こちらはサークル「がんかたうるふ」のうずみとみっしの二人組が、ラッキードッグ1とばさらのこばなしを黙々と投下する場所です。
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書き上がりました。
*****
陰惨極まりない死体よりも、耳に突き刺さる女子供の悲鳴よりも、その話し合いに同席したことがジュリオの忍耐力を大きく削ることとなった。
使用人達と自ら立候補したラグトリフが死体を片付け終えたのも束の間。姿を見せなかった当主に事の次第を報告しておこうとした時、知らぬ間に予想だにしない自体が連鎖して起こっていたのがジュリオの受難の始まりだった。
まず、今はまだこの館を取り仕切る存在であるはずのクレイトン氏が朝方倒れ、現在は会話どころか面会すら不可能な状況になっていたことが第一の原因。この館の人間は信用ならないと考えているらしいベルナルドが使用人を押しのけ無理矢理様子を見に行ったが、実際彼はベッドに伏せっておりその顔色は死人のようであったらしい。かろうじて細い息を繋いでいる男を無理矢理たたき起こして様子を報告する気にもなれず、部屋を出てきたベルナルドが次に向かったのは死体の発見現場に現れなかった上院議員の所だった。イヴァンと一緒に行動していたジュリオを筆頭幹部権限で無理に同行させたのは、ジュリオのボンドーネという名を利用するため。ベルナルドの予想通り、ボンドーネの名前を聞いてすぐにドアを開けた上院議員は、自分が無事にこの館から出るためにもう考えを練り始めているようだった。
同行してきた護衛に様子を見に行かせ自らは動かなかった彼は、ベルナルドが持っている情報を欲していたし、ベルナルドは彼の地位と権力だけを利用しようと情報を出し惜しみしようとする。
そんな二人の時間だけが過ぎていく話し合いにつきあわされ、ジュリオはすっかり機嫌が悪くなっていた。
二回りは年上であろう老獪な議員相手に堂々と振る舞うベルナルドは立派だと思うが、ジュリオの脳裏に浮かぶのはイヴァンが安全な場所にいるかだった。子供が一人行方不明になった、それは大変な事態なのだろうがジュリオにとって最も大事なのはイヴァンの身の安全である。
死体を片付け終えたラグトリフをベルナルドがイヴァンに付けてくれたので、よほどのことがなければ大丈夫なのはわかっている。あの男は先程の上院議員よりも老獪で、そして色々な意味で真っ直ぐに残酷なのだ。ベルナルドに頼まれたことを、途中で放り投げるわけがない。
そんな思いを抱えながら、ようやく部屋から出てきたベルナルドに少しきつめの視線を送る。普段のベルナルドは怖くもなんともないし、むしろ滑稽だとさえ思うのだが、時折恐ろしいほどの威厳と威圧感でジュリオを圧倒することがある。
そう、今のように。
「すまなかったなジュリオ……イヴァンが心配だったんだろう?」
「……………ああ」
「もう話は終わった、俺も少し気になることがあるんでな……少し調べてみようと思う」
「……何を……………調べる……と」
足早に廊下を進む彼の足取りに、迷いは全く感じられない。
まるでイヴァンがいる場所をわかっているかのように、そしてこの館の構造を把握しているかのようにジュリオを先導して歩いて行く。
その事について聞いてみると、あっさりと返答が帰ってきた。
「イヴァンが案内してくれた通路と、この館の構造を照らし合わせれば、どこに何があるのかは大体わかってくるものさ。子供の足ならそんなに遠くには行けないはずだ、イヴァンも館の中をあの串刺し死体の周辺を探すはずだ」
「周辺……?」
「ぬいぐるみを落としたんだろう? なら最初に思い当たるのはあの部屋だ、いなくなった子供がよほどの馬鹿じゃなければ」
整然と自分の考えを述べるベルナルドであったが、肩の上で踊る髪にも眼鏡の内側の瞳にもどことなく力が感じられなかった。あんな死体を見せられれば精神的に滅入るのはわかる、実際イヴァンも強がってはいたがずいぶんと参っているようだった。
だがベルナルドのそれはイヴァンとは違う気がするのだ。
凛々しく、上の立場であるからこそ取り乱さずに事態を収拾するために動く。普段は内側に押し込んでいる強さを全面に押しだし、彼は今何を思っているのだろうか。
半歩先を歩く、自分よりわずかに背の高い年上の存在。
詳しいことは知らないしどういう経緯で彼の心が変わったのかはわからないが、あのラグトリフがあれだけ強く忠誠と愛情を捧げ、そしてベルナルドもそれを当然のようにそれを受け止め返す。二人がなにげに交わす、焼け焦げるような熱を持たない柔らかさと暖かさが込められた視線は事情を知っているからこそ余計に綺麗に見える。
それを見る度にジュリオは純粋に羨ましいと思っていた、ラグトリフのことを。
大切な相手を守ることができ、そしてその相手に純粋に感謝される。
自分の気持ちが本当はどこにあるのか、そしてどうしたいのかを決めることができないジュリオには、一生手に入れることができない種類の賞賛。それを自分と同じく手を血に濡らすことを仕事としているあの男が手に入れていることが、ある意味悔しかったのだ。
どうなっていきたいのか、何を選びたいのかすらわからない今の自分。
自分にとって大切な何かを自分の意志で選び、それを守るために持つ力を尽くすというのはどれだけ楽しいことなのだろう。自らの根幹に大切な相手への思いがあるからこそ堂々と動くことができる、そんな年長者二人がジュリオにはとても眩しかった。
「どうした? まだイヴァンが心配か?」
「………それも…………ある……が……」
「ラグはまあ、ああいう男だがな……イヴァンを危険にさらす真似はしないさ」
「信用している……のか?」
「ラグのことをか? そうだな仕事の面では信用している……お前を除けばあれくらい使える男はいないからな。プライベートでは…………まあ………信じなきゃいけないんだろうが……」
「あの男を好き……じゃないのか?」
足早だった歩調を緩め、ジュリオの横に並んだベルナルドの顔が少し困ったように笑う。
「好きと信用は別物なんだよ。組織にとってラグが邪魔になることがあれば俺はあいつを排除するだろうし、ラグだって金次第では俺の敵に回る日が来るかもしれない……まあ、それくらいの覚悟はいつもしているさ」
「…………俺は………俺は……違うと思う」
「俺は綺麗事は大好きだが、現実を見ないのは嫌いだ。死体の確認をしてくれと俺を呼ぶ仕事でのつきあっている時のラグと、自分で呼びつけたくせに頑張りすぎたので死体を見せられないと俺に死体を見せたがらないプライベートでのつきあいのラグは別物だ。正直言えば、仕事中のあいつと会うのはどれだけつきあいが長くなっても怖いよ」
少し子供に毒を吐きすぎたと思ったのか、冗談めいた口調でそう言うと、ベルナルドはわざとらしく外へと視線を向けた。朝方は少し雪がやんできたように感じられたが、重く大きな雪片はまた空を荒れ狂うように動き回り始めていた。
ぶつかってくる風が窓を鳴らし、ガラスにぶつかる雪が小さい破砕音を連続して立てている。木の枝の上で固まった雪の塊が風でここまで飛んできているのか、時折驚くような大きな音を立てるのが不気味と言えば不気味だった。
相変わらずベルナルドの顔からは何も読み取ることができない。
愛しているが信じられない、そんなことがあるのだろうか。ベルナルドが冗談を言ったようには思えない、むしろぽろりとこぼれてしまった本音を隠すためにわざと大げさに言ったようにすら感じられる。
彼と今後どういう話をすればいいのかわからずに、ただ彼の名を呼ぶ。
「ベルナルド……」
「すまない、おかしなことを言ってしまったな」
と逆に謝られてしまった。
「少しいろいろ考えることが多すぎてな……ついお前をいじめてしまった」
「いじめ……だったのか?」
「イヴァンとどう仲良くなるか考えているお前に、今の発言はきつかっただろう?」
「……………………っ!」
ぐんと並んで歩いていたはずのベルナルドの体が一気に先へ行ってしまった、いや違う。
自分が立ち止まってしまったのだ。
ジュリオの状態に気がついてこちらに戻ってきてくれたベルナルドが、わずかに表情を和らげている。
「これもいじめだったかな…………だが今のうちにたくさん悩んでおくといい。俺くらいの年になると悩むことすら許されなくなるんだからな。自分の命は人生の賭の対象にできても、どうしても周囲のことを考えなきゃいけなくなる」
「イヴァンは……俺のことを……嫌っている……」
「嫌っていたらあきらめるのか? 何も伝えずにか? 一生後悔するようなことはするな、できることをして……駄目だったら別の手を考えればいい」
「…………何故………」
「ん? どうした?」
そこまで優しくしてくれる?
そう聞こうと思っていたが、一歩も進めなくなってしまっていた自分をベルナルドの目を見てジュリオは聞くのをやめることにした。彼はラグトリフを重用するので仕事で絡むことはほとんどない、幹部会でも発言の少ないジュリオに話しかけることはほとんどなかったのだが。
なんのことはない、彼はちゃんと自分のことを気にかけてくれていたのだ。
ベルナルドだって何か考えているようだったのに、それでもジュリオの状況を理解して、適した言葉を与えてくれる。
「…………ベルナルド…………」
「言いたいことがあればさっさと言え。どうせイヴァンには聞かれたくないことなんだろう………っと、どうやら俺の仕事ができたようだ」
ベルナルドの視線の先には、廊下を通り過ぎようとする小柄すぎる使用人の姿。
あの使用人に用があるのだろう、イヴァンがいそうな場所を手短に伝え離れていこうとするベルナルドに、ジュリオは小さく声をかけた。
使用人に今気づかれてはいけない、ジュリオの勘がそう告げていた。
「どこへ?」
「俺の予想が間違っていなければだが……この館の謎の尻尾の先くらいはつかめるかもしれない。ラグには多分部屋に戻っていると伝えておいてくれ」
大きな体に似合わぬ音を立てない俊敏な動作で、ベルナルドは使用人の後を追い始めた。イヴァンがいるだろうとベルナルドに教えられた場所は、彼の向かった方向とはちょうど反対側。
ベルナルドのことが気にはかかったが、まずはイヴァンが優先である。
この判断で後からラグトリフに相当恨まれることになるのだが、イヴァンの側にいることを今の自分の存在意義と考えているジュリオには、それに気がつく余裕など当然あるわけがなかった。
イヴァンの体から感じられる香りはいつもとは違っていたが、すぐに彼の場所を知ることができた。
同じ部屋に泊まり、同じ石けんを使っているのだ。自分と近い、だが自分とは微妙に変わっている清潔な石けんの匂い。自分のものより甘やかに感じられるそれを追っていくと、真っ青な顔のままラグトリフを引き連れて歩くイヴァンを発見することができた。
マリーという名前の子供がいなくなったことに強くショックを受けているのだろう、目の前にジュリオがいるというのに気がつく様子もなく下を向き唇を強く噛みしめながら歩き続けている。
「…………イヴァン……」
「……なんだ、いたのかよ…………メガネはどーした?」
「メイドを追って……一人で………行った。部屋に戻ってる……と伝えてくれ……と」
「団体行動ができねーメガネだな、ったくよ。おいラグトリフ、メガネの方に行ってやってくれ。一人で歩き回って、ロクでもねーことがあったら困るんだよ」
あのロスという男のようになってもらうわけにはいかない。
少女から目を離した自分を後悔の炎で焼き焦がしながら、それでも周囲に対する気配りを忘れない。そんなイヴァンに自分は何をしてやればいいのだろうと考えながら、まずは彼の側に行こうとして。
イヴァンの肩越しに送られるどろりと濁った暗さを持つ目に見つめられていることに気がついた。
「……………しょうがないですね、ベルナルドは」
「動くと決めたら止まらねーからな、あのオッサンは」
「僕の方がオッサンですよ~ とはいえ一人にしておくのは少し怖いですね、部屋で待っているというなら迎えに行ってきますね」
「頼む」
彼に背を向けているイヴァンは勿論気がついていない。
それはラグトリフの声がいつもと変わらぬのんきさを失わず、彼なりのユーモアに近い会話をちゃんと返すことができていたからなのだが。だが鎌首を持ち上げた毒蛇のような剣呑さを含んだ視線を浴びているジュリオは、間延びした彼の口調の奥底に隠しきれない焦りを感じていた。
そしてジュリオに対する激しい恨みと憤怒も。
「ここからだと、どう行くのが近いですかね」
「ここをまっすぐ行けば玄関だろ……あそこを突っ切ると逆に遠くなっから、二階に上がってさっき通った裏の通路を使うのが一番近いんじゃねーのか?」
「そうですか、ありがとうございます。どうもここは複雑でわかりづらくて困りますね」
その言葉を最後に、もう一度強くジュリオを睨み付け。
これ以上時間を浪費できないとばかりにラグトリフはさっさときびすを返し、足早に立ち去っていった。きっとベルナルドを一人にしたことに対して怒っているのだろうが、彼とベルナルドの関係性がどうもよくわからない。
ベルナルドは彼を信じていないと言うし、ラグトリフは普段はベルナルドを突き放している風にすら感じてしまうことがある。どこかそっけないというか、使用人と主人の関係を崩したがらないというか。多くの使用人に囲まれて生活しているジュリオだからこそわかるのかもしれないが、通常のラグトリフの態度は口調こそ軽いがちゃんとベルナルドを主人として扱っている。感情を剥き出しにせず、主人の行動を邪魔せぬよう最大限に配慮して動く、それは主人を気遣う従者の動きそのものだ。
それが今はどうだ、ベルナルドは部屋に戻っているとは言った。が、合流したいとも迎えにきてくれとも言っていないというのに、彼は自らベルナルドを迎えに行くことを選択したのだ。
それは自分と同じ血と怨嗟にまみれたあの男の、どこから生まれた思いなのだろう。
「………おいジュリオ、聞いてんのかよ!」
「聞いてなかった」
「正直なのはいいけどよ………ぼーっとして人の話を聞かねーのはナシにしてくれよな」
「わかった」
「オレはこれから玄関の方に行ってみる……その……テメーもつきあってくれんだよな?」
「つきあう、イヴァンに……ついて行く」
考えている間、イヴァンに話しかけられていたことすら気がつかなかった。
脳裏から先ほどのラグトリフの目線が消えず、条件反射で返事を返してはいたが。周囲に気を配ることは忘れてはいなかった。かなり遠くに行ってしまったのか、ベルナルドの足音も匂いももう感じないが、苛立ちを無理矢理隠そうとしているラグトリフのどこかくぐもった靴音は耳朶の奥に響いてくる。いくつも重なり合って響く小さな足音は、きっとマリーを捜す子供たちのもの。
館の壁の中を這いずり回る『何か』は、ジュリオが感じ取れる場所に今はいなかった。
だが確実にこの館の中にいるのだろう、そうでなければ人が殺されることも、子供が消えてしまうこともありえないのだから。
「マリー……まだ見つかんねーんだ……」
「そう……か」
「オレがあの時ちゃんとぬいぐるみを拾ってやってたら、こんなことにはならなかったかもしんねーよな」
「…………………………」
そうだ、とも、それは違う、とも言えなかった。
あの時のイヴァンの判断は間違っていなかったはずだし、その後ぬいぐるみを確保し忘れたからといってそれがイヴァンのせいだと思う人間はいないだろう。今は非常事態だというのに勝手に出て行った幼い子供の無分別を責める人間はいても、イヴァンが責められる必要はないはず。
だがイヴァンの拳は強く握りしめられ、周囲を警戒するように身長にゆっくり進む姿は己を追い込んでいるかのようだった。
頼りなげで、心細そうなイヴァン。
そういえば彼と共に一夜を過ごしたときも、彼はこんな顔をしていた。あの時自分は彼に最初に何をしただろうか、確か強く握りしめられた拳をゆっくりとほどいてやり、そして……
「…………おい」
「なんだ?」
「何でオレの手を握ってんだよ………暑苦しいだろうが」
「こうすると落ち着く……そう言っていた」
「誰がだよ?」
「ジャンさん……が」
「こうしてやれってか?」
「違う、今……俺が……したくなった……だけ」
不安な時は誰かが側にいて手を握っていてくれると落ち着くもんだ。
ジャンが以前そう教えてくれたことを、ジュリオはまた忠実に実行した。身長差があるのでイヴァンの手を半ば持ち上げる形になってしまっているが、イヴァンから拒む様子は見られなかった。彼のスーツの袖と、自分のジャケットがこすれあい耳障りのいい音を立てる。
彼の背を守れるように彼よりわずかに遅れて歩くようにし、左手は彼の右手に預け伝わってくる暖かさと時折嘆くように震える指をできる限りの優しさで包み込んだ。
「すまねーな……そのよ……気ぃつかわせちまって」
「別に……つかってない」
男に手を急に握られて悪態をつくか怒り出すかと思っていたら、イヴァンは逆に黙り込んでしまった。彼らしくないわずかに朱に染まった顔からは、いつものような突き刺すような激しさを感じ取ることができなかった。
一応の目的地点としている玄関まであと少し。
首筋から入り込むわずかに冷えた空気に体温を下げられているのか、イヴァンの握られた手に力がこもる。まだ顔色は悪いし、唇も硬くこわばっているが、何かを決意したように顔を上げ、ジュリオの顔を目線で縫い止めると、
「あのよ…………俺ら、前にこうやって…………」
どこか歯切れの悪い口調でそう話し始めた。
真摯な力のこもった強い瞳は、なんの汚れもなく澄み切った輝きでジュリオを見つめてくる。この瞳にもっとじっと見つめられ続けたい、自分だけを見ていてくれたらいいのに。それができなければ、この時間をもう少しだけ長く……と考えていると、首筋に再度ひやりとした風。
それも濃密な血の臭いを含んだ。
「…………………………あっちか」
「なんだ!? マリーがいたのか!?」
「血の臭いだ………あの角を曲がったところ……か」
誰かがどこかでドアか窓を開けたのだろう。
数瞬の間だけ館を流れる風の流れが変わり、ここまで血の臭いを届けてくれたのだ。かなり濃密に臭ってくる、まだ流されて間もないであろう新鮮な血臭。いくら館の中とはいえ、こんな近くに来るまで気がつくことができなかったなんて。
「イヴァン……俺の……後ろに」
「オイ、やべーのか?」
「わからない」
名残惜しいがイヴァンの手をもぎ取るように離し、彼を自分の背に庇うようにして前に進み始める。
相手はこの館を知り尽くしている。
空気がたまり、血の臭いが余所に流れない場所を理解し、周囲の人間に気がつかれないように血を流すことができる。通常であれば数百メートル範囲の血の臭いをかぎ取ることができるジュリオが、空気の流れが変わらなければ気がつくことができなかった。きっとラグトリフも同じのはずで、CR-5が誇る最高級の戦闘員二人がまんまと欺かれていたわけだ。
この館に潜んでいるのは、どれだけの化け物だ。
人生初になるかもしれない敵対する相手への恐怖を抱きつつ、角を曲がったジュリオが最初に発見したのは、小さなぬいぐるみの足だった。血に濡れている様子もなく、子供がかんしゃくでもぎ取ったように、縫い止めてあった糸やらほつれた布地が絨毯の上に広がっている。
更に足を進め、茶色いそれを観察しようとするとイヴァンが後ろで大きく息をのんだ。
「あっちもだ……あれも……足か?」
「そう……みたいだ……」
少し離れた更に続く廊下の角に、またぽつんと足が一つ。
その足がある角を曲がれば、確か玄関だったはずだ。ここまで来ても、先ほど感じた血の臭いはまだ鼻に届いてこない。できれば自分の感じた血の臭いが間違いであって欲しい、イヴァンがこれ以上傷つかないように。
ふわふわの毛に包まれた小さな足を広い、口から漏れそうになる嗚咽に近い声を抑えようとしているイヴァンの手を繋いでやれない今の状況に歯噛みしながら。
ジュリオは問題の角を曲がり、漏れそうになった驚愕の声を殺すために己の手で口をふさいだ。
「……………………………!」
「マリーがいたのかっ!?」
「………駄目だ! 来るな!」
これほどの大声を上げたのはいつ以来だっただろうか。
客が玄関のドアを開けるとすぐに目に入ることになる巨大で豪奢なな二階へと続く階段の上にちょこんと、ぬいぐるみの残りの部分が置かれていた。
一番下の段に無造作にちぎられたであろう首が。
その数段上に適当にばらまいたように両腕が。
胴体の部分は、かなり上の段の方に傾斜を利用して器用に仰向けに寝かせてあった。
下から見るとすぐ上の段に乗せられたマリーの首と、下の段に置かれているマリーの両足と接合しているように見えるように。
幸運なのか不運なのかはわからないが、潰されなかったマリーの両目は意志を失った虚ろな目線を中空へと向け続けている。ざっと見た限りでは見つからない両腕と胴体も、きっと探せばどこかにあるのだろうが。
「…………ウソだろ…………なんなんだよこれは!!!! どこのヤローがやりやがったっ! マリーはナニもしてねーだろうがよっ!!!!」
ジュリオの制止も聞かず、横を走り抜けてマリーであった死体の元へと走っていこうとするイヴァンを止めることがまずは先だった。
壁がこつりと音を立て開いていくのを、ベルナルドは無言で見つめ続けていた。
事情は何となく理解した、君の本当の主人に会わせて欲しい。
そうエレナに伝えると、彼女はかなりの時間戸惑い、そして逡巡し、この部屋へと案内してくれた。彼女の本当の主人は日光を浴びることができない体質であり、非常に臆病なのでなかなか壁の中から出てくることができないそうだ。
この館が何故こんな隠し通路だらけの館になってしまっているか。
それはエレナの本当の主人が、日光を浴びられないと言うことが理由の一つらしい。が、もう一つの理由は教えてもらえなかった。
主がベルナルドになら会ってもいい、全てを話すことはできないがこの館を安全に出ることができる力添えはできる限りしたいと思っている。その主の意志を伝えた上で、エレナは主人が認めた客を心より歓待いたしますと深々と頭を下げてくれた。
何のことはない、彼女はこの家に仕えているのではなく特定の主に仕えている己を誰よりも誇っている忠実な使用人だっただけだ。一瞬でも疑って悪かったなと思いながら、脳裏をよぎったのはラグトリフのことだった。
彼のことは心配していないが、部屋に戻っているとしたら無駄足を踏ませたなと思いつつ、大きなため息をつきそうな口を慌てて閉じる。
主が姿を見せるまで音を立ててはいけない、おまけにこの部屋は窓がなく明かりといえば用意されたソファーの横に置かれる古めかしい燭台の上で揺れるいくつかの蝋燭の炎のみ。一人でこんな部屋に閉じ込められれてしまえば、普通なら速攻でこの部屋を逃げ出しているはずなのだが。
なぜだか、奇妙な安心感があった。
ロスの死体はあんなに高くつり上げられていたというのに、警告のために壁に書かれていた文章は床にかなり近い場所に書かれていた。あそこまで大の大人の死体をつり上げるにはかなりの力と上背が必要になる、犯人はかなりの大男なのだろう。だがその大男が体を縮こまらせて、あんな低い場所に警告文を書くだろうか。
それもあんなに丁寧な文体で。
あれだけ残虐な殺し方と警告文の内容は明らかにそぐわない、ならば答えは一つ。
警告文を書いた人間と犯人は違う。
それに気がついたら後は話は早かった。いくつかの違和感はまだ消えないのだが、何となくこの館をとりかこむ悪意と呪いの正体は理解できはじめていた。
誰にも気づかれぬように壁に作られた隠し扉が、くるりと回って開いていく。よほど優秀な大工が施工したのだろう、壁の切れ目すら気がつかせない作りは見事なものだった。
そしてそこからずるずると這いながら出てくる小さな影が一つ。
きょろきょろと辺りを見回し、そしてベルナルドの姿を見つけると、小さいが確固とした意志と理性と理知にあふれた眼差しをこちらへ向け。
思うように動かないであろう体を精一杯使い、優雅にこちらに向けて一礼してきた。
・ということでようやくターニングポイント(ベルナルドにとっての)
現在のところは予定通りです……ジュリオとイヴァンはみっしさんがどうにかしてくれるはずなので、私はネタを振るだけ振って逃亡しますです。
ということで、バトンタッチ~
次は10か……どんだけ続いてるんだか……
BGM「Little Wish 〜lyrical step〜」 by田村ゆかり
使用人達と自ら立候補したラグトリフが死体を片付け終えたのも束の間。姿を見せなかった当主に事の次第を報告しておこうとした時、知らぬ間に予想だにしない自体が連鎖して起こっていたのがジュリオの受難の始まりだった。
まず、今はまだこの館を取り仕切る存在であるはずのクレイトン氏が朝方倒れ、現在は会話どころか面会すら不可能な状況になっていたことが第一の原因。この館の人間は信用ならないと考えているらしいベルナルドが使用人を押しのけ無理矢理様子を見に行ったが、実際彼はベッドに伏せっておりその顔色は死人のようであったらしい。かろうじて細い息を繋いでいる男を無理矢理たたき起こして様子を報告する気にもなれず、部屋を出てきたベルナルドが次に向かったのは死体の発見現場に現れなかった上院議員の所だった。イヴァンと一緒に行動していたジュリオを筆頭幹部権限で無理に同行させたのは、ジュリオのボンドーネという名を利用するため。ベルナルドの予想通り、ボンドーネの名前を聞いてすぐにドアを開けた上院議員は、自分が無事にこの館から出るためにもう考えを練り始めているようだった。
同行してきた護衛に様子を見に行かせ自らは動かなかった彼は、ベルナルドが持っている情報を欲していたし、ベルナルドは彼の地位と権力だけを利用しようと情報を出し惜しみしようとする。
そんな二人の時間だけが過ぎていく話し合いにつきあわされ、ジュリオはすっかり機嫌が悪くなっていた。
二回りは年上であろう老獪な議員相手に堂々と振る舞うベルナルドは立派だと思うが、ジュリオの脳裏に浮かぶのはイヴァンが安全な場所にいるかだった。子供が一人行方不明になった、それは大変な事態なのだろうがジュリオにとって最も大事なのはイヴァンの身の安全である。
死体を片付け終えたラグトリフをベルナルドがイヴァンに付けてくれたので、よほどのことがなければ大丈夫なのはわかっている。あの男は先程の上院議員よりも老獪で、そして色々な意味で真っ直ぐに残酷なのだ。ベルナルドに頼まれたことを、途中で放り投げるわけがない。
そんな思いを抱えながら、ようやく部屋から出てきたベルナルドに少しきつめの視線を送る。普段のベルナルドは怖くもなんともないし、むしろ滑稽だとさえ思うのだが、時折恐ろしいほどの威厳と威圧感でジュリオを圧倒することがある。
そう、今のように。
「すまなかったなジュリオ……イヴァンが心配だったんだろう?」
「……………ああ」
「もう話は終わった、俺も少し気になることがあるんでな……少し調べてみようと思う」
「……何を……………調べる……と」
足早に廊下を進む彼の足取りに、迷いは全く感じられない。
まるでイヴァンがいる場所をわかっているかのように、そしてこの館の構造を把握しているかのようにジュリオを先導して歩いて行く。
その事について聞いてみると、あっさりと返答が帰ってきた。
「イヴァンが案内してくれた通路と、この館の構造を照らし合わせれば、どこに何があるのかは大体わかってくるものさ。子供の足ならそんなに遠くには行けないはずだ、イヴァンも館の中をあの串刺し死体の周辺を探すはずだ」
「周辺……?」
「ぬいぐるみを落としたんだろう? なら最初に思い当たるのはあの部屋だ、いなくなった子供がよほどの馬鹿じゃなければ」
整然と自分の考えを述べるベルナルドであったが、肩の上で踊る髪にも眼鏡の内側の瞳にもどことなく力が感じられなかった。あんな死体を見せられれば精神的に滅入るのはわかる、実際イヴァンも強がってはいたがずいぶんと参っているようだった。
だがベルナルドのそれはイヴァンとは違う気がするのだ。
凛々しく、上の立場であるからこそ取り乱さずに事態を収拾するために動く。普段は内側に押し込んでいる強さを全面に押しだし、彼は今何を思っているのだろうか。
半歩先を歩く、自分よりわずかに背の高い年上の存在。
詳しいことは知らないしどういう経緯で彼の心が変わったのかはわからないが、あのラグトリフがあれだけ強く忠誠と愛情を捧げ、そしてベルナルドもそれを当然のようにそれを受け止め返す。二人がなにげに交わす、焼け焦げるような熱を持たない柔らかさと暖かさが込められた視線は事情を知っているからこそ余計に綺麗に見える。
それを見る度にジュリオは純粋に羨ましいと思っていた、ラグトリフのことを。
大切な相手を守ることができ、そしてその相手に純粋に感謝される。
自分の気持ちが本当はどこにあるのか、そしてどうしたいのかを決めることができないジュリオには、一生手に入れることができない種類の賞賛。それを自分と同じく手を血に濡らすことを仕事としているあの男が手に入れていることが、ある意味悔しかったのだ。
どうなっていきたいのか、何を選びたいのかすらわからない今の自分。
自分にとって大切な何かを自分の意志で選び、それを守るために持つ力を尽くすというのはどれだけ楽しいことなのだろう。自らの根幹に大切な相手への思いがあるからこそ堂々と動くことができる、そんな年長者二人がジュリオにはとても眩しかった。
「どうした? まだイヴァンが心配か?」
「………それも…………ある……が……」
「ラグはまあ、ああいう男だがな……イヴァンを危険にさらす真似はしないさ」
「信用している……のか?」
「ラグのことをか? そうだな仕事の面では信用している……お前を除けばあれくらい使える男はいないからな。プライベートでは…………まあ………信じなきゃいけないんだろうが……」
「あの男を好き……じゃないのか?」
足早だった歩調を緩め、ジュリオの横に並んだベルナルドの顔が少し困ったように笑う。
「好きと信用は別物なんだよ。組織にとってラグが邪魔になることがあれば俺はあいつを排除するだろうし、ラグだって金次第では俺の敵に回る日が来るかもしれない……まあ、それくらいの覚悟はいつもしているさ」
「…………俺は………俺は……違うと思う」
「俺は綺麗事は大好きだが、現実を見ないのは嫌いだ。死体の確認をしてくれと俺を呼ぶ仕事でのつきあっている時のラグと、自分で呼びつけたくせに頑張りすぎたので死体を見せられないと俺に死体を見せたがらないプライベートでのつきあいのラグは別物だ。正直言えば、仕事中のあいつと会うのはどれだけつきあいが長くなっても怖いよ」
少し子供に毒を吐きすぎたと思ったのか、冗談めいた口調でそう言うと、ベルナルドはわざとらしく外へと視線を向けた。朝方は少し雪がやんできたように感じられたが、重く大きな雪片はまた空を荒れ狂うように動き回り始めていた。
ぶつかってくる風が窓を鳴らし、ガラスにぶつかる雪が小さい破砕音を連続して立てている。木の枝の上で固まった雪の塊が風でここまで飛んできているのか、時折驚くような大きな音を立てるのが不気味と言えば不気味だった。
相変わらずベルナルドの顔からは何も読み取ることができない。
愛しているが信じられない、そんなことがあるのだろうか。ベルナルドが冗談を言ったようには思えない、むしろぽろりとこぼれてしまった本音を隠すためにわざと大げさに言ったようにすら感じられる。
彼と今後どういう話をすればいいのかわからずに、ただ彼の名を呼ぶ。
「ベルナルド……」
「すまない、おかしなことを言ってしまったな」
と逆に謝られてしまった。
「少しいろいろ考えることが多すぎてな……ついお前をいじめてしまった」
「いじめ……だったのか?」
「イヴァンとどう仲良くなるか考えているお前に、今の発言はきつかっただろう?」
「……………………っ!」
ぐんと並んで歩いていたはずのベルナルドの体が一気に先へ行ってしまった、いや違う。
自分が立ち止まってしまったのだ。
ジュリオの状態に気がついてこちらに戻ってきてくれたベルナルドが、わずかに表情を和らげている。
「これもいじめだったかな…………だが今のうちにたくさん悩んでおくといい。俺くらいの年になると悩むことすら許されなくなるんだからな。自分の命は人生の賭の対象にできても、どうしても周囲のことを考えなきゃいけなくなる」
「イヴァンは……俺のことを……嫌っている……」
「嫌っていたらあきらめるのか? 何も伝えずにか? 一生後悔するようなことはするな、できることをして……駄目だったら別の手を考えればいい」
「…………何故………」
「ん? どうした?」
そこまで優しくしてくれる?
そう聞こうと思っていたが、一歩も進めなくなってしまっていた自分をベルナルドの目を見てジュリオは聞くのをやめることにした。彼はラグトリフを重用するので仕事で絡むことはほとんどない、幹部会でも発言の少ないジュリオに話しかけることはほとんどなかったのだが。
なんのことはない、彼はちゃんと自分のことを気にかけてくれていたのだ。
ベルナルドだって何か考えているようだったのに、それでもジュリオの状況を理解して、適した言葉を与えてくれる。
「…………ベルナルド…………」
「言いたいことがあればさっさと言え。どうせイヴァンには聞かれたくないことなんだろう………っと、どうやら俺の仕事ができたようだ」
ベルナルドの視線の先には、廊下を通り過ぎようとする小柄すぎる使用人の姿。
あの使用人に用があるのだろう、イヴァンがいそうな場所を手短に伝え離れていこうとするベルナルドに、ジュリオは小さく声をかけた。
使用人に今気づかれてはいけない、ジュリオの勘がそう告げていた。
「どこへ?」
「俺の予想が間違っていなければだが……この館の謎の尻尾の先くらいはつかめるかもしれない。ラグには多分部屋に戻っていると伝えておいてくれ」
大きな体に似合わぬ音を立てない俊敏な動作で、ベルナルドは使用人の後を追い始めた。イヴァンがいるだろうとベルナルドに教えられた場所は、彼の向かった方向とはちょうど反対側。
ベルナルドのことが気にはかかったが、まずはイヴァンが優先である。
この判断で後からラグトリフに相当恨まれることになるのだが、イヴァンの側にいることを今の自分の存在意義と考えているジュリオには、それに気がつく余裕など当然あるわけがなかった。
イヴァンの体から感じられる香りはいつもとは違っていたが、すぐに彼の場所を知ることができた。
同じ部屋に泊まり、同じ石けんを使っているのだ。自分と近い、だが自分とは微妙に変わっている清潔な石けんの匂い。自分のものより甘やかに感じられるそれを追っていくと、真っ青な顔のままラグトリフを引き連れて歩くイヴァンを発見することができた。
マリーという名前の子供がいなくなったことに強くショックを受けているのだろう、目の前にジュリオがいるというのに気がつく様子もなく下を向き唇を強く噛みしめながら歩き続けている。
「…………イヴァン……」
「……なんだ、いたのかよ…………メガネはどーした?」
「メイドを追って……一人で………行った。部屋に戻ってる……と伝えてくれ……と」
「団体行動ができねーメガネだな、ったくよ。おいラグトリフ、メガネの方に行ってやってくれ。一人で歩き回って、ロクでもねーことがあったら困るんだよ」
あのロスという男のようになってもらうわけにはいかない。
少女から目を離した自分を後悔の炎で焼き焦がしながら、それでも周囲に対する気配りを忘れない。そんなイヴァンに自分は何をしてやればいいのだろうと考えながら、まずは彼の側に行こうとして。
イヴァンの肩越しに送られるどろりと濁った暗さを持つ目に見つめられていることに気がついた。
「……………しょうがないですね、ベルナルドは」
「動くと決めたら止まらねーからな、あのオッサンは」
「僕の方がオッサンですよ~ とはいえ一人にしておくのは少し怖いですね、部屋で待っているというなら迎えに行ってきますね」
「頼む」
彼に背を向けているイヴァンは勿論気がついていない。
それはラグトリフの声がいつもと変わらぬのんきさを失わず、彼なりのユーモアに近い会話をちゃんと返すことができていたからなのだが。だが鎌首を持ち上げた毒蛇のような剣呑さを含んだ視線を浴びているジュリオは、間延びした彼の口調の奥底に隠しきれない焦りを感じていた。
そしてジュリオに対する激しい恨みと憤怒も。
「ここからだと、どう行くのが近いですかね」
「ここをまっすぐ行けば玄関だろ……あそこを突っ切ると逆に遠くなっから、二階に上がってさっき通った裏の通路を使うのが一番近いんじゃねーのか?」
「そうですか、ありがとうございます。どうもここは複雑でわかりづらくて困りますね」
その言葉を最後に、もう一度強くジュリオを睨み付け。
これ以上時間を浪費できないとばかりにラグトリフはさっさときびすを返し、足早に立ち去っていった。きっとベルナルドを一人にしたことに対して怒っているのだろうが、彼とベルナルドの関係性がどうもよくわからない。
ベルナルドは彼を信じていないと言うし、ラグトリフは普段はベルナルドを突き放している風にすら感じてしまうことがある。どこかそっけないというか、使用人と主人の関係を崩したがらないというか。多くの使用人に囲まれて生活しているジュリオだからこそわかるのかもしれないが、通常のラグトリフの態度は口調こそ軽いがちゃんとベルナルドを主人として扱っている。感情を剥き出しにせず、主人の行動を邪魔せぬよう最大限に配慮して動く、それは主人を気遣う従者の動きそのものだ。
それが今はどうだ、ベルナルドは部屋に戻っているとは言った。が、合流したいとも迎えにきてくれとも言っていないというのに、彼は自らベルナルドを迎えに行くことを選択したのだ。
それは自分と同じ血と怨嗟にまみれたあの男の、どこから生まれた思いなのだろう。
「………おいジュリオ、聞いてんのかよ!」
「聞いてなかった」
「正直なのはいいけどよ………ぼーっとして人の話を聞かねーのはナシにしてくれよな」
「わかった」
「オレはこれから玄関の方に行ってみる……その……テメーもつきあってくれんだよな?」
「つきあう、イヴァンに……ついて行く」
考えている間、イヴァンに話しかけられていたことすら気がつかなかった。
脳裏から先ほどのラグトリフの目線が消えず、条件反射で返事を返してはいたが。周囲に気を配ることは忘れてはいなかった。かなり遠くに行ってしまったのか、ベルナルドの足音も匂いももう感じないが、苛立ちを無理矢理隠そうとしているラグトリフのどこかくぐもった靴音は耳朶の奥に響いてくる。いくつも重なり合って響く小さな足音は、きっとマリーを捜す子供たちのもの。
館の壁の中を這いずり回る『何か』は、ジュリオが感じ取れる場所に今はいなかった。
だが確実にこの館の中にいるのだろう、そうでなければ人が殺されることも、子供が消えてしまうこともありえないのだから。
「マリー……まだ見つかんねーんだ……」
「そう……か」
「オレがあの時ちゃんとぬいぐるみを拾ってやってたら、こんなことにはならなかったかもしんねーよな」
「…………………………」
そうだ、とも、それは違う、とも言えなかった。
あの時のイヴァンの判断は間違っていなかったはずだし、その後ぬいぐるみを確保し忘れたからといってそれがイヴァンのせいだと思う人間はいないだろう。今は非常事態だというのに勝手に出て行った幼い子供の無分別を責める人間はいても、イヴァンが責められる必要はないはず。
だがイヴァンの拳は強く握りしめられ、周囲を警戒するように身長にゆっくり進む姿は己を追い込んでいるかのようだった。
頼りなげで、心細そうなイヴァン。
そういえば彼と共に一夜を過ごしたときも、彼はこんな顔をしていた。あの時自分は彼に最初に何をしただろうか、確か強く握りしめられた拳をゆっくりとほどいてやり、そして……
「…………おい」
「なんだ?」
「何でオレの手を握ってんだよ………暑苦しいだろうが」
「こうすると落ち着く……そう言っていた」
「誰がだよ?」
「ジャンさん……が」
「こうしてやれってか?」
「違う、今……俺が……したくなった……だけ」
不安な時は誰かが側にいて手を握っていてくれると落ち着くもんだ。
ジャンが以前そう教えてくれたことを、ジュリオはまた忠実に実行した。身長差があるのでイヴァンの手を半ば持ち上げる形になってしまっているが、イヴァンから拒む様子は見られなかった。彼のスーツの袖と、自分のジャケットがこすれあい耳障りのいい音を立てる。
彼の背を守れるように彼よりわずかに遅れて歩くようにし、左手は彼の右手に預け伝わってくる暖かさと時折嘆くように震える指をできる限りの優しさで包み込んだ。
「すまねーな……そのよ……気ぃつかわせちまって」
「別に……つかってない」
男に手を急に握られて悪態をつくか怒り出すかと思っていたら、イヴァンは逆に黙り込んでしまった。彼らしくないわずかに朱に染まった顔からは、いつものような突き刺すような激しさを感じ取ることができなかった。
一応の目的地点としている玄関まであと少し。
首筋から入り込むわずかに冷えた空気に体温を下げられているのか、イヴァンの握られた手に力がこもる。まだ顔色は悪いし、唇も硬くこわばっているが、何かを決意したように顔を上げ、ジュリオの顔を目線で縫い止めると、
「あのよ…………俺ら、前にこうやって…………」
どこか歯切れの悪い口調でそう話し始めた。
真摯な力のこもった強い瞳は、なんの汚れもなく澄み切った輝きでジュリオを見つめてくる。この瞳にもっとじっと見つめられ続けたい、自分だけを見ていてくれたらいいのに。それができなければ、この時間をもう少しだけ長く……と考えていると、首筋に再度ひやりとした風。
それも濃密な血の臭いを含んだ。
「…………………………あっちか」
「なんだ!? マリーがいたのか!?」
「血の臭いだ………あの角を曲がったところ……か」
誰かがどこかでドアか窓を開けたのだろう。
数瞬の間だけ館を流れる風の流れが変わり、ここまで血の臭いを届けてくれたのだ。かなり濃密に臭ってくる、まだ流されて間もないであろう新鮮な血臭。いくら館の中とはいえ、こんな近くに来るまで気がつくことができなかったなんて。
「イヴァン……俺の……後ろに」
「オイ、やべーのか?」
「わからない」
名残惜しいがイヴァンの手をもぎ取るように離し、彼を自分の背に庇うようにして前に進み始める。
相手はこの館を知り尽くしている。
空気がたまり、血の臭いが余所に流れない場所を理解し、周囲の人間に気がつかれないように血を流すことができる。通常であれば数百メートル範囲の血の臭いをかぎ取ることができるジュリオが、空気の流れが変わらなければ気がつくことができなかった。きっとラグトリフも同じのはずで、CR-5が誇る最高級の戦闘員二人がまんまと欺かれていたわけだ。
この館に潜んでいるのは、どれだけの化け物だ。
人生初になるかもしれない敵対する相手への恐怖を抱きつつ、角を曲がったジュリオが最初に発見したのは、小さなぬいぐるみの足だった。血に濡れている様子もなく、子供がかんしゃくでもぎ取ったように、縫い止めてあった糸やらほつれた布地が絨毯の上に広がっている。
更に足を進め、茶色いそれを観察しようとするとイヴァンが後ろで大きく息をのんだ。
「あっちもだ……あれも……足か?」
「そう……みたいだ……」
少し離れた更に続く廊下の角に、またぽつんと足が一つ。
その足がある角を曲がれば、確か玄関だったはずだ。ここまで来ても、先ほど感じた血の臭いはまだ鼻に届いてこない。できれば自分の感じた血の臭いが間違いであって欲しい、イヴァンがこれ以上傷つかないように。
ふわふわの毛に包まれた小さな足を広い、口から漏れそうになる嗚咽に近い声を抑えようとしているイヴァンの手を繋いでやれない今の状況に歯噛みしながら。
ジュリオは問題の角を曲がり、漏れそうになった驚愕の声を殺すために己の手で口をふさいだ。
「……………………………!」
「マリーがいたのかっ!?」
「………駄目だ! 来るな!」
これほどの大声を上げたのはいつ以来だっただろうか。
客が玄関のドアを開けるとすぐに目に入ることになる巨大で豪奢なな二階へと続く階段の上にちょこんと、ぬいぐるみの残りの部分が置かれていた。
一番下の段に無造作にちぎられたであろう首が。
その数段上に適当にばらまいたように両腕が。
胴体の部分は、かなり上の段の方に傾斜を利用して器用に仰向けに寝かせてあった。
下から見るとすぐ上の段に乗せられたマリーの首と、下の段に置かれているマリーの両足と接合しているように見えるように。
幸運なのか不運なのかはわからないが、潰されなかったマリーの両目は意志を失った虚ろな目線を中空へと向け続けている。ざっと見た限りでは見つからない両腕と胴体も、きっと探せばどこかにあるのだろうが。
「…………ウソだろ…………なんなんだよこれは!!!! どこのヤローがやりやがったっ! マリーはナニもしてねーだろうがよっ!!!!」
ジュリオの制止も聞かず、横を走り抜けてマリーであった死体の元へと走っていこうとするイヴァンを止めることがまずは先だった。
壁がこつりと音を立て開いていくのを、ベルナルドは無言で見つめ続けていた。
事情は何となく理解した、君の本当の主人に会わせて欲しい。
そうエレナに伝えると、彼女はかなりの時間戸惑い、そして逡巡し、この部屋へと案内してくれた。彼女の本当の主人は日光を浴びることができない体質であり、非常に臆病なのでなかなか壁の中から出てくることができないそうだ。
この館が何故こんな隠し通路だらけの館になってしまっているか。
それはエレナの本当の主人が、日光を浴びられないと言うことが理由の一つらしい。が、もう一つの理由は教えてもらえなかった。
主がベルナルドになら会ってもいい、全てを話すことはできないがこの館を安全に出ることができる力添えはできる限りしたいと思っている。その主の意志を伝えた上で、エレナは主人が認めた客を心より歓待いたしますと深々と頭を下げてくれた。
何のことはない、彼女はこの家に仕えているのではなく特定の主に仕えている己を誰よりも誇っている忠実な使用人だっただけだ。一瞬でも疑って悪かったなと思いながら、脳裏をよぎったのはラグトリフのことだった。
彼のことは心配していないが、部屋に戻っているとしたら無駄足を踏ませたなと思いつつ、大きなため息をつきそうな口を慌てて閉じる。
主が姿を見せるまで音を立ててはいけない、おまけにこの部屋は窓がなく明かりといえば用意されたソファーの横に置かれる古めかしい燭台の上で揺れるいくつかの蝋燭の炎のみ。一人でこんな部屋に閉じ込められれてしまえば、普通なら速攻でこの部屋を逃げ出しているはずなのだが。
なぜだか、奇妙な安心感があった。
ロスの死体はあんなに高くつり上げられていたというのに、警告のために壁に書かれていた文章は床にかなり近い場所に書かれていた。あそこまで大の大人の死体をつり上げるにはかなりの力と上背が必要になる、犯人はかなりの大男なのだろう。だがその大男が体を縮こまらせて、あんな低い場所に警告文を書くだろうか。
それもあんなに丁寧な文体で。
あれだけ残虐な殺し方と警告文の内容は明らかにそぐわない、ならば答えは一つ。
警告文を書いた人間と犯人は違う。
それに気がついたら後は話は早かった。いくつかの違和感はまだ消えないのだが、何となくこの館をとりかこむ悪意と呪いの正体は理解できはじめていた。
誰にも気づかれぬように壁に作られた隠し扉が、くるりと回って開いていく。よほど優秀な大工が施工したのだろう、壁の切れ目すら気がつかせない作りは見事なものだった。
そしてそこからずるずると這いながら出てくる小さな影が一つ。
きょろきょろと辺りを見回し、そしてベルナルドの姿を見つけると、小さいが確固とした意志と理性と理知にあふれた眼差しをこちらへ向け。
思うように動かないであろう体を精一杯使い、優雅にこちらに向けて一礼してきた。
・ということでようやくターニングポイント(ベルナルドにとっての)
現在のところは予定通りです……ジュリオとイヴァンはみっしさんがどうにかしてくれるはずなので、私はネタを振るだけ振って逃亡しますです。
ということで、バトンタッチ~
次は10か……どんだけ続いてるんだか……
BGM「Little Wish 〜lyrical step〜」 by田村ゆかり
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色々説明
拍手現在豊臣家転生パロ中学生編入ってます
(現在2本 家三 チカナリです)
注意事項
・フリーリンクじゃないです、基本的にはリンクはお断りしています
・ひっそりこっそりが信条なので、黙々と
・捏造、not公式のこばなしが多いので、スルー推奨
ラキドでは幹部全員を溺愛しておりますが、ベルナルドとイヴァンは特に偏愛。ばさらは家三とか奥州の愉快な仲間達と毛長がメインです。うずみさんが現在官三とか官佐にずっぽりとはまり中。
基本は、愛想のかけらもない「ネット怖い~」の書き手が二人で色々書いている場所です。
書いている人
みっし
・生真面目で堅物でムキムキな男性と一見そうじゃなくても根は真面目極まり ないキャラをこよなく愛している、がんかたうるふの片割れ。編み物とお菓子作りが趣味という、第三者曰く可愛らしい一面を持つ反面、パニクると踊ったり、オロオロしだして周囲は見ていて楽しいらしい。荒ぶる舞は、職場の名物だったりする……らしい。
イヴァンちゃんと片倉さんとシズちゃんとスカイハイさんと陛下を思いっきり愛している。好きなアニメは銀魂と最近はFate/zero。型月ファンというよりは元から虚淵ファンでうずみさんからオススメされまくった末にようやっと手を付けて完読した。ライダー組おいしいです。エクシリアではダントツで陛下が好き。陛下が使用可能になる完全版があるなら複数買いしても構わないとのたまう日々。バサラの好きキャラは片倉さん一強だったはずなのに最近はアニキも熱い。かっちり着込むキャラがすきだったはずなのにいきなり露出度が高いキャラを好きになったのは何故か悩む日々。二次元の向かう愛と同じぐらい甥っ子への愛を叫んでいる気がしてならない。
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