こちらはサークル「がんかたうるふ」のうずみとみっしの二人組が、ラッキードッグ1とばさらのこばなしを黙々と投下する場所です。
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
忘れてました………でも書き上げた。
ばさらじゃないよ、らきどだよ。
(どうも私はこのフレーズが好きみたいです)
今回のリレーのルール
・キリのいいところと書いている人が判断した段階でバトンタッチ
・どれだけ多くても1回が原稿用紙40枚以内
・へたれてたり、イヴァンべったりだったりするジュリオはなし
・ジュリイヴァでラグベル
・メガネはどんな時でも腹黒
・埋さんがどれだけ(グロ方面で)暴走しても、温かい目で見守ること
ばさらじゃないよ、らきどだよ。
(どうも私はこのフレーズが好きみたいです)
今回のリレーのルール
・キリのいいところと書いている人が判断した段階でバトンタッチ
・どれだけ多くても1回が原稿用紙40枚以内
・へたれてたり、イヴァンべったりだったりするジュリオはなし
・ジュリイヴァでラグベル
・メガネはどんな時でも腹黒
・埋さんがどれだけ(グロ方面で)暴走しても、温かい目で見守ること
*****
ベルナルドがその声を聞いたのは『主人』との会見を終え、案内された部屋を出てからすこしたった頃のことだった。
有意義といえる時間であったが、漆黒の闇をわずかなランプの輝きだけが彩っていたあの部屋では時間の経過がわからなかったというのが事実。廊下に出てすぐに空を見やれば、太陽は地平へと一気に近づいていた。
時間が迫りつつある。
エレナの主人から得られた情報は限定されていたが、今の現状を理解するには十分すぎる程の成果だった。
この館には殺戮を好む存在が巣くっている。
それは夜にしか出てこない。
エレナの『主人』は殺戮は好まないがこの状況をどうにかできるわけではない。
そしてベルナルドたちが安全にここを出ることが出来るよう、協力は惜しまない。
それ以外の話や、言葉を濁した部分から考えると、ベルナルドが知る限り二人を残虐な手段で殺した犯人と『主人』は血の繋がった家族かそれに近しい関係なのだろう。身近な存在への愛と、殺戮を止めたいという気持ち。それがせめぎあう中で、彼はベルナルドに託そうと決めたのだう。
全てを暴き、この館を解放することを。
随分思い物を背負わされたなと思いはするが、この館から生きて出るためには全てを解決する必要がある。こちらにはジュリオやラグトリフがいるが、夜の闇に乗じて襲われた時、完全に身を守れる保証はない。それに、こちらはこの雪のせいで逃げ出すことも出来ないわけで。持久戦になれば、この館を知り尽くしている人間の方が有利なのは当然のこと。
雪は多少小降りになってきているが、この広大な森から出るにはまだ時間がかかるだろう。まずはジャンに連絡をして、早めに迎えに来てもらえるよう手配する必要がある。そしてベルナルドがずっと感じていた違和感の原因、それも確認しなければならないだろう。
あの部屋だけは壁の中に移動用の通路がない、それが意味しているのはなんなのか。
知れば知る程新たな謎が出てくるのは、自分が今解きほぐそうとしているのは一つの家の長大なる歴史だからに決まっている。決してこの一族の歴史が金と血泥にまみれた薄汚れたものだからではない。
そんな中から、あんな心優しい存在が生まれるわけがないのだ。
年若いがとても聡明な『主人』との心休まる会話を思い出しながら、ラグトリフの元へと戻ろうとした時、その声が聞こえてきたのだ。
嘆きと後悔と絶望が混じり合った、叫び声が。
「……………………………イヴァン?」
日頃聞き慣れている彼の怒りの混ざった叫びとは違う、悲劇へと向かいつつある嘆き。
自分が話をしている間にマリーの死体が発見されたのだろう。それもイヴァンが第一発見者という最悪の状況で。出来ればそれだけはしたくなかったので、ジュリオにはさりげなく館の構造を理解するためのヒントを与えておいたのだが、ジュリオは当然のようにイヴァンを優先することを優先した。
もっとはっきり言っておけば良かったと思いはするが、ジュリオにそういう物言いが通じないことを考慮しなかったベルナルドの失敗なのだ、結局は。
悔やむのは後でも出来る、まずはイヴァンたちと合流して彼らの状況を見ておかなければならない。それからこの館と館に住む人間たちについて感じた、ある疑念を解消するために確認したいことがあった。
あと少しで日が暮れる。
一人で行くのは心許ないので、ラグトリフに声をかけて一緒に来てもらうために、自室へ戻ろうとする。と、周囲を伺いながら歩み始めたベルナルドの耳に届いたのは、聞き慣れた足音だった。
自然と背筋に力が入り、唇に力が入る。
仕事の時は足音一つ立てないのに、ベルナルドに己の存在を誇示しようとする時だけ、彼はこんな足音を立てるのだ。わずかに地面を擦るように、そして重く音を響かせる。
死を届け、墓へと人を導くという役割を忘れさせないために。
「ラグ……」
「部屋に戻っているとおっしゃっていたので、一度戻ったんですが……探しましたよ?」
「すまない、少し……片付けなければならない事があってな」
「その奥に、あれがいるんですね?」
「………気づいて………いたのか」
「あれだけ派手に動いていればわかりますよ。ジュリオさんも気づいていますけど、あの人はイヴァンさんに夢中ですからね、今は」
何故そうしたのかはわからないが。
『主人』のいる部屋の前へと移動し、そのドアを守るかのようにベルナルドは立ちはだかる事を選択した。何故だろうか、いつもと変わらぬ分厚いコートを着込み、目の奥にベルナルドにしかわからない親愛の情をにじませたこの男が。
ベルナルドの体を通り越して、ドアの奥にどす黒く濁った感情を向けているような気がしてならないのだ。
そういえば普段彼と相対する時は、こんなに体が強ばる事も力が入る事もない。ラグトリフという存在について、他の人間よりは理解できるようになってきたらしい自分を少しだけだが内心褒めてやりながら、ベルナルドはラグトリフの心情を理解するために質問を投げかけてみた。
「俺を迎えに来てくれたんだよな?」
「はい、半分は……いえ半分以上は、ですね。僕はベルナルドをこよなく愛してますので」
「お前の口からそんな言葉を聞くのは初めてだな。博愛主義者に宗旨替えしたのか?」
「僕の愛はベルナルドに向けて一方通行ですよ? いつも素通りしてしまって寂しい限りです」
何故か、体が自然と一歩後ろへ下がる。
背に硬いドアの感触を感じ、距離を詰めてきたラグトリフの邪気のない笑顔に一瞬見とれ。
次の瞬間感じたのは、底のない恐怖。
「何を……するつもりだ」
「潰しておくんですよ、ベルナルドを僕から奪おうとする化け物を、ね」
「相手は子供だぞ!? それに俺は………っ!」
「ベルナルドは……あれを好ましいと思ったのでしょう? ならば僕の敵ですよ」
「それなら、俺の周りの人間はみんなお前の敵だな」
「ええ、そうですね。ですけどベルナルド………気づいてます? あれに感じているのが何なのかを」
口は笑顔の形、だがその目に萌えているのはドアの奥にいる存在への深い憎悪。
自分に向けられたものではないとわかっていても、他者が発する負の感情を受け止めるのは疲れるものだ。一気に削り取られていく気力と体力、そして一歩でも移動すればラグトリフはこのドアを破壊してでも中に入り『主人』を殺害しかねないという状況。
彼の中にどんな正当な理由があるとしても、ラグトリフに私欲での殺人はさせない。
彼を雇い、彼の主人になった時にベルナルドが決めた事だ。仕事として彼の欲望を充足させ、その重みや責はベルナルドが背負う。飼っている獣の鎖すら扱えない、そんな主人に成り下がる気なんてないのだ。
だから聞かれた言葉の意味を、唇を噛みながら必死に考える。
ラグトリフが物質的な力をふるい人を傷つけるのが仕事だというのなら、ベルナルドの役目は言葉を力として周囲を従えることだ。だからラグトリフを押さえ込むのに力は使わない。
主として恋人として、言葉と思いで制止する。
「お前の望む答えではないのかもしれないがな」
「言ってみて下さい」
「あれは昔の俺だ……CR-5という皮を被る前の、自分の力の使い方を知らないこの世の中の偽善ばかりを信じていた可哀想な俺だ」
「……………………………だから、なんなんですか?」
「俺は昔の俺を……信じて守ってやりたい。お前が何を感じているかは知らんが、あの子供にお前に感じるようなものは感じていない。これが俺の答えだ」
「………実に、優等生的な答えですね」
「褒めてくれて感謝すべきか? それともお前への『答え』は態度で示すべきかな?」
「いえ、それは必要ありませんよ。ですけど……やっぱり気にくわないですね」
ラグトリフの中の殺意はわずかも薄れてはいなかった。
ただ表に出していたものを、内側へと収めただけ。だがそれだけでもラグトリフの中では大きな違いなのだろう、いらだたしげに下げられた指が腿をこつこつと叩いていた。
先程までは鎌首をもたげた蛇のように、わずかに持ち上げられていたというのに。
「気にくわないのなら、それは後で俺にぶつけてくれ」
「そうさせてもらいますよ。ですけどベルナルド……あれから何を聞きました?」
「それは歩きながら話そう」
顎でこれから向かうべき方向を指し歩き始めると、ラグトリフは無言でいつものポジションについて歩き出した。どんな状況でも対応できるよう、ベルナルドと並んで異様に見えるが半歩だけ後ろを取るような位置。
ラグトリフが自分を守る役割についた、それを教えてくれる動きでもあった。
ベルナルドの足音はほとんど無く、ラグトリフだけが自分の存在を誇示するかのように、響く足音を立て続けている。まだ彼の苛立ちは収まっていないのだろう、そうでなければ挑発するような音を立て続けるわけがない。
「この館の殺人鬼様は夜以外出てこれないそうだ」
「それはそれは」
「お前やジュリオを相手にするよりよっぽど楽だな……知恵も薄いらしい。それにしてはいくつか気になる事はがあるんだがな」
「あの殺し方ですか? 人に見せるために殺すなんてことは、ある程度の知恵がある人間じゃなければできませんね」
「その通りだ。この館にいる誰か殺し方を教えているか、それとも……」
自ら学んで学習していっているか。
前者であればいいが、後者であればかなり厄介な事になるだろう。そうでないことを祈りながら、ベルナルドは次の疑問点について口に出してみた。
「あとはマリーだったか、あの子供」
「死んじゃったみたいですね……あの声からすると」
「何故あの子供が殺さなければならなかった? 殺される理由がない……目についたから、なんて理由と昼間出てこれないという言葉が一致しない」
「それは本当なんですかね?」
「彼が嘘をついたとでも?」
「ベルナルドは子供に甘いですからね~」
ちくりと差すような言い方に、ラグトリフがまだ先程の件を引きずっていることを嫌でも教えられる。普段からベルナルドと親しい人間にはあまりいい顔をしないのはわかっているつもりだったが、何故彼に関してはここまで強い殺意を向けるのだろうか。
闇に潜む殺人鬼と、自分の側にいる柔和な笑顔の掃除屋。
その両方を叡智によって作られた言葉の刃で刺し貫いてみろ。
そういう事なのだろう、きっと。
「ああ、俺は子供に甘いよ。お前にも甘くなりたいと思ってるんだがな……」
「十分甘やかしてもらってますよ。あなたが僕に甘えてくれないのは、ちょっぴり寂しいですけどね」
「甘えてるつもりなんだが」
「甘えているのなら、できれば常に背中を守らせていただければありがたいんですけどね」
「それも、怒っている理由か?」
「それが、怒っている理由の一つです」
まだまだたくさんありますよ~とおどけているラグトリフの顔に、わずかに心が和む。
気を抜けば命が無くなるという状況には慣れている。だが、相手が得体の知れない存在であり逃げるという手を打つことが出来ないのは、予想以上に精神をすり減らすものだったらしい。
歩く度に見かける聖母像の清らかな眼差しは、どの像でもかわらなかった。
あらゆる苦難を見つめ、だが決して救いの手は差し伸べない。大広間の方へと澄んだ眼差しを向け、目の前の迷える子羊たちには慈悲のかけらすら与えない。
この館では敬虔な信者にでも恵みは振ってこないのだろうか。
「そういえば、この家には聖母の絵ってやつはないんですね」
「これだけ彫刻があれば十分だろう…………ん? 何故彫刻だけなのか………確かに妙だな」
材質は様々、大きさも様々だった。
その美しい顔は亡き奥方を模した物、そしてこの館中に配置されている。その全ての配置を覚えているわけではないが、自分が通ってきた道にあった聖母像がどのような形状をしていたのか、何製だったのかくらいは簡単に思い出せる。
それが表現している物、何を伝えようとしているのか。
何故ここが聖母館と呼ばれているのか、いや呼ぶことになったのか。
それを考え始めた瞬間、頭の中で一つのパーツが収まるべき所に収まった。
「ラグ……悪いんだが」
「もう少しおつきあいすればいいんですね? ですが……もう時間はありませんよ」
「数カ所だけでいい、それが終われば……もう一カ所だけ行きたい所があるんだが」
夜の闇が帳を覆う頃に間に合うかどうか。
だが間に合わせなければ自分たちはいいとしても、無辜な子供たちがまた血の海に沈められてしまうかもしれない。他人より自分の命が優先なのは当たり前だが、未来ある子供たちを余力で守るのも大人の役割だろう。
むろん、子供たちには命の代価をいつか払って貰うつもりだが。
頭の中で最短のスケジュールを立てながら足を速め、後ろから変わらぬ足音を立ててついてくるラグトリフに頼む、と声をかけると。
予想だにしない答えが返ってきた。
「途中まではおつきあいします……だけど、最後まではおつきあいしたくないです」
どんな顔をしてその言葉を言ったのか。
それを確認するために後ろを振り向こうとして、
「ラグッ!」
「今は顔を見ないで下さい、ちょっと……人に見せられない顔をしていますから」
頭を押さえ込まれ、胸元へと無理矢理導かれ。
押さえ込まれるような形でラグトリフに締め付けられる勢いで、抱きしめられた。
ラグトリフの体から放たれる匂いは常に違っていた。
いつもは殺戮を終えたばかりの獣のような新鮮な血と肉の香り、そして時折感じるのは食肉を加工したときのバターと油の食欲をそそる匂い。
だが今ラグトリフから感じたのは、そのどれでもないどちらかといえば心地よさを与えてくれるものであった。
「……………石鹸の匂いがするな」
「あなたと同じ匂いです、そういえばこういうのは初めてですね」
「ふざけるのは無しだ、俺と行動を共にしたくない理由を言ってくれ」
「あなたが最後に行こうとしているのは、あそこですよね」
ベルナルドの首筋に顔を埋め、親しい人にじゃれつく子供のように鼻の先で首筋の感触を楽しむ。そんなラグトリフの子供っぽい仕草と、腕の中に捕らえて放さないと言いたげに背に腕を回ししっかりとベルナルドを捕らえている狡猾な大人ぶりのギャップに苦笑いと同時に息を吐くと。
首筋をちろりと舐めあげられた。
「……………………っ!」
「できればこのまま部屋にお持ち帰りして、お迎えが来るまで閉じ込めておきたい所なんですけどね………あなたはそれを望まないのでしょう?」
「当たり前だ。閉じこもっていても襲われる可能性があるんだ、それならこちらが襲われる前に終わらせてしまった方がいい」
「終わらせられる目処はついたんですか?」
「多分、と言うとお前は怒るな………かなり確率は上がった、とでもしておこうか」
「必ず終わらせられるわけでもない、おまけにもうすぐ夜になります……この状況であなたを守る自身はありません。お仕事でもないのに自分から危険な場に飛び込まれると、勘弁してくださいと言いたくなりますよ」
首筋を舐めあげ、からかうように息を吹きかけ。
下の方が降り積もった雪に覆われている窓から差し込むわずかな光に照らされながら、ラグトリフはベルナルドの首筋を愛おしみ続けた。性的な欲望を高めるための触れ方ではない。まるで『獲物』の味見をするかのように肌に舌を這わせ、その感触を楽しみ。その舌にある肉の味を想像する。
言葉通り、部屋に連れ込みこれから食い尽くしてやろうとでも言いたげに。
それを求められていると捉えるべきか、それとも自分の言うことを聞かないベルナルドへの苛立ちの表れと認識すべきか。強く抱きすくめられたまま考えるが、答えは当然出るわけがなかった。
彼と自分はどれだけ距離が近づいても、心が触れあうことがなかったのだから。
必死にお互いを理解し、イヴァンとジュリオは距離を縮めようとしている。他の人間ならば子供のようだと笑うだろうか、ベルナルドには彼らを笑うことなどできない。
相手を理解するために、相手の心に踏み込もうとする。
もっと愛されるために、自分の心をさらけ出す。
それがベルナルドにはできないのだ、そしてきっとラグトリフにも。
だから軽口を叩き合い、互いを理解したふりをする。そうすれば自分の本音を言わずにすむし、相手を傷つけることもない。
ラグトリフは仕事でもないのに危険に近づく自分が許せないのだろうし。
ベルナルドは仕事ではないからこそ、ラグトリフを危険な状況に追い込む前に解決してしまいたい。
互いのことを思っているからこそ相手を傷つける行動を取ってしまうのは、互いに大人になりきれていないからなのか。
それとも。
「それならあの場所へは最初に行くことにする、それなら構わないだろう? あそこには抜け道の類は存在しない……ある意味一番安全なはずだ」
「安全と言われている道でも、何が起こるかわからないものでしょう? まああなたがそうしたいというのなら、従うのがボクのお仕事ですけどね」
「だがその前に一つ頼み事がある。イヴァンの様子を見てきてくれないか?」
「イヴァンさんのですか? ジュリオさんがついているから大丈夫だと思いますが……」
「俺は一人で大丈夫だ……あの部屋を調べたら、すぐお前達と合流する。一つ……一つだけわかればいいんだ。それがきっと………」
この館の謎を解くカギとなる。
未だにベルナルドの首筋を楽しんでいるラグトリフの褪せた色合いの髪に唇を落とすようにして声をかけると、渋々といった風情でラグトリフの顔が上がり。
「しょうがないですね………ボクをふったつぐないはいずれしてもらいますよ?」
と、いつも通りの曇りない笑顔で言ってくれた。
最後の強く抱きしめてくれるわけでもなく、ごく普通に体を離し。ひらひらと手を振った後は、こちらに一度も顔を向けることなく背を見せて立ち去っていったラグトリフに少しだけ寂しさを感じながら、ベルナルドも彼に背を向け全く迷うことなく目的の部屋へと移動することにした。
以前亡くなったというこの館の主人の妻の部屋。
前に来たときよりも雪が積もったのか、それとも屋根から落ちてきた雪が窓を覆ってしまっているのかはわからない。しかし本来ならあり得ない程に窓が雪に覆われ、わずかな光しか差し込んでこないことがベルナルドのやる気を一気に削いでいく。
暗いところには入りたくない、それも一人でなんて。
だが求めている物はこの部屋にあるのだ。ラグトリフにあれだけ言って彼と別れたというのに、部屋が暗かったので入れませんでしたと言って戻るわけにはいかないだろう。
この状況を妥協するために、両開きのドアを両方開け放ったまま大きく息を吸い込んで部屋に足を踏み入れる。
目指す場所もわかっている、そこで何を調べればいいのかもわかっている。
だからそれを終えたらすぐにこの部屋を出ることができる。それだけを自分に言い聞かせ、ベルナルドが目指したのは天蓋に包まれたベッドであった。
ここを使用していた死者に軽く黙祷をしてから幾重にも重ねられた薄く美しい布を手で押しのけ、絹製の薔薇色のベッドカバーを外気に晒す。ベッドを使用人達が定期的に掃除を行っているのだろう、汚れた様子の全くない寝具一式にそっと手を触れさせ、柔らかそうな枕の下に手を入れると。
そこにはベルナルドの探しているものがちゃんと存在していた。
「…………やはり………あったか」
特注で作られたであろう、葡萄色の皮で作られた日記帳。
館の主人の妻への愛情の深さは、この館を見ればすぐにわかる。妻の墓標、そう言い換えてもおかしくない館の、聖域とも言える妻の私室から物を持ち出すわけがないのだ。
きっとこの日記帳の中には、ベルナルドだけが気づいたであろう『矛盾』の答えが記されている。
このまま持って帰ろうとも思ったのだが、日記が亡くなったことに誰かが気づけば厄介なことになる。ここで読んでしまって、自分の中で渦巻いている疑念の答えを手に入れよう。
事件の証拠が欲しいわけではない、解決するための情報という力が欲しいのだ。
「……………死んだのは………ああ、この次の日か」
書類を調べるときのように、情報を一気に頭の中にたたき込んでいく。嫁いできた時の戸惑い、子供が生まれたときの喜び、そして子供が育っていく上での悩み。彼女は文章力もあり、そして優しい人間だったのだろう。森に囲まれた館での穏やかな夫との暮らし、そして子供に与えられる愛情。それらすべてが余すことなく書き込まれている日記は、普通に読むなら十分な楽しみになりそうなのだが。
今のベルナルドには圧倒的な情報を読み解くために集中することだけだった。
「なるほど、やはりそういうことだったんだな…………時間を見間違えていた訳か、俺は……」
紙の上で時間は進み、そしてベルナルドの知りたかった事実が見えてくる。過酷すぎる妻に降りかかってきた運命、そしてこの館の住人が背負うべき宿命。
明るかった文章に怨嗟の言葉が混じり始め、恨みと憎しみだけがペン先に込められるようになった時。
唐突に日記は終わる。
そしてベルナルドは全ての答えを理解した。
この館はこうなるべくしてこうなったということを。
一気に長い文章を読み終え、自然と口からはため息が漏れる。
どこにも座ることなく、窓の上の方からかろうじて入り込んでくる夕の光に心を支えられ。体に力を込め続けながら読んだそれを枕元へ戻し、無言で十字を切る。
過酷な運命に翻弄された女にしてやれることが、それしかなかったのだ。
「………さて、もどるか」
口からつい飛び出てしまった言葉は、この薄暗い部屋での仕事が終わったことをベルナルドに教えてくれる。
この部屋は暗いが、まだ廊下は明るいはずだ。早めにラグトリフ達と合流し、そしてこの部屋で知ったことを話してやらなければ。
ベッドを覆う紗幕を元に戻し、再度ベッドに向けて祈り。
部屋を出るためにドアの方へ足を向けたベルナルドが最初に気がついたのは、ドアが片方だけ閉まっているという事実だった。両開きのドアを両方開けてきたはずなのだ、確実に。
重度の暗所恐怖症の自分がそれをし損なうわけがない、そしていくら集中して読んでいたからとはいえドアが閉じる音に気がつかないわけがないのだ。
この部屋にだけは抜け道がない。
それは、この部屋には抜け道を造る必要がなかったからなのではないのか。
籠の鳥を見張るのに、わざわざ抜け道など造らなくてもいいのだ。
最初から閉じ込められているのだから。
「っ!!!」
その事に思い当たった瞬間、ベルナルドは一目散にドアへ向かって駆けだし始めようとした。この部屋にこのままいてはいけない、ラグトリフを連れていない自分は館の中に存在する悪意にしてみれば無防備な餌でしかないのだ。
早くここを出て、光のある場所へ。
気だけが急いているのか、足よりも先に大きく前へと進んでいる手はドアの外の空間を掴もうとしている。もう少しで手がドアに触れる、ここから逃げられる。
安堵のあまり歩調をゆるめようとした瞬間。
大きな音を立てて、開いていた側のドアが閉まった。
次の瞬間響き渡ったのは、ドアの外から何かを操作する音。
そしてそれに重なるように響いてきたのは…………部屋を振るわせるような轟音だった。滝のように執拗のある物が降り積もっていく音と共に、部屋が一気に暗くなっていく。それはきっと屋根から落ちた雪が窓に残っていた光を受け入れる部分を包み込んでしまっているからなのだろう。
ドアが閉まったこのタイミングで、雪が落ちてくる。
この館に潜む存在が昼間でも姿を現すには、最高の好機。
途方もない恐怖と混乱に支配され始めている体は大きく震え、目の端からは涙がこぼれ落ち始めている。その中でも最後までこの状況を理解しようとしていたベルナルドであったが。
いくら回しても開こうとしないドアノブと、壁をぶち破って大きな質量の存在が自分の近づいてきたことに気がつき。
残っていた理性の全て消し飛び、ただ絶望の込められた悲鳴だけが口から止めどなく漏れ続けた。
_______________________________________
ということで、みっしさんにばとんたーっち!
でぃあぶろの展開はみっしさんと私の綿密なうちあわせによって作られております……多分きっと。まあ互いに書きたい物は「じゅりいう゛ぁ!」という感じなのですが……はやく私もジュリイヴァ書きたいなあ……
さて、みっしさんや。
めやんめが死なないように頑張ってくださいw
あ、あと今回も原稿用紙40枚の制約がやばかったですw
BGM「RED ZONE」 by Janne Da Arc
有意義といえる時間であったが、漆黒の闇をわずかなランプの輝きだけが彩っていたあの部屋では時間の経過がわからなかったというのが事実。廊下に出てすぐに空を見やれば、太陽は地平へと一気に近づいていた。
時間が迫りつつある。
エレナの主人から得られた情報は限定されていたが、今の現状を理解するには十分すぎる程の成果だった。
この館には殺戮を好む存在が巣くっている。
それは夜にしか出てこない。
エレナの『主人』は殺戮は好まないがこの状況をどうにかできるわけではない。
そしてベルナルドたちが安全にここを出ることが出来るよう、協力は惜しまない。
それ以外の話や、言葉を濁した部分から考えると、ベルナルドが知る限り二人を残虐な手段で殺した犯人と『主人』は血の繋がった家族かそれに近しい関係なのだろう。身近な存在への愛と、殺戮を止めたいという気持ち。それがせめぎあう中で、彼はベルナルドに託そうと決めたのだう。
全てを暴き、この館を解放することを。
随分思い物を背負わされたなと思いはするが、この館から生きて出るためには全てを解決する必要がある。こちらにはジュリオやラグトリフがいるが、夜の闇に乗じて襲われた時、完全に身を守れる保証はない。それに、こちらはこの雪のせいで逃げ出すことも出来ないわけで。持久戦になれば、この館を知り尽くしている人間の方が有利なのは当然のこと。
雪は多少小降りになってきているが、この広大な森から出るにはまだ時間がかかるだろう。まずはジャンに連絡をして、早めに迎えに来てもらえるよう手配する必要がある。そしてベルナルドがずっと感じていた違和感の原因、それも確認しなければならないだろう。
あの部屋だけは壁の中に移動用の通路がない、それが意味しているのはなんなのか。
知れば知る程新たな謎が出てくるのは、自分が今解きほぐそうとしているのは一つの家の長大なる歴史だからに決まっている。決してこの一族の歴史が金と血泥にまみれた薄汚れたものだからではない。
そんな中から、あんな心優しい存在が生まれるわけがないのだ。
年若いがとても聡明な『主人』との心休まる会話を思い出しながら、ラグトリフの元へと戻ろうとした時、その声が聞こえてきたのだ。
嘆きと後悔と絶望が混じり合った、叫び声が。
「……………………………イヴァン?」
日頃聞き慣れている彼の怒りの混ざった叫びとは違う、悲劇へと向かいつつある嘆き。
自分が話をしている間にマリーの死体が発見されたのだろう。それもイヴァンが第一発見者という最悪の状況で。出来ればそれだけはしたくなかったので、ジュリオにはさりげなく館の構造を理解するためのヒントを与えておいたのだが、ジュリオは当然のようにイヴァンを優先することを優先した。
もっとはっきり言っておけば良かったと思いはするが、ジュリオにそういう物言いが通じないことを考慮しなかったベルナルドの失敗なのだ、結局は。
悔やむのは後でも出来る、まずはイヴァンたちと合流して彼らの状況を見ておかなければならない。それからこの館と館に住む人間たちについて感じた、ある疑念を解消するために確認したいことがあった。
あと少しで日が暮れる。
一人で行くのは心許ないので、ラグトリフに声をかけて一緒に来てもらうために、自室へ戻ろうとする。と、周囲を伺いながら歩み始めたベルナルドの耳に届いたのは、聞き慣れた足音だった。
自然と背筋に力が入り、唇に力が入る。
仕事の時は足音一つ立てないのに、ベルナルドに己の存在を誇示しようとする時だけ、彼はこんな足音を立てるのだ。わずかに地面を擦るように、そして重く音を響かせる。
死を届け、墓へと人を導くという役割を忘れさせないために。
「ラグ……」
「部屋に戻っているとおっしゃっていたので、一度戻ったんですが……探しましたよ?」
「すまない、少し……片付けなければならない事があってな」
「その奥に、あれがいるんですね?」
「………気づいて………いたのか」
「あれだけ派手に動いていればわかりますよ。ジュリオさんも気づいていますけど、あの人はイヴァンさんに夢中ですからね、今は」
何故そうしたのかはわからないが。
『主人』のいる部屋の前へと移動し、そのドアを守るかのようにベルナルドは立ちはだかる事を選択した。何故だろうか、いつもと変わらぬ分厚いコートを着込み、目の奥にベルナルドにしかわからない親愛の情をにじませたこの男が。
ベルナルドの体を通り越して、ドアの奥にどす黒く濁った感情を向けているような気がしてならないのだ。
そういえば普段彼と相対する時は、こんなに体が強ばる事も力が入る事もない。ラグトリフという存在について、他の人間よりは理解できるようになってきたらしい自分を少しだけだが内心褒めてやりながら、ベルナルドはラグトリフの心情を理解するために質問を投げかけてみた。
「俺を迎えに来てくれたんだよな?」
「はい、半分は……いえ半分以上は、ですね。僕はベルナルドをこよなく愛してますので」
「お前の口からそんな言葉を聞くのは初めてだな。博愛主義者に宗旨替えしたのか?」
「僕の愛はベルナルドに向けて一方通行ですよ? いつも素通りしてしまって寂しい限りです」
何故か、体が自然と一歩後ろへ下がる。
背に硬いドアの感触を感じ、距離を詰めてきたラグトリフの邪気のない笑顔に一瞬見とれ。
次の瞬間感じたのは、底のない恐怖。
「何を……するつもりだ」
「潰しておくんですよ、ベルナルドを僕から奪おうとする化け物を、ね」
「相手は子供だぞ!? それに俺は………っ!」
「ベルナルドは……あれを好ましいと思ったのでしょう? ならば僕の敵ですよ」
「それなら、俺の周りの人間はみんなお前の敵だな」
「ええ、そうですね。ですけどベルナルド………気づいてます? あれに感じているのが何なのかを」
口は笑顔の形、だがその目に萌えているのはドアの奥にいる存在への深い憎悪。
自分に向けられたものではないとわかっていても、他者が発する負の感情を受け止めるのは疲れるものだ。一気に削り取られていく気力と体力、そして一歩でも移動すればラグトリフはこのドアを破壊してでも中に入り『主人』を殺害しかねないという状況。
彼の中にどんな正当な理由があるとしても、ラグトリフに私欲での殺人はさせない。
彼を雇い、彼の主人になった時にベルナルドが決めた事だ。仕事として彼の欲望を充足させ、その重みや責はベルナルドが背負う。飼っている獣の鎖すら扱えない、そんな主人に成り下がる気なんてないのだ。
だから聞かれた言葉の意味を、唇を噛みながら必死に考える。
ラグトリフが物質的な力をふるい人を傷つけるのが仕事だというのなら、ベルナルドの役目は言葉を力として周囲を従えることだ。だからラグトリフを押さえ込むのに力は使わない。
主として恋人として、言葉と思いで制止する。
「お前の望む答えではないのかもしれないがな」
「言ってみて下さい」
「あれは昔の俺だ……CR-5という皮を被る前の、自分の力の使い方を知らないこの世の中の偽善ばかりを信じていた可哀想な俺だ」
「……………………………だから、なんなんですか?」
「俺は昔の俺を……信じて守ってやりたい。お前が何を感じているかは知らんが、あの子供にお前に感じるようなものは感じていない。これが俺の答えだ」
「………実に、優等生的な答えですね」
「褒めてくれて感謝すべきか? それともお前への『答え』は態度で示すべきかな?」
「いえ、それは必要ありませんよ。ですけど……やっぱり気にくわないですね」
ラグトリフの中の殺意はわずかも薄れてはいなかった。
ただ表に出していたものを、内側へと収めただけ。だがそれだけでもラグトリフの中では大きな違いなのだろう、いらだたしげに下げられた指が腿をこつこつと叩いていた。
先程までは鎌首をもたげた蛇のように、わずかに持ち上げられていたというのに。
「気にくわないのなら、それは後で俺にぶつけてくれ」
「そうさせてもらいますよ。ですけどベルナルド……あれから何を聞きました?」
「それは歩きながら話そう」
顎でこれから向かうべき方向を指し歩き始めると、ラグトリフは無言でいつものポジションについて歩き出した。どんな状況でも対応できるよう、ベルナルドと並んで異様に見えるが半歩だけ後ろを取るような位置。
ラグトリフが自分を守る役割についた、それを教えてくれる動きでもあった。
ベルナルドの足音はほとんど無く、ラグトリフだけが自分の存在を誇示するかのように、響く足音を立て続けている。まだ彼の苛立ちは収まっていないのだろう、そうでなければ挑発するような音を立て続けるわけがない。
「この館の殺人鬼様は夜以外出てこれないそうだ」
「それはそれは」
「お前やジュリオを相手にするよりよっぽど楽だな……知恵も薄いらしい。それにしてはいくつか気になる事はがあるんだがな」
「あの殺し方ですか? 人に見せるために殺すなんてことは、ある程度の知恵がある人間じゃなければできませんね」
「その通りだ。この館にいる誰か殺し方を教えているか、それとも……」
自ら学んで学習していっているか。
前者であればいいが、後者であればかなり厄介な事になるだろう。そうでないことを祈りながら、ベルナルドは次の疑問点について口に出してみた。
「あとはマリーだったか、あの子供」
「死んじゃったみたいですね……あの声からすると」
「何故あの子供が殺さなければならなかった? 殺される理由がない……目についたから、なんて理由と昼間出てこれないという言葉が一致しない」
「それは本当なんですかね?」
「彼が嘘をついたとでも?」
「ベルナルドは子供に甘いですからね~」
ちくりと差すような言い方に、ラグトリフがまだ先程の件を引きずっていることを嫌でも教えられる。普段からベルナルドと親しい人間にはあまりいい顔をしないのはわかっているつもりだったが、何故彼に関してはここまで強い殺意を向けるのだろうか。
闇に潜む殺人鬼と、自分の側にいる柔和な笑顔の掃除屋。
その両方を叡智によって作られた言葉の刃で刺し貫いてみろ。
そういう事なのだろう、きっと。
「ああ、俺は子供に甘いよ。お前にも甘くなりたいと思ってるんだがな……」
「十分甘やかしてもらってますよ。あなたが僕に甘えてくれないのは、ちょっぴり寂しいですけどね」
「甘えてるつもりなんだが」
「甘えているのなら、できれば常に背中を守らせていただければありがたいんですけどね」
「それも、怒っている理由か?」
「それが、怒っている理由の一つです」
まだまだたくさんありますよ~とおどけているラグトリフの顔に、わずかに心が和む。
気を抜けば命が無くなるという状況には慣れている。だが、相手が得体の知れない存在であり逃げるという手を打つことが出来ないのは、予想以上に精神をすり減らすものだったらしい。
歩く度に見かける聖母像の清らかな眼差しは、どの像でもかわらなかった。
あらゆる苦難を見つめ、だが決して救いの手は差し伸べない。大広間の方へと澄んだ眼差しを向け、目の前の迷える子羊たちには慈悲のかけらすら与えない。
この館では敬虔な信者にでも恵みは振ってこないのだろうか。
「そういえば、この家には聖母の絵ってやつはないんですね」
「これだけ彫刻があれば十分だろう…………ん? 何故彫刻だけなのか………確かに妙だな」
材質は様々、大きさも様々だった。
その美しい顔は亡き奥方を模した物、そしてこの館中に配置されている。その全ての配置を覚えているわけではないが、自分が通ってきた道にあった聖母像がどのような形状をしていたのか、何製だったのかくらいは簡単に思い出せる。
それが表現している物、何を伝えようとしているのか。
何故ここが聖母館と呼ばれているのか、いや呼ぶことになったのか。
それを考え始めた瞬間、頭の中で一つのパーツが収まるべき所に収まった。
「ラグ……悪いんだが」
「もう少しおつきあいすればいいんですね? ですが……もう時間はありませんよ」
「数カ所だけでいい、それが終われば……もう一カ所だけ行きたい所があるんだが」
夜の闇が帳を覆う頃に間に合うかどうか。
だが間に合わせなければ自分たちはいいとしても、無辜な子供たちがまた血の海に沈められてしまうかもしれない。他人より自分の命が優先なのは当たり前だが、未来ある子供たちを余力で守るのも大人の役割だろう。
むろん、子供たちには命の代価をいつか払って貰うつもりだが。
頭の中で最短のスケジュールを立てながら足を速め、後ろから変わらぬ足音を立ててついてくるラグトリフに頼む、と声をかけると。
予想だにしない答えが返ってきた。
「途中まではおつきあいします……だけど、最後まではおつきあいしたくないです」
どんな顔をしてその言葉を言ったのか。
それを確認するために後ろを振り向こうとして、
「ラグッ!」
「今は顔を見ないで下さい、ちょっと……人に見せられない顔をしていますから」
頭を押さえ込まれ、胸元へと無理矢理導かれ。
押さえ込まれるような形でラグトリフに締め付けられる勢いで、抱きしめられた。
ラグトリフの体から放たれる匂いは常に違っていた。
いつもは殺戮を終えたばかりの獣のような新鮮な血と肉の香り、そして時折感じるのは食肉を加工したときのバターと油の食欲をそそる匂い。
だが今ラグトリフから感じたのは、そのどれでもないどちらかといえば心地よさを与えてくれるものであった。
「……………石鹸の匂いがするな」
「あなたと同じ匂いです、そういえばこういうのは初めてですね」
「ふざけるのは無しだ、俺と行動を共にしたくない理由を言ってくれ」
「あなたが最後に行こうとしているのは、あそこですよね」
ベルナルドの首筋に顔を埋め、親しい人にじゃれつく子供のように鼻の先で首筋の感触を楽しむ。そんなラグトリフの子供っぽい仕草と、腕の中に捕らえて放さないと言いたげに背に腕を回ししっかりとベルナルドを捕らえている狡猾な大人ぶりのギャップに苦笑いと同時に息を吐くと。
首筋をちろりと舐めあげられた。
「……………………っ!」
「できればこのまま部屋にお持ち帰りして、お迎えが来るまで閉じ込めておきたい所なんですけどね………あなたはそれを望まないのでしょう?」
「当たり前だ。閉じこもっていても襲われる可能性があるんだ、それならこちらが襲われる前に終わらせてしまった方がいい」
「終わらせられる目処はついたんですか?」
「多分、と言うとお前は怒るな………かなり確率は上がった、とでもしておこうか」
「必ず終わらせられるわけでもない、おまけにもうすぐ夜になります……この状況であなたを守る自身はありません。お仕事でもないのに自分から危険な場に飛び込まれると、勘弁してくださいと言いたくなりますよ」
首筋を舐めあげ、からかうように息を吹きかけ。
下の方が降り積もった雪に覆われている窓から差し込むわずかな光に照らされながら、ラグトリフはベルナルドの首筋を愛おしみ続けた。性的な欲望を高めるための触れ方ではない。まるで『獲物』の味見をするかのように肌に舌を這わせ、その感触を楽しみ。その舌にある肉の味を想像する。
言葉通り、部屋に連れ込みこれから食い尽くしてやろうとでも言いたげに。
それを求められていると捉えるべきか、それとも自分の言うことを聞かないベルナルドへの苛立ちの表れと認識すべきか。強く抱きすくめられたまま考えるが、答えは当然出るわけがなかった。
彼と自分はどれだけ距離が近づいても、心が触れあうことがなかったのだから。
必死にお互いを理解し、イヴァンとジュリオは距離を縮めようとしている。他の人間ならば子供のようだと笑うだろうか、ベルナルドには彼らを笑うことなどできない。
相手を理解するために、相手の心に踏み込もうとする。
もっと愛されるために、自分の心をさらけ出す。
それがベルナルドにはできないのだ、そしてきっとラグトリフにも。
だから軽口を叩き合い、互いを理解したふりをする。そうすれば自分の本音を言わずにすむし、相手を傷つけることもない。
ラグトリフは仕事でもないのに危険に近づく自分が許せないのだろうし。
ベルナルドは仕事ではないからこそ、ラグトリフを危険な状況に追い込む前に解決してしまいたい。
互いのことを思っているからこそ相手を傷つける行動を取ってしまうのは、互いに大人になりきれていないからなのか。
それとも。
「それならあの場所へは最初に行くことにする、それなら構わないだろう? あそこには抜け道の類は存在しない……ある意味一番安全なはずだ」
「安全と言われている道でも、何が起こるかわからないものでしょう? まああなたがそうしたいというのなら、従うのがボクのお仕事ですけどね」
「だがその前に一つ頼み事がある。イヴァンの様子を見てきてくれないか?」
「イヴァンさんのですか? ジュリオさんがついているから大丈夫だと思いますが……」
「俺は一人で大丈夫だ……あの部屋を調べたら、すぐお前達と合流する。一つ……一つだけわかればいいんだ。それがきっと………」
この館の謎を解くカギとなる。
未だにベルナルドの首筋を楽しんでいるラグトリフの褪せた色合いの髪に唇を落とすようにして声をかけると、渋々といった風情でラグトリフの顔が上がり。
「しょうがないですね………ボクをふったつぐないはいずれしてもらいますよ?」
と、いつも通りの曇りない笑顔で言ってくれた。
最後の強く抱きしめてくれるわけでもなく、ごく普通に体を離し。ひらひらと手を振った後は、こちらに一度も顔を向けることなく背を見せて立ち去っていったラグトリフに少しだけ寂しさを感じながら、ベルナルドも彼に背を向け全く迷うことなく目的の部屋へと移動することにした。
以前亡くなったというこの館の主人の妻の部屋。
前に来たときよりも雪が積もったのか、それとも屋根から落ちてきた雪が窓を覆ってしまっているのかはわからない。しかし本来ならあり得ない程に窓が雪に覆われ、わずかな光しか差し込んでこないことがベルナルドのやる気を一気に削いでいく。
暗いところには入りたくない、それも一人でなんて。
だが求めている物はこの部屋にあるのだ。ラグトリフにあれだけ言って彼と別れたというのに、部屋が暗かったので入れませんでしたと言って戻るわけにはいかないだろう。
この状況を妥協するために、両開きのドアを両方開け放ったまま大きく息を吸い込んで部屋に足を踏み入れる。
目指す場所もわかっている、そこで何を調べればいいのかもわかっている。
だからそれを終えたらすぐにこの部屋を出ることができる。それだけを自分に言い聞かせ、ベルナルドが目指したのは天蓋に包まれたベッドであった。
ここを使用していた死者に軽く黙祷をしてから幾重にも重ねられた薄く美しい布を手で押しのけ、絹製の薔薇色のベッドカバーを外気に晒す。ベッドを使用人達が定期的に掃除を行っているのだろう、汚れた様子の全くない寝具一式にそっと手を触れさせ、柔らかそうな枕の下に手を入れると。
そこにはベルナルドの探しているものがちゃんと存在していた。
「…………やはり………あったか」
特注で作られたであろう、葡萄色の皮で作られた日記帳。
館の主人の妻への愛情の深さは、この館を見ればすぐにわかる。妻の墓標、そう言い換えてもおかしくない館の、聖域とも言える妻の私室から物を持ち出すわけがないのだ。
きっとこの日記帳の中には、ベルナルドだけが気づいたであろう『矛盾』の答えが記されている。
このまま持って帰ろうとも思ったのだが、日記が亡くなったことに誰かが気づけば厄介なことになる。ここで読んでしまって、自分の中で渦巻いている疑念の答えを手に入れよう。
事件の証拠が欲しいわけではない、解決するための情報という力が欲しいのだ。
「……………死んだのは………ああ、この次の日か」
書類を調べるときのように、情報を一気に頭の中にたたき込んでいく。嫁いできた時の戸惑い、子供が生まれたときの喜び、そして子供が育っていく上での悩み。彼女は文章力もあり、そして優しい人間だったのだろう。森に囲まれた館での穏やかな夫との暮らし、そして子供に与えられる愛情。それらすべてが余すことなく書き込まれている日記は、普通に読むなら十分な楽しみになりそうなのだが。
今のベルナルドには圧倒的な情報を読み解くために集中することだけだった。
「なるほど、やはりそういうことだったんだな…………時間を見間違えていた訳か、俺は……」
紙の上で時間は進み、そしてベルナルドの知りたかった事実が見えてくる。過酷すぎる妻に降りかかってきた運命、そしてこの館の住人が背負うべき宿命。
明るかった文章に怨嗟の言葉が混じり始め、恨みと憎しみだけがペン先に込められるようになった時。
唐突に日記は終わる。
そしてベルナルドは全ての答えを理解した。
この館はこうなるべくしてこうなったということを。
一気に長い文章を読み終え、自然と口からはため息が漏れる。
どこにも座ることなく、窓の上の方からかろうじて入り込んでくる夕の光に心を支えられ。体に力を込め続けながら読んだそれを枕元へ戻し、無言で十字を切る。
過酷な運命に翻弄された女にしてやれることが、それしかなかったのだ。
「………さて、もどるか」
口からつい飛び出てしまった言葉は、この薄暗い部屋での仕事が終わったことをベルナルドに教えてくれる。
この部屋は暗いが、まだ廊下は明るいはずだ。早めにラグトリフ達と合流し、そしてこの部屋で知ったことを話してやらなければ。
ベッドを覆う紗幕を元に戻し、再度ベッドに向けて祈り。
部屋を出るためにドアの方へ足を向けたベルナルドが最初に気がついたのは、ドアが片方だけ閉まっているという事実だった。両開きのドアを両方開けてきたはずなのだ、確実に。
重度の暗所恐怖症の自分がそれをし損なうわけがない、そしていくら集中して読んでいたからとはいえドアが閉じる音に気がつかないわけがないのだ。
この部屋にだけは抜け道がない。
それは、この部屋には抜け道を造る必要がなかったからなのではないのか。
籠の鳥を見張るのに、わざわざ抜け道など造らなくてもいいのだ。
最初から閉じ込められているのだから。
「っ!!!」
その事に思い当たった瞬間、ベルナルドは一目散にドアへ向かって駆けだし始めようとした。この部屋にこのままいてはいけない、ラグトリフを連れていない自分は館の中に存在する悪意にしてみれば無防備な餌でしかないのだ。
早くここを出て、光のある場所へ。
気だけが急いているのか、足よりも先に大きく前へと進んでいる手はドアの外の空間を掴もうとしている。もう少しで手がドアに触れる、ここから逃げられる。
安堵のあまり歩調をゆるめようとした瞬間。
大きな音を立てて、開いていた側のドアが閉まった。
次の瞬間響き渡ったのは、ドアの外から何かを操作する音。
そしてそれに重なるように響いてきたのは…………部屋を振るわせるような轟音だった。滝のように執拗のある物が降り積もっていく音と共に、部屋が一気に暗くなっていく。それはきっと屋根から落ちた雪が窓に残っていた光を受け入れる部分を包み込んでしまっているからなのだろう。
ドアが閉まったこのタイミングで、雪が落ちてくる。
この館に潜む存在が昼間でも姿を現すには、最高の好機。
途方もない恐怖と混乱に支配され始めている体は大きく震え、目の端からは涙がこぼれ落ち始めている。その中でも最後までこの状況を理解しようとしていたベルナルドであったが。
いくら回しても開こうとしないドアノブと、壁をぶち破って大きな質量の存在が自分の近づいてきたことに気がつき。
残っていた理性の全て消し飛び、ただ絶望の込められた悲鳴だけが口から止めどなく漏れ続けた。
_______________________________________
ということで、みっしさんにばとんたーっち!
でぃあぶろの展開はみっしさんと私の綿密なうちあわせによって作られております……多分きっと。まあ互いに書きたい物は「じゅりいう゛ぁ!」という感じなのですが……はやく私もジュリイヴァ書きたいなあ……
さて、みっしさんや。
めやんめが死なないように頑張ってくださいw
あ、あと今回も原稿用紙40枚の制約がやばかったですw
BGM「RED ZONE」 by Janne Da Arc
PR
色々説明
拍手現在豊臣家転生パロ中学生編入ってます
(現在2本 家三 チカナリです)
注意事項
・フリーリンクじゃないです、基本的にはリンクはお断りしています
・ひっそりこっそりが信条なので、黙々と
・捏造、not公式のこばなしが多いので、スルー推奨
ラキドでは幹部全員を溺愛しておりますが、ベルナルドとイヴァンは特に偏愛。ばさらは家三とか奥州の愉快な仲間達と毛長がメインです。うずみさんが現在官三とか官佐にずっぽりとはまり中。
基本は、愛想のかけらもない「ネット怖い~」の書き手が二人で色々書いている場所です。
書いている人
みっし
・生真面目で堅物でムキムキな男性と一見そうじゃなくても根は真面目極まり ないキャラをこよなく愛している、がんかたうるふの片割れ。編み物とお菓子作りが趣味という、第三者曰く可愛らしい一面を持つ反面、パニクると踊ったり、オロオロしだして周囲は見ていて楽しいらしい。荒ぶる舞は、職場の名物だったりする……らしい。
イヴァンちゃんと片倉さんとシズちゃんとスカイハイさんと陛下を思いっきり愛している。好きなアニメは銀魂と最近はFate/zero。型月ファンというよりは元から虚淵ファンでうずみさんからオススメされまくった末にようやっと手を付けて完読した。ライダー組おいしいです。エクシリアではダントツで陛下が好き。陛下が使用可能になる完全版があるなら複数買いしても構わないとのたまう日々。バサラの好きキャラは片倉さん一強だったはずなのに最近はアニキも熱い。かっちり着込むキャラがすきだったはずなのにいきなり露出度が高いキャラを好きになったのは何故か悩む日々。二次元の向かう愛と同じぐらい甥っ子への愛を叫んでいる気がしてならない。
@3missiy3をフォロー
うずみ
・相方を愛しすぎている変な人。趣味は畑仕事に漬け物作り、好きな物は不幸属性の美人(男女問わず)。ばさらでは石田さんと黒田さんをこよなく愛していたり、赤い子めんこいにゃぁとたまに叫んでいる。ついったのフォローは下 のアイコンから。
@uzumi1250をフォロー
ばさら垢できました
こんな二人で、ここを更新しております。
ツイッターは基本鍵をかけていますが、フォロー申請してくださったらフォローさせていただきます。
カテゴリー
カウンター