こちらはサークル「がんかたうるふ」のうずみとみっしの二人組が、ラッキードッグ1とばさらのこばなしを黙々と投下する場所です。
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次からみんな大好き甲斐の赤い子登場です。
むしろ私が大好きです。
むしろ私が大好きです。
*****
空から降る物は体を濡らさず、かわりに全てを白く染めていく。
己の鉄球の犠牲となった屍に手を合わせて祈る代わりに深々と頭を下げると、黒田官兵衛は自分の周囲にいる幾人かの兵たちに指示を出し始めた。意味はあるにしても無駄に殺されてしまった兵たちに向けて手を合わせているのが、昔からの官兵衛の部下。
そして冷ややかな目で死体を眺めているだけなのが、大谷が監視のために付けた兵。
細かい雪が陣笠に降り積もり、鎧を纏った肩を凍らせていっている中、勘兵衛に向けて一度頷くと無言で彼らは動き出した。
「………すまんな。せめて見つけやすい場所においてやってくれ、それと……徳川の旗を傍らに置くのも忘れんようにな」
戦場から持ってきた徳川の家紋が染め抜かれた旗。
わざと柄の一部に刀で傷を入れ、旗も微妙に汚してみせ。人が来たので慌てて逃げ出したように見せかけるために、街道沿いに移動させた死体の周辺に慌ただしげに逃げているように見える足跡も偽造する。
徳川家から長宗我部家へ届けられるはずだった文を死者を切り捨てることで奪い取り、長宗我部家には別な文が届くように手配する。送られた文の真意を問うために徳川家へ向けて出立した長宗我部の死者をも殺し、今度はその遺骸の側に徳川家の旗を置く。
長宗我部家が徳川家との争いに向かうように。
確かに軍師ならここまでやるべきなのだろう。
卓越した操船技術とそれを存分に生かすことができる舟を多数保有している長宗我部家に徳川方につかれれば、こちらが不利になるのは明白。ならば親友である二人の関係を引き裂く手を使うのが常套手段ではあるが。
そのために、人を殺し憎しみの種をまくのが正しい手段なのか。
「…………くそったれが…………」
癖のある長い髪に雪を絡ませ、寒さに体を震わせながら官兵衛の指示した作業をこなす兵たちを見つめ続ける。死体の移動や片付けは一人でできないので腹心の部下達を連れては来ていたが、実際に長宗我部軍から出立した使者を手にかけたのは官兵衛だけだった。
戦場でもない場所で人の命を無駄に奪う、そんなことを部下にさせられるわけがない。
自分に汚れ仕事をさせ、大谷吉継は家康への憎しみに燃える長宗我部元親に甘い言葉で囁くのだ。
部下の仇討ちをしたいのであれば、我々に協力せぬか、と。
低く震える声で人の心の負の部分を揺り起こし、己の思うがままに動かす。安芸の毛利元就とも内密に連絡を取り合い、着々と戦の準備を整えつつある大谷の最終的な目的がなんなのかはまだわからないが。
彼が望む結果に繋がっているのだろう、きっと。
街道沿いの木々の合間にすぐに見つかるように移動させられていく屍を見ながら、官兵衛はもう一度だけ頭を下げる。自分の手は枷によって半ば封じられており、手を合わせてやることができない。
だから頭を下げるしかできない、それこそ何度でも。
「すまんな……」
白く曇る息と共に漏れた言葉に、思わず顔が強くしかめられる。
これから一度大阪城に戻り、事の次第を大谷に報告してから今度は前田家の領地に行かねばならない。前田家にも今回と同じ手を使うのか、それとも搦め手で行くのかはわからないが大谷のことだ。
平穏という名の幸福を崩すことを至上の喜びとするのだろう。
この枷を外すために他者の策を実行するための道具として動かなければならない。軍師であるのに他の軍師の思うがままに動く事の屈辱、そして。
「三成の奴は元気でやってんのかね…………?」
自分のように目に見える枷に拘束されているのではなく、形無き何かに縛られて。
心の深奥に眠る望みを叶えることすらできずに、歯を食いしばって耐え続けている三成を思い出したのは。
死体を隠すかのように降り続ける雪が、彼を思い起こさせるからだろう。
三成は多分今大阪城にいるはずだが、寒がりの彼がこの寒さで凍えていなければいいが。
自分が知らない何かを知り、そしてそれに殉じようとしているこの雪のように白く無垢な凶王。この国を動かし始めた一連の流れ、その全てを知っている彼と接触することが。
全てを理解する事に繋がる。
まだ年長者に頼ってもいい年齢なのだ、もう少し誰かに甘えることを覚えればいいのに。
「ったく……ガキの相手は厄介だ」
枷に絡む鎖から、凍り付くような寒さが染みこんでくる。
これだけ完全な偽装を行えば、長年の付き合いの親友であったとしても部下を殺された憎悪で長宗我部の判断能力は相当鈍るだろう。謝った憎しみに突き動かされ、親友へと刃を向けることになる彼を哀れに感じはするが。
もうこれで官兵衛も逃げる事ができなくなったのは事実だ。
枷を外してもらえる日、すなわち天下分け目の大戦の終焉の日まで走り続けるしかない。その前に三成を懐柔するか説得するかして、逃げることができればいいのだが。
「………………行くぞ、徳川か長宗我部の人間に見つかるわけにはいかん」
官兵衛の鉄球の一撃であらぬ方向に手足が曲がり、体幹の骨が砕けてしまったために捻れてしまっている屍に頭を垂れ。
死者への畏敬のために口を開かなくなった部下達と共に、官兵衛はその場を離れることにした。
大阪城へ戻ってきたのは、それから数日後だった。
大規模な城が持つ幾重にも重ねられた壁と堀、そして進軍してきた敵兵を惑わすための数多に分かれる道。それらを全て越えてようやくたどり着くことができる本丸の中、大谷吉継への報告を終えた官兵衛は首をぐるぐると回しながら、鉄球を引きずっていた。
床に傷がつくからという理由で鉄球は古着で作った綿入りの袋に包まれており。
鮮やかな花柄に変化した鉄球をすれ違う人々に笑われながら、官兵衛は肩に乗せてもらった分厚い外套等を落とさぬように歩く。
城内にいるはずの三成が見つからないのだ。
この頃は誰にも気付かれずに消えるようになった、だがすぐに戻ってくる。あれなりの落ちつく方法らしいので、戻ってくるまで待っていればいい。
そうあっさりと言い切った大谷だったが、心配ではあったらしい。三成用の外套やら首巻きやらを用意させ、官兵衛に三成を捜してくるように命じてきた。日はすっかり落ち、外では細かい雪が風に乗って視界を悪くし始めている。
この状態で外に出れば体が不自由になりつつある大谷は確実に遭難するだろう。
だからといって両腕を拘束されている官兵衛に行かせるというのも間違っている気がするのだが、官兵衛としては好都合としか言いようがない状況だった。大谷の監視がない状況で三成と言葉を交わすことができる。こんな好機、次はいつ巡ってくるかわからない。例え外の天気が更に荒れゆこうとしていても、自分の運のなさを考えるとこのあとろくでもないことが起こるのがわかっていたとしても。望みを口にすることすらできなくなっている三成を放っておくのは、どうも寝覚めが悪い。
城内は散々探した、外に出た形跡もない。
ならば行く場所は限られてくる。人の行き来が極端に少なく、屋内でもなく。そして通常なら絶対に探さない場所といえば。
官兵衛が知る限り『あの場所』しかなかった。
「おい、三成。いるか!」
声を張り上げ、その場所を封じていると言ってもいい分厚い扉を体全体で押して開ける。
視界の全てに広がるのは雪が降り積もりつつある、ならされた土が広がる広大な空間。通常そこに自ら入るのは世話係に任じられている兵だけなのだが、今日は違ったようだ。
「……官兵衛」
「そんなところで何やってんだ。刑部の奴が探してたぞ」
「刑部が? 何か緊急の用か?」
「いや、こんな天気で外をほっつき歩いてたら、また寝込むことになるって気を揉んでただけだ」
「私に倒れられては困るということか……」
馬と呼ぶには巨大すぎる獰猛さを現すかのように激しく息を吐き続ける獣、そして無数の火器を内蔵した人を乗せることのない恐怖の象徴である馬車の部分。
そしてその馬車の上にぽつんと一人。
片膝を抱え、雪が髪に絡むことを気にすることもなく。雪を照らすかのように空の頂点で輝く艶やかな月の光を受けながら、石田三成は顔を天へと向けたまま興味なさげに官兵衛を一瞥し。
何もなかったかのように、感情の全てを失った眼差しを再び月へと向けた。
その目に何かが宿っていたら、官兵衛も外套だけを渡して暖かい室内へとそのまま戻っていただろう。だが三成の目には、何も宿ってはいなかった。
周囲の人間に見せ続けているどす黒く燃えたぎるような憎しみも。
一人になった時にふと目の奥に満ちる底のない深い悲しみも。
過去を思い出して見せる、すぐに花弁を散らしてしまう儚い花のような微笑みも。
その全てを、三成は失ってしまっている。
感情がだけがごっそりと抜け落ちた瞳を、天に輝く尖った月へと向け。髪や肩に降り積もる雪すら己を飾る代わりとし。
三成の全てが凍り付いていく。
その時官兵衛が感じたのは、鉄球を付けた三成に対する恨みではなかった。目の前に凍えながら自分の内側を殺そうとしている人間がいる、そして自分はそれを見捨てたくない。
自然に動き出した足を止めることなく、官兵衛を一切見ようとしない三成へと全身を震わせる勢いで声をぶつける。
「馬鹿がっ! 死ぬ気か!?」
「…………私はまだ死なん。すぐに中に戻ると刑部に伝えろ」
「小生が言ってるのはそういう事じゃない…………手を貸せ!」
「………手…………?」
「一人じゃ登れん! こんな物を付けられてるんでな!」
白くなりつつある地面に大地の色の線を刻み。
三成のいる戦車のすぐ下まで駆け足で移動したが、普段の時ならいざ知らず枷を嵌められ鉄球を付けられていては一人で上に登ることはできない。おまけに巨大すぎる戦車の上にいる三成の姿を見ることすらできないのだ。
三成が自分のために動いてくれる確率は限りなく低い。
しかし官兵衛は声をかけ続けた、月の光と降り続ける雪が大地に作る細かい雪の影を踏みしめながら。
「刑部からお前さんに着せろとこれを預かってるんだ」
「だったらそこから投げろ」
「手が上がらないんだ、それくらいは理解しろ! それにお前さんに話したいこともある」
「私は貴様と話すことなどない」
「…………この間の話……あれがまだ終わっていない。利があることなら手伝ってやると言ったはずだが、小生はまだ聞いてないんだよ……」
お前さんは小生に何を求める?
あまり大きな声で叫べば、誰かに気付かれてしまう。
だからその部分だけを小さく、だが三成には届くように腹に力を込めて囁くと、帰ってきたのはしばらくの間の沈黙だった。
三成の周囲の状況はかなり悪化しているのだろう、そして大谷吉継はそれを改善するつもりはないようだ。完全に覇気を失ってしまっている今の三成の様子を見ればそれくらいは簡単に推察できるし、なにより一人きりの状況でこの様子というのが危ないのだ。
人に弱音を吐けなくなるのは、完全に追い込まれていることの証拠。
自分が離れている間に大谷は三成に何をさせたのか。城の中で陰謀を巡らす男に怒りを感じはしたが、今は目の前の三成をどうにかしなければならない。この外套を渡し、暖めてやって城の中に戻す。
話すことは後回しにしてそれを優先しようとする自分の甘さは軍師向きではないのかもしれないが、心も体も凍り付かせようとしている存在が目の前にいるのに自分の利益を優先する気にはなれない。
三成の望みを聞く機会はまだあるし作れるはず。
頭に雪が降り積もらせながらそんなことを考えていると、月の光に照らされた白い何かが戦車の上からゆっくりと差し伸べられた。
「…………三成?」
「さっさと登れ」
「小生を歓迎してくれるって事か? こりゃ、ありがたい」
「余計な事を言うな」
三成の武将としては細めの体では官兵衛と鉄球を引き上げるのは大変だっただろうが、白い着物に包まれた腕は突出した部分に足をかけて何とか上に上がろうとする官兵衛の体を十分に支えてくれた。
勿論、官兵衛と花柄の鉄球が鋼で作られたそこに腰を下ろす頃には、二人とも荒い息を吐くことになっていたのだが。
「…………貴様……もう少し目方を落とせ…………」
「半分はこの重しのせいだろうが……」
「それがわかっているのなら、登ることなど……考えるな」
「だが、ここ程密談に適した場所もないだろう?」
三成の口は必要以上によく動くが、目は変わらず何の感情も入っていない空の器のよう。
前髪の先から溶けた零れた雪の滴は、まるで涙のように頬を走り。官兵衛への文句を言いながら、月の光に時折目線を走らせる。
近くで見ると更にわかる、これは全てを失った人の顔だ。
欠けてしまった何かを埋めることすら諦め、それでも体だけは生かし続けようとする哀れな人の末路。何をどうすれば短期間でこんな状態になることができるのか、それはわからないがまず最初にしなければならないことがある。
「こんなにずぶ濡れになりやがって……話が終わったら中に入るぞ」
「私のことを気遣う必要など無い」
「目の前で凍え死にされたら寝覚めが悪いんだよ」
肩にかけたままだった外套を三成の頭からすっぽりとかぶせてやる。本来なら体に身に纏う物なのだが、まだ降り続けている雪にこれ以上三成の頭を濡らさせるわけにはいかない。
外套の作る影に三成の顔が覆われ、白い息だけが三成の生存を伝えてくれる中。
官兵衛は改めて鉄球の位置をずらし、三成の隣に自分の居場所を確保した。そのままそこに腰を下ろすと、こまめに三成の全身を覆う外套から雪を払ってやりながら、優しい声で話しかけてやる。
「こんな日に月見なんてしたら、死んじまうぞ」
「……まだ死ぬわけにはいかない……」
「心配してる奴がいるってことは忘れんなよ。刑部の奴、自分が外に出られないんで小生に頼んできたんだからな」
「当たり前だ、刑部が凍えてしまう」
豊臣軍の色である黒と赤に染め抜かれた外套に包まれ、三成は何を考えているのだろうか。
月に眼差しを注ぐことはやめたが、今度は片膝を抱えたまま目線を下に落としたまま。官兵衛の言葉に声と小さな頷きで答えてはくれるが、以前に比べて反応は薄くなったように感じられる。
「で、お前さんの用件はなんなんだ?」
「私の……用件だと?」
「言いたいことがあるから、小生を歓迎してくれたんだろ? さっさと言っちまえ…………心配するな、刑部には言わないでいてやる」
「……鍵のためだろう?」
「そりゃそうだ。だけどな、小生もそこまで薄情じゃない…………お前さん、今自分がどんな顔してるかわかってるか?」
「普通の顔だ」
「自分の顔を普通の顔だって言う奴程、自分が普通じゃないってわかってんだよ! 泣きそうなガキより厄介な顔してるんだよ、今のお前さんはな」
叱りつけるかのように、少しきつめに言ってやるとわずかに三成の顔が下へ向けられる。
本人もわかってはいたのだろうが、事実を突きつけられてさすがに堪えたらしい。内側から最後に何かを振り絞るかのように、大きく息を吸い切なげに言葉を紡ぐ。
「…………死んでもいいのだ…………私など…………所詮私は駒にすぎん」
「お前さんが死んだら、俺は誰に鍵をもらえばいいんだ? あの刑部の奴が簡単に渡してくれると思うか?」
「鍵を持っているの私だ」
「……おい、そんなこと簡単に言っちまってもいいのか?」
「構わん」
短く言い切った三成は、そのまま顔を上げる。
外套に覆われた顔にさし込む月の光が、わずかに三成の瞳を照らし、それがそのまま隣にいる官兵衛をじっと射貫く。その目からは相変わらず何の色も感じられないし、官兵衛に何かを望んでいる様子もないというのに。
その口からこぼれたのは哀願、だった。
「…………鍵は好きなときに貸してやる…………貴様の望む時に、好きなように外すがいい。だが鍵を貴様にくれてやるのは貴様が私の望みを叶えた時だ……官兵衛……私に力を貸せ……」
頼む。
そう小さく最後に言ったとき、官兵衛はようやく気がついた。
三成の瞳の奥底にあるのが無ではなく、絶望であるということに。
「小生は……何をすればいい?」
「簡単なことだ、私が死ぬ手伝いをしてくれればいい」
「……おい、冗談を言うな」
「冗談ではない、私は家康に討たれて死ぬつもりだ。刑部はどんな手を使ってでも私に家康を討たせるつもりなのでな…………」
「死ぬ気で戦だと!? 何考えてんだ!」
いずれ徳川とその同盟国とは雌雄を決することになる。
通常は勝つために行うはずの戦、それを総大将になるはずである三成が自らが死ぬことを決意しているというのなら。
それは無駄な戦でしかないというのに。
死ぬために戦を行う、そしてそんな総大将のために数多の命が散ることになる。
「どんな事情があったとしてもな……それだけはやっちゃいけないんだよ。お前さんだって秀吉の戦を見てわかってるだろう!?」
「秀吉様はもういない……私に…………すまなかった……後を頼むと言い残して息絶えられた……」
「………………………」
「半兵衛様は私にこの国の全てを巻き込んだ戦を起こせと命じられた……そして家康はそれを受け入れた…………私を殺す…………そして平和な国を作るのだと決めて……」
「半兵衛の奴……そんなことを考えてたのか…………?」
三成の口からもたらされる数少ない情報から、官兵衛は死んだはずの軍師が何を望んでいたのかを何となくだが理解し始めていた。
三成と家康にこの国全体を巻き込んだ戦を行わせ、国を無理矢理一つに統一する。何故彼がそんな考えに至ったのかはわからないが、確かにそれを行えば今後大きな戦が起こる可能性は極端に少なくなるだろう。
総大将になるであろう家康か三成の命と引き替えに。
徳川家康という青年のことを、官兵衛はあまり知らなかった。
竹中半兵衛の葬儀で泣き崩れる三成を遠くから見つめていた姿は覚えているが、その時彼は三成に近づこうとしてはいなかった。思えばあの時から半兵衛の策略は始まっていたのだ。
そしてもう一つ、やけに家康が自分をきつい目線で見ていたのだけは何故か印象に残っている。
平和な世を作るために友を討たなければならない、しかしそれを飲み込んで前に進む者こそ真の君主。友を討ちたくないから自分が死ぬことを選ぶ三成には、今後この国全体を支えることなど到底できはしないだろうが。
だからといって彼が死ぬことをこのまま見過ごすのも、寝覚めが悪い。
「官兵衛……貴様が了承しないというのなら、私は貴様をこの場で……」
「一応、一応だがな……引き受けてはやるよ。ただし、小生が望むときに鍵を貸せ。そして小生の言うことには従ってもらうからな」
「何故私が貴様の言うことなど!」
「刑部の奴を出し抜かなきゃいけないんだろ? なら小生の言うことを聞いとけ、お前さんの悪いようにはしない……」
「本当だろうな……?」
「怪しいと思ったら、その時小生を斬ればいいだろう。とりあえずは信じてみろ……全てが終わるまで……お前さんを護ってやるさ」
「必要ない…………っ! 何をする!」
顔を背けた三成の外套を強く引っ張り、無理矢理自分の方へと引き寄せる。
枷がなければ官兵衛の胸の中にすとんと落ちてくるはずなのだが、生憎肩と肩が強くぶつかるだけで三成はすぐに自分の体勢を戻してしまった。
「貴様……何を考えている……」
外套がずれ、三成の顔に強く月の光が差し込む。
その顔にほんのわずかだけ、希望という光が差し込んだことに官兵衛は喜びとわずかの悲しみを感じながら気付かれないように唇を噛む。三成にとっての希望というのは、自分が家康に殺されること。
既知の人間が死ぬことを喜ぶ人間がどこにいる。
半兵衛が何を大谷に言い残し、そしてどのように国を動かそうとしているかはわからないが。
美しいが冷たく、そして日の光にあたればすぐに溶けて消えてしまう。
月の光を浴びて大地を染めるこの雪のような存在である三成を死なせたくはないし、友のために死を望む彼の心を変えてやりたい。
「……三成、明日にでも一度鍵を貸せ」
「ここで鍵を貸せば刑部に気付かれるだろう」
「頭を撫でてやりたくてな」
「猫でも飼っているのか、惰弱な…………」
頭を撫でてやりたいのは、目の前にいる鋭い牙を持つ綺麗な獣。
思いっきり優しく触れて、愛おしんで。人のぬくもりと共に、お前の死を望んでいない人間がここにいる。
その事実を教え込んでやりたいのだ。
そう思い始めている自分が、この自分自身の終焉を望みそのために動く存在に心を奪われ始めていることに官兵衛が気がつくのはもう少し先。
この降り積もる雪が溶け、大阪城にとある来客が訪れる時のことである。
_______________________________________
ということで、石田さん協力者一人(たらしこんでw)げっと。
石田さんが精神的に死にかけだった原因は次で明らかになる……かなあ。
現在ネット内引きこもり強化週間に突入しておりますので「にんげんこわいよーついったこわいよー」となっておりますw まあ1~2年に1回あるんですけどね、この周期w みっしさんも体調不良なのでふたりでぐっだぐだなのですが、しばらくしたら落ちつくかなあと思っております。
BGM「LIES,LIES」 byDREAMS COME TRUE
己の鉄球の犠牲となった屍に手を合わせて祈る代わりに深々と頭を下げると、黒田官兵衛は自分の周囲にいる幾人かの兵たちに指示を出し始めた。意味はあるにしても無駄に殺されてしまった兵たちに向けて手を合わせているのが、昔からの官兵衛の部下。
そして冷ややかな目で死体を眺めているだけなのが、大谷が監視のために付けた兵。
細かい雪が陣笠に降り積もり、鎧を纏った肩を凍らせていっている中、勘兵衛に向けて一度頷くと無言で彼らは動き出した。
「………すまんな。せめて見つけやすい場所においてやってくれ、それと……徳川の旗を傍らに置くのも忘れんようにな」
戦場から持ってきた徳川の家紋が染め抜かれた旗。
わざと柄の一部に刀で傷を入れ、旗も微妙に汚してみせ。人が来たので慌てて逃げ出したように見せかけるために、街道沿いに移動させた死体の周辺に慌ただしげに逃げているように見える足跡も偽造する。
徳川家から長宗我部家へ届けられるはずだった文を死者を切り捨てることで奪い取り、長宗我部家には別な文が届くように手配する。送られた文の真意を問うために徳川家へ向けて出立した長宗我部の死者をも殺し、今度はその遺骸の側に徳川家の旗を置く。
長宗我部家が徳川家との争いに向かうように。
確かに軍師ならここまでやるべきなのだろう。
卓越した操船技術とそれを存分に生かすことができる舟を多数保有している長宗我部家に徳川方につかれれば、こちらが不利になるのは明白。ならば親友である二人の関係を引き裂く手を使うのが常套手段ではあるが。
そのために、人を殺し憎しみの種をまくのが正しい手段なのか。
「…………くそったれが…………」
癖のある長い髪に雪を絡ませ、寒さに体を震わせながら官兵衛の指示した作業をこなす兵たちを見つめ続ける。死体の移動や片付けは一人でできないので腹心の部下達を連れては来ていたが、実際に長宗我部軍から出立した使者を手にかけたのは官兵衛だけだった。
戦場でもない場所で人の命を無駄に奪う、そんなことを部下にさせられるわけがない。
自分に汚れ仕事をさせ、大谷吉継は家康への憎しみに燃える長宗我部元親に甘い言葉で囁くのだ。
部下の仇討ちをしたいのであれば、我々に協力せぬか、と。
低く震える声で人の心の負の部分を揺り起こし、己の思うがままに動かす。安芸の毛利元就とも内密に連絡を取り合い、着々と戦の準備を整えつつある大谷の最終的な目的がなんなのかはまだわからないが。
彼が望む結果に繋がっているのだろう、きっと。
街道沿いの木々の合間にすぐに見つかるように移動させられていく屍を見ながら、官兵衛はもう一度だけ頭を下げる。自分の手は枷によって半ば封じられており、手を合わせてやることができない。
だから頭を下げるしかできない、それこそ何度でも。
「すまんな……」
白く曇る息と共に漏れた言葉に、思わず顔が強くしかめられる。
これから一度大阪城に戻り、事の次第を大谷に報告してから今度は前田家の領地に行かねばならない。前田家にも今回と同じ手を使うのか、それとも搦め手で行くのかはわからないが大谷のことだ。
平穏という名の幸福を崩すことを至上の喜びとするのだろう。
この枷を外すために他者の策を実行するための道具として動かなければならない。軍師であるのに他の軍師の思うがままに動く事の屈辱、そして。
「三成の奴は元気でやってんのかね…………?」
自分のように目に見える枷に拘束されているのではなく、形無き何かに縛られて。
心の深奥に眠る望みを叶えることすらできずに、歯を食いしばって耐え続けている三成を思い出したのは。
死体を隠すかのように降り続ける雪が、彼を思い起こさせるからだろう。
三成は多分今大阪城にいるはずだが、寒がりの彼がこの寒さで凍えていなければいいが。
自分が知らない何かを知り、そしてそれに殉じようとしているこの雪のように白く無垢な凶王。この国を動かし始めた一連の流れ、その全てを知っている彼と接触することが。
全てを理解する事に繋がる。
まだ年長者に頼ってもいい年齢なのだ、もう少し誰かに甘えることを覚えればいいのに。
「ったく……ガキの相手は厄介だ」
枷に絡む鎖から、凍り付くような寒さが染みこんでくる。
これだけ完全な偽装を行えば、長年の付き合いの親友であったとしても部下を殺された憎悪で長宗我部の判断能力は相当鈍るだろう。謝った憎しみに突き動かされ、親友へと刃を向けることになる彼を哀れに感じはするが。
もうこれで官兵衛も逃げる事ができなくなったのは事実だ。
枷を外してもらえる日、すなわち天下分け目の大戦の終焉の日まで走り続けるしかない。その前に三成を懐柔するか説得するかして、逃げることができればいいのだが。
「………………行くぞ、徳川か長宗我部の人間に見つかるわけにはいかん」
官兵衛の鉄球の一撃であらぬ方向に手足が曲がり、体幹の骨が砕けてしまったために捻れてしまっている屍に頭を垂れ。
死者への畏敬のために口を開かなくなった部下達と共に、官兵衛はその場を離れることにした。
大阪城へ戻ってきたのは、それから数日後だった。
大規模な城が持つ幾重にも重ねられた壁と堀、そして進軍してきた敵兵を惑わすための数多に分かれる道。それらを全て越えてようやくたどり着くことができる本丸の中、大谷吉継への報告を終えた官兵衛は首をぐるぐると回しながら、鉄球を引きずっていた。
床に傷がつくからという理由で鉄球は古着で作った綿入りの袋に包まれており。
鮮やかな花柄に変化した鉄球をすれ違う人々に笑われながら、官兵衛は肩に乗せてもらった分厚い外套等を落とさぬように歩く。
城内にいるはずの三成が見つからないのだ。
この頃は誰にも気付かれずに消えるようになった、だがすぐに戻ってくる。あれなりの落ちつく方法らしいので、戻ってくるまで待っていればいい。
そうあっさりと言い切った大谷だったが、心配ではあったらしい。三成用の外套やら首巻きやらを用意させ、官兵衛に三成を捜してくるように命じてきた。日はすっかり落ち、外では細かい雪が風に乗って視界を悪くし始めている。
この状態で外に出れば体が不自由になりつつある大谷は確実に遭難するだろう。
だからといって両腕を拘束されている官兵衛に行かせるというのも間違っている気がするのだが、官兵衛としては好都合としか言いようがない状況だった。大谷の監視がない状況で三成と言葉を交わすことができる。こんな好機、次はいつ巡ってくるかわからない。例え外の天気が更に荒れゆこうとしていても、自分の運のなさを考えるとこのあとろくでもないことが起こるのがわかっていたとしても。望みを口にすることすらできなくなっている三成を放っておくのは、どうも寝覚めが悪い。
城内は散々探した、外に出た形跡もない。
ならば行く場所は限られてくる。人の行き来が極端に少なく、屋内でもなく。そして通常なら絶対に探さない場所といえば。
官兵衛が知る限り『あの場所』しかなかった。
「おい、三成。いるか!」
声を張り上げ、その場所を封じていると言ってもいい分厚い扉を体全体で押して開ける。
視界の全てに広がるのは雪が降り積もりつつある、ならされた土が広がる広大な空間。通常そこに自ら入るのは世話係に任じられている兵だけなのだが、今日は違ったようだ。
「……官兵衛」
「そんなところで何やってんだ。刑部の奴が探してたぞ」
「刑部が? 何か緊急の用か?」
「いや、こんな天気で外をほっつき歩いてたら、また寝込むことになるって気を揉んでただけだ」
「私に倒れられては困るということか……」
馬と呼ぶには巨大すぎる獰猛さを現すかのように激しく息を吐き続ける獣、そして無数の火器を内蔵した人を乗せることのない恐怖の象徴である馬車の部分。
そしてその馬車の上にぽつんと一人。
片膝を抱え、雪が髪に絡むことを気にすることもなく。雪を照らすかのように空の頂点で輝く艶やかな月の光を受けながら、石田三成は顔を天へと向けたまま興味なさげに官兵衛を一瞥し。
何もなかったかのように、感情の全てを失った眼差しを再び月へと向けた。
その目に何かが宿っていたら、官兵衛も外套だけを渡して暖かい室内へとそのまま戻っていただろう。だが三成の目には、何も宿ってはいなかった。
周囲の人間に見せ続けているどす黒く燃えたぎるような憎しみも。
一人になった時にふと目の奥に満ちる底のない深い悲しみも。
過去を思い出して見せる、すぐに花弁を散らしてしまう儚い花のような微笑みも。
その全てを、三成は失ってしまっている。
感情がだけがごっそりと抜け落ちた瞳を、天に輝く尖った月へと向け。髪や肩に降り積もる雪すら己を飾る代わりとし。
三成の全てが凍り付いていく。
その時官兵衛が感じたのは、鉄球を付けた三成に対する恨みではなかった。目の前に凍えながら自分の内側を殺そうとしている人間がいる、そして自分はそれを見捨てたくない。
自然に動き出した足を止めることなく、官兵衛を一切見ようとしない三成へと全身を震わせる勢いで声をぶつける。
「馬鹿がっ! 死ぬ気か!?」
「…………私はまだ死なん。すぐに中に戻ると刑部に伝えろ」
「小生が言ってるのはそういう事じゃない…………手を貸せ!」
「………手…………?」
「一人じゃ登れん! こんな物を付けられてるんでな!」
白くなりつつある地面に大地の色の線を刻み。
三成のいる戦車のすぐ下まで駆け足で移動したが、普段の時ならいざ知らず枷を嵌められ鉄球を付けられていては一人で上に登ることはできない。おまけに巨大すぎる戦車の上にいる三成の姿を見ることすらできないのだ。
三成が自分のために動いてくれる確率は限りなく低い。
しかし官兵衛は声をかけ続けた、月の光と降り続ける雪が大地に作る細かい雪の影を踏みしめながら。
「刑部からお前さんに着せろとこれを預かってるんだ」
「だったらそこから投げろ」
「手が上がらないんだ、それくらいは理解しろ! それにお前さんに話したいこともある」
「私は貴様と話すことなどない」
「…………この間の話……あれがまだ終わっていない。利があることなら手伝ってやると言ったはずだが、小生はまだ聞いてないんだよ……」
お前さんは小生に何を求める?
あまり大きな声で叫べば、誰かに気付かれてしまう。
だからその部分だけを小さく、だが三成には届くように腹に力を込めて囁くと、帰ってきたのはしばらくの間の沈黙だった。
三成の周囲の状況はかなり悪化しているのだろう、そして大谷吉継はそれを改善するつもりはないようだ。完全に覇気を失ってしまっている今の三成の様子を見ればそれくらいは簡単に推察できるし、なにより一人きりの状況でこの様子というのが危ないのだ。
人に弱音を吐けなくなるのは、完全に追い込まれていることの証拠。
自分が離れている間に大谷は三成に何をさせたのか。城の中で陰謀を巡らす男に怒りを感じはしたが、今は目の前の三成をどうにかしなければならない。この外套を渡し、暖めてやって城の中に戻す。
話すことは後回しにしてそれを優先しようとする自分の甘さは軍師向きではないのかもしれないが、心も体も凍り付かせようとしている存在が目の前にいるのに自分の利益を優先する気にはなれない。
三成の望みを聞く機会はまだあるし作れるはず。
頭に雪が降り積もらせながらそんなことを考えていると、月の光に照らされた白い何かが戦車の上からゆっくりと差し伸べられた。
「…………三成?」
「さっさと登れ」
「小生を歓迎してくれるって事か? こりゃ、ありがたい」
「余計な事を言うな」
三成の武将としては細めの体では官兵衛と鉄球を引き上げるのは大変だっただろうが、白い着物に包まれた腕は突出した部分に足をかけて何とか上に上がろうとする官兵衛の体を十分に支えてくれた。
勿論、官兵衛と花柄の鉄球が鋼で作られたそこに腰を下ろす頃には、二人とも荒い息を吐くことになっていたのだが。
「…………貴様……もう少し目方を落とせ…………」
「半分はこの重しのせいだろうが……」
「それがわかっているのなら、登ることなど……考えるな」
「だが、ここ程密談に適した場所もないだろう?」
三成の口は必要以上によく動くが、目は変わらず何の感情も入っていない空の器のよう。
前髪の先から溶けた零れた雪の滴は、まるで涙のように頬を走り。官兵衛への文句を言いながら、月の光に時折目線を走らせる。
近くで見ると更にわかる、これは全てを失った人の顔だ。
欠けてしまった何かを埋めることすら諦め、それでも体だけは生かし続けようとする哀れな人の末路。何をどうすれば短期間でこんな状態になることができるのか、それはわからないがまず最初にしなければならないことがある。
「こんなにずぶ濡れになりやがって……話が終わったら中に入るぞ」
「私のことを気遣う必要など無い」
「目の前で凍え死にされたら寝覚めが悪いんだよ」
肩にかけたままだった外套を三成の頭からすっぽりとかぶせてやる。本来なら体に身に纏う物なのだが、まだ降り続けている雪にこれ以上三成の頭を濡らさせるわけにはいかない。
外套の作る影に三成の顔が覆われ、白い息だけが三成の生存を伝えてくれる中。
官兵衛は改めて鉄球の位置をずらし、三成の隣に自分の居場所を確保した。そのままそこに腰を下ろすと、こまめに三成の全身を覆う外套から雪を払ってやりながら、優しい声で話しかけてやる。
「こんな日に月見なんてしたら、死んじまうぞ」
「……まだ死ぬわけにはいかない……」
「心配してる奴がいるってことは忘れんなよ。刑部の奴、自分が外に出られないんで小生に頼んできたんだからな」
「当たり前だ、刑部が凍えてしまう」
豊臣軍の色である黒と赤に染め抜かれた外套に包まれ、三成は何を考えているのだろうか。
月に眼差しを注ぐことはやめたが、今度は片膝を抱えたまま目線を下に落としたまま。官兵衛の言葉に声と小さな頷きで答えてはくれるが、以前に比べて反応は薄くなったように感じられる。
「で、お前さんの用件はなんなんだ?」
「私の……用件だと?」
「言いたいことがあるから、小生を歓迎してくれたんだろ? さっさと言っちまえ…………心配するな、刑部には言わないでいてやる」
「……鍵のためだろう?」
「そりゃそうだ。だけどな、小生もそこまで薄情じゃない…………お前さん、今自分がどんな顔してるかわかってるか?」
「普通の顔だ」
「自分の顔を普通の顔だって言う奴程、自分が普通じゃないってわかってんだよ! 泣きそうなガキより厄介な顔してるんだよ、今のお前さんはな」
叱りつけるかのように、少しきつめに言ってやるとわずかに三成の顔が下へ向けられる。
本人もわかってはいたのだろうが、事実を突きつけられてさすがに堪えたらしい。内側から最後に何かを振り絞るかのように、大きく息を吸い切なげに言葉を紡ぐ。
「…………死んでもいいのだ…………私など…………所詮私は駒にすぎん」
「お前さんが死んだら、俺は誰に鍵をもらえばいいんだ? あの刑部の奴が簡単に渡してくれると思うか?」
「鍵を持っているの私だ」
「……おい、そんなこと簡単に言っちまってもいいのか?」
「構わん」
短く言い切った三成は、そのまま顔を上げる。
外套に覆われた顔にさし込む月の光が、わずかに三成の瞳を照らし、それがそのまま隣にいる官兵衛をじっと射貫く。その目からは相変わらず何の色も感じられないし、官兵衛に何かを望んでいる様子もないというのに。
その口からこぼれたのは哀願、だった。
「…………鍵は好きなときに貸してやる…………貴様の望む時に、好きなように外すがいい。だが鍵を貴様にくれてやるのは貴様が私の望みを叶えた時だ……官兵衛……私に力を貸せ……」
頼む。
そう小さく最後に言ったとき、官兵衛はようやく気がついた。
三成の瞳の奥底にあるのが無ではなく、絶望であるということに。
「小生は……何をすればいい?」
「簡単なことだ、私が死ぬ手伝いをしてくれればいい」
「……おい、冗談を言うな」
「冗談ではない、私は家康に討たれて死ぬつもりだ。刑部はどんな手を使ってでも私に家康を討たせるつもりなのでな…………」
「死ぬ気で戦だと!? 何考えてんだ!」
いずれ徳川とその同盟国とは雌雄を決することになる。
通常は勝つために行うはずの戦、それを総大将になるはずである三成が自らが死ぬことを決意しているというのなら。
それは無駄な戦でしかないというのに。
死ぬために戦を行う、そしてそんな総大将のために数多の命が散ることになる。
「どんな事情があったとしてもな……それだけはやっちゃいけないんだよ。お前さんだって秀吉の戦を見てわかってるだろう!?」
「秀吉様はもういない……私に…………すまなかった……後を頼むと言い残して息絶えられた……」
「………………………」
「半兵衛様は私にこの国の全てを巻き込んだ戦を起こせと命じられた……そして家康はそれを受け入れた…………私を殺す…………そして平和な国を作るのだと決めて……」
「半兵衛の奴……そんなことを考えてたのか…………?」
三成の口からもたらされる数少ない情報から、官兵衛は死んだはずの軍師が何を望んでいたのかを何となくだが理解し始めていた。
三成と家康にこの国全体を巻き込んだ戦を行わせ、国を無理矢理一つに統一する。何故彼がそんな考えに至ったのかはわからないが、確かにそれを行えば今後大きな戦が起こる可能性は極端に少なくなるだろう。
総大将になるであろう家康か三成の命と引き替えに。
徳川家康という青年のことを、官兵衛はあまり知らなかった。
竹中半兵衛の葬儀で泣き崩れる三成を遠くから見つめていた姿は覚えているが、その時彼は三成に近づこうとしてはいなかった。思えばあの時から半兵衛の策略は始まっていたのだ。
そしてもう一つ、やけに家康が自分をきつい目線で見ていたのだけは何故か印象に残っている。
平和な世を作るために友を討たなければならない、しかしそれを飲み込んで前に進む者こそ真の君主。友を討ちたくないから自分が死ぬことを選ぶ三成には、今後この国全体を支えることなど到底できはしないだろうが。
だからといって彼が死ぬことをこのまま見過ごすのも、寝覚めが悪い。
「官兵衛……貴様が了承しないというのなら、私は貴様をこの場で……」
「一応、一応だがな……引き受けてはやるよ。ただし、小生が望むときに鍵を貸せ。そして小生の言うことには従ってもらうからな」
「何故私が貴様の言うことなど!」
「刑部の奴を出し抜かなきゃいけないんだろ? なら小生の言うことを聞いとけ、お前さんの悪いようにはしない……」
「本当だろうな……?」
「怪しいと思ったら、その時小生を斬ればいいだろう。とりあえずは信じてみろ……全てが終わるまで……お前さんを護ってやるさ」
「必要ない…………っ! 何をする!」
顔を背けた三成の外套を強く引っ張り、無理矢理自分の方へと引き寄せる。
枷がなければ官兵衛の胸の中にすとんと落ちてくるはずなのだが、生憎肩と肩が強くぶつかるだけで三成はすぐに自分の体勢を戻してしまった。
「貴様……何を考えている……」
外套がずれ、三成の顔に強く月の光が差し込む。
その顔にほんのわずかだけ、希望という光が差し込んだことに官兵衛は喜びとわずかの悲しみを感じながら気付かれないように唇を噛む。三成にとっての希望というのは、自分が家康に殺されること。
既知の人間が死ぬことを喜ぶ人間がどこにいる。
半兵衛が何を大谷に言い残し、そしてどのように国を動かそうとしているかはわからないが。
美しいが冷たく、そして日の光にあたればすぐに溶けて消えてしまう。
月の光を浴びて大地を染めるこの雪のような存在である三成を死なせたくはないし、友のために死を望む彼の心を変えてやりたい。
「……三成、明日にでも一度鍵を貸せ」
「ここで鍵を貸せば刑部に気付かれるだろう」
「頭を撫でてやりたくてな」
「猫でも飼っているのか、惰弱な…………」
頭を撫でてやりたいのは、目の前にいる鋭い牙を持つ綺麗な獣。
思いっきり優しく触れて、愛おしんで。人のぬくもりと共に、お前の死を望んでいない人間がここにいる。
その事実を教え込んでやりたいのだ。
そう思い始めている自分が、この自分自身の終焉を望みそのために動く存在に心を奪われ始めていることに官兵衛が気がつくのはもう少し先。
この降り積もる雪が溶け、大阪城にとある来客が訪れる時のことである。
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ということで、石田さん協力者一人(たらしこんでw)げっと。
石田さんが精神的に死にかけだった原因は次で明らかになる……かなあ。
現在ネット内引きこもり強化週間に突入しておりますので「にんげんこわいよーついったこわいよー」となっておりますw まあ1~2年に1回あるんですけどね、この周期w みっしさんも体調不良なのでふたりでぐっだぐだなのですが、しばらくしたら落ちつくかなあと思っております。
BGM「LIES,LIES」 byDREAMS COME TRUE
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(現在2本 家三 チカナリです)
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イヴァンちゃんと片倉さんとシズちゃんとスカイハイさんと陛下を思いっきり愛している。好きなアニメは銀魂と最近はFate/zero。型月ファンというよりは元から虚淵ファンでうずみさんからオススメされまくった末にようやっと手を付けて完読した。ライダー組おいしいです。エクシリアではダントツで陛下が好き。陛下が使用可能になる完全版があるなら複数買いしても構わないとのたまう日々。バサラの好きキャラは片倉さん一強だったはずなのに最近はアニキも熱い。かっちり着込むキャラがすきだったはずなのにいきなり露出度が高いキャラを好きになったのは何故か悩む日々。二次元の向かう愛と同じぐらい甥っ子への愛を叫んでいる気がしてならない。
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