がんかたうるふ 月孤譚 九章「山猫、最後の旅に出る」 忍者ブログ
こちらはサークル「がんかたうるふ」のうずみとみっしの二人組が、ラッキードッグ1とばさらのこばなしを黙々と投下する場所です。
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九章全部アップ終えました。



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 奥州も雪深い場所であったが、越後も視界のほとんどを白が覆う土地だった。
 人の行き来が激しかった伊達の屋敷とは違い、上杉家は限られた使用人が主人が好む静寂を邪魔しないように気を遣っている。
 そんな印象を抱かせる程、暖かくも優しい静寂が流れていた。
 さすがに国が心配になったのでこのまま戻るという二人に別れを告げ、迎えに来た非常に騒がしい上杉家の家臣に連れられ。久方ぶりに会うこととなった上杉謙信は、屋敷の正門の前で三成たちを待ち続けていてくれた。
 天頂へと昇った日が与えてくれる光は、ただ暖かく優しい。
「よくきましたね」
「刑部はどこだ?」
「あせることはありません おおたにもあなたがくるのをまっていますよ」
 挨拶の言葉も無しにいきなり刑部の居場所を訪ねた三成に、仏像を思わせる柔和な笑みで上杉は答えてくれた。荘厳な雰囲気をたたえた正門をくぐり屋敷の中へ入ると、三成の腕にしがみついていたお市が首をかしげながら話しかけてきた。
「やみいろさん………まっしろさんのおうちはさびしいけどさびしくないのね……」
「そうだな」
「……ぽかぽかするの……いち、このおうちだいすきよ……」
 確かに、人がいない上にこの季節だというのに空気が暖かく感じられる。
 それが謙信の人柄による物なのか、それとも最高を考えられたこの屋敷の作り故なのかはわからない。だがこんな心地の良い場所にいるのなら、刑部も心穏やかに過ごせているだろう。
 それに安心しながら、側から離れないお市を見る。
 感情が高ぶると闇の腕を呼び出すのは変わらないし、三成以外にはなかなか心を許さないのは変わらない。しかしあれ以来、その澄んだ黒瞳から人を狂わす魔性の輝きは消え失せていた。壊れてしまった心はもう癒されないかもしれないが、彼女は彼女なりに生きようと決めたらしい。
 夫に触れられた腹部に己が手で優しく触れ、
「………そうなの……ながまささまもそうおもうのね………いちもそうよ……」
 三成の腕に己のそれを絡めながら夫への言葉を紡ぎ続ける。
これからどうなるにせよ、彼女とはここまで関わり合ってしまったのだ。できる限り面倒を見ていかなければならないだろう。まずは長曾我部自身も強行軍だと言ったあの船旅で疲れているであろう彼女を休ませるべきだろうかと考えていると、上杉が足を止めてこちらを見つめていた。
「どうした?」
「ずいぶんとおおくのものをえたようですね」
「…………そうだな……」
 失ったものの重さと大きさを埋められるわけではないが、様々な事を知り、様々な物を手に入れた。それは少しだけ自分を変えてくれたのだろう。
 上杉の三成を見る目は、西軍として共に戦っていた頃とは明らかに違っていた。
 昔は手のかかる子供を愛でるようであったのに、今は頼もしい青年を見ているかのような信頼が感じられる。それは自分が少しは成長できたからだろうかと思いながら、三成は全く足音をさせない上杉の後を追った。
 楽しそうに周囲を見回しながらのんびりと歩くお市を気遣いながら、たどり着いたのは屋敷の一番奥。
「こちらです つもるはなしもあることでしょう ゆっくりとはなしていらっしゃい」
「わかった」
「あなたはこちらへ からだをあたためたほうがよいでしょう」
「いちは……ちょうちょさんにあっちゃいけないの?」
「まだじかんはあります いまはふたりきりにさせておあげなさい」
「……そうね………やみいろさん……いってらっしゃい……」
 可愛らしく手を振る市に頷き、目の前にある襖をゆっくりと開く。
 久々に会う盟友、彼に何と言えばいいのか。

 秀吉の仇も討てず。
 家康に心を寄せ。
 忠臣すら失った。

 何も出来なかった愚か極まりない自分へ、刑部は最初に何を言うだろうか。
 襖を開け、ゆっくりと室内へと足を踏み入れる。最初に感じたのは薬草特有の乾いた草の香りと、それにわずかに混ざる腐臭。
 そして、懐かしい友の声。
「三成か」
「刑部」
「随分と………痩せたのだな」
「少しは太ったのだがな。それより刑部……貴様こそ………」
 声が詰まって、それ以上は何も言えなかった。
 布団の膨らみは五体満足な人間が入っているとは思えぬ程小さく。病み衰えきった首筋も、包帯に包まれていても骨の尖りを隠しきれていない顔も。
 全ては三成が引き起こした戦が彼をこうしてしまった。
「まずは座れ……そんな所に立たれては、話がしづらくてかなわぬ」
「………………………………」
「まずは互いの無事を祝うとするか、三成」
 刑部に言われるがままに彼の側まで行き、腰を下ろす。
 近くで見た刑部の顔は、最後に会った時と同じく三成を気遣うような笑みを浮かべており。泣けばいいのか、悔やめばいいのか、それとも彼に詫びればいいのか。それすらわからずうつむいていると、刑部の布団の内がわずかに動いた。
 それに続いて、ため息と共に小さな嘆き。
「………また頭でも撫でてやろうと思ったが………撫でてやることもできぬか…………」
「私はもう子供ではない、何度言えばわかるのだ」
「そうであったな………さて三成、話を聞かせてくれぬか?」
「話だと?」
「ぬしがどのように過ごしてきたのか……文ではなく、ぬしの口から聞かせてもらいたい」
「私を、責めぬのか? 私は秀吉様からお預かりした兵を失った。刑部、貴様も私に力を貸さねばそんなことにはならなかったはずだというのに……」
「何を勘違いしておる」
 歯を食いしばって嗚咽とこぼれ落ちそうになる涙を堪えていると、刑部から鋭い声。
「我には我の目的があった……三成、ぬしに秀吉様の仇を討つという決意があったように。ぬしが独りで抱え込むことではない」
「だがっ!」
「ぬしを利用したのは我の方だ。ぬしは我に踊らされて望まぬ戦いに身を投じた……」
「何を言っている、私は秀吉様の……」
「そういうことにしておけ」
 短い言葉に込められていたのは、刑部の強い愛情。

 戦を引き起こした罪は自分が持って行く。

 だから幸せに。

 口にはせずとも、彼が全ての罪を負って逝こうとしていることは明白で。
 そんな彼の愛情に答えるためにはどうすればいいのか。全くわかりはしなかったが、三成は唇に力を入れ。
 まずは笑ってみることにした。
「………あの後私は気がついたら奥州にいた………伊達は最初は意地が悪くて……片倉は私に無理矢理食事を摂らせようとして……」
「ぬしに何かを食べさせるのは骨が折れる……喰わずに粘ったので、そこまで細くなったのか?」
「しっかり食べていた……松永は菓子をよく贈ってくれて……」
「松永久秀か、三成には手出しをするなと言うてあったのだがな」
「干し柿も作ったのだ、できあがったらきっと伊達がこちらに送ってくれる。片倉も漬け物ができたら送ってくれると」
「ぬしは好きな物のことしか語らぬの」
「そうではない! 魚も肉もちゃんと食べたぞ」
 元々話すのは上手ではない、上手く自分の思いを伝えるのは苦手だ。
 それでもできる限りわかりやすく、奥州で心安らかに暮らしていたことを刑部に伝えようとする。あの優しい人々がいた土地で、時には怒られ、時には愛おしまれながら。

 しっかり、生きていたのだ。

「真田も私の様子を見に来てくれた、あの忍びも刑部の手紙を持ってきてくれた……それに………」
「そんなに焦る必要はないであろうに」
「だが、話さなければならぬ事が山のようにあるのだ」
「では、少しずつ聞くとするか。三成……ぬしの話はどうもわかりづらいのでな」
刑部の唇がわずかに持ち上がる。
 その後に続いたかすれた笑い声は、死す直前の半兵衛の声を思い出させたが。三成は軽く首を振ることでその悲しい思い出をふりきり、再度顔に力を込めた。



 日が沈み、上杉が様子を見に来るまで二人はそのまま昔のように語らい続けた。






















「石田殿ぉぉぉぉぉ!! お会いしたかったでござるぅぅ!」
「ごめんね石田の大将。うちの旦那………興奮してひどくてさ」
 越後について数日、前触れもなく突然訪問してきた真田の主従を、謙信は当たり前のように受け入れた。何度も戦を行った国の武将を客人として遇し、茶と団子でもてなす姿は最初から彼の来訪をわかっていたかのようで。
 そうでなければ団子を用意するわけがない。
「越後の団子は最高でござる!」
「旦那……この間も同じ事言ってたよね……」
「それはそれ、これはこれでござる! ささ、石田殿もお食べ下され」
「………私の食べる分がもう無いのだが…………」
 周囲の人間が胸焼けを起こしそうになる速度で大皿に盛られた団子を片付けていった幸村に、半ば呆れながら三成は湯飲みを手に取った。先程までお市がここにいたのだが、佐助の涙ながらの懇願があり、かすがとともに別室ですごしている。
 どれだけひどい目にあわされたのやら。
 お市の残していった口のつけていない湯飲みをおかわり分としてもらい、キラキラした眼で話しかけてくる幸村に相づちを打ってやりながら話を聞く。
「本来ならば拙者が迎えに行きたかったのですが、陸を行くより海を回った方がこの季節なら早いと………残念でござったが、石田殿に再びお会いできて、これほど嬉しいことはございませぬ!」
「私も………まあ嬉しくないわけではない……と思う」
「そうでございますか! 佐助はあれから何度かお会いしておりますが、拙者は石田殿に会えず……」
 感情表現が一々大げさだが、幸村は本気で自分に会いたかったらしい。
 誰かに会いたいと言われること、それがこんなに嬉しいとは思わなかった。奥州で再会した時は特に何も思わなかったのだが、純粋な目で自分だけを見つめ。純粋な好意をぶつけてくる彼を見ていると。
 家康を思い出してしまう。
 今頃何をしているだろうか、自分と再会できる日を心待ちにしていてくれるのだろうか。そんなことをつい考えてしまうが、それと同時に思い出すのは家康に奪われた大切な人たちのこと。
 この調子では、いつ彼に会うことが出来るのやら。
 謙信が自分のために用意してくれた、刑部の部屋に近い日当たりのいい部屋。そこで茶をすすりながら旧友の話に耳を傾けるのは、なんと贅沢な時間の使い方だろうか。
「それで刑部には会ったのか」
「はい、先程」
「刑部は何と?」
「相変わらず青臭い……と」
「刑部らしい」
「ですは大谷殿はこうも仰って下さいました、拙者はずっとそのままでいればいい……と」
「ずっとそのまんまだったら、俺様が大変なんだけどね……」
 幸村よりわずかに後ろに座る佐助はそう愚痴っているが。
 主に見えぬように湯飲みで口元を隠し、楽しそうに笑っているのだからこの主従は訳がわからない。普段は仲が良いのに変な所で互いに意地を張り、そのくせ互いがいないと寂しくてしょうがないのだ。
 この二人はずっとこのまま噛み合っていないようでしっかりと噛み合っている主従として、これからもずっと共に居続けるのだ。
「お館様も石田殿にお会いしたいと、いつか武田にも来て下され」
「そうだな……刑部の容態が落ち着いたら………」
「その時には拙者の馴染みの団子屋にご案内いたします!」
「全部まわったら、石田の大将が原壊してぶっ倒れちゃうって………あれ? かすがちゃんかな?」
 忍びの聴覚はやはり凄まじい物があるらしい。
 真顔に戻り、目を細めて優位の様子を伺いだした佐助の様子を見て三成も耳を澄ます。
 徐々に聞こえ始める足音は一つ……いや誰かが何かを引きずっているような、奇妙な音だった。
 佐助が上杉の女忍びの名前を言ったということはそうなのだろうが、彼女にはお市の世話を頼んであるはず。
 それなのにどうして、それを思う暇もなく。
「いしだぁぁぁぁぁ!!! お前、何を考えている!」
 忍者の膂力のすさまじさなのか、それとも火事場の何とやらなのだろうか。
 お市を小脇に抱えたかすがが、鬼のような形相で部屋と飛び込んできた。
「やみいろさん………あそびにきたのよ………」
「………お市……貴様も大変だな………」
「大変なのはお前の方だ! 女一人を孕ませておいて、その態度はなんだ!」
「孕ませる……?」
 男には先日押し倒されているが、自分が女性を孕ませるような行為はしていない。
 いきなりやってきた上におかしなことを言い出したかすがは怒り狂っているし、お市に聞いても事情は理解できないだろう。
 しょうがないのでかすがに自分が飲んでいたお茶を差し出してみる。
「………飲みさしだが、飲むか?」
「誰が飲むか! 謙信様のならともかく……」
「まずは落ち着け、私には話の意味が全くわからん」
「お市殿を孕ませておいて、覚えがないというのか!」
「孕ます?」
「貴様しかいないだろうっ! 様子がおかしいので医者に診せたのだがな……夏頃には生まれるそうだ」
 怒鳴りつけてくるかすがの勢いに、幸村も佐助も口を挟めずに事の次第を見守るしかない状況。だが三成にはなんとなくお市の懐妊……らしき物の答えがわかったような気がした。
 それを確かめるために、かすがに抱えられたままのお市に声をかける。
「浅井長政の子か」
「そうよ……ながまささまといちのあかちゃん………これからはずうっといっしょなの」
「馬鹿な! 浅井長政はとっくの昔に亡くなって……」
「第五天魔王様なら、それくらいの奇跡やってのけるんじゃないの?」
「そうでござるな! お市殿……よい子が産まれるよう、お体を大切にして下され」
 のんきな真田の主従の言葉に対して、かすがはなんと言っていいのかわからず口を開けたり閉じたりしながら、ようやくお市をそっと畳の上へと下ろした。
 その目には身重であることが発覚したお市を気遣う優しさが見え隠れしており、かすがの生来の優しさが伺えるのだが。
 本人はそれを認めたくないらしい。
「け、謙信様がおっしゃってたのだが……本当だぞ? 子供が生まれるまでここにいてはどうか、と……決して私が謙信様にお願いしたわけではない!」
「…………つるぎさんやさしいの………いち………つるぎさんがだいすきよ……」
「べ、別に私は……その………」
 思いっきり口をとがらせ、自分は何とも思っていないとでも言いたげに辺りを見回しているかすがだが。お市の懐き方を見ていればどちらが彼女の中の真実かなんて簡単にわかってしまう。
 二心のある相手には絶対に懐かないのだ、彼女は。
 松永がお市を預かっていたという話を聞いた時最初は驚いたが、あの松永ならば彼女を自らの宝と考え、それは丁重に扱っただろう。嘘偽りなく己の欲望を表に出す、それはあの男の最大の長所。
 そう考えれば、悪い男でもないのかもしれない。
「とにかく……だ、身重なら少し考えねばならんな」
 かすがに差し出して断られたお茶を飲み干し、三成はそう呟いた。
 お市は身重、刑部はあの様子ならまだしばらくは共に過ごすことができる。そして自分はいつまでも心の整理がつけられない状態。
 さて、これからどうすべきか。
 少しずつお市と距離を取ろうとしている佐助と、笑いながらそれを引きとどめている幸村。そして立ったままのかすがの足に抱きつきながら笑っているお市を見ながら、三成は一つの結論を出した。












「それでわたくしにききにきたのですか」
「これからどうすればいいのか……わからなくなった」
「そうですか」
「お市は子が生まれるまでここにいた方がいい。私もできるだけ刑部の側にいたい」
「それならば ずっとこちらにたいざいしていてもかまいませんよ」
「そうさせてもらえればありがたい。だが、私はその後……どうすればいいのだ?」
 夜遅くに自室を訪問した三成を、謙信は快く迎え入れてくれた。
 謙信に無理矢理持たされた温かい酒の満ちた湯飲みを手にし、ふうふうと息を吹きかけながら行儀が悪いと思いながら音を立ててすする。奥州も寒いが越後も夜はかなり冷え込む、これだけ熱い酒でなければ体が温まらないのだろう。そう思いはするが、盛大に湯気が立つ酒は三成には熱すぎた。
 揺らめく湯気と、酒の芳醇な香り。
 酒は人の心を軽くすると言うが、夜着に着替えずに僧衣のままで三成と向かい合う謙信はいつもと全く様子が変わっていなかった。その落ち着いた佇まいが三成の心を解きほぐし、ゆっくりと内側から言葉を導き出していく。
「伊達は奥州に帰ってこいと言ってくれる……私もそうしたい、今でもそう思っている。だが奥州に戻れば私はきっと家康に会いたくなる」
「あいたいのですか」
「会いたい……だがあの男を憎んでもいるのだ。私はこれからどう生きればいい? 家康に翻弄され……自ら何も決めることができずに生きていくのか?」
「いしだ ひとつわたしからていあんがあります」
「提案……だと?」
「きくだけきいてみませんか わたくしにとってもあなたにとっても わるいはなしではありません」
 決して他人に何かを強要しないであろう謙信が、提案という言葉で何かを持ちかけてくる。
 それがどういう意味を持つのかわからず、だが穏やかに笑う謙信の姿から自分の不利なことは言ってこないだろうと判断した三成はその後の謙信の言葉を聞き。

 最初は盛大に驚き。
 そしてゆっくりと考え出し。

 今後の自分の人生について、一つの答えを出そうとしていた。






























 自らが決めた今後の人生について刑部に話した時、刑部は驚くことなくそれを喜んでくれた。
「ぬしにはそれが一番似合いよ」
「本当にそう思うのか? 私は仏門に入って秀吉様の菩提を弔うのが一番いいと思っていたのだが」
「人には得手不得手というものがある。上杉殿に相談に行ってくれて良かったわ」
「私だって経くらいは読める」
「経は読めばいいというものではない。それがわからぬ、ぬしが坊主になっても役に立たぬだろうに」
 くっくっと笑う刑部を軽く睨み付け、三成は刑部のための薬を用意する。
 何種類もの薬草を煎じ、口通りがよいように水飴で溶いたその薬を刑部に飲ませるのは三成の日課となっていた。
 越後に来てから一月近くが経過している。
 日に日に衰えていく刑部と、徐々に腹がせり出し始めたお市の面倒を見ていると、あっという間に一日が過ぎていく。その合間に上杉からは仕事を頼まれるし、しょっちゅう遊びに来る幸村の相手もしなければならない。
 奥州にいたときとは違う意味の忙しさだったが、三成はこの生活を気に入り始めていた。
 政宗や小十郎は自分に優しく接してくれ、家族のように扱ってくれた。だが三成にとって絶対的な力を持つ父的存在には当然なれなかったわけで。
 年長者としての威厳を持ち、謙信は三成を温かく見守ってくれる。
 同じ場所に立つのではなく上の立場から慈しんでくれる誰かと長く共に暮らす、それは三成にとって久々のことだった。困ったことがあったり、思い悩んだ時は謙信に聞けばいい。
 そしてここには刑部もいてくれる。
関ヶ原の戦では、自分の決断が全て己の今後に跳ね返ってきたが、ここではそんな重い決断をする必要もないのだ。おだやかに、ゆったりと流れていく時の中で、謙信に提示されたあることを三成が受け入れたのは当然の流れとも言えた。
 そして、三成が上杉家に馴染んでいくのと同じ早さで、刑部の命の火も急速に衰えていった。
 今では食事もほとんど喉を通らず、薬湯に混ぜた水飴だけが彼の命を繋いでいる始末。ここまで生きてきたこと自体が奇跡、彼を診てくれている医者はそう言っている。刑部を救い、今まで世話をしてくれていたかすがも同様のことを言うのだが。
 三成はまだ諦めたくなかった。
「刑部……飲めるか」
「飲めぬようになったらぬしが口うつしで飲ませてくれるのか?」
「それで貴様が飲むというのなら」
「冗談に決まっておるであろう……どれ、貰うとするか」
 がさがさに乾ききり、ひび割れた唇を潤わすためにまずは濡れた木の匙を口へと滑らせる。少し水分を与えなければ刑部が大きく口を開けた際に、唇から盛大に血が噴き出すのだ。
 わずかの水分しか取ることのできない体は、わずかの衝撃で皮膚が裂けてしまう。
 かすがに教えてもらった方法で唇に水分を与え、開いた刑部の唇に少しずつ薬湯を流し込む。一度にたくさんの薬湯を流し込むと、弱り切った刑部は息が詰まって死んでしまう。
 短気だと評判だった昔の三成からは考えられない程ゆっくりと、刑部の様子を見ながら薬湯を口に含ませる。
 飲み込む合間には話しかけ、気を紛らわすことも当然忘れない。
「昨日は松永から着物が届いた……お市と子供の着物だ。どこで知ったのかわからんが、子が生まれたらくれと手紙には書いてあった」
「……それで……やるのか……?」
「やるわけがなかろう。松永が面白い話を持ってきてくれたので、それには乗るつもりだ。そうすればお市も大手を振って外に出られるのでな」
「ぬしが第五天魔王の面倒を見ることになるとはな……世の中どうなるかわからぬものよ」
「私もそう思う」
 そう言いながら刑部に笑いかけてやると、彼の顔がわずかに歪められた。
 笑っているのだ、彼も。
「雪が溶けて……お市の子が生まれたら、少し遠出してみないか? 上杉の別邸の側に良い酒蔵があるそうだ。私は久しぶりに刑部と酒を酌み交わしたい」
「無理なことを言うな」
「無理ではない、お市だって死んだ亭主の子を宿したのだ。貴様は必ず良くなる」
「あれは新しくできた子ではあるまい……腹にずっと宿っておった子であろう?」
 お市の子について、謙信はそう言った。
 長政が死んだことでずっと止まっていたお市の中の時。それがようやく動き出したことで、ずっと腹の中で眠っていた赤子がまた育ち始めることができたのだ、と。
 真実なのかはわからないが、謙信が言うと説得力があるので、今は皆それを信じている。
 それはよいことだと思うが、それを持ち出して奇跡はないとばっさり切り捨てられると三成はどうしていいかわからなくなる。
「刑部……」
「気にするな。もう覚悟は決めておる……半兵衛殿も同じ気持ちだったのだろうな」
「同じ……気持ち?」
「我は幸せ者よ、ぬしの泣き顔だけでなく笑い顔も覚えて逝くことができる………三成、太閤殿と半兵衛殿はぬしの側にいると言っておったな?」
「ああ、そうだ」
「それに左近も……か。少し手狭だがしょうがなかろう」
 何かを独りで納得したのか、三成に差し出された木の匙を薄く口を開けて受け入れ、長い時間をかけてほんのわずかな薬湯を飲み干すと。
 安堵ともあきらめともとれる息をこぼし、そっと三成に話しかけてきた。
「では我も死した後にはぬしの背に乗るとするか。少し……背が重くなるやもしれぬが、それくらいは我慢してくれるな?」
「…………あ、当たり前だ! 貴様の一人や二人……私が背負ってやる!」
「なら覚えておけ、ぬしの今後の生はぬしだけの物ではない」

 今まで三成の人生に関わってきた物全ての生を背負っているのだ、それを忘れるな。

 死に逝く人間とは思えぬ力強い声でそう言い、刑部は目だけを動かし三成を見た。
「………不幸の星を望んでいたというのに、我には幸福が降ってきおった……おかしなものよ」
「刑部………」
「三成……ぬしは今幸せか………?」
 小さな声、そしてささやかな問い。
 人の不幸を望んでいた刑部が幸せについて聞いてきた意味、それを噛みしめた上で三成は答えた。



 人の思いを知り。
 それを受け入れ。

 生きられる自分は幸せだ、と。










________________________________________
九章終わり!
これで明日には終章が書き終わりますな。
終章は「そして、幸いの降る下で」になります。
長かった……本当に長かった………終わったら祝杯上げようっと。


BGM「花」 by樹原 涼子
  「泣けるうちは元気」  by中司 雅美
  「光の旋律」   by Kalafina
PR
[227] [226] [225] [224] [223] [222] [221] [220] [219] [218] [217]
色々説明






拍手現在豊臣家転生パロ中学生編入ってます
(現在2本 家三 チカナリです)


注意事項
・フリーリンクじゃないです、基本的にはリンクはお断りしています
・ひっそりこっそりが信条なので、黙々と
・捏造、not公式のこばなしが多いので、スルー推奨


ラキドでは幹部全員を溺愛しておりますが、ベルナルドとイヴァンは特に偏愛。ばさらは家三とか奥州の愉快な仲間達と毛長がメインです。うずみさんが現在官三とか官佐にずっぽりとはまり中。
基本は、愛想のかけらもない「ネット怖い~」の書き手が二人で色々書いている場所です。


書いている人


みっし

・生真面目で堅物でムキムキな男性と一見そうじゃなくても根は真面目極まり ないキャラをこよなく愛している、がんかたうるふの片割れ。編み物とお菓子作りが趣味という、第三者曰く可愛らしい一面を持つ反面、パニクると踊ったり、オロオロしだして周囲は見ていて楽しいらしい。荒ぶる舞は、職場の名物だったりする……らしい。
イヴァンちゃんと片倉さんとシズちゃんとスカイハイさんと陛下を思いっきり愛している。好きなアニメは銀魂と最近はFate/zero。型月ファンというよりは元から虚淵ファンでうずみさんからオススメされまくった末にようやっと手を付けて完読した。ライダー組おいしいです。エクシリアではダントツで陛下が好き。陛下が使用可能になる完全版があるなら複数買いしても構わないとのたまう日々。バサラの好きキャラは片倉さん一強だったはずなのに最近はアニキも熱い。かっちり着込むキャラがすきだったはずなのにいきなり露出度が高いキャラを好きになったのは何故か悩む日々。二次元の向かう愛と同じぐらい甥っ子への愛を叫んでいる気がしてならない。



うずみ
・相方を愛しすぎている変な人。趣味は畑仕事に漬け物作り、好きな物は不幸属性の美人(男女問わず)。ばさらでは石田さんと黒田さんをこよなく愛していたり、赤い子めんこいにゃぁとたまに叫んでいる。

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ばさら垢できました
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