こちらはサークル「がんかたうるふ」のうずみとみっしの二人組が、ラッキードッグ1とばさらのこばなしを黙々と投下する場所です。
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
書き終えましたとさ。
*****
「家康! 来てくれたのだな!」
「佐吉に会いたいと半兵衞に伝えたら、この文を官兵衛に届けて欲しいと頼まれてな」
「本多も来ているのか!?」
「忠勝はここには入れなくてな……外で待っている」
その方が好都合だ、と小さく呟いた声は佐吉の耳には届かなかった。
いつもは官兵衛と二人で眠る部屋に家康を招き入れ、足を崩して座る家康に笑顔でお茶を差し出す。官兵衛と共に過ごす時間をある意味苦痛と感じてしまっている佐吉にとって、大坂城での日々を思い出させてくれる家康の存在は数日ぶりの安堵を与えてくれるものだった。
官兵衛が悪いわけではない。
彼に嫌われたわけでもない。
ただ今まで距離が近すぎただけなのだ。
官兵衛の小姓として分をわきまえた行動を取っていれば、こんなに苦しくなることはなかったのだろう。相棒として官兵衛が佐吉を扱い、誰よりも大切にしてくれたから彼との距離感がわからなくなってしまっただけなのだ。
そう思い込もうとしている佐吉は、自分自身の思いに翻弄されて徐々に動けなくなっていく。
もし女に生まれていれば、ずっと官兵衛の側にこのままいることができたのでは。
そんな考えに囚われ、まともに彼の顔を見ることができない。
いつまでも今の立場にとどまっていたいと考えるのは子供である証拠。半兵衞ならそう言うであろうし、佐吉もそうであると考える。豊臣にその身を捧げ、秀吉が天下を取る日まで力を尽くし続ける。
早く大人になって、立派な将になりたいと昔は願っていたというのに。
ずっと官兵衛の小姓として側にいられたら、そう思うようになってしまった自分の弱さと愚かさ。それを見透かしているかのようにこちらを気遣ってくる官兵衛の様子に苛立ちを感じ、また自己嫌悪に陥っていく。
そんな状況での家康の訪問は、佐吉をおおいに喜ばせてくれはしたのだが。
「ところで佐吉…………官兵衛と喧嘩でもしたのか」
「そういう……わけではない」
「だが何かあったのだろう? 官兵衛もお前も、儂が見る限り一度も目を合わせていない」
家康はあっさりと佐吉の苦悩を見抜いてしまった。
元気溢れる軽やかな動きを失い、その目に影を宿らせている今の状況は佐吉をよく知るもの程痛々しく見えるらしい。茶の入った大きな湯飲みを手に持ちながら、家康は小さな体に一国一城の主としての高貴さと佐吉を気遣う様子を滲ませ笑む。いつも身につけている黄色の装束の兜だけを外し、にこりと微笑んで見せた家康は所在なげに目を彷徨わせる佐吉の視界により大きく入ろうと。
一気に距離を近づけてきた。
「…………家康?」
「儂は佐吉に会えて嬉しい。だが佐吉の笑った顔が見れないのは……寂しいのだ。何があったかは知らぬが、儂に話せば少しは気持ちも軽くなるかもしれん。それに儂も佐吉が困っているのに何もできないのは悲しい」
「大した……事ではないのだ」
「だが佐吉は悲しいと思っているのだろう? 儂は佐吉のことが大好きなのでな、佐吉のためになることであれば何でもしてやりたい」
身を乗り出して真剣な眼差しを向けてくる家康に、少しだけ佐吉の心が揺らぐ。
このどうしていいのかわからないもやもやとした気持ちも、家康に話せば少しは落ちつくかもしれない。官兵衛の事を嫌いたいわけでも、彼と離れたいわけでもないのだ。
娶ってもいいという言葉で喜びを感じたという事実、それを忘れてしまいたいだけ。
大好きだからこそ迷惑を掛けたくない、自分でもどうしていいかわからない感情をぶつけるわけにもいかない。そしてどう表現していいのかわからない胸の中に生まれた熱さと苦さが同居した何かを、家康にどう説明すればいいのか。
唇を引き結び俯いていると、家康の手がそっと頬に触れてきた。
ただ優しく暖かいだけの官兵衛の触れ方とは違う、三成の肌を味わっているかのような触れ方。
「…………家康……?」
指の先で肌を擦りあげてくる感触にわずかに身を震わせると、家康は一見無邪気に見える微笑みのままゆっくりときちりと揃えていた佐吉の膝にゆっくりと己の体を乗せた。腿に跨り息のかかる距離まで顔を近づけてきた家康の意図がわからず、今にも触れあいそうな顔から逃げるために顔を背けようとすると。
「佐吉は官兵衛のことを憎からず思っているのか?」
世間話を持ちかけるような穏やかな口調、しかし刃のような言葉。
実際に突き刺されたかのように体を強張らせ、顔を歪めた佐吉を労るかのように頬に滑らせた手を動かしながら家康の話は続く。
「儂には佐吉が官兵衛に恋い焦がれているように見えるがな」
「そ、そんなことはない! 私は男だ……それに官兵衛は髪も伸ばし放題で半兵衞様に怒られているし、着物はいつも脱ぎ散らかすし! あの様な男に何故私が……っ!」
どうして自分はここまで必死になって言い訳しているのか。
家康の手が頬から顎へ、そして首へと落ちていくのを感じながら佐吉は必死に言い繕い続けていた。官兵衛を慕っているのは本当のこと、しかし彼に恋しているのかと言われると素直にそれを肯定することもできない。情緒的にはまだ幼い佐吉は、好意というものを抱くことはあってもそれに順番をつけたり別な名前を付けることはできなかったのだ。
そしてもし佐吉の中で渦巻く思いが官兵衛への愛情だったと理解できたとしても、ここで認めてしまうわけにもいかなかった。官兵衛に知られてしまえば彼は佐吉と距離を置くだろうし、それ以前に佐吉が大坂城にいられなくなる。
同性に、それも現在の上役に汚れた思いを抱いているなどと知られたら。
好きなら好き、嫌いなら嫌い。
そうやって人とつきあってきた佐吉に、家康が突きつけてきた新しい価値観。今まで考えたことすらなかったというのに、それはすとんと佐吉の心の中に落ちてきたのだった。
好きと、嫌い。
そして、愛している。
ただ好きなだけではなく、誰かを特別愛おしいと思う。尊敬し主君として全てを捧げ尽くすと決めている秀吉への感情とは違う、大切な誰かに向けるただ一つの思い。そういう物を持ってもいいのだ、それを知ることができたのはありがたいが。
もし家康の言っていることが本当ならば、自分はどうすればいいのか。
家康の手が着物の合わせ目に辿りつき、ゆっくりと押し開こうとしていることにすら気付かずに佐吉は目尻に湧き上がり始めた熱いものを指で拭おうとする。
「佐吉は涙も綺麗なのだな」
しかしそれすら近づいてきた家康の舌に掬い取られてしまい。舌が離れる直前に目の舌に唇を落とされたことに驚き彼の方へとようやく目線を向けると。
「ようやく、儂の方を見てくれたな」
そう言った家康が、子供のような見た目に似合わぬ艶のある笑顔を浮かべた。
佐吉の中で家康は仲良しの友達。だが今目の前にいるのは、家康の皮を被った精悍な大人の男のようであった。
愛らしい外見に、大人の所作。
「儂は佐吉が官兵衛を思っていようが、他の誰を思っていようが気にしない。半兵衞には佐吉と官兵衛は仲良く過ごしていたと報告するつもりだ…………だがな、佐吉が官兵衛のことで泣くのだけは許せない」
「私は泣いてなどいないぞ!」
「では儂の舌が味わった甘露は何だったのだろうなあ……?」
わざとらしく首を傾げ声を上げて笑った家康は、もう一度だけ佐吉の頬に口づけると耳元にそっと囁きかけてくる。
「儂の知っている佐吉は、言いたいことを我慢するような小さな男ではないはずだ。官兵衛が気に入らぬのなら殴ればいい、謝らなければならないことがあれば謝ればいいだけだ」
「官兵衛は何も悪くない……きっと私が悪いのだ」
「そうなのか、ならば今晩にでも謝れば官兵衛は許してくれるだろう。あの男は些末時を気にするような器の小さい男ではないからな」
「ああ」
自分が官兵衛に特別な思いを抱いているのか、それとも別な要因なのか。
わからないにしても今の自分の感情を素直に彼に伝えればいいだけなのだ。それを思い出させてくれた家康に礼を言うついでに、自分の膝の上から下りてもらおう。
そう思った時には、佐吉の着物は肩から滑り落ち始めていた。
「………………………!?」
「佐吉の肌は柔らかいのに張りがあって滑らかだな!」
「いきなり何をする!」
「久しぶりに佐吉に会えたのでな、つい嬉しくなってしまった。」
指の先にだけ着物がかろうじて絡んでいる状況で、感じたのは肌寒さではなく羞恥心だった。いきなり脱がされて、じっくりと肌を見られているのだ。おまけに家康の目線は異常なほどの熱を持っており、見られているだけで肌を舐めあげられているかのよう。
いつもならこのようなことをされたらすぐに相手を殴るところなのだが、相手は自分と同じような背丈の家康だ。おまけに官兵衛とのことについて、話を聞いて真摯に応えてくれた。
その相手を殴ってしまっていいのか。
一瞬の躊躇の間に、家康はゆっくりと見せつけるかのように佐吉の体に己の腕を絡ませていった。
「い、家康は……何がしたいのだ? 私は友は殴りたくないが、これ以上は……」
「心配するな、最初は少し『痛い』かもしれぬが、すぐに儂に続きをせがむようになる……楽しい『遊び』なのだからな」
「遊び……なのか?」
「そうだ」
わずかのかげりも感じられない太陽のような笑みを向けてきた家康に、佐吉の警戒心が一気に緩む。こんな輝くような笑みを浮かべる相手が、自分に恐いことをするわけがない。
服は剥かれてしまったし、何故か家康に抱きしめられかけているのだが。
まさか家康が今から自分を押し倒そうとしているなどと思うわけがない佐吉が、家康を素直に受け入れようとした時。
佐吉の耳に唇を触れさせかけていた家康の体が、ぴくりと動いた。
「…………邪魔というのはいいところではいるものなのだな」
小さな鋭い声音で家康がそう言ったのと、大きな音を立てて襖が力一杯開かれたのはほぼ同時だった。
「随分楽しい『遊び』をしているじゃないか」
「官兵衛、邪魔しているぞ」
「何が邪魔しているぞ、だ。人の城で何をしている……おまえさんの遊びはガキにできる遊びじゃない……この件は後で半兵衞に報告させてもらうからな」
「そうか、では儂も半兵衞にここであったことについて細かく報告させてもらうとしよう」「佐吉……こっちに来い!」
「…………あ…………ああ…………」
自分の部屋だというのに押し入る勢いで入ってきた官兵衛、そして目の前にいる家康の顔を交互に見比べる。おろおろしながら上半身裸のまま、佐吉は官兵衛に言われるがまま自分から離れようとしない家康から体を離し始めた。家康から舌打ちのような音が発せられた気がしたが、それを気に留めておく余裕もなく。
触れあっているときは慎重に、完全に体が離れてからは俊敏に。
服を直すことも忘れて官兵衛の元へと駆け寄ると、あっという間に彼の腕に引き寄せられ隠されるかのように背の後ろに導かれた。
「お前さんの性癖に気がつけなかった小生の失態だ……本気らしいのはわかるがな、口説くのは数年後にしてやってくれ。今のこいつは小生の小姓だ。預かっている小生の立場上、佐吉がお前さんを望んだとしても許可するつもりはない」
「それは残念だな」
悪ぶれる様子もなくにこりと笑った家康を思いっきり睨み付けた官兵衛は、自分の背に隠れている佐吉に向けて小さな声で話しかけてきた。
「佐吉……お前さんには後で話がある、まずは着替えてこい」
厳しさを全く感じさせない、優しい声音。
そこにわずかでも佐吉を咎めるものがあれば、少しは気も休まったのだが。子供を安心させるかのように紡がれる言葉は、佐吉の胸に逆に不安だけを生みだしていったのだった。
着物を直した後、理由を付けて部屋から出て行こうとした佐吉の首根っこをひっつかみ無理矢理自分の前に座らせる。気まずそうに顔を背けたままの佐吉は、部屋から出て行った家康に助けを求めたいのか。
ずっと彼が去った方向だけを見つめ続けていた。
自分を押し倒していかがわしいことに及ぼうとしていた相手に、助けを求めるのか。家康に捕食されかけていた様にしか見えなかった佐吉の姿を思い出し、湧き上がる家康への怒りを抑え込みながら佐吉へ多少強張った笑みを向ける。
軽い混乱状態に陥っている佐吉を、これ以上不安定にするわけにはいかないのだ。
「最初に言っておくが……小生はお前さんのことを怒ってなどいない。あいつの本性に気がつけなかった小生が悪い。本多が教えてくれなければ、小生は一生後悔するようなことになるところだったよ」
「…………家康は……私の話を聞いてくれた」
「お前さんのことを思っているのは本当なんだろうよ。だがな、まだ下の毛も生え揃ってないガキに手を付けるような馬鹿に……」
「私はガキではない! もう子供ではないのだ!」
官兵衛の言葉を断ち切るかのように、佐吉はこちらと目を合わずに叫ぶかのようにそれを口にした。
確かに佐吉は大人へと急速に近づき始めている。
急速に背は伸び始めているし、顔立ちからも幼さが削ぎ落とされ始めている。酔いに任せて佐吉の柔らかく暖かい体を抱きしめながら眠るのを楽しんでいた官兵衛だったが、彼の体が若木のように伸びて行くにつれそれにわずかな罪悪感を感じるようになった。
自分を無邪気に慕ってくる子供に、庇護欲以外の何かを抱き始めている。
その事実に気がついたのは、女であったら娶っていたと口にした後のこと。佐吉とこのままずっと人生を共にする、それを当たり前だと思ってしまっていることにあの時気がついてしまったのだ。
そして佐吉も同じ思いを抱いていると気がついたからこそ、官兵衛は忘れようと言った。
彼とこのままの関係を続けていきたい、そして彼を誰もが見惚れる美丈夫に育てたい。自分の中の誓いを遂げ、佐吉の人生を自分の思いで縛り付けないために。
忘れるつもりだったというのに。
目に涙を溜め、唇を噛み息を細く吐きながら必死に泣き出すのを堪えている佐吉の頭にそっと触れてやりながら、官兵衛は自分も軽く呼吸を整える。そうしなければ感情のままに何を語り出すかわからなかったし、年長者である自分だけは落ちついていなければならない。
佐吉を困らせるつもりなど、毛頭無かったのだから。
「…………忘れろと言って忘れられることじゃなかったな……すまなかったな」
「官兵衛は……悪くない……私が悪い」
「互いに腹を割って話しておけば、こんなに話はこじれなかったんだよ。だからこれは小生の責任だ」
そう言いきって、官兵衛は己の位置を移動させる。
時折こちらの様子を伺いはするが、目を会わそうとしない佐吉の顔。それが向いている方向にいそいそと体を動かし、動きに気がついた佐吉が戸惑っている隙にその両肩を掴む。
そしてそのまま、力尽くで引き寄せ自分の胸の中へと招き入れた。
いつもの佐吉から感じる若草を思わせる香りに混ざる家康の存在に顔をしかめてしまうが、それを佐吉に見せないために更に強く胸に押しつける。
「…………官……兵衛……?」
「小生はお前さんが大切だ。相棒だと思っているし、女だったら娶って一生連れ添ってもいいとも思っている。だがな、お前さんは男で小生も男……そしていつかはお前さんを半兵衞に返さなきゃならん」
「それは……私もわかっている」
「だからこそ小生はお前さんと仲違いしている時間はないと思っている。お前さんに教えてやりたいことはまだまだたくさんあるんだからな」
「………………………」
「小生から盗める物は全部盗んでいけ。お前さんがいずれ小生の元からいなくなると考えるだけで寂しいがな、それ以上に小生はお前さんにいい男になって欲しい。半兵衞や秀吉すらも見惚れるほどの美丈夫に、な」
「…………私が元服したら……もう貴様の元には戻れないのか」
「そういうわけでもないんだがな、ずっと一緒って訳にはいかないだろうよ。それこそお前さんが小生を軍師として従えてくれなければな……そうだな、お前さんが大人になって……小生を逆に迎えに来るくらいになったら……その時には逆に小生がお前さんに娶ってもらうか。その頃には小生も爺さんになってるかもしれんが、お前さんは天下に名だたる秀吉の片腕になってるだろうよ。その頃には小生も佐吉……お前さんも『答え』が出せてるんじゃないのか?」
互いを大切だと思う気持ちにどういう名前を付ければいいのか。
佐吉が大人になるまで官兵衛はずっと待ち続ける、そして佐吉に対する思いが何なのかを考え続ける。それを佐吉に伝えたかったのだが、彼から帰ってきたのは弾けるような笑い声だった。
「…………何故私が貴様を迎えに来なければならないのだ!」
「いや、だからな……それくらいの時間をかければ、小生もお前さんに対する気持ちがわかるんじゃないかとな」
「私はここ数日ずっと考えていたぞ。貴様のことは嫌いではない、だが刑部や家康とは違う。そして秀吉様や半兵衞様とはもっと違うのだ」
「佐吉……」
「家康は私が官兵衛を愛していると言った。しかしそうだったとしても、私はどうしていいかわからん!」
官兵衛の胸に顔を押しつけたまま、佐吉は思いっきり威張りながらそう言ってみせた。
自分は官兵衛に嫌われていない、そして遙か先の未来まで自分と一緒にいたいと思っていてくれている。それを知ったからか佐吉の声には無邪気な、子供らしい力が生まれ始めていた。
官兵衛の胸に額を擦りつけるように頭を押しつけ、佐吉の言葉は続く。
「私は貴様に娶ってもいいと言われた時嬉しかった。だが貴様は忘れろと言ったのだ……つまり私のことなどどうでもいいのだと思っていたのだが……」
「そんなこと考えてたのかよ。小生がお前さんを嫌うわけがなかろう」
「わかっている……はずだったのに、わからなくなったのだ」
ぽつりと漏れた、どうしてだろうなという言葉。
本人にとっては純粋な疑問なのだろうが、官兵衛はその答えを本人以上に理解していた。
認めてはいけない、受け入れてもいけない。
こうやって互いの現在の気持ちを確認し合ったからこそ、佐吉はそれを悪い感情ではないと知ったが。もし官兵衛も己の気持ちに目を背け、佐吉の様子を気遣いながら放置し続けていたら。
この綺麗な心を大きく歪め、汚してしまっていたかもしれない。
それこそ家康の毒牙にかかり、取り返しのつかないことになっていただろう。佐吉に対する思いは純粋なものらしいのだが、あの見た目は幼い青年はやり方が悪すぎる。徐々に近づいて心を手に入れるのではなく、体を籠絡してから心を従属させる術しか知らないのだろう。
それが彼が人質として従属させられた者から学んだ生き方。
可哀想だとは思うが、家康の望み通りに事を動かすつもりはない。半兵衞にこの城のことを逐一報告する、家康はそう口にして暗に官兵衛を脅してきたがそれなら官兵衛にだって手はあるのだ。
未だに顔を見せてくれない佐吉の頭を軽く撫でてやってから、官兵衛は主人としての声で佐吉に命じる。
「紙と筆を持ってきてくれ。家康の奴に持たせる文を書かなきゃならん……この城のことは最後まで半兵衛の奴に伏せておくつもりだったんだが、これで切り札を一つ失うことになるな。小生の不幸もここまできたか……」
「っ! 半兵衞様にこの城のことを報告するのか!?」
「そうしなければ、家康が先に報告するだろうからな」
「半兵衞様には内緒にすると私と約束したではないか! 私が悪いのか? 私が家康と……」
「そうじゃないから、まずは落ち着け」
目を見開いて胸から顔を離し、官兵衛の胸元の布を掴んでくる佐吉を力尽くで止める。
「半兵衛の奴が家康を使いに選んだのは、家康がどういう報告をしてくるかを見るためだろうよ。だからこそこちらから先手を打ってやるだけだ」
家康が佐吉を襲おうとしたこと、そしてこの城について隠しておくつもりだったが家康貸しを作るのはまずいと判断したため素直に白状する気になったこと。正直にそれを書いておけば、半兵衞が疑うのは家康の方だろう。
わざわざ嘘を書いても得をすることなど、官兵衛には全くないのだから。
それで家康に対する扱いを変える半兵衞ではないだろうが、彼に警戒心は抱くようになるはず。佐吉はまだ慌てているが、いずれは半兵衞に気付かれていたことだ。手の内を晒す機会を得て、逆に得だったと考えなければいけないのだが。
できればもう少し隠しておきたかったというのは事実。
築城費用の件から、人足の動員の件まで散々突っ込まれるだろう。だが自分の不幸はもう人生の中に織り込み済みなのだ。これくらいの苦境など今まで何度もあったのだ、今回だって普通に乗り越えてやろう。
「では……私のせいではないのだな」
「家康を使いに選ぶ半兵衞の方が上手だっただけだ」
「やはり半兵衞様はすごいのだな……」
「小生の前であいつのことを褒めるなよ」
いつも通りの関係……とまではいかないが、じたばたと暴れる佐吉の額を指で弾いてやる。途端に拳でぽかぽかと殴りかかってくる佐吉の拳を受け止めながら。
愛すべき日常が戻ってきた、その喜びに顔を大きく緩める官兵衛であった。
___________________________________
黒家康ちょっと頑張る……の巻?
次々回くらいから島津編が始まる予定。
「佐吉に会いたいと半兵衞に伝えたら、この文を官兵衛に届けて欲しいと頼まれてな」
「本多も来ているのか!?」
「忠勝はここには入れなくてな……外で待っている」
その方が好都合だ、と小さく呟いた声は佐吉の耳には届かなかった。
いつもは官兵衛と二人で眠る部屋に家康を招き入れ、足を崩して座る家康に笑顔でお茶を差し出す。官兵衛と共に過ごす時間をある意味苦痛と感じてしまっている佐吉にとって、大坂城での日々を思い出させてくれる家康の存在は数日ぶりの安堵を与えてくれるものだった。
官兵衛が悪いわけではない。
彼に嫌われたわけでもない。
ただ今まで距離が近すぎただけなのだ。
官兵衛の小姓として分をわきまえた行動を取っていれば、こんなに苦しくなることはなかったのだろう。相棒として官兵衛が佐吉を扱い、誰よりも大切にしてくれたから彼との距離感がわからなくなってしまっただけなのだ。
そう思い込もうとしている佐吉は、自分自身の思いに翻弄されて徐々に動けなくなっていく。
もし女に生まれていれば、ずっと官兵衛の側にこのままいることができたのでは。
そんな考えに囚われ、まともに彼の顔を見ることができない。
いつまでも今の立場にとどまっていたいと考えるのは子供である証拠。半兵衞ならそう言うであろうし、佐吉もそうであると考える。豊臣にその身を捧げ、秀吉が天下を取る日まで力を尽くし続ける。
早く大人になって、立派な将になりたいと昔は願っていたというのに。
ずっと官兵衛の小姓として側にいられたら、そう思うようになってしまった自分の弱さと愚かさ。それを見透かしているかのようにこちらを気遣ってくる官兵衛の様子に苛立ちを感じ、また自己嫌悪に陥っていく。
そんな状況での家康の訪問は、佐吉をおおいに喜ばせてくれはしたのだが。
「ところで佐吉…………官兵衛と喧嘩でもしたのか」
「そういう……わけではない」
「だが何かあったのだろう? 官兵衛もお前も、儂が見る限り一度も目を合わせていない」
家康はあっさりと佐吉の苦悩を見抜いてしまった。
元気溢れる軽やかな動きを失い、その目に影を宿らせている今の状況は佐吉をよく知るもの程痛々しく見えるらしい。茶の入った大きな湯飲みを手に持ちながら、家康は小さな体に一国一城の主としての高貴さと佐吉を気遣う様子を滲ませ笑む。いつも身につけている黄色の装束の兜だけを外し、にこりと微笑んで見せた家康は所在なげに目を彷徨わせる佐吉の視界により大きく入ろうと。
一気に距離を近づけてきた。
「…………家康?」
「儂は佐吉に会えて嬉しい。だが佐吉の笑った顔が見れないのは……寂しいのだ。何があったかは知らぬが、儂に話せば少しは気持ちも軽くなるかもしれん。それに儂も佐吉が困っているのに何もできないのは悲しい」
「大した……事ではないのだ」
「だが佐吉は悲しいと思っているのだろう? 儂は佐吉のことが大好きなのでな、佐吉のためになることであれば何でもしてやりたい」
身を乗り出して真剣な眼差しを向けてくる家康に、少しだけ佐吉の心が揺らぐ。
このどうしていいのかわからないもやもやとした気持ちも、家康に話せば少しは落ちつくかもしれない。官兵衛の事を嫌いたいわけでも、彼と離れたいわけでもないのだ。
娶ってもいいという言葉で喜びを感じたという事実、それを忘れてしまいたいだけ。
大好きだからこそ迷惑を掛けたくない、自分でもどうしていいかわからない感情をぶつけるわけにもいかない。そしてどう表現していいのかわからない胸の中に生まれた熱さと苦さが同居した何かを、家康にどう説明すればいいのか。
唇を引き結び俯いていると、家康の手がそっと頬に触れてきた。
ただ優しく暖かいだけの官兵衛の触れ方とは違う、三成の肌を味わっているかのような触れ方。
「…………家康……?」
指の先で肌を擦りあげてくる感触にわずかに身を震わせると、家康は一見無邪気に見える微笑みのままゆっくりときちりと揃えていた佐吉の膝にゆっくりと己の体を乗せた。腿に跨り息のかかる距離まで顔を近づけてきた家康の意図がわからず、今にも触れあいそうな顔から逃げるために顔を背けようとすると。
「佐吉は官兵衛のことを憎からず思っているのか?」
世間話を持ちかけるような穏やかな口調、しかし刃のような言葉。
実際に突き刺されたかのように体を強張らせ、顔を歪めた佐吉を労るかのように頬に滑らせた手を動かしながら家康の話は続く。
「儂には佐吉が官兵衛に恋い焦がれているように見えるがな」
「そ、そんなことはない! 私は男だ……それに官兵衛は髪も伸ばし放題で半兵衞様に怒られているし、着物はいつも脱ぎ散らかすし! あの様な男に何故私が……っ!」
どうして自分はここまで必死になって言い訳しているのか。
家康の手が頬から顎へ、そして首へと落ちていくのを感じながら佐吉は必死に言い繕い続けていた。官兵衛を慕っているのは本当のこと、しかし彼に恋しているのかと言われると素直にそれを肯定することもできない。情緒的にはまだ幼い佐吉は、好意というものを抱くことはあってもそれに順番をつけたり別な名前を付けることはできなかったのだ。
そしてもし佐吉の中で渦巻く思いが官兵衛への愛情だったと理解できたとしても、ここで認めてしまうわけにもいかなかった。官兵衛に知られてしまえば彼は佐吉と距離を置くだろうし、それ以前に佐吉が大坂城にいられなくなる。
同性に、それも現在の上役に汚れた思いを抱いているなどと知られたら。
好きなら好き、嫌いなら嫌い。
そうやって人とつきあってきた佐吉に、家康が突きつけてきた新しい価値観。今まで考えたことすらなかったというのに、それはすとんと佐吉の心の中に落ちてきたのだった。
好きと、嫌い。
そして、愛している。
ただ好きなだけではなく、誰かを特別愛おしいと思う。尊敬し主君として全てを捧げ尽くすと決めている秀吉への感情とは違う、大切な誰かに向けるただ一つの思い。そういう物を持ってもいいのだ、それを知ることができたのはありがたいが。
もし家康の言っていることが本当ならば、自分はどうすればいいのか。
家康の手が着物の合わせ目に辿りつき、ゆっくりと押し開こうとしていることにすら気付かずに佐吉は目尻に湧き上がり始めた熱いものを指で拭おうとする。
「佐吉は涙も綺麗なのだな」
しかしそれすら近づいてきた家康の舌に掬い取られてしまい。舌が離れる直前に目の舌に唇を落とされたことに驚き彼の方へとようやく目線を向けると。
「ようやく、儂の方を見てくれたな」
そう言った家康が、子供のような見た目に似合わぬ艶のある笑顔を浮かべた。
佐吉の中で家康は仲良しの友達。だが今目の前にいるのは、家康の皮を被った精悍な大人の男のようであった。
愛らしい外見に、大人の所作。
「儂は佐吉が官兵衛を思っていようが、他の誰を思っていようが気にしない。半兵衞には佐吉と官兵衛は仲良く過ごしていたと報告するつもりだ…………だがな、佐吉が官兵衛のことで泣くのだけは許せない」
「私は泣いてなどいないぞ!」
「では儂の舌が味わった甘露は何だったのだろうなあ……?」
わざとらしく首を傾げ声を上げて笑った家康は、もう一度だけ佐吉の頬に口づけると耳元にそっと囁きかけてくる。
「儂の知っている佐吉は、言いたいことを我慢するような小さな男ではないはずだ。官兵衛が気に入らぬのなら殴ればいい、謝らなければならないことがあれば謝ればいいだけだ」
「官兵衛は何も悪くない……きっと私が悪いのだ」
「そうなのか、ならば今晩にでも謝れば官兵衛は許してくれるだろう。あの男は些末時を気にするような器の小さい男ではないからな」
「ああ」
自分が官兵衛に特別な思いを抱いているのか、それとも別な要因なのか。
わからないにしても今の自分の感情を素直に彼に伝えればいいだけなのだ。それを思い出させてくれた家康に礼を言うついでに、自分の膝の上から下りてもらおう。
そう思った時には、佐吉の着物は肩から滑り落ち始めていた。
「………………………!?」
「佐吉の肌は柔らかいのに張りがあって滑らかだな!」
「いきなり何をする!」
「久しぶりに佐吉に会えたのでな、つい嬉しくなってしまった。」
指の先にだけ着物がかろうじて絡んでいる状況で、感じたのは肌寒さではなく羞恥心だった。いきなり脱がされて、じっくりと肌を見られているのだ。おまけに家康の目線は異常なほどの熱を持っており、見られているだけで肌を舐めあげられているかのよう。
いつもならこのようなことをされたらすぐに相手を殴るところなのだが、相手は自分と同じような背丈の家康だ。おまけに官兵衛とのことについて、話を聞いて真摯に応えてくれた。
その相手を殴ってしまっていいのか。
一瞬の躊躇の間に、家康はゆっくりと見せつけるかのように佐吉の体に己の腕を絡ませていった。
「い、家康は……何がしたいのだ? 私は友は殴りたくないが、これ以上は……」
「心配するな、最初は少し『痛い』かもしれぬが、すぐに儂に続きをせがむようになる……楽しい『遊び』なのだからな」
「遊び……なのか?」
「そうだ」
わずかのかげりも感じられない太陽のような笑みを向けてきた家康に、佐吉の警戒心が一気に緩む。こんな輝くような笑みを浮かべる相手が、自分に恐いことをするわけがない。
服は剥かれてしまったし、何故か家康に抱きしめられかけているのだが。
まさか家康が今から自分を押し倒そうとしているなどと思うわけがない佐吉が、家康を素直に受け入れようとした時。
佐吉の耳に唇を触れさせかけていた家康の体が、ぴくりと動いた。
「…………邪魔というのはいいところではいるものなのだな」
小さな鋭い声音で家康がそう言ったのと、大きな音を立てて襖が力一杯開かれたのはほぼ同時だった。
「随分楽しい『遊び』をしているじゃないか」
「官兵衛、邪魔しているぞ」
「何が邪魔しているぞ、だ。人の城で何をしている……おまえさんの遊びはガキにできる遊びじゃない……この件は後で半兵衞に報告させてもらうからな」
「そうか、では儂も半兵衞にここであったことについて細かく報告させてもらうとしよう」「佐吉……こっちに来い!」
「…………あ…………ああ…………」
自分の部屋だというのに押し入る勢いで入ってきた官兵衛、そして目の前にいる家康の顔を交互に見比べる。おろおろしながら上半身裸のまま、佐吉は官兵衛に言われるがまま自分から離れようとしない家康から体を離し始めた。家康から舌打ちのような音が発せられた気がしたが、それを気に留めておく余裕もなく。
触れあっているときは慎重に、完全に体が離れてからは俊敏に。
服を直すことも忘れて官兵衛の元へと駆け寄ると、あっという間に彼の腕に引き寄せられ隠されるかのように背の後ろに導かれた。
「お前さんの性癖に気がつけなかった小生の失態だ……本気らしいのはわかるがな、口説くのは数年後にしてやってくれ。今のこいつは小生の小姓だ。預かっている小生の立場上、佐吉がお前さんを望んだとしても許可するつもりはない」
「それは残念だな」
悪ぶれる様子もなくにこりと笑った家康を思いっきり睨み付けた官兵衛は、自分の背に隠れている佐吉に向けて小さな声で話しかけてきた。
「佐吉……お前さんには後で話がある、まずは着替えてこい」
厳しさを全く感じさせない、優しい声音。
そこにわずかでも佐吉を咎めるものがあれば、少しは気も休まったのだが。子供を安心させるかのように紡がれる言葉は、佐吉の胸に逆に不安だけを生みだしていったのだった。
着物を直した後、理由を付けて部屋から出て行こうとした佐吉の首根っこをひっつかみ無理矢理自分の前に座らせる。気まずそうに顔を背けたままの佐吉は、部屋から出て行った家康に助けを求めたいのか。
ずっと彼が去った方向だけを見つめ続けていた。
自分を押し倒していかがわしいことに及ぼうとしていた相手に、助けを求めるのか。家康に捕食されかけていた様にしか見えなかった佐吉の姿を思い出し、湧き上がる家康への怒りを抑え込みながら佐吉へ多少強張った笑みを向ける。
軽い混乱状態に陥っている佐吉を、これ以上不安定にするわけにはいかないのだ。
「最初に言っておくが……小生はお前さんのことを怒ってなどいない。あいつの本性に気がつけなかった小生が悪い。本多が教えてくれなければ、小生は一生後悔するようなことになるところだったよ」
「…………家康は……私の話を聞いてくれた」
「お前さんのことを思っているのは本当なんだろうよ。だがな、まだ下の毛も生え揃ってないガキに手を付けるような馬鹿に……」
「私はガキではない! もう子供ではないのだ!」
官兵衛の言葉を断ち切るかのように、佐吉はこちらと目を合わずに叫ぶかのようにそれを口にした。
確かに佐吉は大人へと急速に近づき始めている。
急速に背は伸び始めているし、顔立ちからも幼さが削ぎ落とされ始めている。酔いに任せて佐吉の柔らかく暖かい体を抱きしめながら眠るのを楽しんでいた官兵衛だったが、彼の体が若木のように伸びて行くにつれそれにわずかな罪悪感を感じるようになった。
自分を無邪気に慕ってくる子供に、庇護欲以外の何かを抱き始めている。
その事実に気がついたのは、女であったら娶っていたと口にした後のこと。佐吉とこのままずっと人生を共にする、それを当たり前だと思ってしまっていることにあの時気がついてしまったのだ。
そして佐吉も同じ思いを抱いていると気がついたからこそ、官兵衛は忘れようと言った。
彼とこのままの関係を続けていきたい、そして彼を誰もが見惚れる美丈夫に育てたい。自分の中の誓いを遂げ、佐吉の人生を自分の思いで縛り付けないために。
忘れるつもりだったというのに。
目に涙を溜め、唇を噛み息を細く吐きながら必死に泣き出すのを堪えている佐吉の頭にそっと触れてやりながら、官兵衛は自分も軽く呼吸を整える。そうしなければ感情のままに何を語り出すかわからなかったし、年長者である自分だけは落ちついていなければならない。
佐吉を困らせるつもりなど、毛頭無かったのだから。
「…………忘れろと言って忘れられることじゃなかったな……すまなかったな」
「官兵衛は……悪くない……私が悪い」
「互いに腹を割って話しておけば、こんなに話はこじれなかったんだよ。だからこれは小生の責任だ」
そう言いきって、官兵衛は己の位置を移動させる。
時折こちらの様子を伺いはするが、目を会わそうとしない佐吉の顔。それが向いている方向にいそいそと体を動かし、動きに気がついた佐吉が戸惑っている隙にその両肩を掴む。
そしてそのまま、力尽くで引き寄せ自分の胸の中へと招き入れた。
いつもの佐吉から感じる若草を思わせる香りに混ざる家康の存在に顔をしかめてしまうが、それを佐吉に見せないために更に強く胸に押しつける。
「…………官……兵衛……?」
「小生はお前さんが大切だ。相棒だと思っているし、女だったら娶って一生連れ添ってもいいとも思っている。だがな、お前さんは男で小生も男……そしていつかはお前さんを半兵衞に返さなきゃならん」
「それは……私もわかっている」
「だからこそ小生はお前さんと仲違いしている時間はないと思っている。お前さんに教えてやりたいことはまだまだたくさんあるんだからな」
「………………………」
「小生から盗める物は全部盗んでいけ。お前さんがいずれ小生の元からいなくなると考えるだけで寂しいがな、それ以上に小生はお前さんにいい男になって欲しい。半兵衞や秀吉すらも見惚れるほどの美丈夫に、な」
「…………私が元服したら……もう貴様の元には戻れないのか」
「そういうわけでもないんだがな、ずっと一緒って訳にはいかないだろうよ。それこそお前さんが小生を軍師として従えてくれなければな……そうだな、お前さんが大人になって……小生を逆に迎えに来るくらいになったら……その時には逆に小生がお前さんに娶ってもらうか。その頃には小生も爺さんになってるかもしれんが、お前さんは天下に名だたる秀吉の片腕になってるだろうよ。その頃には小生も佐吉……お前さんも『答え』が出せてるんじゃないのか?」
互いを大切だと思う気持ちにどういう名前を付ければいいのか。
佐吉が大人になるまで官兵衛はずっと待ち続ける、そして佐吉に対する思いが何なのかを考え続ける。それを佐吉に伝えたかったのだが、彼から帰ってきたのは弾けるような笑い声だった。
「…………何故私が貴様を迎えに来なければならないのだ!」
「いや、だからな……それくらいの時間をかければ、小生もお前さんに対する気持ちがわかるんじゃないかとな」
「私はここ数日ずっと考えていたぞ。貴様のことは嫌いではない、だが刑部や家康とは違う。そして秀吉様や半兵衞様とはもっと違うのだ」
「佐吉……」
「家康は私が官兵衛を愛していると言った。しかしそうだったとしても、私はどうしていいかわからん!」
官兵衛の胸に顔を押しつけたまま、佐吉は思いっきり威張りながらそう言ってみせた。
自分は官兵衛に嫌われていない、そして遙か先の未来まで自分と一緒にいたいと思っていてくれている。それを知ったからか佐吉の声には無邪気な、子供らしい力が生まれ始めていた。
官兵衛の胸に額を擦りつけるように頭を押しつけ、佐吉の言葉は続く。
「私は貴様に娶ってもいいと言われた時嬉しかった。だが貴様は忘れろと言ったのだ……つまり私のことなどどうでもいいのだと思っていたのだが……」
「そんなこと考えてたのかよ。小生がお前さんを嫌うわけがなかろう」
「わかっている……はずだったのに、わからなくなったのだ」
ぽつりと漏れた、どうしてだろうなという言葉。
本人にとっては純粋な疑問なのだろうが、官兵衛はその答えを本人以上に理解していた。
認めてはいけない、受け入れてもいけない。
こうやって互いの現在の気持ちを確認し合ったからこそ、佐吉はそれを悪い感情ではないと知ったが。もし官兵衛も己の気持ちに目を背け、佐吉の様子を気遣いながら放置し続けていたら。
この綺麗な心を大きく歪め、汚してしまっていたかもしれない。
それこそ家康の毒牙にかかり、取り返しのつかないことになっていただろう。佐吉に対する思いは純粋なものらしいのだが、あの見た目は幼い青年はやり方が悪すぎる。徐々に近づいて心を手に入れるのではなく、体を籠絡してから心を従属させる術しか知らないのだろう。
それが彼が人質として従属させられた者から学んだ生き方。
可哀想だとは思うが、家康の望み通りに事を動かすつもりはない。半兵衞にこの城のことを逐一報告する、家康はそう口にして暗に官兵衛を脅してきたがそれなら官兵衛にだって手はあるのだ。
未だに顔を見せてくれない佐吉の頭を軽く撫でてやってから、官兵衛は主人としての声で佐吉に命じる。
「紙と筆を持ってきてくれ。家康の奴に持たせる文を書かなきゃならん……この城のことは最後まで半兵衛の奴に伏せておくつもりだったんだが、これで切り札を一つ失うことになるな。小生の不幸もここまできたか……」
「っ! 半兵衞様にこの城のことを報告するのか!?」
「そうしなければ、家康が先に報告するだろうからな」
「半兵衞様には内緒にすると私と約束したではないか! 私が悪いのか? 私が家康と……」
「そうじゃないから、まずは落ち着け」
目を見開いて胸から顔を離し、官兵衛の胸元の布を掴んでくる佐吉を力尽くで止める。
「半兵衛の奴が家康を使いに選んだのは、家康がどういう報告をしてくるかを見るためだろうよ。だからこそこちらから先手を打ってやるだけだ」
家康が佐吉を襲おうとしたこと、そしてこの城について隠しておくつもりだったが家康貸しを作るのはまずいと判断したため素直に白状する気になったこと。正直にそれを書いておけば、半兵衞が疑うのは家康の方だろう。
わざわざ嘘を書いても得をすることなど、官兵衛には全くないのだから。
それで家康に対する扱いを変える半兵衞ではないだろうが、彼に警戒心は抱くようになるはず。佐吉はまだ慌てているが、いずれは半兵衞に気付かれていたことだ。手の内を晒す機会を得て、逆に得だったと考えなければいけないのだが。
できればもう少し隠しておきたかったというのは事実。
築城費用の件から、人足の動員の件まで散々突っ込まれるだろう。だが自分の不幸はもう人生の中に織り込み済みなのだ。これくらいの苦境など今まで何度もあったのだ、今回だって普通に乗り越えてやろう。
「では……私のせいではないのだな」
「家康を使いに選ぶ半兵衞の方が上手だっただけだ」
「やはり半兵衞様はすごいのだな……」
「小生の前であいつのことを褒めるなよ」
いつも通りの関係……とまではいかないが、じたばたと暴れる佐吉の額を指で弾いてやる。途端に拳でぽかぽかと殴りかかってくる佐吉の拳を受け止めながら。
愛すべき日常が戻ってきた、その喜びに顔を大きく緩める官兵衛であった。
___________________________________
黒家康ちょっと頑張る……の巻?
次々回くらいから島津編が始まる予定。
PR
色々説明
拍手現在豊臣家転生パロ中学生編入ってます
(現在2本 家三 チカナリです)
注意事項
・フリーリンクじゃないです、基本的にはリンクはお断りしています
・ひっそりこっそりが信条なので、黙々と
・捏造、not公式のこばなしが多いので、スルー推奨
ラキドでは幹部全員を溺愛しておりますが、ベルナルドとイヴァンは特に偏愛。ばさらは家三とか奥州の愉快な仲間達と毛長がメインです。うずみさんが現在官三とか官佐にずっぽりとはまり中。
基本は、愛想のかけらもない「ネット怖い~」の書き手が二人で色々書いている場所です。
書いている人
みっし
・生真面目で堅物でムキムキな男性と一見そうじゃなくても根は真面目極まり ないキャラをこよなく愛している、がんかたうるふの片割れ。編み物とお菓子作りが趣味という、第三者曰く可愛らしい一面を持つ反面、パニクると踊ったり、オロオロしだして周囲は見ていて楽しいらしい。荒ぶる舞は、職場の名物だったりする……らしい。
イヴァンちゃんと片倉さんとシズちゃんとスカイハイさんと陛下を思いっきり愛している。好きなアニメは銀魂と最近はFate/zero。型月ファンというよりは元から虚淵ファンでうずみさんからオススメされまくった末にようやっと手を付けて完読した。ライダー組おいしいです。エクシリアではダントツで陛下が好き。陛下が使用可能になる完全版があるなら複数買いしても構わないとのたまう日々。バサラの好きキャラは片倉さん一強だったはずなのに最近はアニキも熱い。かっちり着込むキャラがすきだったはずなのにいきなり露出度が高いキャラを好きになったのは何故か悩む日々。二次元の向かう愛と同じぐらい甥っ子への愛を叫んでいる気がしてならない。
@3missiy3をフォロー
うずみ
・相方を愛しすぎている変な人。趣味は畑仕事に漬け物作り、好きな物は不幸属性の美人(男女問わず)。ばさらでは石田さんと黒田さんをこよなく愛していたり、赤い子めんこいにゃぁとたまに叫んでいる。ついったのフォローは下 のアイコンから。
@uzumi1250をフォロー
ばさら垢できました
こんな二人で、ここを更新しております。
ツイッターは基本鍵をかけていますが、フォロー申請してくださったらフォローさせていただきます。
カテゴリー
カウンター