないだろうか。
控えめにそう助言した官兵衛に与えられた役割は、三成の看病であった。
秀吉の死後休み無く動いていたのだ、疲れも相当溜まっていただろう。そしてあの骨の髄まで凍り付くような雨の中、彼は敬愛する主君の親族を全て斬り殺した。
秀吉のためならば幾重の屍を築き上げてきた三成でも、殺す必要のない人間を討つことに躊躇しないわけがないというのに。半兵衛が与えた役割を一切弱音を吐かずに演じ続ける三成が休むことができるのが病に倒れたときだけというのは、どんな皮肉なのだろうか。
あの馬鹿は三成をどうしようとしている。
じゃらりと鎖を鳴らしながら、わずかに動く手首を器用に使い三成の枕元にある桶の中にある手ぬぐいを絞って彼の額に乗せる。先に乗せてあった手ぬぐいを無造作に桶の中に放り込むと、桶の中で泳いでいた透明な氷が上に乗った布の重みでわずかに沈んだ。
そしてそれに呼応するかのように、三成の瞼が開き色素の薄い瞳がぼうっと辺りを見回す。
「………………………」
「起きたか」
「…………今日は……家康が……来るのだったな……」
「今来ているみたいだな。刑部の奴が相手しているが……多分開戦はいつにするかの話し合いだろうよ」
「…………そうか」
戦場を離れると、三成は借りてきた余所の子のようにおとなしくなる。
狂気に近い忠誠に支配されていた目からは毒気が抜け、秀吉を褒め称える言葉を発していた唇からはほとんど言葉が生まれなくなり。豊臣の家臣たちの中でも一番自己主張が少ない将として、軍議でも墨で皆の言葉を聞いているだけだった。
勿論秀吉の悪口を言う者には容赦なく襲いかかってはいたのだが。
戦での鬼神のような働きぶりと、憑き物が落ちたと揶揄される程の普段の物静かな態度。その落差と時折見せる放っておけない子供のような生き方に、半兵衛が死ぬ前は時折世話を焼いてやっていた。自分の着物や装飾品に気を遣わない彼のために着物をあつらえてやったり、一人でこつこつと修復している神社を勝手に直したこともあった。あの時は激昂した三成に散々怒鳴りつけられたのだが、死ぬまで時間をかけても終わらなかったような膨大な作業であることは三成本人もわかっていたらしい。
不本意だが礼を言ってやる。
後ほどそう言いながら官兵衛の配下の兵たちへ酒を持ってきた時には、これも大人になったものだと感心したが。
今目の前で横になっているのは、頼るべき存在全てを失った哀れな子供にしか見えなかった。
「…………官兵衛」
「なんだ?」
「家康は……まだいるのか……」
枕から頭を上げることもできず、苦鳴の呼吸で喉を震わせながら三成は小さな声で官兵衛に問うてくる。
主君を殺した相手、だが三成にとってまだ彼は『友』なのだろう。
その証拠に、彼の名を呼ぶときだけわずかに表情が和む。ずっと彼の名を呼んでいたいのか、彼の名を空気に解き放って消してしまうのすら惜しいのか。
躊躇うように、慈しむように。
そっとその名を口にするのだ。
三成にとって初めての豊臣軍外の友人だ、大切なのはわかる。しかし神のように崇めていた秀吉を殺した相手を、このように愛しげに呼ぶだろうか。
この枷を外すために動くにしても、静観するにしても情報が足りない。
半兵衛が死しても後ろで糸を引いているのはわかっている、だが彼が何を目指しているのかはまだわからない。このような状況で無駄に動くよりは、まずは大谷に従いながら情報を集める方が先決だ。そう決めて今ここでこうしているわけだが、もしかしてこれはとんでもない好機なのではないだろうか。
大谷の邪魔が無く、三成から本心を聞き出すことが、今ならできる。
必要以上に用心深く、なかなか人に心を開かない三成に真相を話させるのは簡単なことではないだろう。だが官兵衛だって豊臣軍に二兵衛ありと言われた男だ。
熱に浮かされ、心細げにしている相手の心を開かせる。
そんな簡単なことをできないわけがない。
「まだいるんだろうよ……どうした、あいつに会いたいのか?」
「…………あ、会いたいわけがないだろう……家康は……秀吉様を殺したのだ。私の手で討たねば……」
「その復讐ってやつをお前さんが決めたのなら、小生も真面目に手伝ってやるんだがな」
「どういう意味だ?」
「お前さんが本気で家康を殺したいと思っているようには見えん、なにか理由があるんじゃないのか?」
まずは核心を突き、相手を狼狽させる。
たとえそれが完全な正解ではなくとも、予想外のことを言われると人は狼狽するものだ。その隙を突いて相手の心を自在に操っていく、それは軍師として当たり前に身につけておくべき話術ではあったが。
腹芸のできない三成には、効き過ぎてしまったのかもしれない。
「………………………」
天井を見つめていた顔を傾け、官兵衛から顔をそらし。
ぎゅっと唇を噛みしめ、これ以上何も語るものかという思いを全身で表現したまま目を閉じてしまった。眠ったのでもう話しかけるなということにしたいらしいが、あまりにも演技が下手すぎる。
官兵衛の笑いを誘う程に。
唐突に大きな笑い声を上げ始めた官兵衛に、寝たふりをしようとしていた三成の目がわずかに開かれる。何がそんなにおかしいのか、そう言いたげに横目で官兵衛の顔を見ようとするが顔を背けてしまっているのでなかなかうまくいかないらしい。
結局寝たふりを諦め、熱のためにわずかに潤んだ瞳を顔ごと官兵衛の方へと向けてきた。
「何が可笑しいのだ」
「いや、お前さんは相変わらずガキだと思ってな」
「私は子供ではない! 何度言えばわかるのだ……私は…………」
「秀吉様のお役に立っている、だろ?」
「そうだ」
「そこいらのガキだって親の畑仕事くらいは手伝えるんだよ。お前さんのやってることはそれとそんなに変わらん……人の言われるままに動いて何が楽しい? お前さんにだって望みはあるだろうに、ただ命じられたままに動く……小生はそれが可笑しくて笑ってるんだよ」
それは自分が一番わかっているんだろう?
笑みを深め、目を細めたまま目線で三成を射貫く。
長い前髪から透けて見える目線は、三成の心を大きく揺さぶることに成功しただろうか。手ぬぐいの重みで緩やかな波紋を生み出す氷、そして薄暗い室内に荒く響く三成の呼吸。
その中で消え入りそうな、だが深い悲しみを称えた三成の声が官兵衛の耳に届いたのは少し時間をおいた後のことであった。
「…………貴様に……何がわかる……」
「わからんから聞くんだ。小生はこれでもお前さんをまあ……少しは可愛がってやっていたつもりだったんでな。お前さんから助けて欲しいと言ってくれば、手を貸してやらんでもない」
「かわりに要求するのだろう……その枷の鍵を」
「そりゃそうだ。小生は対等な関係を築きたいんでな、お前さんと」
「私が助けを求めているように見えるのか…………?」
「少なくとも、刑部の奴に言えん『何か』あるってことはわかる。あいつには言ってやりたいことがある……この枷を外してからでしか言えん事なんだがな」
枷を付け官兵衛を縛り上げたつもりなのだろうが、心まであの男に屈したつもりはない。
これからも官兵衛を使い様々な事をさせるつもりらしいし、それが軍略として正しいことなら協力してやってもいいと思っている。
実際今日の家康との協議が終わった後、官兵衛は四国へ行くことになっていた。
家康が最初に協力を求めるであろう親友、長宗我部元親の動向を探り必要があるならば二人の友好関係を割く。強大な海軍を持っている長宗我部軍が徳川につけば戦況は一気に不利になる、それを見越して先に手を打つのは悪いことではない。
だがそのために大谷がどんな手段を使うのか、それだけはまだわからなかった。
どんな汚い手を使ってでも自分を勝利に導くのが軍師の役割、だが大谷のやり方はそれとは違う気がするのだ。だからこそ枷を外し、大谷を一発殴ってからあの男に言ってやりたいのだ。
言わなければならない、言葉を。
「貴様の言い分はわかった……」
「そうか、それじゃあお前さんの言い分ってやつを聞かせてもらおうか」
「私の……言い分……?」
「俺は言いたいことを言った、俺が望むこともわかっただろう? なら次はお前さんの番だ」
「………………………」
「小生にできることを言え、叶えられることは叶えてやるさ。その代わりに小生が欲しいものはわかるだろう?」
「……………鍵、か」
肯定の声を出す代わりに大きく頷いてやると、薄暗く狭い世界の中に小さく花が咲いた。
笑顔という名の、か細く小さい花が。
家康と友にいる時以外ほとんど笑うことの無かった三成だったが、官兵衛は何度か彼の笑顔を見る機会に恵まれている。淡く色づく花のように、優しく、そして柔らかく笑うのだ。
儚げすぎて、すぐに消えてしまう弱く可憐な花のように。
「……久しぶりに見たな、その顔」
「…………官兵衛……貴様は信用できるのか……?」
「小生を信じるかはお前さん次第だ。だが言えることが一つだけある」
「なんだ、それは?」
「刑部の奴に一泡吹かせてやりたい、それだけは神に誓っても本当だ」
両腕を戒める枷を持ち上げ、にかっと笑ってやる。
三成の目に映っているのは官兵衛を縛り上げる形のある鎖。そして三成自身は、形のない鎖に縛られ続けているのだろう。
互いに束縛され、動けなくなっている。
その事実を目で見ることで理解した三成は小さく息を飲み、まだ笑みの残滓が残る表情でじいっと官兵衛を見据え。
「官兵衛……私は…………私を…………」
三成が己の望みを己の言葉で伝えようとした刹那。
遠くから響いてきたその音が、官兵衛を呪っている『不運』の到来を告げた。
さすがに室内では輿に乗らずに歩いて移動するので、彼の足音は非常にばらつきがあった。常に両足に力を込めることができず、壁や柱に体を預け。時には引きずり、次の瞬間には体重を無理に支えようとして床に強く足を打ち付け。
近づいてくる、三成を縛り付ける音が。
「……三成、目を覚ましたか」
「刑部……すまなかったな……家康との会談を………」
「なに、ぬしが同席するまでもない」
薄闇に覆われていた部屋に、大谷の到来と共に光が差す。
だがそれに照らされた三成の顔にはもうなんの表情も残っておらず。何かを官兵衛に告げようとした、その事実すら忘れてしまったかのように冷たい目線で周囲を睥睨していた。
凶王の名が現すがままに。
後もう少しで三成の心を開かせることができたのに。
その悔しさを心の内に隠し、自分はちゃんと三成の面倒を見ていたということを氷のかなり溶けた桶を大谷が見ることができるように自分の体をずらしながら。
黒田官兵衛は、再度自分につきまとう不運を呪った。
_______________________________________
ということで、官兵衛さんの不運と家三のすれ違いはもう少し(かなり?)だけ続きます。
その2で初冬は終わり、次は「大雪の刻~幸村~」になる予定です。実は初冬じゃなくて立冬だったんですが……間違えたのは私です、本にまとめるとしたらその時には直しますので、今はこのままで。
そして大雪を溶かす甲斐の赤くて暑苦しい虎が早く登場してくれないと、私も三成さんも精神が持ちませんw
BGM「SILENT NIGHT」 by BUKU-TIKU
この木々を前に見たのは、竹中半兵衛が死す直前のことだった。
締め切った部屋の中で日の光を浴びることを拒んでいた半兵衛の姿。それを思い出しながら、家康は目の前に置かれた茶をすすり、合間に木皿に置かれた綺麗な形の干菓子を口に入れる。
あの時とは違い襖が開け放たれており、外の風も光も入り込んでくる室内。
差し込む初冬の光を存分に浴び、暖まると同時に首筋にひんやりとした風を感じながら、家康は自分と向かい合う男に声をかけた。足を崩している家康とは正反対に、きちりと膝を揃え背をしっかりと伸ばし。
包帯に覆われた顔を笑みで歪めながら、大谷善継は家康から目をそらそうとはしなかった。
「ぬしが太閤殿を討ったことについては……半兵衛殿が生きておれば、さぞ喜んだであろうな」
「儂は誰かに喜んでもらうために秀吉を討ったわけではない」
「だがぬしは半兵衛殿望みのままに動いておるではないか」
「…………儂を呼んだのは、それを言うためだけではないのだろう?」
「そうであった。久々にぬしの顔を見て、我も浮かれていたらしい」
指先までをくすんだ色の包帯に包み、にやっと笑う大谷から家康は目をそらす。
昔はここまで歪んだ男ではなかったのだ。半兵衛の死が彼を変えたのか、それとも彼を縛り付けた枷が失われたのか。
戦乱を、苦しみを、そして不幸を望む。
今まで家康が見てきた彼の生は嘘だったのか。そう問いたくなる程に、大谷の全ては汚らしく濁り、狂い始めていた。人の不幸を無上の喜びとする今の大谷が、家康との再会の喜びなどで浮かれるわけがない。
あざ笑っているのだ、踊らされている家康を。
半兵衛の一見甘言に見える毒のような策を受け入れ、苦しみながら踊り続けるしかない家康の哀れさは、今の大谷にとってはこれ以上ない見せ物だろう。だが家康は半兵衛の策に乗る、そう決断した時一つのことを決めていた。
最後まで彼の望むがままに踊ってやろう、だが最後の最後で逆らってやる、と。
同じく半兵衛に縛り上げられた、たった一人の大切な人……三成を守り、天下を手に入れるためにも。今ここで半兵衛の遺志に背き、三成の身を危険にさらすことだけはできない。
ある意味、三成を人質に取られているようなものなのだから。
だからこそ家康は大谷に本心を晒さないようにする。笑顔で彼に接し、自分は半兵衛の望みのままに動いていると見せかける。
「儂は浮かれる気分にはなれぬがな……半兵衛の頼みであり、そうしなければならなかったとはいえ……いい気分ではないぞ」
「ぬしの望む天下に近づいたというのに、もっと喜ぶがいい」
「そう簡単に刑部……お前と三成は儂に天下を与えてはくれぬだろう?」
「当たり前よ、天下を取るのはぬしか三成か………次に会う時は敵同士よ」
「そういえば三成はどうしたんだ?」
一番気にかかっていた、三成の行方。
大谷を脅しても聞きたいという気持ちを押し殺し、できるかぎりさりげなく聞いたつもりであったが彼は全てを見通していたようだ。
包帯の隙間から見える引き攣れ変色した口元の肌がひくつくように動き、そこから漏れたのは低い笑い声。
「太閤殿を殺したぬしには会いたくないそうだ」
「そうか……儂は三成に会いたかったのだが。次はいつ会えるかわからぬからな」
「もう友として会うことはない、だというのに三成に会うことを望むか」
「儂の思いは変わらぬ、三成は何があろうとも儂の友だ」
「三成がそう思っておらぬのを知っていても……か?」
くぐもった笑いが、部屋の中を蹂躙していく。
三成に最後に会ったのは、秀吉を討った直後だった。主君の亡骸を抱き起こし、一瞬だけ幼子のように顔を歪めた後、三成は自分への憎しみを言葉と共に吐き出した。その勢いに押されたのと、このままここにいれば豊臣軍の残党が自分を取り囲むことを察してその場を後にすることにしたのだが。家康の中には三成に対する疑惑が、わずかだか生まれ始めていた。
秀吉が討たれることも、その後家康と殺し合うことも三成は素直に受け入れた。
死を受け入れ、これから冥府へ旅立つ者特有の血の気を失った顔で半兵衛はそう家康に伝えてきた。三成が覚悟を決めたのだから、君も覚悟を決めなさい。そう言った半兵衛の顔は悲しみに彩られているだけではなく、軍師として自分の策がどこまで世を動かすことができるか。
そのために手腕を振るう喜びに満ちていた。
彼の狂気の入り交じった哀願と己の内に眠る野望故に全てを受け入れ、その上で三成すら救ってみせようと決めたというのに。
三成の目に満ちていたのは、家康への限りない憎悪だった。
最初から三成も秀吉があそこで討たれることは知っていたはずなのだ。だというのに演技や腹芸などを何よりも苦手としている彼が、あそこまで真に迫った声で家康を呪った。
あれを演技だと信じたい、周囲に悟られぬ為に三成も戦っているのだ。
そう思いたい、思わなければならない。
だが三成が自分を憎んでいるとすれば、そして自分を本気で殺そうと思っているのならば。
その時、彼とどう対峙すればいいのだろう。
三成が自分に会いたくない、その一言で大きく揺れる自分の心。
どちらも手に入れて救ってみせる。そう誓ったはずだというのに簡単に揺らいでしまう事に悲しみを感じながら、わずかな風に揺れる湯飲みの中の水面を見つめた。
日の光は優しく暖かい、だがこの室内を流れる剣呑な空気を消すことはできなかった。
「どうした家康?」
「三成には儂が会いたがっていたと伝えてくれ! そうだ、停戦の話だったな!」
「互いに戦力を整えねばならぬ……ぬしも声をかけたい相手がいるのであろう?」
「元親は事情を話せば儂の味方になってくれる、他にも話をしてみたい者がたくさんいるのだ。今までは争うばかりだったが、これを機会に話し合いで全てが解決するようになれば、きっと戦など起こらぬのだろうな」
「我らも豊臣の軍をまとめ直さねばならぬ。こざかしいことばかり口にする豊臣の馬鹿どもは片付けたが、それだけではすまぬのでな。大きくなった軍というのは、扱いに困るものよ」
「殺したのだったな……全て三成が………」
「あの氷雨の中、血の華が幾重にも咲く様……ぬしにもみせてやりたかったわ」
秀吉の親族は全て三成が斬った、らしい。
苛烈ともいえる手段と力による粛正で軍をまとめ上げ、家康への憎しみを公言する三成。そんな彼に大谷はとても満足しているのか、三成を褒め称える言葉は更に続く。
「徳川との和平を求める者も全て三成の刃にかかりおったわ……愉快極まりない光景であった。凶つの王……そう呼び膝を折る者も増えた……」
「それでは駄目だ、絆を壊してしまっては……っ!」
「ぬしと我らのやり方は違う」
「だがっ!」
「しばらく見ぬうちに坊主に弟子入りでもしたか? 説法が上手くなった事よ……」
自分と戦う舞台に上がるために、三成は人と人の絆を命を奪うことで壊していく。
そんな三成を許してはいけない、止めなければいけない。わかってはいるのだが、今の家康には三成にそれを伝える術がなかった。
会うことができないばかりか、彼の居場所すらわからないのだ。
三成を見かけたという情報を知り、急いでそこに出向いてみれば広がるのは血のほとんどを大地に吸わせた白蝋のような屍の山。どうすれば三成に自分の思いを伝えられるのか、彼と以前のように話せるようになるのか。
わからぬまま家康は進み続ける、『その時』を迎えるために。
「互いに落ちつかねば、進む話も進まぬ」
血に汚れていく三成を思い、声を荒げた家康を落ちつかせたのは大谷の冷ややかな声であった。先程から一度も茶に口を付けず、姿勢を崩すこともなく。家康を弄ぶかのように声音を変え、そして翻弄する。
それが楽しくて仕方がない、そう言いたげに時折肩が震える。
「……そうだったな………儂としては、田植えの時期までは兵を動かしたくはない」
「だがそれでは兵の士気を保てぬ、我としては田植え前に戦端を開きたい」
「民のことは考えぬということか?」
「ではこうしてはどうだ? 決着を付けるのは米の刈り入れが終わってから……それまでの間は互いに軍を動かすのは控える。民に優しいぬしのために、そこまでは譲歩してやるとするか」
「それまでは互いに他の軍に声をかけ、協力を仰ぐ期間とするということだな。そうしてくれると三河だけではなく他の国の民も助かる」
「ぬしには苦労をかけているのだ……これくらいは当たり前よ」
全く感謝などしていない、退廃した甘さすら感じさせる声で大谷は嘯く。
それにしても、と家康は思う。
三成に殺戮を行わせ、戦を望む大谷の目的は何なのか、と。
この世の全ての不幸を望む、そんな願い故に大きな戦を起こせる人間などいるわけがない。周りの者の幸せを望み、己も幸せになるために生きる。
それが家康の知る、人間という存在のあるべき姿。
大谷にだって幸せになりたいという思いはあるだろう、身内が不幸になることを望むわけがない。彼にとって三成は昔からの付き合いだ、周囲を呪っていたとしても友である三成を不幸にするような行動をとるわけがない。だというのに、何故なのだろう彼から感じる恐怖にも近い違和感は。
「刑部………もう一度だけ伝えておく。三成に……儂が会いたがっていたと伝えてくれ」
頼む。
哀願に近い声に、返ってきたのはざらざらとした笑い。
「伝えてやろう……三成が何を思うかは、我にもわからぬがな」
肌は腐り、引き攣れている大谷だったが、歯だけは美男と呼ばれていた昔を思い起こす美しさを保っていた。その歯を見せながら、家康の不幸を喜ぶかのように体を震わせ笑い続ける大谷を。
そして彼から感じる、死に近づいている者が纏う特有の雰囲気に触れ。
家康はこの部屋が、半兵衛が没した場所であることに気がついた。
外は冷え切っているが心地よい秋の風が楽しげに舞っているのだろうが、この部屋にはその恩恵は全く感じられなかった。冬に近づきつつある事を教えてくれる鋭い陽光は部屋にわずかも入り込むことはなく、じっとりとした空気が人の動きでのみかき回される。
その動く人間も自分だけという状況に、黒田官兵衛は重苦しいため息をついた。
「……ったく、小生の運のなさもここまで来たか…………」
両手首に噛みつく手かせ、そして尻尾のようにそこから伸びる鉄球。
それらが官兵衛を縛り上げるようになったのは、竹中半兵衛が死んですぐのことだった。官兵衛に翻意有り。そんな噂があっという間に軍内を駆け巡り、官兵衛本人がその事に気がついたときには大谷吉継の手によって枷を嵌められ、穴蔵の中に監禁されることになってしまった。
そして再び大谷の手によって穴蔵から出されるまで、それはもう様々な事を考えた。
死ぬ前に半兵衛が自分の事を言い含めておいた、そして死した彼の思惑通りに大谷は動いている。死者が生者を走らせるのはよくある話だが、半兵衛の死後大谷吉継は大きく変貌を遂げた。
死者の思いを遂げるために動く者特有のひたむきさは持たず。
本人の内にある何らかの目的を、半兵衛の遺志に乗せて動いている。
そして三成はきっと、彼らにとって都合のいい人形でしかないのだろう。
人々の畏れも憎しみも全て三成に受け止めさせ、影で謀略を仕掛けることを楽しんでいるとしか思えない大谷の態度には苛つかされるが。
腕にこの枷を嵌められている以上、逆らえるわけがない。
からくり技術の粋を集めて作られたらしいこの枷は、一見木製に見えるが中には鉄が使われており。鍵がなければ決して開けることができないし、無理にこじ開けようとすれば官兵衛の両手首を切り落とす機能までついている。
自分の両手と自由。
どちらも欲しいが両手がなければ今後の人生はかなり寂しいものになるだろう。
それに官兵衛には大谷の手から鍵を奪い取るついでに、一つやっておきたいこともあった。
「…………いつも小生に面倒をかけさせるな………お前さんは………」
官兵衛以外にこの部屋にもう一人。
白磁の様に滑らかな頬を赤く染め、布団の中でわずかに動くこともなく。ただ息だけを荒げて閉じた目と睫を時折振るわせる。
今や豊臣軍の主となった男、石田三成が熱にうなされながら横たわっていた。
寒風の中の行軍が悪かったのか、豊臣軍を自分たちの物にしようとした秀吉の親族の首を切り落とした時に浴びた霙雨が悪かったのか。熱を出して伏せってしまった三成を、大谷は半兵衛が死んだこの館へと連れてきて静養させていた。
確かにここならば人目につかないし、半兵衛が病で死んだこともあり近づこうとする人間もいない。だが敬愛する恩師が死んだ場所で静養させるのはいささか酷ではないだろうか。
控えめにそう助言した官兵衛に与えられた役割は、三成の看病であった。
秀吉の死後休み無く動いていたのだ、疲れも相当溜まっていただろう。そしてあの骨の髄まで凍り付くような雨の中、彼は敬愛する主君の親族を全て斬り殺した。
秀吉のためならば幾重の屍を築き上げてきた三成でも、殺す必要のない人間を討つことに躊躇しないわけがないというのに。半兵衛が与えた役割を一切弱音を吐かずに演じ続ける三成が休むことができるのが病に倒れたときだけというのは、どんな皮肉なのだろうか。
あの馬鹿は三成をどうしようとしている。
じゃらりと鎖を鳴らしながら、わずかに動く手首を器用に使い三成の枕元にある桶の中にある手ぬぐいを絞って彼の額に乗せる。先に乗せてあった手ぬぐいを無造作に桶の中に放り込むと、桶の中で泳いでいた透明な氷が上に乗った布の重みでわずかに沈んだ。
そしてそれに呼応するかのように、三成の瞼が開き色素の薄い瞳がぼうっと辺りを見回す。
「………………………」
「起きたか」
「…………今日は……家康が……来るのだったな……」
「今来ているみたいだな。刑部の奴が相手しているが……多分開戦はいつにするかの話し合いだろうよ」
「…………そうか」
戦場を離れると、三成は借りてきた余所の子のようにおとなしくなる。
狂気に近い忠誠に支配されていた目からは毒気が抜け、秀吉を褒め称える言葉を発していた唇からはほとんど言葉が生まれなくなり。豊臣の家臣たちの中でも一番自己主張が少ない将として、軍議でも墨で皆の言葉を聞いているだけだった。
勿論秀吉の悪口を言う者には容赦なく襲いかかってはいたのだが。
戦での鬼神のような働きぶりと、憑き物が落ちたと揶揄される程の普段の物静かな態度。その落差と時折見せる放っておけない子供のような生き方に、半兵衛が死ぬ前は時折世話を焼いてやっていた。自分の着物や装飾品に気を遣わない彼のために着物をあつらえてやったり、一人でこつこつと修復している神社を勝手に直したこともあった。あの時は激昂した三成に散々怒鳴りつけられたのだが、死ぬまで時間をかけても終わらなかったような膨大な作業であることは三成本人もわかっていたらしい。
不本意だが礼を言ってやる。
後ほどそう言いながら官兵衛の配下の兵たちへ酒を持ってきた時には、これも大人になったものだと感心したが。
今目の前で横になっているのは、頼るべき存在全てを失った哀れな子供にしか見えなかった。
「…………官兵衛」
「なんだ?」
「家康は……まだいるのか……」
枕から頭を上げることもできず、苦鳴の呼吸で喉を震わせながら三成は小さな声で官兵衛に問うてくる。
主君を殺した相手、だが三成にとってまだ彼は『友』なのだろう。
その証拠に、彼の名を呼ぶときだけわずかに表情が和む。ずっと彼の名を呼んでいたいのか、彼の名を空気に解き放って消してしまうのすら惜しいのか。
躊躇うように、慈しむように。
そっとその名を口にするのだ。
三成にとって初めての豊臣軍外の友人だ、大切なのはわかる。しかし神のように崇めていた秀吉を殺した相手を、このように愛しげに呼ぶだろうか。
この枷を外すために動くにしても、静観するにしても情報が足りない。
半兵衛が死しても後ろで糸を引いているのはわかっている、だが彼が何を目指しているのかはまだわからない。このような状況で無駄に動くよりは、まずは大谷に従いながら情報を集める方が先決だ。そう決めて今ここでこうしているわけだが、もしかしてこれはとんでもない好機なのではないだろうか。
大谷の邪魔が無く、三成から本心を聞き出すことが、今ならできる。
必要以上に用心深く、なかなか人に心を開かない三成に真相を話させるのは簡単なことではないだろう。だが官兵衛だって豊臣軍に二兵衛ありと言われた男だ。
熱に浮かされ、心細げにしている相手の心を開かせる。
そんな簡単なことをできないわけがない。
「まだいるんだろうよ……どうした、あいつに会いたいのか?」
「…………あ、会いたいわけがないだろう……家康は……秀吉様を殺したのだ。私の手で討たねば……」
「その復讐ってやつをお前さんが決めたのなら、小生も真面目に手伝ってやるんだがな」
「どういう意味だ?」
「お前さんが本気で家康を殺したいと思っているようには見えん、なにか理由があるんじゃないのか?」
まずは核心を突き、相手を狼狽させる。
たとえそれが完全な正解ではなくとも、予想外のことを言われると人は狼狽するものだ。その隙を突いて相手の心を自在に操っていく、それは軍師として当たり前に身につけておくべき話術ではあったが。
腹芸のできない三成には、効き過ぎてしまったのかもしれない。
「………………………」
天井を見つめていた顔を傾け、官兵衛から顔をそらし。
ぎゅっと唇を噛みしめ、これ以上何も語るものかという思いを全身で表現したまま目を閉じてしまった。眠ったのでもう話しかけるなということにしたいらしいが、あまりにも演技が下手すぎる。
官兵衛の笑いを誘う程に。
唐突に大きな笑い声を上げ始めた官兵衛に、寝たふりをしようとしていた三成の目がわずかに開かれる。何がそんなにおかしいのか、そう言いたげに横目で官兵衛の顔を見ようとするが顔を背けてしまっているのでなかなかうまくいかないらしい。
結局寝たふりを諦め、熱のためにわずかに潤んだ瞳を顔ごと官兵衛の方へと向けてきた。
「何が可笑しいのだ」
「いや、お前さんは相変わらずガキだと思ってな」
「私は子供ではない! 何度言えばわかるのだ……私は…………」
「秀吉様のお役に立っている、だろ?」
「そうだ」
「そこいらのガキだって親の畑仕事くらいは手伝えるんだよ。お前さんのやってることはそれとそんなに変わらん……人の言われるままに動いて何が楽しい? お前さんにだって望みはあるだろうに、ただ命じられたままに動く……小生はそれが可笑しくて笑ってるんだよ」
それは自分が一番わかっているんだろう?
笑みを深め、目を細めたまま目線で三成を射貫く。
長い前髪から透けて見える目線は、三成の心を大きく揺さぶることに成功しただろうか。手ぬぐいの重みで緩やかな波紋を生み出す氷、そして薄暗い室内に荒く響く三成の呼吸。
その中で消え入りそうな、だが深い悲しみを称えた三成の声が官兵衛の耳に届いたのは少し時間をおいた後のことであった。
「…………貴様に……何がわかる……」
「わからんから聞くんだ。小生はこれでもお前さんをまあ……少しは可愛がってやっていたつもりだったんでな。お前さんから助けて欲しいと言ってくれば、手を貸してやらんでもない」
「かわりに要求するのだろう……その枷の鍵を」
「そりゃそうだ。小生は対等な関係を築きたいんでな、お前さんと」
「私が助けを求めているように見えるのか…………?」
「少なくとも、刑部の奴に言えん『何か』あるってことはわかる。あいつには言ってやりたいことがある……この枷を外してからでしか言えん事なんだがな」
枷を付け官兵衛を縛り上げたつもりなのだろうが、心まであの男に屈したつもりはない。
これからも官兵衛を使い様々な事をさせるつもりらしいし、それが軍略として正しいことなら協力してやってもいいと思っている。
実際今日の家康との協議が終わった後、官兵衛は四国へ行くことになっていた。
家康が最初に協力を求めるであろう親友、長宗我部元親の動向を探り必要があるならば二人の友好関係を割く。強大な海軍を持っている長宗我部軍が徳川につけば戦況は一気に不利になる、それを見越して先に手を打つのは悪いことではない。
だがそのために大谷がどんな手段を使うのか、それだけはまだわからなかった。
どんな汚い手を使ってでも自分を勝利に導くのが軍師の役割、だが大谷のやり方はそれとは違う気がするのだ。だからこそ枷を外し、大谷を一発殴ってからあの男に言ってやりたいのだ。
言わなければならない、言葉を。
「貴様の言い分はわかった……」
「そうか、それじゃあお前さんの言い分ってやつを聞かせてもらおうか」
「私の……言い分……?」
「俺は言いたいことを言った、俺が望むこともわかっただろう? なら次はお前さんの番だ」
「………………………」
「小生にできることを言え、叶えられることは叶えてやるさ。その代わりに小生が欲しいものはわかるだろう?」
「……………鍵、か」
肯定の声を出す代わりに大きく頷いてやると、薄暗く狭い世界の中に小さく花が咲いた。
笑顔という名の、か細く小さい花が。
家康と友にいる時以外ほとんど笑うことの無かった三成だったが、官兵衛は何度か彼の笑顔を見る機会に恵まれている。淡く色づく花のように、優しく、そして柔らかく笑うのだ。
儚げすぎて、すぐに消えてしまう弱く可憐な花のように。
「……久しぶりに見たな、その顔」
「…………官兵衛……貴様は信用できるのか……?」
「小生を信じるかはお前さん次第だ。だが言えることが一つだけある」
「なんだ、それは?」
「刑部の奴に一泡吹かせてやりたい、それだけは神に誓っても本当だ」
両腕を戒める枷を持ち上げ、にかっと笑ってやる。
三成の目に映っているのは官兵衛を縛り上げる形のある鎖。そして三成自身は、形のない鎖に縛られ続けているのだろう。
互いに束縛され、動けなくなっている。
その事実を目で見ることで理解した三成は小さく息を飲み、まだ笑みの残滓が残る表情でじいっと官兵衛を見据え。
「官兵衛……私は…………私を…………」
三成が己の望みを己の言葉で伝えようとした刹那。
遠くから響いてきたその音が、官兵衛を呪っている『不運』の到来を告げた。
さすがに室内では輿に乗らずに歩いて移動するので、彼の足音は非常にばらつきがあった。常に両足に力を込めることができず、壁や柱に体を預け。時には引きずり、次の瞬間には体重を無理に支えようとして床に強く足を打ち付け。
近づいてくる、三成を縛り付ける音が。
「……三成、目を覚ましたか」
「刑部……すまなかったな……家康との会談を………」
「なに、ぬしが同席するまでもない」
薄闇に覆われていた部屋に、大谷の到来と共に光が差す。
だがそれに照らされた三成の顔にはもうなんの表情も残っておらず。何かを官兵衛に告げようとした、その事実すら忘れてしまったかのように冷たい目線で周囲を睥睨していた。
凶王の名が現すがままに。
後もう少しで三成の心を開かせることができたのに。
その悔しさを心の内に隠し、自分はちゃんと三成の面倒を見ていたということを氷のかなり溶けた桶を大谷が見ることができるように自分の体をずらしながら。
黒田官兵衛は、再度自分につきまとう不運を呪った。
_______________________________________
ということで、官兵衛さんの不運と家三のすれ違いはもう少し(かなり?)だけ続きます。
その2で初冬は終わり、次は「大雪の刻~幸村~」になる予定です。実は初冬じゃなくて立冬だったんですが……間違えたのは私です、本にまとめるとしたらその時には直しますので、今はこのままで。
そして大雪を溶かす甲斐の赤くて暑苦しい虎が早く登場してくれないと、私も三成さんも精神が持ちませんw
BGM「SILENT NIGHT」 by BUKU-TIKU
PR
色々説明
拍手現在豊臣家転生パロ中学生編入ってます
(現在2本 家三 チカナリです)
注意事項
・フリーリンクじゃないです、基本的にはリンクはお断りしています
・ひっそりこっそりが信条なので、黙々と
・捏造、not公式のこばなしが多いので、スルー推奨
ラキドでは幹部全員を溺愛しておりますが、ベルナルドとイヴァンは特に偏愛。ばさらは家三とか奥州の愉快な仲間達と毛長がメインです。うずみさんが現在官三とか官佐にずっぽりとはまり中。
基本は、愛想のかけらもない「ネット怖い~」の書き手が二人で色々書いている場所です。
書いている人
みっし
・生真面目で堅物でムキムキな男性と一見そうじゃなくても根は真面目極まり ないキャラをこよなく愛している、がんかたうるふの片割れ。編み物とお菓子作りが趣味という、第三者曰く可愛らしい一面を持つ反面、パニクると踊ったり、オロオロしだして周囲は見ていて楽しいらしい。荒ぶる舞は、職場の名物だったりする……らしい。
イヴァンちゃんと片倉さんとシズちゃんとスカイハイさんと陛下を思いっきり愛している。好きなアニメは銀魂と最近はFate/zero。型月ファンというよりは元から虚淵ファンでうずみさんからオススメされまくった末にようやっと手を付けて完読した。ライダー組おいしいです。エクシリアではダントツで陛下が好き。陛下が使用可能になる完全版があるなら複数買いしても構わないとのたまう日々。バサラの好きキャラは片倉さん一強だったはずなのに最近はアニキも熱い。かっちり着込むキャラがすきだったはずなのにいきなり露出度が高いキャラを好きになったのは何故か悩む日々。二次元の向かう愛と同じぐらい甥っ子への愛を叫んでいる気がしてならない。
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