こちらはサークル「がんかたうるふ」のうずみとみっしの二人組が、ラッキードッグ1とばさらのこばなしを黙々と投下する場所です。
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次で一区切りです。
*****
さすがに肩に乗せられ続けているのは嫌だったので、早々に下ろしてもらった。
最初から三成を連れ出すことを考えていたのか、外に繋いであった馬には防寒用の綿入れと首巻きが乗せられており。一回り以上体が大きく見えてしまうそれを身に纏い、孫一に念入りに首に布を巻かれてから、一行は山道を往くこととなった。
そして三成の肩には、小さなお供が。
「すっかり夢吉に懐かれたな」
「……………………………」
「よかったな夢吉、遊んでもらえて」
三成の首を覆う布を引っ張ったり、そこに潜り込もうとしたり。
三成の肩の居心地がよほど気に入ったのか、夢吉という名の小猿は飼い主が呼んでもそこから動こうとしなかった。時には頭に乗ったり腕にしがみついたりと、忙しいことこの上ない。
最初は無視していた三成だったが、首元に入り込もうとしてきた時にはさすがに慌て。
それを繰り返している内に、一人と一匹の間にはすっかり友誼のようなものが生まれ始めていた。
「あ、暖かいから側にいることを許可しているだけだ」
「……………子供のような顔で遊んでやっていたくせに」
くつくつと笑いながら孫一がそう指摘すると、それに賛同するかのように夢吉が一声鳴いた。日頃の行いが悪いのか、あまり小動物には懐かれない三成なのだが夢吉は全く躊躇することなく三成の側へと近づいてきた。
それは夢吉が武人になれているからなのか、それとも三成が変わってきているからなのか。
わかるわけがないが、首に巻いた布に潜り込んできた暖かい毛皮を寄せてくれるこの小さな生き物は心地よい。
「こっちかな……確か」
「どこへ向かおうとしている?」
「俺もよくはしらないけど、確か……あった、あれか」
霜が降ったからか、いつもより遙かに堅い草に覆われた大地を踏みしめながら歩いていると、慶次がとある木を指さした。そこに結びつけられていたのは、赤と橙の色合いが鮮やかな飾り紐。
結び目の方向を確認してから丁寧にほどき、その方向へと歩いて行こうとする所を見ると、それが今まで慶次を導いていたのだろう。
「上杉の忍びか」
「かすがちゃんが下調べしてくれたからね、俺でもちゃんと案内できるって訳。かすがちゃんには会ったことあったよね?」
「ああ、何度か手紙を届けに来てくれた」
「そういえばこの奥だったな……あの女と会った場所は。ここにはあまりいい思い出がないが……」
「何かあったの?」
「ここで以前鏃を踏み抜いて怪我をした」
あの時は普通に剣の稽古をしていたのだが、雨で地盤が緩くなっていたとはいえ、歩きなれていた道で鏃を踏み抜いて怪我をした自分が情けない。嫌な思い出に顔をしかめていると、体を伸ばした夢吉が慰めるかのようにぺろりと顔を舐めてくれた。
猿に同情される自分に更に落ち込むが、孫一の冷静そのものの声が三成を我に返らせた。
「それは妙だな。あの館……あれだけ古いのだ、建ってから相当建っているだろう」
「らしいな」
「鏃も長い間土に埋まっていれば脆くなる、沓を破るほどの鋭さをいつまで保つことが出来る? 伊達があそこに別邸を建てたというのは、ここは戦の危険がない場所だとわかっていたからだ」
「それだけ長い間戦が起こっていない場所に、そんな立派な鏃が土の中に埋まって存在することがおかしい……そういうことか」
歩きながら腕を組み大仰に頷いているが、慶次の目は真剣そのものだった。
前田の風来坊などと呼ばれていはいるが、戦の巧者であり、豊かな歌舞の才能を持ち。どこかに仕官すれば、それなり以上の待遇が与えられると噂されていた男だ。派手な外見に騙されると、痛い目を見る。
昔半兵衛がそう言っていたがそれは事実だったようだ。
「だけどさ孫一、わざわざ鏃を埋めて誰かが踏むのを待つのはいたずらにしても手間がかかりすぎる割に効果が薄い気がする……相手が必ず踏むなんていう保証はないわけだしさ」
いや、と慶次は首をひねりながら考え続ける。
「誰かが踏むのを待つんじゃなくて……誰かに踏ませることを目的と……いや、それこそ実入りが少ない」
この男こそ軍師になればいいのでは、見た目に似合わぬ理路整然とした物の考え方にある意味感心していた三成の肩を、横を歩く孫一が軽く叩いた。
「一つ聞いてもいいか?」
「何だ?」
「かすがというのは……女だな」
「見目はいいが、気が強くて扱いづらい女だ。会ったことがないのか?」
「残念ながらな」
ぶつぶつ呟きながら先を行く慶次の背に、孫一の強い熱を帯びた視線が刺さっている。恋情という熱を帯びた目線なら三成も気にしなかったのだが、そこに含まれていたのは今にも爆発しそうな憎しみに近い何かだった。
三成の肩口で遊んでいた夢吉が、何かを感じ取ったのか三成の懐へと潜り込む。
「あのカラスめ……何人の女と………」
目にはどろどろとした熱を帯びた泥土のような濁り、だが口に上る言葉には何の色もなく。その落差に三成ですら思わず孫一から一歩離れた。夢吉の切なげな鳴き声はこの最悪の状況を象徴するかのようにあたりに響き渡っている。
そういえば前田慶次は女遊びの巧みさでも有名だった。
この二人が厳密にどういう関係かはわからないが、きっと『恋人』に限りなく近い関係なのだろう。
そんな相手の前で、他の女を親しげにちゃん付けで呼ぶ。
朴念仁だの人の心の機微がわからないだの過去に散々言われてきた三成だったが、それがまずいのはさすがにわかる。自分と家康の関係で表現すれば、自分の目の前で家康が政宗と仲良くしているようなものだ。
見ているだけで苛々するし、思わず家康を切り刻んで肉片に変えてやりたくなる。
「そろそろつくよ、孫一も石田も疲れてない?」
「大丈夫だ……そうだな石田?」
「あ………ああ……」
くるりと慶次がこちらを気遣うように振り返った時には、もう孫一の目には何も燃えておらず。思いっきり挙動不審になり、懐からひょっこりを顔を出す夢吉の頭を撫でることでなんとかそれをごまかしたが。
女は怖い。
日頃関わる女性といえば盛りを過ぎた伊達家の下働きの者ばかりの三成には、孫一の全てが未知であり、そして恐怖の対象であった。
「さすがかすがちゃん、ここなら誰にも聞かれないか……」
慶次がかすがを褒める度に孫一の顔が引きつっていき、三成と夢吉のおびえも増していくのだが慶次だけ箱の状況に気がついていなかった。どれだけ大物なんだと思いながら、三成は慶次に導かれた場所を見回してみた。
大空へ大きく張り出した岩の先に慶次はどっかりと腰を下ろしており、周囲を見回しても木々などの遮蔽物はほとんど存在しない。そのかわり風邪を遮る物がないので、奥州の寒風は容赦なく三人を打ち付けることになるのだが、事前に慶次が用意してくれた綿入れのおかげであまり寒さは感じなかった。
小さな家くらいは建ちそうな大岩とはいえ、さすがに慶次のようにどっかりと座る気にはならず、岩が揺れ始めたらすぐに逃げられる距離に遠慮がちに腰を下ろした。そんな三成の側に孫一も己の場所を定めたのは、きっと同じ事を考えているからだろう。
「さて、と。まずは謙信からの伝言を伝えるよ」
「やはりそれか」
「必ず最初に伝えろって謙信に言われたからね」
「自分の話を終えたら伝言など忘れそうだったからではないのか?」
「孫一は相変わらず厳しいな…………とりあえず、謙信からの伝言は『こちらはかわらず、そくさいにすごしております。あんずることなかれ』だけど、意味わかる?」
「ああ」
言葉は短かく答え、しっかりと謙信からの言葉を噛みしめる。
慶次は意味がわかっていないのだろう、隠しきれずに笑みをこぼす三成の顔を見てあっけにとられてはいたが、すぐに表情を笑顔へと変えた。
胸の中に湧き上がってくるのは限りない安堵。
なんどか上杉や武田の忍びが手紙を持ってきてはくれた。伊達の使用人の監視をくぐり抜けるのは大変だったろうに、彼らは己の主君の望みだからと笑って言ってくれる。その時の彼らの笑いと、慶次の笑いはどことなく似ている。
誰かのにあわせを願い、それによって己も幸せになろうとする、優しい人の笑いだ。
「それなら俺がここに来たかいもあったかな。さて、と……次は俺の用だね」
「さっさと言え、そしてそれを渡せ」
笑いにあわせて、慶次の尾のような髪が大きく揺れる。
苔すら生えていない岩の舳先であぐらを掻いたまま、慶次は傍らに置いていたそれを無造作に三成に向けて放り投げてきた。慌てることもなく三成はそれを片手でつかみ取り、そして己の膝へとゆっくりと置いた。
黄金を使った象眼細工の豪奢な鞘、それとは相反する光を放たぬ黑金の鍔。周囲に巻かれた金糸銀糸をふんだんに使った吊し紐も、その吊し紐に添えられた珊瑚の飾り玉も。中で眠っている白波を思い起こさせる刃紋すらも、三成にとっては今までは思い出の中にあった物。
「秀吉にもらった物なんだって?」
「………褒美に下さった…………今となってはもうこれしか残っていない………」
「そっか」
「……………やっと……戻ってきた………」
「徳川軍が佐和山の城を見に来た時、本来なら見つかってた物らしいよ……それ」
「なんだと?」
「城の使用人たちが協力して、毎回隠し場所を変えて……頑張って守り続けたんだって。俺が石田の墓に供えたいって言ったら、喜んで出してくれたよ」
俺は徳川の人間じゃなかったからな。
ぽつりと添えられた言葉は、三成に佐和山の状況を簡単に想像させた。徳川の軍勢に田畑を荒らされ、略奪の限りを尽くされて。それでも彼らはこれを守り続けてくれたのだ、自分と秀吉を繋ぐたった一つの思い出の品を。
そう思った瞬間口に上ったのは、秀吉の名前ではなかった。
「このような物に命をかけずとも…………見つかれば命はなかっただろうに………」
「話をたくさん聞いてきた、あんた……いい君主だったみたいだね」
「私は自分の思いに民を巻き込んだ、いい主であるわけがない!」
「あんたを悪く言う奴は誰もいなかった……怒りっぽいとかすぐすねると言った人たちはいたけどね。話を聞いてたら俺も楽しくなってきたし……あんたの作る国なら、俺も住んでみたいと思ったよ」
もうそんなもの、作れるわけがない。
それをわかって言っているのなら、この男はなんて意地が悪いのだろう。
「………おいカラス、あまり子供を泣かせるな」
「私は子供ではない!」
「国に残した人間を思って泣く……子供のやることだろう。大人の男だと胸を張って言えるのなら泣くな」
「泣いてなどいない!」
「そうか、ならば笑え」
明るい色合いの髪を轟とうなる風に任せ、孫一は艶やかに笑う。
「貴様が泣くとうちのカラスも泣くことになる………この風来坊が何故ここに来たのか教えてやろうか?」
「ちょっと! 孫一それは……っ!」
「死んだ友人の忘れ形見を慰めに来たんだそうだ。死ぬ前に何かあったら面倒を見てくれと頼まれていたんだろう?」
「それは俺が言うつもりだったのに……」
「貴様が笑わねば、あのカラスは死んだ友との約束を果たせない。貴様が幸せになれるように見守ってくれ……それがあの大猿の遺言だったらしいからな」
「秀吉……様が……?」
秀吉は三成にとって偉大で敬愛すべき主君で、決して隣で見守ってくれるような身近な存在ではなかった。だがちゃんと三成は覚えている、遠くでいつも見守ってくれた深い慈愛に満ちた目があったことを。
秀吉が自分を守っていてくれたことを、忘れることはない。
死してもなお友人の体に己の思いを乗せ、三成を守ろうとしてくれる秀吉の思いに深く感謝し、三成は自分のためだけにあつらえられたその刀をゆっくりと抱きしめた。
秀吉の思いに深く、強く感謝しながら。
「ほとんど孫一に言われちゃったけど……俺が言いたかったのはそういうこと。何かあったら俺を呼んでくれればいいし、謙信も……いつかは越後に遊びに来いってさ」
「今はまだ………だがいつか必ず………」
「気持ちが落ち着いて、どうしたいのかが決まったらでいいよ。その時は俺が越後を案内するからさ」
「どうしたい……か」
家康との決着をつけなければ、ここから出ることは出来ない。
だがその後自分はどうすべきなのだろう。最初はさっさと自刃するつもりだった、だが今は。
自分のために動いてくれる人がいる、それを知ってしまったのに死ねるわけがない。
ぎゅうっと刀を強く抱きしめる。
抱きしめれば熱を持つし、風に紐がなびいて動きはするが、それは生きている物ではない。それでも秀吉と自分を繋いでくれる唯一の物に三成はすがりたい気分だった。紐が揺れるのを気にする夢吉がそれを手に取ろうとするが、後一歩のところで風が手から逃がしてしまう。
その姿に心を和まされていると、横から強い力で肩を叩かれた。
「我らは絆という言葉を好まない、それは金を生むわけではないからな」
「………………………………」
「だが一度くらいはその言葉を信じてみようか」
その時はその言葉の意味がわからなかったが。
屋敷に戻った三成は、ある奇跡を目の当たりにし。
そして、家康の胸にすがって盛大に泣くことになるのだが、それはもう少しだけ先に話となる。
______________________________________
ラストで鏡と相対する三成さんの予定。
箸休めの回のはずが、なんでこんなになってしまったんだろう……
最初から三成を連れ出すことを考えていたのか、外に繋いであった馬には防寒用の綿入れと首巻きが乗せられており。一回り以上体が大きく見えてしまうそれを身に纏い、孫一に念入りに首に布を巻かれてから、一行は山道を往くこととなった。
そして三成の肩には、小さなお供が。
「すっかり夢吉に懐かれたな」
「……………………………」
「よかったな夢吉、遊んでもらえて」
三成の首を覆う布を引っ張ったり、そこに潜り込もうとしたり。
三成の肩の居心地がよほど気に入ったのか、夢吉という名の小猿は飼い主が呼んでもそこから動こうとしなかった。時には頭に乗ったり腕にしがみついたりと、忙しいことこの上ない。
最初は無視していた三成だったが、首元に入り込もうとしてきた時にはさすがに慌て。
それを繰り返している内に、一人と一匹の間にはすっかり友誼のようなものが生まれ始めていた。
「あ、暖かいから側にいることを許可しているだけだ」
「……………子供のような顔で遊んでやっていたくせに」
くつくつと笑いながら孫一がそう指摘すると、それに賛同するかのように夢吉が一声鳴いた。日頃の行いが悪いのか、あまり小動物には懐かれない三成なのだが夢吉は全く躊躇することなく三成の側へと近づいてきた。
それは夢吉が武人になれているからなのか、それとも三成が変わってきているからなのか。
わかるわけがないが、首に巻いた布に潜り込んできた暖かい毛皮を寄せてくれるこの小さな生き物は心地よい。
「こっちかな……確か」
「どこへ向かおうとしている?」
「俺もよくはしらないけど、確か……あった、あれか」
霜が降ったからか、いつもより遙かに堅い草に覆われた大地を踏みしめながら歩いていると、慶次がとある木を指さした。そこに結びつけられていたのは、赤と橙の色合いが鮮やかな飾り紐。
結び目の方向を確認してから丁寧にほどき、その方向へと歩いて行こうとする所を見ると、それが今まで慶次を導いていたのだろう。
「上杉の忍びか」
「かすがちゃんが下調べしてくれたからね、俺でもちゃんと案内できるって訳。かすがちゃんには会ったことあったよね?」
「ああ、何度か手紙を届けに来てくれた」
「そういえばこの奥だったな……あの女と会った場所は。ここにはあまりいい思い出がないが……」
「何かあったの?」
「ここで以前鏃を踏み抜いて怪我をした」
あの時は普通に剣の稽古をしていたのだが、雨で地盤が緩くなっていたとはいえ、歩きなれていた道で鏃を踏み抜いて怪我をした自分が情けない。嫌な思い出に顔をしかめていると、体を伸ばした夢吉が慰めるかのようにぺろりと顔を舐めてくれた。
猿に同情される自分に更に落ち込むが、孫一の冷静そのものの声が三成を我に返らせた。
「それは妙だな。あの館……あれだけ古いのだ、建ってから相当建っているだろう」
「らしいな」
「鏃も長い間土に埋まっていれば脆くなる、沓を破るほどの鋭さをいつまで保つことが出来る? 伊達があそこに別邸を建てたというのは、ここは戦の危険がない場所だとわかっていたからだ」
「それだけ長い間戦が起こっていない場所に、そんな立派な鏃が土の中に埋まって存在することがおかしい……そういうことか」
歩きながら腕を組み大仰に頷いているが、慶次の目は真剣そのものだった。
前田の風来坊などと呼ばれていはいるが、戦の巧者であり、豊かな歌舞の才能を持ち。どこかに仕官すれば、それなり以上の待遇が与えられると噂されていた男だ。派手な外見に騙されると、痛い目を見る。
昔半兵衛がそう言っていたがそれは事実だったようだ。
「だけどさ孫一、わざわざ鏃を埋めて誰かが踏むのを待つのはいたずらにしても手間がかかりすぎる割に効果が薄い気がする……相手が必ず踏むなんていう保証はないわけだしさ」
いや、と慶次は首をひねりながら考え続ける。
「誰かが踏むのを待つんじゃなくて……誰かに踏ませることを目的と……いや、それこそ実入りが少ない」
この男こそ軍師になればいいのでは、見た目に似合わぬ理路整然とした物の考え方にある意味感心していた三成の肩を、横を歩く孫一が軽く叩いた。
「一つ聞いてもいいか?」
「何だ?」
「かすがというのは……女だな」
「見目はいいが、気が強くて扱いづらい女だ。会ったことがないのか?」
「残念ながらな」
ぶつぶつ呟きながら先を行く慶次の背に、孫一の強い熱を帯びた視線が刺さっている。恋情という熱を帯びた目線なら三成も気にしなかったのだが、そこに含まれていたのは今にも爆発しそうな憎しみに近い何かだった。
三成の肩口で遊んでいた夢吉が、何かを感じ取ったのか三成の懐へと潜り込む。
「あのカラスめ……何人の女と………」
目にはどろどろとした熱を帯びた泥土のような濁り、だが口に上る言葉には何の色もなく。その落差に三成ですら思わず孫一から一歩離れた。夢吉の切なげな鳴き声はこの最悪の状況を象徴するかのようにあたりに響き渡っている。
そういえば前田慶次は女遊びの巧みさでも有名だった。
この二人が厳密にどういう関係かはわからないが、きっと『恋人』に限りなく近い関係なのだろう。
そんな相手の前で、他の女を親しげにちゃん付けで呼ぶ。
朴念仁だの人の心の機微がわからないだの過去に散々言われてきた三成だったが、それがまずいのはさすがにわかる。自分と家康の関係で表現すれば、自分の目の前で家康が政宗と仲良くしているようなものだ。
見ているだけで苛々するし、思わず家康を切り刻んで肉片に変えてやりたくなる。
「そろそろつくよ、孫一も石田も疲れてない?」
「大丈夫だ……そうだな石田?」
「あ………ああ……」
くるりと慶次がこちらを気遣うように振り返った時には、もう孫一の目には何も燃えておらず。思いっきり挙動不審になり、懐からひょっこりを顔を出す夢吉の頭を撫でることでなんとかそれをごまかしたが。
女は怖い。
日頃関わる女性といえば盛りを過ぎた伊達家の下働きの者ばかりの三成には、孫一の全てが未知であり、そして恐怖の対象であった。
「さすがかすがちゃん、ここなら誰にも聞かれないか……」
慶次がかすがを褒める度に孫一の顔が引きつっていき、三成と夢吉のおびえも増していくのだが慶次だけ箱の状況に気がついていなかった。どれだけ大物なんだと思いながら、三成は慶次に導かれた場所を見回してみた。
大空へ大きく張り出した岩の先に慶次はどっかりと腰を下ろしており、周囲を見回しても木々などの遮蔽物はほとんど存在しない。そのかわり風邪を遮る物がないので、奥州の寒風は容赦なく三人を打ち付けることになるのだが、事前に慶次が用意してくれた綿入れのおかげであまり寒さは感じなかった。
小さな家くらいは建ちそうな大岩とはいえ、さすがに慶次のようにどっかりと座る気にはならず、岩が揺れ始めたらすぐに逃げられる距離に遠慮がちに腰を下ろした。そんな三成の側に孫一も己の場所を定めたのは、きっと同じ事を考えているからだろう。
「さて、と。まずは謙信からの伝言を伝えるよ」
「やはりそれか」
「必ず最初に伝えろって謙信に言われたからね」
「自分の話を終えたら伝言など忘れそうだったからではないのか?」
「孫一は相変わらず厳しいな…………とりあえず、謙信からの伝言は『こちらはかわらず、そくさいにすごしております。あんずることなかれ』だけど、意味わかる?」
「ああ」
言葉は短かく答え、しっかりと謙信からの言葉を噛みしめる。
慶次は意味がわかっていないのだろう、隠しきれずに笑みをこぼす三成の顔を見てあっけにとられてはいたが、すぐに表情を笑顔へと変えた。
胸の中に湧き上がってくるのは限りない安堵。
なんどか上杉や武田の忍びが手紙を持ってきてはくれた。伊達の使用人の監視をくぐり抜けるのは大変だったろうに、彼らは己の主君の望みだからと笑って言ってくれる。その時の彼らの笑いと、慶次の笑いはどことなく似ている。
誰かのにあわせを願い、それによって己も幸せになろうとする、優しい人の笑いだ。
「それなら俺がここに来たかいもあったかな。さて、と……次は俺の用だね」
「さっさと言え、そしてそれを渡せ」
笑いにあわせて、慶次の尾のような髪が大きく揺れる。
苔すら生えていない岩の舳先であぐらを掻いたまま、慶次は傍らに置いていたそれを無造作に三成に向けて放り投げてきた。慌てることもなく三成はそれを片手でつかみ取り、そして己の膝へとゆっくりと置いた。
黄金を使った象眼細工の豪奢な鞘、それとは相反する光を放たぬ黑金の鍔。周囲に巻かれた金糸銀糸をふんだんに使った吊し紐も、その吊し紐に添えられた珊瑚の飾り玉も。中で眠っている白波を思い起こさせる刃紋すらも、三成にとっては今までは思い出の中にあった物。
「秀吉にもらった物なんだって?」
「………褒美に下さった…………今となってはもうこれしか残っていない………」
「そっか」
「……………やっと……戻ってきた………」
「徳川軍が佐和山の城を見に来た時、本来なら見つかってた物らしいよ……それ」
「なんだと?」
「城の使用人たちが協力して、毎回隠し場所を変えて……頑張って守り続けたんだって。俺が石田の墓に供えたいって言ったら、喜んで出してくれたよ」
俺は徳川の人間じゃなかったからな。
ぽつりと添えられた言葉は、三成に佐和山の状況を簡単に想像させた。徳川の軍勢に田畑を荒らされ、略奪の限りを尽くされて。それでも彼らはこれを守り続けてくれたのだ、自分と秀吉を繋ぐたった一つの思い出の品を。
そう思った瞬間口に上ったのは、秀吉の名前ではなかった。
「このような物に命をかけずとも…………見つかれば命はなかっただろうに………」
「話をたくさん聞いてきた、あんた……いい君主だったみたいだね」
「私は自分の思いに民を巻き込んだ、いい主であるわけがない!」
「あんたを悪く言う奴は誰もいなかった……怒りっぽいとかすぐすねると言った人たちはいたけどね。話を聞いてたら俺も楽しくなってきたし……あんたの作る国なら、俺も住んでみたいと思ったよ」
もうそんなもの、作れるわけがない。
それをわかって言っているのなら、この男はなんて意地が悪いのだろう。
「………おいカラス、あまり子供を泣かせるな」
「私は子供ではない!」
「国に残した人間を思って泣く……子供のやることだろう。大人の男だと胸を張って言えるのなら泣くな」
「泣いてなどいない!」
「そうか、ならば笑え」
明るい色合いの髪を轟とうなる風に任せ、孫一は艶やかに笑う。
「貴様が泣くとうちのカラスも泣くことになる………この風来坊が何故ここに来たのか教えてやろうか?」
「ちょっと! 孫一それは……っ!」
「死んだ友人の忘れ形見を慰めに来たんだそうだ。死ぬ前に何かあったら面倒を見てくれと頼まれていたんだろう?」
「それは俺が言うつもりだったのに……」
「貴様が笑わねば、あのカラスは死んだ友との約束を果たせない。貴様が幸せになれるように見守ってくれ……それがあの大猿の遺言だったらしいからな」
「秀吉……様が……?」
秀吉は三成にとって偉大で敬愛すべき主君で、決して隣で見守ってくれるような身近な存在ではなかった。だがちゃんと三成は覚えている、遠くでいつも見守ってくれた深い慈愛に満ちた目があったことを。
秀吉が自分を守っていてくれたことを、忘れることはない。
死してもなお友人の体に己の思いを乗せ、三成を守ろうとしてくれる秀吉の思いに深く感謝し、三成は自分のためだけにあつらえられたその刀をゆっくりと抱きしめた。
秀吉の思いに深く、強く感謝しながら。
「ほとんど孫一に言われちゃったけど……俺が言いたかったのはそういうこと。何かあったら俺を呼んでくれればいいし、謙信も……いつかは越後に遊びに来いってさ」
「今はまだ………だがいつか必ず………」
「気持ちが落ち着いて、どうしたいのかが決まったらでいいよ。その時は俺が越後を案内するからさ」
「どうしたい……か」
家康との決着をつけなければ、ここから出ることは出来ない。
だがその後自分はどうすべきなのだろう。最初はさっさと自刃するつもりだった、だが今は。
自分のために動いてくれる人がいる、それを知ってしまったのに死ねるわけがない。
ぎゅうっと刀を強く抱きしめる。
抱きしめれば熱を持つし、風に紐がなびいて動きはするが、それは生きている物ではない。それでも秀吉と自分を繋いでくれる唯一の物に三成はすがりたい気分だった。紐が揺れるのを気にする夢吉がそれを手に取ろうとするが、後一歩のところで風が手から逃がしてしまう。
その姿に心を和まされていると、横から強い力で肩を叩かれた。
「我らは絆という言葉を好まない、それは金を生むわけではないからな」
「………………………………」
「だが一度くらいはその言葉を信じてみようか」
その時はその言葉の意味がわからなかったが。
屋敷に戻った三成は、ある奇跡を目の当たりにし。
そして、家康の胸にすがって盛大に泣くことになるのだが、それはもう少しだけ先に話となる。
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ラストで鏡と相対する三成さんの予定。
箸休めの回のはずが、なんでこんなになってしまったんだろう……
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色々説明
拍手現在豊臣家転生パロ中学生編入ってます
(現在2本 家三 チカナリです)
注意事項
・フリーリンクじゃないです、基本的にはリンクはお断りしています
・ひっそりこっそりが信条なので、黙々と
・捏造、not公式のこばなしが多いので、スルー推奨
ラキドでは幹部全員を溺愛しておりますが、ベルナルドとイヴァンは特に偏愛。ばさらは家三とか奥州の愉快な仲間達と毛長がメインです。うずみさんが現在官三とか官佐にずっぽりとはまり中。
基本は、愛想のかけらもない「ネット怖い~」の書き手が二人で色々書いている場所です。
書いている人
みっし
・生真面目で堅物でムキムキな男性と一見そうじゃなくても根は真面目極まり ないキャラをこよなく愛している、がんかたうるふの片割れ。編み物とお菓子作りが趣味という、第三者曰く可愛らしい一面を持つ反面、パニクると踊ったり、オロオロしだして周囲は見ていて楽しいらしい。荒ぶる舞は、職場の名物だったりする……らしい。
イヴァンちゃんと片倉さんとシズちゃんとスカイハイさんと陛下を思いっきり愛している。好きなアニメは銀魂と最近はFate/zero。型月ファンというよりは元から虚淵ファンでうずみさんからオススメされまくった末にようやっと手を付けて完読した。ライダー組おいしいです。エクシリアではダントツで陛下が好き。陛下が使用可能になる完全版があるなら複数買いしても構わないとのたまう日々。バサラの好きキャラは片倉さん一強だったはずなのに最近はアニキも熱い。かっちり着込むキャラがすきだったはずなのにいきなり露出度が高いキャラを好きになったのは何故か悩む日々。二次元の向かう愛と同じぐらい甥っ子への愛を叫んでいる気がしてならない。
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うずみ
・相方を愛しすぎている変な人。趣味は畑仕事に漬け物作り、好きな物は不幸属性の美人(男女問わず)。ばさらでは石田さんと黒田さんをこよなく愛していたり、赤い子めんこいにゃぁとたまに叫んでいる。ついったのフォローは下 のアイコンから。
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