がんかたうるふ 拍手まとめ 中学生編 その3 忍者ブログ
こちらはサークル「がんかたうるふ」のうずみとみっしの二人組が、ラッキードッグ1とばさらのこばなしを黙々と投下する場所です。
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<11>


「ダ、ダブルデートだと!?」
「長宗我部はそう言っていたが……なんだ貴様、徳川に会うことに不満でもあるのか?」
「そうではないが……」
「ならば素直に受け入れるがいい。それと姫には決して言うなとのことだ……言おうものなら確実についてくるであろうからな」
 数日学校を休んだ毛利がひょっこり教室に顔を出したのは昨日のことだった。
 これからは余所の家から学校に通うことになる、通うのが楽になったのはいいがその家の長男と毎日顔をつきあわさなければならないのが面倒でならない。それしか言わない毛利に気をつかい、誰も詳しいことは聞かなかったのだが。
 少しだけ、彼の顔が晴れやかになっていた。
 だから直接言葉にはしないが、クラスの皆は静かに喜んでいた。当の毛利から返ってきたのは返事しきれないほどの量のメールを送るなとか、家に突撃してくるな等の苦情であったわけだがそれでもよかった。
 HRの最中に喜びのあまり号泣し始めた担任と、それにつられた幸村の泣き声で耳が痛いがそれだって今日は許そう。しかし帰り道でいきなりデートの話をしてくるなんて、想像だにしていなかったのだ。
 一体学校を休んでいた数日の間、毛利に何があったというのか。
「…………毛利……その……」
「徳川に確かめたいことがある、そう長宗我部は言っていた。だから我と貴様につきあえということらしい……勿論食事代も向こう持ちよ」
「金の問題ではないのだ」
「徳川に会うのが怖いということか?」
「それも少しはある……」
 二人肩を並べ、大きすぎる通学用の鞄の金具を鳴らし。
 三成にとっては通い慣れた帰り道だが、毛利にとっては知らない物ばかりの新しい帰り道である道路。あれこれ教えてやりながら歩いている最中に、いきなりそんなことを言われたのだ。
 デートという言葉自体に免疫がない三成が、面食らったのも無理はない。
 三成にとって家康は家にいて当然な存在であって、わざわざデートなどという名前をつけて一緒に出かける相手ではない。今まで理由が無くても側にいられた相手だというのに、どうして誰かに与えられた機会でなければ会うことができないのか。
 せっかく帰ってきてくれたのに。
 勇気を出して何度かメールを送ったが、それに返事は返ってこない。半兵衛には来ていると嘘をついてしまったが、本来ならば来ないのが当たり前なのだ。今までずっとそうだったから気にならなかったが、再会したからこそ思うのだ。
 どうして、と。
 そんな三成の葛藤を見透かしているかのように、毛利は目を細めてそれを口にした。
「貴様にとって徳川はどういう存在なのだ? まさかまだ『大好きなお兄ちゃん』程度にしか思っておらぬとでも」
「い、家康は家康だ!」
「貴様の両親を見ていればわかるであろう……男同士であろうとも夫婦というのは成り立つのだとな」
「秀吉様と半兵衛様以上に生睦まじい方々はいない」
「わかっているではないか。ではもう一度貴様に問うとするか……貴様は徳川とどうなっていきたい……ただの家族に戻りたいのか? それとも……」

 恋人として扱うのか?

 いつもの鋭い舌鋒ではなく、三成を気遣うような物言い。
 だがそれは確実に惑い続けている三成の心に突き刺さったし、毛利もそれは覚悟の上だったのだろう。道路に濃い影を映しながら、どことなく重たげに足を動かしながら澄んだ瞳で三成を見つめ続けている。
「徳川は最初から貴様のことを家族ではなく情人として扱っていた……貴様にも薄々それはわかっていただろう?」
「なんとなく……は」
「ならば今回の件はいい機会になるはずだ。貴様が徳川を今後どう扱っていくのか、そして徳川と将来どうすべきなのか」
「毛利……」
「我も考えることが山のように存在するのだ……ちょうどいい気張らしの機会とさせてもらうつもりよ」
 優しいが強い風が二人の髪を吹き散らしていく。
耳元を押さえて歩く毛利の横で、三成は前髪を指で整え続けている。誰に似たのかこの前髪、風に荒らされると収拾がつかなくなるのだ。落ち武者のようだと何度もからかわれた過去の記憶は、三成に前髪の形の維持を執拗に命じるのだが。
 家康だけはどんな髪になろうが、愛しい、可愛らしいと言い続けてくれていたことも思い出させてくれる。
 さて、自分は家康との関係にどのような名前をつけたいのだろうか。
大好きなのは昔から変わっていない、家康の望みならばどんなことでも受け入れたいとも思っている。だがそれは秀吉と半兵衛が互いに向ける思いと同じなのだろうか。
 もしかしたら長宗我部の用意してくれたデートは、それに答えを与えてくれるかもしれない。
「…………いつだ?」
「明日の予定だったのだが、我の買い出しが入ってしまったので来週の土曜日になった」
「買い出し?」
「部屋の家具やら寝具やら……とにかく全て買ってこいとのことだ。晴久と二人で行かねばならぬのが気に食わぬが、客用の布団をずっと使うわけにもいかぬのでな」
「私も共に行くか?」
「晴久の趣味は子供の足首を掴んで逆さ吊りにして振り回し弄ぶことなのだ……貴様の前髪が餌食になるのは目に見えている」
 それはどんな恐ろしい生き物だ。
 振り回されて目を回す毛利や、前髪を引っ張られる自分の姿を想像して顔を青ざめさせる三成に、毛利は重々しく頷いてくる。
どうやら毛利は大変なところに住むことになったらしいのだが、彼ならばなんやかんやでその生活も楽しんでいくだろう。
 少しだけ変わった友の生活、そして家康とのことについて考えなければならない自分。
 帰る方向が一緒になったことで、これからはたくさん互いについて話ができるようになるのだろう。いっぱい話して、互いの思いを理解し合って。そうして大人になっても友として側にいられたらいい。
 徐々に暖かくなりつつある空気を胸一杯に吸い込み、若草に覆われた街路樹を見つめ。
 毛利とほぼ同時に口に出したのは、この場にいないもう一人のこと。
「真田はまた補習か」
「テストの点数が悪いのなら助けようがあるが、宿題を忘れたのは……」
「あの阿呆は何故宿題を忘れるのだ」
「今日の夜電話をしておく」
「そうだな」
 居残りで宿題をやらされているので、成績は小学生の頃より遙かに上昇しているのだが。
 一緒に帰れないのは寂しいし、この頃ぐっと背が伸び大人の男に近づきつつある幸村に置き去りにされたようでなんだか面白くない。
 幸村の方もそう思っているようで、自分の考え方がいつまでたっても子供だと気にしているらしい。互いを気にして切磋琢磨して、自分たちは成長していくのだろうが。
 家康は独りぼっちで過ごしているのだろうか。
「来週の土曜日なら、半兵衛様にお伺いを立てておく」
「そうか」
「家康は……来てくれるだろうか……」
「貴様が来るのならば、万難を排しても来るだろうな」
 なんの含むところもなくそう言ってくれた毛利、彼を悲しませたくなくて、そうだなと小さな声で言いはしたが。

再会した時の恐怖に近い何かと、それから一度も連絡してきてくれない家康の態度は三成の心に疑惑に近い物を生み出し始めていた。












<12>

 楽しいデートの当日、長宗我部元親は本日の同行者に事前にあらゆる事を言い含めていた。
 会えて嬉しいからといって急に抱きつかない、人が大勢いるところで手を繋ごうとしない。相手が考えていることを察してさりげなくエスコートし、触りたいとか抱きしめたいとかいう欲望を表に出さない。
 言えることは全て事前に言っておいたつもりだったのだが。
「元親、今日の三成のかわいらしさは天井知らずだな! 昔と少し服の趣味が変わったが……あれは秀吉の真似なのか……? だが必死に背伸びしようとするあの感じもいい!」
「少し落ち着けよ……」
「これが落ち着けるか! 元親もなにかこう……興奮する物はないのか?」
「そりゃあ……少し服の趣味が変わったとは思うけどよ」
 お前は興奮しすぎだ。
 待ち合わせの場所として選んだ駅の前で、家康は改札の辺りで手間取っている二人……いや三成だけを見て目を輝かせながら元親の服の裾を引っ張り続けていた。人に押されながら何とか改札に近づこうとしているまだ小柄な二人を元親は心配しながら見守っているのだが、家康の目にはもう三成以外は入っていないらしい。
 こういう所がずれているというか、大切な物を理解できていないというか。
 改札の中に入れないので助けに行ってやれないが、あのまま家族連れのベビーカーに押しつぶされてしまうのでは。これは出たところで人混みから引き出してやらなければ、あのまま人の波に飲まれて会えるものも会えなくなってしまう。
 そう決断し、自分と肩が並ぶほどに大きくなった家康の方へと向き直った。
「とりあえず迎えに行くぞ……あのまま放っておいたらあいつらが潰されちまう」
「そ、そうか! それは大変だ」
「それにしても遊びに行くってのにその服はないだろうよ……」
「遊びに行ったことなどなかったのでな、儂の私服は訪問着と寝間着だけだ」
 ネクタイこそしていなかったが、質のいい布地で仕立ててもらったらしいスラックスと柔らかそうな手触りのシャツという外見は周囲の目を引き続けている。ジーンズと派手な柄のシャツの姿の元親と並ぶとかなり違和感があるのだが、それはもう諦めることにした。
 本人が言うとおり、家康の持っている服の中で一番カジュアルなのがこれなのだろう。
 家は金持ちと呼ばれる部類のはずなのに、かなり質素に育てられてきた元親にはよくわからないが本来の金持ちとはそういうものらしい。持ち物の全てで周囲に格の違いを見せつけ、そして従わせる。
 徳川の家に生まれていたら、元親は機械いじりなんてさせてもらえなかっただろう。
 目の前に提示された物を選ぶことしか許されない、そんな生活をしていたら誰でも家康のようになってしまう。だから元親は家康のことを責める気はないし、むしろ昔からの友人として彼が帰ってきたことを素直に喜んだ。
 ただ一つだけ、気になって仕方がないことがあるが。
 それに関しては今日一日家康のあり方を見させてもらい、その結果で判断しようと思っていた。彼に直接問うてみるのは、一日の最後でいい。
 それまでは皆にとって楽しい時間を。
「さて、行くとするか」
「わかった」
 ここから更に目的地に行くために作られた専用のモノレールに乗り換えなければならないのだ。
 開園直後は入園ゲートが込むので少し時間をずらしたのだが、今日が土日と言うことを考慮していなかった。休みの日はどんな時間帯であろうともゲートは混むのだ。むしろ昼食後のパレードの場所取りのためにやってくる人間の数を考えると、今日は開園直後に来ておくべきだったか。
人に押されるようにしてようやく改札から出ることができた二人には、まずそれを謝らなければ。そう思いながら家康が人混みに流されていかないように注意しながら、小さい二人をなんとか人混みから救出してモノレールに向かい人の流れから引っ張り出す。
 押され続けて疲れたのか、二人の顔には朝だというのに疲労の色が濃い。
「ちょ……長宗我部……なんだこの人は……」
「遠足で来てなかったか?」
「あの時はここまで混んではいなかった」
 軽く息を荒げながらこちらを見上げてくる毛利の髪は、あらゆる物に引っかかったのかぐしゃぐしゃになってしまっている。普段は被っていないボリュームのある大きなキャスケットを頭から奪い取り、まじまじと見つめながら髪の毛を指で整えてやる。
「カボチャみたいな帽子だな」
「我は石田のような帽子がいいと言ったのだ。だが晴久がこちらの方がよいと言い出して……」
「ま、似合ってるがな。尼子の奴もいいセンスしてるじゃないか。今日は全部尼子の見立てか?」
「ああ、こういう服は持っていなかったのでな。悪くはないと思うのだが」
 大きめの帽子を深めに被り、麻の生成り色のシャツも少しサイズは大きめ。尻を隠すか隠さないか程度の長さのシャツと細身のジーンズ、そして見た目の可愛らしさを強調しているかのようなキャスケットという組み合わせは毛利を性別不詳の存在に変えてくれていた。
 全体的にだぼついている感じなのに、足の細さだけはちゃんと強調してくれる。まだ数日一緒に暮らしただけなのに、尼子家の人間は毛利という素材の生かし方を理解し尽くしている。
 晴久は気に入らないが、今日だけは感謝。
 写真の類を嫌う毛利に気がつかれないように、肩に提げたバッグに潜ませてきたコンパクトなデジカメを今日はフル活用しようと心に決めながら横を向くと。
「三成! 今日は何とも愛らしいのだな!!! 儂の心は朝から大興奮だ!」
「貴様はいつでも大興奮ではないか! それと日本語の使い方がおかしい!」
「儂に日本語を間違えさせるのは三成だけだ、安心しろ!」
「そんな安心がどこにある!」
 数年ぶりのまともな再会だというのに、数年前と全く変わっていないやりとりを繰り広げている二人がいた。
 互いに色々と会うまでに思い悩んでいたことは知っている。
 三成は多分今でも葛藤し続けているだろうし、家康も三成に会えると聞いて喜びはしたが今の状態で会っていいものなのか自問自答し続けていたようだ。会えば家の問題に三成を巻き込んでしまう、だが会いたくてたまらない。
 だからメールに返事ができなかった。
 電話の向こうで声を詰まらせる家康は、三成への思いだけは変わっていない。それはわかっているのだが、それ以外はどう変わっているのだろう。
 父である豊臣秀吉の趣味なのか、ポケットの多いカーゴパンツに薄手のミリタリージャケット姿の三成の前で家康はわなわなと手を震わせている。急に抱きしめてはいけないとわかっているが、三成の魅力の前に自制心が崩壊しつつあるのだろう。
 実際元親の目から見ても、少女めいた容姿なのに崩した感じのミリタリーファッションを着こなしている三成はかなり魅力的に見える。
「…………家康、何故息が荒い?」
「戦っているのだ……儂の中の良い心と悪くはないが欲望に満ちあふれた心が……」
「気持ちの悪いことを言うな」
 肩掛けの、これまたポケットのたくさんついたナイロンバッグの肩紐を握り、三成はこちらを見上げてくる。
「半兵衛様に買い物を頼まれているのだ、早く行くぞ」
「買い物だ?」
「熊の服を買ってきて欲しいと言っていた、所長が集めているらしい」
「あのオッサン、そんな趣味あったのかよ……」
「所長の家は熊がいっぱいいるのだ」
 高価なテディベアに着せる服にでもするのだろうか、それとも……
 一瞬すごく嫌な想像が頭をよぎったので、毛利の肩を抱きながらそれを必死に追い払う。駅の出口からモノレールの入り口まで続く人の波、あれにこれから入っていかなければならないのだ。まだ小柄な毛利は疲れるだろうし、それは三成も同じ。
 自分が正しいエスコートの姿を見せて、家康に教えてやらなければならないだろう。
 そんな元親の気持ちを毛利はちゃんとわかってくれていた。
「精々我を守ることだな……今日だけは貴様を我のナイトとやらにしてやろう」
「毎日でもいいんだぜ?」
「馬鹿を言うな、毎日では鬱陶しいだけではないか。こういう時だけでいいのだ、我は貴様に我に仕える騎士になることを求めはしない」
 素直に体を寄せ、こちらを見上げて笑む毛利の目には純粋な喜びだけが宿っている。
 家康との今後の関係やら、毛利との将来の事やら。それと徐々にきな臭くなり始めている自分の家族の周辺など、考えることはたくさんあるが。
 毛利がこんな信頼しきった顔で自分を見ていてくれるなら大丈夫。
 自分たちはこれからもこんな感じで上手くやっていくだろうし、家康と三成もきっと。
「よし三成、はぐれると困るので儂と手を繋ごう!」
「私が幾つになったと思っているのだ! 貴様に手を繋いで連れて行ってもらうほど子供ではないのだ!」
「だがまだ随分と小さいではないか」
「私は大器晩成なのだ、すぐに秀吉様のようになる!」
「将来いくら大きくなってもいいが、儂は今三成と手を繋ぎたいのだが……」
「駄目だ、毛利は普通に長宗我部と歩いているではないか! 貴様も長宗我部と同じようにしろ!」
「わかった、三成が望むならそうしよう」
 肩を抱いている方がよっぽど親密だと思うのだが、子供のように手を繋いでもらうのはどうしても嫌だったらしい。満面の笑顔で自分の後ろに回り、後ろから抱きしめるような形で肩を抱いてきた家康に満足げに頷く三成を見て。
 こいつもなんかずれてる、そんな感想を抱いた元親だった。













<13>

 長宗我部元親という男はとても気が利く男だ。
 毛利だけでなく三成たちも色々な所へ連れて行ってくれるし、一見暴力に見える激しいスキンシップは行うが妹のこともこよなく愛している。今も入場の際に貰った園内マップを見ながら、今日の計画を立て続けていた。
 当然、三成や毛利の体力や帰る時間を考えながら。
「一日で全部回るのは無理だな。ならこれから……昼までに2つくらいアトラクションを回って、それからパレードを見ながら園内を回るか。パレードの時間にあちこち回っちまった方がいいんだがな、お前ら始めてだろ?」
「儂はこういう場所に来たこと自体が始めてだ! 儂の頃の遠足は違う場所だったからな」
「夜のパレードも見せてやりたいんだが……そこまで粘らせたら家に着く時間が遅くなっちまう」
「半兵衛様は夜のパレードが終わるまでいてもいいと言ってくださっている」
「我も尼子の婆にパレードの写真を撮ってこいと言われている。カメラも預けてもらったが……我では上手く撮影できぬであろうから貴様にカメラを預けておけと」
 背中に背負った小さめの皮のリュックを下ろし、毛利は中をごそごそとあさって小さなデジカメを長宗我部に渡した。毛利の手でも扱いやすそうな大きさであったが、それをしげしげと見つめてからいじりだした長宗我部は頬を紅潮させながら喜び始めた。
「この間出た最新型じゃないかよ。起動もシャッターも早そうだな……と、設定も夜景用に先に調整してあるじゃねえか」
「我にはよくわからぬが、晴久が色々と触っていたようではあった」
「私のカメラでも撮れるのか?」
 毛利のカメラほど新しくも高価でもないが、秀吉のおさがりであるカメラもそれほど悪い物ではないはず。バッグからカメラを出して自分のカメラも長宗我部に見せると、後ろにいた家康が三成の肩越しに首を伸ばしてのぞき込んできた。
「儂はそのカメラを見たことがない」
「貴様がいなくなった後に秀吉様が買われたものだ。昨年前田と揃いのカメラを購入して半兵衛様に叱られた後、私に古い方をくださったのだ」
「カメラを買うと怒られるのか?」
「半兵衛様は家計に厳しいお方……毎年毎年新しいのを買うのは無駄遣いなのだ」
「半兵衛も相変わらずなのだな」
 頭にかかる息が、わずかに重い。
 自分がいない間に時間が流れたことを痛感したのか、家康の三成の肩に置かれた手に力がこもる。共に過ごしていなかった数年間、三成は様々な物を得て成長した。家康も身長は一気に大きくなったし、秀吉ほどではないが腕も相当太くなった。
 だが中身はあまり代わっていないと思うのは三成だけだろうか。
 昔のように事あるごとに抱きついてくるし、影のない笑顔も一切変わらない。
 入園ゲートをくぐった先にある広場で立ったまま今日の行程について相談しながらも、興味深そうに辺りをきょろきょろと見回している姿は三成よりも子供に見える。
「家康、少しは落ち着け」
 そう三成が言っても、
「貴様が何年たっても変わらぬのだな」
 馬鹿にしたような口調で毛利に言われても。
 家康は始めて来た場所への興味を隠そうとはしなかった。海沿いの西欧の町並みを再現した建物を見ては感嘆の息を漏らし、目の前に広がる巨大な火山に興奮する。同じくここに来るのは初めての三成も、美しい町並みを視界に焼き付けてはいたのだが。
 家康の喜び方は度が過ぎるというか。
「見ろ三成、外だというのに売店がある!」
「あれはワゴンというのだ……子供向けの帽子やカチューシャを売っているだけだ」
「三成はあれをつけないのか?」
「貴様は私を馬鹿にしているのか!? ネズミの耳などつけたくはない!」
「そうか……残念だな」
 本気で三成に動物の耳がついたカチューシャをつけさせたかったのか、がっくりと家康は肩を落としている。そんな数年ぶりの変わらぬやりとりを交わしている間に、毛利と長宗我部は今日のスケジュールの相談を進め続けていた。
「とりあえずこっちのファストパスを取っちまうか……そうすりゃ午前中にこの近辺は回れるはずだ」
「昼食はこの近場で摂るのか?」
「いや、ここで食っても面白くねえからな……こっちのパスを取って、その間にここで食おうぜ。ここなら野外席もあるからな」
「我はこちらも見たいが、先にこちらに行ってしまうと遠回りになるのではないか?」
「地図で見るよりは近いんだよ、ぐるっと回って歩きながら全部見ていこうぜ。どうせガキ向けのアトラクションには行かないだろ? 鶴の字と来ると、こっちがメインになっちまうからよ……あいつ、怖い乗り物は乗らないですとか言いやがる」
 口出しする間もなく決まっていくが、ここは来慣れているらしい長宗我部に従っておいた方がいいだろう。じゃれついてくる家康を適当にあしらいながら、三成は自分たちの横を通り過ぎていく人たちを観察する。
 親子連れだけが来ているわけではなかった。
 老夫婦が愛しい子供を扱うかのように熊のぬいぐるみを抱いて横を通ったかと思えば、三成たちのように同性同士のグループも仲よさそうに歩いている。童話のお姫様のような格好をした女の子に、熊のリュックを背負った男の子。
 その様々な人たちの顔に全てに無邪気な笑顔。
 いつか秀吉と半兵衛と一緒に来てみたいが、人が密集した場所を嫌う二人はこういう場所は好まないはず。だからこそ三成の休日のお出かけは釣りやキャンプが主となっていたわけで。
「……で、石田と家康はどっか行きたいとこはあんのか?」
 長宗我部たちの話を聞きながら家康と周囲の人々を交互に見ていた三成は、急に話しかけられて慌てて長宗我部が持ってくれている地図に注視する。一応事前に調べてはきたのだが、これを絶対に見たいという場所は特になかったのだ。
 唯一あるとすれば……
「船に乗りたい」
「ゴンドラか?」
「大きい奴だ」
「あっちか……あれならすぐに乗れそうだな」
「それと汽車もだ、あれに乗ると楽しいと所長が言っていた」
「あのおっさん……一人で来てんのかよ」
「一人ではなく『あいじん』と行っていると言っていた」
 三成は先日の所長との会話をそのまま伝えただけなのだが。


 何故か全員の顔がおもいっきり引きつっていた。


「石田……今日はもうその話はするな」
「何故だ?」
「我は晴れやかな気分でここを歩きたいのでな」
 きっぱりと言い切った毛利に、長宗我部と家康が無言で頷いている。
 それを見て、自分にはわからないが世の中には聞きたくないことがあるのだろうと納得した三成は素直に謝り、場の雰囲気は瞬時の元の穏やかさを取り戻した。
 毛利を笑わせようと会話の合間におどけてみせたりする長宗我部の目はただ優しい。本当に毛利のことを思っているからこそ、微妙な立場に置かれてしまった上に家を出て行かなければならなくなった彼を楽しませようとしているのだろう。気を張っている毛利が少しでも安らげるように、そして楽しいと思えるように。
 彼のさりげない気遣いは、ちゃんと毛利に届いている。
 その証拠にいつもであったら離れろとか暑苦しいといって長宗我部から距離を取ろうとする毛利が、今日は一度もその類の言葉を口にしていなかった。自分を気遣ってくれていることがわかるからこそ、素直に長宗我部に体を寄せる。
 大事な所では素直になる毛利、だが自分はどうして家康に素直に相対することができないのだろうか。
「重い! どうして貴様は私に体重をかけるのだ!」
「久しぶりの三成が可愛らしすぎるのだ! それにいい匂いもする……草の匂いかこれは?」
「前田が作ったハーブ入り石けんを使っているのだ」
「昔から三成はいい匂いがしたが、こういう香りも似合っている」
「匂いをかぐな、抱きつくな!」
 昔から家康に抱っこされるのは好きだった。
 自分よりわずかに大きいだけだった当時の家康にとって、三成を抱っこするのは苦行だっただろう。だというのにどんな時でも家康は三成を抱きしめれくれたし、膝の上に乗った時も一度も重いとは言わなかった。
 人の暖かさは好きだが、家康のぬくもりは特別。
 しかしこんな人の往来の多い所で抱きつかれるのは、さすがに控えてもらいたい。長宗我部は毛利のことをそれこそ童話のお姫様のように大切に扱うのに、家康は自分の事を可愛らしいぬいぐるみを抱きしめているようにしか思っていないのだ。
 その証拠に長宗我部は周りが自分たちをどう見るかを考えて一度も毛利の手を握ろうとしないのに、家康は三成がどれだけ嫌がっても三成の手を握る機会を伺い続けている。おまけに入園ゲートで人の波に押しつぶされそうになった時、長宗我部は真っ先に毛利を自分の側に引き寄せ押しつぶされないように守り続けていた。
 自分もあんな風に優しくエスコートして欲しいとまでは思わないが。
 せめて事あるごとに抱きつくのはどうにかならないのか。なんとか後ろから伸びてくる家康の手から逃げだろうとしていると、長宗我部がやんわりと家康を押しとどめる言葉を口にしてくれた。
「家康……そろそろ行くぞ」
「儂はもう少し三成を堪能したいのだが」
「ちびっ子石田を堪能するのもいいが、これから忙しくなるぜ……色々とな」
 意味ありげに笑う長宗我部に、ちびと言われた三成も反論の言葉を忘れてしまった。
 彼がこんなことを言うのは、面白いことがこれから先たくさん待っている証拠。こんな顔で笑う長宗我部は、今まで三成に色々な面白いことをてくれたのだ。
 彼について行けば、きっと今日はすごく楽しい一日になる。
 家康も同じ事を考えたのだろう。
「では三成……今日は元親に案内してもらうか」
 三成を抱きしめていた腕を緩め、かわりに横に移動して小さな手を掴むと。
 はぐれないため、そう言いつつ家康は普通に毛利の肩を軽く抱くようにして目的地へと移動しだした長宗我部の後を追うようにして。
 三成の手を引いて歩き出したのだった。












<14>

 とりあえず最初のアトラクションに乗り終え、ぶらぶらと歩きながら事前に取ったパスの開始時刻を待つ。歩いているだけで周囲の景色が次々と切り替わり、異国から異世界へと周囲が切り替わる。
 おとぎ話のような色使いと、可愛らしい意匠の数々。
それを見ながら足を動かすだけでも会話の材料はいくらでも生まれてくる。久しぶりに出会う家康と三成も、こういう場所であれば会えなかった間に生まれた気まずさを緩和してくれるはず。
 元親のその考えは正しかったようなのだが。
「三成! あれはなんだ?」
「人魚姫が住んでいるらしい」
「中に何があるのか見てみたくはないか? 儂は見てみたい!」
「もう子供ではないのだ、そんなにはしゃぐな。行きたければ長宗我部たちに聞け、私の一存だけで行き先を決められるわけではない」
 三成は大きな子供の世話で大変らしい。
 本来ならここで家康が年長者の余裕で三成を優しくエスコートするのが正しいはずなのだが、この二人はどうやら年齢と行動が逆のようだ。地図を見ながら自分がどこにいるのかを事細かく確認しながら歩いている三成の後ろを歩く家康は、三成を見つめることだけに己の全てを費やしていた。
 少しは周囲に気を配れよ。
 そう言ってやりたいが、三成の目の前で言えば彼の中の家康の評価が一気に下がってしまう。見た目は凄まじく成長したが、家康の中身は昔から全然変わっていない。それはある意味喜ばしいことではあるのだが、成長していて欲しい部分もそのままなのは正直困るのだ。
 三成と毛利の面倒だけ見ればいいと思っていたのに、それに家康の世話まで加わるとは。
 今日の行程の前途多難さを改めて認識し、後ろの二人の様子をうかがいながら歩いていると毛利が服の袖を引っ張ってきた。
「あれは……アイスの屋台か?」
「アイス? ああ、あれか」
「往来でアイスを売っていて、溶けないのだろうか……」
 立ち止まり、屋根付きのワゴンを見つめながら考え続けている毛利の顔は真剣そのもの。
 真面目にアイスが溶けないかについて考えている毛利の可愛さに、つい甘やかしてしまうのは本日の引率者失格だろうか。気づかれないように財布を取り出し、札を数枚指で抜いて毛利の手に握らせる。
「これは?」
「石田の分も一緒に買ってきてくれや」
「わ、我はアイスなど……」
「誰がお前のだって言った? 俺が食べたくなっただけだ……まあ、一口食えば満足しちまうだろうから、あとはお前にやるかもな」
「そうか……ならば食べてやろう。貴様は林檎と蜜柑、どちらを食べるのだ」
「オレンジにしてくれ……石田はアップル……いや、あいつはマンゴーの方が好きだったな」
「よく覚えているものだ」
 皮肉げに言ってはいるが、アイスを食べられることとどうやってワゴンの中で保存しているのかを見ることができるのは嬉しいのだろう。軽やかな足取りで走ってワゴンに向かっていった毛利の背を眼を細めて見守りながら、元親は問題を一つ片付けることにした。
「おい家康」
「なんだ?」
「次のアトラクションの時間まであと……40分か。俺は鶴の字に頼まれた買い物があるんで何カ所か回りたいんだがよ。お前と石田はこの辺をふらついてろや」
「儂も三成もここは初めてなのだが……」
「石田が地図持ってるし、この辺を歩くだけなら迷うこともないだろ?」
「私も別にそれで構わない」
「待ち合わせはさっきパスを取った場所でどうだ? あそこならまっすぐ歩けばすぐにつけるから迷わないだろうしな」
 地図を確認しながらもこちらの会話は聞いていたのだろう。素直に頷きながら家康に向けて地図をかざした三成は、指で指し示しながら家康に道について説明を始めていた。
「今私たちはここにいる……次のアトラクションはここだ、そしてパスを取ったのはこの横……つまりここに行けばいいだけだ。あと40分あれば、貴様が見たいと言っていたここに行って戻ってくることができるぞ」
「確かにそれほど離れているようには見えないな」
「長宗我部の頼まれごとはきっとメダルだろうからな……私たちとは別行動の方がいいだろう」
「メダル……とはなんだ?」
「記念メダルがあちこちに売っているらしいのだ、姫が缶に入れてたくさん集めていた」
三成の察しの良さに礼を言おうとすると、いいタイミングで毛利が手にアイスを二つ持って戻ってきた。四角いマンゴーアイスは三成に、ネズミの顔をかたどったオレンジのアイスは長宗我部へ。
「あの男のおごりよ、味わって食べるがいい」
「…………マンゴーだな! 長宗我部、礼を言う!」
 はむっと一口囓って顔を輝かせた三成は、興味深げに見ている家康の口元に差し出して食べさせてやっている。しかし家康の方が遙かに口が大きいので、見ていて可哀想になる程に一気に量が減ってしまう。
 こういう所に気が回れば、家康も家族ではなく恋人としてみてもらえるかもしれないのに。
 アイスの耳の辺りを小さく一口囓った後、笑顔と共に元親は毛利にアイスを渡す。それを当たり前のように、だが感謝を込めた笑顔つきで受け取った毛利を見て三成がわずかに表情を曇らせるのはきっと。
 『家族』と『恋人』の違いを、なんとなくだが理解し始めているから。
 このまま大切な兄として家康に接し続けるのか、それとも別な存在として受け入れていくのか。短い時間ではあるが、三成にその結論を出してもらえるいい機会を与えることができたはず。
 このままどちらつかずの状態でいれば、きっと一番困ることになるのは三成。
 彼を取り巻く状況が変わりつつある今、元親にしてやれることはこれくらいだが。家康と三成にとってこの一時が、大切な思い出になってくれればいいのだが。
 そして決して表に出そうとしないが、今回の件で毛利も精神的にかなり打ちのめされているのだ。どうにかしてやりたいどころだが、毛利は昔から一筋縄ではいかないひねくれ物であるのと同時に、非常に繊細な所がある少年でもあるのだ。癒してやろうとか慰めてやろうなんて気持ちで接すれば、聡すぎる彼にすぐに見抜かれ愛想を尽かされてしまう。
 だから悲しみを忘れる程の楽しさを。
 彼という器からあふれ出る程の愛情と優しさで、苦悩なんて全て流してしまえばいい。
「というわけなんだがな……鶴の字のメダル集めにつきあってくれや」
「なるほどな、あの異常な量のメダルはそうやって集めていたというわけか」
「昨日ばれちまってな、連れて行かないなら代わりに買ってこいって言いだしやがって……」
「そうか、ならば近場を順に回ってみるとするか」
 一度だけまだ三成のアイスを狙い続ける家康を小さく睨み付け。
 まるで見せつけるかのように元親の腕に自らの体を寄せ、毛利はそのまま手首の辺りをぎゅっと握りしめてきた。そうしてから家康に仲睦まじいカップルが腕を組んでいるかのような姿を見せつけるように、甘えたような声で元親に囁きかけてくる。
 ただしその目には冷静さが充ち満ちているが。
「ならば急いだ方がよかろう……石田、徳川の世話は任せたぞ」
「あ、ああ……」
「儂の方が年長者なんだがな、相も変わらず毛利は辛辣というか……」
「貴様は大人の皮を被るようにはなったが、昔と変わらぬ我が儘小僧のままよ」
 笑顔ではあったが厳しい口調でそう言うと、そのまま元親を急かすかのように手首を掴む手に力を込め。
 引っ張るかのようにして、その場を去ることを選択した。
 早くその場を離れなくては。そう思っているかのような力強い毛利の動きに押されるままに進ながらも後ろを向くと、家康と三成はぽかんとした顔でこちらを見ている。毛利の性急さについて行けないのか、それとも別れをいう間もなく置き去りにされたことに何か感じることがあったのか。
 どちらにしてもアイスを食べながら歩く毛利は、もう彼等のことを気にかけるつもりはないらしい。
「我一人ではこんなに食べられぬ。昼食もあるのだ……貴様も少し食べるがいい」
「そうか」
「……美味いか?」
「マンゴーの方が美味かったかもな。あとでまた食うか?」
「次も貴様が食べるというのならな」
 手を伸ばして口元に届けてくれるアイスを囓り、甘さと冷たさを存分に味わう。
 一つのアイスを分け合って食べる姿は毛利の少女めいた姿と相まって、年は離れているが仲睦まじい恋人同士に見えるのだろう。いつもであれば神秘的な雰囲気と怜悧さ、そして隠しきれない上品さを持つ毛利を連れて歩くと通りすがる人たちがため息をつきながら振り返ってこちらを見るのだが。
 今日は誰も自分たちに注視しようとしない。
 人が多いからというのもあるが、ここは浮き世の全てを忘れて楽しむ場所だというのもあるだろう。自分の楽しみを追求するためにある場所で、他人を気にする場所ではないのだ。
 だからここでは素直に、喧嘩腰の言葉ではなく甘い言葉を重ね合ってもいいはず。
「時間は無いがまあのんびり行こうぜ……二人きりで行きたい場所もあったしな」
「二人きりで……? 貴様、何を考えている」
「さて……な」
 横を並んで歩く毛利の帽子を被った頭にぽんと手をやると、アイスを口にくわえたままの毛利の顔が途端に苦々しく歪められた。
 この年頃の少年は、子供扱いを極端に嫌う。
 だから彼を大事にしながらも子供として扱わない。そう決めていた元親であったが、今日だけはこうしても許される気がしたのだ。
 さて、今日だけは何があっても大切な人間を大人として扱わなければならない家康は、これからどうするつもりだろうか。嬉しさのあまりにおかしな事をしていなければいいのだが、彼の性格上間違いなく興奮して奇っ怪な行動に走るだろう。

 石田、今日は家康のお守りを頼んだ。

 家康を三成を二人きりにしたかった以上に毛利と二人きりになりたかった。そんなある意味大人げない考えもあった元親は、二人きりでどうしても行きたかった場所その1へとさりげない会話を交わしながら移動することにしたのだった。











<15>

 長宗我部元親が最初にその夢を見たのは、妹がまだ生まれる前だった。
 1週間近く高熱が続き命さえ危ぶまれた状況の中、病院のベッドで見ていた夢の中で自分と戦っていたのは翡翠色の鎧を身につけた見目麗しい将。自分を蔑むような言葉を吐きながら、だがその目の奥底に深い孤独と悲しみを秘め。
 戦い続けたその相手に、自分が口にした言葉は彼の体ではなく心にとどめを刺した。


 誰にも愛されず、一生孤独に囚われろ。


 呪いのような言葉を最後の一撃の代わりに彼の心にたたき込み、かわりに刃の一撃を胸に受け。満足して死にゆこうとした自分が見たのは、自分の命を奪った相手の心が死んでゆく様。
 彼と自分が帰りたかった海ではなく、水の変わりに草が満ちた草原の中。
 泣くことも笑うことも許されなかった生涯ただ一人の憎むべき敵は、心を持たぬ空の器と変わっていった。きっと心の内では様々な感情が渦巻いていただろう。しかし大国の国主となった彼は、それを表に出すことが許されなかったのだ。
 だから自分と相対する時だけ、感情をむき出しにしてきた。
 味方には見せられない感情を、自分には見せることができたから。
 そして自分を失い、孤独を決定づけられた瞬間に彼の心は壊れたのだ。今後彼は死ぬまで国守としての最適な判断だけを行う、国を繁栄させる道具として生きていく。

 自分が死ぬ際に口走った言葉に縛られて。

 それに気がついた時には、もう自分の口はわずかも動かなくて。
 何度も何度も悔やみ、自分を呪いながら死へと進んでいく。その過程を夢の中で何度も体感させられながら、元親は死と隣り合わせの病と戦い続けた。
 運良く生き延びることができたが、高熱のために片目はほとんど見えなくなり。楽しみにしていた妹の誕生にも立ち会えなかったし、万が一病気がうつると困るからという理由でしばらく祖父の所に預けられた。
 そして自分が見た夢が過去に起こった真実であったということを、祖父の蔵書を調べて知ることになる。
 稀代の謀将、毛利元就。
それが自分を殺した相手であり、自分が死ぬ前に『呪い』を与えてしまった存在の名前だった。彼は自分を討った後ずっと孤独なまま、誰にも心を開くことなく毛利家を繁栄させて死んでいった。
 自分が死ぬ前にあんなことを言ってしまったから。
 だから元親は『毛利元就』を探すことにしたのだ。自分が長宗我部元親の記憶を一部であるが取り戻しているのなら、きっと彼もこの世に生まれ変わっているはず。もう一度出会って、言葉を交わして。
 今度こそ、彼を孤独になどしない。
 元親の中にある前世と呼べるものの記憶は、ほんのわずかしかない。だがその持っていない記憶の中で過去の自分はきっと、毛利を愛していたのだろう。そうでなければ彼をここまで真剣に探しはしないだろうし、彼と出会いたいと思わないはず。
 実際に出会ってみたら相手は妹と同じ年のまだ子供で、おまけに辛辣な口調も怜悧な目線もそのままで。この世の中でこんな性格ではいきていくのも大変だろうと思いながら世話を焼き、隙を見てはどこかへ連れて行き。
 できればもう少し年齢が近ければ良かったのにと時折嘆きながら、成長を見守ること数年。
 彼は成長し中学生になり、自分もあと数年で自分の稼ぎで生活できるようになる。
 このまま彼とこの関係を維持し、彼を迎えに行くことができる力を身につけた時。元親は自分の横で背伸びをして下を見つめ続けている相手に、その言葉を言おうと思っていた。
「どうした? 何か見つけたのか?」
「少しぼーっとしてただけだ。それよりこの眺め、気に入ってくれたみてえだな」
「海の方が良いが……これも悪くはない」
 様々なエリアがここの園内には存在している。
 そのエリア間を繋ぐ大きな橋の中央辺り、川の流れを存分に見つめられる場所に二人は陣取り肩を並べて話を続けていた。少しだけ背伸びをして手すりに両腕を乗せゆっくりと流れる人工の川を見つめる毛利の目は、年相応の幼さに満ちあふれていた。
 あちこちを水が流れている園内だが、川を連想させる流れは実はあまり多くはない。その中でも一番景色のいい場所に毛利を案内したのだが、彼は相当気に入ってくれたようだ。
 川が流れ、それが遠くに広がる海へと繋がっていく。
 柔らかい日の光を受けてキラキラと輝く水面が、更に広い場所へと光を乗せて流れていくのだ。まだ午前中なので水の色と飴色を思わせる輝きが混ざり合っているが、夕方になれば茜色が川を染める。
 その時には家康たちも連れてここに来よう。
 今日のスケジュールを脳内で組み上げながら毛利を眼で愛おしんでいると、くるりとこちらを向いた毛利が唐突におかしなことを言ってきた。
「我を慰めるつもりか?」
「慰める?」
「貴様が我に気を遣っていることはわかっている。だが我は此度の件でそれほど心を痛めてはおらぬ。むしろ……父や母の方が大変であろうな」
「毛利……」
「今後は徳川に義理立てすることを考えながら暮らさねばならぬ。ああ見えて父は気位が高いのでな、相当の屈辱であろうよ」
「そこまで知ってて、よく家康に会う気になったな」
「あの男には罪はない……今はな」
 わずかに含みを持たせた物言いではあったが、毛利の顔は意外にさっぱりとしていた。
 内心では相当気にしているが顔に見せないようにしているのだろう。そう思い彼のことを案じていた元親だったが、どうやらそれは間違いだったらしい。
 後継者になるはずだった家を追い出され、別な家に住むことになったというのに何故こんなに落ち着いているのか。尼子の家では毎日帰ってきた長男に絡まれて毎日大騒動が起こっているらしいし、家が遠くなったとぼやいていたりもする。
 だが毛利は結構楽しそうなのだ。
 気晴らしついでに何故か聞いてやろうとは思っていたのだが、聞く前に毛利は自分から話を始めてしまっていた。
 彼の綺麗に切りそろえた髪が、わずかに潮の匂いを含んだ風に揺れる。
「正直楽になった……とでも言えばいいのだろうな。我はこれでもう跡継ぎの予備であることを強要されることが無くなったのだからな」
「お前が予備なんて、随分贅沢な家だな」
「弟たちは無事に生まれたようなのでな、三人もいれば誰かが後を継ぐに足りる器量を持つことになるだろう。というわけで我はもう自由だ……尼子の婆も、我が成人してからでよいが養子になってはどうかと言ってくれている。花のアレンジメントを事業として確立させたいらしい」
「あの婆さんらしい。それにしても随分と面白い話を持ってきたな」
「我は明日の夕から婆の知り合い相手に花の師範の真似事よ。だが菓子ももらえるし、わずかではあるが月謝も貰える。洋風の花の飾り方も面白いのでな、学んでみても良いと思っている。つまり、我なりに今の暮らしを楽しんでいるということだ。それに……」

 家という重い荷物の着いた我では、貴様が掠っていくのも大変であろう?

 なにげなくさらりと。
 当たり前の決定事項を語るかのように同意を求めてきた毛利に、元親が返せたのは小さな頷き一つだった。
 どうやらこの頭の良すぎる少年は、自分が考えていることよりも遙かに先を見据えていてくれたらしい。
「貴様だから許すのだ、わかっているだろうな」
「ここで理解できなきゃ、男じゃないだろ?」
「わかっているならいいのだ」
 橋桁に体を預けていた毛利がこちらへと向き直る。
 まだ細く小さい、成長し続けている体。夢の中にいた彼と同じ顔で、だがずっと満ち足りた顔をして。
 天から降り注ぐ日輪の光を受けて、自分に向けて微笑みかけてくれるのだ。
 家康たちと合流するためにはそろそろ移動し始めなければならない。だがほんの少し遅れても家康たちは許してくれるはず。
 いや、どんなことをしてでも許してもらう。
「……毛利……その……な、もう少しだけ寄り道しねえか?」
「少しなら構わぬが、石田たちを待たせぬように……」
 多少ぎこちなく、わずかに離れていた体の距離を互いに一歩踏み出して縮めようとした時。
 毛利のポケットにある携帯が、機械的な着信音を立てて震えだした。
「このような時に……石田?」
「何だ、迷ったか?」
 最悪のタイミングでの電話に顔をしかめると、毛利の手が元親の声をとどめるかのように前に突き出された。黙っていろと言わんばかりに睨み付け、彼にしては珍しく慌てた様子で携帯を耳に当てる。
「石田か、どうした……そうか、わかった。徳川はこの電話を聞いておらぬのか? ならば無駄なことは言わずに答えよ」
「おい、何が……」
「徳川は貴様を連れて逃げるというつもりではないのだな? それならばよい、貴様も話したいことがあるのならばその男につきあうといい……我と長宗我部で貴様たちを見つける。そうだな……夕方に一番高い建物の側に我々はいることにする、だから貴様も徳川をそこへと連れてこい」
 一気にそれだけ口にし、口を引き結びながら携帯をポケットにしまった毛利は肩を落としながら首を振ってみせた。
「徳川が暴走したそうだ、我らと合流せずに二人きりで歩きたい……と」
「なんだって?」
「あの男……最初からこれを狙っていたのではないのか?」
「石田と二人きり……か」
「石田を無理矢理掠って逃げるといった感じでもないらしいのでな、夕方に我らが偶然を装って合流するということにしておいた」
「いい判断だな、待ち合わせようとすれば家康のやつのことだ……逃げるな」
 頷いて同意してみせた毛利の顔が一気に曇る。
 家康の三成への愛情は、執着と同意味。二人の家の間に流れる微妙な空気を知っている家康ならば、三成を無理矢理掠う可能性だってあるのだ。自分と三成の仲を大人たちは認めてくれないなら、どんな手を使ってでも三成を手に入れる。今の家康はそう考えかねない。
 なんとかこの園内で見つけ、三成を家族に返さなければ。
 明晰すぎる頭脳で家康と三成の足取りをバッグから取り出した地図で考え始めている毛利の顔には、先程の笑顔はもう無い。
「今日はアトラクションはなしだな」
「すまねえな……俺が石田と家康を誘っちまったから」
「貴様には貴様の目的があった。そして我々は徳川がこのような手に出るとは考えてもいなかった……それが敗因よ」
「原因がわかったのなら、当然次に打つ手で挽回すべきだよな」
「当たり前よ」
 顔を見合わせ、眼で頷きあい。
 最後に見た家康たちが向かった方向や別れる前にしていた会話から推察し。次に彼等がどこへ向かうのか、そして何をするのかを知恵を尽くして二人は考え始めたのだった。









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ということで、来年につづく……
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拍手現在豊臣家転生パロ中学生編入ってます
(現在2本 家三 チカナリです)


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ラキドでは幹部全員を溺愛しておりますが、ベルナルドとイヴァンは特に偏愛。ばさらは家三とか奥州の愉快な仲間達と毛長がメインです。うずみさんが現在官三とか官佐にずっぽりとはまり中。
基本は、愛想のかけらもない「ネット怖い~」の書き手が二人で色々書いている場所です。


書いている人


みっし

・生真面目で堅物でムキムキな男性と一見そうじゃなくても根は真面目極まり ないキャラをこよなく愛している、がんかたうるふの片割れ。編み物とお菓子作りが趣味という、第三者曰く可愛らしい一面を持つ反面、パニクると踊ったり、オロオロしだして周囲は見ていて楽しいらしい。荒ぶる舞は、職場の名物だったりする……らしい。
イヴァンちゃんと片倉さんとシズちゃんとスカイハイさんと陛下を思いっきり愛している。好きなアニメは銀魂と最近はFate/zero。型月ファンというよりは元から虚淵ファンでうずみさんからオススメされまくった末にようやっと手を付けて完読した。ライダー組おいしいです。エクシリアではダントツで陛下が好き。陛下が使用可能になる完全版があるなら複数買いしても構わないとのたまう日々。バサラの好きキャラは片倉さん一強だったはずなのに最近はアニキも熱い。かっちり着込むキャラがすきだったはずなのにいきなり露出度が高いキャラを好きになったのは何故か悩む日々。二次元の向かう愛と同じぐらい甥っ子への愛を叫んでいる気がしてならない。



うずみ
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