こちらはサークル「がんかたうるふ」のうずみとみっしの二人組が、ラッキードッグ1とばさらのこばなしを黙々と投下する場所です。
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書き終わったので再アップ。
次でこの章が終わると……いいなあ。
この次はアニキとオクラの出番だよ~
次でこの章が終わると……いいなあ。
この次はアニキとオクラの出番だよ~
*****
「黒田官兵衛というのは、お前の父親なのか?」
官兵衛からの文を読み終えた雑賀孫一が最初に言ったのは、そんな言葉だった。
大阪城を発って数日、船と陸路を使っての雑賀荘への道のりは思ったよりも楽なものであった。
官兵衛の直属の部下たちは三成に優しかったし、なにより皆揃って有能極まりない人間ばかり。雑賀までの道の下調べから必要な物資の手配まで、三成が細かく指示する必要はなく見ているだけで準備が整っていく。
大坂城での忙しすぎる日々とは違う、ゆっくり体と心を休めることができた数日間。
様々なことを考えることができたし、忙しさ故に向き合うことをしてこなかった自分の今後についても改めて考え直す時間にもなってくれた。
家康への愛情と憎しみ。
秀吉への忠誠。
どちらも三成にとっては手放してはならないもの、そして失ってはいけないもの。
家康に自分が討たれれば、彼は欲する天下を手に入れる事ができる。半兵衛の命に背くことも、未だ己の中で生き続ける秀吉への忠誠を裏切ることもない。
そう考えたこともあるが、それは家康を悲しませてしまうだろう。
自分を思ってくれている家康は自分が死ねば嘆き悲しむだろう、秀吉を失った三成がそれが予定されていたことだとわかっていても苦しんだように。
ではどうすれば家康への憎しみを薄れさせていくことができるのか。
家康と雑賀衆の戦いの結果なのか、見てわかるほどに柱が傾き壁に罅が刻まれている室内。見目麗しい女性とは思えぬ程乱暴に板の間に足を投げ出し、官兵衛からの書状を確認し終えた孫市の第一声。
それが先程の言葉だった。
「違う」
「このようなろくでもない手紙を書くのは、子煩悩の馬鹿親と相場が決まっている。お前が知らぬだけで、実は隠し子なのではないのか?」
「私を馬鹿にするのか、貴様は」
「馬鹿にしているわけではない。お前は随分周りの者たちに大切にされているようだと思ってな……見てみろ、禿げたカラスが後ろでお前を見守っている」
「……………………」
後ろを見るまでもなく、孫一の声で後ろの空気が大きく蠢いた。
頭に赤い帯を巻いた額を怪我した馬鹿が、三成を案じて見守り続けているのだろう。わざわざ振り返って彼を喜ばせてやるのも癪なので後ろを見ることはないが、彼がいるという事実で少し心が和まされたのは事実。
徳川軍との激闘の結果、この屋敷は土台から大きく歪んでしまっているらしい。修繕を行うために襖という襖が全て外されてしまっており、柱に隠れようとも家康の身体はしっかりしすぎていて大きくはみ出してしまう状況。
盗み聞きには全く適していない現状故、素直に後ろで待機して聞くことにしたらしいのだが。こちらの会話に顕著に反応して、一喜一憂するのはどうなのだろうか。
だが彼の気配は、三成に取って邪魔なものではなかった。
むしろ会いたかった程なのだが、会えば喜びだけではなく苦しみも心の内より生まれてくる。
身を焦がすような愛おしさは時間がたつほどに増してくるかのよう。しかし素直に彼の目を見つめて彼の手を取ることを、今の三成は許されていない。
秀吉を討った男と相対し、秀頼を守るのが三成に課せられた役目。
官兵衛はいつでも会うことができるようにしてやると言ってくれたが、自分の内にある暗い感情をどうにかしなければきっと。
自分は家康を殺すか、彼に殺されることを選んでしまう。
「……文は読ませてもらった。長宗我部には我らが話をつける、護身用以外の武装は持ち込めないだろうがその刀くらいは許されるだろう。どのような話をするかは知らんが、長宗我部元親は豪快なだけに見えてなかなか食えぬ男だ……西海の鬼に骨までしゃぶられぬように気をつけるがいい」
「私が長宗我部の領地に入るまで、貴様らが我らに向かってくることはないのだな?」
「我らは徳川と契約を交わした……契約外の事を我らは行わぬ」
「それならいいのだ。ただし私に刃向かうというのなら、この場で貴様を斬滅する」
「恋しい男を思って生娘のようなため息をついていた男の発言とは思えぬな」
「…………っ!」
的確すぎる孫一の言葉に思わず身を固くすると、艶やかな大輪の花のような美貌が笑みに彩られた。
「後ろの禿げがお前と同じような顔をしていたぞ。確か、共寝をしたいとも言っていたな」
「家康が秀吉様を討つ前までは、共に眠ることがあった」
「禿げにも甲斐性はあったということか」
「あれの名前は禿げではない……今は少し禿げているが」
後ろで何かが派手に倒れるような音。
それと共に自分の名を情けない声が呼んでいたが、聞こえなかったことにしておく。孫一の銃で頭皮の一部が持って行かれたことは事実だし、家康の間合いに入り込んで大きな外傷なしに生き延びた彼女の技量は凄まじい。
そこまで考えて、ふとあることに気がつく。
「孫一、貴様にとって家康は与しやすい相手だったか?」
「我らはあの禿げの力を知ったからこそ契約したのだ、それが我らの答えだ」
「……では質問を変えよう。徳川家康……いや、貴様が言うには禿げカラスだったな。私の後ろにいる禿げたカラスは、貴様を躊躇無く殴ったか?」
「…………なるほど、良い質問の仕方だ」
腰につるしたままの銃を一度だけ撫で、小さく笑い声を漏らし。
きちりと背筋を伸ばして正座をしている三成へと、孫一は後ろにいる家康にも聞こえるようにしっかりとした口調で答えを唇にのせた。
あの男は殴るのを一瞬ためらった。
そうでなければ禿げなどできていない、と。
槍を捨て拳で戦うようになった家康にとって、自分の腕の届く範囲はもっとも得意としている間合いのはず。だというのに銃での戦いを得手とする孫一に懐に入られただけでなく、手傷を与えられてしまっている。
本人は腑抜けてしまったからだと笑っていたが、三成はその理由が一つしか思いつかなかった。
「自らの拳に恐怖を抱くようになったのか……貴様は?」
後ろにいるのは知っている。
自分の背に投げかけられる優しくも温かい眼差し、それを間違えるわけがないのだ。だというのに家康は答えようとしないし、三成の目線の先にいる孫一の顔も徐々に曇り始めていた。
秀吉を殺したことだけが理由ではないのだろうが、家康は拳を使うことにすら躊躇を抱き始めている。人を傷つける刃は持ちたくない、そんな理由から彼は槍を捨てた。拳で全てを受け止め、自分の肉体に人を傷つける痛みを刻もうとも思ったのだろう。
しかし家康は親しい人を殺した感触を拳に刻み込んでしまった。
いくら覚悟ができていようとも、そこから生まれたほんのわずかの躊躇はいつか家康の命を奪うだろう。孫一との戦いで頭皮をえぐられたように、いつかきっと。
彼は自らの拳に対する恐怖で死に至る。
「答えろ、家康。秀吉様の命と引き替えに、貴様は戦いに畏れを抱くようになったのか?」
「……………………それも、あるのだろうな」
長い時間待ち続け、ようやく聞こえてきた家康の声はこれ以上ないほどに打ちひしがれていた。
何があろうとも明るさと強さを失わなかった声に、隠しきれない怯えが滲む。
「儂は三成を殺せない……もう拳を向けることすらできないかもしれない」
「ならば私に屈するか? 貴様の望む世を……貴様の望む天下を捨てるというのか?」
「それもできない」
「私の知る徳川家康は、そのような女々しい男ではなかった。大望のために秀吉様を……あのお方を討ったのだろう?」
「わかっている!」
悲鳴のような家康の声に、三成と孫一の肩がびくりと動いた。
声と共に響いた打撃音は、家康が床を叩いたからなのだろう。足に響いてきた重い振動、そして次に感じたのは。
背にもたれかかってくる、暖かくも悲しい感触であった。
「……家康…………」
「儂はどうすればいいのだ……? 全てを欲するのは間違っている……三成……お前もそう思うか?」
「私は貴様を欲している、貴様もそう思っているのだろう?」
「儂の中では三成はこの世で最も美しく素晴らしい存在だ! 三成ほど儂の心を捕らえ、離さない者は他にはいない!」
美辞麗句を使わないからこそ心に響いてくる家康の言葉に思わず頬を染めると、にやりと笑う孫一と目があった。
そのまま続けろ、我らは介入しない。
声を出さずに口でそう言ってきた彼女に小さく頭を下げて感謝を伝えると、一瞬不思議そうな目でこちらを見た彼女の目が。
優しい姉のように、細められた。
「い、家康……話をまとめるぞ。貴様は拳を使うことに躊躇いがある、そうだな?」
「ああ……」
「そして私は秀吉様の仇を討たねばならない、そして貴様に勝手に死なれては困るのでどうにかしなければならない…………ならば、答えは一つだ」
後ろから抱きついてきた家康の手が肩を乗り越え、胸の辺りまで伸びてくる。
その手に己の手を重ねぎゅっと握りしめると、以前と変わらぬ感触が伝わってきた。傷が癒えぬ間に新しく刻まれていく生傷、そして手の形すら変えてしまうほどの幾重にも刻まれた傷跡。
昔は分厚い瘡蓋を手でさすってやり、早く癒えるように願いを込め続けていた。
この手にこれ以上傷は刻みたくない、しかし家康の心を救った上で自分の恨みを晴らさなければならない。
そのためにやるべき事はただ一つ
全ての思いを昇華し、改めて互いと向き合うためにはきっと。ただ語り合うだけではなく、心と体の全てをぶつけ合うことが必要なのだ。
だから三成は告げる、家康に対する心の底からの愛と相反する憎悪を込めて。
「徳川家康、私と戦え……ただし私は刀を使わない」
「な……なんだと……」
「私と殴り合えと言っているのだ。貴様に利があるように感じるかもしれんが、私だって秀吉様の薫陶を受けた身。むざむざ貴様にやられはしない……人に拳を向ける事に躊躇いがある貴様なら、尚のこと」
「……儂は……」
「拒否は許さない、秀吉様のお命を奪った罪……結果がどのようになろうとも、これで打ち消してやろう」
家康の手は捕まえてある。
絶対に逃げないように強く、だが傷口に触れぬように気を遣いながら。
何度か三成の手をふりほどこうとした家康だったが、三成の手の力強さと込められた真心に気がついたのだろう。やがて力を抜き、素直に三成の背に体重をかけてきた。
「もし、儂が逃げたらどうするのだ?」
「地の果てまでも追いかける」
「自害したら?」
「私も後を追い、地獄の果てで決着をつける」
「儂のことを忘れて、官兵衛を愛してやれ……そう言い出したら?」
「あの男に身体は与えてやっても、心は与えない」
「それは官兵衛に言わないでやってくれ……あまりにも哀れすぎる」
「私が忠誠を捧げるのは秀吉様だけ、そして愛するのは貴様だ」
それ以上に何が必要だというのだ?
わずかに首を傾げ、背に触れている家康にそう問う。
求めるのは家康だけ、そして憎むのも家康だけ。ならば彼をこの世で唯一の存在として、どこまでも追い続ければいい。
彼が逃げるのならばどこであろうとも追いかけ。
彼が愛してくれるのならば、自分も思いを返そう。
だがそうなるためには、自分の中にある御しきれない思いを吐き出す必要がある。
「三成は……儂から逃げないのだな」
「貴様から逃げる? なぜそのようなことをしなければならない」
「そうだったな、三成は……いつでも儂を受け入れてくれた、そして儂を守ろうとしてくれたのだったな……」
首筋に不意に触れてきたのは、家康の唇なのだろうか。
暖かい呼気がくすぐったく、乾ききった唇に肌をひっかかれて痒みに近い痛みを覚える。だがそれすらも喜びと安堵を生むことを知っているので、三成は触れてくる全てを拒むことはなかった。
そして家康の決断も当然、素直に受け入れることができた。
「わかった。儂の全力をもって……三成、お前を受け止めよう」
声はまだ震えている、三成の手に包まれている手はいつもよりもずっと冷たい。
しかし徳川家康という人間をある意味彼よりも理解している三成には、家康が覚悟を決めたことがちゃんとわかっていた。
自分が望んだのだ、家康が応えないわけがない。
家康に後ろから抱きしめられながら、心では家康を抱きしめてやり。彼が落ち着くまでずっとそうしてやりながら、石田三成はようやく決着の時を迎えられることに喜びと理由のわからぬ苛立ちを感じながら。
ゆっくりと精神を研ぎ澄ませ、その時に備え始めることにした。
息を吐くと、わずかに空気が白く濁る。
日中はそれほど寒く感じなかったのだが、夜になると雑賀の郷は急に冷え込み始めた。乾ききった空気と空を覆う厚い雲、そして凍り付いて堅くなりはじめている大地はこれから雪が降ることを教えてくれるが。
三成は外で家康が来るのを、静かに待ち続けていた。
雲の切れ間から時折覗く真円に近い月と孫一が用意してくれた数本の松明。それだけが三成の周囲を照らしてくれているわけだが、崩れた櫓に縛り付けてある松明を彼女に渡された時一つだけ言われたことがあった。
お前たちのために用意する明かりはこれのみ、この炎が消えるまでに決着をつけろ。
孫一としてはこれ以上郷を壊されたくないのもあり、時間を制限することで二人のどちらかが致命傷を負う確率を減らすのを避けたいのもありといったところなのだろう。時間が長引けば長引くほど集中力は落ち、攻撃の精度が低くなっていく。致死の一撃は放たないようにするつもりではあるが、戦いの中では何が起こるかわからない。
最初から時間を決め、体力と気力の配分を行えるのは正直ありがたかった。
刃は宿として提供された小さな小屋に置いてきており、陣羽織もあえて身につけてこなかった。腰にあるはずの重さと身体を守るものがないことに心細さを感じるはするが、自分には秀吉から受け継いだ武がある。素手での戦いには家康に一日の長があり、純粋な腕力でも彼の方が勝っている。それがわかっていても三成は自分が負けるとは考えられなかった。
武器を落とし身一つになった時の戦い方、身体に刻み込まれたそれを思い出せばいいだけなのだ。
病を得て衰弱していたはずの秀吉に勝った家康に、豊臣の力をもって殺さぬための戦いを挑む。このような仇討ちを秀吉は望んでいないかもしれない、だが今の三成にはこれしか選べなかった。
全てを乗り越え前に進むために。
そして家康への思いを捨てずに生きるために。
死しても心の中で色鮮やかな思い出として生き続けている秀吉に、三成は心の中で許しを請う。敬愛する主を討った男を愛し、愛されてしまっている。
その事実に喜びを感じてしまっている愚かな自分。
許されるわけがないのはわかっている、多分自分のこれからの人生は苦しみが連なって襲ってくるものになるのだろう。主君を討った仇を愛する自分を責め、これならば家康に討たれて死んだ方がましだったと後悔し続ける。
多分家康も自分を愛してくれていることを知らなければ、三成は今後誰に愛され生きてくれと懇願されても死ぬことを選んでいた。
家康だから、生きたいと願うことができたのだ。
彼が側にいてくれる時、胸は高鳴り気持ちが高揚するのに奇妙な安堵を覚える。話しかけられると嬉しくて、肌が触れあうと身体の奥底から満たされていくような気がする。
そう、今まさに彼が近づいてくる足音を聞くだけで全ての辛苦が打ち消されていく。
「…………来たか」
「忠勝が立ち会いたいと言い出してな、説得するのに時間がかかった」
「何故連れてこなかった?」
「三成と二人きりになりたかった、それだけだ。それに三成も供を連れてこないことはわかっていたのでな」
「私も……貴様と二人がいい」
凍り始めた下草を音を立てて踏み割りながら、家康は少し離れた場所で立ち止まる。
彼も孫一に事前に言い含められていたのだろう、あちこちに括り付けられた松明の状態を確認しながら三成には笑いかけてきた。
日中頭に巻いていた赤い帯は、血が止まったからかもうつけていなかった。そのかわり額の生え際に、血が固まった無残な傷口。
「時間は……かなり短そうだな、すぐに始めるとするか」
「覚悟は決めてきたのか?」
「正直わからん、儂はまた躊躇ってしまうのかもしれないな」
「そのような事を言えるのも今のうちだ。貴様はすぐに本気を出さざるを得なくなるのだからな」
「儂は三成と殴り合ったことがないのだが……」
「確かに貴様とはこのような形で向き合ったことはなかったな。だが私は貴様には負けぬ、秀吉様が私にご教授してくださった技を……しかと見るがいい!」
力では家康に打ち負ける。
彼の防御は鉄壁と言ってもいいだろう。
三成の勝率は二人を照らす炎の如く、吹きゆく風で消えてしまうほど儚いものでしかない。だが自分が背負い今体現しなければならないのは豊臣の武、仇に向けてそれを誇ることこそ。
秀吉への忠義の証なのだ。
「家康ぅぅぅぅぅぅっ!」
「来い、三成!」
家康が構える前に、三成の身体は彼の眼前に現れていた。
郷を吹き抜ける風よりも早く、腰を落とし三成の拳を受け止めようとする家康の前でわざと拳を振りかぶり。家康の右頬に襲いかかろうとする彼が一撃に注意を向けた瞬間、三成はふいに身体を沈めた。
ため込んでいた力を息と共に吐き出すと、左足を跳ね上げ無防備な家康の身体を蹴り上げようとした。ならされていない大地はわずかに三成の速度と身体の安定を殺すが、砂利が敷かれていないので気にするほどではない。
冷えて固まった大地が身体に冷たさを染みこませていく中、家康の肉を切り裂くはずの足先に感じたのは風だけだった。
「…………っ!」
「よくかわしたな!」
「……足技もありなのか……油断したな」
交差したのは足と足。
胸を狙った三成の足を、咄嗟に膝を高く上げて防いだ家康は顔をわずかに歪めながらそれでも笑んでみせる。胸の骨を砕くことができる程の一撃を、威力を殺すために前に出ながら不安定な姿勢で止めたのだ。
己の腿で三成の膝の辺りを押さえこんだ家康は、わずかに眉に力を込めている。動きを止められるほどの打撃にはならなかったが、それなり以上の苦痛は感じているのだろう。
これだけ接近したというのに反撃してくることなく、三成が後ろに下がった時も追いすがってくることはなかった。手足は三成の方が長いし、早さでも圧倒的に勝っている。無理に追うよりは迎え撃った方がいいとでも考えたのだろうか。
いや、もしかして。
「家康……貴様、何故私を攻撃してこない」
「…………………………」
「私が貴様を思うように打ち据えれば満足するとでも思っているのか!」
「そういうわけではない」
「ではどうしてだ、答えろ!」
三成の攻撃に合わせては来るが、積極的に攻撃する姿勢を見せようとしない。
それは家康が自分を傷つけるのを躊躇っているからなのか。わからぬまま次の一手をうとうとしていた三成の耳に届いたのは、哀切な響きを含んだ家康の声であった。
二人の間に流れる風が、より冷たさを帯び始める。
「儂は自分の拳が怖い。三成の骨と肉を砕き……誤って殺してしまうのでは、そう思わずにいられないのだ」
「私が貴様の拳にただ打ち据えられるだけだと?」
「三成の強さは儂が一番わかっている。だが儂は……儂は……」
「私は貴様に信用されていないようだな」
拳と身体を震わせ、幼子のように心細げな目で自分を見やる家康に放った言葉。
その意味が理解できなかったのか、不安に疑問を重ねた声がどういう意味だと問うてくる。
家康と己の武力は拮抗している。
彼ならば自分の攻撃を受け止め、返してくる一撃を自分はかわすことができる。だからこそ三成は家康にわずかな躊躇もなく向かっていくことができるのだ。だというのに家康が自分を殺す恐怖に囚われているというのなら、それは。
家康が自分の力を過小評価しているということ。
「私とは打ち合う価値もないということか。それは豊臣の、秀吉様のお力を馬鹿にしていることだと私は理解する」
「そういうわけではないのだ!」
「では何だというのだ?」
「何と言われると、どう説明していいかわからぬのだが……」
「ならば考えるな、私を信じろ」
困惑しきった顔で必死に言うべき言葉を考えていた家康に、三成が告げたのはただそれだけだった。
言葉で告げられぬ者よりも、目の前にいる自分の全てを見ればいい。
三成はただ一人の主君への忠を今後も捨てることはない。
彼の血縁者を慈しみ成長を見守りはするが、三成に命じることができるのは猛き覇王のみ。自分を素直に慕ってくる幼子に情が移りはするが、秀頼は仕える相手ではなく守るべき相手。
そして家康への思いも捨てない。
豊臣軍の中で育ってきた三成にできた初めての、外から来た友。裏表のない彼の素直さに心惹かれ、性別を超えて愛するようになったことを後悔などしてはいない。
家康が自分を思っていることを知ったから、生きようと思えるようになった。
彼と共にいるために、内にある憎悪を乗り越えたい。
それが今の三成の全て。
相手が誰であろうとも、家康と生きるために生き延びる。
そう決めた自分を家康が信じてくれれば、三成も家康の思いを信じることができる。
「…………儂は……何を惑っていたのだろうな」
「安心しろ、私も常に様々なことに惑っている。先日も真田が虎を欲しいと言い出したので、悩んだ末に決闘をして決着をつけた」
「で、勝負は負けたのか?」
「官兵衛の鎖に躓かなければ私の勝ちだった!」
拳を振り上げて必死に言い続けると、家康の顔を輝くような笑顔が染め始める。
昇る朝日のように美しく、だが真夏の中天で輝く太陽のような力強さを持ち。どのような苦境にあろうとも周囲の人々の心に希望という名の炎を灯し続ける事ができる、三成が誰よりも心寄せた家康が今。
三成の目の前で蘇り始めていた。
「死なぬ、のだな」
「当たり前だ」
「儂のために生きてくれるのだな?」
「貴様のためだけに生きるのではない。だが……貴様を愛しているという事実から逃げるつもりも毛頭無い」
「そこまで言い切られてしまうと、さすがの儂も気恥ずかしいものがあるな……」
大きく揺らめく炎に合わせて二人の影が小刻みに動く中、頭を掻いていた家康の手が胸元に瞬時に移動した。唇を引き結び、目には強い輝きを宿らせたまま、その眼差しが見つめるのは三成だけ。
そして三成も家康から目をそらさない。
「三成、勝負だ!」
「その言葉を待っていたぞ、家康!」
互いへの愛おしさに満ちた、戦の嚆矢を告げる言葉と共に互いの身体がほぼ同時に動き出した。
がむしゃらに前に突き進んでいく家康を交わすかのように横に飛び退り、三成は瞬きする間に彼の方へと向き直る。家康が自分の移動に身体が対応しきる前に拳の一撃で彼を牽制し、蹴りで動きを止め。
一瞬で勝負をつけるつもりだったが、やはり素手での攻撃には家康に一日の長があった。
「その程度では儂は止まらぬっ」
「それでこそ家康!」
「三成、お前の早さも凄まじいな!」
自分よりも手足が長い三成の一撃をあえて額で受け、三成の身体が止まった隙に腹部めがけて拳を打ち込んでこようとする。それを家康の額を打ち付けた手を支点にして、無理矢理方向転換することで避けようとしたが。
脇腹辺りを力任せにえぐられる形となった。
正面で彼の拳を受けていれば、まずそれだけで戦闘不能となっていただろうからよしとすべきなのだろうが。半身に痛みが広がり、呼吸もしづらくなり始めている。
とはいえ家康の方も無傷ではいられなかったらしい。
完全に振り抜けなかったので額を打ち抜いた拳の威力はかなり落ちてしまったのだが、日中の孫市との戦闘で抉られた部分に当たってしまったらしい。開いた傷口から途端にあふれ出した血潮に頬骨と鼻を濡らしながら、得心がいったかのように彼は笑顔で頷き続けていた。
「三成は……死なぬのだな」
「何度言えばわかる、私は無駄な死を好まない」
「では儂が三成の生を意味のあるものにすればいい。何故……の儂はそれに気がつかなかった……」
迷いをふりきった晴れやかな顔を、血が流れていく。
三成にはそれが家康の流す血涙のように見え、背筋に寒気が走る。家康も秀吉のようにいつか戦の中で死んでしまうのではないか、三成の見ていない所で血を流し苦しみながら。
家康との最適な間合いを探りながら動いている最中、その考えがわずかに足の動きを鈍らせた時三成は気がついた。
家康はこの思い故に、拳を振るうことを躊躇したのだと。
大切に思うからこそ失うことを怖れ、思いが身体を縛り付ける。
流れる血を止めようともせず、家康は三成がどこから打ち込んできても対処できるように常に足を動かし続けている。時折細くなる松明の明かりの中でも三成の初手を止めることができるように、そして止める一撃を瞬時に放つことができるように。
体制が崩れてもすぐに立て直すことを、彼は重視していた。
ならば三成にできるのは、そんな家康ですら受け止めきれぬ拳を彼の身体にぶつけるだけ。家康の拳に打ち据えられた脇腹がじわじわと痛み始めているが、それは家康も同じだろう。
三成の蹴りが与えた痛みは、家康が身体を動かす度に体力と気力を削っているはず。
松明が燃え尽きる時間も迫りつつある。最良かつ最高の手を考えながら距離を取っている中、拳を胸元に寄せながら何かを考えているらしい家康が不意にこちらに話しかけてきた。
「秀吉との戦いを思い出すな」
「……あの方は……衰えていたのか?」
「拳に以前ほどの力は感じなかったな、覇王とまで呼ばれた男でも病には勝てなかったのだろうな。だが……秀吉はそれを儂に負けた理由にはしなかったのだ。だから儂は秀吉に真の意味で勝てたとは思っていない、秀吉に巣くった病に勝たせてもらったのだ」
「秀吉様は最後まで……負けはしなかったのだな」
「ああ」
病に苦しめられようとも、秀吉は最後まで誇り高く戦った。
家康の口から語られたその事実は、三成の心に渦巻いていた凝り固まった憎悪をゆっくりと溶かし始める。
どす暗く濁った感情、それを洗い流したのは。
「…………秀吉様の最後を……貴様が彩ってくれたのだな」
病に冒された身体で出陣し、死に逝く時まで誇り高くあり続けた君主と戦ってくれた相手への感謝だった。
覇王とまで呼ばれた男は、戦の果てに死ぬことを選んだ。ならば臣下である三成は、主君の選んだ死を受け入れなければならないのだ。
忠誠と、自らの意志を持って。
「…………そろそろ、だな」
気がつけば松明が大きく揺らめき始めている。
互いにそれほど深い傷は負っていないが、決められた時間は守らなければいけない。それに互いに多大な戦果を得ることができた、あとは後に続く大戦の前哨戦となるこのささやかな戦いを締めくくるだけ。
家康はもう己の拳を振るうことを迷わない。
三成は家康への憎しみを薄れさせるきっかけを得た。
得たものを確認し合うかのように目線を絡ませ頷きあい、二人は同時に足を止めた。
「いい風だ……熱くなった身体が冷える」
「私は少し寒いくらいだ」
「ならば今日は儂が三成を温めるというのは?」
「…………貴様の拳が私を止めることができたら、考えてやろう」
「そうか!」
ぱあっと顔を輝かせる家康を見ていると、唇が緩んでくるのを押さえることができない。
まだ戦いの内にあるのに、こんな些細なことで心を和ませてもいいのだろうか。相手は秀吉の仇だというのに、彼をこのまま許してしまってもいいのか。
死すまで秀吉に許しを請い、家康と共に生きる。
相反する思いに弄ばれて生きるのも、主君を守りきれなかった自分が受けるべき罰なのだろう。今後の人生を思いついてしまったため息が、顔の周囲を白く濁らせた時。
悩みという名の軛から解き放たれた家康が、跳ねるかのような動きで一気に三成へと駆け寄ってきた。
「儂は嬉しい!」
「何が嬉しいというのだ」
「三成が儂の側にいてくれる、声を聞くことができる。それだけで儂は幸せなのだ!」
「それだけでいいだと? 貴様……どれだけ欲がないのだ! もっと私を欲せないのか!?」
言葉と拳、そして三成の蹴りが互いの間を埋めていく。
近づいては離れ、離れては惹かれ合うように近づき。
言葉で思いを伝え、交わす微笑みに相手への愛おしさを滲ませる。
「欲せと言われてもな……正直どうすればいいのかがわからん!」
「威張って言うことか!」
「ではどうすればいいのだ? 三成を……その……抱けとでも……」
「私の身体を求めるのならば抱け! 貴様が相手ならば、どのようなことになろうとも受け入れてやる!」
互いの力を尽くした全力の戦い。
指の先の先までを制御し、完璧とも言える動きで相手の動きを止める一撃を狙う二人。しかしこの戦いを見ている者がいれば、彼等の動きをこう評しただろう。
輪舞を踊る恋人同士のようだ、と。
吹き抜ける風に散る火の粉すら、二人のための舞台を飾り付ける道具。
少しずつ小さくなる明かり、そして強まる風のために松明を支えている櫓すら軋む音を立て始めている。
それを家康はこの戦いを終わらせる機会と、とらえたのだろう。血が固まりつつある両頬を手の甲で順にこすると、自信に満ちた笑みで三成にこう提案してきた。
「そろそろ終わらせないか? 儂は次の一撃で最後にする、これで三成が倒れなかったら……儂を好きにするといい」
「貴様は私に倒されるのだ、家康!」
「それでもいい! 儂はただ……」
前に進みたいだけだ!
その言葉と共に、家康の腕が一気に伸びたように感じた。
身体ごと凄まじい勢いで一気に距離を詰めてきたのだ、三成の攻撃を受け止めることを考えずに。
それに気がついた時には、もう三成は家康の間合いの中に完全に取り込まれており。身体を引いて逃げようにも、家康の重い拳を一度受けねば逃げられぬ程に近づかれてしまっていたため。
「私を侮るな、貴様の策には乗らんっ!
自らも拳を突き出し、迫る家康の拳よりも自分の拳がわずかでも早く彼に突き刺さることを願いながら身体を前に出す。
そして身体に宿る力の全てを家康に叩きつけるために、一歩足を前に突き出したのだった。
_____________________________________________
何回書き直したことか……
これが前半の大山ですな、長かった。
ほんっっっっっっっっとうに長かったんだ!
ここがあるから、この話のタイトルは輪舞になりました。それだけこのシーンをやりたかったのだけど、難産だった。
あとでみっしさんのなでなでしてもらう……疲れた。
BGM「愛情」
官兵衛からの文を読み終えた雑賀孫一が最初に言ったのは、そんな言葉だった。
大阪城を発って数日、船と陸路を使っての雑賀荘への道のりは思ったよりも楽なものであった。
官兵衛の直属の部下たちは三成に優しかったし、なにより皆揃って有能極まりない人間ばかり。雑賀までの道の下調べから必要な物資の手配まで、三成が細かく指示する必要はなく見ているだけで準備が整っていく。
大坂城での忙しすぎる日々とは違う、ゆっくり体と心を休めることができた数日間。
様々なことを考えることができたし、忙しさ故に向き合うことをしてこなかった自分の今後についても改めて考え直す時間にもなってくれた。
家康への愛情と憎しみ。
秀吉への忠誠。
どちらも三成にとっては手放してはならないもの、そして失ってはいけないもの。
家康に自分が討たれれば、彼は欲する天下を手に入れる事ができる。半兵衛の命に背くことも、未だ己の中で生き続ける秀吉への忠誠を裏切ることもない。
そう考えたこともあるが、それは家康を悲しませてしまうだろう。
自分を思ってくれている家康は自分が死ねば嘆き悲しむだろう、秀吉を失った三成がそれが予定されていたことだとわかっていても苦しんだように。
ではどうすれば家康への憎しみを薄れさせていくことができるのか。
家康と雑賀衆の戦いの結果なのか、見てわかるほどに柱が傾き壁に罅が刻まれている室内。見目麗しい女性とは思えぬ程乱暴に板の間に足を投げ出し、官兵衛からの書状を確認し終えた孫市の第一声。
それが先程の言葉だった。
「違う」
「このようなろくでもない手紙を書くのは、子煩悩の馬鹿親と相場が決まっている。お前が知らぬだけで、実は隠し子なのではないのか?」
「私を馬鹿にするのか、貴様は」
「馬鹿にしているわけではない。お前は随分周りの者たちに大切にされているようだと思ってな……見てみろ、禿げたカラスが後ろでお前を見守っている」
「……………………」
後ろを見るまでもなく、孫一の声で後ろの空気が大きく蠢いた。
頭に赤い帯を巻いた額を怪我した馬鹿が、三成を案じて見守り続けているのだろう。わざわざ振り返って彼を喜ばせてやるのも癪なので後ろを見ることはないが、彼がいるという事実で少し心が和まされたのは事実。
徳川軍との激闘の結果、この屋敷は土台から大きく歪んでしまっているらしい。修繕を行うために襖という襖が全て外されてしまっており、柱に隠れようとも家康の身体はしっかりしすぎていて大きくはみ出してしまう状況。
盗み聞きには全く適していない現状故、素直に後ろで待機して聞くことにしたらしいのだが。こちらの会話に顕著に反応して、一喜一憂するのはどうなのだろうか。
だが彼の気配は、三成に取って邪魔なものではなかった。
むしろ会いたかった程なのだが、会えば喜びだけではなく苦しみも心の内より生まれてくる。
身を焦がすような愛おしさは時間がたつほどに増してくるかのよう。しかし素直に彼の目を見つめて彼の手を取ることを、今の三成は許されていない。
秀吉を討った男と相対し、秀頼を守るのが三成に課せられた役目。
官兵衛はいつでも会うことができるようにしてやると言ってくれたが、自分の内にある暗い感情をどうにかしなければきっと。
自分は家康を殺すか、彼に殺されることを選んでしまう。
「……文は読ませてもらった。長宗我部には我らが話をつける、護身用以外の武装は持ち込めないだろうがその刀くらいは許されるだろう。どのような話をするかは知らんが、長宗我部元親は豪快なだけに見えてなかなか食えぬ男だ……西海の鬼に骨までしゃぶられぬように気をつけるがいい」
「私が長宗我部の領地に入るまで、貴様らが我らに向かってくることはないのだな?」
「我らは徳川と契約を交わした……契約外の事を我らは行わぬ」
「それならいいのだ。ただし私に刃向かうというのなら、この場で貴様を斬滅する」
「恋しい男を思って生娘のようなため息をついていた男の発言とは思えぬな」
「…………っ!」
的確すぎる孫一の言葉に思わず身を固くすると、艶やかな大輪の花のような美貌が笑みに彩られた。
「後ろの禿げがお前と同じような顔をしていたぞ。確か、共寝をしたいとも言っていたな」
「家康が秀吉様を討つ前までは、共に眠ることがあった」
「禿げにも甲斐性はあったということか」
「あれの名前は禿げではない……今は少し禿げているが」
後ろで何かが派手に倒れるような音。
それと共に自分の名を情けない声が呼んでいたが、聞こえなかったことにしておく。孫一の銃で頭皮の一部が持って行かれたことは事実だし、家康の間合いに入り込んで大きな外傷なしに生き延びた彼女の技量は凄まじい。
そこまで考えて、ふとあることに気がつく。
「孫一、貴様にとって家康は与しやすい相手だったか?」
「我らはあの禿げの力を知ったからこそ契約したのだ、それが我らの答えだ」
「……では質問を変えよう。徳川家康……いや、貴様が言うには禿げカラスだったな。私の後ろにいる禿げたカラスは、貴様を躊躇無く殴ったか?」
「…………なるほど、良い質問の仕方だ」
腰につるしたままの銃を一度だけ撫で、小さく笑い声を漏らし。
きちりと背筋を伸ばして正座をしている三成へと、孫一は後ろにいる家康にも聞こえるようにしっかりとした口調で答えを唇にのせた。
あの男は殴るのを一瞬ためらった。
そうでなければ禿げなどできていない、と。
槍を捨て拳で戦うようになった家康にとって、自分の腕の届く範囲はもっとも得意としている間合いのはず。だというのに銃での戦いを得手とする孫一に懐に入られただけでなく、手傷を与えられてしまっている。
本人は腑抜けてしまったからだと笑っていたが、三成はその理由が一つしか思いつかなかった。
「自らの拳に恐怖を抱くようになったのか……貴様は?」
後ろにいるのは知っている。
自分の背に投げかけられる優しくも温かい眼差し、それを間違えるわけがないのだ。だというのに家康は答えようとしないし、三成の目線の先にいる孫一の顔も徐々に曇り始めていた。
秀吉を殺したことだけが理由ではないのだろうが、家康は拳を使うことにすら躊躇を抱き始めている。人を傷つける刃は持ちたくない、そんな理由から彼は槍を捨てた。拳で全てを受け止め、自分の肉体に人を傷つける痛みを刻もうとも思ったのだろう。
しかし家康は親しい人を殺した感触を拳に刻み込んでしまった。
いくら覚悟ができていようとも、そこから生まれたほんのわずかの躊躇はいつか家康の命を奪うだろう。孫一との戦いで頭皮をえぐられたように、いつかきっと。
彼は自らの拳に対する恐怖で死に至る。
「答えろ、家康。秀吉様の命と引き替えに、貴様は戦いに畏れを抱くようになったのか?」
「……………………それも、あるのだろうな」
長い時間待ち続け、ようやく聞こえてきた家康の声はこれ以上ないほどに打ちひしがれていた。
何があろうとも明るさと強さを失わなかった声に、隠しきれない怯えが滲む。
「儂は三成を殺せない……もう拳を向けることすらできないかもしれない」
「ならば私に屈するか? 貴様の望む世を……貴様の望む天下を捨てるというのか?」
「それもできない」
「私の知る徳川家康は、そのような女々しい男ではなかった。大望のために秀吉様を……あのお方を討ったのだろう?」
「わかっている!」
悲鳴のような家康の声に、三成と孫一の肩がびくりと動いた。
声と共に響いた打撃音は、家康が床を叩いたからなのだろう。足に響いてきた重い振動、そして次に感じたのは。
背にもたれかかってくる、暖かくも悲しい感触であった。
「……家康…………」
「儂はどうすればいいのだ……? 全てを欲するのは間違っている……三成……お前もそう思うか?」
「私は貴様を欲している、貴様もそう思っているのだろう?」
「儂の中では三成はこの世で最も美しく素晴らしい存在だ! 三成ほど儂の心を捕らえ、離さない者は他にはいない!」
美辞麗句を使わないからこそ心に響いてくる家康の言葉に思わず頬を染めると、にやりと笑う孫一と目があった。
そのまま続けろ、我らは介入しない。
声を出さずに口でそう言ってきた彼女に小さく頭を下げて感謝を伝えると、一瞬不思議そうな目でこちらを見た彼女の目が。
優しい姉のように、細められた。
「い、家康……話をまとめるぞ。貴様は拳を使うことに躊躇いがある、そうだな?」
「ああ……」
「そして私は秀吉様の仇を討たねばならない、そして貴様に勝手に死なれては困るのでどうにかしなければならない…………ならば、答えは一つだ」
後ろから抱きついてきた家康の手が肩を乗り越え、胸の辺りまで伸びてくる。
その手に己の手を重ねぎゅっと握りしめると、以前と変わらぬ感触が伝わってきた。傷が癒えぬ間に新しく刻まれていく生傷、そして手の形すら変えてしまうほどの幾重にも刻まれた傷跡。
昔は分厚い瘡蓋を手でさすってやり、早く癒えるように願いを込め続けていた。
この手にこれ以上傷は刻みたくない、しかし家康の心を救った上で自分の恨みを晴らさなければならない。
そのためにやるべき事はただ一つ
全ての思いを昇華し、改めて互いと向き合うためにはきっと。ただ語り合うだけではなく、心と体の全てをぶつけ合うことが必要なのだ。
だから三成は告げる、家康に対する心の底からの愛と相反する憎悪を込めて。
「徳川家康、私と戦え……ただし私は刀を使わない」
「な……なんだと……」
「私と殴り合えと言っているのだ。貴様に利があるように感じるかもしれんが、私だって秀吉様の薫陶を受けた身。むざむざ貴様にやられはしない……人に拳を向ける事に躊躇いがある貴様なら、尚のこと」
「……儂は……」
「拒否は許さない、秀吉様のお命を奪った罪……結果がどのようになろうとも、これで打ち消してやろう」
家康の手は捕まえてある。
絶対に逃げないように強く、だが傷口に触れぬように気を遣いながら。
何度か三成の手をふりほどこうとした家康だったが、三成の手の力強さと込められた真心に気がついたのだろう。やがて力を抜き、素直に三成の背に体重をかけてきた。
「もし、儂が逃げたらどうするのだ?」
「地の果てまでも追いかける」
「自害したら?」
「私も後を追い、地獄の果てで決着をつける」
「儂のことを忘れて、官兵衛を愛してやれ……そう言い出したら?」
「あの男に身体は与えてやっても、心は与えない」
「それは官兵衛に言わないでやってくれ……あまりにも哀れすぎる」
「私が忠誠を捧げるのは秀吉様だけ、そして愛するのは貴様だ」
それ以上に何が必要だというのだ?
わずかに首を傾げ、背に触れている家康にそう問う。
求めるのは家康だけ、そして憎むのも家康だけ。ならば彼をこの世で唯一の存在として、どこまでも追い続ければいい。
彼が逃げるのならばどこであろうとも追いかけ。
彼が愛してくれるのならば、自分も思いを返そう。
だがそうなるためには、自分の中にある御しきれない思いを吐き出す必要がある。
「三成は……儂から逃げないのだな」
「貴様から逃げる? なぜそのようなことをしなければならない」
「そうだったな、三成は……いつでも儂を受け入れてくれた、そして儂を守ろうとしてくれたのだったな……」
首筋に不意に触れてきたのは、家康の唇なのだろうか。
暖かい呼気がくすぐったく、乾ききった唇に肌をひっかかれて痒みに近い痛みを覚える。だがそれすらも喜びと安堵を生むことを知っているので、三成は触れてくる全てを拒むことはなかった。
そして家康の決断も当然、素直に受け入れることができた。
「わかった。儂の全力をもって……三成、お前を受け止めよう」
声はまだ震えている、三成の手に包まれている手はいつもよりもずっと冷たい。
しかし徳川家康という人間をある意味彼よりも理解している三成には、家康が覚悟を決めたことがちゃんとわかっていた。
自分が望んだのだ、家康が応えないわけがない。
家康に後ろから抱きしめられながら、心では家康を抱きしめてやり。彼が落ち着くまでずっとそうしてやりながら、石田三成はようやく決着の時を迎えられることに喜びと理由のわからぬ苛立ちを感じながら。
ゆっくりと精神を研ぎ澄ませ、その時に備え始めることにした。
息を吐くと、わずかに空気が白く濁る。
日中はそれほど寒く感じなかったのだが、夜になると雑賀の郷は急に冷え込み始めた。乾ききった空気と空を覆う厚い雲、そして凍り付いて堅くなりはじめている大地はこれから雪が降ることを教えてくれるが。
三成は外で家康が来るのを、静かに待ち続けていた。
雲の切れ間から時折覗く真円に近い月と孫一が用意してくれた数本の松明。それだけが三成の周囲を照らしてくれているわけだが、崩れた櫓に縛り付けてある松明を彼女に渡された時一つだけ言われたことがあった。
お前たちのために用意する明かりはこれのみ、この炎が消えるまでに決着をつけろ。
孫一としてはこれ以上郷を壊されたくないのもあり、時間を制限することで二人のどちらかが致命傷を負う確率を減らすのを避けたいのもありといったところなのだろう。時間が長引けば長引くほど集中力は落ち、攻撃の精度が低くなっていく。致死の一撃は放たないようにするつもりではあるが、戦いの中では何が起こるかわからない。
最初から時間を決め、体力と気力の配分を行えるのは正直ありがたかった。
刃は宿として提供された小さな小屋に置いてきており、陣羽織もあえて身につけてこなかった。腰にあるはずの重さと身体を守るものがないことに心細さを感じるはするが、自分には秀吉から受け継いだ武がある。素手での戦いには家康に一日の長があり、純粋な腕力でも彼の方が勝っている。それがわかっていても三成は自分が負けるとは考えられなかった。
武器を落とし身一つになった時の戦い方、身体に刻み込まれたそれを思い出せばいいだけなのだ。
病を得て衰弱していたはずの秀吉に勝った家康に、豊臣の力をもって殺さぬための戦いを挑む。このような仇討ちを秀吉は望んでいないかもしれない、だが今の三成にはこれしか選べなかった。
全てを乗り越え前に進むために。
そして家康への思いを捨てずに生きるために。
死しても心の中で色鮮やかな思い出として生き続けている秀吉に、三成は心の中で許しを請う。敬愛する主を討った男を愛し、愛されてしまっている。
その事実に喜びを感じてしまっている愚かな自分。
許されるわけがないのはわかっている、多分自分のこれからの人生は苦しみが連なって襲ってくるものになるのだろう。主君を討った仇を愛する自分を責め、これならば家康に討たれて死んだ方がましだったと後悔し続ける。
多分家康も自分を愛してくれていることを知らなければ、三成は今後誰に愛され生きてくれと懇願されても死ぬことを選んでいた。
家康だから、生きたいと願うことができたのだ。
彼が側にいてくれる時、胸は高鳴り気持ちが高揚するのに奇妙な安堵を覚える。話しかけられると嬉しくて、肌が触れあうと身体の奥底から満たされていくような気がする。
そう、今まさに彼が近づいてくる足音を聞くだけで全ての辛苦が打ち消されていく。
「…………来たか」
「忠勝が立ち会いたいと言い出してな、説得するのに時間がかかった」
「何故連れてこなかった?」
「三成と二人きりになりたかった、それだけだ。それに三成も供を連れてこないことはわかっていたのでな」
「私も……貴様と二人がいい」
凍り始めた下草を音を立てて踏み割りながら、家康は少し離れた場所で立ち止まる。
彼も孫一に事前に言い含められていたのだろう、あちこちに括り付けられた松明の状態を確認しながら三成には笑いかけてきた。
日中頭に巻いていた赤い帯は、血が止まったからかもうつけていなかった。そのかわり額の生え際に、血が固まった無残な傷口。
「時間は……かなり短そうだな、すぐに始めるとするか」
「覚悟は決めてきたのか?」
「正直わからん、儂はまた躊躇ってしまうのかもしれないな」
「そのような事を言えるのも今のうちだ。貴様はすぐに本気を出さざるを得なくなるのだからな」
「儂は三成と殴り合ったことがないのだが……」
「確かに貴様とはこのような形で向き合ったことはなかったな。だが私は貴様には負けぬ、秀吉様が私にご教授してくださった技を……しかと見るがいい!」
力では家康に打ち負ける。
彼の防御は鉄壁と言ってもいいだろう。
三成の勝率は二人を照らす炎の如く、吹きゆく風で消えてしまうほど儚いものでしかない。だが自分が背負い今体現しなければならないのは豊臣の武、仇に向けてそれを誇ることこそ。
秀吉への忠義の証なのだ。
「家康ぅぅぅぅぅぅっ!」
「来い、三成!」
家康が構える前に、三成の身体は彼の眼前に現れていた。
郷を吹き抜ける風よりも早く、腰を落とし三成の拳を受け止めようとする家康の前でわざと拳を振りかぶり。家康の右頬に襲いかかろうとする彼が一撃に注意を向けた瞬間、三成はふいに身体を沈めた。
ため込んでいた力を息と共に吐き出すと、左足を跳ね上げ無防備な家康の身体を蹴り上げようとした。ならされていない大地はわずかに三成の速度と身体の安定を殺すが、砂利が敷かれていないので気にするほどではない。
冷えて固まった大地が身体に冷たさを染みこませていく中、家康の肉を切り裂くはずの足先に感じたのは風だけだった。
「…………っ!」
「よくかわしたな!」
「……足技もありなのか……油断したな」
交差したのは足と足。
胸を狙った三成の足を、咄嗟に膝を高く上げて防いだ家康は顔をわずかに歪めながらそれでも笑んでみせる。胸の骨を砕くことができる程の一撃を、威力を殺すために前に出ながら不安定な姿勢で止めたのだ。
己の腿で三成の膝の辺りを押さえこんだ家康は、わずかに眉に力を込めている。動きを止められるほどの打撃にはならなかったが、それなり以上の苦痛は感じているのだろう。
これだけ接近したというのに反撃してくることなく、三成が後ろに下がった時も追いすがってくることはなかった。手足は三成の方が長いし、早さでも圧倒的に勝っている。無理に追うよりは迎え撃った方がいいとでも考えたのだろうか。
いや、もしかして。
「家康……貴様、何故私を攻撃してこない」
「…………………………」
「私が貴様を思うように打ち据えれば満足するとでも思っているのか!」
「そういうわけではない」
「ではどうしてだ、答えろ!」
三成の攻撃に合わせては来るが、積極的に攻撃する姿勢を見せようとしない。
それは家康が自分を傷つけるのを躊躇っているからなのか。わからぬまま次の一手をうとうとしていた三成の耳に届いたのは、哀切な響きを含んだ家康の声であった。
二人の間に流れる風が、より冷たさを帯び始める。
「儂は自分の拳が怖い。三成の骨と肉を砕き……誤って殺してしまうのでは、そう思わずにいられないのだ」
「私が貴様の拳にただ打ち据えられるだけだと?」
「三成の強さは儂が一番わかっている。だが儂は……儂は……」
「私は貴様に信用されていないようだな」
拳と身体を震わせ、幼子のように心細げな目で自分を見やる家康に放った言葉。
その意味が理解できなかったのか、不安に疑問を重ねた声がどういう意味だと問うてくる。
家康と己の武力は拮抗している。
彼ならば自分の攻撃を受け止め、返してくる一撃を自分はかわすことができる。だからこそ三成は家康にわずかな躊躇もなく向かっていくことができるのだ。だというのに家康が自分を殺す恐怖に囚われているというのなら、それは。
家康が自分の力を過小評価しているということ。
「私とは打ち合う価値もないということか。それは豊臣の、秀吉様のお力を馬鹿にしていることだと私は理解する」
「そういうわけではないのだ!」
「では何だというのだ?」
「何と言われると、どう説明していいかわからぬのだが……」
「ならば考えるな、私を信じろ」
困惑しきった顔で必死に言うべき言葉を考えていた家康に、三成が告げたのはただそれだけだった。
言葉で告げられぬ者よりも、目の前にいる自分の全てを見ればいい。
三成はただ一人の主君への忠を今後も捨てることはない。
彼の血縁者を慈しみ成長を見守りはするが、三成に命じることができるのは猛き覇王のみ。自分を素直に慕ってくる幼子に情が移りはするが、秀頼は仕える相手ではなく守るべき相手。
そして家康への思いも捨てない。
豊臣軍の中で育ってきた三成にできた初めての、外から来た友。裏表のない彼の素直さに心惹かれ、性別を超えて愛するようになったことを後悔などしてはいない。
家康が自分を思っていることを知ったから、生きようと思えるようになった。
彼と共にいるために、内にある憎悪を乗り越えたい。
それが今の三成の全て。
相手が誰であろうとも、家康と生きるために生き延びる。
そう決めた自分を家康が信じてくれれば、三成も家康の思いを信じることができる。
「…………儂は……何を惑っていたのだろうな」
「安心しろ、私も常に様々なことに惑っている。先日も真田が虎を欲しいと言い出したので、悩んだ末に決闘をして決着をつけた」
「で、勝負は負けたのか?」
「官兵衛の鎖に躓かなければ私の勝ちだった!」
拳を振り上げて必死に言い続けると、家康の顔を輝くような笑顔が染め始める。
昇る朝日のように美しく、だが真夏の中天で輝く太陽のような力強さを持ち。どのような苦境にあろうとも周囲の人々の心に希望という名の炎を灯し続ける事ができる、三成が誰よりも心寄せた家康が今。
三成の目の前で蘇り始めていた。
「死なぬ、のだな」
「当たり前だ」
「儂のために生きてくれるのだな?」
「貴様のためだけに生きるのではない。だが……貴様を愛しているという事実から逃げるつもりも毛頭無い」
「そこまで言い切られてしまうと、さすがの儂も気恥ずかしいものがあるな……」
大きく揺らめく炎に合わせて二人の影が小刻みに動く中、頭を掻いていた家康の手が胸元に瞬時に移動した。唇を引き結び、目には強い輝きを宿らせたまま、その眼差しが見つめるのは三成だけ。
そして三成も家康から目をそらさない。
「三成、勝負だ!」
「その言葉を待っていたぞ、家康!」
互いへの愛おしさに満ちた、戦の嚆矢を告げる言葉と共に互いの身体がほぼ同時に動き出した。
がむしゃらに前に突き進んでいく家康を交わすかのように横に飛び退り、三成は瞬きする間に彼の方へと向き直る。家康が自分の移動に身体が対応しきる前に拳の一撃で彼を牽制し、蹴りで動きを止め。
一瞬で勝負をつけるつもりだったが、やはり素手での攻撃には家康に一日の長があった。
「その程度では儂は止まらぬっ」
「それでこそ家康!」
「三成、お前の早さも凄まじいな!」
自分よりも手足が長い三成の一撃をあえて額で受け、三成の身体が止まった隙に腹部めがけて拳を打ち込んでこようとする。それを家康の額を打ち付けた手を支点にして、無理矢理方向転換することで避けようとしたが。
脇腹辺りを力任せにえぐられる形となった。
正面で彼の拳を受けていれば、まずそれだけで戦闘不能となっていただろうからよしとすべきなのだろうが。半身に痛みが広がり、呼吸もしづらくなり始めている。
とはいえ家康の方も無傷ではいられなかったらしい。
完全に振り抜けなかったので額を打ち抜いた拳の威力はかなり落ちてしまったのだが、日中の孫市との戦闘で抉られた部分に当たってしまったらしい。開いた傷口から途端にあふれ出した血潮に頬骨と鼻を濡らしながら、得心がいったかのように彼は笑顔で頷き続けていた。
「三成は……死なぬのだな」
「何度言えばわかる、私は無駄な死を好まない」
「では儂が三成の生を意味のあるものにすればいい。何故……の儂はそれに気がつかなかった……」
迷いをふりきった晴れやかな顔を、血が流れていく。
三成にはそれが家康の流す血涙のように見え、背筋に寒気が走る。家康も秀吉のようにいつか戦の中で死んでしまうのではないか、三成の見ていない所で血を流し苦しみながら。
家康との最適な間合いを探りながら動いている最中、その考えがわずかに足の動きを鈍らせた時三成は気がついた。
家康はこの思い故に、拳を振るうことを躊躇したのだと。
大切に思うからこそ失うことを怖れ、思いが身体を縛り付ける。
流れる血を止めようともせず、家康は三成がどこから打ち込んできても対処できるように常に足を動かし続けている。時折細くなる松明の明かりの中でも三成の初手を止めることができるように、そして止める一撃を瞬時に放つことができるように。
体制が崩れてもすぐに立て直すことを、彼は重視していた。
ならば三成にできるのは、そんな家康ですら受け止めきれぬ拳を彼の身体にぶつけるだけ。家康の拳に打ち据えられた脇腹がじわじわと痛み始めているが、それは家康も同じだろう。
三成の蹴りが与えた痛みは、家康が身体を動かす度に体力と気力を削っているはず。
松明が燃え尽きる時間も迫りつつある。最良かつ最高の手を考えながら距離を取っている中、拳を胸元に寄せながら何かを考えているらしい家康が不意にこちらに話しかけてきた。
「秀吉との戦いを思い出すな」
「……あの方は……衰えていたのか?」
「拳に以前ほどの力は感じなかったな、覇王とまで呼ばれた男でも病には勝てなかったのだろうな。だが……秀吉はそれを儂に負けた理由にはしなかったのだ。だから儂は秀吉に真の意味で勝てたとは思っていない、秀吉に巣くった病に勝たせてもらったのだ」
「秀吉様は最後まで……負けはしなかったのだな」
「ああ」
病に苦しめられようとも、秀吉は最後まで誇り高く戦った。
家康の口から語られたその事実は、三成の心に渦巻いていた凝り固まった憎悪をゆっくりと溶かし始める。
どす暗く濁った感情、それを洗い流したのは。
「…………秀吉様の最後を……貴様が彩ってくれたのだな」
病に冒された身体で出陣し、死に逝く時まで誇り高くあり続けた君主と戦ってくれた相手への感謝だった。
覇王とまで呼ばれた男は、戦の果てに死ぬことを選んだ。ならば臣下である三成は、主君の選んだ死を受け入れなければならないのだ。
忠誠と、自らの意志を持って。
「…………そろそろ、だな」
気がつけば松明が大きく揺らめき始めている。
互いにそれほど深い傷は負っていないが、決められた時間は守らなければいけない。それに互いに多大な戦果を得ることができた、あとは後に続く大戦の前哨戦となるこのささやかな戦いを締めくくるだけ。
家康はもう己の拳を振るうことを迷わない。
三成は家康への憎しみを薄れさせるきっかけを得た。
得たものを確認し合うかのように目線を絡ませ頷きあい、二人は同時に足を止めた。
「いい風だ……熱くなった身体が冷える」
「私は少し寒いくらいだ」
「ならば今日は儂が三成を温めるというのは?」
「…………貴様の拳が私を止めることができたら、考えてやろう」
「そうか!」
ぱあっと顔を輝かせる家康を見ていると、唇が緩んでくるのを押さえることができない。
まだ戦いの内にあるのに、こんな些細なことで心を和ませてもいいのだろうか。相手は秀吉の仇だというのに、彼をこのまま許してしまってもいいのか。
死すまで秀吉に許しを請い、家康と共に生きる。
相反する思いに弄ばれて生きるのも、主君を守りきれなかった自分が受けるべき罰なのだろう。今後の人生を思いついてしまったため息が、顔の周囲を白く濁らせた時。
悩みという名の軛から解き放たれた家康が、跳ねるかのような動きで一気に三成へと駆け寄ってきた。
「儂は嬉しい!」
「何が嬉しいというのだ」
「三成が儂の側にいてくれる、声を聞くことができる。それだけで儂は幸せなのだ!」
「それだけでいいだと? 貴様……どれだけ欲がないのだ! もっと私を欲せないのか!?」
言葉と拳、そして三成の蹴りが互いの間を埋めていく。
近づいては離れ、離れては惹かれ合うように近づき。
言葉で思いを伝え、交わす微笑みに相手への愛おしさを滲ませる。
「欲せと言われてもな……正直どうすればいいのかがわからん!」
「威張って言うことか!」
「ではどうすればいいのだ? 三成を……その……抱けとでも……」
「私の身体を求めるのならば抱け! 貴様が相手ならば、どのようなことになろうとも受け入れてやる!」
互いの力を尽くした全力の戦い。
指の先の先までを制御し、完璧とも言える動きで相手の動きを止める一撃を狙う二人。しかしこの戦いを見ている者がいれば、彼等の動きをこう評しただろう。
輪舞を踊る恋人同士のようだ、と。
吹き抜ける風に散る火の粉すら、二人のための舞台を飾り付ける道具。
少しずつ小さくなる明かり、そして強まる風のために松明を支えている櫓すら軋む音を立て始めている。
それを家康はこの戦いを終わらせる機会と、とらえたのだろう。血が固まりつつある両頬を手の甲で順にこすると、自信に満ちた笑みで三成にこう提案してきた。
「そろそろ終わらせないか? 儂は次の一撃で最後にする、これで三成が倒れなかったら……儂を好きにするといい」
「貴様は私に倒されるのだ、家康!」
「それでもいい! 儂はただ……」
前に進みたいだけだ!
その言葉と共に、家康の腕が一気に伸びたように感じた。
身体ごと凄まじい勢いで一気に距離を詰めてきたのだ、三成の攻撃を受け止めることを考えずに。
それに気がついた時には、もう三成は家康の間合いの中に完全に取り込まれており。身体を引いて逃げようにも、家康の重い拳を一度受けねば逃げられぬ程に近づかれてしまっていたため。
「私を侮るな、貴様の策には乗らんっ!
自らも拳を突き出し、迫る家康の拳よりも自分の拳がわずかでも早く彼に突き刺さることを願いながら身体を前に出す。
そして身体に宿る力の全てを家康に叩きつけるために、一歩足を前に突き出したのだった。
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何回書き直したことか……
これが前半の大山ですな、長かった。
ほんっっっっっっっっとうに長かったんだ!
ここがあるから、この話のタイトルは輪舞になりました。それだけこのシーンをやりたかったのだけど、難産だった。
あとでみっしさんのなでなでしてもらう……疲れた。
BGM「愛情」
PR
色々説明
拍手現在豊臣家転生パロ中学生編入ってます
(現在2本 家三 チカナリです)
注意事項
・フリーリンクじゃないです、基本的にはリンクはお断りしています
・ひっそりこっそりが信条なので、黙々と
・捏造、not公式のこばなしが多いので、スルー推奨
ラキドでは幹部全員を溺愛しておりますが、ベルナルドとイヴァンは特に偏愛。ばさらは家三とか奥州の愉快な仲間達と毛長がメインです。うずみさんが現在官三とか官佐にずっぽりとはまり中。
基本は、愛想のかけらもない「ネット怖い~」の書き手が二人で色々書いている場所です。
書いている人
みっし
・生真面目で堅物でムキムキな男性と一見そうじゃなくても根は真面目極まり ないキャラをこよなく愛している、がんかたうるふの片割れ。編み物とお菓子作りが趣味という、第三者曰く可愛らしい一面を持つ反面、パニクると踊ったり、オロオロしだして周囲は見ていて楽しいらしい。荒ぶる舞は、職場の名物だったりする……らしい。
イヴァンちゃんと片倉さんとシズちゃんとスカイハイさんと陛下を思いっきり愛している。好きなアニメは銀魂と最近はFate/zero。型月ファンというよりは元から虚淵ファンでうずみさんからオススメされまくった末にようやっと手を付けて完読した。ライダー組おいしいです。エクシリアではダントツで陛下が好き。陛下が使用可能になる完全版があるなら複数買いしても構わないとのたまう日々。バサラの好きキャラは片倉さん一強だったはずなのに最近はアニキも熱い。かっちり着込むキャラがすきだったはずなのにいきなり露出度が高いキャラを好きになったのは何故か悩む日々。二次元の向かう愛と同じぐらい甥っ子への愛を叫んでいる気がしてならない。
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うずみ
・相方を愛しすぎている変な人。趣味は畑仕事に漬け物作り、好きな物は不幸属性の美人(男女問わず)。ばさらでは石田さんと黒田さんをこよなく愛していたり、赤い子めんこいにゃぁとたまに叫んでいる。ついったのフォローは下 のアイコンから。
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ばさら垢できました
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