がんかたうるふ 月孤譚八章その4 忍者ブログ
こちらはサークル「がんかたうるふ」のうずみとみっしの二人組が、ラッキードッグ1とばさらのこばなしを黙々と投下する場所です。
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書き終わりました。



 *****
 重く響く音が自分が膝から崩れ落ちた音だと気がつくのに、少し時間がかかった。
 膝に広がっていく鈍い痛みと急に視界が低くなったことがなければ、わからなかったかもしれない。
 そして、
「………左近……何故…………………何故だ………」
 自分のことをいつも見守り続けていてくれた、忠深き臣下の首さえ目の前になければ。
 ぼやけきった視界でもわかる程見開かれた瞳、そしてそこに込められた無念の思い。震える手でそっと触れ、ぬくもりが失われてしまっていることを確認してしまうのは、三成が彼の死を受け入れたくないからなのか。
 あの戦場で別れ、そしてとっくに死んでしまったものだと思っていた。
 首の状態を見ても死んだのはどれだけ遅くても昨日、つまり彼はつい最近まで生きていたのだ。それを証明するかのように、いつの間にかすぐ側まで近づいてきていた松永の声が上から降ってくる。
「昨夜のことだ……徳川の兵が彼の首を取っている所にちょうど行き逢わせてね。忠厚き英傑島左近殿の事は昔からよく知っている……お助けできなかったのは残念だったが、せめて主君である石田殿に会わせて差し上げようと思ったのだよ」
「貴様が殺したのではないのか!?」
「まだそんなことを言うのかね? 徳川軍が豊臣の敗残兵を狩りつくしていた件……徳川の長である卿が知らぬ訳があるまい。何故石田殿に教えなかったのか……その理由を聞かせてもらおうか」
「儂は……………」
「豊臣の兵を………狩っていた…………? 家康、それはどういうことだ?」
「…………………すまない」
「………答えろ…………家康……貴様は何をした……?」
 膝の上に左近の首を乗せ、まるで抱きしめるかのように両腕で包み込む。
 彼の忠誠と、わかりづらい形で寄せてくれた父の様な愛情。それに一度も答えることができず、彼に与えていたのは苛立ちのあまりに出た罵声のみ。
 今ならば、もっと別な言葉をかけることもできるのに。
 堪えきれずについに流れ出した涙を流れるままに任せ、後ろにいるであろう家康の方を向くことなく彼に問う。

「豊臣の残党を……秀吉様の兵を……貴様は殺したのか? 戦が終わった後も……まるで獣を追い立てるかのように探して殺したと?

答えろ。

家康、貴様がやらせたのかっ!」

 そうではないと信じたかった。
 戦いの痛みを受け止めるために槍を捨てた家康。不器用で優しすぎて、逆に周囲に誤解されることが多い男が、そんなことをするわけがない。
 なのに目の前に左近の首はあり、死す直前の恨みを顔に貼り付けたまま三成の体に重くのしかかっている。常にわずかの乱れもなく結い上げられていた左近の髪は、飾り紐を切られ乱れきっており。首を切った人間が首級として持ち帰り、上役に見せようとしていたことをありありとわからせてくれた。
 髪の毛を無造作に掴み、持って帰るつもりだったのだ。
 戦場であれば死体の尊厳などあって無きが如し。だがもう戦は終わったのだ、敗者を狩りだし己の功のために首を切って持ち帰るという行為をわざわざするということは。
「儂が……命を出した。豊臣の残党を…………殺せ、と」
「何故だっ!? 私がここにいることがわかっていて、何故そのようなことを……」
「三成、お前がここにいたからだ。儂は三成に『幸せ』になって欲しかった……豊臣の兵たちが残っておったら……三成をまた戦場へ引き戻してしまうのではと思ったのだ。いや違うな、儂は三成を儂だけの物にしたかった……豊臣など全て滅んでしまえ、そう思ったのだ……そしてそれを三成に言うことができなかった……罪人は儂だ……っ!」
 足下から染みこむ様に体を冷やしていく冷気すらもう気にならない。
 冷たい左近の首をかき抱き、嘆きと後悔を吐き出す家康の声をただ聞き続ける。自分と共に過ごし笑顔で語りかけてきた口が、豊臣の兵の全滅を命じた。
 そしてそんな男に自分は再び心を寄せたのだ。
「どれだけ許してくれと言っても無駄なのはわかっている……だが三成、儂はお前を愛している………そのことだけは………」
「私も同罪だ、家康。貴様が豊臣の敵であったことを忘れようとした……秀吉様からご恩を受けておきながら……私は豊臣の兵であることを忘れたのだ……だがな、私はこれでまた貴様を許すことができなくなった……」

 許せると思った。
 許したかった。

 このまま彼と優しい時間を積み重ねていけば、いつか胸の奥で燃え続ける憎しみという炎が消える日も来ると思っていたのに。かれが万人が心安らかに、そして争いを知らずに暮らせる世の中を作ってくれれば、秀吉を討ったことも許せる。
 一度はそう考えたというのに。
「………家康………どうして私に………私から………全てを奪うのだ……?」
 それは自分への思い故なのか、それとも彼の目指す道の途中に自分がいるからなのか。
 目の前で揺れる小さな雪の欠片。
 顔に当たるそれを涙が溶かし、頬を更に濡らしていくがそんなことはもうどうでもいい。家康を愛したいのか、それとも憎しみのあまり殺してしまいたいのか。
 臣下の首をかき抱き、嘆き続けることしかできない三成の目にそれが飛び込んだのは、赤かった空に暗い闇が忍び込み始めた頃だった。

「…………やみいろさん………ないているの……?」

 三成と左近の首が作る影から、まるで花が咲くかのように。
 最初は白い腕が白百合のように生え、次に黒百合のような艶やかな黒髪が雪の中に現れ。そして、躑躅色の着物を纏った体が影から抜け出てきたかと思うと。
 三成を左近の首ごと抱きしめ、周囲の驚きの声と眼差しを気にすることなく。優しく暖かい慈母のように、そっと囁きかけてきた。
「…………かわいそうね……やみいろさん。でも……これでいちといっしょになれたの………」
「………第五天………」
「いちも……もうだれもいないのよ………さまも…………さまも………いちをおいていってしまったの…………でもいちはそこへはいけない………」
「死ねばいいのだ……貴様も……私も……」
「そうよやみいろさん……いちといっしょにいきましょう……いちだけではいけないの……やみいろさんとなら…………いちとおなじになったやみいろさんとなら………さまにあいにいけるのよ」
 彼女の黒く長い髪は白く冷たい地面に広がっていたが、そこに異変が起こったのはその時だった。三成の膝に半分体を乗せていたお市の体と、嗚咽を漏らしながらお市にされるがままになっていた三成の体。
 そして二人の間から、雪の白を食い尽くすかのように漏れ始めたのは。

 花の花弁を思わせる、無数に湧き出す闇の腕であった。

「……………これは…………政宗様!」
「退くぞ、小十郎!」
 政宗たちの声を聞く前に、松永は一気に三成たちから距離を置く。
 小十郎と共に体を引く直前に、政宗は家康の装束の首根っこを掴み、無理矢理彼の体を引きずって待避した。
「……………三成………」
「泣くのも謝るのも後だ!」
「だが……あれは………なんなのだ……?」
「考えるのは後だ、あれに飲まれる気か!?」
 楽しげに笑むお市と三成を中心に広がる腕は天へと伸び、二人を包む繭のように幾重にも重なり。虚ろな顔でお市に抱きしめられている三成と家康の間を分かたった事に満足したのか、日の光が消え失せ始めている空を飲み込むかのような。




 黒く巨大な闇の花を咲かせた。













 悲しげな女の子守歌が、三成の意識を引き戻した。


 周囲に満ちるのは濃厚な闇、本来ならば己の姿すら見ることができなくなりそうな漆黒の世界にある三成が己を認識することができたのは、側に小さな光があったからだった。
 小さな、蛍を思わせる丸い輝き。
 ふわりふわりと三成を慰めるように回り続けるそれの大きさに似合わぬ輝きは、辺りの様子を三成の目に届けてくれた。

 どこまでも白い大地。

 どこまでも黒い空。

 だが先程までは雪によって白く染められていたはずの大地は、白い砂のような物に取って代わられていた。それが何なのかわからずそっと指で一部を掬ってみると、白い砂に混ざっていた物は。
「…………骨……か?」
 関節の形もしっかりと残っている、人間の指の骨らしき物であった。
 獣の骨とは根本的に構造や大きさが違うのは、多くの人間を切り伏せてきた三成だからこそわかること。小さな光が照らしてくれるのは、この土地にとってわずかな面積だけなのだろう。三成の目の届く場所だけでなく、この大地全てが白い砂状の物に覆われているとしたら。
 ここは戦場よりも多くの死に満ちた場所だ。
 聞き慣れた歌が響くが、その歌い手の姿が見えない。だが彼女が三成をここに招いたのは間違いないだろう。
 嘆き、悲しみ。
 家康を憎みきることもできず。
 一緒に行きましょうという彼女の言葉を拒否することもなく、死を望んだ自分は彼女と共に冥府に来てしまったのだろうか。彼女を捜せばその答えも見つかるはず。そう考えた三成はまた指にまとわりついていた骨を地面へと戻すと、息を一つ吐いてから立ち上がった。
 そして声の聞こえる方へ、ゆっくりと脚を進め始める。
「貴様たちも来るのか……」
 そんな三成を護るかのように、二つの光も揺れながらついてきた。
 小さな輝きは時に三成の眼前を飛び、置いていかれぬよう必死についてきながら三成の体を温めてくれる。小さいが太陽の様なぬくもりを与えてくれるその光は、ここにはいない家康の存在を思い出させ。
 そして三成に安堵を与えてくれた。
「……………………よかった、と思うべきなのだろうな」
 家康がここにいない、それは彼がまだ死んでいないということ。
 日の光のようだと例えられた家康には、こんな暗く静かな場所は似合わないのだ。豊臣軍のために多くの人間を殺し、闇に浮かぶ月のようだと評された自分こそ、この場所にいるべきなのだ。
 もう秀吉も半兵衛もいない。
 刑部の命も、もう燃え尽きようとしているらしい。
ならば自分も刑部より少し先にはなるが死出への旅に出てしまっても構わないだろう。
 家康に会えばまた自分は彼に対する憎しみを思い出す。愛していると彼に伝える口で、憎しみと殺意で彼を罵るのならば。
 死んでしまった方がいいのだ、自分など。
「……………やみいろさん………めがさめたのね………いちね、やみいろさんにききたいことがあるの……」
「第五天………それは……」
「いたくてくるしいんですって………でもね………やみいろさんにあえてうれしかったんですって………どうしてなの……? いたくてくるしいのに……なぜうれしいの…………やみいろさんならわかる……?」
 割れた頭蓋骨と肋骨で作られた小高い山の上にお市はいた。
 先程まで三成の日出の上にあった左近の首に頬を擦り寄せ、かっと見開いたままの目に口づけ。ぐずって眠りたがらない子供をあやすかのように、耳に優しい歌を吹き込み続ける。
 そんな彼女は三成の姿を見つけ困惑した顔で体を浮かすと、抱いていた左近の首を三成へと差し出してきた。
「私に……受け取れと言うのか」
「やみいろさんにあいたかったんですって………いちにはだれもあいにきてくれないのに……どうしてやみいろさんにはあいにきてくれるの?」
「わからん」
「どうして? どうしていちのことを…………さまはむかえにきてくれないの?」
 無意識のうちに手を伸ばし、恭しく捧げ持つかのように差し出してきたお市から左近の首を受け取る。苦痛に満ちた顔、決して閉じられることの無かった瞳。
 だが、
「……………苦労をかけたな、左近。ゆっくり休んでくれ、貴様の忠義は忘れぬ………またいつか………共に馬を並べて駆けるとするか」
 片手で首を抱き残った掌で顔をそっと撫でると、その顔にはようやく安らぎが訪れた。
 ようやく閉じることができた目、何かに耐えるように強く引き結ばれていた唇からも力が抜け。心安らかとまではいえないが、ようやく恨みがそこから消えた。
彼の主として、少しだけでも報いてやることができただろうか。
 三成が何をしようとも、どんな道を選ぼうとも静かに付き従ってくれた男への感謝で心を満たしていると、わずかに下にあったお市の顔がくしゃりと歪められた。
「やみいろさんはずるいの………いちにはだれもいない…………さまもきてくれない。でもやみいろさんにはひかりいろさんがいるわ…………」
「だから私を連れて行こうとしたのか?」
「そうよ………やみいろさんもいちとおなじになってくれるとおもったの………そうしたらあいにいけるの………」
 その途端、脚にちくりと刺さるような痛み。
 その刺さるような痛みが松永が最初に来訪した時、鏃を踏み抜いた時と同じ痛みだと気がついた時、三成は己の左足を見て息を呑んだ。
「……こ……これは…………」
「だから……やみいろさんはいちといっしょなのよ………」
「あの時か!」
 左足に縛り上げるように絡みつき、上へと這い上がってくる闇の腕。
 払いのけようにも真っ先に三成の腕を抱いている左近の首ごと封じ、指の先まで締め上げてくるのだ。その力の強さに、三成の抵抗はあっという間に封じられてしまった。
「ずうっとまってたの…………やみいろさんのなかのそのこたちがおおきくなるのを……それなら………いちと…………さまのところにいけるよの……」
「離せ!」
「やみいろさんもいちも………かえるばしょはないの………だったらあいにいきましょう……? やみいろさんはおおきいさんのところ………いちは……さまのところ」
「会いに………?」
「もうはなれなくていいの……ずっといっしょにいられるのよ…………」
 このまま彼女と共に消えてしまえば、家康を憎まずにすむだろうか。
 そしてもう一度秀吉や半兵衛と会えるのなら、そしてすぐ後にやってくるであろう刑部を皆で迎えてやれるとすれば。
 苦痛を与えぬよう、だが決して逃がさぬように闇の手は徐々に三成を覆っていく。
 周囲でくるくると回る光はなんとか三成から闇を引きはがそうとしているようだが、もう三成本人はそれを望んではいなかった。最初は二つあったはずなのに、一つになってしまった光。
 少し薄暗くなった世界は、更に三成を追い詰めていった。
「…………離せ…………ぐっ………」
「うれしいわ……やみいろさんといけるのね………」
 骨の山の上で一人、くすくすと嬉しそうに笑うお市の側に小さな点のような物を見たのはその時だった。三成の周囲を回る光より遥かに小さく、だが必死に闇に飲まれぬように光を放ち続けている純白の輝きを、三成はどこかで見たことがあるような気がした。
 が、三成に見つかったことに気がついたのか白い光はお市の後ろ側へ隠れてしまう。
 そうなれば三成の視線の先にあるのは、魔王とも呼ばれた女の毒を秘めた瞳。
「こわくなんてないの………あいにいくだけだもの………」
「…………会い…に……?」
「そうよ……もうひとりぼっちじゃないの………さびしくもないのよ…………やみいろさんもずっとひとりぼっちだったんでしょ……?」
「………独り……そうだな………」
 そうだ、闇に浮かぶ月は常に孤独。

 闇の中には他の光なんて存在しないのだから。

 しゅるりと闇の手が三成の頬を撫でる。
 愛し子を慰めるかのように、そして変えることのできない中有の闇へ引きずり込むかのように。
「私は………」
 お市の瞳に意識を縫い止められ、体は自らが産んだ闇に縛られ。
 逃げようのない状況の中、三成の耳にそれが聞こえたのは二人が産んだ絆故なのだろうか。
「………………なんだ……?」
「どうしたの? やみいろさん……」
「呼んでいる………家康が………私を…………」
「……ひかりいろさんのこえ……いちにはきこえないの……」

 聞こえる距離のはずがない、と誰かが言った。
 声に出して助けを呼んでいない、だが三成に来て欲しかったと家康は言っていた。

 誰に届かなくとも三成の耳には、家康の声が必ず届く。
 なんとか動かすことのできる首を動かして辺りを見回し、探すのは彼の姿。この濃い闇の中で彼の姿を探すことなどできるわけがないのに、三成の目は必死に動き続けていた。
 憎んでいる、殺してやりたい。
 だが、会いたいのだ。
「家康、私はここだ! いえやすぅぅぅっ!」
「ひかりいろさんはこれないのよ………ここは……いちとやみいろさんのばしょだもの………」



「当てが外れてしまったことは詫びよう……だがお市殿、三成は返してもらう」



 その時の自分はどんだけ間抜けな顔をしていたのだろうか。
 ぽかんと口を開け、自分に向けてつかつかと近寄ってくる男を見る。日の色の戦装束に、傷だらけの逞しい体。彼の内側から発せられているのか、周囲を暖かく包み込む光がお市に悲鳴をあげさせた。
 そのまま目を押さえて顔を伏せてしまった彼女に小さく微笑みかけてから、家康は三成に向けて手を差し伸べた。
 彼がその場にいるだけで周囲の闇が大きくざわめく。
「本当に参った……近くに三成が見えておるというのになかなか近づかぬし、三成は縛られてしまうし。さすがの儂も、もう駄目だと思ったぞ」
「貴様……どうしてここへ……?」
「松永の爆弾で穴を開けて、な。儂と三成がここから生きて戻れたら、三成に酌をさせて酒宴がしたいとのことだ。あの男には随分大きな貸しを作ってしまったな……」
「そうではない! 何故ここに来た! 私など捨て置けばいいだろう……左近を奪った男を私が憎まぬとでも思っているのか?」
「憎まれるだろうな」
「ならばどうして!」
「一言で言えるくらい簡単な話だ…………三成、儂はお前に生きていて欲しい。儂のことを憎んでもいい、儂はそれだけのことをしてしまった。どう償っていいかもわからぬ……だがな、儂は己の罪を償いながら待ち続ける」

 いつか、二人で笑い合って過ごすことのできる未来を。

 この男は馬鹿か。
 最初に思ったのはそれだった。
 許されるまで死ぬまで待ち続ける、この愚かな男はそう言っているのだ。だからこそ三成に天寿を全うしてもらうために助けに来た。
 天下人となってもこの男の馬鹿は直らない。
「馬鹿が……私が貴様を許すと思っているのか!?」
「それもまた絆だ、儂はそう思いながら生き続ける。それとな三成…………お前は一人ではない」
「いきなり何を言い出す?」
「儂がいる……と言いたいがそれはやめておくとして。まず伊達が待っている……そして片倉殿も。松永は……不本意だが三成の事をどうしても欲しいらしいし、真田も、元親も、毛利殿も………そして刑部も三成が来るのを待っている。皆を置いて逝ってしまうなんてことは、儂が許さぬ」
 家康が三成へと向けて伸ばした手が、三成を縛り付けていた闇を消していく。
 首筋に食い込んでいた黒が四散し、肩口に触れた家康の手が溶かし、そして引き寄せられ家康の胸の暖かさを感じる頃には体は完全に自由を取り戻していた。
 全身で感じる家康の鼓動は、尋常ではない程早く。
 この男がどれだけ焦って自分の所へ来たのかを、三成にありありと伝えてくれた。
「さて、三成帰るとするか。お市殿もつれて……」
「第五天………」
「いや、いちはかえらない…………もうひとりはいやなの………さびしいの……ずっとここにいるのよ………」
「しかしなあ」
「……家康、私に話をさせてくれ」
 自分の生を確かめるかのように強く抱きしめていた家康の腕から抜け出すと、三成は再びお市の目の前に立った。
 彼女も自分と同じだ、憎む者が多すぎてどう生きていいかわからない。
 慶次のように新しい生きる意味を見つけようにも、失った者が大切すぎて一歩も動けなくなっている。三成だって今後生き続けたとしても、新しい何かを見つけられるかなんてわからないけど。
 三成がここにいると言えば、きっと家康も残ると言うだろう。
 それだけはさせられない、彼は日の光の中で生きていくべきなのだ。それに、三成にも戻らなければならない理由ができてしまった。
「………第五天……いやお市か…………私はこの馬鹿のように上手いことは言えんが……一つだけ貴様に教えてやれる事がある」
「…………………………なぁに?」
「この世に生きる限り、独りにはなれぬ。私も貴様も………独りなどと言いながら、誰かと共に過ごしてきたではないか。貴様にもいたのだろう? そんな存在が」

 三成の命を救い、兄のように接してくれた政宗。
 ずっと見守っていてくれた小十郎。
 三成を嘘偽りなく慕い、甘えてくれた幸村。
 秀吉の思いと言葉を届けてくれた慶次と孫市。
 自分を心配してくれた長曾我部と毛利。
 そして、祖父のように愛おしんでくれた島津。

 彼らから受け取った思いは、三成の心に確実に染みこんでいった。
 家康への殺意だけを生の原動力にしていた三成を変え、闇に浮かぶ月のようであった三成を孤独から救い出したのだ。


 孤独な月は、もう独りではない。


「貴様に何をしてやれるか、今はわからん。だが私とここから出るぞ」
「………でも……………さまはいないの………」
「私だって秀吉様も半兵衛様もいない!」
 そう言いきると、顔を伏せたままであったお市が可愛らしい声で笑いながら顔を上げた。
 彼女の瞳はまだ狂気を抱いたまま。だがそこに別な物が宿りだしたように感じるのは、三成の気のせいだろうか。
 後ろで状況を見守っている家康と、そしていつの間にか二つに戻っていた光に背中を押されるかのように、三成はお市に手を差し出した。
「帰るぞ……これから長旅になる」
「たび?」
「刑部に会いに行くのだ……もたもたしていると置いていく」
「ちょうちょさん……っ! いちいくわ……ちょうちょさんにあいに……」
「ならばさっさと……」
 立て、と言おうとしたとき、目の痛みに気がついた。
 ずっと薄暗い闇の中にいたので、お市の背から漏れ出した強く目映い光に目が悲鳴を上げているのだ。咄嗟に手をかざして目の辺りを覆うと、指の隙間から見えたのは。
「……………さまっ、あいにきてくれたのね………いち…………ずっとあいたかったの………まっていたのよ………」
「あ………あれは…………」
 強い光だった、そして優しい男の姿だった。
 自らの妻へ今までの不在を詫びるかのように、久々の逢瀬を楽しむかのように。半ば光と化した腕で骨の山に体を預ける妻をかき抱き、聞こえぬ声で耳元へ愛を囁き続けているのだろう。
「これからはずうっといっしょね………はなれないでね…………そばにいてね………な……さ…さま」
 白い光に抱かれ、涙で目を濡らしながら輝くような笑顔で笑うお市を見ていると、三成も自分の周囲が光に満ちあふれていることに気がついた。
 全てを焼き尽くすかのような赤い光。
 明けの陽光を思い起こさせる柔らかい紫の光。
 頭の辺りが特に暖かいのは、頭を撫でていてくれるからだろうか。

「………ぁ…………秀吉……様…………半兵衛……様…………っ!!!!」

 子供じゃないんだから、そう半兵衛は言ってくれた。
 苦労をかけたな、と秀頼は労をねぎらってくれた。

 光の外にいる家康には、自分がどのように見えているのか。
 自分は涙を流しながら、心底幸せそうに笑っているのだろう。もう会えないと思っていた大切な人たちに抱かれ、伝えられなかった思いを伝え。



 三成は、今までずっと自分が彼らに護られていたことを知った。
















 闇の花の様に広がったそれが内側から切り裂かれた瞬間、外側で待機していた政宗は見た。

 天下を一度はこの手に収めた男と、その軍師の姿を。

 そして、彼らに護られている三成の姿を。

 驚く政宗へ視線を向けて巨漢の男は、政宗に礼を言うかのように頭を下げ、そして最後に三成の頭を優しく撫でると。

 軍師と共に光に溶けて消えていった。













_________________________________________
こういう意味でタイトルは月孤譚になったのでした。
そろそろ物語はエピローグに入るよ~!
ようやくここまできたの~!


BGM「シンシア・愛しい人」 by岡崎律子
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[220] [219] [218] [217] [216] [215] [214] [213] [212] [211] [210]
色々説明






拍手現在豊臣家転生パロ中学生編入ってます
(現在2本 家三 チカナリです)


注意事項
・フリーリンクじゃないです、基本的にはリンクはお断りしています
・ひっそりこっそりが信条なので、黙々と
・捏造、not公式のこばなしが多いので、スルー推奨


ラキドでは幹部全員を溺愛しておりますが、ベルナルドとイヴァンは特に偏愛。ばさらは家三とか奥州の愉快な仲間達と毛長がメインです。うずみさんが現在官三とか官佐にずっぽりとはまり中。
基本は、愛想のかけらもない「ネット怖い~」の書き手が二人で色々書いている場所です。


書いている人


みっし

・生真面目で堅物でムキムキな男性と一見そうじゃなくても根は真面目極まり ないキャラをこよなく愛している、がんかたうるふの片割れ。編み物とお菓子作りが趣味という、第三者曰く可愛らしい一面を持つ反面、パニクると踊ったり、オロオロしだして周囲は見ていて楽しいらしい。荒ぶる舞は、職場の名物だったりする……らしい。
イヴァンちゃんと片倉さんとシズちゃんとスカイハイさんと陛下を思いっきり愛している。好きなアニメは銀魂と最近はFate/zero。型月ファンというよりは元から虚淵ファンでうずみさんからオススメされまくった末にようやっと手を付けて完読した。ライダー組おいしいです。エクシリアではダントツで陛下が好き。陛下が使用可能になる完全版があるなら複数買いしても構わないとのたまう日々。バサラの好きキャラは片倉さん一強だったはずなのに最近はアニキも熱い。かっちり着込むキャラがすきだったはずなのにいきなり露出度が高いキャラを好きになったのは何故か悩む日々。二次元の向かう愛と同じぐらい甥っ子への愛を叫んでいる気がしてならない。



うずみ
・相方を愛しすぎている変な人。趣味は畑仕事に漬け物作り、好きな物は不幸属性の美人(男女問わず)。ばさらでは石田さんと黒田さんをこよなく愛していたり、赤い子めんこいにゃぁとたまに叫んでいる。

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ばさら垢できました
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