こちらはサークル「がんかたうるふ」のうずみとみっしの二人組が、ラッキードッグ1とばさらのこばなしを黙々と投下する場所です。
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書き終わりました。
*****
大阪城は覇王豊臣秀吉のためだけにに造られたというのはわかっていたのだが。
「まさか風呂の中にまで椅子を持ち込まねばならぬとは……」
「秀吉様のお体に合わせているのだ、当たり前だろう」
浴場に備え付けの木製の椅子を風呂の中に沈め、そこに腰を下ろさなければ頭の先まで湯に浸かってしまう深い湯槽。入り慣れている三成は器用に椅子を水にくぐらせさっとそこに座って見せたのだが、慣れていない幸村や手枷を嵌められたままで動きが取りにくい官兵衛は何度か失敗してようやくお湯の中で自分の位置を定めることができた。
手を湯の中で踊るように動かし、三成との激闘で疲れた体を癒していると、横から不機嫌そうな声。
「……真田、今見たことは他言無用だ……言えば殺す」
「盟友の背を流すことの何が悪いことなのでございますか?」
「私の城内での立場という物もあるのだ」
「先程黒田殿が仰っておりました凶王を演じる……というお言葉とご関係があるのでしょうか」
「………………………」
華奢というわけではないが、上背の高さを考えると細すぎる体。
この体で彼は豊臣家の残党をまとめ、その重圧に耐え続けているのだ。甲斐一国を一人で支えることができず、常に周囲に助けてもらっている自分にできないことを行っている彼に尊敬を抱きはするが。
困らせるつもりなど毛頭無い。
だが彼が何を抱え込んでいるのかが気になるし、自分に出来ることがあるのなら手助けをしたい。そして鉄球に繋がれた男、黒田官兵衛の言っていた『凶王を演じる』という言葉の意味。
それが真実ならば、幸村の置かれている今の状況が大きく変わるのではないだろうか。
策略を苦手とする幸村にはそれを察する事はできないのだが、佐助は何かを理解したらしい。人払いを頼んだ幸村に大きく頷き、自らここはくせ者揃いと評した大阪城で忍びとしての力を存分に奮い始めたのだった。
だからここには誰も来ない、声が漏れることもない。
それをわかっているからこそ幸村は直球で問うた。
「お聞かせ願いたい、石田殿が今何を思っているのかを」
「…………貴様を巻き込むことになる、言うつもりはない」
「やはり石田殿は優しい」
「貴様に私の何がわかる!」
「三成……やめておけ。この坊主、お前さんが思う程馬鹿ではないらしいぞ」
「だが……」
三成を挟んで反対側に座る黒田官兵衛が、訳知り顔でにかっと笑ってみせる。
彼を拘束する手枷から伸びた鎖が湯槽の外に置かれた鉄球へと伸び、腕を湯に浮かせ。かの竹中半兵衛と並ぶ知謀の持ち主だと聞いてはいたが、三成をも越える長身と厳つい体からはそんな人間だとは到底思えなかった。
子供を愛でるかのような温かい眼差しで三成を見つめ、言葉で諭していく姿は軍師というよりはまるで三成の父のよう。我が儘な子供を諫めながら、同時に子供の愛らしさに目を細める。
三成に向ける愛情の深さが、その眼差し一つから強く感じることができた。
「お前さんが話さんのなら、小生が話すさ……間違ったことを言ったら適当に修正してくれ」
「私は話す事を許可していない」
「わざわざ人払いまでさせて何も話さないっていうもの礼儀に欠けるんじゃないのか? 咄嗟に人払いさせたこの坊主の判断力は見事だと小生は思うがな、味方に付けて損にならない……そう判断してもいいんじゃないのか?」
「某は石田殿とじっくりと話をしたいと思っただけでございます。そんな褒められるようなことなど……」
「それを考えずにできるのが一国一城の主ってやつなんだよ。三成には到底できんことだ」
皮肉ではなく淡々と事実を述べている、そんな風情の官兵衛の言葉に三成が素直に頷く。
幸村にとって三成は自分とほとんど年が変わらないというのに、豊臣の残党をまとめ上げその頂点に君臨する若き王であるのだが。官兵衛から見る三成はかなり違って見えるらしい。
そして三成も官兵衛の評価を素直に受け止めている。
まるで自分と佐助のようだ、そう思いながら幸村は官兵衛に話の続きをしてくれるように願った。
「官兵衛殿……お話していただけるだろうか。某は全てを知りたいと思っております」
「わかった。小生としても一人でも多くの味方が欲しいと思っていたところだ、この死にたがりの馬鹿を更正させるためにもな」
「誰が馬鹿だ!」
「し、死にたがり……とは……」
それから官兵衛によって語られ、三成に細くされる話の内容は幸村を驚愕させるに十分なものであった。
竹中半兵衛が己の死後に結実する策略を残していたこと。
豊臣秀吉の死の真実。
そして最後の大戦で三成が死ぬことを選んでいる、その事実。
そのどれもが幸村を大きく打ちのめしたのだが、ただ一つだけ。
どうしても許したくないことがあった。
「…………某は、我慢なりません」
「恨むなら半兵衛様を恨め。だがあの方は秀吉様の名誉とこの国のことを考え……」
「違うでござる! 石田殿が死ぬことが我慢ならないと言っているのです!」
己の主君のために、命を賭けて戦うのが武将の努め。
だが三成は主君を失い、死後も縛られ続け。友のために死ぬことを選び、そのために孤独な戦いを続けている。
三成の話を聞くと家康はあっさりとこの策を受け入れて三成を殺すことを了承したらしいのだが、幸村には家康がそのような男だとは思えなかった。あの上杉謙信が虎の後継者と認めた男が、自らの天下のために友を踏み台にするわけがない。
政宗を殺せば天下を取ることができ、政宗がそれを望んでいたとしても。幸村は何があろうともそれを受け入れはしないだろう。万全の状態の政宗と全力で力をぶつけ合い、その果てに天下が待っている。それならば歓喜と共に政宗の元に赴くだろうが。
自ら死を望む政宗と戦うなど、考えたくもない。
自分でさえそうなのだ、上杉謙信が認めた男がそんなことを受け入れるわけがない。それを素直に三成に伝えると、彼はあっさりとこう切り返してきた。
「私にとって家康は……大切な…………存在だが…………家康にとって私はただの友に過ぎぬ。あれには友人が大勢いる、私がいなくなっても困ることはあるまい」
「某は石田殿がお亡くなりになられれば号泣いたします」
「それは貴様が涙もろいからだろう」
「違います。某は石田殿のことをもう友だと思っております、友が死ねば泣く……それは当たり前のことでございましょう。徳川殿は某よりも遙かに長く石田殿の友人なのです、苦しまぬ訳がありません」
三成を中心として、湯にゆっくりと波紋が広がっていく。
半地下にあるこの浴場には、天窓からしか光が届かない。真冬とは思えぬ程赤く鮮やかな光が三成の色素の薄い髪を紅に染め、湯気に紛れて吐き出す重苦しい吐息すらも血のような色合いに染められていくよう。
その中で三成が小さく、嘆くかのように呟いた言葉があった。
「………………と刑部が言ったのだ……私に……生きていく意味など無い…………」
最初は聞き間違えだと思った。
だが若者二人の会話をにやにやしながら聞いていた黒田官兵衛がぎょっと目を見開き、あわてて三成の方へと向き直る。三成の肩を揺さぶって問い詰めたかったらしいのだが、手が不自由なため出来なかったらしい。
かわりに三成の二の腕を掴んで上下に振って必死に言葉をぶつける。
「おい三成、今のもう一度言ってみろ!」
「……………………………」
「石田殿……あの…………できればもう一度…………」
二人からの目線と追求に耐えられなくなったのだろう。必死に無視を決め込んでいた三成は、開き直ったかのように突如大声を上げる。強がりのように力の込められた声から力が失われ、それと同時に三成の顔がゆっくりと下を向いていったのは。
照れではなく、絶望故声を張り上げる気力を失っているから。
「家康の所には縁談が多数持ち込まれている、そう刑部が言ったのだ! 私の思いなど報われぬ、家康のことなど忘れてしまえ………と」
「石田殿…………」
「私と家康が和解すること事などもうできぬのだ。ならば私は死して家康の望みを叶える道を選ぶ…………それの何が悪いのだ! 刑部も官兵衛も……そして貴様も……」
「お前さんは家康に惚れてたわけだ…………さっさとそれを言えよ…………」
三成の嘆きに重なったのは、何かを悟ったような官兵衛の、のんびりとした声だった。
先程までの慌てぶりはどこへ行ったのか。目元は前髪に覆われてみることができないのだが、その全身に満ちているのは余裕、だった。
「惚れた相手に縁談持ち込まれたことを知って自暴自棄になっちまったか? そんなことで死んでどうする……女じゃなくて男がいいのなら、そこの坊主でも押し倒しとけ」
「男がいいわけではない! 私は家康が……家康のことが……」
「なら死のうなんて考えるなよ。自分に惚れてくれた相手が死んじまったら、家康だって落ち込むだろうが」
今度は手が上まで上がった。
優しく、三成の今までの心の苦しみを受け入れるかのように官兵衛の手は、ゆっくりと三成の頭を撫でていく。
「貴様も家康も……私の頭に何か恨みでもあるのか!? すぐに私の髪を触ることには何か意味が…………」
「石田殿は、愛されているのですな」
三成の嘆きの全てを受け止めようとしている官兵衛の姿に、思わずそんな言葉が口を突いて出る。
彼はこのまま凶王であり続けようとするだろう。
亡き主君のため、そして家康のために。
それでも官兵衛のような存在が側にいて常に気遣ってくれる。それならばきっと、三成は救われる。
そして自分と三成のために今できることはただ一つ。
「貴様、言うに事欠いて何を……っ!」
「……改めて同盟を申し込ませていただきたい。大谷殿の言った条件ではなく、石田殿……貴殿と某で考えましょう」
「私と…………貴様で?」
「はい!」
ぬるめのお湯だが、長時間浸かっていれば汗が噴き出てくる。
鼻の横を流れ始めた汗を指で拭い、三成に向かって笑いかけてみせると感心したような官兵衛の声。
「……なるほど、そりゃ面白い。あくまでもお前たちで内容を決める同盟……か。あとで書面を書き換えておいた方がいいな」
「竹中殿の思うがままに動かされるのが不満なのではありませぬ。この国が一つにまとまるためにはいずれは起こらなければならなかった戦です…………民の笑顔を生み出す戦になるのならば、某は喜んで協力いたしましょう」
「笑顔になる戦……か」
その言葉を聞いた途端、官兵衛の表情が変わった。
三成を慈しむように見つめていた前髪越しの眼差しに、知謀という名の鋭い光。そして何かを考え込むかのように顎に手を当て口を小さく動かしながら何かを考え始めた彼を一瞥し、三成はゆっくりと顎をあげた。
「真田……貴様は私を裏切らないのか?」
「はい、石田殿をお助けしたいと心より思っています」
「…………そうか」
小さな声に、ほんのわずかに含まれた暖かいもの。
それは安堵だろうか、それとも信頼だろうか。
彼と自分の未来に待っているものは決して楽な道ではないだろう。だが幸村は友と呼んだ男への思慕故に凶王となった男を救いたい、そう思い始めていた。
いつか遠い未来、信玄と謙信のように彼と昔話を肴に酒を酌み交わせる日が来るように。
ここで力を尽くしておくのも悪くない、そう思っていた幸村はそのために一番大事なことを三成に聞いてみることにした。
「ところで石田殿、酒はお好きですか?」
若さというのは力であり、特定の時期にしか持てないひたむきな情熱の源である。
組めども組めども尽きぬ無限ともいえる熱に突き動かされ、人は動き己の未来を形作っていくのだ。
そう、彼らのように。
「石田殿、もう一献いかがですか?」
「その酒はまずいではないか。口に残るし、やけに甘ったるい」
「それでもこれを片付けなければ次の酒を飲めませぬ」
「…………わかった、かせ。しかし貴様も半分片付けろ」
「わかっております。次の酒は上杉殿のお膝元の酒でございます、これは大丈夫だと思いますが…………石田殿は随分と辛口の酒がお好きなのですな」
「枇杷や桃を肴に飲むには、しっかりとした味でなければ負けてしまう」
「果物を肴に酒を飲むのですか!? 酒を飲む時はやはり団子でしょう」
すっかり三成の逃避場所として官兵衛に認識されるようになってしまった、天君の上。
今日は雪も降っておらず、あの時よりずっと暖かい空気が優しく戦車上の二人の若者を包んでいた。
語り合い、杯を交わし。
自分と近い年頃の相手に遠慮することなく言葉をぶつける。それだけだというのに、三成の顔に宿り続けていた影のようなものが薄れていっているようだ。代わりに宿りはじめているのは、安堵に酷似している目の前の相手への信頼。
昔の家康と三成の関係性とは違う、互いに遠慮なく物を言い合える関係が生まれつつあることに目を細めていると、自分と同じく扉に体重をかけ事に成り行きを見守っている忍びが話しかけてきた。
「そっちの大将……噂とは全然違うんだね」
「目の前に立ちふさがる物を全て斬り殺す凶王……か。まあ一皮剥けばあんなもんだ」
「そんな噂ばかり聞いてたからね、ここには正直来たくなかったんだけど…………あの大将には感謝しておかないと。旦那のあんな楽しそうな顔は、久々に見たよ」
「そりゃこっちの言葉だ。三成のあんな顔は……そうだな、秀吉が死ぬ前以来だな……」
「あんたも色々と大変みたいだね」
小さく笑う忍びを冗談めかして睨み付けてやると、官兵衛は杯を介して友情を深め合う二人目と目線を戻した。
最初は普通に大広間での宴会だったのだが、大谷が急用で呼ばれいなくなり。これ幸いとばかりに幸村が三成に案内させてここまで連れてきたのだ。酒と肴を用意させられた忍びは大変だったのだろうが、彼はそれを微塵も外に出すことはない。
主人を思い、彼のために最良の行動を取る。
これだけの忠臣を抱えている幸村は、この戦を乗り越えればきっと名君と呼ばれるにふさわしい男になるだろう。
それを素直に言葉にすると、忍びの表情が一気に厳しくなった。
「…………ま、この戦で武田が生き残れたらだけどね」
「あの坊主には恩が出来た、小生が死なせん」
「そんなでっかい重しを付けて言う言葉? それとも……この戦を豊臣……いや石田軍勝利で終わらせる方法でも思いついたわけ?」
「このままいけばこちらの勝ちだ、三成が最後まで生き抜いてくれればだけどな」
「勝てる要因は揃ってる……いや揃えたって事か。あんたとあの大谷さんなら、どんな手を使ってもやるだろうね」
「まあな」
長宗我部はこちらの策に乗った。
今頃前田利家の奥方は拘束されてこちらに向かっていることだろう。
徳川が奥方を人質に取ったように見せかけ、前田家に徳川への偽りの恭順を行わせる。それと同時に戦の最中に前田家が徳川を裏切るように働きかけ、三成と戦う前に家康が討たれるように仕向けてはいるが。
これだけでは足りない。
三成は家康と相対すれば必ず彼の拳の前に散るだろう。
大谷のことは気にくわないし半兵衛の策に乗るのも嫌だが、三成に死を選ばせずにこの戦を乗り切る。この一点だけでは、大谷と官兵衛の利害は一致していた。
三成と戦場で出会う前に家康に死を。
ただし、三成を傷つけない形で。
三成を凶王として人前では敬うが、友人としてはからかったりいじめたりと存外な扱いをしている大谷だったが。彼は彼なりに三成の命を守ろうとしているのだ、それがわかるから協力はしているが。
正直、気が滅入ることもあった。
人を殺し、恨みと憎しみという名の絆で人々を苦しめる。それが良いことではないのはわかっているし、なにより官兵衛にはどうしても三成に与えてやりたいものがあった。
雪に埋もれながら嘆いたあの姿。
そして風呂の中で家康への思いを吐露した時の切なげな瞳。
悲しみと切望に覆われた三成の全てが、官兵衛の中に一つの思いを芽生えさせていたのだ。
「なあ……武田の忍び」
「俺様、猿飛佐助って名前があるんだけど」
「じゃあ佐助…………頼みがある」
「もう酒はないからね、まさか石田の大将があんなに飲むなんて思ってなかったし」
「三成は与えれば与えるだけ飲む、味にはうるさいがな」
「うちの旦那と同じか。で、アンタの用件は?」
「かなり厄介なことなんでな……あの坊主と相談してくれ」
「まさか、徳川家康に連絡取ってくれ…………なーんてふざけたお願いじゃないよね?」
「よくわかったな、小生が頼みたかったのはそれだ」
完璧だった愛想笑いが、瞬時に敵に相対する鋭い顔へと変貌する。
重厚な扉に預けていた背を浮かせ、腰に手をやりながら。隙あらば官兵衛を切り捨てかねない程の殺気を含んだ眼差しが、こちらの魂を削るかのように官兵衛をじろじろと見つめ続けている。
雪など降らなそうな空だというのに、背筋が凍るように寒い。
「三成のため、そしてお前さんの主人のため……小生は、考えていることがある」
「…………聞かせてもらおうじゃないの、それを」
「三成の奴に徳川のことを忘れさせたい、そのためには一度会わせてちゃんと振られちまった方がいいだろう? 正直な、三成に生きる気になってもらわないと、負けるんだよ……この戦はな。例え勝ったとしても、家康への思いがある限り三成はもうそこで終わりだ」
「純情そうだしね……あの大将。一つ聞くけど、俺様が石田の大将がこっぴどく振られる手伝いをしたとして、うちの旦那の得になるわけ?」
「三成がこの国を手に入れれば、あの坊主はこの国の王の親友って立場を手に入れるわけだ。それにこれから起こる戦に勝たなきゃ、お前さん方の国も危ないんじゃないのか?」
一度家康と三成を会わせる。
そうして二人の意思を確認し、必要があればこの戦いを終結させる為に話し合わせる。話を聞く限りでは家康はこの戦を望んでいるようではあるので、多分話は物別れに終わるだろうが。
三成の中で家康との決着を付けることはできる。
その上で天下分け目の大戦を起こせば、立場は平等だ。家康も三成も、互いが納得いく形で戦うことができるはず。片方が死にたがっている状況で戦など起こしてはいけないのだ、せめて互いの意志を固める機会くらいは与えてやりたい。
それに、先程の幸村の言葉で官兵衛は一つの策を思いついていた。
実行できるかはわからない、そしてあまりにも条件が悪すぎる。だが行うことができればきっと。
本当の意味で全ての戦を終結させられる。
その着想を与えてくれた幸村の言葉に感謝しつつ、官兵衛は体の力を抜いた。先程より佐助から発せられる殺気が薄れているのだ、背筋の寒気もいつの間にか治まっている。
佐助も少しだけこちらの話を聞いてくれる気になったらしい。
「未来の利益のためにいま苦労しろっていう考え方なんだ、あんたは」
「無理な願いだって事はわかってるさ。それにこれは小生の私情もかなり挟んでるんでな、無理して行わなきゃいかんことでもない」
「あんたの私情?」
「三成に惚れた……だからあんな男の事などさっさと忘れさせてやりたい、それだけだ」
最初は単に面倒で手間がかかる子供だった。
そして徐々に世話を焼きたくなる若者になり、そして彼の内に宿り始めた空虚が官兵衛の心を捉え。
そして彼の嘆きは愛情を生みだした。
不器用で意地っ張りで、そのくせ誰よりも一途で。
純粋すぎて生きることすら苦しそうなのに、愛した男の事を優先するのだ。それで自分が苦しむとわかっていても。
抱きしめて愛おしいと言っても、今の三成には届かないだろう。
だからこそ官兵衛は彼を家康に会わせたいと思っていた。はっきりと終わらせなければ、三成の心に官兵衛の言葉は届かない。
そして生かしてやることすらできないのだ。
「あんた…………本物の馬鹿だね」
「馬鹿で結構。だが馬鹿な自分も嫌いではないんでな」
「豊臣の関係者っていうのは、どうして馬鹿揃いなんだか…………」
腰のあたりを泳いでいた佐助の手が、額へと伸びる。
頭を抱えるような仕草で大仰に嘆く佐助の目には、もう殺意もこちらに向けた懐疑も何も感じられなかった。
彼の目にあったたのは、信頼とそして未来への意志。
「一人……心当たりがある。旦那に了解を取ってなんとかしてみるよ」
「いいのか?」
「豊臣絡みの馬鹿は見慣れてる。俺様もそれに毒されたかな……年下の男に恋したなんて馬鹿なことを言い出すあんたに手を貸すのも悪くないって、思っちゃったからね。まあ見た目は綺麗だよね……あんたの大将」
「小生が見た目で惚れるわけがない」
次に目を合わせた時に互いの顔に生まれていたのは微笑みだった。
相も変わらず戦車の上で酒を酌み交わす若者達。彼らに温かい眼差しを送りながら、官兵衛は思う。
どうか彼らに幸せな未来が訪れるように、そのためならどんな事でも行おう、と。
「旦那! まだお酒残ってる? こっちのおじさんが飲みたいって」
「誰がおじさんじゃ!」
「若い子に手を付けたがるのはおじさんの証拠だよ」
大きく手を振って大声で幸村に話しかけていた佐助が、にやっと笑って小さく口を動かす。
官兵衛の弱みを握れたことが嬉しいのか、それとも純粋に喜んでいるのかはわからないが。
「酒ならまだ少しは残っているが! 官兵衛殿もこちらに来てはどうですか?」
「駄目だ! 官兵衛にやる酒はない!」
「ですが石田殿……二人で飲むより気心の知れた人間で飲んだ方が酒は美味しいのでは……」
「飲む酒が減るぞ」
「そ、それは困った事態ですな! 酒を買い足してこなくては……」
「ついでに言うが、官兵衛をここに上げるのは手間がかかる。私たちが下に降りた方が早い」
「そうでございますか…………このような良い場所から降りるのは残念でございますが……」
三成の言葉にがっくりと防寒用の長羽織に包まれた肩を落とした幸村だったが、降りることは了承したらしい。三成と共に軽やかに戦車から飛び降り、肩を並べて楽しそうに会話しながらこちらに向かってくる二人を眺めていると、心底楽しそうな佐助の声。
「腰細いよね……石田の大将。乱暴に扱ったら壊れちゃうよ、気をつけないと」
「な、何が言いたい」
「我慢できなくなって押し倒すにしても、俺様の見えないところでやってよね」
小さく響く笑い声を聞きながら。
これからこの件で何度もからかわれることになることだけはわかった官兵衛は、諦めたかのように天を仰ぎ。
そして澄んだ濃い色の空を見ながら、喜びのこもった息を吐いた。
_______________________________________________________________________________
次で幸村の章は終わり。
次から徳川方に話が移ります……頑張れ家康。寝取られるぞw
BGM「インフィニティ」 by May,n
「まさか風呂の中にまで椅子を持ち込まねばならぬとは……」
「秀吉様のお体に合わせているのだ、当たり前だろう」
浴場に備え付けの木製の椅子を風呂の中に沈め、そこに腰を下ろさなければ頭の先まで湯に浸かってしまう深い湯槽。入り慣れている三成は器用に椅子を水にくぐらせさっとそこに座って見せたのだが、慣れていない幸村や手枷を嵌められたままで動きが取りにくい官兵衛は何度か失敗してようやくお湯の中で自分の位置を定めることができた。
手を湯の中で踊るように動かし、三成との激闘で疲れた体を癒していると、横から不機嫌そうな声。
「……真田、今見たことは他言無用だ……言えば殺す」
「盟友の背を流すことの何が悪いことなのでございますか?」
「私の城内での立場という物もあるのだ」
「先程黒田殿が仰っておりました凶王を演じる……というお言葉とご関係があるのでしょうか」
「………………………」
華奢というわけではないが、上背の高さを考えると細すぎる体。
この体で彼は豊臣家の残党をまとめ、その重圧に耐え続けているのだ。甲斐一国を一人で支えることができず、常に周囲に助けてもらっている自分にできないことを行っている彼に尊敬を抱きはするが。
困らせるつもりなど毛頭無い。
だが彼が何を抱え込んでいるのかが気になるし、自分に出来ることがあるのなら手助けをしたい。そして鉄球に繋がれた男、黒田官兵衛の言っていた『凶王を演じる』という言葉の意味。
それが真実ならば、幸村の置かれている今の状況が大きく変わるのではないだろうか。
策略を苦手とする幸村にはそれを察する事はできないのだが、佐助は何かを理解したらしい。人払いを頼んだ幸村に大きく頷き、自らここはくせ者揃いと評した大阪城で忍びとしての力を存分に奮い始めたのだった。
だからここには誰も来ない、声が漏れることもない。
それをわかっているからこそ幸村は直球で問うた。
「お聞かせ願いたい、石田殿が今何を思っているのかを」
「…………貴様を巻き込むことになる、言うつもりはない」
「やはり石田殿は優しい」
「貴様に私の何がわかる!」
「三成……やめておけ。この坊主、お前さんが思う程馬鹿ではないらしいぞ」
「だが……」
三成を挟んで反対側に座る黒田官兵衛が、訳知り顔でにかっと笑ってみせる。
彼を拘束する手枷から伸びた鎖が湯槽の外に置かれた鉄球へと伸び、腕を湯に浮かせ。かの竹中半兵衛と並ぶ知謀の持ち主だと聞いてはいたが、三成をも越える長身と厳つい体からはそんな人間だとは到底思えなかった。
子供を愛でるかのような温かい眼差しで三成を見つめ、言葉で諭していく姿は軍師というよりはまるで三成の父のよう。我が儘な子供を諫めながら、同時に子供の愛らしさに目を細める。
三成に向ける愛情の深さが、その眼差し一つから強く感じることができた。
「お前さんが話さんのなら、小生が話すさ……間違ったことを言ったら適当に修正してくれ」
「私は話す事を許可していない」
「わざわざ人払いまでさせて何も話さないっていうもの礼儀に欠けるんじゃないのか? 咄嗟に人払いさせたこの坊主の判断力は見事だと小生は思うがな、味方に付けて損にならない……そう判断してもいいんじゃないのか?」
「某は石田殿とじっくりと話をしたいと思っただけでございます。そんな褒められるようなことなど……」
「それを考えずにできるのが一国一城の主ってやつなんだよ。三成には到底できんことだ」
皮肉ではなく淡々と事実を述べている、そんな風情の官兵衛の言葉に三成が素直に頷く。
幸村にとって三成は自分とほとんど年が変わらないというのに、豊臣の残党をまとめ上げその頂点に君臨する若き王であるのだが。官兵衛から見る三成はかなり違って見えるらしい。
そして三成も官兵衛の評価を素直に受け止めている。
まるで自分と佐助のようだ、そう思いながら幸村は官兵衛に話の続きをしてくれるように願った。
「官兵衛殿……お話していただけるだろうか。某は全てを知りたいと思っております」
「わかった。小生としても一人でも多くの味方が欲しいと思っていたところだ、この死にたがりの馬鹿を更正させるためにもな」
「誰が馬鹿だ!」
「し、死にたがり……とは……」
それから官兵衛によって語られ、三成に細くされる話の内容は幸村を驚愕させるに十分なものであった。
竹中半兵衛が己の死後に結実する策略を残していたこと。
豊臣秀吉の死の真実。
そして最後の大戦で三成が死ぬことを選んでいる、その事実。
そのどれもが幸村を大きく打ちのめしたのだが、ただ一つだけ。
どうしても許したくないことがあった。
「…………某は、我慢なりません」
「恨むなら半兵衛様を恨め。だがあの方は秀吉様の名誉とこの国のことを考え……」
「違うでござる! 石田殿が死ぬことが我慢ならないと言っているのです!」
己の主君のために、命を賭けて戦うのが武将の努め。
だが三成は主君を失い、死後も縛られ続け。友のために死ぬことを選び、そのために孤独な戦いを続けている。
三成の話を聞くと家康はあっさりとこの策を受け入れて三成を殺すことを了承したらしいのだが、幸村には家康がそのような男だとは思えなかった。あの上杉謙信が虎の後継者と認めた男が、自らの天下のために友を踏み台にするわけがない。
政宗を殺せば天下を取ることができ、政宗がそれを望んでいたとしても。幸村は何があろうともそれを受け入れはしないだろう。万全の状態の政宗と全力で力をぶつけ合い、その果てに天下が待っている。それならば歓喜と共に政宗の元に赴くだろうが。
自ら死を望む政宗と戦うなど、考えたくもない。
自分でさえそうなのだ、上杉謙信が認めた男がそんなことを受け入れるわけがない。それを素直に三成に伝えると、彼はあっさりとこう切り返してきた。
「私にとって家康は……大切な…………存在だが…………家康にとって私はただの友に過ぎぬ。あれには友人が大勢いる、私がいなくなっても困ることはあるまい」
「某は石田殿がお亡くなりになられれば号泣いたします」
「それは貴様が涙もろいからだろう」
「違います。某は石田殿のことをもう友だと思っております、友が死ねば泣く……それは当たり前のことでございましょう。徳川殿は某よりも遙かに長く石田殿の友人なのです、苦しまぬ訳がありません」
三成を中心として、湯にゆっくりと波紋が広がっていく。
半地下にあるこの浴場には、天窓からしか光が届かない。真冬とは思えぬ程赤く鮮やかな光が三成の色素の薄い髪を紅に染め、湯気に紛れて吐き出す重苦しい吐息すらも血のような色合いに染められていくよう。
その中で三成が小さく、嘆くかのように呟いた言葉があった。
「………………と刑部が言ったのだ……私に……生きていく意味など無い…………」
最初は聞き間違えだと思った。
だが若者二人の会話をにやにやしながら聞いていた黒田官兵衛がぎょっと目を見開き、あわてて三成の方へと向き直る。三成の肩を揺さぶって問い詰めたかったらしいのだが、手が不自由なため出来なかったらしい。
かわりに三成の二の腕を掴んで上下に振って必死に言葉をぶつける。
「おい三成、今のもう一度言ってみろ!」
「……………………………」
「石田殿……あの…………できればもう一度…………」
二人からの目線と追求に耐えられなくなったのだろう。必死に無視を決め込んでいた三成は、開き直ったかのように突如大声を上げる。強がりのように力の込められた声から力が失われ、それと同時に三成の顔がゆっくりと下を向いていったのは。
照れではなく、絶望故声を張り上げる気力を失っているから。
「家康の所には縁談が多数持ち込まれている、そう刑部が言ったのだ! 私の思いなど報われぬ、家康のことなど忘れてしまえ………と」
「石田殿…………」
「私と家康が和解すること事などもうできぬのだ。ならば私は死して家康の望みを叶える道を選ぶ…………それの何が悪いのだ! 刑部も官兵衛も……そして貴様も……」
「お前さんは家康に惚れてたわけだ…………さっさとそれを言えよ…………」
三成の嘆きに重なったのは、何かを悟ったような官兵衛の、のんびりとした声だった。
先程までの慌てぶりはどこへ行ったのか。目元は前髪に覆われてみることができないのだが、その全身に満ちているのは余裕、だった。
「惚れた相手に縁談持ち込まれたことを知って自暴自棄になっちまったか? そんなことで死んでどうする……女じゃなくて男がいいのなら、そこの坊主でも押し倒しとけ」
「男がいいわけではない! 私は家康が……家康のことが……」
「なら死のうなんて考えるなよ。自分に惚れてくれた相手が死んじまったら、家康だって落ち込むだろうが」
今度は手が上まで上がった。
優しく、三成の今までの心の苦しみを受け入れるかのように官兵衛の手は、ゆっくりと三成の頭を撫でていく。
「貴様も家康も……私の頭に何か恨みでもあるのか!? すぐに私の髪を触ることには何か意味が…………」
「石田殿は、愛されているのですな」
三成の嘆きの全てを受け止めようとしている官兵衛の姿に、思わずそんな言葉が口を突いて出る。
彼はこのまま凶王であり続けようとするだろう。
亡き主君のため、そして家康のために。
それでも官兵衛のような存在が側にいて常に気遣ってくれる。それならばきっと、三成は救われる。
そして自分と三成のために今できることはただ一つ。
「貴様、言うに事欠いて何を……っ!」
「……改めて同盟を申し込ませていただきたい。大谷殿の言った条件ではなく、石田殿……貴殿と某で考えましょう」
「私と…………貴様で?」
「はい!」
ぬるめのお湯だが、長時間浸かっていれば汗が噴き出てくる。
鼻の横を流れ始めた汗を指で拭い、三成に向かって笑いかけてみせると感心したような官兵衛の声。
「……なるほど、そりゃ面白い。あくまでもお前たちで内容を決める同盟……か。あとで書面を書き換えておいた方がいいな」
「竹中殿の思うがままに動かされるのが不満なのではありませぬ。この国が一つにまとまるためにはいずれは起こらなければならなかった戦です…………民の笑顔を生み出す戦になるのならば、某は喜んで協力いたしましょう」
「笑顔になる戦……か」
その言葉を聞いた途端、官兵衛の表情が変わった。
三成を慈しむように見つめていた前髪越しの眼差しに、知謀という名の鋭い光。そして何かを考え込むかのように顎に手を当て口を小さく動かしながら何かを考え始めた彼を一瞥し、三成はゆっくりと顎をあげた。
「真田……貴様は私を裏切らないのか?」
「はい、石田殿をお助けしたいと心より思っています」
「…………そうか」
小さな声に、ほんのわずかに含まれた暖かいもの。
それは安堵だろうか、それとも信頼だろうか。
彼と自分の未来に待っているものは決して楽な道ではないだろう。だが幸村は友と呼んだ男への思慕故に凶王となった男を救いたい、そう思い始めていた。
いつか遠い未来、信玄と謙信のように彼と昔話を肴に酒を酌み交わせる日が来るように。
ここで力を尽くしておくのも悪くない、そう思っていた幸村はそのために一番大事なことを三成に聞いてみることにした。
「ところで石田殿、酒はお好きですか?」
若さというのは力であり、特定の時期にしか持てないひたむきな情熱の源である。
組めども組めども尽きぬ無限ともいえる熱に突き動かされ、人は動き己の未来を形作っていくのだ。
そう、彼らのように。
「石田殿、もう一献いかがですか?」
「その酒はまずいではないか。口に残るし、やけに甘ったるい」
「それでもこれを片付けなければ次の酒を飲めませぬ」
「…………わかった、かせ。しかし貴様も半分片付けろ」
「わかっております。次の酒は上杉殿のお膝元の酒でございます、これは大丈夫だと思いますが…………石田殿は随分と辛口の酒がお好きなのですな」
「枇杷や桃を肴に飲むには、しっかりとした味でなければ負けてしまう」
「果物を肴に酒を飲むのですか!? 酒を飲む時はやはり団子でしょう」
すっかり三成の逃避場所として官兵衛に認識されるようになってしまった、天君の上。
今日は雪も降っておらず、あの時よりずっと暖かい空気が優しく戦車上の二人の若者を包んでいた。
語り合い、杯を交わし。
自分と近い年頃の相手に遠慮することなく言葉をぶつける。それだけだというのに、三成の顔に宿り続けていた影のようなものが薄れていっているようだ。代わりに宿りはじめているのは、安堵に酷似している目の前の相手への信頼。
昔の家康と三成の関係性とは違う、互いに遠慮なく物を言い合える関係が生まれつつあることに目を細めていると、自分と同じく扉に体重をかけ事に成り行きを見守っている忍びが話しかけてきた。
「そっちの大将……噂とは全然違うんだね」
「目の前に立ちふさがる物を全て斬り殺す凶王……か。まあ一皮剥けばあんなもんだ」
「そんな噂ばかり聞いてたからね、ここには正直来たくなかったんだけど…………あの大将には感謝しておかないと。旦那のあんな楽しそうな顔は、久々に見たよ」
「そりゃこっちの言葉だ。三成のあんな顔は……そうだな、秀吉が死ぬ前以来だな……」
「あんたも色々と大変みたいだね」
小さく笑う忍びを冗談めかして睨み付けてやると、官兵衛は杯を介して友情を深め合う二人目と目線を戻した。
最初は普通に大広間での宴会だったのだが、大谷が急用で呼ばれいなくなり。これ幸いとばかりに幸村が三成に案内させてここまで連れてきたのだ。酒と肴を用意させられた忍びは大変だったのだろうが、彼はそれを微塵も外に出すことはない。
主人を思い、彼のために最良の行動を取る。
これだけの忠臣を抱えている幸村は、この戦を乗り越えればきっと名君と呼ばれるにふさわしい男になるだろう。
それを素直に言葉にすると、忍びの表情が一気に厳しくなった。
「…………ま、この戦で武田が生き残れたらだけどね」
「あの坊主には恩が出来た、小生が死なせん」
「そんなでっかい重しを付けて言う言葉? それとも……この戦を豊臣……いや石田軍勝利で終わらせる方法でも思いついたわけ?」
「このままいけばこちらの勝ちだ、三成が最後まで生き抜いてくれればだけどな」
「勝てる要因は揃ってる……いや揃えたって事か。あんたとあの大谷さんなら、どんな手を使ってもやるだろうね」
「まあな」
長宗我部はこちらの策に乗った。
今頃前田利家の奥方は拘束されてこちらに向かっていることだろう。
徳川が奥方を人質に取ったように見せかけ、前田家に徳川への偽りの恭順を行わせる。それと同時に戦の最中に前田家が徳川を裏切るように働きかけ、三成と戦う前に家康が討たれるように仕向けてはいるが。
これだけでは足りない。
三成は家康と相対すれば必ず彼の拳の前に散るだろう。
大谷のことは気にくわないし半兵衛の策に乗るのも嫌だが、三成に死を選ばせずにこの戦を乗り切る。この一点だけでは、大谷と官兵衛の利害は一致していた。
三成と戦場で出会う前に家康に死を。
ただし、三成を傷つけない形で。
三成を凶王として人前では敬うが、友人としてはからかったりいじめたりと存外な扱いをしている大谷だったが。彼は彼なりに三成の命を守ろうとしているのだ、それがわかるから協力はしているが。
正直、気が滅入ることもあった。
人を殺し、恨みと憎しみという名の絆で人々を苦しめる。それが良いことではないのはわかっているし、なにより官兵衛にはどうしても三成に与えてやりたいものがあった。
雪に埋もれながら嘆いたあの姿。
そして風呂の中で家康への思いを吐露した時の切なげな瞳。
悲しみと切望に覆われた三成の全てが、官兵衛の中に一つの思いを芽生えさせていたのだ。
「なあ……武田の忍び」
「俺様、猿飛佐助って名前があるんだけど」
「じゃあ佐助…………頼みがある」
「もう酒はないからね、まさか石田の大将があんなに飲むなんて思ってなかったし」
「三成は与えれば与えるだけ飲む、味にはうるさいがな」
「うちの旦那と同じか。で、アンタの用件は?」
「かなり厄介なことなんでな……あの坊主と相談してくれ」
「まさか、徳川家康に連絡取ってくれ…………なーんてふざけたお願いじゃないよね?」
「よくわかったな、小生が頼みたかったのはそれだ」
完璧だった愛想笑いが、瞬時に敵に相対する鋭い顔へと変貌する。
重厚な扉に預けていた背を浮かせ、腰に手をやりながら。隙あらば官兵衛を切り捨てかねない程の殺気を含んだ眼差しが、こちらの魂を削るかのように官兵衛をじろじろと見つめ続けている。
雪など降らなそうな空だというのに、背筋が凍るように寒い。
「三成のため、そしてお前さんの主人のため……小生は、考えていることがある」
「…………聞かせてもらおうじゃないの、それを」
「三成の奴に徳川のことを忘れさせたい、そのためには一度会わせてちゃんと振られちまった方がいいだろう? 正直な、三成に生きる気になってもらわないと、負けるんだよ……この戦はな。例え勝ったとしても、家康への思いがある限り三成はもうそこで終わりだ」
「純情そうだしね……あの大将。一つ聞くけど、俺様が石田の大将がこっぴどく振られる手伝いをしたとして、うちの旦那の得になるわけ?」
「三成がこの国を手に入れれば、あの坊主はこの国の王の親友って立場を手に入れるわけだ。それにこれから起こる戦に勝たなきゃ、お前さん方の国も危ないんじゃないのか?」
一度家康と三成を会わせる。
そうして二人の意思を確認し、必要があればこの戦いを終結させる為に話し合わせる。話を聞く限りでは家康はこの戦を望んでいるようではあるので、多分話は物別れに終わるだろうが。
三成の中で家康との決着を付けることはできる。
その上で天下分け目の大戦を起こせば、立場は平等だ。家康も三成も、互いが納得いく形で戦うことができるはず。片方が死にたがっている状況で戦など起こしてはいけないのだ、せめて互いの意志を固める機会くらいは与えてやりたい。
それに、先程の幸村の言葉で官兵衛は一つの策を思いついていた。
実行できるかはわからない、そしてあまりにも条件が悪すぎる。だが行うことができればきっと。
本当の意味で全ての戦を終結させられる。
その着想を与えてくれた幸村の言葉に感謝しつつ、官兵衛は体の力を抜いた。先程より佐助から発せられる殺気が薄れているのだ、背筋の寒気もいつの間にか治まっている。
佐助も少しだけこちらの話を聞いてくれる気になったらしい。
「未来の利益のためにいま苦労しろっていう考え方なんだ、あんたは」
「無理な願いだって事はわかってるさ。それにこれは小生の私情もかなり挟んでるんでな、無理して行わなきゃいかんことでもない」
「あんたの私情?」
「三成に惚れた……だからあんな男の事などさっさと忘れさせてやりたい、それだけだ」
最初は単に面倒で手間がかかる子供だった。
そして徐々に世話を焼きたくなる若者になり、そして彼の内に宿り始めた空虚が官兵衛の心を捉え。
そして彼の嘆きは愛情を生みだした。
不器用で意地っ張りで、そのくせ誰よりも一途で。
純粋すぎて生きることすら苦しそうなのに、愛した男の事を優先するのだ。それで自分が苦しむとわかっていても。
抱きしめて愛おしいと言っても、今の三成には届かないだろう。
だからこそ官兵衛は彼を家康に会わせたいと思っていた。はっきりと終わらせなければ、三成の心に官兵衛の言葉は届かない。
そして生かしてやることすらできないのだ。
「あんた…………本物の馬鹿だね」
「馬鹿で結構。だが馬鹿な自分も嫌いではないんでな」
「豊臣の関係者っていうのは、どうして馬鹿揃いなんだか…………」
腰のあたりを泳いでいた佐助の手が、額へと伸びる。
頭を抱えるような仕草で大仰に嘆く佐助の目には、もう殺意もこちらに向けた懐疑も何も感じられなかった。
彼の目にあったたのは、信頼とそして未来への意志。
「一人……心当たりがある。旦那に了解を取ってなんとかしてみるよ」
「いいのか?」
「豊臣絡みの馬鹿は見慣れてる。俺様もそれに毒されたかな……年下の男に恋したなんて馬鹿なことを言い出すあんたに手を貸すのも悪くないって、思っちゃったからね。まあ見た目は綺麗だよね……あんたの大将」
「小生が見た目で惚れるわけがない」
次に目を合わせた時に互いの顔に生まれていたのは微笑みだった。
相も変わらず戦車の上で酒を酌み交わす若者達。彼らに温かい眼差しを送りながら、官兵衛は思う。
どうか彼らに幸せな未来が訪れるように、そのためならどんな事でも行おう、と。
「旦那! まだお酒残ってる? こっちのおじさんが飲みたいって」
「誰がおじさんじゃ!」
「若い子に手を付けたがるのはおじさんの証拠だよ」
大きく手を振って大声で幸村に話しかけていた佐助が、にやっと笑って小さく口を動かす。
官兵衛の弱みを握れたことが嬉しいのか、それとも純粋に喜んでいるのかはわからないが。
「酒ならまだ少しは残っているが! 官兵衛殿もこちらに来てはどうですか?」
「駄目だ! 官兵衛にやる酒はない!」
「ですが石田殿……二人で飲むより気心の知れた人間で飲んだ方が酒は美味しいのでは……」
「飲む酒が減るぞ」
「そ、それは困った事態ですな! 酒を買い足してこなくては……」
「ついでに言うが、官兵衛をここに上げるのは手間がかかる。私たちが下に降りた方が早い」
「そうでございますか…………このような良い場所から降りるのは残念でございますが……」
三成の言葉にがっくりと防寒用の長羽織に包まれた肩を落とした幸村だったが、降りることは了承したらしい。三成と共に軽やかに戦車から飛び降り、肩を並べて楽しそうに会話しながらこちらに向かってくる二人を眺めていると、心底楽しそうな佐助の声。
「腰細いよね……石田の大将。乱暴に扱ったら壊れちゃうよ、気をつけないと」
「な、何が言いたい」
「我慢できなくなって押し倒すにしても、俺様の見えないところでやってよね」
小さく響く笑い声を聞きながら。
これからこの件で何度もからかわれることになることだけはわかった官兵衛は、諦めたかのように天を仰ぎ。
そして澄んだ濃い色の空を見ながら、喜びのこもった息を吐いた。
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次で幸村の章は終わり。
次から徳川方に話が移ります……頑張れ家康。寝取られるぞw
BGM「インフィニティ」 by May,n
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色々説明
拍手現在豊臣家転生パロ中学生編入ってます
(現在2本 家三 チカナリです)
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ラキドでは幹部全員を溺愛しておりますが、ベルナルドとイヴァンは特に偏愛。ばさらは家三とか奥州の愉快な仲間達と毛長がメインです。うずみさんが現在官三とか官佐にずっぽりとはまり中。
基本は、愛想のかけらもない「ネット怖い~」の書き手が二人で色々書いている場所です。
書いている人
みっし
・生真面目で堅物でムキムキな男性と一見そうじゃなくても根は真面目極まり ないキャラをこよなく愛している、がんかたうるふの片割れ。編み物とお菓子作りが趣味という、第三者曰く可愛らしい一面を持つ反面、パニクると踊ったり、オロオロしだして周囲は見ていて楽しいらしい。荒ぶる舞は、職場の名物だったりする……らしい。
イヴァンちゃんと片倉さんとシズちゃんとスカイハイさんと陛下を思いっきり愛している。好きなアニメは銀魂と最近はFate/zero。型月ファンというよりは元から虚淵ファンでうずみさんからオススメされまくった末にようやっと手を付けて完読した。ライダー組おいしいです。エクシリアではダントツで陛下が好き。陛下が使用可能になる完全版があるなら複数買いしても構わないとのたまう日々。バサラの好きキャラは片倉さん一強だったはずなのに最近はアニキも熱い。かっちり着込むキャラがすきだったはずなのにいきなり露出度が高いキャラを好きになったのは何故か悩む日々。二次元の向かう愛と同じぐらい甥っ子への愛を叫んでいる気がしてならない。
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