がんかたうるふ 「輪舞~真~」 六章 立夏の刻~元就~ その1 忍者ブログ
こちらはサークル「がんかたうるふ」のうずみとみっしの二人組が、ラッキードッグ1とばさらのこばなしを黙々と投下する場所です。
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書き終えました。



(書いた人 うずみ)








 *****
 
 
 毛利元就が大坂城に長期滞在することになったのは、いくつかの理由が重なってのことだった。
 
 
 一つは堺沿岸での伊予河野の軍船襲撃事件。
 大坂城にほど近い堺の近くで、徳川家康に力を貸した巫女姫が襲撃される。わざわざ豊臣方に罪をなすりつけるためとしか思えない動きに、いつの間にか西軍と呼ばれることになった西国の将たちはほぼその事件を完全に無視した。
 こちらの結束に罅を入れるために用意された事件に、反応する馬鹿は西軍にはいない。
 しかし東軍と呼ばれるようになった徳川方の将たちは、そこまで一致団結することはできなかったらしい。豊臣側の陰謀だと必要以上に騒ぎ立てる者あり、静かに軍の準備を急がせる者あり。
 どちらにしても家康は、東軍の将たちを完全に掌握できてはいないのだろう。
 むしろ家康のためにと影で動こうとするであろう徳川の忠臣の動きに気を配らなければならない、そう言った黒田官兵衛は三河周辺の人の動きに気を配り始めていた。まだ可能性の段階ではあるが、三成を先に討てば労せず天下は徳川の物になると考えて三成暗殺を実行に移そうとする物が出てきてもおかしくない状況なのだ。
 内患外憂、人を誅せず絆で物事を動かしていこうとする家康の苦労はまだ続くだろう。
 とはいえこちら側も豊臣に掌握されているのではないし、対等の立場で同盟を結んでいる。なので今回の件について自分の立場を有利にするために、様々な動きを行うことだってできたのだ。しかし誰もそうしなかったということは、それだけ三成を放っておけないということなのだろう。
 なんというかあの細身の若者は、見ている人間の心をざわめかせる。
 庇護欲をかきたてられたわけではない、あの青年の境遇に同情したわけでもない。闇夜に冴え冴えと輝く月のようなあの輝きは、彼を見る者の心を真っ直ぐに写し返すのだ。
 彼がその場にあるだけで、周囲の人間は望まなくとも影響を受ける。
 本人に全くその気がない上に自覚していないのが厄介なところ。そんな感じで本人が望んでいないのに勝手に好かれたり嫌われたりして、様々な問題が日々起こっていたのが今までの大坂城。ほとんどは三成の信奉者に鞍替えした家臣たちの過保護が原因なのだが、毎回こんな事が続いては軍の運営に支障を来しかねない。
 そんな理由で豊臣の重臣である黒田官兵衛が頼んできたのだ。
 
 三成に当主らしい所作を身につけさせてくれ、と。
 
 後見人とはいえ大坂城の実権を今握っているのは三成。
 だというのに本人はまだ秀吉に仕えているつもりで行動するので、下の者よりよく働いてこまめに動くおかしな城主が誕生してしまっているのだ。上に立つ者が落ち着いていなければ、城内が乱れるのは当たり前のこと。
 ついでに毛利が側についていれば、過保護な家臣たちも面だっては動かないはず。
 そんな頼みが自分を待っているとは知らず、鶴姫を伊予まで送る手はずを整えるためだけに大阪城を訪れすぐに安芸へと戻る予定であった毛利元就は。
「真田! 何故貴様は落ち着いて茶を嗜むことすらできぬのだ!」
 とか。
「石田! 赤子に餅を食わせてはならぬと何度言えばわかるのだ!」
 とか。
「貴様ら……金の勘定はできるというのか。長曾我部に見習わせたいものだ!」
「……そこでなんで俺と比較するんだよ……おい」
 とか、たまに遊びに来る長曾我部元親もついでに指導しながら、それなりに忙しい日々を過ごしていた。
  三成と一緒に当主の心得を学んでこいと甲斐を追い出された真田幸村も交え、毛利の講釈の日々は続く。いつの間にか三成たちに『毛利師匠』とか『師範』とか呼ばれるようになったのは誤算だったが、慕われて悪い気はしないのは事実。
 近づきつつある大戦が終われば、次に始まるのは新しい国作り。
 どちらが勝とうとも安芸の領土が奪われることも侵されることもない。それを官兵衛が確約したからこそ、毛利は参戦を決めた。三成が勝てば毛利家は更に繁栄するであろうし、家康が勝っても彼が人々の絆を重視すると言っている以上、安芸の土地に侵略してくることはないだろう。
 どちらが勝とうとも、安芸が失われることはない。
 ならば毛利がやるべき事は、戦が終わった後の未来を考えること。若い当主たちに自分の考え方を教え込み、今後の国づきあいを円滑に進める。鶴姫の伊予への帰国の際にも毛利は兵を貸しだし、鶴姫に恩を売っている。
 三成に幸村、そして鶴姫。
 今はまだ未熟極まりないが、彼らが十数年後には国の命運を動かす存在になるのは明白。それにはっきりと言葉で聞いたわけではないが、多分今回の戦は官兵衛が影で動かしていると毛利は確信していた。
 彼の騙る言葉はあまりにも確信に満ちており、そして全てが実現していく。
 彼が髪でもない限り、あそこまで全てを的中させることができるわけがない。ならば戦までの道を作り上げたのは不幸極まりない軍師、そう考えるしかないわけで。
 秀吉存命の頃は半兵衛の影に隠れて表に出てきはしなかったが、優秀なのはわかっていた。
 
 ただ運がないだけで。
 
  有能すぎる臣下と、それを使うだけの未完成だが大きいな器をもつ当主。彼らを興味深いと感じたからこそ、教育役を引き受けたのだ。
 そうでなければきっぱりと断り、己の国を繁栄させることだけを考えていた。
「我の説明はここまで……さて真田、何故戦の場を関ヶ原に決めたのかを理解できるか?」
「甲斐に近いからでござる!」
「貴様の都合で戦が動くわけがなかろう! 我が今話したことを聞いていなかったのか!?」
「正直言わせていただきますと、そういう話はどうも苦手で……石田殿もそうでございましょう?」
「私もどうもわからぬ」
 大坂城の庭に建てられた茶室で今日も戦略についての抗議を行っていたのだが、どう教えても幸村は飲み込みが悪いというか。戦の最中の細やかな戦術に関しては毛利が教える必要がない程なのだが、戦を起こすまでの準備という考えが彼の中には全く存在していなかった。
 戦(の最中のみ)馬鹿にも程がある。
 捨て駒にしておけば相当優秀な人材なのだが、逆に捨て駒を動かす立場には向いていない。それが幸村に対する印象だったが、三成は別な意味で上に立つ人間として必要ではない資質を持ち備えていた。
 講義代として用意させたごまだれ団子を楊枝で刺して口に運びながら、三成は淡々とそれを口にする。
「関ヶ原を戦場として使用する……農地も少なく、近隣まで街道が通っているので兵や兵糧の輸送にも都合がいい。そして三河と大坂の間にあるので決戦の地に相応しいという考え方はわかる。だが、関ヶ原の地は数多の軍が集まる戦場となることができるのか?」
「……なるほど、良い考え方ではある」
「どういうことでござるか?」
 団子が余程美味しかったのか、満足げに顔をほころばせていた三成は目だけを険しくして言葉を続ける。
「山が多い……山頂に陣取るのは一番いいのだろうが、山に兵糧を運び込むには多大な苦労が伴う……それを考えると平野が多い場所を選びたくなる」
「石田、それが貴様の欠点よ。目先の利だけを考え大局的な判断ができぬ、それでは豊臣秀吉のようにはなれぬな」
「なんだと?」
「あの男は雑事は全て臣下に考えさせ、決断だけを行っていた……貴様は全てを一人で考えようとしている」
 図星を突かれた三成が、ぴくりと肩を震わせる。
 細かいことを考えるのは臣下の役割、そして三成は臣下であったときの考え方を捨てきれない。どれだけ有能な人間であろうとも、一つの軍の全てを掌握することなどできない。それは誰が考えてもすぐにわかることだというのに、三成は偉大なる主君を過大評価しすぎて彼を踏襲しようと思えないのだ。
 秀吉に半兵衛がいたように、彼には官兵衛がついているというのに。
 今はかなりの仕事を周囲の人間に振り分けることができるようになったらしいが、それでも毛利からしてみれば三成はまだ働きすぎ。
 安芸が今毛利がいなくとも普通に運営できているように、下に任せる仕組みを作ってしまえば結構自由に動くことができるようになる。今回の伊予河野の船襲撃のような当主がいなければ対処しようのない事態だけ、最終的な判断を下せばいいのだ。
 重要な決断を行うと時以外は当主は必要ない、そういう仕組みを作るのが上に立つ者の一番の仕事。
 まだ若い彼らにはそれを理解するのは難しいだろうが、若い時の勢いなどいつまでも続くものではない。若さという力を失った時に、自分が少しでも楽ができるような体勢を作っておくこと。
 三成と幸村にはそれを教えておかなくては。
 とはいえ、二人とも単なる馬鹿ではないのはわかっている。
「ですが石田殿、一度山の上に兵糧を運び込んでしまえば焼き討ちにあう可能性は少なくなります。少なくとも麓から昇ってくる敵を見落とすことはないでしょうし、相手より低地に陣を敷けば弓矢で狙い撃ちにされてしまいます。敵軍よりも先に高地を取れば、こちらが有利になりましょう」
「もしそれでも兵糧を焼かれてしまったら、どうやって火を消す? 水の運搬というのが高地に陣を敷く場合は一番難しいのだ、かさばるし水は重い。近くに水場があればいいが、そんな都合の良い山は中々見つからぬ。それに矢弾も重いので、迅速な補給も叶わないであろうな……兵が恐慌状態に陥れば、矢弾はあっという間に失われていく」
「そうですな……それは難しい所でございます」
 大局を見ることは叶わなくとも、どちらも戦における盲点はしっかりと理解していた。
 むしろ同年代の若者たちよりずっと有能でもあるのだが、それも上にしっかりとした人間がいてこそ。幸村は補給や輸送を考えないし、三成は布陣した後で戦をどう進めるのかが理解しきれていない。
  常に乱戦の中で戦っていたから、二人とも戦を俯瞰で見たことがないのだ。
 これは彼らを上手く導けなかった主君の責任であるので、彼らを責めても仕方がない。それをわかっているのだが、どうしても目の前にいる人間に言ってしまうのが人の常。
「貴様たちの考え方は間違ってはおらぬ。しかしそれだけでは戦は回らぬ……全ての要素を繋ぎ合わせて考えることができねば、勝つことなどできぬわ」
「含蓄深いお言葉でございますな……」
「確かにな」
「そう思うのであれば、我の分の団子まで食らうでない」
 団子をぽいぽいと口の中に運びながら神妙に頷く二人を軽く叱りつけ、いつのまにか二人の近くに移動していた皿を自分の方へと引き寄せる。三成は少し食べれば満足するのでまだいいのだが、幸村の食欲には終わりというものがない。
 毎回幸村の従者である忍びが大皿に山盛りにして用意してくれるのだが、それもほとんどが幸村の胃に入ってしまう。真田の忍びの作る団子は毛利も気に入っているというのに、どうして目の前にあっても食べることができないのか。
 内心苛立ちながら物欲しそうにこちらを見つめる二対の瞳を受け流していると、外から聞き慣れた足音が近づいてきた。
「…………佐助でござるな」
「もう一つは長曾我部か?」
 どちらも耳がいいので、足音の違いを聞き分けて勝手に納得している。
 この鋭さを他の場面で生かせるようになれば、もっと彼らは成長すると思うが基本的に自分の得意な分野や好きなことにしか彼らは持っている力を使おうとしない。
 捨て駒としてなら、二つ返事で安芸で引き受けてやるというのに。
 まだ時間はあるので彼らの考え方やあり方を矯正することはできるだろうが、それを戦の後に繋げることを官兵衛は望んでいるはず。二人が今後どうなろうとも生きていく術を毛利が知っている、そう思ったからこそあの軍師は頼んできたのだ。
 戦に向けてではなく、広い視野を持って生きるための講釈を。
  目前に迫る戦いだけではなく、後のことも考えている官兵衛の考えの深さに感心しながら団子を食べていると。
「よう、相変わらずいじめられてるようだな」
「長曾我部殿! お久しぶりにございます!」
「久しぶりと言うが、私は十日程前に堺で会っている。兵糧の輸送の助力は正直ありがたかった、感謝している」
「気にすんなよ、こっちも面白い物を手に入れる事ができたからな……っと、毛利も変わらずってところか」
「貴様のにやけ面も変わらぬな」
 勢いよく開かれた襖と、一気に差し込んでくる暖かい光。
 そして強烈な存在感を周囲に見せつけながら、肌を露出した軽装でつかつかと近づいてきた長曾我部元親は当然のように毛利の隣にどかりと腰を下ろした。
 先日の一件以来、この男は毛利との間に距離を取らなくなった。
 まるで毛利の近くにいるのが当然のように、互いの体温が伝わりそうな距離に一気に近づいてくる。通常なら苛ついて相手を視界に入らない所まで叩き出すのが常の毛利なのだが。
 この男の全てが、側にいるだけで心地よいのだ。
 一日の始まりの時に空を染める一条の光のように、眩いのだが決して不快ではない。むしろその暖かさに心を和まされてしまうのだから、自分も大坂城での出会いを経て変わってしまったのだろう。
 
 ここにはおかしな人間が集う。
 心に抱えきれない苦しみを持つ人間が救いを求めて来訪する。
 
 だが城主である三成はそういう人間を受け入れはするが、救うために動くことはしなかった。滞在したければすればいい、しかし自分の苦しみは自分で癒せ。そう公言する彼とこの城の持つ暖かい雰囲気は、もがき苦しんでいた人々にそうする必要はないと教えるのだ。
 
 悲しみは時が癒してくれる、だからゆっくりとここですごせばいい。
 
 秀吉を失った三成が時間をかけて悲しみを薄れさせていっているのと同じく、この城の客人たちは胸に巣くうものを昇華させるために生き続けている。毛利とて様々な謀略に手を染めてきた自分を悔やむことがないわけではないが。
 長曾我部という男自身を貶めるような策に手を貸さなかった事だけは、誇っていいと思っている。
「どうした? 団子が喉に詰まったか?」
「真田と我を一緒にするな。あやつのような下品な食べ方をするわけがなかろう」
「丸呑みしているような喰い方だからな、真田は」
「佐助にも良くないと言われているのですが……そういえば佐助は?」
「あいつか? ついさっきまでついてきてたんだがな……」
 きょろきょろと辺りを見回しながらそう言う長曾我部の顔には、わずかの曇りもない。
 自分が大谷の策に荷担しなかったことで彼のこの顔が見られたのなら、たまには正攻法を取るの悪くない。
 穏やかさの中に賑やかさが入り交じり始める心地よい雰囲気の中、毛利は隣にいる男の顔を気づかれないように見つめ。
 満足さに満ちたため息を、一つこぼした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 普段あまり話しかけられることのない幸村の従者である忍びに呼び止められたのは、三成の部屋で夕食を食べ終わった後のことだった。
 長曾我部に囲碁に誘われていたのを断ってまで、日頃自分を避けているとしか思えない人間と会話をするのは面倒。そう思って断ろうとした毛利が思い出したのは、日中の彼の行動であった。
 長曾我部と共に茶室の前まで来たというのに、彼は中に入らなかった。
 いや、中に入らなかったのではなく共に入ったと見せかけて何かをしていたのだ。主人と一緒に行動していたのでその時『何か』が城内で起こっていたとしても、自分は何も知らない。
 周囲にそう思わせるために、あの忍びは自分たちを利用したのだ。
 そこまでして何をしようとしたのかが少し気になったというのもあるし、それが安芸の利になるのであれば積極的に関わっていった方がいい。それに、あの忍びの作る団子や大福が美味しかったことも毛利の気持ちをわずかに変えた。
 だから忍びの誘いを受けたわけだが。
 しかし大国安芸の当主と忍びが連れだってどこかに行けば、当然周囲の人間に怪しまれる。この気の回る忍びはどういう方法を持ち出してくるか、それを内心楽しみにしていた毛利は。
「毛利師範殿、召し上がってくだされ。佐助の新作にございます!」
「…………この酸味は……梅か?」
「そうだよ、塩漬けにしておいたやつを水飴とかに混ぜてる。石田の大将はあんまり食べないのにそういうのよくわかるよね」
「秀吉様と半兵衛様の茶会で、色々食べさせていただいた……」
 何故だか幸村が寝起きをする部屋で、色とりどりの団子を試食する役割を与えられていた。幸村の隣に座る三成は少し表情が優れないが、一個ずつ小さな団子を食べ続けているし幸村は一度に何本も手にとって片っ端から齧り付いている。
 その向かいに座り同じく団子を食べながら、毛利は幸村の部屋を何気なく見回した。
 甲斐の自らの部屋ではないというのに様々な荷物を持ち込み、城の中でも槍を持ち歩くので部屋の柱には大きな傷が幾重にも刻まれている。きっと興奮してその場で槍の鍛錬を始めようとするからなのだろうが、部屋を出る時幸村は一体どうやって謝るつもりなのだろう。
 三成は金と手間にはうるさいので、きっと修繕費用を請求する。
 その時が楽しみなような恐ろしいような、できれば二国間の諍いに発展しかねない事態に巻き込まれたくないと考えながら近くにあった緑の餡がかかった団子を指で摘む。そのまま口に放り込むと、ほのかな甘みを上回る鼻が痛くなるような刺激が舌を襲い始めた。
 思わず口を押さえて、顔をしかめる。
「…………こ……これは……なんだというのだ?」
「食べちゃった? それは旦那のお仕置き用の山葵団子、これくらいしないとこの頃効かなくなっちゃってさ……」
「そのような物をこの場に用意しておくでない!」
 慌てて差し出してきた湯飲みの中身を一気に煽ると、ようやく人心地ついたが。
 山葵団子の刺激は相当な物だったようで、目から涙が止めどなくこぼれてくる上に鼻の奥がまだ痛んでしばらくおさまりそうにない。指で涙を拭い、息を整えていると佐助がお茶のおかわりを注いでくれる。
 それだけ気を利かせることができるのなら、最初から山葵団子を作るな。
 心の中でそう文句を言うが、三成や幸村は普通に色々な団子に舌鼓を打っている。つまり毛利が外れ団子を選んでしまっただけなのだろう。
 それを証拠に幸村はともかく、三成は明らかに毒々しい色合いの団子は避けて食べている。彼も何度か毛利と同じ失敗をして学んだのだろうと推察し、三成が食べている団子だけを狙って食べることにした。
 弟子たちの手前、同じ失敗を二度するわけにはいかないのだ。
「……忍びよ、我を呼んだのは団子を食わせるためではあるまい」
「そうなのでございますか? 某は皆で団子を食す集いだと思っておりました」
「私はそうではないと知っていたが……できれば話したくない」
「石田の大将がそういう気持ちはわかるけどさ、黒田の旦那も同じ考えなんでしょ? だったらちゃんと話しておいた方がいいって」
「わかってはいるのだ……しかし……」
 普段ははっきりとした物言いが信条であるはずの三成が、言葉を濁している。
 それを聞いた瞬間に、毛利は真田の忍びである佐助が何故自分を呼んだのかを理解した。三成に言うことを聞かせられる人間は、死した秀吉か半兵衛でなければ官兵衛か大谷くらいのもの。
 彼らが関わらなければ、三成は全てのことを即断するはずなのだ。
 しかしそれをせずに躊躇しているということは、三成は身内に対して惑いを持っている。
 
 おそらく、大谷に。
 
 官兵衛の三成への過保護とも言える忠誠は知る所ではあるし、秀吉と半兵衛はもういない。ならば消去法で考えて三成を悩ませるのは大谷しかいないわけだが、彼は影で何をしているのやら。
 情で動くわけではないが、今の毛利は自分を師として慕ってくる三成に冷たい顔をすることができなかった。彼と親しくしておいた方が将来のためにある、そういう安芸の当主としての考えもあるが。
 毛利よりも遙かに大きな身体を小さくして表情を曇らせる姿を見ていると、こちらが滅入ってきてしまう。
「さっさと話すがいい。我の時間は貴重……貴様の無駄な逡巡につきあっている暇など無いのだ」
「ですが師範殿、これから長曾我部殿と囲碁をなさるとか」
「囲碁も外交戦術の一つよ。あれを碁盤の上で打ち負かすことで、我に逆らう気を削ぐ……我の計略がわからぬのか」
「さすが毛利大師匠殿! 某ではそんなことは考えつきませぬ!」
「…………単に遊びたいだけだよね」
 小さく呟いた佐助の言葉は聞かなかったことにしておく。
 俯いた三成はこちらの会話に参加しようとしなかったが、周囲の声を聞きながら色々と考えていたのだろう。堪えきれないかのように重い息を一つ吐き出した後、手に団子の櫛をぎゅっと握りしめながら淡々と語り始めた。
「刑部が三の丸で療養したいと言い出したのが話の始まりだった。三の丸は今はほとんど使っていなかったうえに本丸から離れているので私も官兵衛も反対したのだが、刑部は身体を休めたいという理由から三の丸に移動してしまった」
「大谷にしてはよい判断ではないか。黒田との政争に負け未だに復帰を狙っている……あれがそう考えていると思っている者も存在するのだ、大谷が自ら身を引けば黒田が全ての権勢を握ったと皆が考えるであろうな。ゆっくりと大谷は療養できる、黒田は余計な争いに力を裂かなくとも良い。どちらにとっても利はあるであろうに」
「私は刑部に側にいて欲しかった……」
「甘える幼子でもあるまいに、友が側にいなければ何もできぬのか?」
「そうだ、私は刑部に側にいて欲しい。だが……今回の話はその件ではない」
 素直に友への思いを認めた三成に、毛利の唇が自然に緩む。
 この素直な所が周囲の人の心を惹きつけるのだが、彼はそれを全く自覚していない。三成のこういう部分を生かすようにして官兵衛が裏で動いているので、豊臣軍は現在円滑に機能している。
 ならば大谷はその豊臣軍の本拠地で、何をしようとしているのか。
 三成の言葉を待っていたのだが、押し黙った代わりに口を開いたのは佐助であった。
「ここからは俺様が説明するよ。石田の大将には始めて話すこともあるから……覚悟して聞いてくれるとありがたい」
「覚悟……だと?」
「黒田の旦那も内密にこの件を処理しようとして動いてる、今もそれでここに来れないわけだし」
「佐助、何があったというのだ?」
「どこから話せばいいのかわからないけど……まずは昨夜二の丸近くの池で、男の死体が見つかった。酔っ払って池に落ちて溺れた……ってことになったんだけど、その男……黒田の旦那が大谷吉継に見張りとしてつけてた奴でね。ついでに言えば、酒なんて一滴も飲めない下戸だったそうだよ」
「…………………………」
 誰もが息を飲んで佐助の話の続きを待っていた。
 何枚もの皿に盛られた色とりどりの団子を手に取ることなく、唇を引き結んで。大坂城で起こり始めようとしている、まだ名前をつけることもできない『何か』の正体を探ろうとしていたのだ。
「黒田の旦那は当然大谷吉継を疑ったけど、証拠がない上に本人は三の丸で静養中。おまけに盛大に風邪を引いたとかなんとかで、しばらく来客の対応すらできないって面会を断ってきちゃってさ……それで石田の大将直々に訪問することにしたわけなんだけど」
「断られた」
 か細い、だがきっぱりとした三成の声が彼の絶望を物語る。
 信頼していた友が何かを裏で行い始めている可能性があり、それを諫めようにも面会を拒まれてしまった。
 無理矢理会うことはできるだろうが、それでは三の丸の現状を正確に知ることはできないだろう。
 きっと大谷は三成のために上辺を取り繕い、彼を普通に帰すことで三の丸では何の陰謀も進んでいない証明にするはず。官兵衛に三成を任せるために三の丸に退いたのではなく、自分の野望の根城にするために新たなる本拠地を作った。
 大谷については、そう考えるべき。
 それを証拠づけるかのように、佐助は説明を続けていく。
「俺様もさすがに気になって、何度か潜り込もうと思ったんだけどさ……それを武田取り潰しの理由にされても困るし。でもあれを放置しておくのはまずいよ、さっき遠くから様子を見てきたけど怪しい人間が裏から出入りしてたからね」
「どのように怪しかったのだ?」
「後ろ暗い商品を扱う商人、多分そんな感じだと思うよ?」
「貴様の話はわかった。しかし大谷がどう動くにしても、まだ全てが推測の域を出ぬ。あれが豊臣軍を乗っ取ろうとしている証拠など、どこにある? 黒田の配下が溺れ死んだのとて、無理矢理飲まされた故かもしれぬ。怪しい商人と言っていたが、大谷の薬を異国から手に入れてきているとすれば、辻褄は合うのだ。病を癒したい故、異国の薬に頼る……よくある話ではないか」
 そう話しながら、毛利は何故自分が呼ばれたのかを理解し始めていた。
 
 証拠がない。
 何が起こっているかがわからない。
 それを調べようにも手がない。
 
 彼らは疑いを真実に変える術も、全てがあり得ない空想であったと結論づける術も、現在は持っていないのだ。この件を今知っている人間ではとれる手が限られており、それでも手詰まりになってしまったのならば。
 使うべき手段はただ一つ。
「と、いうことで……知将と名高い上に俺様の団子をいっぱい食べてくれた毛利元就様に、お手伝いして欲しいなあ……なんて俺様思っちゃってるんだけど」
 
 外部の人員に頼るしかない。
 
 毛利であれば大谷ともある程度の親交があるので、彼を見舞っても周囲は何も疑わないはず。それに三成に訪問させるより、観察力や洞察力に優れた毛利が訪問した方が隠されたものを見抜けるかもしれない。
 何も隠されておらず、普通に大谷が静養しているだけならばそれが一番いい。
 つまりは三成を安心させるためにも、外部の人間に公平な目線で三の丸の中を見てきて欲しいということなのだが。佐助がいかにも怪しい人間と言ったのなら、多分三の丸に出入りしている商人は禁制の商品を扱っている人間である可能性が高い。
 そして黒田官兵衛を追い落とす陰謀を練っているかもしれないのだ。
 自分を狙う敵の情報を欲しがる官兵衛と、友人の無実を信じていたい三成と。二人の思惑が合致したからこそ、今回の迅速な動きに繋がった。
「……貴様らに手を貸して、我に何の得がある」
「それに関して官兵衛が言っていたことがある」
「黒田が何を言っていた」
「長曾我部を思いっきり巻き込む……そう言えば必ず優しい毛利は動いてくれる、官兵衛はそう言っていた。私も師である毛利であれば、刑部がどうしているかを確認してきてくれると思っている」
 まだ表情は硬いが全てを知って少し落ち着いたのだろう。
 素直に官兵衛から言付けられたことを口に出し、更に安寧を得るために傍らに置いてあった茶をすすり始めた三成には悪意の欠片もなかった。
 
 官兵衛は暗に長曾我部を人質にとって毛利に言うことを聞かせようとしている。
 
 しかし三成が官兵衛の言葉を口にすると、毛利の方が適役だから長曾我部ではなくこちらに頼んできたように聞こえてしまうのだ。
  適材適所とはこのことか。
「見舞うだけだ、それ以上の事はせぬ。そして忍び……この山葵団子を山のように作るがいい」
「作ってもいいけど、まさか大谷吉継への見舞いの品にしないよね?」
「半分はそうするつもりだが、もう半分は長曾我部に喰わせてやるのよ」
「…………旦那……この人鬼だよ……」
「毛利大師範殿の悪辣非道な部分も学ぶべきだと官兵衛殿は言っていたが……」
「お願いだから旦那はそのままでいて」
 身を寄せ合ってひそひそと囁き合う真田の主従を睨み付けてから、三成に話しかける。
「それで構わぬな、石田」
「私は頼むとしか言えない。刑部は我らを裏切るようなことはしないと信じているが……もし……」
 
 裏切っているとわかった時、自分はどうすべきなのだろう。
 
 若さ故の未熟からではなく、友への思い故に。
  惑い悩み続ける三成を見ることすらなく、毛利は目の前にある団子を食べ続けた。
 
 師の役目は弟子を導くこと。
 
 しかし三成は、まだ自分にどうすればいいのかを聞いてきてはいないのだ。
 ならば彼が自分の中で悩みを昇華するか、自分に聞いてくるのを待てばいいだけ。だがどちらに転がるにしても、師匠として弟子の判断材料くらいは手に入れてきてやらなければならないだろう。
「面倒な事よ」
 誰にも聞こえぬようにそう呟くと、毛利は軽く目を伏せ考えを巡らせ始めた。
 今回の件、上手くいけばこちらもかなりの利益を得ることができる可能性を秘めている。安芸のため、毛利家のためにも、上手く立ち回ることができる方法を考えながら。
 安易な気持ちで引き受けたが、師というのは思った以上に手間がかかる仕事だと改めて思い知らされたのだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
_______________________________

ということで毛利先生授業編開始。

 
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色々説明






拍手現在豊臣家転生パロ中学生編入ってます
(現在2本 家三 チカナリです)


注意事項
・フリーリンクじゃないです、基本的にはリンクはお断りしています
・ひっそりこっそりが信条なので、黙々と
・捏造、not公式のこばなしが多いので、スルー推奨


ラキドでは幹部全員を溺愛しておりますが、ベルナルドとイヴァンは特に偏愛。ばさらは家三とか奥州の愉快な仲間達と毛長がメインです。うずみさんが現在官三とか官佐にずっぽりとはまり中。
基本は、愛想のかけらもない「ネット怖い~」の書き手が二人で色々書いている場所です。


書いている人


みっし

・生真面目で堅物でムキムキな男性と一見そうじゃなくても根は真面目極まり ないキャラをこよなく愛している、がんかたうるふの片割れ。編み物とお菓子作りが趣味という、第三者曰く可愛らしい一面を持つ反面、パニクると踊ったり、オロオロしだして周囲は見ていて楽しいらしい。荒ぶる舞は、職場の名物だったりする……らしい。
イヴァンちゃんと片倉さんとシズちゃんとスカイハイさんと陛下を思いっきり愛している。好きなアニメは銀魂と最近はFate/zero。型月ファンというよりは元から虚淵ファンでうずみさんからオススメされまくった末にようやっと手を付けて完読した。ライダー組おいしいです。エクシリアではダントツで陛下が好き。陛下が使用可能になる完全版があるなら複数買いしても構わないとのたまう日々。バサラの好きキャラは片倉さん一強だったはずなのに最近はアニキも熱い。かっちり着込むキャラがすきだったはずなのにいきなり露出度が高いキャラを好きになったのは何故か悩む日々。二次元の向かう愛と同じぐらい甥っ子への愛を叫んでいる気がしてならない。



うずみ
・相方を愛しすぎている変な人。趣味は畑仕事に漬け物作り、好きな物は不幸属性の美人(男女問わず)。ばさらでは石田さんと黒田さんをこよなく愛していたり、赤い子めんこいにゃぁとたまに叫んでいる。

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ばさら垢できました
こんな二人で、ここを更新しております。

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