こちらはサークル「がんかたうるふ」のうずみとみっしの二人組が、ラッキードッグ1とばさらのこばなしを黙々と投下する場所です。
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うずみさんの代理アップです。
これで7話は完結となります~。
ある意味うずみさんの本領発揮の回…となっています。(みっし)
これで7話は完結となります~。
ある意味うずみさんの本領発揮の回…となっています。(みっし)
*****
「テメーら、俺の知らない間にナニやってたんだよ……」
朝食後にお茶を、そんな名目でベルナルドに彼らの部屋に誘われたが、そこで行われたのはイヴァンが知りもしなかった事態についての情報交換だった。周囲の状況を逐次伺いながら矢継ぎ早に繰り出される自分には一切伝えられていなかった事実に、ドア横の壁に体を預けていたイヴァンの顔はただ歪んでいく。
自分が蚊帳の外にされたいたことに腹は立つ。
だがベルナルドには伝える機会がなかったことを謝られたし、ベルナルドの隣で彼の髪をいじっているラグトリフもイヴァンに伝えなかったことをわずかだが反省しているらしい。あまり気持ちがこもっていない口調ではあったが、仲間はずれにしてすいませんでしたねと一応口にしたのだ、許さないわけにもいかない。
だがジュリオとはほとんどの時間を一緒に過ごしていたのだ、伝える機会なんていくらでもあったというのに。
「ジュリオ、それだけじゃないだろう? イヴァンにもちゃんと説明してやれ」
「…………………」
「ジュリオ」
柔らかく波打つ髪をラグトリフに預け、ベルナルドは鋭い眼差しでベッドに腰掛けているジュリオを射貫いた。筆頭幹部の威厳と迫力はジュリオが顔を背けるほどのものだったが、横で髪の毛を弄んでいるラグトリフがそれを台無しにしているような気がしてならない。指に髪を巻き付け遊んだり、時折髪にほおずりなどしており大変気色の悪い光景なのだが、当の本人たちはそれを気にしていないようだった。
仲間はずれにされていたことを怒らなければならないイヴァンが何ともいえない笑いを浮かべるしかないのだ、彼らを知らない人間が見たら嫌悪感で逃げ出してしまうだろう。
とはいえ普段は穏やかに見える男の内側からにじみ出る覇気を直接向けられているジュリオにそれを笑う余裕はなく、わずかに唇をとがらせて顔を背ける仕草は彼の内側に残っている子供の部分を表しているようでイヴァンにとっては新鮮な光景だった。
ジャン以外に頭を垂れず、誰にだろうと同じ態度で相対しているいつものジュリオとは違う姿。昨日ここに到着してからいつもと違う彼の様々な表情をみてきたが、こんな顔もできるのかと驚かされながら彼に対する理解を深めてきたつもりだったというのに。
何故か今のイヴァンの顔は更に歪んでいっていた。
ベルナルドの言葉に素直に従えず、子供のようにすねているあの顔のどこかにイヴァンを苛立たせる要素があるのだろうか。無意識のうちに壁につけていた掌に力を込め、壁を掻きむしるかのように指が勝手に力を込め始めている。
そんなイヴァンの状況に気がついたのか、ジュリオがまだ尖ったままの唇からぼそりと言葉を漏らす。
「…………そこは…………駄目だ………離れろ」
「この奥にも『妖精さん』ってヤツが住んでんのかよ?」
「今は……いない…………だけど………近づかない方がいい…………」
「わかってんなら最初から教えやがれ。相変わらずまどろっこしいヤロウだな、テメーはよ」
「…………………」
イヴァンの体が壁から離れたのを確認してから、ジュリオの顔は別な方向へと改めて向けられる。イヴァンの顔が見えないようにわざわざ計算して体の向きまで変えたことに更に苛立ちを深めていると、ベルナルドの声がもう一度だけ強くジュリオを打った。
「ジュリオ、説明しろ」
「………………」
吐息に混ざるようにジュリオの口からイタリア語での罵倒の言葉が漏れるが、ベルナルドは再度ジュリオに名を呼ぶことでそれを封じた。普段はジャンの手前控えめに動いているベルナルドだが、こういう時の彼は幹部そろって刑務所に入れられる前の彼のままだった。
表面上だけは柔らかく、その実厳しく強く堅い。
肉体的にはジュリオよりも遙かに弱いが、それ以外の力で簡単に彼を従わせることができる。その事実を改めて見せつけられながら、イヴァンは次の居場所である窓際へと到着した。
厚い雪雲からうっすらと光が差し込み始めてはいるが、外はまだ雪がちらついている。この様子だとあと数日はここに閉じ込められたままだろうなと思いながら、イヴァンはようやく重すぎる口を開き始めたジュリオの途切れ途切れの説明に耳を傾け始めた。
「…………俺が……最初に気がついたのは…………イヴァンが外に出た時だった……」
要点だけしか語らない説明を何度も怒鳴りつけては中止させながら、ようやく理解したのはイヴァンの周囲の状況があまりにも謎と疑惑と悪意に満ちているということだった。
館の壁の内側を動き回る謎の存在、ジュリオが罠を仕掛けたという大人が通れない隠された通路。そして怪しい動きをしている使用人たちと、雪によってここから出ることができなくなっている自分たちを含む客人たち。
そして、自分は知らぬ間にジュリオに守られていた。
幹部会での報告よりも冷淡な口調で雪玉に仕込まれていた鏃のような石を見せ、イヴァンが狙われている可能性があると言い放ったジュリオに、イヴァンが最初に言ったのは感謝でもねぎらいでもなく、
「なんでオレに言わねーんだよ!」
という怒りに満ちあふれた叫びだった。
守られていたことに素直に感謝できないほどひねくれているわけではない、ジュリオが何も言わず最後まで隠し通そうとしていたのが、怒りを誘ったのだ。どこかの貴族の姫君のように大事に守られていたことに、男として不本意さを感じはするが。そのおかげで怪我をしなかったという事実の前ではそんな安いプライドは捨て去るべき。
それをイヴァンは金髪のカポから学んでいた。
「オレに言ったら信じねーとでも思ったのか!?」
「違う」
「じゃあなんでだよ?」
「…………知らない方が………………いいことも…………ある。何もなければ……それでいいと…………」
「で、オレはナニも知らずに幸せに暮らしましたとさ、で済ませる気だったのかよ。テメーはいつもそうだよな、一人でドロかぶって終わらせりゃいいと思ってるだろ?」
「そうじゃない」
「じゃあなんだ? オレに言うのがめんどーだったか!? それともオレのようなドブ板の上を這い回ってるような身分のヤツには話すクチはねえってことかよ!」
珍しくきっぱりと言い切ったジュリオに、イヴァンは更に言葉で噛みつく。
いつも通りの濁った笑顔のラグトリフに何かを耳打ちされ、口の端に笑みを乗せたベルナルドに見られているが、そんなことを気にしている場合ではない。
「イヴァンだけは守る…………ジャンさんとそう……約束した」
「ジャンの………ヤロウと……かよ」
「そうだ」
「オレがどうとかじゃなくて、ジャンとの約束だったからってことか……テメーはいつもそうだよな、金髪にシッポを振りてえのなら、さっき会ったあのガキにでも振ってりゃいいだろうがっ!」
「ジャンさんはジャンさんだ…………イヴァン……じゃない」
「そりゃそうだろうよ、オレはアイツじゃねーからな」
吐き捨てるようにそう口にすると、初めてジュリオの顔がイヴァンの方へと向けられた。朝日の光を受けると明るく、夜の闇の中では静かに暗く煌めく瞳は、今だけはイヴァンを真摯にそして優しく見つめていた。
「ジャンさん……じゃない………だから………よくわからない」
「な、なんだよ……そりゃ」
「わからない……だけど………オレはジャンさんに頼まれたからだけじゃなく…………」
自分の意志でイヴァンを守りたいと思っている。
困ったように、惑うかのように。
だが一生懸命考え、自分の感情の答えを導き出そうとしているジュリオに、イヴァンの顔が自然に熱くなっていく。きっとすごい勢いで顔が赤らみ始めているのだろう、いいタイミングでらぐとりふがクスクスと笑い出し始めていたがそんなことを気にしている余裕はなかった。せめて知っている限りの悪態で罵ってやろうと思ったが、喉にまでジュリオの言葉が生んだ熱が絡みついてきたのか上手く言葉を紡ぐことができない。
それよりも何よりも、自分はジュリオの言動の何に最初に腹を立てた?
ジュリオがジャンの命令で自分を守っていたから腹を立てたのではないのか?
ジュリオが自分の意志で自分を守ろうとしていなかった、その事実に対する失望を怒りにすり替えてごまかそうとしたのでは?
彼とはあの時一晩を過ごした以外、あれから何もなかった。
このままなかったことにしてしまえば互いに楽だったろうに、ジュリオはこの旅の中で答えを自分の内側から生み出そうとしているのだ。不器用でどうしようもない男だが、そのことはちゃんと評価してやらなければいないだろう。
そして自分が今後彼との関係をどうしていくべきか、それも考えなければならない。
目が覚めて彼の顔を最初に見たとき、自分は彼に何を感じたのか。混乱だけではないはずなのだ、普通男に抱きしめられながら眠っていたのなら、嫌悪感と殺意を抱くはずだというのに自分は彼に対してそんなものをかけらも感じなかった。
それだけではない、あの時のイヴァンは彼の腕の中で一度も目覚めることなく安らいだ眠りを得ていたのだ。記憶のない時間の間に、自分と彼の間にあった冷たい壁を突き崩すような何かがあった。
ジュリオだけが覚えている何かが。
それを思い出さなければきっと、ジュリオは自分の方を向いてくれない。彼と親しくなりたいわけではない、打ち解けて友人になりたいわけでもないだろう。
それよりももっと深い何か、それを互いに求め合っている。
欲しいものが手に入らずにだだをこねる子供と同じだなと内心思いながら、イヴァンはまだ赤く染まったままの頬に手をやりながら、ジュリオへ今できることをしようとする。
「あ~、あのよ…………テメーがそう思ってくれてんのはありがたいんだけどな……」
「そ、そう……か」
「オレが狙われてんのなら、オレも気をつけなきゃいけねえだろうがよ。テメーだけ張り切ってもしょうがねーってことを覚えやがれ」
「おや、今日は優しいですねイヴァンさんは」
「ニヤニヤしながら余計なこと言うんじゃねえ! そこの陰険メガネも孫を見るような目でこっちを見んなぁぁぁぁっ!!」
「幹部同士の親交を俺が止めると思うか? それに今の俺は休暇中だ、おまえたちがどれだけ揉めようが、それを通り越して『仲良くなりすぎて』も別に構わないさ」
含みのある口調と笑いのまま、ベルナルドは上着の内側からシガーケースを取り出す。ケースを手渡されたラグトリフが慣れた手つきでそこからシガーカッターを取り出し、葉巻を吸う準備を整えるのを横目で見ながら、ベルナルドは更に話を続けた。
「うちはカポがもう……まあそういうことになっているわけだし。お前とジュリオがどうにかなっても、俺もジャンも責められるわけがないだろう」
「だから何でそういう考えになるんだよ!」
「……嫌いじゃないから、迷ってるんだろう?」
穏やかに、だかしっかりとイヴァンの目を見据えて告げられた言葉は、イヴァンとそしてジュリオの胸を確実に貫いていた。
「……………………」
無言のまま、まだ一度も合わせていなかった目線をどちらが言い出したわけでもなく合わせると、
「な、なあ……おい」
「……………………なんだ?」
「テメーよ…………顔、赤いんじゃねーのか?」
「…………………………イヴァン…………こそ」
初々しいですね、そうラグトリフがベルナルドに囁いているのが聞こえるが、そんなことを気にしている余裕はもうなかった。どうイヴァンに接すればいいのかわからないのだろう、ベルナルドが使っているベッドだというのにシーツをぎゅっと握りしめしわだらけにしているジュリオの顔は、普段の彼からは想像できないほど気恥ずかしげだった。
耳だけではなく首元まで赤く染まった姿は、部下には決して見せられないが。
それが自分によってもたらされたものだと確信し、イヴァンはようやく不機嫌だと認識していた今の自分の気持ちを少しだけ修正することにした。
不機嫌ではなく、少しだけ気分がいい、と。
「あのよ…………」
こちらをちらりと見てはまた目を伏せる行動を繰り返すジュリオに何か言葉を継げてやろう、そう思った瞬間だった。
まだ年若い、男とも女ともわからぬ悲鳴が部屋の外から途切れ途切れに聞こえてきたのは。
「西の方ですね」
「…………女…………いや、子供だ」
「どうします、ベルナルド?」
「今は情報が欲しい、とはいえ分断して動くのは危険だな。全員で移動するか……イヴァン、ジュリオから離れないようにしろ」
先ほどまで孫の成長を見守る好々爺のごとき落ち着きぶりだったというのに、ことが起こったときのベルナルドの行動は誰よりも素早かった。ラグトリフから受け取った端を切った葉巻を受け取りながら颯爽と立ち上がり、片手の指に葉巻を挟み、もう片方の手で上着の襟を軽く正すと、背後にラグトリフを従えてあっという間にドアへと近づいていく。
彼の長年の勘が、今の悲鳴が尋常ならざる事態の嚆矢だと伝えてきたのか。
わずかの物音も立てずに素早く自分の隣に移動してきたジュリオの、もうわずかの赤みも失せてしまった硬質的で冷ややかな美貌を見ながら、イヴァンは何故か背筋にぞくりと震えが走るのを止められなかった。
それが悲鳴の先にある事態への恐怖なのか、それともジュリオの美しすぎる容姿に見とれてしまった故なのかわからなかったが、一瞬だけ自分の顔をのぞき込んできたジュリオの瞳は暗さだけではなく清冽な輝きを放っていた。
現在イヴァンたちが滞在しているのは東館、悲鳴が聞こえたのは西館の方だった。
当主とその家族が住んでいる本館を挟むような形で客用の別館が建っているわけだが、二つの別館と本館はそれぞれ二つの通路でつながれている。昨日イヴァンが教えてもらったのは、使用人たちが物資の運搬などに使用する近道ではあるが内装などに力を入れていない洞窟を思わせる道。通常客人たちが本館に行く場合には、館の中と同じ柔らかい色合いの壁紙と暖かみのある窓枠のある渡り廊下を利用している。
身長の違いすぎるベルナルドたちが本気で歩くと通常なら置いていかれがちにあるイヴァンだったが、今のところ彼しか知らないこの道を先導して歩くことでなんとか先頭を歩くことに成功していた。
近づくにつれて大きくなる悲鳴と、顔をしかめて逃げ出してしまいたくなるほどの悪臭がイヴァンの足を止めそうになるが、ここで逃げ出すわけにはいかなかった。後ろにはジュリオがいるのだ、彼の前ではみっともない姿を見せたくなかった。何故自分がそう思うのか、その理由もきっと覚えていないあの日の記憶の中にあるのだろう。近いうちにジュリオと話をしてあの時の記憶を人づてであろうと手に入れなければならない必要を強く感じながら、イヴァンは声の聞こえる方向へ足を進めていった。
複雑な構造の館なので時折道を間違えそうになるが、人並み外れた五感の持ち主であるジュリオが後ろから声で誘導してくれる。生ゴミを焼いたような臭いを周囲に広げ続けるドアは、先に何人かの人間を受け入れているらしかった。室内からは未だに悲鳴か響き続け、半分開いていたドアの隙間から、悲鳴を生み出した元が見えてしまっていた。
数人が滞在するにはあまりにも広くたくさんのベッドが並べられている部屋の隅には、団子のように子供たちが固まっている。ここは彼らが滞在していた部屋であり、当主の娘を紹介された後の朝食会を終え、部屋に戻ってきた彼らが発見したのだろう。
壁に貼り付けられた、半ば焼け焦げた死体を。
「………マ……マジかよ………」
最初に口から出てきた言葉はそれだけだった。
ドアの前に立つと無理矢理鼻孔に入り込んでくる焦げた臭い。それを体内に取り入れたくないがために口を開きたくなかったし、なによりも目の前に広がった光景は凄惨な場面に慣れきっているはずのイヴァンの精神を瞬時に打ちのめすだけの力を持ち備えていた。
いつの間にか背後に立ち、無言イヴァンの肩を支えてくれているジュリオも、さすがにこれには面食らったらしい。言葉には出さないが、イヴァンの肩に指を食い込ませた指が彼の動揺を如実に表している。
そしてそれだけが今のイヴァンの心を繋ぎ止めてくれていた。
その死体は、磔刑にされた古の聖者のように美しく壁に貼り付けられてはいなかった。
子供が捕らえた虫に針を刺し、逃げられないようにするために無造作に針を刺すかのように、1本は腹の真ん中、もう一本はつま先そしてもう一本は首もと……と、左右非対称な上に刺し方すら安定していない。庭の造成のために使う杭を使ったのだろう、壁を壊す勢いで深くつき込まれている杭があるかと思えば、わざと痛みを増すために浅くだか時間をかけて刺し込まれたとしか思えない、周囲の肉が完全に焼けただれて腐り始めている部分もあった。
服を剥いた死体に焼いた杭を刺し込んだのか、それとも生きたまま焼けた杭で串刺しにされ、地獄の苦しみを味わいながら逝ったのか。死体の下の床に一滴の血も流れておらず、焼けた血なのであろう赤茶けた粉が少しずつ降り積もり始めていることから鑑みると、おそらく後者だろう。
体内の血すら焼かれながら、殺されていったのだ。
天井にほど近い場所にある頭にも遊び半分なのか、額の部分に中途半端に刺し込まれた杭が突き刺さり、かろうじて壁に刺さっているそれが空虚な眼窩をその場にいる人間全員に見せつけていた。
目の周囲は大きく焼けただれ、焼けた杭を全身に刺し込まれたことで衣類もほとんど焼け焦げてしまっている。だがそれでも彼が誰かくらいはその場にいる人間には判別できていた。
がくがくと震えながら泣き叫ぶ子供たちを幾人も腕の中に抱え込み、必死に子供たちにこの光景を見せないようにしている年若なシスターや、声を聞いて駆けつけたが何をしていいのかわからぬまま硬直している他の客たちにも、焼け焦げた死体が誰かはわかったようだ。
彼の名前と悲鳴だけが交差する部屋の中を、ラグトリフの声が響き渡っていく。
「…………ロスさん……でしたっけ?」
「あいつは確か……ここを出て行ったんじゃなかったのか?」
「どうやら地獄行きのドライブに行ってしまったみたいですね~」
イヴァンの横を通り過ぎ、どこかのんきな口調で会話を交わしながら死体のそばへと近づいていく二人の年長者の顔には、わずかの動揺も見られなかった。流れ出るはずの血潮すら焼けた杭に燃やし尽くされ、恐怖の涙を流すことすら許されなかった死体。それへと近づき、ベルナルドは自分の目線のあたりにある腹に刺さった黒錆色の杭にそっと指を滑らせた。
「まだほのかに暖かいな……殺されて2時間くらいといったところか。朝になってから出て行った人間が、今何故ここでこんな姿になっている?」
「出て行ったことは知ってますが……何故朝出て行ったと思うんですか?」
「ロスに叩かれて怪我をしたメイドがいると聞いている。昨夜怪我をしたのなら、昨夜のうちに怪我の手当をして、手当をした人間は血のついた服を着替えているはずだ。俺が朝会った使用人の服についていた血は……完全に乾ききっていなかった」
彼女を信用できるならだがな、そう付け加えた後ベルナルドは杭に滑らせた指をじっと見つめている。そのすぐ横でおもしろいものを見つけた子供のような顔で死体を見上げているラグトリフだったが、その背には力が漲っており周囲の人々のわずかな動きにも反応していることをイヴァンは感じ取っていた。
ベルナルドが思考をまとめることを誰にも邪魔させない。
そんな意志に満ちた背に守られたベルナルドは、時折感謝の思いを目線にこめてラグトリフへと贈る。そこにあったのは金でつながった主従の関係ではなく、人生を捧げ合ったものだけが手に入れることができる無限の信頼だった。
イヴァンとジュリオ、互いに対する思いに名前すらつけられない二人にはまだ得ることができないもの。
「………………おい、ジュリオ」
痛みで顔をしかめたくなるほど強く肩をつかんでいる背後のジュリオへ、声をかけながら後ろを向く。いつもと変わらぬ無表情、死体の方へと向けられた目線はわずかも動こうとしない。
だがイヴァンにはなんとなくだがジュリオの思いがわかるような気がした。
「メガネのヤローがうらやましいのかよ」
「……………違う」
「メシ抜きにされたガキみたいな目だぜ、今のテメーはよ」
「………………だから……違う」
感情を凍らせた瞳の奥。
死体の側で陰惨な会話を交わしながらも、互いに対する思いを暖め続ける年上組を見つめる瞳には、強い渇望が秘められていた。憮然とした態度でイヴァンの言葉を受け入れないジュリオを一瞬かわいいと感じた後、重大なことに気がつく。
こんなところでジュリオで遊んでいる場合じゃなかった。
冷静きわまりない態度で死体の検分を続けている二人のおかげで悲鳴は幾分小さくなったが、それでも泣き叫ぶ子供たちとまだ広がり続けている悪臭はいただけない。ベルナルドが考える仕事をしているのなら、自分の仕事は後片付けのために動くことだろう。そう判断してイヴァンはまず最初にベルナルドの今後の行動についての許可を取った。
「おいメガネ、窓開けっぞ」
「ああ」
「ガキどもの部屋も移動するぞ、ジュリオのヤツに手伝わせっからよ、テメーはここで探偵ゴッコでもしてやがれ」
「……すまないな」
集中しているのか、かなり生返事ではあったが、ベルナルドの了解は取った。足早に窓に近づき、ついでにジュリオに命令して二人で部屋の窓をすべて開く。一気に冷たい風と雪片が部屋に入り込んできたが、部屋の臭いが薄れてきたので多少は呼吸がしやすくなった。
あとは呆然としていたり、しゃくり上げて呼吸すらままならなくなっている子供たちをどうにかしてやらなければ。部屋の外に出て行ってえづく音を量産している大人たちと違い、彼らはここが自分の部屋なので逃げ出すことができないのだ。おまけに窓を開けたので、風邪を引いてしまう可能性もある。
部屋の隅で一塊になっている子供たちに近づき、まずは片手でシスターのスカートの裾を掴んでしゃくり上げているマリーを抱き上げてやる。
もう片方の手には、先ほどイヴァンがなおしてやった熊のぬいぐるみ。
「…………おに………いちゃ……………」
「ケガはねぇな?」
「……う、うん」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を胸元に押しつけてくるマリーの頭を撫でてやりながら、イヴァンはシスターの背にしがみつく黒髪の少女に向かって手を差し出す。マリーが全身全霊でしがみついてくるので、手を離しても彼女が落ちることはなかった。代わりに彼女が大切にしていた熊のぬいぐるみが床に転がったが、マリーにはそんなことを気にしている余裕はなかった。
彼女の頭を撫でる手を器用に背に回し、人のぬくもりに多く触れることで少しでも不安感が減るように配慮をしてやっていると、おずおずと黒髪が映える色合いの白い手がそっとイヴァンの指先に触れてきた。
「…………イヴァン…………お兄ちゃん………」
「マルゴー、立てるな?」
こくりと無言で頷くマルゴーの手を強引に掴みとり立たせてやると、マルゴーが自らイヴァンの腰に手を回してきた。そんなマルゴーの背を何度か優しく叩いてやり、あえて厳しい声で彼女を叱咤した。
「ここだけじゃねえよな、部屋は。テメーはこいつらのねーちゃんなんだろ? さっさと別な部屋に連れて行ってやれ」
「わかった………ジョ、ジョシュア……ヴィノ……おいで………ラエルたちのお部屋に行こう?」
片手に小さい子供を一人づつ、死体を見ないように部屋を立ち去っていこうとするマルゴーの黒髪に手をやり、マリーを抱いたまま体をかがめ優しく耳元に囁いてやった。
「向こうの部屋のヤツらがこっちに来ないように見張っててくれ。マルゴーの言うことならアイツらも聞くだろうからな、頼んだぞ」
知的好奇心が旺盛すぎるラエルや、彼と同じ年頃のやんちゃ盛りの少年たちがこの部屋には誰もいないのがある意味幸いだった。あの年頃の少年というのは、遠慮も恐怖も知らないのだ。
彼らがこの部屋にいたら、どんなパニックが引き起こされていたのやら。
まあ彼らの誰もが少女から女になりつつあるマルゴーに敬意を払うと同時に、自分たちのお姫様として扱っていたので彼女が強く言い含めればこちらに来ることはないだろう。
イヴァンにも一緒についてきてほしいのか、何度もこちらを振り返りながら部屋から出て行ったマルゴーを最後まで見守ってから、イヴァンは次にまだ子供たちを抱え込んだ姿で座り込んだままのシスターに声をかけようとして、
「…………………………っ!」
ドアの外から除いている存在に気がつき、慌ててそちらの方へと向かっていった。
マリーが未だにしがみついているので体は重かったが、病弱だというあの少女にこの光景を見せたくはない。イヴァンを含む大の大人ですら精神的に打ちのめされているのだ、あんな精神的にもか弱そうな少女にこんなものは見せられない。
朝のほんのりと柔らかい光を受け、まばゆく輝く金色の髪。
それが室内へと入り込んでくる前に、イヴァンは少女を扉の前で止めることに成功していた。
「エミリアだったか? ガキが見るもんじゃねえよ、さっさと部屋に戻れ」
「…………また……死んだんですね………」
「また?」
生者の色とは思えない死者の世界に片足を入れているような白すぎる肌と、鮮やかな色合いの瞳。小柄な少女だというのに、人を従わせることに慣れきっているのであろう、後ろから派手な足音を立てながら追いかけてくるメイドたちの動向を気にする様子もなく、自分より遙かに背の高いイヴァンへと相対する。
「みんな……死にますから……」
「あのよ、どんな根性の悪い人間でも普通に死ぬ権利はあるんだ。積もり積もったテメーのミスで納得して殺されんのと、わけのわかんねー殺され方をするのじゃ、話が違う。死んでまで殺したヤツに馬鹿にされるような……こんな死に方は認めねえ」
「…………………………」
「ついでにガキにこんなモンを見せんのもな。ま、オレの商売柄こんなこと言っちゃいけねえのはわかってんだがよ……したいもんじゃねえな」
マリーの頭に再度触れてから、今度は少女の金色の髪に手を伸ばした。昨日触れたときと同じ、柔らかく暖かい感触。昨夜はそれをさんざん拒んだというのに、エミリアは今日は素直にそしてじっとイヴァンの目を見据えていた。
初めて出会った生き物でも見るかのように。
「…………不思議な人……ですね」
「あ? ほらよ、さっさとあっちに行けって」
「お嬢様、こんなところに!」
首をかしげながらまだイヴァンを見続けていたエミリアを止めたのは、昨日イヴァンに近道を教えてくれたメイドだった。自分の部屋付きのメイドである彼女に事情を説明し、子供たちの部屋を早急に用意して欲しいことと館内の換気をお願いし、イヴァンは部屋の中に戻る前にもう一度だけエミリアを見た。
何人かのメイドに守られるかのように囲まれているエミリアの細い体は、生命の息吹をほとんど感じさせなかった。細すぎる体も、この新雪が生み出した妖精だと言っても誰もが信じてしまいそうなはかなげな美貌も、生きている人間のものとは思えない。唯一彼女の生命の息吹を感じさせるのは、メイドたちに手を引かれながら遠ざけられていく彼女のイヴァンを追い続けている複雑な感情を宿しすぎて誰にも理解できない瞳。
いろいろなものが邪魔して、真意が読めない瞳はどこかジュリオに似ている。
我らがカポを思わせるあの輝く金色の髪もある、だから彼女が気になるのだろうと結論づけ、イヴァンはこの館を出るまでの間できる限り彼女に配慮してやろうと決めた。まだ首をひねってこちらを見続けている彼女の気持ちが少しでも安らぐよう、手を軽く振ってやる。
それには何も返ってこなかったが、少女の頬にわずかに朱が昇ったように見えたのはイヴァンの気のせいだろうか。
外の雪の片付けを行っていたことで室内の状況に気がついていなかった使用人たちが、ようやくこの部屋に集まりつつあった。ベルナルドとラドクリフは何故か死体ではなく、その下の壁を指さしながら話をしているし、ジュリオは窓際で何かの侵入に備えるかのように周囲に気を配っていた。
彼が焦って動き出さないということは、この空間にとりあえずは危険がないということだろう。しがみついて離れないマリーの位置を時折直しながら、イヴァンは慌ただしく動き始めた周囲を見つつ、この部屋から出て行くことにした。
上から空虚な眼窩に見つめられ続けるのも嫌だったし、それ以上にマリーをこの部屋においておきたくない。ベルナルドたちに一声かけ、マリーとシスターたちをもう一つの子供たちの部屋へと送っていこうとしたイヴァンにかけられたのは、ベルナルドの奇妙な質問だった。
「聖歌隊の子供たちの部屋へ行くのなら、字の読み書きができる子供たちがどれだけいるか聞いてきてくれ」
「ガキに勉強でも教えてやれってことか?」
「………子供たちが悪戯で書いたんじゃなければ、これは犯人のメッセージということだろう?」
ベルナルドが指さしたのは、哀れな焼け焦げた死体のちょうど真下だった。
高くつり上げられた死体の靴を脱がされ爪すらはがされたつま先のすぐした、白い壁に白い白墨でたどたどしい文字でこう書かれていたのだ。
『死体が増えないうちに、早くここを出て行ってください』
BGM「夢幻」 by水樹奈々
朝食後にお茶を、そんな名目でベルナルドに彼らの部屋に誘われたが、そこで行われたのはイヴァンが知りもしなかった事態についての情報交換だった。周囲の状況を逐次伺いながら矢継ぎ早に繰り出される自分には一切伝えられていなかった事実に、ドア横の壁に体を預けていたイヴァンの顔はただ歪んでいく。
自分が蚊帳の外にされたいたことに腹は立つ。
だがベルナルドには伝える機会がなかったことを謝られたし、ベルナルドの隣で彼の髪をいじっているラグトリフもイヴァンに伝えなかったことをわずかだが反省しているらしい。あまり気持ちがこもっていない口調ではあったが、仲間はずれにしてすいませんでしたねと一応口にしたのだ、許さないわけにもいかない。
だがジュリオとはほとんどの時間を一緒に過ごしていたのだ、伝える機会なんていくらでもあったというのに。
「ジュリオ、それだけじゃないだろう? イヴァンにもちゃんと説明してやれ」
「…………………」
「ジュリオ」
柔らかく波打つ髪をラグトリフに預け、ベルナルドは鋭い眼差しでベッドに腰掛けているジュリオを射貫いた。筆頭幹部の威厳と迫力はジュリオが顔を背けるほどのものだったが、横で髪の毛を弄んでいるラグトリフがそれを台無しにしているような気がしてならない。指に髪を巻き付け遊んだり、時折髪にほおずりなどしており大変気色の悪い光景なのだが、当の本人たちはそれを気にしていないようだった。
仲間はずれにされていたことを怒らなければならないイヴァンが何ともいえない笑いを浮かべるしかないのだ、彼らを知らない人間が見たら嫌悪感で逃げ出してしまうだろう。
とはいえ普段は穏やかに見える男の内側からにじみ出る覇気を直接向けられているジュリオにそれを笑う余裕はなく、わずかに唇をとがらせて顔を背ける仕草は彼の内側に残っている子供の部分を表しているようでイヴァンにとっては新鮮な光景だった。
ジャン以外に頭を垂れず、誰にだろうと同じ態度で相対しているいつものジュリオとは違う姿。昨日ここに到着してからいつもと違う彼の様々な表情をみてきたが、こんな顔もできるのかと驚かされながら彼に対する理解を深めてきたつもりだったというのに。
何故か今のイヴァンの顔は更に歪んでいっていた。
ベルナルドの言葉に素直に従えず、子供のようにすねているあの顔のどこかにイヴァンを苛立たせる要素があるのだろうか。無意識のうちに壁につけていた掌に力を込め、壁を掻きむしるかのように指が勝手に力を込め始めている。
そんなイヴァンの状況に気がついたのか、ジュリオがまだ尖ったままの唇からぼそりと言葉を漏らす。
「…………そこは…………駄目だ………離れろ」
「この奥にも『妖精さん』ってヤツが住んでんのかよ?」
「今は……いない…………だけど………近づかない方がいい…………」
「わかってんなら最初から教えやがれ。相変わらずまどろっこしいヤロウだな、テメーはよ」
「…………………」
イヴァンの体が壁から離れたのを確認してから、ジュリオの顔は別な方向へと改めて向けられる。イヴァンの顔が見えないようにわざわざ計算して体の向きまで変えたことに更に苛立ちを深めていると、ベルナルドの声がもう一度だけ強くジュリオを打った。
「ジュリオ、説明しろ」
「………………」
吐息に混ざるようにジュリオの口からイタリア語での罵倒の言葉が漏れるが、ベルナルドは再度ジュリオに名を呼ぶことでそれを封じた。普段はジャンの手前控えめに動いているベルナルドだが、こういう時の彼は幹部そろって刑務所に入れられる前の彼のままだった。
表面上だけは柔らかく、その実厳しく強く堅い。
肉体的にはジュリオよりも遙かに弱いが、それ以外の力で簡単に彼を従わせることができる。その事実を改めて見せつけられながら、イヴァンは次の居場所である窓際へと到着した。
厚い雪雲からうっすらと光が差し込み始めてはいるが、外はまだ雪がちらついている。この様子だとあと数日はここに閉じ込められたままだろうなと思いながら、イヴァンはようやく重すぎる口を開き始めたジュリオの途切れ途切れの説明に耳を傾け始めた。
「…………俺が……最初に気がついたのは…………イヴァンが外に出た時だった……」
要点だけしか語らない説明を何度も怒鳴りつけては中止させながら、ようやく理解したのはイヴァンの周囲の状況があまりにも謎と疑惑と悪意に満ちているということだった。
館の壁の内側を動き回る謎の存在、ジュリオが罠を仕掛けたという大人が通れない隠された通路。そして怪しい動きをしている使用人たちと、雪によってここから出ることができなくなっている自分たちを含む客人たち。
そして、自分は知らぬ間にジュリオに守られていた。
幹部会での報告よりも冷淡な口調で雪玉に仕込まれていた鏃のような石を見せ、イヴァンが狙われている可能性があると言い放ったジュリオに、イヴァンが最初に言ったのは感謝でもねぎらいでもなく、
「なんでオレに言わねーんだよ!」
という怒りに満ちあふれた叫びだった。
守られていたことに素直に感謝できないほどひねくれているわけではない、ジュリオが何も言わず最後まで隠し通そうとしていたのが、怒りを誘ったのだ。どこかの貴族の姫君のように大事に守られていたことに、男として不本意さを感じはするが。そのおかげで怪我をしなかったという事実の前ではそんな安いプライドは捨て去るべき。
それをイヴァンは金髪のカポから学んでいた。
「オレに言ったら信じねーとでも思ったのか!?」
「違う」
「じゃあなんでだよ?」
「…………知らない方が………………いいことも…………ある。何もなければ……それでいいと…………」
「で、オレはナニも知らずに幸せに暮らしましたとさ、で済ませる気だったのかよ。テメーはいつもそうだよな、一人でドロかぶって終わらせりゃいいと思ってるだろ?」
「そうじゃない」
「じゃあなんだ? オレに言うのがめんどーだったか!? それともオレのようなドブ板の上を這い回ってるような身分のヤツには話すクチはねえってことかよ!」
珍しくきっぱりと言い切ったジュリオに、イヴァンは更に言葉で噛みつく。
いつも通りの濁った笑顔のラグトリフに何かを耳打ちされ、口の端に笑みを乗せたベルナルドに見られているが、そんなことを気にしている場合ではない。
「イヴァンだけは守る…………ジャンさんとそう……約束した」
「ジャンの………ヤロウと……かよ」
「そうだ」
「オレがどうとかじゃなくて、ジャンとの約束だったからってことか……テメーはいつもそうだよな、金髪にシッポを振りてえのなら、さっき会ったあのガキにでも振ってりゃいいだろうがっ!」
「ジャンさんはジャンさんだ…………イヴァン……じゃない」
「そりゃそうだろうよ、オレはアイツじゃねーからな」
吐き捨てるようにそう口にすると、初めてジュリオの顔がイヴァンの方へと向けられた。朝日の光を受けると明るく、夜の闇の中では静かに暗く煌めく瞳は、今だけはイヴァンを真摯にそして優しく見つめていた。
「ジャンさん……じゃない………だから………よくわからない」
「な、なんだよ……そりゃ」
「わからない……だけど………オレはジャンさんに頼まれたからだけじゃなく…………」
自分の意志でイヴァンを守りたいと思っている。
困ったように、惑うかのように。
だが一生懸命考え、自分の感情の答えを導き出そうとしているジュリオに、イヴァンの顔が自然に熱くなっていく。きっとすごい勢いで顔が赤らみ始めているのだろう、いいタイミングでらぐとりふがクスクスと笑い出し始めていたがそんなことを気にしている余裕はなかった。せめて知っている限りの悪態で罵ってやろうと思ったが、喉にまでジュリオの言葉が生んだ熱が絡みついてきたのか上手く言葉を紡ぐことができない。
それよりも何よりも、自分はジュリオの言動の何に最初に腹を立てた?
ジュリオがジャンの命令で自分を守っていたから腹を立てたのではないのか?
ジュリオが自分の意志で自分を守ろうとしていなかった、その事実に対する失望を怒りにすり替えてごまかそうとしたのでは?
彼とはあの時一晩を過ごした以外、あれから何もなかった。
このままなかったことにしてしまえば互いに楽だったろうに、ジュリオはこの旅の中で答えを自分の内側から生み出そうとしているのだ。不器用でどうしようもない男だが、そのことはちゃんと評価してやらなければいないだろう。
そして自分が今後彼との関係をどうしていくべきか、それも考えなければならない。
目が覚めて彼の顔を最初に見たとき、自分は彼に何を感じたのか。混乱だけではないはずなのだ、普通男に抱きしめられながら眠っていたのなら、嫌悪感と殺意を抱くはずだというのに自分は彼に対してそんなものをかけらも感じなかった。
それだけではない、あの時のイヴァンは彼の腕の中で一度も目覚めることなく安らいだ眠りを得ていたのだ。記憶のない時間の間に、自分と彼の間にあった冷たい壁を突き崩すような何かがあった。
ジュリオだけが覚えている何かが。
それを思い出さなければきっと、ジュリオは自分の方を向いてくれない。彼と親しくなりたいわけではない、打ち解けて友人になりたいわけでもないだろう。
それよりももっと深い何か、それを互いに求め合っている。
欲しいものが手に入らずにだだをこねる子供と同じだなと内心思いながら、イヴァンはまだ赤く染まったままの頬に手をやりながら、ジュリオへ今できることをしようとする。
「あ~、あのよ…………テメーがそう思ってくれてんのはありがたいんだけどな……」
「そ、そう……か」
「オレが狙われてんのなら、オレも気をつけなきゃいけねえだろうがよ。テメーだけ張り切ってもしょうがねーってことを覚えやがれ」
「おや、今日は優しいですねイヴァンさんは」
「ニヤニヤしながら余計なこと言うんじゃねえ! そこの陰険メガネも孫を見るような目でこっちを見んなぁぁぁぁっ!!」
「幹部同士の親交を俺が止めると思うか? それに今の俺は休暇中だ、おまえたちがどれだけ揉めようが、それを通り越して『仲良くなりすぎて』も別に構わないさ」
含みのある口調と笑いのまま、ベルナルドは上着の内側からシガーケースを取り出す。ケースを手渡されたラグトリフが慣れた手つきでそこからシガーカッターを取り出し、葉巻を吸う準備を整えるのを横目で見ながら、ベルナルドは更に話を続けた。
「うちはカポがもう……まあそういうことになっているわけだし。お前とジュリオがどうにかなっても、俺もジャンも責められるわけがないだろう」
「だから何でそういう考えになるんだよ!」
「……嫌いじゃないから、迷ってるんだろう?」
穏やかに、だかしっかりとイヴァンの目を見据えて告げられた言葉は、イヴァンとそしてジュリオの胸を確実に貫いていた。
「……………………」
無言のまま、まだ一度も合わせていなかった目線をどちらが言い出したわけでもなく合わせると、
「な、なあ……おい」
「……………………なんだ?」
「テメーよ…………顔、赤いんじゃねーのか?」
「…………………………イヴァン…………こそ」
初々しいですね、そうラグトリフがベルナルドに囁いているのが聞こえるが、そんなことを気にしている余裕はもうなかった。どうイヴァンに接すればいいのかわからないのだろう、ベルナルドが使っているベッドだというのにシーツをぎゅっと握りしめしわだらけにしているジュリオの顔は、普段の彼からは想像できないほど気恥ずかしげだった。
耳だけではなく首元まで赤く染まった姿は、部下には決して見せられないが。
それが自分によってもたらされたものだと確信し、イヴァンはようやく不機嫌だと認識していた今の自分の気持ちを少しだけ修正することにした。
不機嫌ではなく、少しだけ気分がいい、と。
「あのよ…………」
こちらをちらりと見てはまた目を伏せる行動を繰り返すジュリオに何か言葉を継げてやろう、そう思った瞬間だった。
まだ年若い、男とも女ともわからぬ悲鳴が部屋の外から途切れ途切れに聞こえてきたのは。
「西の方ですね」
「…………女…………いや、子供だ」
「どうします、ベルナルド?」
「今は情報が欲しい、とはいえ分断して動くのは危険だな。全員で移動するか……イヴァン、ジュリオから離れないようにしろ」
先ほどまで孫の成長を見守る好々爺のごとき落ち着きぶりだったというのに、ことが起こったときのベルナルドの行動は誰よりも素早かった。ラグトリフから受け取った端を切った葉巻を受け取りながら颯爽と立ち上がり、片手の指に葉巻を挟み、もう片方の手で上着の襟を軽く正すと、背後にラグトリフを従えてあっという間にドアへと近づいていく。
彼の長年の勘が、今の悲鳴が尋常ならざる事態の嚆矢だと伝えてきたのか。
わずかの物音も立てずに素早く自分の隣に移動してきたジュリオの、もうわずかの赤みも失せてしまった硬質的で冷ややかな美貌を見ながら、イヴァンは何故か背筋にぞくりと震えが走るのを止められなかった。
それが悲鳴の先にある事態への恐怖なのか、それともジュリオの美しすぎる容姿に見とれてしまった故なのかわからなかったが、一瞬だけ自分の顔をのぞき込んできたジュリオの瞳は暗さだけではなく清冽な輝きを放っていた。
現在イヴァンたちが滞在しているのは東館、悲鳴が聞こえたのは西館の方だった。
当主とその家族が住んでいる本館を挟むような形で客用の別館が建っているわけだが、二つの別館と本館はそれぞれ二つの通路でつながれている。昨日イヴァンが教えてもらったのは、使用人たちが物資の運搬などに使用する近道ではあるが内装などに力を入れていない洞窟を思わせる道。通常客人たちが本館に行く場合には、館の中と同じ柔らかい色合いの壁紙と暖かみのある窓枠のある渡り廊下を利用している。
身長の違いすぎるベルナルドたちが本気で歩くと通常なら置いていかれがちにあるイヴァンだったが、今のところ彼しか知らないこの道を先導して歩くことでなんとか先頭を歩くことに成功していた。
近づくにつれて大きくなる悲鳴と、顔をしかめて逃げ出してしまいたくなるほどの悪臭がイヴァンの足を止めそうになるが、ここで逃げ出すわけにはいかなかった。後ろにはジュリオがいるのだ、彼の前ではみっともない姿を見せたくなかった。何故自分がそう思うのか、その理由もきっと覚えていないあの日の記憶の中にあるのだろう。近いうちにジュリオと話をしてあの時の記憶を人づてであろうと手に入れなければならない必要を強く感じながら、イヴァンは声の聞こえる方向へ足を進めていった。
複雑な構造の館なので時折道を間違えそうになるが、人並み外れた五感の持ち主であるジュリオが後ろから声で誘導してくれる。生ゴミを焼いたような臭いを周囲に広げ続けるドアは、先に何人かの人間を受け入れているらしかった。室内からは未だに悲鳴か響き続け、半分開いていたドアの隙間から、悲鳴を生み出した元が見えてしまっていた。
数人が滞在するにはあまりにも広くたくさんのベッドが並べられている部屋の隅には、団子のように子供たちが固まっている。ここは彼らが滞在していた部屋であり、当主の娘を紹介された後の朝食会を終え、部屋に戻ってきた彼らが発見したのだろう。
壁に貼り付けられた、半ば焼け焦げた死体を。
「………マ……マジかよ………」
最初に口から出てきた言葉はそれだけだった。
ドアの前に立つと無理矢理鼻孔に入り込んでくる焦げた臭い。それを体内に取り入れたくないがために口を開きたくなかったし、なによりも目の前に広がった光景は凄惨な場面に慣れきっているはずのイヴァンの精神を瞬時に打ちのめすだけの力を持ち備えていた。
いつの間にか背後に立ち、無言イヴァンの肩を支えてくれているジュリオも、さすがにこれには面食らったらしい。言葉には出さないが、イヴァンの肩に指を食い込ませた指が彼の動揺を如実に表している。
そしてそれだけが今のイヴァンの心を繋ぎ止めてくれていた。
その死体は、磔刑にされた古の聖者のように美しく壁に貼り付けられてはいなかった。
子供が捕らえた虫に針を刺し、逃げられないようにするために無造作に針を刺すかのように、1本は腹の真ん中、もう一本はつま先そしてもう一本は首もと……と、左右非対称な上に刺し方すら安定していない。庭の造成のために使う杭を使ったのだろう、壁を壊す勢いで深くつき込まれている杭があるかと思えば、わざと痛みを増すために浅くだか時間をかけて刺し込まれたとしか思えない、周囲の肉が完全に焼けただれて腐り始めている部分もあった。
服を剥いた死体に焼いた杭を刺し込んだのか、それとも生きたまま焼けた杭で串刺しにされ、地獄の苦しみを味わいながら逝ったのか。死体の下の床に一滴の血も流れておらず、焼けた血なのであろう赤茶けた粉が少しずつ降り積もり始めていることから鑑みると、おそらく後者だろう。
体内の血すら焼かれながら、殺されていったのだ。
天井にほど近い場所にある頭にも遊び半分なのか、額の部分に中途半端に刺し込まれた杭が突き刺さり、かろうじて壁に刺さっているそれが空虚な眼窩をその場にいる人間全員に見せつけていた。
目の周囲は大きく焼けただれ、焼けた杭を全身に刺し込まれたことで衣類もほとんど焼け焦げてしまっている。だがそれでも彼が誰かくらいはその場にいる人間には判別できていた。
がくがくと震えながら泣き叫ぶ子供たちを幾人も腕の中に抱え込み、必死に子供たちにこの光景を見せないようにしている年若なシスターや、声を聞いて駆けつけたが何をしていいのかわからぬまま硬直している他の客たちにも、焼け焦げた死体が誰かはわかったようだ。
彼の名前と悲鳴だけが交差する部屋の中を、ラグトリフの声が響き渡っていく。
「…………ロスさん……でしたっけ?」
「あいつは確か……ここを出て行ったんじゃなかったのか?」
「どうやら地獄行きのドライブに行ってしまったみたいですね~」
イヴァンの横を通り過ぎ、どこかのんきな口調で会話を交わしながら死体のそばへと近づいていく二人の年長者の顔には、わずかの動揺も見られなかった。流れ出るはずの血潮すら焼けた杭に燃やし尽くされ、恐怖の涙を流すことすら許されなかった死体。それへと近づき、ベルナルドは自分の目線のあたりにある腹に刺さった黒錆色の杭にそっと指を滑らせた。
「まだほのかに暖かいな……殺されて2時間くらいといったところか。朝になってから出て行った人間が、今何故ここでこんな姿になっている?」
「出て行ったことは知ってますが……何故朝出て行ったと思うんですか?」
「ロスに叩かれて怪我をしたメイドがいると聞いている。昨夜怪我をしたのなら、昨夜のうちに怪我の手当をして、手当をした人間は血のついた服を着替えているはずだ。俺が朝会った使用人の服についていた血は……完全に乾ききっていなかった」
彼女を信用できるならだがな、そう付け加えた後ベルナルドは杭に滑らせた指をじっと見つめている。そのすぐ横でおもしろいものを見つけた子供のような顔で死体を見上げているラグトリフだったが、その背には力が漲っており周囲の人々のわずかな動きにも反応していることをイヴァンは感じ取っていた。
ベルナルドが思考をまとめることを誰にも邪魔させない。
そんな意志に満ちた背に守られたベルナルドは、時折感謝の思いを目線にこめてラグトリフへと贈る。そこにあったのは金でつながった主従の関係ではなく、人生を捧げ合ったものだけが手に入れることができる無限の信頼だった。
イヴァンとジュリオ、互いに対する思いに名前すらつけられない二人にはまだ得ることができないもの。
「………………おい、ジュリオ」
痛みで顔をしかめたくなるほど強く肩をつかんでいる背後のジュリオへ、声をかけながら後ろを向く。いつもと変わらぬ無表情、死体の方へと向けられた目線はわずかも動こうとしない。
だがイヴァンにはなんとなくだがジュリオの思いがわかるような気がした。
「メガネのヤローがうらやましいのかよ」
「……………違う」
「メシ抜きにされたガキみたいな目だぜ、今のテメーはよ」
「………………だから……違う」
感情を凍らせた瞳の奥。
死体の側で陰惨な会話を交わしながらも、互いに対する思いを暖め続ける年上組を見つめる瞳には、強い渇望が秘められていた。憮然とした態度でイヴァンの言葉を受け入れないジュリオを一瞬かわいいと感じた後、重大なことに気がつく。
こんなところでジュリオで遊んでいる場合じゃなかった。
冷静きわまりない態度で死体の検分を続けている二人のおかげで悲鳴は幾分小さくなったが、それでも泣き叫ぶ子供たちとまだ広がり続けている悪臭はいただけない。ベルナルドが考える仕事をしているのなら、自分の仕事は後片付けのために動くことだろう。そう判断してイヴァンはまず最初にベルナルドの今後の行動についての許可を取った。
「おいメガネ、窓開けっぞ」
「ああ」
「ガキどもの部屋も移動するぞ、ジュリオのヤツに手伝わせっからよ、テメーはここで探偵ゴッコでもしてやがれ」
「……すまないな」
集中しているのか、かなり生返事ではあったが、ベルナルドの了解は取った。足早に窓に近づき、ついでにジュリオに命令して二人で部屋の窓をすべて開く。一気に冷たい風と雪片が部屋に入り込んできたが、部屋の臭いが薄れてきたので多少は呼吸がしやすくなった。
あとは呆然としていたり、しゃくり上げて呼吸すらままならなくなっている子供たちをどうにかしてやらなければ。部屋の外に出て行ってえづく音を量産している大人たちと違い、彼らはここが自分の部屋なので逃げ出すことができないのだ。おまけに窓を開けたので、風邪を引いてしまう可能性もある。
部屋の隅で一塊になっている子供たちに近づき、まずは片手でシスターのスカートの裾を掴んでしゃくり上げているマリーを抱き上げてやる。
もう片方の手には、先ほどイヴァンがなおしてやった熊のぬいぐるみ。
「…………おに………いちゃ……………」
「ケガはねぇな?」
「……う、うん」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を胸元に押しつけてくるマリーの頭を撫でてやりながら、イヴァンはシスターの背にしがみつく黒髪の少女に向かって手を差し出す。マリーが全身全霊でしがみついてくるので、手を離しても彼女が落ちることはなかった。代わりに彼女が大切にしていた熊のぬいぐるみが床に転がったが、マリーにはそんなことを気にしている余裕はなかった。
彼女の頭を撫でる手を器用に背に回し、人のぬくもりに多く触れることで少しでも不安感が減るように配慮をしてやっていると、おずおずと黒髪が映える色合いの白い手がそっとイヴァンの指先に触れてきた。
「…………イヴァン…………お兄ちゃん………」
「マルゴー、立てるな?」
こくりと無言で頷くマルゴーの手を強引に掴みとり立たせてやると、マルゴーが自らイヴァンの腰に手を回してきた。そんなマルゴーの背を何度か優しく叩いてやり、あえて厳しい声で彼女を叱咤した。
「ここだけじゃねえよな、部屋は。テメーはこいつらのねーちゃんなんだろ? さっさと別な部屋に連れて行ってやれ」
「わかった………ジョ、ジョシュア……ヴィノ……おいで………ラエルたちのお部屋に行こう?」
片手に小さい子供を一人づつ、死体を見ないように部屋を立ち去っていこうとするマルゴーの黒髪に手をやり、マリーを抱いたまま体をかがめ優しく耳元に囁いてやった。
「向こうの部屋のヤツらがこっちに来ないように見張っててくれ。マルゴーの言うことならアイツらも聞くだろうからな、頼んだぞ」
知的好奇心が旺盛すぎるラエルや、彼と同じ年頃のやんちゃ盛りの少年たちがこの部屋には誰もいないのがある意味幸いだった。あの年頃の少年というのは、遠慮も恐怖も知らないのだ。
彼らがこの部屋にいたら、どんなパニックが引き起こされていたのやら。
まあ彼らの誰もが少女から女になりつつあるマルゴーに敬意を払うと同時に、自分たちのお姫様として扱っていたので彼女が強く言い含めればこちらに来ることはないだろう。
イヴァンにも一緒についてきてほしいのか、何度もこちらを振り返りながら部屋から出て行ったマルゴーを最後まで見守ってから、イヴァンは次にまだ子供たちを抱え込んだ姿で座り込んだままのシスターに声をかけようとして、
「…………………………っ!」
ドアの外から除いている存在に気がつき、慌ててそちらの方へと向かっていった。
マリーが未だにしがみついているので体は重かったが、病弱だというあの少女にこの光景を見せたくはない。イヴァンを含む大の大人ですら精神的に打ちのめされているのだ、あんな精神的にもか弱そうな少女にこんなものは見せられない。
朝のほんのりと柔らかい光を受け、まばゆく輝く金色の髪。
それが室内へと入り込んでくる前に、イヴァンは少女を扉の前で止めることに成功していた。
「エミリアだったか? ガキが見るもんじゃねえよ、さっさと部屋に戻れ」
「…………また……死んだんですね………」
「また?」
生者の色とは思えない死者の世界に片足を入れているような白すぎる肌と、鮮やかな色合いの瞳。小柄な少女だというのに、人を従わせることに慣れきっているのであろう、後ろから派手な足音を立てながら追いかけてくるメイドたちの動向を気にする様子もなく、自分より遙かに背の高いイヴァンへと相対する。
「みんな……死にますから……」
「あのよ、どんな根性の悪い人間でも普通に死ぬ権利はあるんだ。積もり積もったテメーのミスで納得して殺されんのと、わけのわかんねー殺され方をするのじゃ、話が違う。死んでまで殺したヤツに馬鹿にされるような……こんな死に方は認めねえ」
「…………………………」
「ついでにガキにこんなモンを見せんのもな。ま、オレの商売柄こんなこと言っちゃいけねえのはわかってんだがよ……したいもんじゃねえな」
マリーの頭に再度触れてから、今度は少女の金色の髪に手を伸ばした。昨日触れたときと同じ、柔らかく暖かい感触。昨夜はそれをさんざん拒んだというのに、エミリアは今日は素直にそしてじっとイヴァンの目を見据えていた。
初めて出会った生き物でも見るかのように。
「…………不思議な人……ですね」
「あ? ほらよ、さっさとあっちに行けって」
「お嬢様、こんなところに!」
首をかしげながらまだイヴァンを見続けていたエミリアを止めたのは、昨日イヴァンに近道を教えてくれたメイドだった。自分の部屋付きのメイドである彼女に事情を説明し、子供たちの部屋を早急に用意して欲しいことと館内の換気をお願いし、イヴァンは部屋の中に戻る前にもう一度だけエミリアを見た。
何人かのメイドに守られるかのように囲まれているエミリアの細い体は、生命の息吹をほとんど感じさせなかった。細すぎる体も、この新雪が生み出した妖精だと言っても誰もが信じてしまいそうなはかなげな美貌も、生きている人間のものとは思えない。唯一彼女の生命の息吹を感じさせるのは、メイドたちに手を引かれながら遠ざけられていく彼女のイヴァンを追い続けている複雑な感情を宿しすぎて誰にも理解できない瞳。
いろいろなものが邪魔して、真意が読めない瞳はどこかジュリオに似ている。
我らがカポを思わせるあの輝く金色の髪もある、だから彼女が気になるのだろうと結論づけ、イヴァンはこの館を出るまでの間できる限り彼女に配慮してやろうと決めた。まだ首をひねってこちらを見続けている彼女の気持ちが少しでも安らぐよう、手を軽く振ってやる。
それには何も返ってこなかったが、少女の頬にわずかに朱が昇ったように見えたのはイヴァンの気のせいだろうか。
外の雪の片付けを行っていたことで室内の状況に気がついていなかった使用人たちが、ようやくこの部屋に集まりつつあった。ベルナルドとラドクリフは何故か死体ではなく、その下の壁を指さしながら話をしているし、ジュリオは窓際で何かの侵入に備えるかのように周囲に気を配っていた。
彼が焦って動き出さないということは、この空間にとりあえずは危険がないということだろう。しがみついて離れないマリーの位置を時折直しながら、イヴァンは慌ただしく動き始めた周囲を見つつ、この部屋から出て行くことにした。
上から空虚な眼窩に見つめられ続けるのも嫌だったし、それ以上にマリーをこの部屋においておきたくない。ベルナルドたちに一声かけ、マリーとシスターたちをもう一つの子供たちの部屋へと送っていこうとしたイヴァンにかけられたのは、ベルナルドの奇妙な質問だった。
「聖歌隊の子供たちの部屋へ行くのなら、字の読み書きができる子供たちがどれだけいるか聞いてきてくれ」
「ガキに勉強でも教えてやれってことか?」
「………子供たちが悪戯で書いたんじゃなければ、これは犯人のメッセージということだろう?」
ベルナルドが指さしたのは、哀れな焼け焦げた死体のちょうど真下だった。
高くつり上げられた死体の靴を脱がされ爪すらはがされたつま先のすぐした、白い壁に白い白墨でたどたどしい文字でこう書かれていたのだ。
『死体が増えないうちに、早くここを出て行ってください』
BGM「夢幻」 by水樹奈々
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色々説明
拍手現在豊臣家転生パロ中学生編入ってます
(現在2本 家三 チカナリです)
注意事項
・フリーリンクじゃないです、基本的にはリンクはお断りしています
・ひっそりこっそりが信条なので、黙々と
・捏造、not公式のこばなしが多いので、スルー推奨
ラキドでは幹部全員を溺愛しておりますが、ベルナルドとイヴァンは特に偏愛。ばさらは家三とか奥州の愉快な仲間達と毛長がメインです。うずみさんが現在官三とか官佐にずっぽりとはまり中。
基本は、愛想のかけらもない「ネット怖い~」の書き手が二人で色々書いている場所です。
書いている人
みっし
・生真面目で堅物でムキムキな男性と一見そうじゃなくても根は真面目極まり ないキャラをこよなく愛している、がんかたうるふの片割れ。編み物とお菓子作りが趣味という、第三者曰く可愛らしい一面を持つ反面、パニクると踊ったり、オロオロしだして周囲は見ていて楽しいらしい。荒ぶる舞は、職場の名物だったりする……らしい。
イヴァンちゃんと片倉さんとシズちゃんとスカイハイさんと陛下を思いっきり愛している。好きなアニメは銀魂と最近はFate/zero。型月ファンというよりは元から虚淵ファンでうずみさんからオススメされまくった末にようやっと手を付けて完読した。ライダー組おいしいです。エクシリアではダントツで陛下が好き。陛下が使用可能になる完全版があるなら複数買いしても構わないとのたまう日々。バサラの好きキャラは片倉さん一強だったはずなのに最近はアニキも熱い。かっちり着込むキャラがすきだったはずなのにいきなり露出度が高いキャラを好きになったのは何故か悩む日々。二次元の向かう愛と同じぐらい甥っ子への愛を叫んでいる気がしてならない。
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