こちらはサークル「がんかたうるふ」のうずみとみっしの二人組が、ラッキードッグ1とばさらのこばなしを黙々と投下する場所です。
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引越準備中のため手短気味ですが完成。
*****
もう朝だというのに、外からは心地よい光が一切入ってはこなかった。
窓の外に広がる一面の白と、空を覆う暗い色の雪雲を眺めながら、ベルナルドはどう表現していいのかわからない微妙な感情にとらわれながら早朝の散歩を行っていた。カーテンをしっかり閉めていたはずなのに何故か朝早く目が覚めてしまったし、隣には当然ラグトリフの姿はなかった。昨日からさりげなく一人で寝るのは寂しいというニュアンスの発言をしているのだが、あの男がそんなレベルのお願いで心を動かすわけがない。
かくして一人で目覚め、一人で身支度を終え。
昨日伝えられた朝食の時間までかなりの時間ができてしまったので、せっかくだから館の中を見ておこうと散歩に出発した次第だった。館の中は客たちがまだ眠っているのか、やわらかい静寂が支配している。
そんな中を足音を立てないように歩きながら、ベルナルドは独りごちる。
「それにしてもひどい……ものだな」
今は落ち着き始めているが、昨夜猛威をふるった吹雪はこの土地一帯を陸の孤島へと変えてしまっていた。
長身のベルナルドの腰までは積もっているであろう雪を片付けるために、使用人たちが外で忙しく働いているが、この雪を全て撤去するのは一日では無理だろう。指揮を執っている人間が無能なのか、それぞれの使用人が自分の受け持っている場所の雪をただがむしゃらに避けているので効率が悪いことこの上ない。
自分が彼らを使っていいのなら、まずは取り除いた雪を置く場所を設定して……と一瞬考えたが、今の自分は客人の身分だ。でしゃばるわけにはいかないし、それ以前に休暇を取りに来たのに働かされるのもいい気分ではなかった。むしろ雪によって休暇が伸びたことをありがたく思わなければならないはずなのに。
この胸の中で荒れ狂う、名前をつけられない焦燥感はなんなのだろう。
念のためにジャンには昨夜電話をしており、仕事は滞りなく行われていることは確認しているし、彼もルキーノもすこぶる元気なようだった。部下が仕事の連絡を入れているのだから、その時くらいはいちゃつくのを止めろと思いはしたが、あの二人が始終ベタベタしているのはいつものことだ、気にする方が負けである。
子供と雪の中で遊んでいたイヴァンに説教できなかったことも気になるが、それは朝食前に時間を取ればいいはず。イヴァンはともかくジュリオまでがあんな事をするとは思わなかったし、この場合イヴァンがジュリオを巻き込んだのだろうから説教はイヴァンだけにするが。
それ以外の昨日の行動は点数をつければ満点に限りなく近かったので、軽い説教に止めておいてやろう。そう考えつつ、胸でわだかまる感情の答えを探そうと、早朝の屋敷を散歩という名の探索を行っていたベルナルドだったが、本館の正面玄関あたりに近づいたところで、昨日一日ですっかり見慣れてしまった相手に出会うこととなった。
「オルトラーニ様、おはようございます」
「エレナさんか、今日はいい天気……とは言えないが昨日よりはましだね」
「ええ、これ以上降られるとわたしたちだけではどうしようもありませんわ。それこそお客様たちの手をお借りしないと」
「生憎俺は頭脳労働専門でね、俺以外の奴を働かせてくれ」
「まあ、大きい体をしておりますのに」
涼やかな笑い声を上げる自分の部屋付きのメイドに微笑みかけ、ベルナルドは昨日から気になっていたことについて彼女に質問してみることにした。こんな朝早くから朝食の用意をしていたのだろう、昨日はわずかの皺も無かったエプロンにいくつもの汚れが付着している。小麦粉らしき白い物が袖崎に付着しているし、襟元には赤い……
「エレナさん、それは?」
「それと申しますと?」
「首の所の赤い……どこか怪我をしているのか?」
「あ………これは………お客様に見苦しい物をお見せしてしまいました、申し訳ございません」
急に表情を変え、手で白いレースに彩られた襟元を隠すが、レースに飛び散った赤黒いシミをベルナルドは見逃さなかった。そして隠し事が出来ない性格なのか、ベルナルドの胸までしかない小柄な体を更に小さく縮こまらせ泣きそうな顔をする。
レディの扱いはあまり得意ではないが、この館の情報を得るためには彼女を味方につけておく方がいい。昨日のパーティでの動きを見ていても、他の使用人たちは彼女を信頼し彼女に仕事の指図を受けていた。館の内情も知り尽くしている人間を取り込んでおけば、あとでどんな状況になっても逆転は可能だろう。
出来うる限りの相手を安心させられる表情を作り、そっと彼女の肩に手を置く。
「何があったかは知らないが、まずは服を着替えてきた方がいいだろう。今回の客がみんな俺のように優しいとは限らない」
「あ、ありがとうございます……実は……ローザがお客様に……その………お叱りを受けまして……その手当を」
「手当が必要なお叱り? 随分な客だがどこのどいつだ?」
「ロス様です」
あの男が馬鹿なのは知っていたが、まさか客として迎え入れられた場所で使用人に怪我をさせるとは。昨日ラグトリフにさんざんな目に遭わされた腹いせだとしたら、ラグトリフを動かしたベルナルドにも責任はある。
気づかれぬように上を向いて唇を噛んだベルナルドの胸元で、小さな声が悲しげに呟く。
「ローザはこの雪では帰れないとお止めしただけなのですが……客の行うことを止めるのかと………ローザに………」
「それであの男は?」
「お連れした方々と一緒に車で帰られました……無事にこの森を抜けられていればいいのですが……」
「心配してやることはない。ところでローザ……さんの怪我は?」
「顔を叩かれて唇の端を切っただけです、ご心配いただいてありがとうございます」
深々と頭を下げるメイドの肩を再度叩いてやってから、ベルナルドは話題を変えるために周囲を見回した。このまま彼女に嫌なことを思い出させ続けるのは、今後を考えるといいことではないだろう。
柔和な色合いの壁、窓から光が差し込めば明るくも優しい雰囲気を演出するであろう装飾品の数々。
その中でも目を引くのは、館の名前の由来にもなっている聖母像だった。廊下のあちこちに置かれた小テーブルの上や、階段の手すり。大きい物は壁に棚を作りそこに置かれていたりもしている。
特に大きな瞳を開き、天窓からこぼれる光を一心に受ける正面玄関の聖母像の美しさは格別だった。憂う者たちを救う為に手を差し伸べ、天の父に彼らの救いを求めて祈る。わずかに開いた唇からは、常人には聞こえはしないが常に祈りの言葉が発せられているのだろう。
「見事な……物だな、この館の彫刻は」
「ご主人様の昔のご友人の作品だそうです」
「それは俺も聞いたことがある。彼のほとんどの作品がここにあるそうだね」
「ご主人様の亡くなられた奥様をモチーフに作られたので、全てご主人が買い取らせていただいたそうです」
「奥さんは他人の物にしたくない……か。愛妻家の鑑だな」
「仲の良いご夫婦でした……私も亡くなる数年前からしかご奉公させていただいてませんが」
「いつ頃からここに?」
「おつとめを始めたのは私が13の時ですから……もう15年になりますね」
その言葉に、優雅な紳士を演出しようとしていたベルナルドの口が一気にだらしなく開いた。
「…………28……歳?」
「はい、この背丈ですので、よく子供に間違えられますが。この地域には私のような背丈の者が結構おります。それと、双子がよく生まれるのもこの土地の特徴といえば特徴なのでしょうか」
「双子?」
「はい、私も双子なんです。姉もこちらでご奉公させていただいております、お客様に直接お会いする仕事ではございませんが。双子の先の生まれた子供には木の名前、下の子供には花の名前……私の集落ではそういう風習がありました」
では何故彼女の名前は花の名前でも木の名前でもないのか。
それを聞こうとも思ったが、人好きのする微笑みを浮かべた彼女は、これ以上自分と話す気はないようだ。来たばかりの客に話しすぎてしまったと感じたのか、再度ベルナルドに頭を下げるとすっと体を一歩引きベルナルドの進路から体を避けた。
優雅な所作だったが何のことはない、さっさとここからいなくなってくれということだ。
彼女から更なる情報を引き出すには、もっと彼女を親密になる必要があるが、もう少し時間がかかりそうだ。そう判断したベルナルドは、彼女にこの館の構造を質問し、それから頭を下げ続ける彼女に手を振って歩き出すことにした。
礼儀正しく心優しいが決して物事を最後まで語らない使用人。
そして様々な思惑を抱えてこの館に来ているであろう客人たち。
その全てを相手にして、イヴァンはどこまでやれるのか。そしてジュリオが上手くサポートしてくれればいいのだが。
直接イヴァンのシノギに手を出すつもりはないが、せめて援護射撃だけはしてやりたい。そう考えていたのだが、今回の件は中々難しいことになりそうだった。この雪のように冷ややかではない色の壁のように、人の心の壁も簡単に溶けてしまえばいいのだが。
そう思いながら歩きながら手近な壁に指を触れさせようとすると、背後から聞き慣れた声。
「随分と早いお目覚めですね、おはようございます」
「…………ラグ………」
色の濃い眼鏡の奥の目は、何故かわずかも笑っていなかった。
そのことにわずかな恐怖を抱いた瞬間、胸の中で荒れ狂う名前のないざわめきが何故かそれに似ていることに気がつき。
ベルナルドは壁に触れようとした指で拳を握り、彼へと向き直った。
一見柔和に見える笑顔を崩さぬラグトリフに問答無用で引きずり込まれたのは、明らかに自分たちが滞在している客室とは違う場所だった。置かれている家具類は他の部屋の物と同じく高価ではあったが、特定の場所に集中してうっすらと傷が出来ている。
それは同じ人物が長期間使った証拠。
日差しが集中的に指し込むようにどの部屋よりも大きな窓を持っており、天蓋付きのベッドも太陽の光が当たりすぎないよう、だが上にいる人間が常に外を見られるよう細心の注意を持って場所を決められている。それなのにベッドは分厚いカーテンに閉ざされたまま、定期的に掃除には入っているようだが、この部屋には人の生きている気配がわずかも感じられなかった。
「亡くなった奥方の部屋……か?」
「そのようですね。ここでしか内緒話が出来ないと教えていただいたので」
「どういうことだ?」
「ここの庭師さんはとても親切な方でしてね……ほら、あの方です」
ベルナルドの疑問を無視し、ラグトリフは窓の外をのんびりと指さす。
「いつの間に仲良くなったんだ」
「先程お話しさせてもらいましてね……色々な話を聞かせてもらいましたよ」
そこには周囲の使用人たちより頭二つは大きな、分厚いコートを着込み顔にマフラーを幾重に巻き付けた巨体いた。黙々と雪をスコップでかきわける姿から鑑みるに、相当真面目な性格なのだろう。他の使用人にも頼られているのか、通りすがりざまに笑む他の使用人に頭を下げる姿も、あの人物の実直さを表現していた。
「いい方なんですよ~ ボクの無茶なお願いも聞いてくれましたし」
「お前のお願いはいつも無茶だらけだよ……で、何をお願いしたんだ?」
「誰にも……そうですね、少なくとも常に聞き耳を立てている誰かさんが入れない部屋を教えていただきたいというのと……」
「説明しろ」
いつまでたっても減りそうにない外の雪を何となく眺めている。
そんな風を装いながら、ベルナルドは鋭く小さな声でラグトリフに問う。少なくとも今のラグトリフはベルナルド以上にこの館についての情報を持っている。
柔らかな雰囲気の奥にある、この館の正体。
パーティの最中の客人の動きはじっくり観察した、この一体を手に入れることで利益を手に入れたい金の亡者の集まりだ。上手く扱えば今後の商売の手駒にもなるだろうし、イヴァンにとっても勉強になると踏んでいたが。
館に住む人間はどこかずれている気がしてならないのだ。
善意にあふれ、客に尽くすことを最善とする、それは使用人として正しすぎる姿。だがそれを完璧に行える人間がどれだけいるだろう。先程であったエレナも、客人の問いに素直に答えてはくれたが、ある一線を越えると途端に黙りこくった。
彼らは大きな何かを隠すために善人として振る舞っているのでは。
昨日初めて会ったばかりなのに精一杯尽くしてくれるエレナを疑う自分がおかしいのはわかっているが、何かがずれている気がしてならないのだ、この館は。
どこから自分の中で渦巻く疑念を解消していくべきか、悩みながら耳横に髪をかき上げようとすると、背中に暖かい感触。
「……ラグ?」
「そのまま、聞いててくださいね」
急に後ろから回された手に抱き寄せられる。
こんな朝っぱらから、と抵抗するのが普通なのだろうが、甘えるように寄せられた唇が耳元に届けてくれた声は、恐ろしい程冷え切っていた。
「ここ……客を監視してますよ」
「ラグ、朝っぱらから甘えるのもいい加減にしろ」
「この部屋以外に抜け道とのぞき用の穴が作られてます。抜け道の方は……中で動いている人間が常にいると思った方がいいと思いますよ」
「昨日散々盛っただろ?」
「それとですね…………先程話した庭師さんから、興味深い話を聞きました」
「しょうがないやつだな、イヴァンが起きてくるまでだぞ」
見た目は男同士でじゃれ合っているように見せかけて。
後ろから伸びてきているラグトリフの手に弄ばれ、甘い笑い声を上げているように周囲には見えているだろう。この部屋は監視されていないとラグトリフは言い切ったが、万が一ということがある。これからは自室でも話をする時は注意をし、ジュリオとイヴァンにもそれとなく伝えておかなければと考えながら、ベルナルドはラグトリフに甘えるふりを続行する。
「ここの奥方、自殺だそうです。それと……意味はまだわからないですが、暗い場所には決して一人で向かうなと言っていましてね。車で帰ったなんて言ってますが、あの強欲なおじさん………実際は館から綺麗さっぱりいなくなっちゃったそうですよ?」
「俺はイヴァンを起こしに行くはずだったのに……責任取ってくれよ?」
するりとラグトリフの体から一瞬抜け出すと、後ろを向き今度は彼の体に自分の腕を絡ませる。驚くことなくそれを受け入れたラグトリフの肩に頭を預け、隙間無く体を密着させると、彼の『主人』としての声で厳粛な命令を下した。
「敵対する奴らは実力行使で潰せ」
「了解しました」
「この土地も館も惜しいが……しょうがないな」
どす黒い悪意がこの館の中に満ちあふれている、それがわかったのならここを買い取る必要はない。ある程度の悪評付きの程度の土地ならどうとでも売りさばけるが、悪評ではなく実際に以前事件が起こってしまっている上に、今まさに何かが起ころうとしている場所を買おうとしている人間なんているわけがない。組織の財産としてそんな物件を計上するのは経理担当として許せないし、それよりもなによりも。
血は血を呼ぶ。
人の悪意は人を傷つけ、それは更に誰かを巻きこんだ惨事を生んでいくのだ。こういう家業に就いているからこそわかっているが、一度巻きこまれてしまえば一人の人間のちっぽけな抵抗なんて無いも同じ。
ただ傷つけられ、泣きながら全てを失っていくしかないのだ。
「ジュリオとイヴァンにも連絡しておいてくれ、買収に参加する意思は見せておく必要があるが、実際に買い取る必要はないとな」
「やる気だったみたいですけど……いいんですか?」
「手に入れてはいけない物っていうものあるんだ、この世界には」
「それもそうですね」
過去にあった事件について詳しくは知らないし、ここで得られる情報なんて些細な物。デイバンに残っているジャンとルキーノに連絡して、以前ここであった事件について全て調べてもらった方がいいだろう。
やることが一気に増えたなと思いながら、優先順位をつけながら脳内で整理を行っていると、体を寄せていたラグトリフが何かを思い出したのか、小さく耳元に囁いてきた。
「そういえばベルナルド……チェスの続きやりました?」
「チェス? ああ、部屋のチェスボードか……あれから進めてないが」
「やっぱりそうですよね」
「何かあったのか?」
「進んでましたよ、一手。白のナイトが動いてました」
どこへどう動いたのか、正確にそれを覚えていたラグトリフに白の駒がどう動いていたのかを聞き、頭に中に広げたチェスボードで動きを確認する。完璧とは言わないが、昨日自分が打った一手に対応するには最適に近いであろう駒の動かし方に、ベルナルドはほんのわずかだが考えを修正することにした。
確かにこの館は得体の知れない悪意に満ちているし、それが実際に自分たちを襲おうと牙を剥いているのだろうが。
知力を尽くして最善の一手を部屋に残していく誰かも、中には存在するのだ。それが悪意の中に混ざるわずかな善意なのか、実は善意でも何でもない代物なのか。見極める必要があるだろうが、少なくともほんの少しだけ。
そのチェスボードに向けられた誰かの思いを信じようと思った。
・短めですが……みっしさんにタッチ!
後は任せた~ 引越が終わったら次は長く書きたい~ とはいえ自分の目標としてはここまでだったのですけどね。
BGM「sugr sweet nightmara」
窓の外に広がる一面の白と、空を覆う暗い色の雪雲を眺めながら、ベルナルドはどう表現していいのかわからない微妙な感情にとらわれながら早朝の散歩を行っていた。カーテンをしっかり閉めていたはずなのに何故か朝早く目が覚めてしまったし、隣には当然ラグトリフの姿はなかった。昨日からさりげなく一人で寝るのは寂しいというニュアンスの発言をしているのだが、あの男がそんなレベルのお願いで心を動かすわけがない。
かくして一人で目覚め、一人で身支度を終え。
昨日伝えられた朝食の時間までかなりの時間ができてしまったので、せっかくだから館の中を見ておこうと散歩に出発した次第だった。館の中は客たちがまだ眠っているのか、やわらかい静寂が支配している。
そんな中を足音を立てないように歩きながら、ベルナルドは独りごちる。
「それにしてもひどい……ものだな」
今は落ち着き始めているが、昨夜猛威をふるった吹雪はこの土地一帯を陸の孤島へと変えてしまっていた。
長身のベルナルドの腰までは積もっているであろう雪を片付けるために、使用人たちが外で忙しく働いているが、この雪を全て撤去するのは一日では無理だろう。指揮を執っている人間が無能なのか、それぞれの使用人が自分の受け持っている場所の雪をただがむしゃらに避けているので効率が悪いことこの上ない。
自分が彼らを使っていいのなら、まずは取り除いた雪を置く場所を設定して……と一瞬考えたが、今の自分は客人の身分だ。でしゃばるわけにはいかないし、それ以前に休暇を取りに来たのに働かされるのもいい気分ではなかった。むしろ雪によって休暇が伸びたことをありがたく思わなければならないはずなのに。
この胸の中で荒れ狂う、名前をつけられない焦燥感はなんなのだろう。
念のためにジャンには昨夜電話をしており、仕事は滞りなく行われていることは確認しているし、彼もルキーノもすこぶる元気なようだった。部下が仕事の連絡を入れているのだから、その時くらいはいちゃつくのを止めろと思いはしたが、あの二人が始終ベタベタしているのはいつものことだ、気にする方が負けである。
子供と雪の中で遊んでいたイヴァンに説教できなかったことも気になるが、それは朝食前に時間を取ればいいはず。イヴァンはともかくジュリオまでがあんな事をするとは思わなかったし、この場合イヴァンがジュリオを巻き込んだのだろうから説教はイヴァンだけにするが。
それ以外の昨日の行動は点数をつければ満点に限りなく近かったので、軽い説教に止めておいてやろう。そう考えつつ、胸でわだかまる感情の答えを探そうと、早朝の屋敷を散歩という名の探索を行っていたベルナルドだったが、本館の正面玄関あたりに近づいたところで、昨日一日ですっかり見慣れてしまった相手に出会うこととなった。
「オルトラーニ様、おはようございます」
「エレナさんか、今日はいい天気……とは言えないが昨日よりはましだね」
「ええ、これ以上降られるとわたしたちだけではどうしようもありませんわ。それこそお客様たちの手をお借りしないと」
「生憎俺は頭脳労働専門でね、俺以外の奴を働かせてくれ」
「まあ、大きい体をしておりますのに」
涼やかな笑い声を上げる自分の部屋付きのメイドに微笑みかけ、ベルナルドは昨日から気になっていたことについて彼女に質問してみることにした。こんな朝早くから朝食の用意をしていたのだろう、昨日はわずかの皺も無かったエプロンにいくつもの汚れが付着している。小麦粉らしき白い物が袖崎に付着しているし、襟元には赤い……
「エレナさん、それは?」
「それと申しますと?」
「首の所の赤い……どこか怪我をしているのか?」
「あ………これは………お客様に見苦しい物をお見せしてしまいました、申し訳ございません」
急に表情を変え、手で白いレースに彩られた襟元を隠すが、レースに飛び散った赤黒いシミをベルナルドは見逃さなかった。そして隠し事が出来ない性格なのか、ベルナルドの胸までしかない小柄な体を更に小さく縮こまらせ泣きそうな顔をする。
レディの扱いはあまり得意ではないが、この館の情報を得るためには彼女を味方につけておく方がいい。昨日のパーティでの動きを見ていても、他の使用人たちは彼女を信頼し彼女に仕事の指図を受けていた。館の内情も知り尽くしている人間を取り込んでおけば、あとでどんな状況になっても逆転は可能だろう。
出来うる限りの相手を安心させられる表情を作り、そっと彼女の肩に手を置く。
「何があったかは知らないが、まずは服を着替えてきた方がいいだろう。今回の客がみんな俺のように優しいとは限らない」
「あ、ありがとうございます……実は……ローザがお客様に……その………お叱りを受けまして……その手当を」
「手当が必要なお叱り? 随分な客だがどこのどいつだ?」
「ロス様です」
あの男が馬鹿なのは知っていたが、まさか客として迎え入れられた場所で使用人に怪我をさせるとは。昨日ラグトリフにさんざんな目に遭わされた腹いせだとしたら、ラグトリフを動かしたベルナルドにも責任はある。
気づかれぬように上を向いて唇を噛んだベルナルドの胸元で、小さな声が悲しげに呟く。
「ローザはこの雪では帰れないとお止めしただけなのですが……客の行うことを止めるのかと………ローザに………」
「それであの男は?」
「お連れした方々と一緒に車で帰られました……無事にこの森を抜けられていればいいのですが……」
「心配してやることはない。ところでローザ……さんの怪我は?」
「顔を叩かれて唇の端を切っただけです、ご心配いただいてありがとうございます」
深々と頭を下げるメイドの肩を再度叩いてやってから、ベルナルドは話題を変えるために周囲を見回した。このまま彼女に嫌なことを思い出させ続けるのは、今後を考えるといいことではないだろう。
柔和な色合いの壁、窓から光が差し込めば明るくも優しい雰囲気を演出するであろう装飾品の数々。
その中でも目を引くのは、館の名前の由来にもなっている聖母像だった。廊下のあちこちに置かれた小テーブルの上や、階段の手すり。大きい物は壁に棚を作りそこに置かれていたりもしている。
特に大きな瞳を開き、天窓からこぼれる光を一心に受ける正面玄関の聖母像の美しさは格別だった。憂う者たちを救う為に手を差し伸べ、天の父に彼らの救いを求めて祈る。わずかに開いた唇からは、常人には聞こえはしないが常に祈りの言葉が発せられているのだろう。
「見事な……物だな、この館の彫刻は」
「ご主人様の昔のご友人の作品だそうです」
「それは俺も聞いたことがある。彼のほとんどの作品がここにあるそうだね」
「ご主人様の亡くなられた奥様をモチーフに作られたので、全てご主人が買い取らせていただいたそうです」
「奥さんは他人の物にしたくない……か。愛妻家の鑑だな」
「仲の良いご夫婦でした……私も亡くなる数年前からしかご奉公させていただいてませんが」
「いつ頃からここに?」
「おつとめを始めたのは私が13の時ですから……もう15年になりますね」
その言葉に、優雅な紳士を演出しようとしていたベルナルドの口が一気にだらしなく開いた。
「…………28……歳?」
「はい、この背丈ですので、よく子供に間違えられますが。この地域には私のような背丈の者が結構おります。それと、双子がよく生まれるのもこの土地の特徴といえば特徴なのでしょうか」
「双子?」
「はい、私も双子なんです。姉もこちらでご奉公させていただいております、お客様に直接お会いする仕事ではございませんが。双子の先の生まれた子供には木の名前、下の子供には花の名前……私の集落ではそういう風習がありました」
では何故彼女の名前は花の名前でも木の名前でもないのか。
それを聞こうとも思ったが、人好きのする微笑みを浮かべた彼女は、これ以上自分と話す気はないようだ。来たばかりの客に話しすぎてしまったと感じたのか、再度ベルナルドに頭を下げるとすっと体を一歩引きベルナルドの進路から体を避けた。
優雅な所作だったが何のことはない、さっさとここからいなくなってくれということだ。
彼女から更なる情報を引き出すには、もっと彼女を親密になる必要があるが、もう少し時間がかかりそうだ。そう判断したベルナルドは、彼女にこの館の構造を質問し、それから頭を下げ続ける彼女に手を振って歩き出すことにした。
礼儀正しく心優しいが決して物事を最後まで語らない使用人。
そして様々な思惑を抱えてこの館に来ているであろう客人たち。
その全てを相手にして、イヴァンはどこまでやれるのか。そしてジュリオが上手くサポートしてくれればいいのだが。
直接イヴァンのシノギに手を出すつもりはないが、せめて援護射撃だけはしてやりたい。そう考えていたのだが、今回の件は中々難しいことになりそうだった。この雪のように冷ややかではない色の壁のように、人の心の壁も簡単に溶けてしまえばいいのだが。
そう思いながら歩きながら手近な壁に指を触れさせようとすると、背後から聞き慣れた声。
「随分と早いお目覚めですね、おはようございます」
「…………ラグ………」
色の濃い眼鏡の奥の目は、何故かわずかも笑っていなかった。
そのことにわずかな恐怖を抱いた瞬間、胸の中で荒れ狂う名前のないざわめきが何故かそれに似ていることに気がつき。
ベルナルドは壁に触れようとした指で拳を握り、彼へと向き直った。
一見柔和に見える笑顔を崩さぬラグトリフに問答無用で引きずり込まれたのは、明らかに自分たちが滞在している客室とは違う場所だった。置かれている家具類は他の部屋の物と同じく高価ではあったが、特定の場所に集中してうっすらと傷が出来ている。
それは同じ人物が長期間使った証拠。
日差しが集中的に指し込むようにどの部屋よりも大きな窓を持っており、天蓋付きのベッドも太陽の光が当たりすぎないよう、だが上にいる人間が常に外を見られるよう細心の注意を持って場所を決められている。それなのにベッドは分厚いカーテンに閉ざされたまま、定期的に掃除には入っているようだが、この部屋には人の生きている気配がわずかも感じられなかった。
「亡くなった奥方の部屋……か?」
「そのようですね。ここでしか内緒話が出来ないと教えていただいたので」
「どういうことだ?」
「ここの庭師さんはとても親切な方でしてね……ほら、あの方です」
ベルナルドの疑問を無視し、ラグトリフは窓の外をのんびりと指さす。
「いつの間に仲良くなったんだ」
「先程お話しさせてもらいましてね……色々な話を聞かせてもらいましたよ」
そこには周囲の使用人たちより頭二つは大きな、分厚いコートを着込み顔にマフラーを幾重に巻き付けた巨体いた。黙々と雪をスコップでかきわける姿から鑑みるに、相当真面目な性格なのだろう。他の使用人にも頼られているのか、通りすがりざまに笑む他の使用人に頭を下げる姿も、あの人物の実直さを表現していた。
「いい方なんですよ~ ボクの無茶なお願いも聞いてくれましたし」
「お前のお願いはいつも無茶だらけだよ……で、何をお願いしたんだ?」
「誰にも……そうですね、少なくとも常に聞き耳を立てている誰かさんが入れない部屋を教えていただきたいというのと……」
「説明しろ」
いつまでたっても減りそうにない外の雪を何となく眺めている。
そんな風を装いながら、ベルナルドは鋭く小さな声でラグトリフに問う。少なくとも今のラグトリフはベルナルド以上にこの館についての情報を持っている。
柔らかな雰囲気の奥にある、この館の正体。
パーティの最中の客人の動きはじっくり観察した、この一体を手に入れることで利益を手に入れたい金の亡者の集まりだ。上手く扱えば今後の商売の手駒にもなるだろうし、イヴァンにとっても勉強になると踏んでいたが。
館に住む人間はどこかずれている気がしてならないのだ。
善意にあふれ、客に尽くすことを最善とする、それは使用人として正しすぎる姿。だがそれを完璧に行える人間がどれだけいるだろう。先程であったエレナも、客人の問いに素直に答えてはくれたが、ある一線を越えると途端に黙りこくった。
彼らは大きな何かを隠すために善人として振る舞っているのでは。
昨日初めて会ったばかりなのに精一杯尽くしてくれるエレナを疑う自分がおかしいのはわかっているが、何かがずれている気がしてならないのだ、この館は。
どこから自分の中で渦巻く疑念を解消していくべきか、悩みながら耳横に髪をかき上げようとすると、背中に暖かい感触。
「……ラグ?」
「そのまま、聞いててくださいね」
急に後ろから回された手に抱き寄せられる。
こんな朝っぱらから、と抵抗するのが普通なのだろうが、甘えるように寄せられた唇が耳元に届けてくれた声は、恐ろしい程冷え切っていた。
「ここ……客を監視してますよ」
「ラグ、朝っぱらから甘えるのもいい加減にしろ」
「この部屋以外に抜け道とのぞき用の穴が作られてます。抜け道の方は……中で動いている人間が常にいると思った方がいいと思いますよ」
「昨日散々盛っただろ?」
「それとですね…………先程話した庭師さんから、興味深い話を聞きました」
「しょうがないやつだな、イヴァンが起きてくるまでだぞ」
見た目は男同士でじゃれ合っているように見せかけて。
後ろから伸びてきているラグトリフの手に弄ばれ、甘い笑い声を上げているように周囲には見えているだろう。この部屋は監視されていないとラグトリフは言い切ったが、万が一ということがある。これからは自室でも話をする時は注意をし、ジュリオとイヴァンにもそれとなく伝えておかなければと考えながら、ベルナルドはラグトリフに甘えるふりを続行する。
「ここの奥方、自殺だそうです。それと……意味はまだわからないですが、暗い場所には決して一人で向かうなと言っていましてね。車で帰ったなんて言ってますが、あの強欲なおじさん………実際は館から綺麗さっぱりいなくなっちゃったそうですよ?」
「俺はイヴァンを起こしに行くはずだったのに……責任取ってくれよ?」
するりとラグトリフの体から一瞬抜け出すと、後ろを向き今度は彼の体に自分の腕を絡ませる。驚くことなくそれを受け入れたラグトリフの肩に頭を預け、隙間無く体を密着させると、彼の『主人』としての声で厳粛な命令を下した。
「敵対する奴らは実力行使で潰せ」
「了解しました」
「この土地も館も惜しいが……しょうがないな」
どす黒い悪意がこの館の中に満ちあふれている、それがわかったのならここを買い取る必要はない。ある程度の悪評付きの程度の土地ならどうとでも売りさばけるが、悪評ではなく実際に以前事件が起こってしまっている上に、今まさに何かが起ころうとしている場所を買おうとしている人間なんているわけがない。組織の財産としてそんな物件を計上するのは経理担当として許せないし、それよりもなによりも。
血は血を呼ぶ。
人の悪意は人を傷つけ、それは更に誰かを巻きこんだ惨事を生んでいくのだ。こういう家業に就いているからこそわかっているが、一度巻きこまれてしまえば一人の人間のちっぽけな抵抗なんて無いも同じ。
ただ傷つけられ、泣きながら全てを失っていくしかないのだ。
「ジュリオとイヴァンにも連絡しておいてくれ、買収に参加する意思は見せておく必要があるが、実際に買い取る必要はないとな」
「やる気だったみたいですけど……いいんですか?」
「手に入れてはいけない物っていうものあるんだ、この世界には」
「それもそうですね」
過去にあった事件について詳しくは知らないし、ここで得られる情報なんて些細な物。デイバンに残っているジャンとルキーノに連絡して、以前ここであった事件について全て調べてもらった方がいいだろう。
やることが一気に増えたなと思いながら、優先順位をつけながら脳内で整理を行っていると、体を寄せていたラグトリフが何かを思い出したのか、小さく耳元に囁いてきた。
「そういえばベルナルド……チェスの続きやりました?」
「チェス? ああ、部屋のチェスボードか……あれから進めてないが」
「やっぱりそうですよね」
「何かあったのか?」
「進んでましたよ、一手。白のナイトが動いてました」
どこへどう動いたのか、正確にそれを覚えていたラグトリフに白の駒がどう動いていたのかを聞き、頭に中に広げたチェスボードで動きを確認する。完璧とは言わないが、昨日自分が打った一手に対応するには最適に近いであろう駒の動かし方に、ベルナルドはほんのわずかだが考えを修正することにした。
確かにこの館は得体の知れない悪意に満ちているし、それが実際に自分たちを襲おうと牙を剥いているのだろうが。
知力を尽くして最善の一手を部屋に残していく誰かも、中には存在するのだ。それが悪意の中に混ざるわずかな善意なのか、実は善意でも何でもない代物なのか。見極める必要があるだろうが、少なくともほんの少しだけ。
そのチェスボードに向けられた誰かの思いを信じようと思った。
・短めですが……みっしさんにタッチ!
後は任せた~ 引越が終わったら次は長く書きたい~ とはいえ自分の目標としてはここまでだったのですけどね。
BGM「sugr sweet nightmara」
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色々説明
拍手現在豊臣家転生パロ中学生編入ってます
(現在2本 家三 チカナリです)
注意事項
・フリーリンクじゃないです、基本的にはリンクはお断りしています
・ひっそりこっそりが信条なので、黙々と
・捏造、not公式のこばなしが多いので、スルー推奨
ラキドでは幹部全員を溺愛しておりますが、ベルナルドとイヴァンは特に偏愛。ばさらは家三とか奥州の愉快な仲間達と毛長がメインです。うずみさんが現在官三とか官佐にずっぽりとはまり中。
基本は、愛想のかけらもない「ネット怖い~」の書き手が二人で色々書いている場所です。
書いている人
みっし
・生真面目で堅物でムキムキな男性と一見そうじゃなくても根は真面目極まり ないキャラをこよなく愛している、がんかたうるふの片割れ。編み物とお菓子作りが趣味という、第三者曰く可愛らしい一面を持つ反面、パニクると踊ったり、オロオロしだして周囲は見ていて楽しいらしい。荒ぶる舞は、職場の名物だったりする……らしい。
イヴァンちゃんと片倉さんとシズちゃんとスカイハイさんと陛下を思いっきり愛している。好きなアニメは銀魂と最近はFate/zero。型月ファンというよりは元から虚淵ファンでうずみさんからオススメされまくった末にようやっと手を付けて完読した。ライダー組おいしいです。エクシリアではダントツで陛下が好き。陛下が使用可能になる完全版があるなら複数買いしても構わないとのたまう日々。バサラの好きキャラは片倉さん一強だったはずなのに最近はアニキも熱い。かっちり着込むキャラがすきだったはずなのにいきなり露出度が高いキャラを好きになったのは何故か悩む日々。二次元の向かう愛と同じぐらい甥っ子への愛を叫んでいる気がしてならない。
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うずみ
・相方を愛しすぎている変な人。趣味は畑仕事に漬け物作り、好きな物は不幸属性の美人(男女問わず)。ばさらでは石田さんと黒田さんをこよなく愛していたり、赤い子めんこいにゃぁとたまに叫んでいる。ついったのフォローは下 のアイコンから。
@uzumi1250をフォロー
ばさら垢できました
こんな二人で、ここを更新しております。
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