こちらはサークル「がんかたうるふ」のうずみとみっしの二人組が、ラッキードッグ1とばさらのこばなしを黙々と投下する場所です。
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書き終わりました。
親三です、三親ではありません。
(書いた人 うずみ)
*****
その弐
元親の屋敷にほど近い小さな港で、市は定期的に開催される。
他の地から船が到着した時、そして何か祝い事があった時。季節に合わせた品物が並び、時には過去の戦場から子供たちが拾い集めた鏃や銃弾までもが売り出される。
それらを喜んで買い、からくりの材料として元親が再利用することをしっているから。
四国の経済のことを考えれば、領主自らが散財するのは正しいこと。彼が使った金銭は民へと流れ、その民が新たなる品物を買う。それが連鎖して経済が動いているのだから、元親の散財は結果的に四国の経済を円滑に動かす貨幣流通の一助にはなっている。
それは三成もわかっているが、認めてはいけないものもあるのだ。
毎回市に行く度に、元親はわけのわからないものを買いあさってくる。三成には使い方がわからなくても、元親にはそれを買う理由があったというのはわかっているのだ。しかしそういう物を買うときでも、ちゃんとした買い方というものがある。
買う人と、買う時期を選んで欲しいのだ。
そんな計画的な買い物ができない元親のために、馬に引かせた荷車の上で『石田三成の無駄にならない買い物講座』を開いていた三成だったが。
今日はもう一人、同行者がいた。
「まず顔見知りの物以外から買うな、買うのならば四国の民から買え」
「だけどよ……珍しい物は外からの商人の方が持ってるんだよ」
「外の者に金を与えてどうする。貴様の金は四国の民のために使うものだ」
「……ちょっとだけならいいよな?」
「駄目だ」
車輪が大きい岩に当たると、荷車は大きく揺れる。
引いてくれている馬にも帰りは荷物を載せたいので二頭引きにし、馬には荷物持ちのためについていた部下が乗ってくれている。更に後ろからは元親の部下たちが数人、逞しい足を持つ馬で追いかけてきてくれていた。大きな荷車と馬二頭、そしてそれに乗る男が三人。
三成と元親、そして家康。
突如本田忠勝という鋼のからくり人形のような巨体に乗って四国を来訪した家康は、まずは数日間来訪したいという言葉と共に一通の手紙を差し出してきた。徳川家からの挨拶が書かれているという文を家康を寝泊まりできる部屋に案内させている間に確認した二人は、その中身を向いて大きく驚愕することになる。
石田三成の生存は不問とする。
そのかわり家康様の四国来訪を許可し、できるだけ行動を共にして欲しい。
それは徳川家の家臣たちが現在の家康に危機感を抱いている証拠。
自費や温情という者が存在しない家康の政策は、各所の反感を買い始めている。それを察知した家臣たちは、家康を一時的に政治から遠ざけるのと同時にこうも考えたのだろう。
三成の死がきっかけで壊れたのなら、三成の存在が家康の心を癒す可能性もある。
きっと本田忠勝か誰かが気付いたであろう三成の存在を、彼らは無駄に罰するのではなく未来のために生かすことを選んだのだ。記憶を失っている三成は覚えていないが、家康という男は石田三成の良き友だったらしい。
ならば自分も彼と接していく内に何かを思い出すのでは。
思い出せば元親の役に立つ知識が己の中からもっと引き出せるのではという淡い期待と、現状の維持を望む硬い意志。そんな思いに軽く翻弄されながら、三成は先程から何度も前髪に手をやり続けていた。
なんだか今日は上手く前髪が纏まらない。
綺麗に鼻筋の真ん中に集まりあまり視界の邪魔にならないのが、いつもの三成の髪型。しかし今日は微妙に前髪の先が外を向いており、指で直さないとすぐに先が潰れた箒のようになってしまうのだ。
これも全て家康のせいか。
勝手に前髪乱調の罪を心の中で家康になすりつけながら、三成は荷車の縁に背を預けた。軽く首を後ろに向けると、青々とした麦がわずかな風に合わせて穂を揺らしているのが見える。
この調子ならば、秋になれば黄金の波がここに広がることになるだろう。
米が取れない分四国は麦の生産に頼っていた。取れた麦は挽いて粉にすれば様々な用途に使えるし、麬は馬用の飼料にすることができる。おまけに雨が少なくとも育つので、米よりも麦を多く栽培する百姓が多いのも四国の特徴であった。
それを家康もわかっているのだろう。
「やはり四国は米より麦が多いのだな……元親、あの背の高いからくりは何なのだ?」
「……土を耕すためのものだ。人の手よりも深いところまで耕すことができるが、大きな石が入り込むと止まっちまうんで効率が悪い」
「興味深いな、完成すればもっと多くの畑を作ることができるということか」
四国という国がどこまで復興したのか、これからどれだけ伸びていくのか。
流れる風景を真剣に観察しながら、彼は短い時間で四国の情報を一つでも多く得ようと努力している。こういう姿を見せられてしまうと、彼が人の心を理解しない暴君と呼ばれているのが信じられなくなるが。
彼は毛利元就の奥方を、人質として奪っている。
元親から聞いた毛利の言葉を信じるべきか、それとも目の前にいる男の真剣にこの国のことを考える姿を信じるべきか。どうすべきかわからぬまま、家康に問われた内容に答えている元親に視線を向けると。
奇妙なことに気がついた。
「あれは……麦を挽くからくりか?」
「……その試作だ、一度に大量に挽くことができるが……熱を持ち過ぎちまってな。中で麦が燃えちまうことがあるんで、一度に挽く量が限られてる」
「だが見事なものだ、完成したら是非国中に広めたい」
「そうか……」
元親の言葉にいつもの闊達さが感じられないのだ。
おまけに話す言葉の全てが歯切れが悪いというか、挙動不審の変態半裸にしか見えないというか。いつもの格好で家康と会話しながらも、決して眼を合わそうとしないのはきっと。
目の前にいる男が『親友』であることを、受け入れられないからなのだろう。
大切な友であった男が非情な君主として畏れられるようになった。それだけでも十分衝撃的な出来事だろうに、家康は目の前でずっと微笑み続けているのだ。
綺麗な、だが何も詰まっていない空っぽの笑顔で。
さすがの元親も過去の友の変節を目の前で見せられ続けるのは、精神的に堪えているらしい。とはいえこのまま二人に噛み合っていない気まずさ全開の会話を続けさせるのも不毛ではあるし、家康にとってもいいことではない。
それに三成は気付いていた。
遙か上空、雲に紛れてしまいそうな高さに浮かぶ黒い点のような存在のことを。家康を見守りたいが、ついて行けば色々問題が起こる。そう考えた本田忠勝が、上空から家康についてきているのだろう。
見た目は重厚だが、戦国最強と呼ばれていた男はつぶらな瞳を潤ませて三成の生存を喜んでくれた……らしい。彼が何を話しているかが三成には全くわからなかったが、通訳をしてくれた家康によるとこんなに喜んでいる忠勝を見るのは久しぶりとのこと。
自分が生きていてくれたことを、忠勝は喜んでくれた。
ならばそういう人たちのために、自分は自分のできることをするべきだろう。そう決断を下した三成は、足の横に置いてあった丈夫な布の袋を開いて。
中身をまずは元親に向けて差し出した。
「長曾我部……これが貴様の今日の小遣いだ」
「す、少なくねえか!?」
「貴様に多く金銭を持たせると、無駄な買い物ばかりしてくる。なので貴様に渡す小遣いは少なくすることにした……これが私の考えた『対策』だ。主立った者たちにはもう話してある、そして全員の賛同も得ている」
「な、なんだって~!?」
「貴様の小遣いから削った分は、先日壊れた機織り場の修繕費用に回すことにする……それから家康」
「なんだ?」
文句を言い続ける元親を尻目に、三成は家康へと顔を向ける。
「これは貴様の分だ、市に行くのに金銭を持っていなければ意味がない。私が代書をして稼いだ金だ、ありがたく受け取れ」
「儂も市で物を買ってもいいということか? しかし金を貰うというのは……」
「その場で食べることができる物も売りに出される、腹が減ったらその金で適当に食べればいい。客人を飢えさせればこちらの恥、そのための金だと思え」
「石田……俺にはないのかよ」
「貴様の分も私の金だ。二人とも同額なので言い争いなどはするな」
元親の分は長曾我部家の資金から出すことができたのだが、それはやめることにした。
三成が字が書けぬ者から代筆を請けおって貯め続けた小銭は、こういうときのために用意してあったのだ。どちらも同じ額、そして同じ財布から出した金。
これならば二人は同じ位置に立つことができる。
昔通りに仲良くというのは難しいだろうが、それでも二人で並んで市を見て歩くうちに以前の関係を取り戻していけるはず。そして徳川家の家臣たちはきっと、それを望んで家康を四国に行かせたのだ。
自分が家康になんらかの影響を与えるだろうという希望と共に。
市の視察(という名の買い出し)に同行させたくらいで、家康の中で何かが変わるとは思っていない。
だけど動かなければ何も始まらないのだ。
家康がこのまま心なき君主でいれば、この国は破滅へと近づいていく。そしてそれは四国の衰退にも直結するのだ。
それを止めるためにも家康には是非色々と取り戻してもらいたいところなのだが。
「…………家康、一つ聞きたい」
「なんだ?」
「その……精神的に壊れる前の貴様は、どんな男だったのだ」
「本当にお前は面白いことを聞いてくる男だな」
がっくりと肩を落としながら手の中で揺れる小銭をも土地かは数え続けている。荷車が起こす振動は当然乗っている全員の体を揺らしているが、家康だけはどこも掴まらず背を預けることもなく。
足を緩く組んでしっかりと座っていた。
どのような時でもだらしない姿を衆目に見せない、それが家康の在り方。いつでも自然体の元親とは正反対だが、家康が自分を律しているからこそ周囲の人間は彼に何も言えなかったのだろう。
常に正しく、常に間違うことなく。
こういう君主を持つと部下は大変なんだろう、そして自分はものすごく恵まれているらしい。元親のだらしなさと普段のぐうたらぶりに感謝していると、家康が少し考え込んでから三成の質問に答えてきた。
家康は悩むことがないが故に、言い淀むことがない。
そして答えを考えてから告げることもしない。
現在の家康がそういう存在であることを理解している人間からしてみれば、今の家康の一連の動きは珍しいの一言ではすまないもの。しかし先日家康と会ったばかりの三成は、当然そんなことは知らなかった。
だから素直に、家康の言葉の続きを待つ。
「そうだな……明るい男だとは言われていた。三成、お前にはよく叱られていたが、何故儂は怒られていたのだろう」
「覚えていない私に聞くな」
「ならば誰が儂に儂の記憶の意味を教えてくれるのだろうな」
その家康の言葉に、元親と三成は同時に顔を見合わせた。
記憶を失ったとき、三成も少しではあったが苦しんだ時期があった。大切なことがあったはずなのに思い出せない自分への憤りと、自分と誰かの間にあった縁を失ってしまったが故の恐怖。それを救ってくれたのが元親だったから、三成は元親を盲信と言ってもいいほどに愛しているのだ。
だが家康には、何もない。
記憶があっても、自分がその時何故そのように行動したかが理解できないのだ。欠けた自分を乗り越えたからこそ、乗り越えることができていない時期の辛さが三成にはよくわかる。
そして家康は、ずっとそこに居続けているのだ。
三成と話してもいいと思ったから家康は四国に来たのだろうが、それはきっと無自覚な救いを求める行為。
彼も、欠けた部分を取り戻したがっている。
自分が家康に四国に来いと言ったのはそれ故だったのだろう、改めてそれに気がついた三成は相も変わらぬ晴れやかすぎる笑みを見ながら少しだけ。
家康に向ける警戒を解き、元親と共に彼にできるだけ話しかけるようにした。
大地を削り石を組み上げて作り上げた小さな港は、人で溢れかえっていた。
一目見ただけで船乗りとわかる逞しい体を持つ男だけではなく、普段は出入りしない女子供までもが籠を背に背負って歩き回っている。あちこちの集落を回る商人もいるが、こういう市で無ければ手に入らない品物いうのは当然存在する。
売る側にしてみれば船から荷を下ろしてすぐに商売できるし、買う側はたくさん品物を見比べながら買うことができる。市というのは売る側にとっても、買う側にとっても都合がいいのだ。なので四国では市を開いて流動的な経済の場を作ることを推奨していたが、当然の如く問題となる点も存在する。
「これでは商人たちが品物をため込まなくなってしまうな……価格を無理矢理つり上げるのは難しくなるが、いざというときに食料がなくなる可能性もある」
「しかし倉を無理矢理開けさせて隠している物資を吐き出させる手間は省ける。貴様は飢饉が起こったときのことを心配しているのだろうが、最低限の備蓄はこちらでも行っている」
「だが商人はこちらの倉代わりとしても利用できる、使わぬ手はないと思うが」
「使える商人を育てたいところだが……四国の人間は自らの住む土地に固執しすぎる」
以前から元親に何度も進言してきたことを家康にあっさりと指摘され、三成は大きなため息をついた。
規模が小さく旅籠も一軒しかない小さな港ではあったが、この場所は異常な活気に満ちあふれている。元親が自らこの港を使うというのも理由の一つであったが、一番重要なのはこの近隣に岩礁などが存在していないことであった。
船底を岩に破られることなく、楽に港に入れる。
そんな理由と元親の船がここに停泊されていることもあり、商人たちはここより少し先の大きな港ではなくこちらを好んで使うようになっていた。旅籠がなければ船で寝泊まりすればいいし、周辺には物を買ってくれる人間が大勢住んでいる。
おまけに元親自身に己を売り込むことができるかもしれないのだ。
そういう事情もあり、この港では船がやって来る度に小さな市が開かれるようになった。最初は余所から来た商人ばかりだったが噂を聞きつけたやってくる四国の商人も増え、数を重ねるごとに訪れる人間も増えてきた。
品が増えれば人が増え、人が増えれば面倒が増える。
道の両脇に敷かれた茣蓙の上に置かれた商品を確認し、異常な高値を付けている者は注意をして値段を下げさせる。市が立つ度にできるだけ足を運び、元親の無駄遣いを止めながら価格の確認をするのが三成の大事な仕事の一つになったのはいつのことだっただろうか。
本来なら三成がやらなければならない仕事ではないのだが、価格が元で喧嘩をする者が増えて市の治安が乱れると経済にも影響を及ぼす。元親も自分の手勢に市を回らせたりしてくれているが、適正な価格を理解している三成が行った方が都合がよいこともあるのだ。どうしてもこの値でなければならないと言い張る者には理由を聞いて、理解できる理由であれば下げた分の価格をこちらで払ってやる。または別な商売の場所を提供するなどして、価格の均衡を保とうとしているが。
健全な商売というものは、本当に難しい。
人によって手に取っている品物に違う価値を感じるのは当たり前のこと。先程から三成と家康の後ろを付いて歩いている元親はからくりの材料にできそうな物を探すし、三成が求めているのは米や塩などの生活必需品。
あとは読み書きを習いに来る子供たちに食べさせる飴の類くらいか。
砂糖から作る飴は手が出せない程高価なので、水飴で作った安価な飴しか買ってやることができないのが辛いところだが。嬉しそうな顔で飴を頬張る子供たちの顔を思い出すと、どうしても買っていってやりたくなってしまうのだ。
とはいえ今日は元親だけではなく家康も同行している。
彼に四国の現状について伝えながら、頼まれた買い物も済ませなければならないのだ。今日は自分の買い物はできないかもしれないと半ば諦めながら、三成は家康への説明を続ける。
「それぞれの地にそれぞれの風習があるのでな、なかなか規模が大きな商家を育てることができない」
「守らなければ商売ができなくなる風習があるということか、それは厄介だな」
「だが一つの商家が潰れてもすぐ次の商家が出てくる。大きくなりすぎて商人を一人作るよりも、四国にはこういうやり方があっているのだろう」
「海を挟めば大きく変わるものだな。九州を訪れたときも同じ事を思ったが、あの地は少し事情が違う」
「琉球……だったか、島津が貿易をしている小国の名は」
「ああ、儂は行ったことがないが様々な物がある国らしい」
走り回る子供の肩が家康の腰にぶつかりそうになり、三成は大きな籠を背負った女を避けるために慌てて一歩前に出る。万事この調子なので中々話は進まないが、それでも家康は四国の現状を徐々に理解しつつあるらしい。
「なあ石田、これ珍しくねえか?」
異国からの漂着物を売っているらしい露天で元親が足を止め、買って欲しそうにこちらを見ているが。
それは気にしないことにする。
「三成、元親は置いていってもいいのか?」
「金は持っている、道も知っている。子供ではないのだから、こちらを探す術も心得ているだろう」
「そうか」
いつでも派手な戦装束を身に纏っている元親は目立つので、探すのに苦労することはないだろう。
それに三成には、なんとなくだが元親の意図がわかるような気がした。
自分がいない場所でゆっくりと二人で話してみろ。
腰を下ろして茣蓙の上に置かれている品物を検分し始めている元親が、自分に向けて声なき声でそう言ってくれている。自分の勝手な思い込みなのかもしれないが、そうでなければ元親がこの状況で自分から離れることはないだろう。
自分の隣にいるのは、暴君と呼ぶ者もいる家康なのだから。
「儂は特に欲しい物があるわけではない、なので三成の買い物を見せてもらいたいのだが」
「私の買い物だと?」
「米や味噌を自分で買う機会など儂にはないからな」
「そういうことか……ならば手伝いを許可する。まずは…………?」
「どうした?」
「いや……なんでもない」
元親から遠ざかるにつれて、三成の周辺の人が発する気配が変わった。
きっとこの人混みに紛れて、元親は護衛件見張りを三成に付けているのだろう。普段は明るく何も考えていないように見えるのに、彼はこういう時は気が回る男なのだ。
愛する男の気遣いに感謝しつつ、三成は改めて今日やるべき事を口にしながら確認する。
「米を二俵に粟と稗が一俵ずつ、それに味噌が三樽に塩と水飴。干した鰹があれば是非とも大量に手に入れてきて欲しいとも言われている。あとは……飴だな」
「三成は飴が好きなのか」
「私ではない! 屋敷に読み書きを習いに来る子供たちに食べさせるものだ」
大の大人が飴を買いたいなどと口にするだけでも恥ずかしいのに、横を歩く家康は素直に飴が好きなのかと聞いてくる。
確かに口に広がるあの柔らかい甘さは大好きだが、大勢の人がいる場でそれを言ってしまうのは恥ずかしい。しかし自分だけでなく周囲の人間の感情の動きもわからなくなっている家康は、平気でそれを口にするのだ。
こんな空気の読めない男がこの国を治めているのか。
徳川家の家臣たちが藁にもすがる思いで自分に助けを求めてきたのは、これが理由なのだろう。周囲の人間の思いを気にせずに、その時思ったことをそのまま発言する。こんなことをしていたら彼の事情を知らない人間は反感を抱くだろうし、実際それが問題になり始めているから徳川家は緊急で動いた。
家康を遠ざけ、その間に事態を収拾させるために。
「顔が赤いぞ、大丈夫か?」
「うるさい!」
「儂は周囲が迷惑するような大声を出してはいないが?」
三成の恥ずかしさのあまり顔を赤らめてしまった様子すら、家康は体調不良として受け取ってしまう。
何を考えているのかすぐにわかる。そう皆に言われる自分の情動を、家康は表面的な物として捉えることしかできなくなっている。
それ故今の彼は、感情を考慮しない決断しかできないのだ。
とはいえ今の三成にできることは、普通に家康と話をして客人としてもてなす位なのだが。徳川家の人間は、自分に何を求めているのだろう。
わからないまま歩き続けていると、とある露店が眼に入った。
家康に着いてくるように告げて足早に目的の場所へ向かうと、そこにあったのは三成が先程からずっと探していた物であった。
「…………飴か」
「これだけあれば全員に行き渡るだろう。親父……幾らだ」
油紙の上に置かれているのは、小さな白い飴の山、
まん丸で可愛らしい飴だが、嗜好品は可愛らしい見た目に反して価格が高いのが当たり前。なので相当の出費を覚悟していたのだが、茣蓙の向こうにいる男が提示してきた価格は良心的ともいっていい安値だった。
きっと三成と家康の会話が耳に届いていたのだろう。
子供たちに食べさせてあげなさいという言葉と共に、隣の山から少し足してくれた男の優しさ。それに感謝して三成は男の行ってきた価格よりも少しだけ多く支払い、わずかな笑みと共に頭を下げた。
飴を包んでもらっている間、腰を落として彼が売っている他の品物を見る。
飴以外は壺に入った水飴やら、綺麗な形に抜かれた干菓子やら。この男は菓子を専門に扱う商人だということを品揃えで確認し、三成は桜の花びらの形の干菓子へ気付かれぬように目線を向けた。
あまり甘い物を食べない元親だが、干菓子の類は食べるのだ。
彼に食べさせてやるためにいくつか買わせてもらおうか。
そう思って男に再度声をかけようとした時、
「これは売り物なのか?」
緑色の玉を手に持った家康が、先に男に話しかけていた。
鳥の卵と同じ形と同じ大きさを持つ、艶のある白みがかった緑色の石のようなもの。それを掌にのせ、ころころと頃がしながら家康はその玉を見つめ続けている。
あの石が気になるのだろうか。
家康の行動に疑問を感じた三成が無言で事態を見守る中、家康は男相手に次々と石についての情報を引き出していった。
知り合いの職人が加工した翡翠だが、運搬の最中に他の石とぶつかって割れてしまった。なので無料で譲り受けて、客の目を引くために飾らせてもらっている。
三成が買った飴を油紙でくるんでくれている男に言われるがまま、石の中央辺りに家康が指を触れさせると。
淡い緑の石は真ん中から綺麗に割れてしまった。
玉として使うのであれば確かに売り物にはならない。それに翡翠にしては色が淡すぎるので、普通に売るにしても高値はつかないだろう。濃い緑色であればあるほど珍重され、値段が上がるのが翡翠という石だ。少しでも高く売るために加工したが割れてしまった、再度手をかけるほどの価値がある石でもない。
ならば知り合いの客引きに使えれば、とその職人が考えたのもわかる。
後ろを絶え間なく人が行き過ぎるのを感じながら、家康の手の中にある翡翠にちらりと目線をやる。価値を失ってしまった濡れた輝きを持つ石を、家康は一体どうするつもりなのだろう。
わずかの興味を持って様子を見守っていると、家康はもう片方の手を懐に入れ。
「これだけあれば売ってもらえるだろうか」
そう言いながら、三成が先程渡した金を全て店主へと差し出した。
これには三成だけではなく店主も驚いたらしい。欲しいのであればただであげてもいいと言い出す気のいい男に半ば無理矢理金を押しつけ、家康は唐突に立ち上がった。
「儂はこれが欲しくなった。お前はこれを必要ないのかも知れないが、儂は代価を払う必要があると感じたのだ、受け取ってくれ」
眩いばかりの邪気のない笑顔、澄んだ眼差し。
家康の真実を知らない人間がこれを見せられてしまえば、それだけで家康の虜になってしまう。毛利家の中庭での一件でそれを知っている三成は、男が急に素直にお金を受け取ったことに疑問を感じることはなかった。
それだけの魅力を持っている男なのだ、彼は。
三成にそんな風に思われていることには当然気付いていない家康は、男に礼を言いながら一気に立ち上がった。
「良い買い物をさせてもらった、礼を言う」
そして三成がついてくることを疑わずに歩き出し、人の流れの中にまた入っていこうとする。
こういう時は行くぞの一言くらいは言って欲しいのだが、家康はそれに気がつかない。元親ならば声をかけてくれるどころが、三成が人混みに潰されないようにさりげなく腕で庇ってくれるのだが。
感情の塊のような元親と比べるのは可哀想だが、どうしても比べてしまう。
三成にとって元親がそれだけ大切な人間で、家康の記憶がないので彼のことは下に見てしまうのもあるのだが。
不思議と家康に対して苛立ちは感じなかった。
徳川家康というのはこういう男だと最初にわかったからというのもあるが、きっと記憶を失う前の自分は家康に強い苛立ちを感じ続けていたのだろう。だから今更この程度の行動や発言では、怒りを感じる気にすらならないのだ。
家康が絡むことだと、怒りの発火点がものすごく遠い。
記憶が戻らないのにそれに付随する感情だけが実感されるのは奇妙な感じだと思いながら、三成は慌てて飴を受け取り家康の背を追いはじめる。自分がついてくることを疑わない、こちらを振り返らない背中。
元親とは違うたくましさを持つそれを眺めながら、三成は先程の行動について問うてみることにした。
「何故あのような物を買ったのだ? 貴様の城にはあれよりも高価な物があるだろう」
「確かにあるのだろうな、だが儂は石に興味がない」
「ではどうして……」
「飴を買うときのお前の顔が気になった。だから儂も買ってみたのだ」
「私の顔だと?」
「先程のお前の顔を見て、儂は『楽しい』というのはこういうものなのだろうかと思った。それにこれはどことなく……お前に似ている」
「石に似ていると言われても……私はどう答えればいいのだ?」
何人もの人間と肩をぶつけ合い、ようやく家康と肩を並べることができた。
意味のわからない彼の言葉の意味を考えながら歩いていると、家康の手の中にある薄緑の玉に目線が吸い寄せられた。真ん中で割れている石を握りしめてはまた解放し、歩きながら色を確かめている家康。
彼の言葉の続きを待ちながら、飴を懐に収めていると。
「これは三成……お前が持っていてくれ」
家康がそんなことを言いながら、半分に割った石の片割れを三成の手の中に落としてきた。
「これは貴様が買った物だ、私が貰うのはおかしい」
「そうではない、これを買ったのはお前に渡したいと思ったからだ」
「私に?」
「この石もお前と同じで淡い色合いが素晴らしい……だからお前に持たせたい」
「貴様の考えがわからん」
「お前から貰った金で買ったのだ、お前に渡すのは当たり前だ。だが儂も持っていたいのでな、渡すのは半分だけだ」
押しつけられるように渡されたそれを、三成は困り顔ではあったが一応受け取った。
その石は綺麗だったし、誰かに贈り物をしてもらうのは正直嬉しい。だがそれ以上に三成が感じたのは、
この男も同じ石をこれから持ち続けてくれる
そんな、喜びにも近い奇妙な感触だった。
高揚感にも近い心がふつふつと沸き立ち始める感触、それは三成が今まで一度も感じたことがなかったもの。自分の中にこんな荒々しいと言い換えてもいいほどの強い動きがあったことに驚きながら。
三成は小さい声で家康に礼を言い、頼まれていた生活必需品の買い物を続ける事にした。
元親に干菓子を買うのを忘れてしまったことに三成が気がついたのは、元親と合流した帰路。
赤い夕日が、四国の海を染め始めた頃であった。
>その参に続く
・次回全裸祭りの予定。
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色々説明
拍手現在豊臣家転生パロ中学生編入ってます
(現在2本 家三 チカナリです)
注意事項
・フリーリンクじゃないです、基本的にはリンクはお断りしています
・ひっそりこっそりが信条なので、黙々と
・捏造、not公式のこばなしが多いので、スルー推奨
ラキドでは幹部全員を溺愛しておりますが、ベルナルドとイヴァンは特に偏愛。ばさらは家三とか奥州の愉快な仲間達と毛長がメインです。うずみさんが現在官三とか官佐にずっぽりとはまり中。
基本は、愛想のかけらもない「ネット怖い~」の書き手が二人で色々書いている場所です。
書いている人
みっし
・生真面目で堅物でムキムキな男性と一見そうじゃなくても根は真面目極まり ないキャラをこよなく愛している、がんかたうるふの片割れ。編み物とお菓子作りが趣味という、第三者曰く可愛らしい一面を持つ反面、パニクると踊ったり、オロオロしだして周囲は見ていて楽しいらしい。荒ぶる舞は、職場の名物だったりする……らしい。
イヴァンちゃんと片倉さんとシズちゃんとスカイハイさんと陛下を思いっきり愛している。好きなアニメは銀魂と最近はFate/zero。型月ファンというよりは元から虚淵ファンでうずみさんからオススメされまくった末にようやっと手を付けて完読した。ライダー組おいしいです。エクシリアではダントツで陛下が好き。陛下が使用可能になる完全版があるなら複数買いしても構わないとのたまう日々。バサラの好きキャラは片倉さん一強だったはずなのに最近はアニキも熱い。かっちり着込むキャラがすきだったはずなのにいきなり露出度が高いキャラを好きになったのは何故か悩む日々。二次元の向かう愛と同じぐらい甥っ子への愛を叫んでいる気がしてならない。
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うずみ
・相方を愛しすぎている変な人。趣味は畑仕事に漬け物作り、好きな物は不幸属性の美人(男女問わず)。ばさらでは石田さんと黒田さんをこよなく愛していたり、赤い子めんこいにゃぁとたまに叫んでいる。ついったのフォローは下 のアイコンから。
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